「文京区」タグアーカイブ

上60 池袋駅東口⇔上野公園[都バスで東京発見]

白山通り・春日通りの補完的な役割を果たす千川通りを走る路線

上60 池袋駅東口⇔上野公園(経由)大塚駅・文京区役所 大塚営業所

路線keyword:元祖山の手住宅地,文京区役所,千川通り,東京大学,上野広小路,不忍池


 かつては茶60系統として、池袋駅東口・御茶ノ水駅間の運行だったが、御茶ノ水駅行ではなく上野公園行に変更された路線である。池袋駅東口・大塚駅間は朝夕のみの運行であり、それ以外の時間は大塚駅の発着となっている。
上野公園バス停は不忍池南側・水上音楽堂に位置し、バスターミナルが存在しないので、上野公園付近ではループ状にルートを設定してバスを運行させている。上野公園を発車すると、中央通りに入り、アブアブや上野松坂屋のデパートを眺め、上野広小路の繁華街をぐるりと周回する。
右手に再び不忍池が現れ、バスは不忍通りを北上する。地下鉄千代田線根津駅までは、上58系統と同じルートを走る。
根津駅にてバスは左折する。この辺りを歩いている学生はほとんどが東大生である。バスは坂を上り、弥生となって東京大学を両手に眺め、本郷通りを横切って元祖山の手住宅地である古い街並みを進んでいく。
白山通りに入るとバスは南へ進む。バスは文京区役所に寄るように迂回したルートを走り、春日町交差点で右折し、文京区役所前を通ると再びバスは右折して、進路を北に向ける。後ろを振り返ると、東京ドームの巨大な白い屋根がビルの谷間に埋もれて見ることができる。
バスは2車線の千川通りを北上する。この通りは春日通りと白山通りの中間に位置し、沿線は小石川界隈の静寂で落ち着いた古い街並みが多く残る地域である。大塚までは緩やかな上り坂が続き、山の手台地の趣を感じ取ることができる。
右手奥には小石川植物園が存在する。不忍通りを横切って、しばらく行くと都電の走る大塚駅前となる。
大塚駅に寄ると、バスは180度方向を転換し、通りは違うが再び南に進路をとる。

大塚-池袋 未乗

水59 巣鴨駅⇔一ツ橋[都バスで東京発見]

巣鴨と一ツ橋を結ぶ都営三田線と平行に走る路線

水59 巣鴨駅⇔一ツ橋(経由)白山上・水道橋駅 巣鴨営業所

路線keyword:巨大な東京ドーム,後楽園遊園地,文京区,神保町本屋街


 

東京都交通局の地下鉄と競合する路線であるが、沿線に住むご老人のアクセスを考慮して、運行が継続されているであろうと思われる路線である。本数も少なく、乗客も必然的に老人が多い。
巣鴨駅から白山通りを南下し、千石駅を出ると旧白山通りの二車線の狭い道に入っていく。東洋大学前を通り、白山上(白山駅)となって、坂を下ると、白山下となる。旧道が終わって、再び、大通りの白山通りとなる。
文京区役所前を過ぎると、左手に文京区役所の高層ビルが見え、その隣に巨大な真っ白の東京ドームが現れ、観覧車も現れる。地下鉄丸の内線のガードをくぐり、後楽園遊園地の入り組んだジェットコースターを右手に見て、水道橋駅となる。
雰囲気はがらりと変わり、神保町の本屋街となって、ちょっと走ると終点一ツ橋となる。乗客の少ない寂しい終点である。

平成12年12月、廃止された。

上58 早稲田⇔上野松坂屋[都バスで東京発見]

文京区の縁を不忍通りでぐるりと走って上野と早稲田を結ぶ路線

上58 早稲田⇔上野松坂屋(経由)江戸川橋・動坂下 早稲田営業所

路線keyword:不忍通り,不忍池,古くからの山の手(根津・千駄木)


文京区の地図を眺めると、上58系統のルートがほぼ文京区の区境に沿ってぐるりとコの字型を描いて走っていることが分かる。古くからの下町と古くからの山の手住宅地である文京区の街並みを眺めることができる。
上野と早稲田の間にはこの路線の他に、上69系統の上野広小路・文京区役所・早稲田・小滝橋車庫と直線的に結ぶ路線がある。
バスは上野公園より少し南側に位置する上野松坂屋前(上野広小路)から発車する。右側にアブアブ(商業ビル)が見えると左折し、不忍池を右に見て上野公園停留所となる。不忍池は蓮の名所としても知られ、周囲約2km、かつてこの辺りが東京湾の入江だった頃の名残として池になったものである。北側は上野動物園の分園である水上動物園になり、西側は手漕ぎボートの浮かぶボート池となっており、休日には賑わいを見せている。
不忍池畔を北に向けて走り、池之端を通過する。地下鉄千代田線根津駅前となり、商店街が道路の両側に現れる。ここから本駒込あたりまで、延々と商店がほとんど途切れることなく続く。古くから栄える商店街である。根津、千駄木、団子坂下、道観山下といった古くから存在する下町の落ち着いた風景の中を、バスは路上駐車の車をよけながら、2車線の不忍通りをひた走る。
動坂下より急な上り坂を登って、六義園の最寄りバス停である上富士前となる。ここからは山の手台地となる。本郷通りを横切り、続いて白山通りを横切る。ここから先は坂が多くなり、坂を下って千石三丁目、坂を上って大塚三丁目、坂を下って護国寺正門となる。
護国寺より不忍通りに別れを告げて左折し、音羽通りを南に走る。江戸川橋にて神田川を渡り、首都高速をくぐって新目白通りに右折する。そして、リーガロイヤルホテルの高い建物が左に現れると、早稲田車庫前に到着して終点となる。

茶51 駒込駅⇔御茶ノ水駅[都バスで東京発見]

名所旧跡を本郷通りで結ぶ文化教養路線

茶51 駒込駅⇔御茶ノ水駅(経由)駒込駅南口・東大赤門 巣鴨営業所

路線keyword:本郷通り,飛鳥山,西ヶ原一里塚,旧古河庭園,六義園,東大赤門,都電と併走


平成7(1995)年の営団地下鉄南北線の駒込・四谷間開通により、バスの本数が半数以上減らされてしまった。王子から東京大学までの区間、南北線は本郷通りの真下を走り、その上にこのバス路線が走っている。
王子駅から飛鳥山の坂を都電と共に登り、右手に王子神社と音無親水公園の緑を、左手に標高27mの飛鳥山公園を望みながら、本郷通りを南進する。飛鳥山は、徳川吉宗が桜の苗木を千本移植してから江戸近郊の桜や紅葉の名所となったところで、音無橋や王子七滝(名主の滝など)も含めかつては江戸の日光と称されていた。
都電と分かれて渋沢栄一史料館前を過ぎ、一里塚バス停を過ぎると、道路の車線が左右に離れて、真ん中に榎の樹木が現れる場所がある。かつての岩槻街道(日光御成道)の西ヶ原一里塚である。東京都23区内で唯一、かつての位置にほぼ原型をとどめている一里塚であり、2つの塚に挟まれた片側車線の幅が旧道の幅ということになる。西ヶ原は日本橋から二里のところである。
左手に紙幣を製造している大蔵省印刷局滝野川工場と大蔵省印刷局東京病院が現れ、しばらく走ると右手に旧古河庭園の立派な門が現れる。古河庭園は明治の元勲陸奥宗之邸を受け継いだ旧財閥古河家の庭園だったところで、2層の明治建築様式の面影をとどめる洋館の前に、和風・洋風の庭園が広がっている。
駒込駅からは、同じ茶51系統の駒込駅・東京駅北口線が加わり、終点の御茶ノ水駅までほぼ同じ道を走っていく。そして、右側の建物の裏手に六義園が存在する。六義園は元禄8(1695)年に老中柳沢吉保が5代将軍徳川綱吉から中屋敷として拝領した土地に造った庭園であり、千川上水の水を引いた池を中心とする回遊式築山泉水の名園である。その後、明治時代に岩崎弥太郎が別邸として整備し、最終的には東京市へ寄贈されたものである。
本駒込、向丘を過ぎると、左手に赤煉瓦の塀と瀟洒な黒い柵が現れると、日本の最高学府「東京大学」となる。江戸時代には加賀百万石前田家の上屋敷だったところである。北側から順に辿っていくと、まず農学部、続いて道路を越えて工学部、法学部・文学部となって東大正門となる。大楠の立派な並木が本郷通りに沿って茂っており、アカデミックな雰囲気が車内にも漂ってくる。さらに、図書館、教育学部と続いて東大赤門となる。赤門の正式な名称は御守殿門であり、8代将軍徳川家斉の娘溶姫が前田家に嫁ぐときに建てられたものである。そして、経済学部、学士会館別館で東京大学の赤煉瓦の塀は終了する。ちなみに理学部、薬学部、医学部、安田記念講堂は奥の敷地に存在する。
本郷三丁目で春日通りを横切り、神田明神前を過ぎてバスはぐるりと回って、神田川に架かる聖橋を眺めると、終点御茶ノ水駅となる。左にはJR線の電車と御茶ノ水駅を望むことが出来る。

平成12年12月、都営大江戸線の開通により、王子駅-駒込駅間と御茶ノ水駅-東京駅北口間が廃止された。

東43 荒川土手(江北橋下)⇔ 東京駅北口[都バスで東京発見]

下町・川の手地域からビジネス街まで南北に縦断する路線

東43 荒川土手(江北橋下)⇔東京駅北口(経由)田端駅・御茶ノ水駅 北営業所

路線keyword:荒川土手,工場地帯,旧山の手,東京大学,大手町ビジネス街,赤煉瓦駅舎,狭路


江北橋(足立区)より少し北側に入ったところに荒川土手操車所が存在する。「荒川土手」と言っても場所は広範囲にわたり、何処の荒川土手なのかを明記しないと場所がわからず、近年、バスの方向幕に括弧書きで(江北橋下)と記載されるようになった。
幅の狭い道路に面して操車所が設けられているので、バスが操車場に入るときは、道路に走る車を誘導員が止めてから、バックをして定位置に入る。東京駅北口行はそんな荒川土手操車所前から発車する。なお、荒川土手行のバスは、一つ手前の荒川土手(江北橋下)停留所で終点となり、荒川土手操車所前停留所までは乗車できない。
正面に荒川土手の堤防が現るとバスは左折し、首都高速川口線(C2)の高架下を走る。高速のジャンクション下にてバスは右に入って坂を登り江北橋を渡る。右手には首都高速王子線(仮称・未開通)の真新しい江北橋が見え、都会の密度の高い圧迫的な空間とは違う開放的な荒川土手が広がる。
宮城にて左折し、工場の多い地区を走っていく。この辺りの宮城・小台は荒川と隅田川に囲まれた交通不便な地域でもあり、この地域にとってこの路線はJR田端駅までのアクセスとして利用されている。その為に駒込病院までの便が多数存在している。右手に荒川遊園地の観覧車が見えると小台二丁目となり、工場地帯の狭路をくねりながらバスは走る。
小台橋で隅田川を渡ると荒川区・西尾久となり、両側に商店街が続くようになる。小台にて都電荒川線と交差するが、ここは小台という町名ではないのだが、何故か都電と都バスの停留所には「小台」と名付けられている。明治通りを横切って北区となり、JRの引き込み線踏切を越えて下田端となる。そして、突き当たりを左折すると、右手にJR東日本東京地域本社のビルを眺めて、JR山手線・京浜東北線を田端大橋の陸橋で越えると田端駅前となる。ここでかなりの乗客が下車する。
田端駅を出るとバスは下町低地から山の手台地に入り、切り通しの中を通り抜ける。動坂下で不忍通りと交差して、急坂を登ると都立駒込病院が右手に現れる。
この辺りから街路樹の緑が目立ちだし、イチョウ並木が続く文京区のお寺の多い地域を走っていく。そして、本駒込にて本郷通りに合流する。ここから本郷二丁目までは茶51系統と同じルートを走る。東京大学を左に見て、正門・赤門を通り越すと本郷三丁目となる。本郷二丁目からバスは右に曲がって、順天堂病院、東京医科歯科大学を左に見て、神田川と美しい聖橋を眺めながら橋を渡ると、御茶ノ水駅前となる。
楽器専門店やスキー専門店などが多く連なる学生街を徐々に下りながら、右手に明治大学を眺めて、三省堂書店本店が見えると駿河台下交差点となる。本屋街・神田神保町は右手すぐのところにある。
駿河台下を過ぎると、オフィス街の様相を呈するようになる。近代的なビルディングが建ち並んでいる。神田錦町にて上下線が別れ、東京では珍しい5車線の一方通行の道を走る。神田橋にて日本橋川を渡り、首都高神田橋ランプを通り過ぎる。右手には気象庁・消防庁等が存在する大手町合同庁舎が見え、ビジネス街の中心地・大手町となる。
右手に皇居のお濠と森が見えるとバスは左折する。大正3(1914)年にオランダのアムステルダム中央駅を参考にして辰野金吾が設計したルネサンス様式赤煉瓦駅舎・東京駅丸の内口の姿が見えると、終点東京駅北口となる。

学07 東大構内⇔御茶ノ水駅[都バスで東京発見]

御茶ノ水駅と東京大学を直結する路線

学07 東大構内⇔御茶ノ水駅(経由)竜岡門 大塚営業所

路線keyword:東京大学,東京大学病院


上野駅と日本の最高学府・東京大学とを直結する路線である。系統番号の先頭が「学」となっている路線は、「学バス」と呼ばれ、大人運賃が170円で乗車することができる(通常200円)。行き先が「構内」となっているように、このバスの終点は、大学の門をくぐって東大の構内に操車場が設けてある。さすがは「東大」といったところか。
東大構内を出発すると、東大病院前に停車し、竜岡門を通過すると、東大構外となる。あとは御茶ノ水駅までノンストップ。順天堂大学病院が見えてくると、左手に御茶ノ水駅のホームとアーチ型の聖橋を見ながら神田川を渡って、御茶ノ水駅前となる。

都02乙 池袋駅東口⇔文京区役所[都バスで東京発見]

池袋と小石川・小日向・春日界隈とを結ぶ路線

都02乙 池袋駅東口⇔文京区役所(経由)大塚3丁目・伝通院 大塚営業所

路線keyword:雑司ヶ谷霊園,護国寺,文京区役所,小石川・春日界隈,グリーンライナー


かつては池67系統:池袋駅東口・一ツ橋間の運行だったが、現在は池袋駅東口・文京区役所間に短縮され、同時に系統番号が都02乙に変更された路線である。その時の名残で、現在でも平日・土曜の朝に数本、一ツ橋行のバスが走っている。
池袋駅東口を出ると、首都高速5号線の高架の下を南下し、都電荒川線の線路を横切り、雑司ヶ谷霊園付近を通る。護国寺にてバスは左に曲がり不忍通りを走る。
車内の乗客はかなり老人が多い。文京区は大正時代頃より「山の手住宅地」を形成していた古い住宅地なので、老人の数が多い地域となっており、文京区を走る都バスに乗ると、必ず老人の姿を見かけることができる。バスは地下鉄と違って気軽に乗降できることから、老人にとってはバスの方が便利な交通機関であろう。
大塚三丁目で右折し、春日通りへ入る。ここから終点の文京区役所まで、小石川・小日向・春日界隈を、都02系統とほぼ同じルートで走る。

都02 大塚駅⇔錦糸町駅[都バスで東京発見]

大塚から錦糸町までを春日通りで横断する乗客多い路線

都02 大塚駅⇔錦糸町駅(経由)文京区役所・御徒町駅・本所一丁目 大塚営業所

路線keyword:春日通り,文京シビックセンター,東京ドーム,上野広小路・アメ横,厩橋,グリーンライナー


鳩が戯れ、その横を都電が走る。錦糸町行の都市新バス・グリーンライナーはそんな大塚駅前広場より発車する。
大塚駅を出発するとバスは南下し、新大塚で春日通りに入る。大塚三丁目を過ぎて、右手にお茶の水大学、都バスの大塚営業所が現れて、茗荷谷駅となる。この辺りは台地なので、上野広小路までは坂の多い道を登ったり降りたりしながら、小日向、小石川、春日と文京区内を走っていく。文京区は、明治以降に諸大名の屋敷跡地に大学等の文教施設を多く設置したところから「文京」という名がついたという。東京大学を筆頭に、跡見学園短大、お茶の水女子大学、順天堂大学、拓殖大学、中央大学理工学部、東京医科歯科大学、東洋女子短大、東洋大学、東邦音楽短大、日本女子大学、文京女子短大と、これらの大学・短大が文京区内に存在している。かつては、東京教育大学(現筑波大学)、東京農業大学も存在していた。
また、文京区は大正時代の頃から、「山の手」住宅地となっていた地域であり、そのため老人の姿を多く目にする地域である。文京区は落ち着きのある独特な雰囲気の漂う場所である。
伝通院前<説明>を通ると、上部が半円形になっている真新しい高層ビル・文京シビックセンター(文京区役所)が前方に現れ、富坂上のバス停を過ぎると急な下り坂となって、文京区役所前となる。この区役所庁舎は「豪華庁舎」として一時期話題にのぼった建物で、最上部は無料展望台となっている。内部は吹き抜けになっており、シースルー(ガラス張り)の高速エレベーターから、区役所の各階の内部をのぞき込みながら展望台に行ける楽しい設計になっている。
ビルの谷間から東京ドームの丸い屋根が右手に現れ、白山通りを横切って東に進む。東京大学の最寄りバス停である本郷三丁目を過ぎると、学問の神様・菅原道真を祭る、合格祈願で有名な湯島天神前となり、坂を下って上野広小路となる。右手に上野松坂屋が現れ、御徒町の繁華街の中を突っ切る。左手のアメ横には人々が大勢うごめいていた。この場所は通過するのに時間がかかることが多いが、現在都営地下鉄12号線の駅建設工事中で、渋滞に一層拍車をかけている。
JR線のガードをくぐると、右手には宝石・貴金属専門店が建ち並ぶジュエリータウンが通り過ぎる。昭和通りを横切り、バスは春日通りを進むが、この辺りから文京区とは対照的な下町の雰囲気を徐々に呈するようになる。元浅草、三筋と過ぎると、隅田川を美しい3連アーチの厩橋で渡って、墨田区となる。
本所一丁目からは春日通りに別れを告げて、清澄通りを南下し、蔵前橋通りに左折する。バス停名は石原のオンパレードとなるのだが、正しい読みは「いしはら」なのか「いしわら」なのか。商店街やバス停留所のローマ字表記は「いしはら」となっているが、区役所の設置する町丁目名の看板やバスの車内案内放送では「いしわら」となっている。停留所の表記と案内放送とで異なっているのには「おや?」と思うが、地名辞典によると「いしわら」という読みで記載されているので、とりあえずは「いしわら」が正しいという結論にしておく。
そんな事を考えているうちに、終点錦糸町駅に到着した。

学01 東大構内⇔上野駅[都バスで東京発見]

上野駅と東京大学を直結する路線

学01 東大構内⇔上野駅(経由)上野松坂屋 大塚営業所

路線keyword:東京大学,東京大学病院


上野駅と日本の最高学府・東京大学とを直結する路線である。系統番号の先頭が「学」となっている路線は、「学バス」と呼ばれ、大人運賃が170円で乗車することができる(通常200円)。行き先が「構内」となっているように、このバスの終点は、大学の門をくぐって東大の構内に操車場が設けてある。さすがは「東大」といったところか。
上野駅浅草口を出ると、オートバイの専門店が連なる昭和通りに出て、上野駅正面口を眺める。右折して、御徒町駅のガードをくぐり、アメ横を過ぎると松坂屋前となり、中央通りと交差する。このあたりの渋滞がひどく、東大から上野駅までは、歩いた方が早いような気もする。
途中の停留所は飛ばして、竜岡門をくぐると東大構内となりレンガ調の建物が連なってアカデミックな雰囲気となる。東大病院を過ぎて、まもなく終点となる。安田講堂は左手奥すぐのところにある。