人形町界隈(日本橋人形町) 【東京考察#230】

The Ningyo-cho neighborhood


人形町の路地裏

 


 人形町は江戸時代の町人歓楽街として栄えていたところで,今でも江戸の面影を残す地区である.人形町の由来は,この地区に人形師が多く住んでいたことからつけられた名前で,江戸時代の人形町界隈は中村座や市村座などの江戸大歌舞伎が存在し,見世物小屋をはじめ人形芝居の小屋が並ぶ江戸唯一の歓楽街であった.これらの歓楽施設は,天保の改革の風俗取り締まり(1842(天保13)年)によって,浅草猿若町などに移転した.現在の人形町は,古き江戸時代の面影を残すとともに,東京都心のビジネス街・問屋となっており,休日はビジネスマンが少ないので,散策をするのには適している.ちなみに,1656(明暦2)年に新吉原に移転する前の元吉原も,人形町界隈にあった.
 
人形町駅前は甘酒横丁交差点となる
明治はじめに,この横丁の入り口に甘酒屋があったことから呼ばれている.
人形町駅から明治座にかけて,商店街が続いている

日本一のほうじ茶を売る「森乃園」 大正3年(1914)創業
「ほうじ茶 175g 820円」で売っている.
香ばしくておいしいほうじ茶である
店内には甘味処もある

自家製豆腐やがんもどきを売る「双葉」 明治40(1907)年創業
甘酒やソフトクリームも売っている
甘酒プリンもある!
  

 
路地裏は江戸風情を残す空間がある


甘酒横丁をまっすぐ歩き,隅田川近くの浜町になると
明治座がある.現在の明治座は1993(平成5)年に建てられたもの


「人形町今半」といえば,すき焼き・しゃぶしゃぶである
昼食は今半に決定!人形町今半は、1895(明治28)年創業した牛鍋屋が起源となっている.
1952(昭和27)年に浅草今半日本橋支店として開店したが,
1956(昭和31)年に別会社として独立分離し,今に至っている.
都内には,今半と名の付いた店は5社あるとか.

食べたいメニューによって,
1階のびーふ亭か,2階のお座敷か,に分かれる
入り口をくぐると,仲居さんに聞かれる
御膳や弁当だと,夜のコース料理よりは手頃な値段で食べれられる.
 
すき焼き御膳(2,625円)
御膳は2階の座敷で食べることになる

「御膳」を注文すると,仲居さんがすべて焼いてくれる
高級店のすき焼きは,自分で焼くのではないらしい
ちょっと緊張する.(弁当は直接机では焼かない)

基本的には,ビジネスビルの建ち並ぶ地域である