「会津考察」カテゴリーアーカイブ

会津の街を写真と共にコラム形式で紹介. 会津は心のふるさとです.会津人は「ならぬことはなりませぬ」の精神で,戊辰戦争以降,ゆっくりとした時の刻みの中で,会津文化を守ってきました.そんな会津を紹介します.

会津若松駅【会津考察#4】

Aizu wakamatsu station


お城をイメージした会津若松駅

 


 会津若松駅は,1899(明治32)年に岩越鉄道の若松駅として開業し,1917(大正6)年に現在の「会津若松」という名称になった.
郡山と新津を結ぶJR磐越西線をはじめ,只見・小出とを結ぶJR只見線(究極のローカル線で通し運行は1日3本のみ),田島・会津高原尾瀬口とを結ぶ会津鉄道(元国鉄会津線で,会津高原尾瀬口からは野岩鉄道・東武鉄道と接続し,春日部・北千住・浅草へ乗り継ぐことができる)が発着している.
磐越西線は,この駅でスイッチバックする形となっているため,郡山方面と喜多方・新津方面とでは同じ方向に発車する構造となっている.この構造を利用して,2台のSLの同時発車イベントが行われたときもある.駅構内には円形の転車台が現役で車庫として活躍しているため,磐越西線ではSL運行が可能となっており,時々SLの勇姿を眺めることができる.線路沿線にカメラマンが多くいるときは,SLが運行されている日である.運行されている日には,SLの汽笛が会津盆地に響き渡っている.(SLの汽笛は,結構遠くまで聞こえる)
現在の駅舎は,鶴ヶ城の改修に併せて,お城をイメージしたデザインにリニューアル(2001(平成13)年)された.発車メロディは,「AIZUその名の情熱」が流れている.

磐越西線はスイッチバック式なため,串刺し式で終点となる
電車は磐越西線専用の455系電車
新幹線開通前は「急行ばんだい号」として活躍していたもの
(平成19年7月より車両が変更となり,今は走っていない)
NTT東日本-福島より提供されている駅構内ライブ映像はこちら

1番線ホーム
特急あいづ号はここから発車していた

改札口では「あかべぇ」と大きな「起きあがり小坊師」がお出迎え

改札口も赤く塗られている
 
改札口を出ると,目の前に観光案内所がある
 
観光案内所の隣にはパンフレットが数多く置かれている.
会津若松市のみならず全会津の観光パンフが置かれているので,
旅行者はここで情報収集することができる

銘品館では会津のおみやげを買える

一會庵では,会津の郷土料理を食べることができる
 
待合室の奥には,立ち食いソバ屋の「立ちあおい」がある
右は「にしん天そば」.お金がなくて会津の郷土料理を食べたいときは,これに限る.
この立ち食いソバ屋には,中高生へのコロッケ1個サービスの得点がある.

もちろん駅レンタカーもある
 
駅前にある白虎隊士の像
記念撮影をする人が多い


改修前の会津若松駅
看板が多くて雑然とした感じだった
昔 

会津盆地の見渡せるドライブコース【会津考察#3】

The scenic route which can survey Aizu-bonchi


広域地図

詳細地図

 


 会津若松市や喜多方市は,周りを山々に囲まれた盆地である.この会津盆地(年配の方には「あいづだいら」という人もいる)を車の中から見渡せるお気に入りのドライブコースを紹介する.地元の方なら誰でも知っていると思われるが,観光ルートとして大々的に宣伝はしていないので,初めての方は地図を見て迷わないように.ここにくると,会津盆地が見渡せて,天気が良いときは,新潟県との県境にある飯豊山も望むことができる.
磐梯河東インターから,県道会津若松裏磐梯線に入って会津若松方面に向かう(国道49号で会津若松に向かってはいけない).途中の大きなカープから会津盆地が2回程望める.そして,松長団地から居合団地にかけての市道からは,低標高になって会津若松市街の街並みが身近に見える景観が望める.周囲が住宅団地の場所では,騒音などに配慮しましょう.

会津若松市街が一望できる
【公共交通案内】
●居合・松長団地循環  若松駅-北滝沢-居合・松長団地-会津大学-若松駅(逆回りあり)
※居合団地から松長団地にかけて,坂を走っていくときに上の景色が見れます.(バス30分間隔.両回り方向合わせると15分間隔で運行)

冬の飯盛山【会津考察#2】

Mt.Iimori in winter  (Iimori-yama)


正面に見える飯盛山

 


 飯盛山は,幕末の戊辰戦争において白虎隊士19名が自刃した最後の地となったところである.詳しい話は,幕末を描いた多くの書物が出ているので,そちらに譲るとして,僅か16~17歳の少年達が会津の為に戦って自決した話が,多くの感銘を呼んで,現在でも全国から訪れる人々による墓前の線香の煙が絶えないという.飯盛山には,白虎隊記念館やさざえ堂,戸の口堰から流れる用水の洞門などがあり,自刃した山腹からは鶴ヶ城が望める.
なお,冬は雪と氷に覆われて,山腹まで登っていけないので,夏に訪れることをお奨めする.詳しいレポートはまた夏にしたいと考えている.

飯盛山への入口
手前にみやげ物店,奥に階段がある

階段はごらんのとおりの「つるつる」
白虎隊記念館の隣り(左側)にはやや緩やかな参道があるので
そちらのルートで山腹(上)まで登ることができる
ただ,いずれにしても大雪が降ると登るのはきつい

飯盛山 動く坂道
夏にはエスカレーターが山腹まで動いている

ふもとの「白虎隊記念館」
こちらは通年でオープンしている
テレ朝系でジャニーズが主演する「白虎隊」のドラマが放送されたこともあり,
若いカップルなども含めて訪問者が増えているとか.

酒井峰治と愛犬クマの銅像
【公共交通案内】
●まちなか周遊バス(ハイカラさん) 若松駅→七日町→鶴ヶ城→飯盛山下→若松駅(逆回りは「あかべえ」)
●居合団地・松長団地循環(中島町経由) 若松駅→飯盛山下→中島町→居合・松長団地→会津大学→若松駅(逆回りあり)
●飯盛山・鶴ヶ城循環(飯盛山先回り) 若松駅→飯盛山→武家屋敷→鶴ヶ城→若松駅(逆回りあり)

磐梯山(会津磐梯山)【会津考察#1】

Mt.Bandai (Aizu-Bandaisan)

 


 磐梯山は,会津の人々にとって心に刻み込まれているランドマークである.標高は1819m,猪苗代町,磐梯町,北塩原村の3町村にまたがっている山で,別名会津富士,会津磐梯山とも呼ばれている.磐梯山は活火山であり,806(大同元)年と1888(明治21)年に大噴火を起こしている.
806年の噴火の時に磐梯山頂部分がふっとんで,当時は3000m程あった富士山のような姿だった容姿から,現在のように櫛ヶ峰と赤埴山と磐梯山からなる3峰の形になった.写真を見ると3つの山頂からなっていることがわかる.
1888年の大噴火では,泥流によって村が埋没するなどの被害がでて多数の死者をだしている.その時に川が堰き止められて,檜原湖や小野川湖,五色沼といった裏磐梯湖沼群が形成された.
磐梯山は,表から見る女性的な容姿の磐梯山と,噴火口が見える荒々しく男性的な容姿である裏磐梯の2面の表情を見せ,全国各地からその美しい自然の姿を見に,多くの観光客が訪れている.春夏秋冬,様々な表情を見せる磐梯山である.磐梯山は日本百名山にも選ばれ,夏は登山者で賑わい,冬には磐梯山を取り囲んで整備されているスキー場へくるスキー客で賑わっている.

磐越自動車道の高速道路から見える磐梯山
郡山から猪苗代へ走っていくと,トンネルを抜けて緩やかな下り坂と左カーブにより
磐梯山が徐々にフロントガラスに現れてくる.
この自動車からのシークエンス景観はお見事!といえる程の,
感動的な動く景色である
【公共交通案内】
会津若松駅と東京新宿・郡山・いわき・福島・仙台を結ぶ高速バスの車窓から眺められます(特に若松駅行きの右側席)

猪苗代湖天神浜から見える磐梯山
この姿は「表」磐梯である

会津若松市(河東町より)から見た磐梯山
右側の小さな白い山が磐梯山である.
会津若松市までくると猫魔ヶ岳(左)が大きく見えて,
磐梯山は小さくなってみえるが,
これも場所によって,その姿を変える.

No.14 磐梯山登山(八方台ルート)へ

会津考察(Aizu Guidance)

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