「■国内の旅」カテゴリーアーカイブ

BANCHAN WORLD の国内をテーマにしたカテゴリーです.

郡山から八ヶ岳へ[爽やか高原!八ヶ岳・清里#1]

福島県郡山市から山梨県八ヶ岳(清里)へ.かつては東京経由で向かっていたのであろうが,横断する高速道路の開通により地方から地方への旅行がとても行きやすくなった.郡山からは東北自動車道→北関東自動車道→関越自動車道→上信越自動車道→中部横断自動車道を走って八ヶ岳へ向かう.標高1000mを超える清里は,空がとても近く爽やかな風が吹く高原であった.八ヶ岳・清里への旅行記です.

(旅行年月:2018年7月)



郡山から清里までGooleマップで経路を調べてみると,距離は約350km,時間は約4時間とでる.途中休憩時間なども含めると移動は5~6時間といったところか.東北自動車道で栃木県の岩舟ジャンクションまで走り,北関東自動車道に入って群馬県となり,足利・太田・伊勢崎を通って一旦関越自動車道になる.藤岡ジャンクションで今度は上信越自動車道に分岐して長野方面へと向かって碓氷峠を登る.軽井沢を過ぎ,佐久小諸ジャンクションで中央横断自動車道の無料区間を走って,現在開通している八千穂高原インターまで南下.国道141号で長野県から山梨県へ入って清里となる.

横川サービスエリア

おぎのやの峠の釜めし

途中,いくつかのサービスエリア等で休憩をとったが,昼食は横川サービスエリアでとることにした.横川といえば益子焼の器に入った弁当,おぎのやの「峠の釜めし」.
信越本線には,北陸新幹線が開通する前,長野方面への特急「あさま」が運行されていた.横川駅に特急が到着すると,これから急勾配の続く碓氷峠を登るため,後ろに機関車を連結する作業が行われた.この停車時間を利用して,ホームで売られていたのが横川の釜めしである.新幹線の開業により,横川~軽井沢間の鉄道が廃止されたが,釜めしはドライブインや駅売店などで引き続き購入できる人気の駅弁となっている.
約20年ぶりに食べた.味は昔と変わらない.値段は1000円.

野辺山駅(JR小海線)

標高1345.67m.日本の普通鉄道の中で最も標高の高いところにある駅である.中央横断自動車道の八千穂高原インターを降り,国道141号を小淵沢方面に向かった途中にある.

JR鉄道最高地点は,野辺山駅から清里駅方面に向かった途中にある.標高1375m.すぐ隣には駐車場とトイレがあるので車でも行きやすい.

清泉寮(清里)

清里開拓の父と言われるポール・ラッシュ博士(米国人)のKEEP(清里教育実験計画)を実践するため,日米協会青年活動によるキリスト教の研修施設として開設されたのが清泉寮であり,現在は,レストランやコテージ,キャンプ場などを持つ宿泊研修施設となっている.とはいっても,ソフトクリームを販売していたり,お土産を買うことができたり,広い芝生と高原の風景を堪能できたりと,日帰り訪問でも十分に楽しめる施設である.

ポール・ラッシュ博士像
山々を見渡せる高原の風景

2018(平成30)年7月に新清泉寮ジャージハットがオープンした.

建物の中ではソフトクリームや焼きたてパンなどを販売している.

大展望テラスから高原の景色が満喫できる.足湯もある.

清里美し森駐車場(星空観察)

標高が高い清里,もっとも空に近いとも言える.美し森駐車場からは星空がとても美しく見えると聞いてやってきた.周りに明るい施設がない(自動販売機のライトがあるが・・・)ため,ほんとうにとってもきれいな満天の星空が広がっていた.

星空を見るため,駐車場には夕刻になると,ぽつらぽつらと車が集まってくる.

日が暮れてきて明るい星が見えてきた.

北斗七星のひしゃく形,見えますか?

星座に詳しくないため,どれが何座かよくわからない!満点の星空はとても美しかった.


 

清里から小淵沢へ[爽やか高原!八ヶ岳・清里#2]

「八ヶ岳」という地名はどこを指すのか.そもそも八ヶ岳とは山の名前なのかと思いきや,一つの山を指した名前ではなく,山梨県と長野県にまたがって連なる山々の総称であるとのこと.主峰は赤岳(2,899m)となっている.ということで,八ヶ岳のエリアがどこかと言われれば,山梨県と長野県にまたがる山々周辺の一体が八ヶ岳というのが正しく,清里,小淵沢はもちろんのこと,蓼科や野辺山も八ヶ岳エリアである.


清里テラス

写真中腹にあるのが清里テラス

ガイドブックを見ると,サンメドウズ清里スキー場のリフトに乗り,標高1,900mのテラスで富士山や南アルプスの山々の絶景を見ながらカフェができると記載してある.行ってみたい.ところが...

リフトに乗るために大行列.1時間以上待ちとのこと!絶景はまたの機会に来ることに...

八ヶ岳リゾートアウトレット(小淵沢)

清里から坂を下って約30分,小淵沢にある八ヶ岳リゾートアウトレットにやってきた.標高は1,010m.八ヶ岳エリアではこの共通の標高表示が様々な施設に貼ってある.

森の中にあるアウトレット.駐車場からお店に行く道はこんな感じ.ちょっとしたハイキング気分である.いつも平らなアウトレットしか行ったことがなかったため,森の中のアウトレットも新鮮である.虫がたくさんいて子供は大喜び.

こぶちざわ昆虫美術館(花パークフィオーレ小淵沢)

「花パークフィオーレ小淵沢」という子供広場やレストラン,展望台,直売所などを備えた施設の中に「昆虫美術館」がある.フィオーレ小淵沢自体は入場無料で入れる.

昆虫美術館には大人400円の入場料が必要(中学生以下無料).

子供の広場にある巨大なカブトムシ 中央自動車道から見えると思う

萌木の村(清里)

まっぷるのガイドブックで「萌木の村」の紹介を見ると,煌めくメリーゴーラウンドの写真が載っており,名前から想像するに秋葉原などで見かける「萌え・萌え~」のレジャー施設なのかと思ってしまったが,そうではなく,ヨーロッパの森の雰囲気が広がるショップが並ぶ商業施設である.

地元の産品やワインなども手に入る.清里でお土産を買うのなら萌木の村がおすすめ.

さよなら八ヶ岳・・・・

高原野菜畑と八ヶ岳(国道141号より)

缶ワイン(カップ付き)上の部分がカップ

ご当地牛乳「信州八ヶ岳野辺山高原3.6牛乳」生産地は長野県,「信州」とつくのはそのため?

帰路も横川サービスエリアで「峠の釜めし」に.上り線SAでは定食で販売していたので,ちょっと豪華な豚汁付きに.

五島育英会八ヶ岳山荘(東京都市大グループ)

五島育英会 八ヶ岳山荘

(一般の方の利用はできません)

五島育英会「八ヶ岳山荘」は,山梨県北杜市清里の八ヶ岳学校寮地区にある保養施設である.
五島育英会は,1955(昭和30)年に東急グループの創始者である五島慶太氏を初代の理事長として設立した学校法人である.2009(平成21)年に,武蔵工業大学に東横学園女子短期大学を統合して,従来の工学部、知識工学部、環境情報学部に文系学部(都市生活学部、人間科学部)を加えた総合大学「東京都市大学」へ名称を変更した.
八ヶ岳山荘は,東京都市大グループの在校生,教職員及びその家族,卒業生及びその家族が利用できるが,学校関係の施設であるため利用には制約がある.すべてセルフサービスになっており,山荘内での喫煙、飲酒は原則としてダイニング以外禁止となっている.また,寝具の出し入れや部屋の掃除などは各自で行い,シーツ・枕カバーはリネン室前から各自持って行く.タオル,寝巻き(浴衣等),歯ブラシの用意はない.温泉旅館やホテルではないので,過剰なサービスはないが,割り切って利用すれば使いやすい施設である.(一般の方の利用はできません)

2021(令和3)年12月31日をもって閉館することが決定した.

(旅行年月:2018年7月)

 


正面玄関・駐車場・ロビー

駐車場は正面脇に5~6台停められるスペースがある.区画線に木が使われている.自然豊かな清里高原なので虫は多い.子供が大喜び.

正面入り口.扉を開けて中に入ると,ちょっと独特のにおいがする.

右側が管理人室.天井の高い開放的なロビー.

天井にはオブジェ.大きな朝顔?

色々な観光パンフレットが置かれている

暖炉がある.冬になると火が入るかな?

館内設備

シーツ類は1階食堂脇から各自持って行く.

無料のWifiが完備されている.

部屋は2階に.エレベータはない.

部屋の中は結構広い.テレビはついているが,トイレはない.トイレは外で共同利用となる.

布団はもちろん自分で敷く.

冷房はついていない.標高が高い清里なので窓を開けておけば涼しい.ちなみに暖房はある.

冷風機が置いてあったが...スイッチを入れてみたら,一応,動いた.

廊下には,掃除用品と殺虫剤が置いてある.部屋の中にも虫は多いらしい.(今回は特に気にならなかったが)

退出するときは各自の部屋の掃除機をかけるのがルール.

洗面所.

トイレ.清潔.

食堂・食事

食堂.夕食も朝食もこちらで食べる.

大型の冷蔵庫は共同で利用できる.外で買ってきた飲み物などはここで冷やせる.ビールやお酒の持ち込み可.みんな缶ビールなどを買って食事の時に飲んでいた.

想定外だったのは食事.管理人さんがイタリアンのシェフだったのか,とってもおいしい洋食が提供される.ホームページに載っていた「家庭的な料理」とは大違い!!.外で食べれば数千円はするのでは.

2日目の夕食:バジルの入ったハンバーグ.(1日目の夕食は撮影し忘れたが,豚肉の大きなソテーだった)

食事会場.雰囲気は学校の食堂のような感じでレストランといった感じではないが,白いシーツも掛けられており,清潔である.

こちらは朝食.これもおいしい! 高原野菜と絞りたてフレッシュジュース.パンがこれまたおいしい.

ちなみに二日目の朝食.味噌汁のお椀でコーンスープを飲むが,味は確か!

食事が終わったら自分でお皿を片付ける.ベビーベッドは管理人さんの子供さん用.

展望室・周辺域

展望室がある.

展望室からは山々が眺められるのであるが,周囲の樹木が大きく生い茂っており,眺望がよいわけではない.星空を見るのにはよさそう.

周囲には遊歩道がある.(草が刈られている)

標高は1387m,爽やか高原!である.

八ヶ岳学校寮地区の中にある.

2021(令和3)年12月31日をもって閉館することが決定した.

下今市から普通列車に乗って[SL大樹の走る鬼怒川へ#1]

東武鉄道にSLが復活した.2017(平成29)年8月10日より下今市駅~鬼怒川温泉駅間において土休日を中心に1日3往復運転している.その名は「大樹」.
蒸気機関車はJR北海道から貸与しているC11形207号機,客車はJR四国から譲渡されたブルーの14系客車,信号設備をつけるために車掌車を連結し,最後尾に上り勾配の補助機関車として赤色のディーゼル機関車DE10をつけた編成となっている.
子供とともに楽しみにしていたSL乗車であったが,なんと当日はSL故障によりDE10による代行運転に! 紅葉の始まったSLの走る鬼怒川・日光への旅行記です.

(旅行年月:2017年11月)


東北道矢板ICから下今市へ

東北自動車道の矢板インターチェンジで降りて,新高徳に向かう県道を走って行くと鬼怒川への近道となる.途中に道の駅「塩谷」があったので休憩.2012(平成24)年6月にオープンした道の駅で,湧水のわき出る「湧水の里」だとか.

道の駅には日光・鬼怒川方面の観光パンフレットがたくさん置いてある.自治体や観光施設が立派な地図や情報誌を作成していて,割引券も手に入れられるし,情報収集にはとても重宝する施設である.

SL大樹 時刻表 (2018(平成30)年01月現在)

SLのチケット購入について.東武沿線に住んでいる方や働いている方は,事前のチケット購入(予約)がしやすいのであるが,遠くに住んでいる者にとっては,ちょっと不便なものとなっている.
購入方法は4種類
1:インターネット予約
2:電話予約
3:東武鉄道各駅での購入
4:主要旅行代理店での購入

インターネット予約と電話予約については,予約確定後1週間以内に東武鉄道各駅か東武トップツアーズの旅行代理店でチケットに引換える必要があり,東武鉄道が走っておらず,法人専用の東武トップツアーズの店舗しかない福島県内では,この方法では購入不可.
そうすると主要旅行代理店で予約チケットを購入する方法しかない.そこで,近くの旅行代理店でSL指定券を購入することにした.

乗車日の1ヶ月前から購入できるのであるが,1ヶ月前のお昼休みに大手旅行代理店のカウンターに行ったが,乗車希望としていたSL大樹3号(下今市13:00→13:36鬼怒川温泉)は既に満席となっていて,購入したのはSL大樹4号(鬼怒川温泉14:35→15:09下今市)であった.これも残席数10席程度とのことであったが,家族そろって希望する席をとることができたのでよかった.ちなみに,旅行代理店で私鉄の乗車券を手配すると,手数料として1,080円が追加でとられる.

下今市駅にて

車をどっちの駅の駐車場に停めるか.つまり,鬼怒川温泉駅と下今市駅のどちらに停めるかである.これは当日の到着時間などの状況によって決めようと思っていた.
鬼怒川温泉駅には,駅前の駐車場の他に,約70台が止められる駐車場(東武鉄道の関連会社運営)が駅の隣に設けられている.
また,下今市駅には,約30台と少ないが無料でとめられる日光市営駐車場がある.

まずは下今市駅の駐車場に行って,もし満車なら,鬼怒川温泉駅に向かって車を止めて,万一,鬼怒川温泉駅も満車だったら,鬼怒川温泉の今晩の宿泊施設に車を停めさせてもらうことにした.いずれ車の停めてある駅まで戻ってこなければならないため,最初に普通列車に乗ってSLに乗るか,SLに乗った後に普通列車で戻るかの違いになる.

下今市駅

転車台にはSL大樹が・・・

特急スペーシア

下今市駅の市営駐車場(栃木銀行今市支店の隣)に向かったら,ラッキーなことに1台だけ空きがあった.無料なので人気があるらしい.ということで,下今市駅から鬼怒川温泉駅までは普通列車で移動して,その後にSL大樹に乗って,鬼怒川温泉駅から下今市駅まで戻ってくることにした.
下今市駅は,SL運転にあわせて,レトロな駅舎に変更されていた.そして,下今市駅の改札口に到着したところで,1枚の張り紙が・・・・

「SLは車両故障のためディーゼル機関車による運転とさせていただきます」

これはとても衝撃的な張り紙である.子供も楽しみにしていたSLなのに.

「該当列車のSL座席指定券につきましては、東武線各駅(押上・寄居・越生駅および駅員無配置駅は除く)またはお買い求めいただきました旅行代理店において無手数料にて払戻しをいたします。なお、ディーゼル機関車による列車にご乗車を希望される場合は、ご乗車後に無手数料にて払戻しいたします。」

聞いたところ,ディーゼル機関車による運転の場合は,普通乗車券のみで乗車し,手数料なしでSL指定券分を払い戻ししてくれるという内容であった.(気持ち的には,ここまでの往復の費用と宿泊費も貰いたいところであるが,サービスの提供を受ければそこを払うのはいたしかたないか.)

子供に聞いてみたら,ディーゼル機関車でも乗る!という返事.東武鉄道でディーゼル機関車の客車に乗れること自体も珍しいことなので,ディーゼル列車のDL大樹に乗ることにした.

普通列車で鬼怒川温泉駅へ

下今市13:32発.
東武鬼怒川線を走る普通列車は,今ではあまり見かけなくなった4人がけのクロスシートの車両で旅情をそそる.11月初めの紅葉シーズン3連休初日とあってか,浅草方面から乗り継いできた乗客(外国人観光客も多い感じであった)が大勢乗っていた.下今市駅で半数程度下車したので,日光駅に向かうため乗り換えているのだろう.

そして,下今市駅から約20分,定刻どおり13:54に鬼怒川温泉駅に到着した.

ディーゼル機関車で代走[SL大樹の走る鬼怒川へ#2]

鬼怒川温泉駅からDL大樹に乗車

鬼怒川温泉駅の自動改札を出て,駅舎の外に出ると,すぐそこに転車台があって,これから乗車するディーゼル機関車が回転していた.
SLは1日3往復しているので,1日3回,駅前広場の転車台でショーが行われている.今日は,ディーゼル機関車の代車であったが,それでも機関車に手を振る親子が沢山いた.

「イトだ!」
息子が叫んだ.

東日本大震災の直後,ガソリンの供給が不足し,新潟から磐越西線経由で郡山まで,タンクローリーで石油を運んでいた.そのときの実話が「はしれディーゼルきかんしゃデーデ(発行:童心社)」という絵本になっていて,活躍した機関車がDD51-852(デーデ),DD51-759(ゴク),そして目の前にいるDE10(イト)の3台の機関車だった.イトは会津若松から猪苗代にかけて続く急な上り坂を走れなくなったとき,後ろから助けにきてくれた頼もしい機関車なのであった.DE10という形式が同じであって,機関車自体が同じものではないのだが,イトと同じ機関車が見られたので息子も喜んでいたのである.

なるほど,SLが運行中止でも,DLを見られる違った楽しみ方があったことに気づかされた.

ホーム手前にある記念撮影のボード.

転車台からディーゼル機関車が戻ってきて連結する直前の様子.記念撮影をする大人,連結するところを見る子供たちでホームは賑わっている.

そして客車と連結.

こちらは正面.

入り口にはアテンダントが立っていて,案内をしている.客車は14系客車と呼ばれるもので,JR四国から譲渡されたものだという.僕にとっては若い頃に旅行したときに使った夜行急行「はまなす」のイメージである.

車内にて

昔ながらの昭和の雰囲気.今はデザインに凝った車両が多い中,とても懐かしい車内だった.

リクライニングシートも,体重を後ろにかけている間は背もたれが倒れているが,体を起こしてしまうと「バタン」と前に上がって戻ってしまう.
「あれ,壊れているの?」とみんな言っていた.これも懐かしい.

ポケットにはSL大樹の案内などが入っている.

しばらくするとアテンダントがやってきて,切符の拝見と乗車記念のプレゼントがある.
「本日はSLの故障により申し訳ございません」
改札の駅員からアテンダント,車内放送と,この言葉は10回以上聞いたと思う.

記念乗車証.
上下に傾けるとSLの車輪がグルグル回転するのみならず,後ろの風景や機関士も動くリアルな動画が楽しめる面白い仕掛けがしてあって,息子も興味津々.乗る列車によって絵柄が違うらしい.

続けてワゴンサービス.といってもお土産やグッズの販売がメイン.

「写真の撮影は無料ですのでいかがですか?」
ポラロイドカメラを持って声をかけられた.息子がすかさず,
「やりたーい」
あとから出来上がった写真を見せて,購入するならお金ちょうだい!,という商売だとは思ったが,きっぱり断って買わなければいいかと思い撮影を了承.
「はい大樹!ぱちり」
・ ・ ・
そして出来上がった写真を持ってきて
「いかがでしょうか.1枚1,100円です」
た,た,たか~い! しかし息子は,
「ほし~い~!」
結局買うはめに.....

車窓に見える自動車教習所の看板.「列車の運転は教えられません」 面白い!SLにすればもっと面白い!

あと少しで終点,下今市駅到着.アテンダントの方も山の紹介をしたり,SLの話題を話したりと,気さくにフレンドリーに対応をしていた.

途中,沿線の住民が手を振っていた.あるお宅では常連で,毎回手を振ってくれるとのことで,沿線を上げておもてなしをしていることを感じる.SLが故障しても手を振ってくれる姿を見ると,なんだかジーンとしてしまう.

ところで,このチラシは日光市観光協会と東武グループで作成しているもの.取組みは素晴らしいが,田植えをする風景は昭和前期といったイメージ.現在の鬼怒川にて感じられるイメージとはちょっとかけ離れているような気もしないではない.

SL展示館(下今市駅)

下今市駅に到着.跨線橋から見たSL機関庫(左奥).手前に転車台(転車台広場)がある.今日は「東武鉄道創立120周年記念SL感謝フェア」のイベントをやっており賑やかであった,が肝心のSLが故障であり....

SL展示館が併設されている.下今市駅の構内にあるので乗車券もしくは入場券がないと見ることができないが,特別な入館料はとられず観覧できる.
SL復活プロジェクトの軌跡や運転室のひみつ,蒸気機関車のしくみ,鉄道ジオラマなどがあり,休憩室も供えられている.

機関庫で修理中のSL大樹.復活はいつの日か・・・・

次の日SL復活,駅前でショー[SL大樹の走る鬼怒川へ#3]

次の日,「東武鉄道SL復活運転プロジェクト」のフェイスブックを見てみると「通常どおり運転予定です。」とのこと.3連休の2日目,さすがに指定券は既に満席で乗ることはできないが,せめて勇壮な姿だけでも見てみたい!とのことで,急遽,鬼怒川温泉駅にやってくるSL大樹を見に行くことにした.鬼怒川温泉駅9:38着,折り返し11:08発.


鬼怒川温泉郷

鬼怒川温泉.鬼怒川に挟まれて大型のホテル・旅館が建ち並ぶ.見た目古そうな建物でも,中はリニューアルされてきれいな施設も多い.

駅にSLがやってくるまで時間があったので,鬼怒川温泉ロープウェイで丸山山頂へ.山頂にはおさるの山があって,餌付け体験ができた.

鬼怒川温泉ロープウエイ

丸山山頂からみた鬼怒川温泉の街並み.紅葉が始まったところ.

鬼怒川温泉駅にて

鬼怒川温泉駅ホームに入ると,下今市駅からやってきたSL大樹が既に到着していた.隣には,真っ赤な車体の会津鉄道の会津若松行きディーゼルカー.
鬼怒川温泉駅は,今となっては,どこの鉄道会社か分からなくなるくらい,色々な車両がやってくる場所になった.蒸気機関車,ディーゼル機関車,ディーゼル列車,特急スペーシア,JR特急きぬがわ,青い客車などなど...

これから転車台に向かうSL大樹.

前進して,バックして,ポイントを通過して,また前進して,転車台へ機関車は向かう.

今度は,JR東日本の特急きぬがわ号がやってきた.もともとは成田エクスプレスだった車両.

駅前でSLショー

鬼怒川温泉駅前の転車台広場には大勢の人が集まっている.

そして,SL大樹がやってきた.

独特の音をたてて,まるで生き物のように,真横を通過していく.SLは別格である.

転車台をぐるり180度,ゆっくりと回っていく.途中で止まって,色々な汽笛の鳴らし方を実演し,SLの魅力を伝えながらショーが行われる.

大勢の人で賑わう鬼怒川温泉駅の駅前広場.

向きを変えると,転車台を後にする.みんな手を振ってショーが終了した.

その後,SL大樹の故障によるDL代走は減ってきている.運行を始めた年(2017年)の11月までは故障が頻発していたのであるが,メンテナンスに慣れてきたからなのか,対策が功を奏してきているのか,フェイスブック上で故障の記事を見ることが少なくなっている.

日光いろは坂,そして中禅寺湖へ

さて,行程を当初予定の周遊観光に戻して,日光いろは坂へ.さすがの紅葉シーズンとあり大渋滞.通常20分のところ,1時間かかるとか.

紅葉は色づききれいであった.

トイレ休憩で立ち寄った明智平.ロープウェイが走っており,せっかくなので展望台駅へ.展望台からは,中禅寺湖と華厳の滝の眺望が素晴らしい.

そして,今回の旅の終着地,中禅寺湖に到着となりました.午後3時を回り,だんだんと日も沈む刻となってきたので,帰途につくことにした.

ローカル線に乗って[銚子・犬吠埼へ#1]

郡山(福島県)から銚子・犬吠埼に行くのに,最も時間が早いのは,東北新幹線に乗って東京駅で銚子行きの特急に乗り換えて向かうのが一番速い.しかし,直線距離で見たときに一番近いのは,水郡線に乗って水戸で乗り換え,鹿島臨海鉄道に乗って鹿島神宮で乗り換え,そこからローカルバスに乗って銚子駅まで向かうルートである.
のんびり沿線の風景を味わいながら,ローカル線に乗って銚子・犬吠埼へと向かった.

旅のスタートとなる
郡山駅の水郡線ホーム3番線

(旅行年月:2010年5月)


■水郡線でのんびりゆったり(郡山→水戸)■

郡山駅の水郡線ホームは,2・4番線ホームを東京寄りに歩いていった端っこの方にある.今は3番線となっているが,昔は「3番線」と言わず「水郡ホーム」となっていたが,2007年から旧1番線が廃止されて欠番になっていたものを直したことにより,「3」の数字が与えられるようになった.

新型のディーゼル車両で,車内は広々と快適なローカル線である.郡山9:18発の水戸行きで,水戸到着は12:39着,およそ3時間20分も乗車することになる.

水郡線の車窓は,のどかな田園風景が延々と続く.車窓の変化が乏しいので,まさに「のんびり・ゆったりローカル線の旅」となる.

矢祭山の近くになると,久慈川に沿って走る区間となり,車窓に変化がある.
久慈川は,八溝山の北側(福島県側)を源流として,福島県の東白川郡と茨城県を流れて太平洋に注ぐ河川である.

矢祭山駅の裏手には,矢祭山という山がある.標高は383m,南側一帯は矢祭山公園で,サクラやツツジ,紅葉の名所となっている.水郡線の沿線風景で,唯一観光地らしい車窓の広がるところで,ある意味「ハイライトの区間」といってもいい.ちなみに,もったいない図書館や住基ネットに繋がないといったことで話題となった「矢祭町」がここである.

福島県から茨城県に入り,お昼が近づいてきたので,郡山駅で買っておいた駅弁を食べることにした.弁当は「福島まるごと辨當」.お弁当で味わう美味しい福島フルコースと書いてあって,表紙には三春駒や唐人凧が描かれている.メニューもきっちり書かれていて,「郡山のあさか舞こしひかりの鮭親子めし」「郡山の鯉の甘酢あん」「伊達鶏のてりやき」「いわきの目光唐揚げ」「天栄村のお漬物」「福豆屋自家製牛糸こん煮」「山の幸 細竹・栗・山菜」となっている.うまかった.

■鹿島臨海鉄道に乗り換えて(水戸→鹿島神宮)■

水戸からは,真っ赤な車体の鹿島臨海鉄道に乗り換えて,鹿島神宮を目指した.地図を眺めると,太平洋沿岸を走っているのであるが,車窓から海が一望できる区間はほとんどなく,海が車内から見られないのはちょっと残念であった.

しかし,今日は鹿島サッカースタジアムでアントラーズの試合があるようで,車内は赤い帽子や,赤いシャツを着たサポーター達で満席であった.

鹿島臨海鉄道はJR線ではないため,郡山駅で切符を購入できなかったが,水戸駅の発車ホームがJR線と同じであったため,車内で精算するように駅員さんから言われた.車掌さんから乗り越し精算を行うと,昔懐かしの「ぱちん,ぱちん」と紙にパンチで穴を開ける乗り越し精算切符が手渡され,ノスタルジックな気分になった.

 

試合開催日は,臨時駅となる鹿島サッカースタジアム駅に停車し,ほとんどの乗客がここで降りていった.

■ローカルバスで銚子へ(鹿島神宮→銚子)■

鹿島神宮駅から銚子へ行くには,JR線鹿島線と成田線に乗って行く方法がある.しかし地図を見てみると,利根川と鹿島臨海工業地帯に沿って国道が走っており,ここを走るバスがあるのではないかと時刻表を調べてみたら,関東鉄道のバスがありました!
土休日は1日6本で,利根川経由と海岸経由とある.次のバスは14:35発の海岸経由銚子行き,バスで向かうことにした.

バスは,いたって普通の路線バス.これで銚子まで1時間40分かかる.料金は1,360円.

鹿島臨海工業地帯の中を走っていく.かなり荒涼とした風景.

「海岸経由」となっていたので海の風景を期待したが,こちらも海沿いは走らず,ちょっと内陸の道を走っていく.

そして,利根川の最も河口寄りにある「銚子大橋」を渡ると,茨城県から千葉県となり,終点銚子駅となる.

16:15 銚子駅到着

銚子漁港・醤油の街[銚子・犬吠埼へ#2]

■銚子漁港■

銚子電鉄に乗って観音駅から歩いて10分程度のところに銚子漁港(第一卸売市場)がある.日本有数の水揚量を誇る港で,2006年は全国1位の約26万トンであった.

「夕陽と銚子漁港」
思わず写真を撮った.夕陽がとてもきれい.

■近くの海鮮店で「大はまぐり」を食べる■

銚子では,はまぐりも多くとれるとのことで,名物となっているが,お店ではまぐりを注文してみると,これがでかい!イメージしていたものとは違っていた.写真で見ると,あまり大きさが実感できないかもしれが,右上のレモンと比較してみても大きいのである.(皿も大きかった)銚子に来たら,是非大はまぐりを.

やっぱり刺身の盛り合わせは外せないでしょう! ネタも新鮮で美味しい.

カレイを揚げたものに,キノコと大根おろしのみぞれをかけた料理.これもうまかった.

机の調味料のところには「醤油」が2種類置かれていた.「ヤマサ醤油」と「ヒゲタ醤油」.銚子は,醤油の街としても有名なのであった.

■醤油の街・銚子(ヒゲタとヤマサ)■

銚子沖は,暖流と寒流がぶつかり合うので,夏涼しく,冬暖かく,湿度が高いという気候となっており,これが,醤油を醸造する際のこうじ菌などの活動には最適とのことで,江戸時代の初期にヒゲタやヤマサといった醤油造りが始められるようになった.さらに利根川の水運を利用して江戸へ運ぶのにもよい場所であった.
銚子駅のベンチにも,ヒゲタしょうゆ,ヤマサしょうゆの記載があるものが多くある.

銚子駅から西に向かって道路を歩き,南側に線路を渡って歩いて15分ほどで「ヒゲタ醤油」となる.1616(元和2)年創業.事前に電話連絡を入れれば(直前でもOK)無料で中を見学することができる.ただし,土日祝日は,映画上映と史料館のみの見学であるため,フレスコ画を見ることはできない.
通常よりもお得な値段で醤油を買うこともできる.「たまごかけご飯にどうぞ」「銚子ヒゲタ刺身醤油」「ヒゲタ醤油」の3本セットを買って帰った.

今度は,銚子駅から東側に歩いて10分ほど(銚子電鉄仲ノ町駅からも近い)で「ヤマサ醤油」となる.1645(正保2)年創業.こちらも事前に電話連絡を入れれば無料で工場見学をすることができるが,工場休業日は映画上映のみとなる.
ちなみに,うすくち醤油とは,塩の量が少ないという意味ではなく,色が薄いという意味で,塩の量はむしろ多いことを初めて知った.

ヤマサ醤油で販売していた「しょうゆソフトクリーム」.見た目,モカソフトクリームのようだが,味は間違いなく醤油味,甘しょっぱい感じで美味しかった.ヤマサの方が,見学者が多かった.

工場見学の最大の楽しみが記念品.醤油工場では,PRビデオ(上映映画)を見終えた見学客に対し,子供も含めて一人ひとつの醤油がプレゼントされた.
ヒゲタとヤマサの2カ所回れば,2本GETすることができる.(写真左がヒゲタの本膳,右がヤマサ醤油の記念品)

銚子電鉄・ぬれ煎餅[銚子・犬吠埼へ#3]

■銚子電鉄■

銚子電鉄は,関東地方の最東端に位置するローカル私鉄で,銚子~外川間の6.4kmを約20分で結んでおり,1923(大正12)年に開業している鉄道である.
しかし,2006(平成18)年に当時の社長の約1億円にのぼる横領が発覚し,モータリゼーションによる乗客減もあって,倒産寸前の状態になった.さらに,国土交通省の監査による,線路や踏切などへの改善命令も出され,車両の法廷検査の費用も必要となり,社員の給料さえも全額払えない状況になった.
そこで,副業として販売していた「ぬれ煎餅」を売ることにしたが,当初は売り上げが思うように伸びず,資金不払いが発生してしまう状況に陥っていたときに,インターネットへ「ぬれ煎餅を買ってください.電車修理代を稼がなくちゃいけないんです」と書き込みを行ったところ,大きな反響を呼び,テレビなどでも取り上げられて,爆発的な売り上げを記録した.それにより電車の点検費用をまかなうことができ,線路などの施設の更新を行うことができ,今年夏には,車両の更新(中古ではあるが)も行うことができ,廃止を免れて銚子の街をのんびり走り続けているという鉄道なのである.

銚子駅改札口
片道切符は自動券売機で購入できるが,往復乗車券や1日乗車券は,銚子電鉄の車掌からしか購入できないため,そのまま駅員に断って改札内に入ってホーム(2番線の先)に行くことができる.

JR線の2番線ホーム先にある銚子電鉄のホームのりば.Suicaのタッチする機械が置かれている.

洋風の駅舎になっているが....塗装が剥げていて,銚子電鉄らしい.

銚子電鉄1000形
どこかで見たことがある車両.そうです,昔の地下鉄銀座線の車両を利用している.

車内で購入した片道切符.

車内にはゲーム「桃太郎電鉄」((株)ハドソン)から応援している広告が貼られている.車両のラッピングもこのとおり.

車内の壁の非常用補助ランプ,地下鉄銀座線は駅に到着する前に車内のライトが消えていたので,そのときに「ピカ」と光っていたのを思い出す.

キャベツ畑の中を走っていく.

■ぬれ煎餅・犬吠駅■

ぬれ煎餅は,犬吠駅舎の中で販売している.ただ,ぬれ煎餅はここでしか買えないわけではなく,街中のコンビニでも販売している.

目の前で実演して販売している.
1日乗車券を購入していれば,1枚無料でもらうことができる.

ぱりっとしておらず,しっとりしているぬれ煎餅.私としてはこちらの方が好みの食感である.

ぬれ煎餅には3種類の味があって,濃い口の「普通味」,うす口の「うすむらさき味」,甘口味の「甘じょうゆ」とある.

犬吠駅
壁のタイルは剥がれ落ち,廃車となった電車はかろうじて展示館として利用されているようだが,会社の経営状態が如実に表れているように感じる.

 

廃車を利用した「銚子の観光案内」

■昭和初期の電車■

この電車(700形),1942(昭和17)年に製造された電車で,いまだに現役で働いているのには驚かされる.しかし,この電車も老朽化によって国土交通省から業務改善命令がでており,2010(平成22)年7月に,代替車両の譲渡をうけてついに引退となった.2010年のゴールデンウィークにはかろうじて廃車前に最後の運行を行っていた.

床が木の電車.昔の電車やバスはみんな床が木だった.

この電車は,1949(昭和24)年製造の800形.すでに車体は錆だらけ,ボロボロなのである.

車内はこんな感じ.このレトロな車両を見に銚子電鉄まで訪れる観光客も多い.もちろん冷房は付いていない.

外川駅に置かれている700形.
既に引退しているが,駅の奥の引き込み線に置きっぱなしである.

同じく,外川駅に置かれているユ100形で,国鉄貨車を改造して造られたオープン式のトロッコ客車.当時NHKで放送されていた澪つくしから命名された「澪つくし号」という名前が付いている.ただし,現在は安全面の都合により休車となっている.

外川・犬吠埼[銚子・犬吠埼へ#4]

■外川の街■

銚子電鉄終点となる外川駅.外川は坂道の街としても知られ,1958(万治)年から6年あまりの歳月をかけて造られたとのこと.外川(とかわ)駅は,NHKの朝の連続テレビ小説「澪つくし」のロケ地となっていたところで,昭和時代の雰囲気を残すローカル線の駅舎である.

駅舎内の出札口も木造で,レトロな雰囲気を残している.

外川は坂の街として,坂道からは海が見え,道路は碁盤の目状になっている.石畳の坂道が残っている.

魚問屋が外川ミニ郷土資料館をオープンさせており,中にはいると,漁業の歴史などが写真と共に展示されている.入場無料で気軽に立ち寄ることができる.

豆腐屋さんの建物の壁面.「フ」が10個で・・・.

■犬吠埼■

犬吠駅から歩いて数分,海が見えてきた!

犬吠埼湧水.こんなに海の近くでわき水が湧いているのはなんか不思議である.

左に犬吠埼灯台が見えてきた.

犬吠埼灯台は,1874(明治7)年に完成した灯台で,高さ約27m,約35kmまで光が届く灯台である.現在は,船舶に気象を提供したり,人工衛星(GPS)の誤差情報を提供したりしているといい,真っ白な灯台が海を見守っている.

犬吠埼灯台の麓から見た海岸線.

箱根登山鉄道[ぐるり箱根・乗り物旅#1]

ゴールデンウィークに念願の箱根へ1泊2日で行ってきた.「箱根」と聞くと宿泊料金が高いイメージがあって,だいたい日帰りで帰ってきていたのであるが,歴史ある保養地の箱根にも探せば手頃に泊まれる宿もある.個人旅行者にとっては,交通が便利で行きやすく,また様々な乗り物があって楽しい箱根の旅行記である.

(旅行年月:2009年5月)


■箱根登山鉄道■ [(小田原)~箱根湯本~強羅]

箱根登山鉄道は,国府津-湯本間に小田原馬車鉄道として1888(明治21)年に開業したのが始まりで,箱根湯本-強羅間が開業したのは1919(大正8)年である.翌年の1920年に東海道線の開通により国府津-小田原間は廃止されている.氷河急行などを走らせているスイスのレーティッシュ鉄道と姉妹鉄道を提携しており,日本を代表する登山電車となっている.小田原-強羅間の路線延長は15.0km,最高時速40km.

箱根湯本駅は,新宿からの小田急ロマンスカーが終着となるところである.ここから強羅方面へ向かうには,箱根登山鉄道に乗り換えなければならない.今日の宿泊地は強羅の国民宿舎なので,ホームの列に並んだ.さすが箱根のゴールデンウィーク,大勢の人で賑わっていた.標高108m.

箱根湯本を出ると,急勾配が始まる.箱根登山鉄道は日本で最も急な勾配を走る鉄道で,最高勾配は80パーミル(‰)=0.8%となっている.1000m進むと80m上がる勾配(12.5m進むと1m上がる)である.写真を見ても電車が斜めになって登っていくのが分かる.

新緑がまぶしい山が車窓に広がる.下に見える鉄橋は,今通ってきた箱根登山鉄道の線路である.

箱根登山鉄道は急な勾配を登っていくために,3カ所のスイッチバックがある.スイッチバックでは方向が逆になって,登山鉄道の気分が味わえる.

宮ノ下駅.
ここから歩いていくと,富士屋ホテルがある.

宮ノ下駅

宮ノ下駅

富士屋ホテルは,明治11年に創業したリゾートホテルで,クラシカルな雰囲気が人気となっている.ここでスイーツを食べた.

スイーツは食べきれない!

終点,強羅駅到着.急な勾配を登る箱根登山鉄道では,線路と車輪の摩耗を防ぐために水を撒きながら走っているのであるが,終着駅に到着すると係員が水を補給していた.

強羅駅の山小屋風駅舎.標高553m.ここで早雲山へ向かうケーブルカーに乗り換えることが出来る.

今晩の宿泊施設.民営の国民宿舎「太陽山荘」である.1泊2食付きで1万円.建物は,国の登録有形文化財の指定を受けていて,とても趣のある宿だった.温泉もGood.家族連れも多く泊まっていた.

箱根登山ケーブルカー[ぐるり箱根・乗り物旅#2]

■箱根登山ケーブルカー■ [強羅~早雲山]

箱根登山ケーブルカーの歴史は古く,1921(大正10)年に強羅(旧駅名:下強羅)-早雲山(旧駅名:上強羅)間で開業している.駅は,強羅-公園下-公園上-中強羅-上強羅-早雲山の6カ所で総延長は1.2kmであるが,ケーブルカーは2つの車両を頂上のモーターを経由した滑車を通して鋼索ロープで結んでいるため,中間地点ですれ違いの分岐点が設けられており,さらに駅と駅との距離が均等になっている.高低差は214m.

公園下駅のホーム.ホームそのものも傾斜している.これが線路の勾配である.

ずっと真っ直ぐ登っていく.

ホームは左右両側にあって,ケーブルカーが到着すると両方の扉が開くので,どちら側のホームで待っていても乗降することができる.駅によっては線路を跨いですぐに反対側へ行くことができないところもあるので,目的地側のホームに降りた方がよい.

ケーブルカーの車両
1995(平成7)年に4代目車両として運行を開始した車両で,線路の幅(ゲージ)を1000mmから983mmに変更して導入された.
スイスのガングロフ社製.2両編成.

これがロープ.動いているときは「カラカラ」と音がなっている.いつも疑問に思うこととして,ケーブルカーは上に行くほど勾配が急になっていくので,このロープがピーンと引っ張られて空中に浮いてしまうことがないのかと思うが,恐らく,車両と乗客の重さに比べて,このロープの重さは相対的に非常に重いので,上に浮かび上がることはないのかと推測している.当たっているのかどうか....
ロープが2本並んでいるときは,2つの車両が下にあることを意味する.

運転台(後ろ側)からの眺望.中間地点には上下線のすれ違いのため,分岐(ポイント)がある.

車内の様子.勾配に合わせて,車内も階段状になっている.

頂上の早雲山駅から撮影

車両が到着.

早雲山駅
ここで,箱根ロープウェイに乗り換えることができる.

箱根ロープウエイ[ぐるり箱根・乗り物旅#3]

■箱根ロープウェイ■ [早雲山~大涌谷~桃源台(芦ノ湖)]

箱根ロープウェイは,ケーブルカーの終点である早雲山から大涌谷を経て,芦ノ湖畔である桃源台までの約4kmを結んでいる.営業区間は日本一長く,1959(昭和34)年に早雲山-大涌谷間,翌年に全線開通した.ゴンドラは全線通しで乗ることはできず,大涌谷駅では必ず乗り換えが必要となる.シーズン時期における乗客数の増加や強風による運休をなくすことから,2002(平成14)年より現在の「フニテル」と呼ばれる2本のロープで支える形式に変更された(大涌谷-桃源台間は2007年より導入).正式には複式単線自動循環式普通索道という.
大涌谷の絶景や天気が良いと富士山が望め,景色の変化が大きく,乗っていて楽しいロープウェイである.特に大涌谷の大パノラマが広がる箇所では,ゴンドラ内で「うわぁー」と歓声があがる程である.

ロープウェイのゴンドラ.定員は18名.早雲山駅から乗車し,大涌谷へ向かう.早雲山駅の標高は757m.

しばらくは,山腹をぐんぐん登っていくように,急勾配で上がっていく.

後ろを振り返ると,上強羅の街並みが望める.

前方に空が見えてきて,ここを越えれば山頂の駅につくのかな,と思っていると,突然に大涌谷の大パノラマが視界に広がる.ここで「うわ~,すげ~,こんな展開になるとは知らなかった!」などといった声が聞こえる.高所恐怖症の人は目を覆いたくなる区間である.

このように,大涌谷を空中で飛んでいく感じである.

外国人観光客も写真をパチリ.

大涌谷は,約3000年前に箱根火山の爆発によってできた火口の爆裂跡で,今でも白煙と硫黄の匂いがたちこめている.標高は1,050mである.
ここから湧き出る温泉で茹でた「黒たまご」が売られているが,これを食べると寿命が7年延びるという.

湧き出る温泉.ここに含まれる硫化水素と鉄分によって卵を茹でると黒くなるとか.

富士山がうっすらと姿を現した(大涌谷より)

大涌谷駅では必ず乗り換えとなって,芦ノ湖方面の桃源台へと向かう.大涌谷駅が最も標高が高く,今度は芦ノ湖に向かって標高が徐々に下がっていく.天気が良いと,右手に富士山の美しい姿を見ることができる.
途中,「姥子」駅に停車し,桃源台駅が近づいてくると,左手に芦ノ湖が見えてきた.

そして,桃源台に到着.標高は741mとなる.

箱根海賊船・芦ノ湖の遊覧船[ぐるり箱根・乗り物旅#4]

■箱根海賊船・芦ノ湖の遊覧船■ [桃源台~箱根町(~元箱根)]

芦ノ湖には2つの遊覧船がある.ひとつは西武グループの伊豆箱根鉄道が運営する「芦ノ湖遊覧船」で,湖尻港から箱根園・関所跡・元箱根を結ぶ航路をとっている.もうひとつが小田急グループの箱根観光船が運営する「箱根観光船」で,通称「箱根海賊船」と呼ばれている.西武グループと小田急グループでは,かつて戦後の昭和時代に,箱根のシェアを争う箱根山戦争を繰り広げており,両者の遊覧船が芦ノ湖を運航している.
これは,路線バスも同じことで,小田急グループの箱根登山バスと,ライオンズカラーとなっている伊豆箱根鉄道バスの両者が同じ区間で別々に走らせていたりする.そのため,小田急系の箱根フリーパスでは,伊豆箱根鉄道の乗り物には乗れないといった状況となっており,今回の旅も小田急の箱根フリーパスを用いているので,西武系の乗り物は一切乗っていない.小田急の箱根フリーパスを購入していれば,箱根登山鉄道,ケーブルカー,ロープウェイ,海賊船,そして箱根登山バスも乗り降りフリーとなるので,こちらの方が便利である.

桃源台駅では,階段を下におりて,遊覧船乗り場の港へと向かう.

バーサ号
スェーデン国王グスタフ・アドルフが建造したバーサ号をモデルとした船とのこと。
定員650名.

桃源台港の桟橋

海賊船をイメージした船.甲板にも大勢の人がいる.

「ロワイヤル号」とすれ違う

こちらは「ビクトリー号」

箱根町港に到着した.
ここで下船し,路線バスの乗って,いくつか観光をして,箱根湯本駅へ向かうことにした.

箱根湯本駅

箱根湯本では,お土産を買うため,ちょっと駅前をぶらついた.色々なおみやげ屋が並んでおり,新宿行きの小田急ロマンスカーの発車時間までの時間つぶしにはちょうど良い.

箱根キャリーサービスとは,箱根登山バスが行っているサービスで,宿泊施設をチェックアウトするときに荷物をフロントに預ければ,箱根湯本駅まで運んでくれる.この逆パターン(箱根湯本駅から宿泊施設まで)も行っている.通常サイズで1個700円であり,箱根フリーパスを持っていれば100円引きとなるため,手ぶらで箱根を周遊して観光する場合は,とても便利である.私も利用した.

ロマンスカーが新宿駅に到着.
1泊2日のぐるり箱根の旅が終わった.

金沢・能登半島の旅1[金沢編]

金沢は人口約45万人,新潟と並んで北陸を代表する都市である.前田利家が加賀百万石の基礎を築き,城下町として街の繁栄を続けてきたことから,金沢には独特の文化が息づいている.日本再発見の旅として,北陸金沢と能登半島をぶらり旅してみた.

(旅行年月:2005年11月)


ほくほく線で金沢へ

東北から金沢へいくには,仙台空港から小松空港まで飛行機で移動する方法と,新幹線を利用して鉄道で移動する方法がある.JRのびゅうプラザで販売している宿泊セットプランを利用すれば,本数の多い新幹線を利用して手頃な価格で金沢に行くことができる.
東北新幹線で大宮まで行き,上越新幹線に乗り換えて越後湯沢へ.さらに特急はくたか号に乗り換えて,郡山駅から約5時間の道のりである.

越後湯沢からは特急はくたか号に乗って金沢へと向かう.直江津までは,ほくほく線という第3セクターの路線を走っていくので,その名にちなんだ「ほくほく弁当」を買って食べた.小千谷産コシヒカリを100%使用しているとのこと.

金沢駅前は整備されて,近代的な空間となった.鳥居のモニュメントとガラスの天井がマッチするかどうかは意見の分かれるところ.
金沢駅前は栄えておらず,中心部は香林坊,夜の繁華街は片町周辺となる.バスで10分程度.

兼六園・金沢城公園

金沢城と兼六園の間にある百間堀跡地.右手が金沢城側であり,写真では木々に遮られていて見えづらいが,高く積み上げられた石垣がすごくて見事.さすが金沢といったところ.

兼六園は,加賀藩5代藩主前田綱紀が庭を造り,13代藩主斉泰が完成させた庭園である.後楽園,偕楽園と並ぶ日本三名園のひとつで,庭園美・造園美はみごと.是非訪れておきたい名所である.

水の流れる風景

せせらぎの風景

冬の風物詩「雪つり」が始まった

金沢城公園・近江町市場・浅野川

金沢城跡地の金沢城公園.数年前までは金沢大学キャンパスであったが,今は移転しており,2001年に菱櫓・五十間長屋などを復元した.

金沢市民の台所して賑わう近江町市場.午後なので,ほとんどの店が閉まっていた.歴史は古く,享保6年(1721年)に各地の市場が集められて今のような形態になったとか.

市内を流れる浅野川.黒の瓦屋根と街路樹の配列と川面の広々とした空間が心地よい.ひがし茶屋街付近の橋場町.

ひがし茶屋街

ひがし茶屋街
かつて遊郭のあった花街で,格子戸のある家が今でも残る風情ある街が連なっている.

「志摩」
文政3年(1820年)に建てられた,国指定重要文化財に指定されている貴重な建物.2階が客間となっていたところで,入館料を払えば2階まであがることができる.築180年を経過した貴重な建物なので,是非入場したほうがよい.建物内の狭い空間が,なんとも懐古を体感できてよい.

「志摩」の中庭.
典型的な茶屋のお庭だそうである.

控えの間の襖が開くと,そこが演舞の場となっており,舞や三弦などの遊芸が披露されていた.

「懐華楼(旧越濱)」
こちらは文政3年(1820年)に建てられた旧越濱を修復して,茶屋を残した建物で,金沢市指定保存建造物に指定されている.お抹茶を味わうこともできる.

懐華楼の床の間.壁や柱は漆で塗られ,「色気」が感じられる空間が演出されている.

路地裏の風景

金沢周遊はレトロバスで

金沢市内には4ルートの小さな周遊バスが走っているが,観光で回るのなら,北陸鉄道が運行している「金沢周遊バス」がお奨め.15分間隔で,1回200円,1日乗車券は500円で購入できる.

金沢・能登半島の旅2[能登半島編]

能登半島は思ったよりも奥が深い.文化的にも奥深いが,地理的にも奥が深いのである.金沢から和倉温泉まで特急で1時間,最北端の珠洲市までだと約150kmもある.和倉温泉駅でレンタカーを借りて,能登半島をグルッと1周して戻ってきたが,それだけで1日を費やしてしまった.能登半島の旅は,余裕を持った行程を組みたい.

和倉温泉

和倉温泉の歴史は古く,約1200年前に開湯したと言われている.前田利家が城を築いて港町として栄えてきた七尾市に位置している.泉質はナトリウム・カルシウム塩化物泉で,効用は多岐にわたる.飲用の効用としては,慢性消化器病,慢性便秘だという.うがいでは,慢性気管支炎,咽喉炎.
写真は,和倉温泉の源泉が湧き出している弁天崎公園の飲泉所.

弁天崎公園にある第5号源泉.

ここで湧き出た温泉が,各旅館へ配湯されている.

これが噂の「加賀屋」.おもてなしの心を大切にする名旅館で,いつもNo.1にランクインされている.1泊3万円以上はする.いつかは泊まってみたいが今回は見送った.すでに予約で満員であった.

泊まった宿は,おだやかな七尾湾を一望できる展望や大露天風呂こそない旅館だったが,その分料理が大変においしく,源泉かけながしの温泉風呂で,大満足だった.
ずわいがに,刺身,ふぐの唐揚げ,かきの茶碗蒸し,松茸の和え物,さばの塩焼き・・・.ごちそうさまでした.

和倉温泉 旅亭「はまなす」インターネット楽天で予約可.1泊2食付きで14,000円程度.

輪島の朝市

朝8時~12時まで行われている.もともとは,地元の漁師や海士さんが捕ったものをゴザなどを敷いて商店街の店先で売っていたもので,地元の住民のための朝市であった.その売上金で商店街の店で買い物をするといった経済循環が成り立っていた.近年の郊外型大型店舗の出現により,地元住民よりも観光客の方が多く目に付く朝市であるが,賑わいがあって活気がある.一時は警察からの道路使用許可の関係もあって歴史ある朝市が中断していたが,地元住民の熱意で復活した朝市でもある.

商店街の店舗前の公道で,店を広げて売りさばく.輪島朝市組合で道路使用許可を取っているという.

干物も売っている.上からぶら下がっている小さな長方形の紙が営業の許可証.

輪島といえば輪島塗.

白米の千枚田・曽々木海岸

日本海に面して,小さな階段状の棚田が続く千枚田.実際には2000枚くらいあるという.まんが日本昔話に出てきそうな風景である.関係ない話だが,この周辺は地滑りが激しい地帯だという.

能登半島北側の沿岸を走る.美しい海岸線と穏やかな日本海が広がる.ドライブには最高である.

曽々木海岸では,奇岩奇石が約2kmにわたって続いている.

曽々木海岸.最北端の禄剛崎灯台も近い.

禄剛崎灯台(能登半島最北端)

灯台ふもとの店で食べた「さざえ丼」.このあたりではよく捕れるとか.地元の海士さんが捕ってくるらしい.コリコリしてボリューム満点だった.

能登半島最北端・禄剛崎灯台

青い穏やかな日本海が広がっていた.ロシア方面を眺める.

この禄剛崎灯台のある集落名は「狼煙」と書いて,「のろし」と読む.

恋路海岸

見附島のあたりから恋路海岸にかけては,えんむすビーチと呼ばれており,ハート型の幸せの鐘も設置されている.ロマンチックな海岸である.

和倉温泉駅に戻ってきたのは,夕方16時半頃であった.17時の特急で金沢へと向かった.能登半島は1日かかるドライブコースである.

フルキャストスタジアム宮城[東北楽天イーグルス本拠地]~仙台~

11連敗中.今日の西武戦に負けると12連敗に.どうしても本拠地・仙台での試合は負けられなかった.そんな状況の中,仙台のフルキャストスタジアム宮城に出掛けた.

フルキャストスタジアム宮城の改修工事は,2004年11月2日に楽天球団の新規参入が正式に決定され,それからたったの5ヶ月で球場を仕上げなければならない急ピッチの対応がせまられるものであった.施工を請け負ったのは,コンペで争われた結果,野球場としては日本初である「砂かぶり席」や外野席と公園とを接続させた「楽天山」などを提案した鹿島建設が行っている.
工事は第1期工事と第2期工事に分けられており,現在は第1期工事までが完了した段階(収容人数:約2万人)であり,今シーズン(2005年)が終了した後,第2期工事である内野3階席の増設等が行われて収容人数約2万8千人の球場が完成となる.

(撮影年月:2005年4月)


最寄り駅はJR仙石線の宮城野原駅
駅の出入口や通路は,東北楽天ゴールデンイーグルスのカラーであるワインレッドに統一され,出入口屋根にはヘルメットが.

フルキャストスタジアム宮城正面(略して「フルスタ」と呼ぶ)
大勢の人で賑わっていた.思ったよりもきれいに仕上がっている球場である.

当日券売り場

楽天イーグルスファンクラブ入会受付.クレジット機能付きだとか

場外にあるお弁当売り場
球場内には専用シールの貼ってある弁当しか原則持ち込めない.が,入場チェックは非常に緩やか.

R6ゲートの入り口
階段を上がってすぐに内野席となる.敷居が低くてのどかな感じがいい.

入口では,「缶やペットボトル,楽天シールの貼っていない飲食物の持ち込みは禁止」
となっていたが厳しいチェックもなく,今のところ持ち込みは可能である.周辺のコンビニでは,わざわざ中の見えない紙袋で商品を渡してくれる.

スタジアム内.距離感がなく,野球が身近に観戦できる

外野のバックネット付近は芝生となっている.応援団の一番盛り上がる席.

RAKUTEN EAGLES のカップ.生ビール(650円)を頼むとこのカップに注がれる

牛たん弁当
まぁ,専門店で食べた方がよさそう・・・

牛たんまんじゅう.これはいける.塩味(緑色)としょうゆ味(白)がある.1個300円也.

JR東日本のSUICA(スイカ)
仙台限定発売のスイカである.球場では売っていない.駅窓口へ.

楽天の野球帽

満席の楽天側外野応援席(レフト側)

7回の風船上げ.
鳴り物の応援がないので,静かに鑑賞できるが,賑やかに応援をしたい人には物足りないかも.なお,試合終了後,物を投げ入れるファンが皆無であった.入口のチェックが甘いのも,良識ある観戦の結果なのであった.

試合終了後,西武ナインを乗せたバス

公園内に設けられた臨時JR切符売り場

国分町にある「おでん屋三吉」.楽天イーグルスの応援団をやっている

店先には,ポスターが貼ってある.「熱烈応援!がんばれイーグルス」

楽天イーグルスが勝った日にはサービスで振る舞われる「イーグル串」
5角形のベース・ボール・バットの順で串にネタがささっている.

東北楽天ゴールデンイーグルスの応援歌「黄金のつばさ」

楽天イーグルスを応援する横断幕が仙台の街のいたるところに掲げてある

※現在は,スポンサーの交代により「フルキャスト」の名は冠されなくなっている.

八丈島【島紀行】

(旅行年月:2004年11月)

八丈島は伊豆諸島の最南端に位置し,東京から南へ287km,黒潮に浮かぶ亜熱帯性の植物が茂る島である.面積68.52km2,人口約9300人であり,三根・大賀郷,樫立,中之郷,末吉の5つの集落に分かれている.
八丈島の歴史を考えるにあたっては,江戸時代における流人の歴史が大きなエポックとなる.江戸幕府はこの島に1862人の罪人を島流しにしたが,これらの流人や土着の人々によって造られた風俗,習慣,生活様式が島内で見ることができる.八丈島の歴史を知るには,「八丈島歴史民俗資料館」に行くと,流人のことも含めて展示がしてある.
羽田空港からジェット機で45分という近さで,亜熱帯を味わうことができる島が八丈島である.

八丈富士(西山)
八丈島には2つの山があるが,こちらは山の姿が美しい八丈富士である.標高854.3mで1時間程度で頂上まで登ることができる.

登山道には火山による噴石がごろごろしている.

頂上付近からの絶景

なんと,斜面の植裁が「アロエ」

アロエは自生している

玉石垣の道

ハイビスカスの花

名産「明日葉(あしたば)」のソフトクリーム

「あしたば」のおひたし

島寿司
白身魚のネタを醤油ダレにつけ込んで,握ったもの.わさびではなくカラシを入れる.

でたーーー!これが「くさや」である.
バキバキと折って食べるのであるが,結構焼酎には合う.
「あの独特の匂い」とガイドブックなどでは表現されることが多いが,具体的には,「へその中のゴマの香り」「汲み取りトイレの便器の匂い」といったところか!!

八丈島空港

南原千畳岩海岸からの日の入り

八丈小島
かつては人が住んでいた

札幌の除雪風景

冬の札幌.道路に降り積もった雪は,除雪作業によって冬期間の交通が保たれている.今朝の北海道新聞に,除雪によって寄せられた雪によって車道の幅員が狭くなり,道路中央に走っている路面電車の通行の妨げになっているとの記事が載っていた.そしてその晩,ホテルへ戻るため道路を歩いていると,その路面電車の走る道路の除雪(排雪)作業が行われているではないか.その排雪作業,さすがは北海道と思わせるような,効率的な作業を繰り広げていた.その様子をお伝えします.

(撮影年月:2004年1月)


片側2車線の道路
新雪が降って,新雪除雪が行われると,車道の雪を脇に寄せるため,このように1車線分が雪の堆積場所として占有されてしまい,車道が狭くなってしまう.

歩道と車道のあいだには・・・
歩道と車道の間は,通常は街路樹などのスペースとなっているが,冬になると背丈よりも高く積み上げられた雪の山となってしまう.

ロータリー除雪車
道路に溜まった雪は,交通量の少なくなった夜間に「排雪作業」を実施して,雪を郊外の排雪場所まで運んでいく.ロータリー除雪車で,前方の雪をロータリーにかませて,雪を上からトラックに投げ込む.

トラックに積込
ダンプトラックに積み込み(投げ込み)を行うときは,ロータリー除雪車の作業走行スピードに合わせて,ダンプの運転手が状況を絶妙に把握して走りながら積み込みを行っていく.この息のあった作業風景は「おみごと!」と拍手を送りたくなる.ダンプは次から次へとやってきて,排雪場所まで運んでいく.


<積込状況の動画>

積み込み中

積み込み終了


グレーダーで圧雪はがし
降り積もった雪は車に踏み固められて,道路の上でコチコチの雪の固まりとなってしまう.その雪を剥がすのがグレーダーの役目.ガリガリと氷の固まりとなった雪を削っていく.

除雪ドーザーで取りこぼしを集める
グレーダーで剥がした雪も取りこぼしがある.そのような雪をかき集めるのが除雪ドーザー.このドーザーはV字型に自由自在に形を変えることができるので,交差点内などにおいてはY型にして雪が外にこぼれないようにし,外側に雪を寄せたいときはT字型にして雪を外に出すことができる優れもの!

大型除雪機械では限界があります
それでも小さな雪は残ってしまう.大型の除雪機械では限界がある.そこで,このようなきめ細やかな部分を除雪する機械が下に・・・.

細かい部分は小さい機械で・・・
ホイールタイプ(つまりタイヤをはいている)のショベルカー(バックホウ)で,歩道の細かい部分は除雪する.除雪作業は,さまざまな機械が道路に出て,一大イベントのように除雪を行うので,見ていて圧巻であり飽きない.なるほど!と唸らせるものがある.それに,作業がスピーディであり,お見事!という芸当を見せてくれる.

再び除雪ドーザーで仕上げ
最後にもう一度,除雪ドーザーで雪の後片づけをして仕上げる.一般の自動車を通行させながら行うので,除雪作業は大変である.

除雪(排雪)完了

根・標・釧~道東の冬~#1[トップ]

北海道は冬に訪れるべきである.
一番厳しい季節だからこそ,本当の姿を見ることができる.
とはいうものの,2002年2月9~10日は暖かい春のような陽気であった.

原野の広がる道東へ. 冬に訪れてみた.

羽田-釧路間の飛行機は運賃が高い.
羽田-札幌(千歳)では,エアドゥの登場により,割引率の高い「特割」がたくさん登場し,
航空運賃を安く仕上げることができる.しかし,そのとばっちりを受けているのが地方路線.

釧路便などはその最たるもので,「特割」の設定はあるのだけれど,割引率が極端に低い.
往復割引よりもちょっと安い程度である.これならば,変更の自由がきく往復割引を購入してしまう.往復約57,000円也.道東は時間のない人間にとっては,交通費が高くつくところである.

でも,北海道に来たら,道東(釧路より北東)か道北(名寄より北)に行かなければいけない.真の「北の大地」を味わえるのがここなのである.高いお金を払っても,行くことに時間のかかる道東へ行かなければならないのである.札幌だけで北海道を語ってはいけない.

霧多布,風蓮湖,そして納沙布岬へ.
根室のエスカロップも見逃せない

パイロットファームの広がる標津
根釧原野は素晴らしい.
この荒涼感がたまらない.

神秘の摩周湖.
釧路湿原の丹頂鶴.
釧路は道東の拠点である.

(旅行年月:2002年2月)

根室[根・標・釧~道東の冬~#2]

釧路から最東端を目指して,国道44号を走っていった.

~厚岸~厚岸~厚岸~厚岸~厚岸~

厚岸味覚ターミナル・コンキリエ
厚岸(あっけし)の街と厚岸湖・厚岸湖・厚岸大橋が望めるセンター.ここには名産の「カキ」を主体とする地場産品の販売等を行っており,2階のレストランではカキ料理が味わえる.
コンキリエとはイタリア語で貝の形をした食べ物という意だそうで,建物の外観もカキをイメージしたものとなっている.
本来なら全て凍っているらしいが,気温が高い影響で半分しか氷が張っていない厚岸湖.

コンキリレストランにて
とろろ昆布の上にカキの唐揚げ.そしていくらがのっかっている.

生オイスターは欠かせない

北方領土のパンフレット

~霧多布~霧多布~霧多布~霧多布~霧多布~

琵琶瀬展望台からの霧多布湿原
霧多布湿原は国内3番目に大きな湿原で,3,168haの広さがある.夏は花が咲き乱れ,美しい湿原が広がっているのだが,冬の湿原もまんざらすてたものではない.白いパウダーの中に琵琶瀬川が蛇行して流れ,空気は冷たいが景色は暖かみの感じる白い世界が広がっている.

霧多布湿原の中をはしる道路

~厚床~厚床~厚床~厚床~厚床~

広大な根釧台地が車窓に広がる.この景色を見なければ,北海道に来たとは言えない.
荒涼としたこの景色こそが”北海道”なのである.

道路脇に建っている矢印(↓)は,路肩の位置を表示するデリネーターである.積雪と吹雪の多い北海道では,吹き溜まりなどで埋もれないように上から矢印で路肩を示しているのであるが,景観的にはどうなのかと疑問も残る.
夜になると,赤くチカチカ点滅するものもあり,さながら赤い蛍が飛んでいるような気分になる.

~温根沼~温根沼~温根沼~温根沼~温根沼~

風蓮湖
春国岱(しゅんくにたい)の長大な砂州によってオホーツク湾と区切られている汽水湖.海水が混じっている.

北海道のちょっとしたイベント会場には必ず氷や雪で作った「滑り台」がある.これも冬の北海道.

氷を滑るときは,お尻に農協などで手に入れる肥料のビニール袋を敷いてすべる.このビニールだと抵抗が少なく,かつ破れにくいのでちょうど良いのであろう.

「ナクルロード」380円
”しばれる”北海道の道路はテカテカに凍っている.道路には塩化系の凍結防止剤がまかれているが,それを道の駅「スワン44ねむろ」で販売している.ジュースと一緒に凍結防止剤が並べられているが,この凍結防止剤,買ったはいいがドライバーはどこに使えばよいのだろう.

~根室~根室~根室~根室~根室~

根室市街の標識には,「ロシア語」も併記されている.英語の下にロシア語があり,青い道路標識の看板にも併記されている.ロシアへの親しみを込めた交流の現れか.福岡や対馬ではハングル語の表記が見られるのと同じ.

こちらは全てロシア語の地図

根室の喫茶店ではごく普通のメニュー.
バターライスの上にデミグラスソースのかかったカツがのっているもので,ソースはハヤシライスに似ているものであった.横浜から移り住んだ料理人が根室で若い女性向けにメニューを作ったのが始まりだとか.語源はイタリア語を変形させたもの.

~納沙布岬~納沙布岬~納沙布岬~納沙布岬~納沙布岬~

北海道の道路沿いには,交通安全を示す黄色い旗をよく見かける.寒風に吹きさらされながら,バタバタと交通安全を訴えている.遠くに見える白い塔は展望台.

北方領土の早期返還を願ったモニュメント「四島のかけはし」

納沙布岬

不毛の根釧原野が広がる

標津[根・標・釧~道東の冬~#3]

~別海~別海~別海~別海~別海~

別海町は酪農の町.広大な原野にパイロットファームが広がる.
「べつかい牛乳」
なつかしい三角形のパックに入った牛乳.

寒さの厳しい北海道では,ボイラーで温水を配管して,壁際に温水の熱を放出する暖房器が設置してあることが多い.全館暖房となっている.温度の調節は,温水の量をバルブで調節して行う.

動物王国・北海道.
道路沿いにはさまざまな動物の横断注意を促す看板が建てられている.牛,馬,鹿・・・ 他にも何かあるかも・・・

~尾岱沼・野付~尾岱沼・野付~尾岱沼・野付~尾岱沼・野付~

白鳥台(北方展望塔)からのオホーツク海.野付半島の向こうにうっすらと国後島が見えた.(この写真では難しい・・)

知床の山とパイロットファーム

野付半島は根室海峡に突き出る日本最大の砂嘴(さし)である.砂でできている半島で,あと数百年経つと浸食されて原型があるかどうか・・・?.右も左も海となり,道路が突っ切っている.
ここにはトドワラ(トドマツが海水におかされ枯れて風化したもの)などの荒涼とした風景が広がる.地図を見ると不可思議な地形を描いているだけに,行ってみたくなるところである.

野付半島の一コマ

寒い!

北海道の住宅.
入口は二重構造となっており,さらに中に本物の玄関扉がある.アルミサッシは防寒用.窓も二重である.そして,軒先には必ず赤いスノーダンプ(小さいサイズはママさんダンプともいう!)が置いてあり,煙突は強度を増すためなのか,歴史的にそうなのか,四角い頑丈な煙突が多い.

~標津~標津~標津~標津~標津~

とにかく真っ直ぐな道路が多い.このあたりの地図を眺めると,ただ,ただ,原野の中に道路の線をひいたことを感じる.

各牧場の入口には,表札看板が掲げられている.

地球が丸く見える「開陽台」.標津のパイロットファームが一望できる.ここはライダーたちの聖地と呼ばれていた.ここから大地を眺めるとなんと自分が小さいことか・・

北海道を代表する景観のひとつだった「サイロ」.これはエサを発酵させるための施設であるが,現在は右側のようにエサをくるんで発酵させるようになっている.つまり,サイロは今は使っておらず,徐々に姿を消していく.

釧路[根・標・釧~道東の冬~#4]

~摩周湖~摩周湖~摩周湖~摩周湖~摩周湖~

冬の摩周湖.本来なら氷が張っているのであるが,今年は暖かくて凍っていない.といっても風は冷たく,ほっぺたが痛い!!

摩周湖からみた弟子屈の街

釧路に向かう途中,美しい風景に出会った.

北海道のアパート.煙突の形など,内地とはちょっと違う感じ.

アパート Part.2

~鶴居村~鶴居村~鶴居村~鶴居村~鶴居村~

鶴居村は,釧路湿原の北に位置し,その村名からも伺えるとおり,丹頂鶴の生息するところである.丹頂鶴は一時絶滅の危機に瀕したが,保護活動が実り,いまでは600羽程度の鶴が観測されている.

丹頂鶴は,飛ぶ姿がとても優雅なため,全国各地から「鶴」を求めて,カメラマンが訪れている.何十万もする超望遠レンズを鶴に向け,シャッターチャンスをねらっている.池中玄太の世界!(懐かしい)

夕方になると,丹頂はねぐらに戻ってくる.川の真ん中に鶴がいる.(音羽橋より撮影)

「この道路での撮影は除雪作業の邪魔になるので駐車はご遠慮ください」
鶴の保護のため,撮影できる場所は限られている.その限りある撮影地を求めて,アマチュアカメラマンは移動し,飛んでくる鶴の姿を待ちかまえている.マイナス10度.バッテリーはすぐになくなってしまうので注意が必要である.

夕方になると餌場から寝ぐらに帰るため,鶴たちが飛び立っていく.
鶴は「生き物」である.その日によって,飛行ルートが異なっている.待っていたところの上空をうまく飛んでいってくれれば「大当たり」.遠くに飛んでいってしまったときは「はずれ」.
「今日はだめだった~.」
鶴の撮影には,ばくち的な要素があり,うまい構図を撮ろうとして,結構はまっていくものである.

やっと撮った1枚.「いまいち」の出来だが,うまい構図を捕らえようとして,鶴の虜になっていく・・・.このあとバッテリーが切れた!足は寒いし,顔はひりひりする.

日が沈む鶴居村の風景.この上空を,つがいの丹頂鶴が飛んでいく.

マチグワー(牧志市場)[めんそ~れ沖縄#1]

独特の時と文化を育んできた琉球.怒濤の時代を生き抜いてきた沖縄へ9年ぶりに訪ねてみた.珊瑚礁の広がるビーチ,きらびやかな琉球文化の首里城,第二次世界大戦で最悪の戦場となった沖縄,アメリカによる占領時代・・・.改めて沖縄を見つめてみると,様々な様子を発見することができた.そんな沖縄の旅をどうぞ.

★★ めんそーれ = ようこそ ★★

(旅行年月:2002年1月)


マチグワーとは「市場」のことである.迷路のように入り組んだ路地の中に,所狭しと店が軒を連ね,市場が形成されている.上野アメ横に雰囲気はにている.

「那覇市第一牧志公設市場」肉・魚・惣菜などがならぶ.沖縄らしいカラフルな魚が並び,
豚の顔!がこちらをにらみ,海ブドウや豆腐用ようなどの珍品も並ぶ.一度立ち入ったら病みつきになる市場である.

「マチグワカイ ユーメンソーチェピーサヤー」
沖縄の言葉は難しい.標準語の語気がまるでない.

ずらりと肉が並ぶ.さすが沖縄,「豚」がメイン.

「チラガー」と呼ばれる豚の顔!1枚400円也.千切りにして酢味噌で食べる.

色とりどりの魚がならぶ.

オレンジや青い魚もならぶ.食べておいしいのかと思ってしまう.

エビもこんなに沢山.

1階で買った魚は,2階の食堂で調理してもらえる.ただし,500円也.

2階の食堂.

沖縄の野菜には「ゴーヤー」が欠かせない.

首里城[めんそ~れ沖縄#2]

現在の首里城は,1992年に沖縄復帰20周年を記念して復元されたものである.琉球王国(1429~1879年)歴代の国王の居城であり,中国と日本の文化が混在する独特の城となっている.第二次世界大戦までは現存していた.この首里城は世界文化遺産に登録されている.

正殿
この正殿を復元するにあたり,当時の技術を精巧に模して施工が行われた.中にはいると当時の技術のすばらしさと琉球のきらびやかな繁栄ぶりが伺える.

漏刻門
漏刻とは中国で水時計の意だとか.

瑞泉門の近くにある「泉」

「だいじょぶさぁ~沖縄」
アメリカのテロ事件以来,観光客が減っているという.県をあげてキャンペーンを行っている.

沖縄の赤瓦は下に敷く瓦とそれらのつなぎ部分を上から包む瓦があり,さらに台風で飛ばないように漆喰で固める.

ちょっと一枚

首里城から見たパノラマ写真.

ルート58(北谷→コザ(沖縄市)→嘉手納)[めんそ~れ沖縄#3]

沖縄本島を南北に貫く国道58号.沖縄の基幹道路である.レンタカーを借りて北上した.ルート58沿線の風景をどうぞ.

国道58号の風景

アメリカ中古家具店
沿線には米軍の払い下げ品やアメリカから直輸入の店が多い.まるでアメリカを旅行しているかのようだ.

普通の交差点.赤信号で止まったので撮ってみた.

信号待ち.タクシーの停止位置が・・・

北谷(ちゃたん)

北谷は今,若者の人気スポットである.かつての米軍ハンビー基地の跡地を利用し,再開発を行ったウォーターフロントで,ハンビータウン・アメリカンビレッジとして賑わいを見せる地域である.写真はアメリカンビレッジの60m観覧車.

美浜サンセットビーチ.人工海浜である

「シャワーではありません」「THIS IS NOT A SHOWER」
誰が見たってシャワーじゃないことは理解できる.おそらくこの忠告には続きがあって,「シャワーではありませんので,頭や体を洗わないでください」というのが趣旨だと思う.

もう一枚.サンセットビーチ.その名の通り夕日がきれいな浜である.

コザ(沖縄市)

胡屋十字路の歩道橋から撮影.「空港通り」と呼ばれている.
真っ直ぐ行くと「米軍嘉手納基地第2ゲート」.第2ゲート内付近には米軍住宅があり,外国人も多く,英語の看板を掲げた店も多い.
1970年のコザ騒動の時は,この付近の米国人車両70台余りが焼きうちされた.基地の街の住民の不満が爆発したところ.

コザの夜は外国人が多く出歩く賑やかな街に違いない.英語の看板があちこちで目に付く

な,な,なんと・・・.基地の街にも「喜多方ラーメン」が・・・

1時間 $2.00

ゴヤ(胡屋)市場

嘉手納

基地へ入る「ゲート」.もちろん一般人は入れない.

嘉手納基地のフェンス.嘉手納町は面積の8割が米軍基地

星条旗がたなびく・・・・

沖縄の道路沿いでは工事予告看板のようにアイスクリームのマークの看板が出てくると,パラソルを出してアイスを売る人が現れる.

基地周辺では警備員が目を光らせている.

ルート58(残波岬→琉球村→万座毛)[めんそ~れ沖縄#4]

沖縄本島を南北に貫く国道58号.沖縄の基幹道路である.レンタカーを借りて北上した.ルート58沿線の街の風景をどうぞ.

残波岬

残波岬の灯台
ここは戦後米軍の実弾演習場だったが,沖縄復帰によって灯台が設置された.南西諸島随一の高さ(31m)を誇る.光の強さは64万カンデラ.

灯台には階段で上ることができる(有料).360度の大パノラマが広がる.写真は真栄田岬.背後は名護.

ダイビングをする人々

釣り人はどんなところでも・・

夕日が沈むときは素晴らしい景色が広がる.

琉球村(テーマパーク)

「琉球村」とは行政上の市町村ではなく,むかしの沖縄・琉球の文化を伝えるために造られたテーマパークである.この琉球村には昔の生活の様式を再現しているが,ろう人形などの「まがいもの」によって昔の伝統工芸や生活等を再現しているのではなく,本物の人間が昔の建物のなかで文化を再現していたり,製糖工場を忠実に復元していたり,リアリティーのある体験型テーマパークとなっている.

沖縄らしい開放的な家.

昔の家の台所では,本当に薪を焚いて揚げ物を作っている.
「おばぁ」が揚げているのは沖縄風ドーナツ「サーターアンダギー」.黒糖の香りがするお菓子である.100円で揚げたてを食べることができる

「紅型」を制作している.伝統工芸を再現している.

「亜熱帯の琉球」といった感じ.

三線(さんしん)を弾いて沖縄の歌を歌っている.

「水牛」もちろん本物.

万座毛

万座毛から見た万座ビーチ

「万座毛」は隆起サンゴ礁の断崖で,天然の芝で覆われた平坦な台地となっている.「万人が座するに足る」と賞賛されたことからこの名がついた

海の透明度は抜群である.

万座ビーチ

万座毛からのパノラマ写真.

美しい珊瑚礁.いつまでも残したい自然である.

「はい,チーズ」

平坦な台地となっている.

平和祈念公園[めんそ~れ沖縄#5]

かつて琉球の先人は
平和をこよなく愛する民として
海を渡り
アジア諸国と交易を結んだ
海は
豊かな生命の源として
平和と友好の掛け橋として
いまなお
人々の心に息づいている

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

太平洋と東シナ海の波間につらなる沖縄の島々・・・
海は
人々のくらしにさまざまな恵みをもたらしました
生活のかてを 富を そして文化を・・・
しかし この清ら島(ちゅらじま) 沖縄に
やがて 暗雲が たれこめ
鉄の暴風が・・・

(沖縄県平和祈念資料館プロローグより)


20数万人の命を奪った沖縄戦.日本における唯一の地上戦であり,太平洋戦争で最大規模の戦闘であった.
そんな歴史を伝えるのが平和祈念資料館である.
2000年に新しくリニューアルし,よりわかりやすく沖縄の歴史を伝えている.

実物の砲弾

平和の礎
沖縄戦で亡くなった全ての人々の氏名を刻んである祈念碑.太平洋戦争沖縄戦終結50周年を
記念して建設された.

平和祈念公園の式典広場でキャッチボールをする親子.このような平和な光景がつづいているのが今の沖縄である・・・


沖縄戦の実相にふれるたびに
戦争というものは
これほど残忍で これほど汚辱にまみれたものはない
と思うのです

この なまなましい体験の前では
いかなる人でも
戦争を肯定し美化することは できないはずです

戦争をおこすのは たしかに 人間です
しかし それ以上に
戦争を許さない努力のできるのも
私たち 人間 ではないでしょうか

戦争このかた 私たちは
あらゆる戦争を憎み
平和な島を建設せねば と思いつづけてきました

これが
あまりにも大きすぎた代償を払って得た
ゆずることのできない
私たちの信条なのです

(平和祈念資料館 展示むすびのことば より)


サンゴ礁や白いビーチもいいけれど,沖縄に来たら,時代に翻弄されてきた歴史を振り返らなければなりません.
是非,この平和祈念資料館に立ち寄って,「平和の礎」の上に,青く広がる穏やかな空,そして,果てしなく広がる青い海を眺めてください・・・

ちょっとブレイク~沖縄の風景[めんそ~れ沖縄#6]

ちょっとした風景を集めてみた.沖縄の一面を.

米軍の車はナンバープレートが違う.

「Y」ナンバーの車.
「いろは・・」の欄が「Y」になっている. これは,米軍関係者の使用する車であることを示しているが,この制度は沖縄特有のことではなく,米軍基地の周辺ではよく見られるナンバーである.横浜で始まったことから「Y」となっている。ちなみに,アメリカからきた車には「E」がついている。
相手が米軍関係者の場合、事故にあっても保障が受けられないことなどがあったり,「車庫証明」が不要ということがあったり,不平等であるとの声があがっている.
「Y」ナンバーについては,日米特別行動委員会において廃止が合意されているという。

沖縄の公共交通機関は「バス」である.電車は走っていないが,現在モノレールが建設されており,平成15年には,空港~首里の間を結ぶ.
そんな沖縄のバスには各社共通の系統番号が付けられている.その路線マップは,走行する路線の上に系統番号を書いて示すものとなっていて,最初は見づらいが慣れると合理的な路線図であることに気づく.諸外国ではこの方式の路線図の方が主流である.日本では1本1本路線ごとに色を決めて線を書く路線図が主流である.

国際通りは沖縄一賑やかなストリートである.昼夜を問わず「呼び込み」が激しい.観光客とみると,すかさず声を掛けてくる.日本でもこんな都市があったのか,と驚き.
沖縄が観光立県であることを物語っている.

夜の国際通り.沖縄の夜は20時頃からである.というのも,沖縄人は一旦家に帰ってから
飲みにでかける.ライブハウスなどの開店時間は20時から.ファーストステージは21時から・・・夜が長い沖縄である.

ホテルのテレビチャンネル6chに「米軍放送 AFRTS」とあり,米軍の放送が流れていた.東京のAMラジオに「FEN」(810KHZ)というのがあるが,あれのTV版なのだろうか.

「バス停にお客様がいらっしゃる場合は必ず停車して行き先をアナウンス致します(手を挙げて合図する必要はありません)」と黄色いシールが貼ってある.
ガイドブックなどには,「沖縄では手を挙げないとバスが止まらない」と書いてあるので,乗客が手を挙げることは昔からの習慣なのだろうと思う.諸外国では手を挙げないと止まってくれないところが多く,沖縄では現在でも手を挙げてバスに乗る人は多いが,観光客等から苦情がきたのだろうか,必ず止まるようにしている.
しかし,手を挙げないと止まらないで走ってしまうバスもあるようで・・・.沖縄らしい一面である.

コザの市場の中にある裁縫屋.開放的でアジアチックな雰囲気が沢山残っているのも沖縄.

沖縄自動車道のサービスエリア.駐車場には屋根がついている.日差しが強い沖縄ならでわである.

沖縄の高速道路では最高時速80km.スピードを出す車は少なく,左側車線では80kmで走っている.追い越し車線でも100km程度.ばんばん抜かしていくのは「わ」ナンバーばかり・・・.警察の取り締まりが厳しいのかもしれない.

国際通りの電柱に貼ってあった張り紙.東京はいろいろな意味で華やかな街なのだ.

米軍関係者が事故を起こすと,迷彩服を着た米軍の警察もやってきて事故処理をするらしい.それとも米軍関係者のみの検問をやっていたのか? とにかく,迷彩服をきた人とアメリカのパトカーが止まっていた.

龍飛崎[冬の津軽半島#1]

地吹雪吹き荒れる「冬の津軽半島」に行って来た。

強寒風の吹き荒れる「龍飛崎」。
石炭をくべて走る「ストーブ列車」。
弘前城雪灯籠祭り。

それぞれの風景をどうぞ。

(旅行年月:2001年2月)


龍飛崎(たっぴ)

「ごらんあれが龍飛岬 北のはずれとー、見知らぬ人が指を指す・・・。」 石川さゆりの津軽海峡冬景色はあまりにも有名な歌である。そして、龍飛の地に立ってこの歌を聴くと、身にしみて歌詞を実感することができる。寒強風が吹き荒れ、ここが極寒の最果てであることを充分すぎるほど、感じることができる。

龍飛崎灯台

対岸に見える島は北海道・檜山地方

強風の吹く龍飛では、
風力発電が行われている

階段国道 339号

青函トンネルの現場基地があった所

写真では分からないが、とにかく超強寒風の吹き荒れる寒い岬であった。