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日本橋高島屋S.C.新館の地下1階食料品売場【東京考察#359】

Foodstuff shop located in basement 1st floor of Nihonbashi Takashimaya new wing


日本橋高島屋S.C.の地下1階

2018(平成30)年9月25日に,日本橋高島屋S.C.の新館がオープンした.これにより本館,新館,東館,タカシマヤ ウオッチメゾンの4館が一体となる「日本橋高島屋 S.C.(ショッピングセンター)」 が誕生し,より魅力的なショッピングゾーンが生まれた.

新館全体の模様はまた別の機会に紹介することとし(正直な話,地下1階しか行かなかった!),今回は新館地下1階の食料品売場にスポットを当ててみた.新館は地上31階建ての日本橋高島屋三井ビルディングの地下1階から7階に位置しており,テナント114店の専門店からなっている.
食料品売場の最大の特徴は,イートインスペースが多いこと.そのお店の味をその場で味わうことができる.


左側が新館.右側は重要文化財にも指定されている本館.


カウンターのイートインスペースがある.


オシャレな空間である.


イートインスペース

X'mas
1階のショーウィンドウ.クリスマスの装飾.
「こどもたちを笑顔にさせよう」

隅田川の水上バス(東京都観光汽船(TOKYO CRUISE))【東京考察#357】

Tokyo Cruise(Sumida River water bus)


水上バスの船内から


日の出桟橋(乗船地)

浅草から日の出桟橋までの隅田川水上バスは,ツアーコースなどにも組み込まれており,一度は乗ったことがあるかもしれない.現在は,「東京都観光汽船(株)(TOKYO CRUISE)の隅田川ライン」と「(公財)東京都公園協会の東京水辺ライン」の2つが運航されているが,昔から馴染みがあって運航本数が多いのは,前者の東京都観光汽船の水上バスである.

浅草と日の出桟橋を約40分で結ぶが,浅草からの便のみ,途中,浜離宮に立ち寄るルートとなっている.お台場や高層ビルやマンション,築地市場跡地,そして技術的にも評価の高い隅田川にかかる橋梁を眺めるなど,普段とは違った視点で東京を眺めてみるのも面白い.

今回は,日の出桟橋から浅草まで乗船した.


日の出桟橋までは,ゆりかもめの「日の出駅」から歩いて行くと便利.駅のエレベータ内には,水上バス乗り場の案内が貼ってある.


シンフォニーと書かれた建物が最初に見えるので,ここが水上バスのりばかと思ってしまうが,こちらはクルーズ船「シンフォニー」の乗船ターミナル.水上バスはさらに奥(左手側)となる.


ターミナル前には大型バスが待機できる駐車場がある.ツアーでは片道乗船として,バスを先回りして乗客を乗せる.


こちらが水上バスの乗船のりば.


中に入るとまずはCafe.奥に券売機と桟橋がある.


カフェのメニュー.チョロQのお土産も買った.


時刻表.浅草までの隅田川ラインの他に,お台場ライン,東京ビッグサイトラインなどがある.


チケット.大人780円.


パンフレット.


桟橋を歩いて乗船となる.今日の船は「竜馬」定員560人.


後部デッキ.天気が良いとガラスの仕切りを開けることができる.


2階船室


1階船室


1階船室の前に売店がある.アルコールも販売している.航行している途中で船内販売もある.


後ろのデッキからの眺め


他の水上バスとすれ違う.こちらは東京水辺ラインの船.


柳橋.神田川の合流点.


清洲橋.耐震補強工事をやっているため,全姿は見られず.足場の形が富士山のよう.


売店でカフェを注文すると,専用のカップで渡される.東京の名所がイラストで入っている.


東京スカイツリーが見えてきた.


吾妻橋の下側!


浅草に到着.水上バスターミナルは新しい建物になった.


浅草の水上バスのりば.浅草駅のすぐ近く.


浅草・隅田川ライン(降船地)

ECO EDO 日本橋アートアクアリウム2018(江戸・金魚の涼)【東京考察#350】

ECO EDO Nihonbashi Art Aquarium 2018 (Ryo of Edo · Goldfish)

本物の金魚が泳ぐ

ECO EDO日本橋アートアクアリウム2018は,2018(平成30)年7月6日~9月24日まで日本橋三井ホール(コレド室町1の5階)で開催されていた金魚をテーマにしたアート展覧会である.パンフレットには,「アート,デザイン,エンターテイメントとアクアリウムが融合した水族アート展覧会」と記載している.金魚や錦鯉など数千匹の魚が,様々な色のライトによって幻想的な空間を創り出した空間の中で泳いでいる.
金魚の数もすごいのであるが,夏休み期間中であることもあり,人の数も「もの凄い!」 昨年も開催されていたので,毎年恒例の展示として定着していくのかと思うが,夏の期間は日本橋全体で「ECO EDO日本橋」と題して,五感で楽しむ江戸の涼をテーマに日本橋をゆかたで散歩するイベントを開催している.アートアクアリウムもこのイベントの一つであり,「金魚」がメインの素材として取り上げられている.

夏は日本橋全体が「ECO EDO日本橋」のイベントを開催している.こちらは「金魚大提灯参道」.コレド室町の1と2の間にある仲通り.

アートアクアリウムのポスター


アートアクアリウムはコレド室町1の5階にある日本橋三井ホールが会場.

頭の上を金魚が泳ぐ.天井金魚.この箱の中に金魚が泳いでいる.

錦鯉も泳いでいる.

会場はものすごい人!(暗くてよく見えないかも)

赤い色のアクアリウム.

金魚がいっぱい.

屏風の中に金魚が泳いでいる感じ.

これまた凄い人!

出口には金魚を扱ったショップがある.

メトロリンク日本橋(無料巡回バス)【東京考察#348】

Metrolink Nihonbashi (free circulation bus)

大型バスで運行されている

メトロリンク日本橋は,ルート周辺の企業の協賛によって運行されている無料の循環バスである.誰でも乗車が可能で,日の丸自動車が運行している.東京駅から日本橋方面へは歩いてもいけなくはないが,ちょっと距離がある.地下鉄で行こうとすると乗換が必要であり不便である.そんなときにこのバスは大変重宝する.
運行は時計回りに1方向の循環運行となっており,八重洲口から日本橋,京橋をぐるりと回って戻ってくる.運行時間は10~20時,約10分間で運行されている.

東京駅八重洲口の乗り場は駅前ではなく,外堀通りを少し北側に歩いた「鉄鋼ビル」の前からとなる.路線バスのようなバス停ではなく,民地側に案内看板が取り付けられているのでわかりづらいが,数人は人が待っていると思うので,列ができていたらそれがバス乗り場である.

バス乗り場の案内看板.

日曜日の午後(14時台と16時台)にはボランティアガイドが乗車するときがある.

車内の様子.普通の路線バスと変わらない.

日本橋地区に到着.

バス停はこのようにビルの民地側に建っているので,あまり目立たない.

なお,メトロリンク日本橋には,このほかに「Eライン」という浜町・人形町・兜町エリアを巡回するバスが走っている.Eラインのバスは,車体の色が山吹色となっているのでお間違いなく.

GINZA SIX(ギンザシックス)【東京考察#343】

GINZA SIX


屋上にある期間限定レストラン
「VOGUE LOUNGE GINZA SIX」

 銀座シックス(GINZA SIX)は,銀座6丁目の銀座松坂屋跡地と隣接する地区をあわせた街区を整備した市街地再開発事業であり,銀座最大級の商業施設として2017(平成29)年4月にオープンした.コンセプトは「Life At Its Best 最高に満たされた暮らし」となっており,専門店が241店舗が集まってる.なお,7階~12階は業務施設となるオフィスフロアとなっている.また,国内外からの観光客に対応するため,ツーリストサービスセンターや観光バスの乗降所も供えているのも特徴のひとつ.地下には能楽最大流派「観世流」の能楽堂も誕生し,能楽を堪能したあとに歌舞伎座で歌舞伎を鑑賞する,などといった贅沢に日本の伝統芸能を味わうことも可能である.


入ってすぐに目につくアート
吹き抜けの空間に草間 彌生氏の「南瓜(かぼちゃ)」


屋上にあるガーデン


ここも期間限定のレストラン
奥には水に触れられるスペースがある.


屋上からは周辺の景色をながめることができる.


東京タワー(左)と東京スカイツリー(右)が見られる.


しかし,ビルの屋上の景観はバラバラ.
エアコンの室外機がこれだけ並ぶと,
これはこれで人工的・機械的な美しさか.


稲荷神社と松坂屋銀座店があった場所であることを示す案内板


6階の蔦屋書店


2階にある三原テラス


2階から観光バス乗降所へ降りる出口がある


バス乗降所は1階に.乗車の案内版もある.


館内案内のパンフレットは立体的でユニークなもの.

築地市場(主に場外)【東京考察#334】

Tsukiji market (mainly outside)


築地場外市場
多くの訪問客で賑わう

 


 いつも大勢の買物客や観光客で賑わう築地市場である.2016(平成28)年11月7日に豊洲へと移転が決まっていたが,小池都知事の誕生によって環境汚染対策に関し問題が表面化し,ついには移転の延期が決定される事態となっている.少しでも安全な食材の提供を目指して対応を検討してもらいたいと思うが,築地の混沌としたエネルギッシュな雰囲気が好きな僕としては,もう少しこの雰囲気を場内市場とともに味わうことができるのは嬉しい限りである.近年は外国人観光客も多く訪れるようになり,築地の場外市場は,以前よりもまぐろや海鮮丼などを食べさせる飲食店がずいぶんと増えたような気がする.そんな2016(平成28)年8月の様子をお伝えする.(なお,取材は豊洲移転への延期が決定(8月30日)する前に行ったものである.また移転対象となっているのは場内市場のみであり,場外市場は移転せずにそのまま残る.)

新大橋通りに面したアーケードのあるもんぜき通り
テーブルで中華そばを立ち食いする
 
場外市場に広がる狭い路地
この混沌とした雰囲気は築地ならでは.
外国人観光客の姿も多く目にする.

そんな混雑の中,ターレット車は突き進む.

食材の買物客より,観光客が増えているからか,
昔よりも飲食店などが増えたように思う.(「うなぎ」「串焼き」)

こちらは「海鮮丼」
 
こちらは「海鮮盛」
かにみそ・ホタテ・かき・かき身・いくらをミックスして
カニの甲羅にのせて蒸したもの.

こちらは「うにバー」
うにをそのままカウンターで出してくれる.

刺身を立ち食いで食べる店
特に外国人には大人気.
 
包丁にも興味を示す外国人観光客.
治安のいい日本ならではの販売方法だと感じる.
 
場外市場の南側(場内市場側)には
築地にっぽん漁港市場という建物があり,
案内所やトイレ,日本各地の漁港市場がある.
 
情報市場(案内所)「ぷらっと築地」
どの国から来たかを示す「Your Country on the Map!」には
世界各地から築地に来ていることが示されている.

「築地魚河岸」は,2016(平成28)年10月15日オープンを目指して
準備が進められている施設.
これは中央区が進めている新しい施設で,
豊洲移転後も賑わいを失わないようにと,
晴海通りと波除通りの間に建てられた
60業者余りが入居予定のビルである.

「場外市場は移転しません!」
豊洲新市場へ移るのは,
小売りを行わない場内市場のみなので
引き続き場外市場が残ることをPRしている.
(小池都知事になって豊洲への移転は延期となっているが・・・)
 
「場外は移転しません」
配布されているチラシ

ここから先は,ちょっとだけ場内市場へ足を伸ばしてみた.
(つまり,豊洲への移転となるエリア)
 
入口に貼られた注意事項
場内は仲卸専門(小売りは行わない)なので,
見学は午前10時からとなっている.ここまで見物客が場内に沢山押し寄せてくると
ターレット車やリアカーが頻繁に走っており,
仲卸業者等にとっては迷惑で危険となることから,
完全立ち入り禁止にしてもいいところなのであるが,
築地市場の素晴らしいところは,
そういった措置はとらず,
一般客にも開放しつづけている点が挙げられる.
これには,働いている方々の心の広さを感じる.

建物の中を場内へ向けて歩いて行く

魚がし横丁
すし屋などが建ち並ぶエリアで大行列ができるほど人気が高い.
  
個人的には,場内で食べようと,場外で食べようと,
味には変わりがないのでは思うのであるが(食べ比べたことはない!),
場内のお店の方が,いつも大行列となっている.


2001(平成13)年3月に撮影したときの東京考察
場内のさらに詳しい様子はこちらからどうぞ.
No.36 築地市場(場内)
No.35 築地市場(場外)

銀座テラス(銀座三越9階)【東京考察#303】

GINZA Terrace (Ginza Mitsukoshi 9th floor)


屋外の銀座テラス

 


 2010(平成22)年9月11日に増床工事によって新館を建ててリニューアルオープンした銀座三越.その9階に「銀座テラス」と呼ばれる公共広場がオープンした.この増床工事は,都市再生特別地区の指定をうけて開発されたもので,東京都では初めて適用された開発となっている.9階に公共性の高い広場(銀座テラス)を設けることによって,来訪者のくつろぎや憩いの空間を提供し,容積率などの緩和が認められてより自由度の高い開発ができるようになっている.
東側の新館は,もともと建っていた別館を取り壊して,本館と別館との間にあった区道を付け替えて,その上部を繋げることによって,本館+新館が一体となるように増床工事がされた.そして,その9階部分に,本館の屋上部分と,新館の屋内部分とをあわせて「銀座テラス」と呼び,憩いとにぎわいの空間が創られている.屋内部分が1,400m2,屋外部分が1,600m2のあわせて3,000m2の銀座テラスとなっており,134席の休憩スペース(無料)やインフォメーション,乳幼児用の休憩室なども設けられている.

9階銀座テラス
木目を基本とした落ち着いた空間となっている

無料の休憩スペースがある
歩き疲れた体を休めるのにはちょうど良い

みのりカフェも併設されている

インフォメーションもある
 
外に出ると,テラスという名にふさわしい空間がある

芝生の緑を眺めながら,一休みもできる
 
銀座出世地蔵尊が置かれている
明治時代からの面影を伝える貴重なものだとか.

和光の時計台がちょっとだけ見える

銀座ライオンのビアホール(銀座7丁目店)【東京考察#298】

The beer hall of Ginza lion


銀座ライオンの生ビール(中)
注)待ちきれず一口飲んだ後に撮影

 


 銀座ライオンの銀座7丁目店は,1934(昭和9)年に大日本麦酒(現サッポロビール)本社社屋として誕生した建物の1階にオープンしたビアホールで,それ以来70年以上も同じ建物内で変わらず営業を続けているビアホールである.ホールには,菅原栄蔵氏が日本で初めてガラスモザイクを用いて製作した大壁画が描かれている.「銀座ライオン」とは店の名前のことで,会社の名前は「サッポロライオン」となる.もともと1899(明治32)年に「エビスビアホール」として銀座新橋側に日本初のビアホールを日本麦酒がオープンさせたのが始まりで,ライオンという名は1911(明治44)年に現在の銀座5丁目店の場所に「カフェー・ライオン」を開店したときから続いている名前である.2009(平成21)年現在,創業110周年,銀座7丁目店ビアホールは75周年となっている.
銀座ライオンというと,銀座7丁目店のビアホールがあまりにも有名であるが,全国各地に店舗をもっている.ビアホールに入ると,仕切りなどのない大きな建物の中に,丸い机と椅子が並べられており,ビール片手に語り合う人々の声が,高らかに場内に響き渡っている.

銀座ライオン 銀座7丁目店

入口は行列が出来て順番待ちとなっている.
1階がビアホールで,2階はビアホールではなくて「ビアレストラン」となっている.

銀座ライオンのビアホール(銀座7丁目店)
昭和の香りが漂っており,正面にはガラスモザイクの大壁画がある

天井 白熱灯の色合いが,またいい雰囲気を醸し出している
 
側面の壁画上部には,必ず「虫?」が描かれている.

なんとも,いい雰囲気である.

ソーセージとザワークラウト(キャベツの漬け物)

時間限定でしか食べられない「ローストビーフ」
月から土曜日は17:30と20:00,日・祝日は15:00と17:30のみ焼き上がる

コースター

貨幣博物館(日本銀行分館)【東京考察#295】

The Currency museum ( The annex of the Bank of Japan )


日本橋にある貨幣博物館


 貨幣博物館は,日本銀行金融研究所が行ってきた収集・研究等を展示している博物館で,古代から現代まで,そして世界の貨幣についてわかりやすく展示している.1985(昭和60)年に開館した.日本橋三越のある中央通りからちょっと入ったところの日本銀行脇にあるので,あまり目立たない感じ(重要文化財の日本銀行は目立つが)なのであるが,展示してある内容はボリュームがあって,結構興味深くお金の歴史を知ることができる.9:30から16:30(入場は16時)まで,月曜・祝日が休館日.入場無料.館内撮影は自由.

貨幣博物館の入口
入場無料なのが嬉しい

日本最古の通貨として社会科で習った「和同開珎」
しかし,富本銭が最古とする説もでてきているが,こちらはまだ証明されていない.
 
江戸時代から出てきた大判・小判

時代ごとに展示がされている

江戸時代から紙幣の原形が作られていった
(一番左の上下ふたつは会津藩のもの)

懐かしいお札

ずらずらとお札が並べられている
 
ちょっとした体験コーナーもある
左:一億円を持ってみませんか!
右:大判の重さを体験できるコーナー

館内の展示を見ていて感じたのは,貨幣が歴史的に転換しているときというのは,
財政危機という時代背景があって,いつも変化が起こっている.
今の財政状況が続くと,今後大きな変革期が訪れることを歴史は物語っている.

お土産コーナーでは,野口英世のタオルなどを自動販売機で売っている.

  
隣にある日本銀行旧館.国の重要文化財に指定されている.

さよなら公演中の歌舞伎座(東銀座)【東京考察#292】

The last Kabukiza Theater ( Higashi-ginza )


歌舞伎座正面入口


 2010(平成22)年4月をもって,今の歌舞伎座での公演は歌舞伎座建て替え工事のため一時休演となる.昨年2009(平成21)年1月より「歌舞伎座さよなら公演」が行われているが,いよいよ残すところあと4ヶ月となった.今の歌舞伎座は,1924(大正13)年に建設された建物がもととなり,1950(昭和25)年に改修を行ったものである.実際に中に入ってみると,独特の雰囲気で歴史の趣が伝わってくるのであるが,建物の老朽化が激しくて耐震上も懸念がされており,ご年配の方が観劇することが多いにもかかわらず館内は段差が多くてエレベーターなどはついておらず,幕間の時間にはトイレに大行列(特に女性)ができて次の公演開始までに戻れない,椅子(特に3階席)が窮屈で勾配の関係から前の人の頭で舞台がよく見えない(花道はしょうがないが)など,いろいろと懸念されている状況であった.
歌舞伎は重要無形文化財に指定され,ユネスコにも世界無形文化遺産として登録されており,また歌舞伎座の建物も国の登録有形文化財に登録されているため,日本文化の趣と伝統がある歌舞伎座の建物建て替えに意義を唱える話も聞かれるが,今の歌舞伎座の雰囲気を残しつつ,後世に語り継いでいける歌舞伎として,新たな建物の完成に期待をしたい.外観デザインは現在の歌舞伎座を継承したものとし,劇場の規模(客席数や舞台寸法)は今のものとほぼ同じものとする予定になっている.地下鉄東銀座駅からも直結されるようになり,駐車場も併設されるという.2010(平成22)年5月から着工し,竣工予定は3年後の2013(平成25)年春とのことである.休演中は新橋演舞場などで代替公演が行われる.

正面入口脇にはカウントダウンの電光掲示板が設置されている

お正月なので鏡餅があった

さよなら公演限定の「どら焼き」
  
歌舞伎座内の点景

思い出の歌舞伎俳優の写真が貼ってある
 
この歌舞伎座も見納めである

公演後にて. ライトアップされた歌舞伎座正面
2013(平成25)年の春,新オープンの予定である.

観光路線バス「東京・夢の下町」【東京考察#282】

Torism local bus “Tokyo and The downtown of the dream”


観光路線バス「東京・夢の下町」

 


 初めて東京を訪れる人でも気軽に都内の名所を巡れるように,2008(平成20)年4月より都バスで運行を開始した路線バスが「東京・夢の下町」号である.東京駅丸の内北口から日本橋,須田町(秋葉原電気街),上野公園下,菊屋橋(かっぱ橋入口),浅草雷門を経由して両国駅前までを結ぶ路線で,9時から18時まで30分間隔で運行されている.近年増加している外国人観光客にも対応できるように,車内放送やTVモニターでは日本語・英語・韓国語・中国語による案内がされ,車内に置かれている案内パンフレットも他言語版が用意されている.一般の都バスと同じ扱いなので,一日乗車券やパスモなどのIC乗車券でも乗れる.車両デザインは,首都大学東京との産学連携によるオリジナルデザインのバスを使用し,車体はステンレス製で塗装がないものとなっている.
 
車内に付いているTVモニター
映像と共に多言語で案内が流れる

車内 基本的には横に向いて座るロングシートタイプ

出入り口脇には,多言語のパンフレットが置かれている.

こちらは英語版のマップ

銀座スウォッチビルのエレベータ【東京考察#274】

The elevator at the Ginza swatch building


スウォッチビル入口(1階)

 


 銀座スウォッチビルとは,スイスの時計ブランドであるSwatch(スウォッチ)グループがオープンさせたウォッチランドマークとなるビルで,正式には「ニコラス・G・ハイエック センター」と呼ばれるビルであり,銀座7丁目に2007(平成19)年5月オープンした.地下1階にスウォッチ旗艦店ブティック,2~4階はスウォッチグループの高級ブランド(ブレゲ・ブランパン・グラスヒュッテオリジナル・ジャケドロー・レオンアト・オメガ),5階以上はカスタマーセンターやオフィス・イベントホールとなっており,ビル丸ごとが時計のスウォッチビルとなっている.
このビルの設計は坂茂氏である.銀座の限られたスペースに7ブランドのショールームをいかに設置するかを考慮し,敷地の前面裏面をガラス製の外壁で覆ってそこに7つのショールームを設置し,それぞれのショールームに通じるエレベータ自体をもショールームとして,地下1階から4階に存在するメイン店舗へ自然と導かれる独創的な空間としたとのこと(スウォッチジャパンホームページより).つまり,それぞれのブティックに直通で行けるガラス張りの油圧エレベータが並んでおり,エレベータに乗った瞬間から,ブティックの空間となっているのである.油圧エレベータは外側の壁が存在せず,カゴのみが存在して,1階と上部をゆっくりと結んでいる.一見するとエレベータがあるの?と思う1階フロアーであるが,よーく見てみると油圧エレベータがずらずらと止まっているのである.ちなみに,エレベータは横浜エレベータ(株)が7台とも製造している.

銀座スウォッチビル外観

これが1階のフロアーであるが,
矢印のところが油圧エレベータなのである.
ガラス張りのカゴがブティックに直行しており,
乗り込むとカゴの中も
ショールームとなっていて上下に移動していく.
7台のエレベータがあり,
ガラス中央に書かれているブランドのショールームに直行する.
 
オメガ(左),ブランパン(右)へ行く油圧エレベータ
 
このようにエレベータの中からショールームが始まっており,
このまま上階のショールームへ直行する.
 
<左>地下1階のブティック(カゴの中から店内を撮影)
<右>このカゴを支える油圧シリンダー
 
タケノコのようになっているシリンダー部

ソニービル(銀座)【東京考察#248】

Sony building ( Ginza )


銀座ソニービル


 ソニービルは1966(昭和41)年に建てられたビルで,晴海通りの数寄屋橋交差点前にあり,斜め向かいには日本一当たり本数を出す宝くじ売り場「西銀座デパートチャンスセンター」がある.1階から4階まではソニーに関する製品を展示するショールームであり,上階から順に下に歩いて降りてくると結構楽しい.建物内部の構造も面白く,1つの階を段違いに4つのフロアーに分けて,それぞれが少しずつ螺旋状に配置されており,サザエの渦巻きのようにグルグルと回って上階から降りてくることができる.気がつくと1階に到着していたという感じになる.また,1階と地下とを結ぶ階段は,歩くとドレミファソラシドの音がなる面白い演出がされており,館内がリニューアルされた今でも,この伝統!?は受け継がれている.5階(正確には4階C)から上には衣料や雑貨等のテナントやレストランが入っている.ソニービルは入場無料で誰でも気軽に入れるので,銀ブラついでにどうぞ.
 
ソニービル1階 入場無料

展示スペースが螺旋状になっており,
各フロアーは下から順にABCDに分かれている.
例えば4階の下から1段目のフロアーは「4A」という具合に.
足下に青色プレートがはめ込まれている.

話題の「Rolly」 実演をやっていた
 
これが「メロディステップ」
1階と地下を結ぶ階段で,歩くとセンサーに反応して光りとともにメロディがなる.
昔はセンサーではなく,マットを踏むと音が鳴る仕組みだった記憶がある.

メロディステップ脇の看板
背後はエレベータ.8階までしかないのに結構高速である.

愛の泉 クリスマスチャリティーのツリー
Edyカードの「チャリ~ン」という音が鳴っている.

清洲橋(隅田川橋梁) 【東京考察#232】

Kiyosu-bashi ( Sumidagawa bridge )


清洲橋


 清洲橋は,関東大震災の震災復興事業で架けられた隅田川橋梁群のひとつである.隅田川橋梁群は当時の新技術が駆使され,同じ形式の橋を造らず,ほぼ同じ長さのそれぞれ異なった形式を採用することにして,橋梁群全体のデザインを示しており,後世に語り継ぐことのできる土木遺産として高い評価を得ている.清洲橋の構造形式は三径間の鋼鉄製吊り橋,1928(昭和3)年に架設された,橋長186.6m,幅員22.0mの橋である.ドイツのケルン大吊橋を模範にしており,隅田川に架かる橋の中で最も美しいと言われ,人気の高い橋となっている.
「清洲」の名の由来は,深川の清澄町と日本橋中洲町を結ぶ橋であったことから付けられた.清澄町はセメント工場の発祥の地であり,中州町は1771(明和8)年に埋め立てを開始して造られ,一時は取り壊されていたが1886(明治19)年に再び埋め立てられた経緯のある場所である.

街灯もレトロで洒落ている

橋の下の川縁は歩けるようになっている.
隅田川の川面が見れる.

浅草や日の出桟橋からの水上バスが橋の下をくぐる

橋の下 いろいろな配管が付けられている
 
吊り橋の鋼製部分には,ライトアップ用の照明が取り付けられている

間近で見ると,鋼製の武骨なところがまた魅力的

歩道から


水上バスからみた清洲橋(昼)

水上バスからみた清洲橋(夜)

水天宮(日本橋蛎殻町) 【東京考察#231】

Suiten-gu ( The Nihonbashi kakigara cho )


水天宮へ向かう階段


 水天宮は,日本橋蛎殻町にある安産・子授けのお宮となっている.そもそも起源となっている水天宮は,福岡県久留米市の筑後川畔にある全国総本宮「水天宮」となっているが,江戸時代に参勤交代が義務づけられていた久留米藩主が水天宮にお参りができないので,第9代久留米藩主・有馬頼徳が久留米から分霊をして江戸屋敷内(港区赤羽橋付近)に水天宮を祀ったのが,東京水天宮のはじまりとなっている.当初は,一般人のお参りはできなかったが,次第に信仰が高まって塀越しに賽銭を投げ込む江戸の人が後を絶たなくなり,五の日に限り屋敷が開放されて参拝が許されるようになっていったという.
1871(明治4)年の屋敷移転とともに水天宮は青山に移り,その翌年に,現在の蛎殻町に移転して現在に至っている.おなかを大きくした妊婦さんや,若い夫婦たちの参拝する姿が後を絶たない.御利益があったときは,そのお礼参りとして,小さな赤ちゃんを抱きながら参拝にくる家族の姿も多く目にする.

人形町通りから階段でちょっと上る
結構急な階段である

妊婦さんなどのために,
社殿へ直行できるエレベータが
水天宮交差点脇(交番脇)に設置されている.

水天宮「社殿」
現在の社殿は,昭和41年に建てられた権現造りとなっている

若い家族連れが多い

境内にはベビーカーも置いてある

記念撮影をする家族が多く,警備員さんは専ら撮影係となっている
これも業務の範囲内ということで.
 
安産ご祈祷の時間になると,列を作って社殿の中に入っていく

子宝いぬ
産まれ年の干支のところを撫でると,安産・無事成長が祈念できる

境内にある屋台

通り沿いにある土産物
「安産狛犬煎餅」「安産人形焼き」

人形町界隈(日本橋人形町) 【東京考察#230】

The Ningyo-cho neighborhood


人形町の路地裏

 


 人形町は江戸時代の町人歓楽街として栄えていたところで,今でも江戸の面影を残す地区である.人形町の由来は,この地区に人形師が多く住んでいたことからつけられた名前で,江戸時代の人形町界隈は中村座や市村座などの江戸大歌舞伎が存在し,見世物小屋をはじめ人形芝居の小屋が並ぶ江戸唯一の歓楽街であった.これらの歓楽施設は,天保の改革の風俗取り締まり(1842(天保13)年)によって,浅草猿若町などに移転した.現在の人形町は,古き江戸時代の面影を残すとともに,東京都心のビジネス街・問屋となっており,休日はビジネスマンが少ないので,散策をするのには適している.ちなみに,1656(明暦2)年に新吉原に移転する前の元吉原も,人形町界隈にあった.
 
人形町駅前は甘酒横丁交差点となる
明治はじめに,この横丁の入り口に甘酒屋があったことから呼ばれている.
人形町駅から明治座にかけて,商店街が続いている

日本一のほうじ茶を売る「森乃園」 大正3年(1914)創業
「ほうじ茶 175g 820円」で売っている.
香ばしくておいしいほうじ茶である
店内には甘味処もある

自家製豆腐やがんもどきを売る「双葉」 明治40(1907)年創業
甘酒やソフトクリームも売っている
甘酒プリンもある!
  

 
路地裏は江戸風情を残す空間がある


甘酒横丁をまっすぐ歩き,隅田川近くの浜町になると
明治座がある.現在の明治座は1993(平成5)年に建てられたもの


「人形町今半」といえば,すき焼き・しゃぶしゃぶである
昼食は今半に決定!人形町今半は、1895(明治28)年創業した牛鍋屋が起源となっている.
1952(昭和27)年に浅草今半日本橋支店として開店したが,
1956(昭和31)年に別会社として独立分離し,今に至っている.
都内には,今半と名の付いた店は5社あるとか.

食べたいメニューによって,
1階のびーふ亭か,2階のお座敷か,に分かれる
入り口をくぐると,仲居さんに聞かれる
御膳や弁当だと,夜のコース料理よりは手頃な値段で食べれられる.
 
すき焼き御膳(2,625円)
御膳は2階の座敷で食べることになる

「御膳」を注文すると,仲居さんがすべて焼いてくれる
高級店のすき焼きは,自分で焼くのではないらしい
ちょっと緊張する.(弁当は直接机では焼かない)

基本的には,ビジネスビルの建ち並ぶ地域である

 

浜離宮恩賜庭園 【東京考察#224】

The Hama-rikyu royal gift garden


中島の御茶屋と大泉水


 浜離宮庭園は,江戸城の出城としての機能を果たしていた徳川将軍家の庭園だったところで,明治になって皇室の離宮となり,昭和20(1945)年に東京都に下賜され現在に至っているものである.徳川時代には,鷹狩り場や鴨場が整備され,別邸を建てたりし,現在の姿の庭園になったのは,11代将軍の家斉の時だという.関東大震災や戦災によって大部分は損傷したが,その後の整備によって現在の姿になって公開がされている.近年は,汐留の再開発によって庭園近隣に超高層ビルが林立するようになり,公園からの景観が一変している.賛否両論あるようだが,自然の緑の背景に,このダイナミックな背景も面白いように感じる.周辺は,江戸時代には想像できなかった景観が広がっている.
 
浅草からやってくる「水上バス」で入園することもできる
アプローチが面白くてお奨めである.

横堀水門
浜離宮の池の特徴は,海水を引き入れた池となっていることにある.
潮の満ち引きによって水位が変わるが,その海水を引き入れる水門.

新樋の口山

東京湾側の海岸線
 
鴨場に設けられているのぞき穴
鴨場の池から小さな引掘り(写真右)が掘られており,
この土手の「のぞき穴」から覗きながら,
エサやアヒルで鴨を引き寄せて,すくい上げるという猟.

緑の中を歩くと,やっぱり心が安らぐ
都心にいるとなおさら強く感じる

「潮入の池」と「汐留シオサイト」の再開発
真ん中に見える建物は「中島の御茶屋」
このコントラストは,新たな都市景観として面白い.
潮入の池は,江戸の庭園では唯一現存する海水の池である.

御茶屋では抹茶セットを飲むことができる
お手前など堅苦しいことは不要.
とりあえず正座して,それなりの飲み方でOK.

お手伝い橋
総檜造りの橋で,平成9(1997)年に架け替えられたもの

馬場跡
馬を走らせる馬場の跡地

芝とビル
 
内堀
現在,潮が引いているときであり,
水位が下がり,どんどん水が外に流れていた

三百年の松
徳川6代将軍の家宣が植えた松

お花畑では菜の花やコスモスが咲き誇る

新橋駅からは大手門橋を渡り,大手門から入場する
入場料大人300円 9時から17時まで

無料巡回バス(運賃地域企業負担のバス) 丸の内・日本橋・お台場【東京考察#216】

The free round route bus


バス停

 


 新しい形態のバスとして注目されるのが,この無料巡回バスである.現在,走っているのは東京駅周辺の「丸の内地区(丸の内シャトル)」と「日本橋・京橋地区(メトロリンク日本橋)」,そして観光スポットとしても脚光を浴びている「お台場地区(東京ベイシャトル)」である.運行はオープンスカイバスを走らせている日の丸リムジンで,いずれの路線も10~20分間隔,20時頃まで運行されている.
なんといっても特筆されることは,誰が乗っても「無料」ということで,このバスの運行費用は,運行路線近辺にある地元企業が協賛しているのである.そのため,バスの車内には協賛企業のCMが流され,パンフレット類が置いてある.無料だと逆に何かあるんじゃぁないかと尻込みしてしまうが,押し売りや強制的な入会勧誘などは一切なく,普通の路線バスと同じように乗車できるので,誰でも安心して乗車できる.
バスはニュージーランド製のハイブリッドバスを導入しており,段差のない低床式でもあるため,非常に乗り降りも楽である.料金をとらないために路線バスとしての位置づけができないことから,バス停が道路に設置できない,駅前ターミナルに乗り入れできないなどといった制約がある.そこで,バス停は協賛企業の敷地内に設置し,駅の近くに協賛企業のバス停名等で停留所を設置したりしている.
東京駅から日本橋や京橋まで行きたいとき,また丸の内・大手町の皇居周辺まで行きたいとき,歩くと遠いお台場を周遊したいときなどは,この無料バスは重宝する.

環境にやさしいバスを導入している
 
バス停は,このように協賛企業の敷地内に置かれている
ちょっと目立たないので,バス停を探すときは建物の側を探すようにする

 

築地本願寺【東京考察#210】

Tsukiji-hongan-ji (temple)


築地本願寺正門より


 築地にやってくると,これは何だろうと思わせる建築物である.これは,築地本願寺である.一般的にイメージしているお寺とは雰囲気を異にしているが,京都東山の本願寺(西本願寺)の別院として1617(元和3)年に当初は浅草横山町に建立されたものである.正式には「浄土真宗本願寺派本願寺築地別院」という.1657年の明暦の大火によって現在の築地に再建され,場外市場のあるところはかつて門前町となっていた.その後,関東大震災で焼失し,現在の建築物は1934(昭和9)年に古代インド仏教様式で再建されたものである.外観がインド洋式の外観,本堂内部は桃山様式を取り入れており,阿弥陀如来などが安置されているとともに,大きなパイプオルガンも設置されている.
築地市場に近いことから,外国人観光客の姿も散見される.市場の喧噪とはうってかわって,静かな境内を歩いていると非常に心地がよい.

門の中から,露出を変えてもう1枚撮影した

本堂へ向かう階段の左側

いつも見慣れている「お寺」といったイメージとは異なる
古代インド仏教様式
 
本堂への入口

本堂内にあるパイプオルガン
旧西ドイツのワルカー社製
毎月最終金曜日の12:20~12:50には
ランチタイムコンサートが無料で行われている

南門近くの第1伝道会館には喫茶店があるので,
築地市場を歩き疲れたら,静かな境内でちょっと休憩するのもよい

南門を出ると,目の前が場外市場である
 
場外市場はこのように大混雑の大喧噪である

奥野ビルと博品館のエレベータ(銀座)【東京考察#186】

The elevator at the Okuno building and Hakuhinkan building ( Ginza )


奥野ビル

博品館


銀座にある風変わりな珍しいエレベータを2つ紹介する.
奥野ビル
 銀座を歩いていると昭和初期に建てられた歴史遺産と言えるような建物に出くわすことが多い.最近では耐震性の問題から次々と取り壊されていて寂しい限りであるが,今後も次第に姿を消していくビルディングであろう.奥野ビルも,そんな昭和初期である1932(昭和7)年に建てられた鉄筋コンクリート6階建ての(7階は増築している)建築物で,現在でも画廊などが入居している貴重なビルである.かつては「銀座アパートメント」と呼ばれていたように当初はアパートとして機能していたが,風呂なしで手狭の部屋は次第に居住スペースから画廊などのスペースとして使われるようになったらしい.近くに「銀座湯」の銭湯があるので,風呂なしは問題にはならないと思うが,近代化の進んだ現代では住みづらい空間となっていったのだろう.
そんな奥野ビルは,建物そのものも貴重な存在であるが,その中にある「エレベータ」も貴重なのである.なんと扉を手動で開け閉めするエレベータなのである.(運転そのものは自動式) 古い建物の見られる銀座では,このように扉を手動で扱うエレベータは他でもいくつか見られるようであるが,これも近代文明の先進的な歴史を刻んできた銀座ならではの歴史的遺産であるように感じる.画廊は外部の人が入れる施設なので,画廊見学がてらふらりと立ち寄って建物とエレベータを眺めてみるとよい.節度とマナーを守って見学しましょう.

奥野ビル
時代を感じさせる外観である.
スクラッチタイルで覆われた外壁が特徴だとか.

1階の入口
 
これが噂のエレベータ
手をかける引き戸の凹凸が扉についている
この扉は当初からのものではないらしい
階数表示器が羅針盤の形をしていて矢印で示す(渋い!)
かつては全階止まっていたようだが,現在は2~5階は停車しない

とりあえず籠のある6階まで階段で上ってみた
 

 
なんとも「ゾクゾク」してしまう空間である

 
6階フロアー
フロアー側の扉はガラスとなっていて,
エレベータの籠内の明かりが見れる

エレベータを呼ぶときは
「呼」と書かれた下のボタンを押すと
籠(かご)がやってくる
 
左側が籠側の扉(ホール側から撮影)
右側がホール側の扉(籠の中から撮影)
つまり,エレベータにのるためには2枚の扉を手で開けなければならない
(けっこう重たい扉である.女性にはつらいと思う)
閉まるときは自然に閉まるようになっている

こんな感じで2枚の扉を手で開けるエレベータ

操作ボタンは上から「7」「1」電灯スイッチがあって「6」となっている

運転中のエレベータ
博品館
 博品館は明治23年に銀座で創業した歴史ある玩具店である.昭和53年に劇場を備えた8階建ての現在のビルが建てられて,日本一大きい玩具店としてギネスブックにも掲載されているように,1階から4階までは「おもちゃ」で埋め尽くされているビルである.そんな博品館の中央部には1~4階までを結んでいる1台のエレベータが存在しているが,これこそが珍しい「油圧式エレベータ」なのである.大抵のエレベータは籠(かご)と錘(おもり)とをロープで結んで,それをモータで動かしているものがほとんどであるが,油圧式エレベータは籠の下に棒がつけられていて,油の圧力でシリンダー(棒)を上げたり下げたりして籠を動かす方式である.最上部に機械室を設けなくて良い反面,高速で運転できないことや高層階への運転には不向きといった欠点もある.
博品館にある油圧式エレベータの素晴らしいところは,日本一の玩具屋を目指すためにあえてこの珍しい油圧式を採用し,さらに外側からもエレベータの仕組みが判るようにと,ガラス張りのシースルーとしてその周りにらせん階段を設けているという点にある.籠の中にも説明書きが貼られているので,エレベータに興味のある方は是非とも訪れておきたい名所である.

博品館トイパーク

油圧式エレベータ(1階)
外見からは普通のエレベータと変わらない

「このエレベータの”におい”のもとはなに!?」
というタイトルで油圧式エレベータの説明が貼ってある
籠に乗り込むと油のにおいが「ぷ~ん」と鼻をつく
小さい子供が「くしゃ~い」と叫んでいた.

これが籠を支えているシリンダー(棒)
油圧で支えている
今となっては手間のかかるエレベータなのである

籠の下部
シリンダが籠に直結されている
 
子供達で大賑わい
アジア各国からの観光客も多い

 

銀座(5丁目~8丁目)【東京考察#185】

Ginza ( 5 – 8-chome )


これも銀座!?


銀座5丁目付近

鳩居堂前.いつも地価日本一!!
5丁目といっても4丁目交差点すぐ脇である.
お香や書画道具を売っている店

銀座ALLEY
ALLEYとは裏道・横道・細道という意

みなさん座って絵を描いている

みゆき通り
銀座6丁目付近

「GUCCI」&「松坂屋」
銀座5丁目交差点前
(地番は6丁目にある)

路地裏に入ったところにある
JAZZライブハウス「スイングシティー」

これだけ人出が多いと,
歩行者天国冥利につきる

歩行者天国は上記の時間のみ.
銀座7丁目付近

クラシックな「ライオンビアホール銀座7丁目店」
 
盆栽・水石を扱う「銀座森前」
こういった面白い小さな店を発見できる銀ブラは楽しい

22時~1時までは規定の場所以外では乗れません.
流しのタクシーには原則乗れません.
銀座8丁目付近

「資生堂パーラー」
数年前,ビルが新しくなった

8丁目の一番端にある
おもちゃの「博品館」
珍しい油圧式エレベータがある.

路地裏には高級クラブがズラズラと・・・

「バーバリー」は8丁目

8丁目から1丁目を眺める

銀座(1丁目~4丁目)【東京考察#184】

Ginza ( 1 – 4-chome )


地名看板


 よ~く振り返ってみると,東京考察で正々堂々と「銀座」を取り上げてこなかった.「No.12 夜の銀座」や「No.40 交詢社ビルヂング」などでピンポイント的に扱っていただけである.今回は,1丁目から8丁目まで,銀座の風景を紹介したい.まずは1丁目から4丁目まで.
銀座1丁目付近

銀座1丁目は首都高を挟んで京橋と接している.
銀座通りから京橋方面を望む.

反対になって,銀座4丁目方面を望む.

路地裏の通りはこんな感じ.

昭和初期に建てられた
古参ビルに出くわすことがあるのも銀座

この路地裏には,
昭和37年からオープンしている「青汁スタンド」がある.
青汁1杯230円(小サイズ)だとか.
銀座1丁目には「銀座湯」という銭湯もある!(写真なし)
銀座2丁目付近

「シャネル」がある.

「ルイ・ビトン」がある.

え~ぃ,「ティファニー」も載っけちゃえ~!

文具の「伊藤屋」も2丁目に.
この文具屋は見ていて飽きない.

「WINS銀座通り」は,
ビルの地下1階に隠れるようにひっそりとある.

こちらはでかい「WINS銀座」(「通り」がつかない)
どちらも2丁目にある.
銀座3丁目付近

近年リニューアルされた「松屋銀座」
ちなみに牛丼の松屋ではありません.百貨店です.

アップルコンピューター(左)
OPAQUE(右)
最近のビルはガラスや新素材の冷たい感じのものを
全面的に出してデザインしているビルが多い気がする

「銀座の柳・二世」
銀座では至る所に二世が植えられている.

銀座では古い建物に出くわす.
銀座4丁目付近

4丁目といえば交差点にある「和光の時計台」
銀座の中心である.

4丁目交差点の交番
屋根の上には「安全カエル」が座っている

三愛ビル 夜は綺麗にきらびやかに.

銀座4丁目交差点
晴海通りと銀座通り(中央通り)が交差する.
一番賑やかで人通りが多いところ

スカイバス東京ツアー(オープンバス観光)【東京考察#181】

SKY BUS TOKYO TOUR (The open bus sightseeing)

ドイツ製のオープンバス

バスのりば

 


 ロンドンやパリなどに行くと屋根のない2階建てバスのツアーバスを見かけることができるが,東京にもこのオープンバスが走っている.東京駅丸の内南口から歩いて数分のところにチケット売り場とバス乗り場があり(丸ビルとなりの三菱ビル前),皇居をぐるりとまわり,国会議事堂,霞ヶ関,銀座を走り,約45分かけて再び東京駅に戻ってくるルートを走る.大人1,500円で,午前10時から午後6時までの毎時1時間ごとの出発となっている.屋根なしオープンということもあり運行当初は4月から10月までとなっていたが,現在は通年運行となっている.外国人観光客のために,英語・中国語・韓国語によるマルチランゲージシステム(つまり無線付きのイヤホンを貸し出す)も行われている.
なかなかこのオープンバスのツアーは面白い.高層ビルが建ち並ぶ東京をバスの中から見上げて眺めるのも楽しいものである.また,皇居の広々とした空間と,緑の街路樹の中を快走するのも爽快である.最後には,バスの高さギリギリ(3.8m)のJR線ガード下をくぐり抜け,スリルも味わうことができる.道を歩く人とバスの乗客達が手を振って,お互いコミュニケーションをとる光景も見られ,非日常の楽しい連帯感を味わうこともできる.なお,運行は「はとバス」ではなく,「日の丸リムジン」で行っているのでお間違いなく.はとバスの窓口に行ってもチケットは買えません.

チケット売り場(三菱ビル1階にある)

チケットを買うと,うちわとマップがもらえる

外国人観光客も多い 係員さんは浴衣を着ている

オープンバス2階席

ガイドさんも浴衣で案内

大手町のビル街 読売新聞本社前

皇居の中を走る緑のトンネルを快走する

東京FM (半蔵門)

皇居をパチリ

国土交通省 (霞ヶ関)

国会議事堂を真正面に見て

銀座4丁目交差点を曲がるバス(動画)


銀座の中央通り 歩行者天国の時は通らない

八重洲口のビル群
近年のビルはガラスばっかり

丸の内口赤煉瓦駅舎

月島もんじゃ焼き【東京考察#155】

A Monjya-yaki in Tsukishima


もんじゃ焼き
見た目はグロテスク,でも味は最高!


 無性にもんじゃ焼きを食べたくなるときがある.やっぱり「もんじゃ」は月島である.

もんじゃ焼き発祥の地が中央区月島であり,むかし駄菓子屋で子供達に鉄板の上でメリケン粉を水で溶いたものを薄く焼き,醤油をたらして食べたのが始まりだという.もんじゃ焼きの語源は,焼きながら鉄板に文字を書いていたので通称「文字焼き」と呼ばれ,それがいつのまにか「もんじゃ焼き」になったとのこと.現在のもんじゃ焼きはソースが主流となっている.
月島には約70件のもんじゃ焼き屋があって,月島もんじゃ振興会協同組合を作ってPRに努めている.月島駅前にはもんじゃ焼きを紹介してくれる窓口もあって,地下鉄改札前にももんじゃ屋さんのマップが置いてあるので,地図を片手に街を歩いて店を探してみるといい.大抵の店では,最初の1つは作り方を教えてくれるので,それを覚えて2つ目からはもんじゃ焼きに挑戦してみよう.もんじゃはみんなでつついて食べるものなので,同じ具を注文するよりは違う味の具(例えば,辛味のキムチ・明太子,チーズ系,そば系などバリエーションを変える)をそれぞれ頼んで味わうと良い.
なお,個人的にはデザートとなっている「あんこ巻き」が大好きである.今風に言えば「あんこクレープ」であるが,鉄板の上に薄く生地を敷いて.焼き上がったところにあんこを置いて巻く.これがうまいんだな.みなさんも「もんじゃ」だけではなく,あんこ巻きもお試しを.
では,作り方をお教えしましょう.


作り方の前に,街並み紹介・・・・


月島駅前には案内所もある


月島西仲通商店街
もんじゃ焼屋がびっしりある


今風の「オープンカフェスタイル」のお店もある


路地裏のお店も魅力的


もんじゃ焼の旗が立つ


レトロな交番を発見


では,いよいよ「もんじゃ焼き」の作り方・・・


鉄板に油を敷いて,充分に暖める


具は「豚キムチ」


具を全て入れる


汁だけはまだ入れない


具を切り刻む(これがポイント)


ちょっとだけ「汁」をたらして混ぜる
これは土手を造りやすくするため


真ん中に穴をあけて土手をつくる


真ん中に残りの汁を入れて混ぜる


のばして出来上がり!


小さい「へら」で直接食べる
でも美味しいのは,鉄板にこびりついている「おこげ」である


明太もちもお薦め!

くどいようですが,是非「あんこ巻き」も・・・

佃島【東京考察#144】

Tsukudajima


木造の建物が残る佃島


 佃島(つくだじま)は隅田川河口にできた自然の寄洲であり,江戸時代の初代将軍徳川家康の時に摂津国佃村(現大阪市西淀川区佃町)の漁師を招いて住まわせたところからこの名がついたという.この島と対岸(湊町)の間には「佃の渡し」があり,昭和39年の佃大橋の完成まで最大で1日70往復も運航されていた.佃大橋が完成するまでは「本当の島」だったのである.かつての「佃島」は現在の佃1丁目である.現在の佃2・3丁目はかつて「新佃島」という地名であったが相生橋で結ばれていて,佃島のようにまったく交通が遮断されていたわけではなかった.
佃島には氏神の住吉神社があるが,これは大阪の住吉神社を勧請したものだといい,漁民などの信仰を受けていた.特産品には「佃煮」があり,現在でも佃煮を販売する小さなお店には多くの買い物客が訪れている.


大正14年の古地図
これによると「佃島」は島となっているのがわかる.

 
木造の家屋が残っている
 


路地の後ろには大川端リバーシティ21の高層住宅が見える.
周辺には高層ビルが建ち,この「佃」だけ異空間が広がっている感じである.


狭い路地も残る

 
特産の「佃煮屋さん」


佃大橋と隅田川
かつてはここに渡し船が運航されていた


氏神の住吉神社

大川端リバーシティ21【東京考察#143】

Ookawahata River city 21


水上バスからみた大川端リバーシティ21


 もんじゃ焼きで有名な「月島」の北側の突端部に存在する再開発事業である.都心部における居住空間の回復を目指して住宅・都市整備公団(現都市基盤整備公団),東京都住宅局,東京都住宅供給公社,三井不動産の4者による再開発が行われたもので,東京における超高層住宅(三井不動産の分譲マンションは54階建て)の先駆けとなった開発である.昭和61(1986)年より着工され,地区面積は28.7ha,3886戸の住宅戸数を持つ.ちなみに,賃貸の場合の家賃は3LDK(75m2)で月額25万円であるという.
地区内には,住宅以外にも,教育施設やスポーツ施設,文化・商業施設も計画的に配置されているが,商業施設や文化施設は計画通りの誘致が難しく,一部住宅地に変更したりしている.都市計画道路によって東京駅とも直結しており(約2km),隅田川に面する部分はスーパー堤防の採用によって,川面がみれるように親水性が確保されている.隅田川の水上バスにのると,この大川端リバーシティの案内放送が流され,近未来的な超高層住宅の林立する再開発を眺めることができる.
再開発前には石川島播磨重工業(株)の工場が建っていた.ペリーが浦賀に来航した1853年,幕府の命令を受けた水戸藩がここに石川島造船所を創設したのが始まりで,日本人によって最初に設計・建造された蒸気軍艦「千代田形」など数多くの艦船が造られた場所である.明治に入ってから渋沢栄一などの協力によって民間会社としての石川島造船所となったが,1939(昭和14)年の造船部門の豊洲移転によってこの地での造船事業は終わりを迎えた.その後は,重機械類の専門工場として稼働していたが,1979(昭和54)年の工場移転により現在の再開発事業が行われるようになったのである.


最上階54階の住みごこちは如何に?


中にはオープンスペースがある


スーパー堤防により隅田川との親水性が保てるようになった.
スーパー堤防は堤防の上に高層住宅が建てられている形になる.
写真には写っていないが,右手には隅田川の川面が見える.


「フィットネス&スパ」の施設もある

西銀座チャンスセンター(宝くじ売り場)【東京考察#142】

The Nishi-ginza chance center

 


 西銀座チャンスセンター(旧名:西銀座デパートチャンスセンター)は,宝くじファンなら誰でも知っている売り場である.日本で最も多くの年末ジャンボ1等を出すことから,毎年全国から宝くじを求めてやって来る売り場である.年末ジャンボとなると大行列となり,人気のある1番売り場の窓口で購入するとなると1時間以上待ちは覚悟しなければならない.チャンスセンターは首都高速の下にある専門店街「西銀座デパート」の1階にある.JR有楽町駅から有楽町イトシアの脇を歩き,有楽町マリオンの中を通り抜け,銀座4丁目方面に向かって首都高速の下をくぐった左手(数寄屋橋交差点前の交番裏)にある.営業時間は9:00~20:00が基本,土日祝は10:00~19:00まで,ジャンボ宝くじ発売時は若干時間が延長する.

 


数寄屋橋交差点の向かい数寄屋橋公園前にある
(最初の写真)左の三角屋根は交番
(次の写真)交差点の反対側には「SONYビル」がある


広域の地図


奥にも売り場があるが,
一番人気は一番手前(左)の1番窓口


左から順に,
1・2・3・5・7番窓口となっている.
4番と6番はなくて,
ラッキーセブンの7番が一番右側にある.

この他にも西銀座デーパートの入口を越えた
右手側奥にも窓口があり,
さらに,超穴場の存在として,
地下1階にも西銀座チャンスセンターの窓口がある.


人気の高い1番窓口は,
実は2列となって2つの売り口がある.
窓の中には,
山のように積まれた宝くじの束(緑色)が・・・.


行列は列をなし,晴海通りへと続く


私も,つい並んでしまう.
晴海通りまで並ぶと約30分待ちとなる.

このページを見た方に
1等が当たりますように・・・

夜の隅田川橋梁群【東京考察#104】

The bridge of Sumida river at night(view from a water-bus)

水上バス

 


  東京考察No.6では昼の隅田川橋梁群を紹介した.ここでは,夜バージョンでお送りします.では,浅草から河口まで橋の旅をどうぞ.



東武鉄道の橋梁


吾妻橋


駒形橋


厩橋


蔵前橋


JR総武線の橋梁


両国橋


首都高6・7号の両国ジャンクション


新大橋


清洲橋


永代橋


中央大橋


勝鬨橋 (真ん中がハの字に開く橋だった)

東京湾へ

おまけ・・・

レインボーブリッジ

柳橋【東京考察#99】

Yanagi-Bridge(The bridge of the Kanda-river lowest style)

 


 柳橋は神田川最下流にかかる橋である.隅田川との合流地点にかけられており,昭和4年に架設された37.9mの鋼橋である.橋の歴史は古く,渡し船による行き来が不便だということで1698(元禄11)年に架設されたのが始まりで,その後,1887(明治21)年に鋼鉄製となったが,関東大震災で落ちてしまい,復興局によって1929(昭和4)年に完成したのが現在の橋となっている.隅田川にかかる橋梁群と同じ時期に復興された橋であり,土木遺産として価値のあるものとなっている.
柳橋の由来については、江戸時代に付けられていた「矢の倉橋」が変化したもの,柳が並ぶ柳原堤の端にあるから,橋のたもとに柳が1本あったことからなどの説がある.このあたりは,江戸時代の繁華街だった両国が近くにあり,吉原への渡船場ともなっていて,花街も形成されていたという.戦前の昭和初期には,料亭や船宿などが建ち並び,現在も,屋形船の発着場としてかつての江戸情緒の賑わいを感じ取ることができる.


柳が立つ. 袂は屋形船のりばとなっている.


屋形船

日本橋三越本店【東京考察#79】

The Nihonbashi MITSUKOSHI department store


 日本橋にある三越本店は,昭和10年に完成したルネサンス様式の建物である.東京都選定歴史的建造物に指定されているとおり,重厚な建物は買い物目当てでなくても一度は訪れてみたくなるところである.なかでも本館中央にある1~5階までの太陽光を取り入れた吹き抜けは圧倒され,戦前からこのような建築が日本にあったことに驚きを感じる.シンガポールのショッピングデパートにも,このようなタイプの中央が吹き抜けのビルが多く建設されているが,果たしてルーツは何処なのであろうか.内装に使用されている大理石にはアンモナイトの化石が含まれており,何もかもが本物の装飾で施されている.


吹き抜けの中央ホール
天女(まごころ)像が置かれている


三越といえば「ライオン像」


装飾もきらびやか


OTIS製のクラシックエレベーター
しかし,かつての真鍮製の内扉は今はなく,
ステンレス製の扉に替えられてしまった


銀座線三越前駅から三越に通じる地下道にも装飾がされている
駅のエスカレーターも金色に塗られている