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観光路線バス「東京・夢の下町」【東京考察#282】

Torism local bus “Tokyo and The downtown of the dream”


観光路線バス「東京・夢の下町」

 


 初めて東京を訪れる人でも気軽に都内の名所を巡れるように,2008(平成20)年4月より都バスで運行を開始した路線バスが「東京・夢の下町」号である.東京駅丸の内北口から日本橋,須田町(秋葉原電気街),上野公園下,菊屋橋(かっぱ橋入口),浅草雷門を経由して両国駅前までを結ぶ路線で,9時から18時まで30分間隔で運行されている.近年増加している外国人観光客にも対応できるように,車内放送やTVモニターでは日本語・英語・韓国語・中国語による案内がされ,車内に置かれている案内パンフレットも他言語版が用意されている.一般の都バスと同じ扱いなので,一日乗車券やパスモなどのIC乗車券でも乗れる.車両デザインは,首都大学東京との産学連携によるオリジナルデザインのバスを使用し,車体はステンレス製で塗装がないものとなっている.
 
車内に付いているTVモニター
映像と共に多言語で案内が流れる

車内 基本的には横に向いて座るロングシートタイプ

出入り口脇には,多言語のパンフレットが置かれている.

こちらは英語版のマップ

銀座スウォッチビルのエレベータ【東京考察#274】

The elevator at the Ginza swatch building


スウォッチビル入口(1階)

 


 銀座スウォッチビルとは,スイスの時計ブランドであるSwatch(スウォッチ)グループがオープンさせたウォッチランドマークとなるビルで,正式には「ニコラス・G・ハイエック センター」と呼ばれるビルであり,銀座7丁目に2007(平成19)年5月オープンした.地下1階にスウォッチ旗艦店ブティック,2~4階はスウォッチグループの高級ブランド(ブレゲ・ブランパン・グラスヒュッテオリジナル・ジャケドロー・レオンアト・オメガ),5階以上はカスタマーセンターやオフィス・イベントホールとなっており,ビル丸ごとが時計のスウォッチビルとなっている.
このビルの設計は坂茂氏である.銀座の限られたスペースに7ブランドのショールームをいかに設置するかを考慮し,敷地の前面裏面をガラス製の外壁で覆ってそこに7つのショールームを設置し,それぞれのショールームに通じるエレベータ自体をもショールームとして,地下1階から4階に存在するメイン店舗へ自然と導かれる独創的な空間としたとのこと(スウォッチジャパンホームページより).つまり,それぞれのブティックに直通で行けるガラス張りの油圧エレベータが並んでおり,エレベータに乗った瞬間から,ブティックの空間となっているのである.油圧エレベータは外側の壁が存在せず,カゴのみが存在して,1階と上部をゆっくりと結んでいる.一見するとエレベータがあるの?と思う1階フロアーであるが,よーく見てみると油圧エレベータがずらずらと止まっているのである.ちなみに,エレベータは横浜エレベータ(株)が7台とも製造している.

銀座スウォッチビル外観

これが1階のフロアーであるが,
矢印のところが油圧エレベータなのである.
ガラス張りのカゴがブティックに直行しており,
乗り込むとカゴの中も
ショールームとなっていて上下に移動していく.
7台のエレベータがあり,
ガラス中央に書かれているブランドのショールームに直行する.
 
オメガ(左),ブランパン(右)へ行く油圧エレベータ
 
このようにエレベータの中からショールームが始まっており,
このまま上階のショールームへ直行する.
 
<左>地下1階のブティック(カゴの中から店内を撮影)
<右>このカゴを支える油圧シリンダー
 
タケノコのようになっているシリンダー部

ソニービル(銀座)【東京考察#248】

Sony building ( Ginza )


銀座ソニービル


 ソニービルは1966(昭和41)年に建てられたビルで,晴海通りの数寄屋橋交差点前にあり,斜め向かいには日本一当たり本数を出す宝くじ売り場「西銀座デパートチャンスセンター」がある.1階から4階まではソニーに関する製品を展示するショールームであり,上階から順に下に歩いて降りてくると結構楽しい.建物内部の構造も面白く,1つの階を段違いに4つのフロアーに分けて,それぞれが少しずつ螺旋状に配置されており,サザエの渦巻きのようにグルグルと回って上階から降りてくることができる.気がつくと1階に到着していたという感じになる.また,1階と地下とを結ぶ階段は,歩くとドレミファソラシドの音がなる面白い演出がされており,館内がリニューアルされた今でも,この伝統!?は受け継がれている.5階(正確には4階C)から上には衣料や雑貨等のテナントやレストランが入っている.ソニービルは入場無料で誰でも気軽に入れるので,銀ブラついでにどうぞ.
 
ソニービル1階 入場無料

展示スペースが螺旋状になっており,
各フロアーは下から順にABCDに分かれている.
例えば4階の下から1段目のフロアーは「4A」という具合に.
足下に青色プレートがはめ込まれている.

話題の「Rolly」 実演をやっていた
 
これが「メロディステップ」
1階と地下を結ぶ階段で,歩くとセンサーに反応して光りとともにメロディがなる.
昔はセンサーではなく,マットを踏むと音が鳴る仕組みだった記憶がある.

メロディステップ脇の看板
背後はエレベータ.8階までしかないのに結構高速である.

愛の泉 クリスマスチャリティーのツリー
Edyカードの「チャリ~ン」という音が鳴っている.

清洲橋(隅田川橋梁) 【東京考察#232】

Kiyosu-bashi ( Sumidagawa bridge )


清洲橋


 清洲橋は,関東大震災の震災復興事業で架けられた隅田川橋梁群のひとつである.隅田川橋梁群は当時の新技術が駆使され,同じ形式の橋を造らず,ほぼ同じ長さのそれぞれ異なった形式を採用することにして,橋梁群全体のデザインを示しており,後世に語り継ぐことのできる土木遺産として高い評価を得ている.清洲橋の構造形式は三径間の鋼鉄製吊り橋,1928(昭和3)年に架設された,橋長186.6m,幅員22.0mの橋である.ドイツのケルン大吊橋を模範にしており,隅田川に架かる橋の中で最も美しいと言われ,人気の高い橋となっている.
「清洲」の名の由来は,深川の清澄町と日本橋中洲町を結ぶ橋であったことから付けられた.清澄町はセメント工場の発祥の地であり,中州町は1771(明和8)年に埋め立てを開始して造られ,一時は取り壊されていたが1886(明治19)年に再び埋め立てられた経緯のある場所である.

街灯もレトロで洒落ている

橋の下の川縁は歩けるようになっている.
隅田川の川面が見れる.

浅草や日の出桟橋からの水上バスが橋の下をくぐる

橋の下 いろいろな配管が付けられている
 
吊り橋の鋼製部分には,ライトアップ用の照明が取り付けられている

間近で見ると,鋼製の武骨なところがまた魅力的

歩道から


水上バスからみた清洲橋(昼)

水上バスからみた清洲橋(夜)

水天宮(日本橋蛎殻町) 【東京考察#231】

Suiten-gu ( The Nihonbashi kakigara cho )


水天宮へ向かう階段


 水天宮は,日本橋蛎殻町にある安産・子授けのお宮となっている.そもそも起源となっている水天宮は,福岡県久留米市の筑後川畔にある全国総本宮「水天宮」となっているが,江戸時代に参勤交代が義務づけられていた久留米藩主が水天宮にお参りができないので,第9代久留米藩主・有馬頼徳が久留米から分霊をして江戸屋敷内(港区赤羽橋付近)に水天宮を祀ったのが,東京水天宮のはじまりとなっている.当初は,一般人のお参りはできなかったが,次第に信仰が高まって塀越しに賽銭を投げ込む江戸の人が後を絶たなくなり,五の日に限り屋敷が開放されて参拝が許されるようになっていったという.
1871(明治4)年の屋敷移転とともに水天宮は青山に移り,その翌年に,現在の蛎殻町に移転して現在に至っている.おなかを大きくした妊婦さんや,若い夫婦たちの参拝する姿が後を絶たない.御利益があったときは,そのお礼参りとして,小さな赤ちゃんを抱きながら参拝にくる家族の姿も多く目にする.

人形町通りから階段でちょっと上る
結構急な階段である

妊婦さんなどのために,
社殿へ直行できるエレベータが
水天宮交差点脇(交番脇)に設置されている.

水天宮「社殿」
現在の社殿は,昭和41年に建てられた権現造りとなっている

若い家族連れが多い

境内にはベビーカーも置いてある

記念撮影をする家族が多く,警備員さんは専ら撮影係となっている
これも業務の範囲内ということで.
 
安産ご祈祷の時間になると,列を作って社殿の中に入っていく

子宝いぬ
産まれ年の干支のところを撫でると,安産・無事成長が祈念できる

境内にある屋台

通り沿いにある土産物
「安産狛犬煎餅」「安産人形焼き」

人形町界隈(日本橋人形町) 【東京考察#230】

The Ningyo-cho neighborhood


人形町の路地裏

 


 人形町は江戸時代の町人歓楽街として栄えていたところで,今でも江戸の面影を残す地区である.人形町の由来は,この地区に人形師が多く住んでいたことからつけられた名前で,江戸時代の人形町界隈は中村座や市村座などの江戸大歌舞伎が存在し,見世物小屋をはじめ人形芝居の小屋が並ぶ江戸唯一の歓楽街であった.これらの歓楽施設は,天保の改革の風俗取り締まり(1842(天保13)年)によって,浅草猿若町などに移転した.現在の人形町は,古き江戸時代の面影を残すとともに,東京都心のビジネス街・問屋となっており,休日はビジネスマンが少ないので,散策をするのには適している.ちなみに,1656(明暦2)年に新吉原に移転する前の元吉原も,人形町界隈にあった.
 
人形町駅前は甘酒横丁交差点となる
明治はじめに,この横丁の入り口に甘酒屋があったことから呼ばれている.
人形町駅から明治座にかけて,商店街が続いている

日本一のほうじ茶を売る「森乃園」 大正3年(1914)創業
「ほうじ茶 175g 820円」で売っている.
香ばしくておいしいほうじ茶である
店内には甘味処もある

自家製豆腐やがんもどきを売る「双葉」 明治40(1907)年創業
甘酒やソフトクリームも売っている
甘酒プリンもある!
  

 
路地裏は江戸風情を残す空間がある


甘酒横丁をまっすぐ歩き,隅田川近くの浜町になると
明治座がある.現在の明治座は1993(平成5)年に建てられたもの


「人形町今半」といえば,すき焼き・しゃぶしゃぶである
昼食は今半に決定!人形町今半は、1895(明治28)年創業した牛鍋屋が起源となっている.
1952(昭和27)年に浅草今半日本橋支店として開店したが,
1956(昭和31)年に別会社として独立分離し,今に至っている.
都内には,今半と名の付いた店は5社あるとか.

食べたいメニューによって,
1階のびーふ亭か,2階のお座敷か,に分かれる
入り口をくぐると,仲居さんに聞かれる
御膳や弁当だと,夜のコース料理よりは手頃な値段で食べれられる.
 
すき焼き御膳(2,625円)
御膳は2階の座敷で食べることになる

「御膳」を注文すると,仲居さんがすべて焼いてくれる
高級店のすき焼きは,自分で焼くのではないらしい
ちょっと緊張する.(弁当は直接机では焼かない)

基本的には,ビジネスビルの建ち並ぶ地域である

 

浜離宮恩賜庭園 【東京考察#224】

The Hama-rikyu royal gift garden


中島の御茶屋と大泉水


 浜離宮庭園は,江戸城の出城としての機能を果たしていた徳川将軍家の庭園だったところで,明治になって皇室の離宮となり,昭和20(1945)年に東京都に下賜され現在に至っているものである.徳川時代には,鷹狩り場や鴨場が整備され,別邸を建てたりし,現在の姿の庭園になったのは,11代将軍の家斉の時だという.関東大震災や戦災によって大部分は損傷したが,その後の整備によって現在の姿になって公開がされている.近年は,汐留の再開発によって庭園近隣に超高層ビルが林立するようになり,公園からの景観が一変している.賛否両論あるようだが,自然の緑の背景に,このダイナミックな背景も面白いように感じる.周辺は,江戸時代には想像できなかった景観が広がっている.
 
浅草からやってくる「水上バス」で入園することもできる
アプローチが面白くてお奨めである.

横堀水門
浜離宮の池の特徴は,海水を引き入れた池となっていることにある.
潮の満ち引きによって水位が変わるが,その海水を引き入れる水門.

新樋の口山

東京湾側の海岸線
 
鴨場に設けられているのぞき穴
鴨場の池から小さな引掘り(写真右)が掘られており,
この土手の「のぞき穴」から覗きながら,
エサやアヒルで鴨を引き寄せて,すくい上げるという猟.

緑の中を歩くと,やっぱり心が安らぐ
都心にいるとなおさら強く感じる

「潮入の池」と「汐留シオサイト」の再開発
真ん中に見える建物は「中島の御茶屋」
このコントラストは,新たな都市景観として面白い.
潮入の池は,江戸の庭園では唯一現存する海水の池である.

御茶屋では抹茶セットを飲むことができる
お手前など堅苦しいことは不要.
とりあえず正座して,それなりの飲み方でOK.

お手伝い橋
総檜造りの橋で,平成9(1997)年に架け替えられたもの

馬場跡
馬を走らせる馬場の跡地

芝とビル
 
内堀
現在,潮が引いているときであり,
水位が下がり,どんどん水が外に流れていた

三百年の松
徳川6代将軍の家宣が植えた松

お花畑では菜の花やコスモスが咲き誇る

新橋駅からは大手門橋を渡り,大手門から入場する
入場料大人300円 9時から17時まで

無料巡回バス(運賃地域企業負担のバス) 丸の内・日本橋・お台場【東京考察#216】

The free round route bus


バス停

 


 新しい形態のバスとして注目されるのが,この無料巡回バスである.現在,走っているのは東京駅周辺の「丸の内地区(丸の内シャトル)」と「日本橋・京橋地区(メトロリンク日本橋)」,そして観光スポットとしても脚光を浴びている「お台場地区(東京ベイシャトル)」である.運行はオープンスカイバスを走らせている日の丸リムジンで,いずれの路線も10~20分間隔,20時頃まで運行されている.
なんといっても特筆されることは,誰が乗っても「無料」ということで,このバスの運行費用は,運行路線近辺にある地元企業が協賛しているのである.そのため,バスの車内には協賛企業のCMが流され,パンフレット類が置いてある.無料だと逆に何かあるんじゃぁないかと尻込みしてしまうが,押し売りや強制的な入会勧誘などは一切なく,普通の路線バスと同じように乗車できるので,誰でも安心して乗車できる.
バスはニュージーランド製のハイブリッドバスを導入しており,段差のない低床式でもあるため,非常に乗り降りも楽である.料金をとらないために路線バスとしての位置づけができないことから,バス停が道路に設置できない,駅前ターミナルに乗り入れできないなどといった制約がある.そこで,バス停は協賛企業の敷地内に設置し,駅の近くに協賛企業のバス停名等で停留所を設置したりしている.
東京駅から日本橋や京橋まで行きたいとき,また丸の内・大手町の皇居周辺まで行きたいとき,歩くと遠いお台場を周遊したいときなどは,この無料バスは重宝する.

環境にやさしいバスを導入している
 
バス停は,このように協賛企業の敷地内に置かれている
ちょっと目立たないので,バス停を探すときは建物の側を探すようにする

 

築地本願寺【東京考察#210】

Tsukiji-hongan-ji (temple)


築地本願寺正門より


 築地にやってくると,これは何だろうと思わせる建築物である.これは,築地本願寺である.一般的にイメージしているお寺とは雰囲気を異にしているが,京都東山の本願寺(西本願寺)の別院として1617(元和3)年に当初は浅草横山町に建立されたものである.正式には「浄土真宗本願寺派本願寺築地別院」という.1657年の明暦の大火によって現在の築地に再建され,場外市場のあるところはかつて門前町となっていた.その後,関東大震災で焼失し,現在の建築物は1934(昭和9)年に古代インド仏教様式で再建されたものである.外観がインド洋式の外観,本堂内部は桃山様式を取り入れており,阿弥陀如来などが安置されているとともに,大きなパイプオルガンも設置されている.
築地市場に近いことから,外国人観光客の姿も散見される.市場の喧噪とはうってかわって,静かな境内を歩いていると非常に心地がよい.

門の中から,露出を変えてもう1枚撮影した

本堂へ向かう階段の左側

いつも見慣れている「お寺」といったイメージとは異なる
古代インド仏教様式
 
本堂への入口

本堂内にあるパイプオルガン
旧西ドイツのワルカー社製
毎月最終金曜日の12:20~12:50には
ランチタイムコンサートが無料で行われている

南門近くの第1伝道会館には喫茶店があるので,
築地市場を歩き疲れたら,静かな境内でちょっと休憩するのもよい

南門を出ると,目の前が場外市場である
 
場外市場はこのように大混雑の大喧噪である

奥野ビルと博品館のエレベータ(銀座)【東京考察#186】

The elevator at the Okuno building and Hakuhinkan building ( Ginza )


奥野ビル

博品館


銀座にある風変わりな珍しいエレベータを2つ紹介する.
奥野ビル
 銀座を歩いていると昭和初期に建てられた歴史遺産と言えるような建物に出くわすことが多い.最近では耐震性の問題から次々と取り壊されていて寂しい限りであるが,今後も次第に姿を消していくビルディングであろう.奥野ビルも,そんな昭和初期である1932(昭和7)年に建てられた鉄筋コンクリート6階建ての(7階は増築している)建築物で,現在でも画廊などが入居している貴重なビルである.かつては「銀座アパートメント」と呼ばれていたように当初はアパートとして機能していたが,風呂なしで手狭の部屋は次第に居住スペースから画廊などのスペースとして使われるようになったらしい.近くに「銀座湯」の銭湯があるので,風呂なしは問題にはならないと思うが,近代化の進んだ現代では住みづらい空間となっていったのだろう.
そんな奥野ビルは,建物そのものも貴重な存在であるが,その中にある「エレベータ」も貴重なのである.なんと扉を手動で開け閉めするエレベータなのである.(運転そのものは自動式) 古い建物の見られる銀座では,このように扉を手動で扱うエレベータは他でもいくつか見られるようであるが,これも近代文明の先進的な歴史を刻んできた銀座ならではの歴史的遺産であるように感じる.画廊は外部の人が入れる施設なので,画廊見学がてらふらりと立ち寄って建物とエレベータを眺めてみるとよい.節度とマナーを守って見学しましょう.

奥野ビル
時代を感じさせる外観である.
スクラッチタイルで覆われた外壁が特徴だとか.

1階の入口
 
これが噂のエレベータ
手をかける引き戸の凹凸が扉についている
この扉は当初からのものではないらしい
階数表示器が羅針盤の形をしていて矢印で示す(渋い!)
かつては全階止まっていたようだが,現在は2~5階は停車しない

とりあえず籠のある6階まで階段で上ってみた
 

 
なんとも「ゾクゾク」してしまう空間である

 
6階フロアー
フロアー側の扉はガラスとなっていて,
エレベータの籠内の明かりが見れる

エレベータを呼ぶときは
「呼」と書かれた下のボタンを押すと
籠(かご)がやってくる
 
左側が籠側の扉(ホール側から撮影)
右側がホール側の扉(籠の中から撮影)
つまり,エレベータにのるためには2枚の扉を手で開けなければならない
(けっこう重たい扉である.女性にはつらいと思う)
閉まるときは自然に閉まるようになっている

こんな感じで2枚の扉を手で開けるエレベータ

操作ボタンは上から「7」「1」電灯スイッチがあって「6」となっている

運転中のエレベータ
博品館
 博品館は明治23年に銀座で創業した歴史ある玩具店である.昭和53年に劇場を備えた8階建ての現在のビルが建てられて,日本一大きい玩具店としてギネスブックにも掲載されているように,1階から4階までは「おもちゃ」で埋め尽くされているビルである.そんな博品館の中央部には1~4階までを結んでいる1台のエレベータが存在しているが,これこそが珍しい「油圧式エレベータ」なのである.大抵のエレベータは籠(かご)と錘(おもり)とをロープで結んで,それをモータで動かしているものがほとんどであるが,油圧式エレベータは籠の下に棒がつけられていて,油の圧力でシリンダー(棒)を上げたり下げたりして籠を動かす方式である.最上部に機械室を設けなくて良い反面,高速で運転できないことや高層階への運転には不向きといった欠点もある.
博品館にある油圧式エレベータの素晴らしいところは,日本一の玩具屋を目指すためにあえてこの珍しい油圧式を採用し,さらに外側からもエレベータの仕組みが判るようにと,ガラス張りのシースルーとしてその周りにらせん階段を設けているという点にある.籠の中にも説明書きが貼られているので,エレベータに興味のある方は是非とも訪れておきたい名所である.

博品館トイパーク

油圧式エレベータ(1階)
外見からは普通のエレベータと変わらない

「このエレベータの”におい”のもとはなに!?」
というタイトルで油圧式エレベータの説明が貼ってある
籠に乗り込むと油のにおいが「ぷ~ん」と鼻をつく
小さい子供が「くしゃ~い」と叫んでいた.

これが籠を支えているシリンダー(棒)
油圧で支えている
今となっては手間のかかるエレベータなのである

籠の下部
シリンダが籠に直結されている
 
子供達で大賑わい
アジア各国からの観光客も多い