「■国内の旅」カテゴリーアーカイブ

BANCHAN WORLD の国内をテーマにしたカテゴリーです.

根室[根・標・釧~道東の冬~#2]

釧路から最東端を目指して,国道44号を走っていった.

~厚岸~厚岸~厚岸~厚岸~厚岸~

厚岸味覚ターミナル・コンキリエ
厚岸(あっけし)の街と厚岸湖・厚岸湖・厚岸大橋が望めるセンター.ここには名産の「カキ」を主体とする地場産品の販売等を行っており,2階のレストランではカキ料理が味わえる.
コンキリエとはイタリア語で貝の形をした食べ物という意だそうで,建物の外観もカキをイメージしたものとなっている.
本来なら全て凍っているらしいが,気温が高い影響で半分しか氷が張っていない厚岸湖.

コンキリレストランにて
とろろ昆布の上にカキの唐揚げ.そしていくらがのっかっている.

生オイスターは欠かせない

北方領土のパンフレット

~霧多布~霧多布~霧多布~霧多布~霧多布~

琵琶瀬展望台からの霧多布湿原
霧多布湿原は国内3番目に大きな湿原で,3,168haの広さがある.夏は花が咲き乱れ,美しい湿原が広がっているのだが,冬の湿原もまんざらすてたものではない.白いパウダーの中に琵琶瀬川が蛇行して流れ,空気は冷たいが景色は暖かみの感じる白い世界が広がっている.

霧多布湿原の中をはしる道路

~厚床~厚床~厚床~厚床~厚床~

広大な根釧台地が車窓に広がる.この景色を見なければ,北海道に来たとは言えない.
荒涼としたこの景色こそが”北海道”なのである.

道路脇に建っている矢印(↓)は,路肩の位置を表示するデリネーターである.積雪と吹雪の多い北海道では,吹き溜まりなどで埋もれないように上から矢印で路肩を示しているのであるが,景観的にはどうなのかと疑問も残る.
夜になると,赤くチカチカ点滅するものもあり,さながら赤い蛍が飛んでいるような気分になる.

~温根沼~温根沼~温根沼~温根沼~温根沼~

風蓮湖
春国岱(しゅんくにたい)の長大な砂州によってオホーツク湾と区切られている汽水湖.海水が混じっている.

北海道のちょっとしたイベント会場には必ず氷や雪で作った「滑り台」がある.これも冬の北海道.

氷を滑るときは,お尻に農協などで手に入れる肥料のビニール袋を敷いてすべる.このビニールだと抵抗が少なく,かつ破れにくいのでちょうど良いのであろう.

「ナクルロード」380円
”しばれる”北海道の道路はテカテカに凍っている.道路には塩化系の凍結防止剤がまかれているが,それを道の駅「スワン44ねむろ」で販売している.ジュースと一緒に凍結防止剤が並べられているが,この凍結防止剤,買ったはいいがドライバーはどこに使えばよいのだろう.

~根室~根室~根室~根室~根室~

根室市街の標識には,「ロシア語」も併記されている.英語の下にロシア語があり,青い道路標識の看板にも併記されている.ロシアへの親しみを込めた交流の現れか.福岡や対馬ではハングル語の表記が見られるのと同じ.

こちらは全てロシア語の地図

根室の喫茶店ではごく普通のメニュー.
バターライスの上にデミグラスソースのかかったカツがのっているもので,ソースはハヤシライスに似ているものであった.横浜から移り住んだ料理人が根室で若い女性向けにメニューを作ったのが始まりだとか.語源はイタリア語を変形させたもの.

~納沙布岬~納沙布岬~納沙布岬~納沙布岬~納沙布岬~

北海道の道路沿いには,交通安全を示す黄色い旗をよく見かける.寒風に吹きさらされながら,バタバタと交通安全を訴えている.遠くに見える白い塔は展望台.

北方領土の早期返還を願ったモニュメント「四島のかけはし」

納沙布岬

不毛の根釧原野が広がる

標津[根・標・釧~道東の冬~#3]

~別海~別海~別海~別海~別海~

別海町は酪農の町.広大な原野にパイロットファームが広がる.
「べつかい牛乳」
なつかしい三角形のパックに入った牛乳.

寒さの厳しい北海道では,ボイラーで温水を配管して,壁際に温水の熱を放出する暖房器が設置してあることが多い.全館暖房となっている.温度の調節は,温水の量をバルブで調節して行う.

動物王国・北海道.
道路沿いにはさまざまな動物の横断注意を促す看板が建てられている.牛,馬,鹿・・・ 他にも何かあるかも・・・

~尾岱沼・野付~尾岱沼・野付~尾岱沼・野付~尾岱沼・野付~

白鳥台(北方展望塔)からのオホーツク海.野付半島の向こうにうっすらと国後島が見えた.(この写真では難しい・・)

知床の山とパイロットファーム

野付半島は根室海峡に突き出る日本最大の砂嘴(さし)である.砂でできている半島で,あと数百年経つと浸食されて原型があるかどうか・・・?.右も左も海となり,道路が突っ切っている.
ここにはトドワラ(トドマツが海水におかされ枯れて風化したもの)などの荒涼とした風景が広がる.地図を見ると不可思議な地形を描いているだけに,行ってみたくなるところである.

野付半島の一コマ

寒い!

北海道の住宅.
入口は二重構造となっており,さらに中に本物の玄関扉がある.アルミサッシは防寒用.窓も二重である.そして,軒先には必ず赤いスノーダンプ(小さいサイズはママさんダンプともいう!)が置いてあり,煙突は強度を増すためなのか,歴史的にそうなのか,四角い頑丈な煙突が多い.

~標津~標津~標津~標津~標津~

とにかく真っ直ぐな道路が多い.このあたりの地図を眺めると,ただ,ただ,原野の中に道路の線をひいたことを感じる.

各牧場の入口には,表札看板が掲げられている.

地球が丸く見える「開陽台」.標津のパイロットファームが一望できる.ここはライダーたちの聖地と呼ばれていた.ここから大地を眺めるとなんと自分が小さいことか・・

北海道を代表する景観のひとつだった「サイロ」.これはエサを発酵させるための施設であるが,現在は右側のようにエサをくるんで発酵させるようになっている.つまり,サイロは今は使っておらず,徐々に姿を消していく.

釧路[根・標・釧~道東の冬~#4]

~摩周湖~摩周湖~摩周湖~摩周湖~摩周湖~

冬の摩周湖.本来なら氷が張っているのであるが,今年は暖かくて凍っていない.といっても風は冷たく,ほっぺたが痛い!!

摩周湖からみた弟子屈の街

釧路に向かう途中,美しい風景に出会った.

北海道のアパート.煙突の形など,内地とはちょっと違う感じ.

アパート Part.2

~鶴居村~鶴居村~鶴居村~鶴居村~鶴居村~

鶴居村は,釧路湿原の北に位置し,その村名からも伺えるとおり,丹頂鶴の生息するところである.丹頂鶴は一時絶滅の危機に瀕したが,保護活動が実り,いまでは600羽程度の鶴が観測されている.

丹頂鶴は,飛ぶ姿がとても優雅なため,全国各地から「鶴」を求めて,カメラマンが訪れている.何十万もする超望遠レンズを鶴に向け,シャッターチャンスをねらっている.池中玄太の世界!(懐かしい)

夕方になると,丹頂はねぐらに戻ってくる.川の真ん中に鶴がいる.(音羽橋より撮影)

「この道路での撮影は除雪作業の邪魔になるので駐車はご遠慮ください」
鶴の保護のため,撮影できる場所は限られている.その限りある撮影地を求めて,アマチュアカメラマンは移動し,飛んでくる鶴の姿を待ちかまえている.マイナス10度.バッテリーはすぐになくなってしまうので注意が必要である.

夕方になると餌場から寝ぐらに帰るため,鶴たちが飛び立っていく.
鶴は「生き物」である.その日によって,飛行ルートが異なっている.待っていたところの上空をうまく飛んでいってくれれば「大当たり」.遠くに飛んでいってしまったときは「はずれ」.
「今日はだめだった~.」
鶴の撮影には,ばくち的な要素があり,うまい構図を撮ろうとして,結構はまっていくものである.

やっと撮った1枚.「いまいち」の出来だが,うまい構図を捕らえようとして,鶴の虜になっていく・・・.このあとバッテリーが切れた!足は寒いし,顔はひりひりする.

日が沈む鶴居村の風景.この上空を,つがいの丹頂鶴が飛んでいく.

マチグワー(牧志市場)[めんそ~れ沖縄#1]

独特の時と文化を育んできた琉球.怒濤の時代を生き抜いてきた沖縄へ9年ぶりに訪ねてみた.珊瑚礁の広がるビーチ,きらびやかな琉球文化の首里城,第二次世界大戦で最悪の戦場となった沖縄,アメリカによる占領時代・・・.改めて沖縄を見つめてみると,様々な様子を発見することができた.そんな沖縄の旅をどうぞ.

★★ めんそーれ = ようこそ ★★

(旅行年月:2002年1月)


マチグワーとは「市場」のことである.迷路のように入り組んだ路地の中に,所狭しと店が軒を連ね,市場が形成されている.上野アメ横に雰囲気はにている.

「那覇市第一牧志公設市場」肉・魚・惣菜などがならぶ.沖縄らしいカラフルな魚が並び,
豚の顔!がこちらをにらみ,海ブドウや豆腐用ようなどの珍品も並ぶ.一度立ち入ったら病みつきになる市場である.

「マチグワカイ ユーメンソーチェピーサヤー」
沖縄の言葉は難しい.標準語の語気がまるでない.

ずらりと肉が並ぶ.さすが沖縄,「豚」がメイン.

「チラガー」と呼ばれる豚の顔!1枚400円也.千切りにして酢味噌で食べる.

色とりどりの魚がならぶ.

オレンジや青い魚もならぶ.食べておいしいのかと思ってしまう.

エビもこんなに沢山.

1階で買った魚は,2階の食堂で調理してもらえる.ただし,500円也.

2階の食堂.

沖縄の野菜には「ゴーヤー」が欠かせない.

首里城[めんそ~れ沖縄#2]

現在の首里城は,1992年に沖縄復帰20周年を記念して復元されたものである.琉球王国(1429~1879年)歴代の国王の居城であり,中国と日本の文化が混在する独特の城となっている.第二次世界大戦までは現存していた.この首里城は世界文化遺産に登録されている.

正殿
この正殿を復元するにあたり,当時の技術を精巧に模して施工が行われた.中にはいると当時の技術のすばらしさと琉球のきらびやかな繁栄ぶりが伺える.

漏刻門
漏刻とは中国で水時計の意だとか.

瑞泉門の近くにある「泉」

「だいじょぶさぁ~沖縄」
アメリカのテロ事件以来,観光客が減っているという.県をあげてキャンペーンを行っている.

沖縄の赤瓦は下に敷く瓦とそれらのつなぎ部分を上から包む瓦があり,さらに台風で飛ばないように漆喰で固める.

ちょっと一枚

首里城から見たパノラマ写真.

ルート58(北谷→コザ(沖縄市)→嘉手納)[めんそ~れ沖縄#3]

沖縄本島を南北に貫く国道58号.沖縄の基幹道路である.レンタカーを借りて北上した.ルート58沿線の風景をどうぞ.

国道58号の風景

アメリカ中古家具店
沿線には米軍の払い下げ品やアメリカから直輸入の店が多い.まるでアメリカを旅行しているかのようだ.

普通の交差点.赤信号で止まったので撮ってみた.

信号待ち.タクシーの停止位置が・・・

北谷(ちゃたん)

北谷は今,若者の人気スポットである.かつての米軍ハンビー基地の跡地を利用し,再開発を行ったウォーターフロントで,ハンビータウン・アメリカンビレッジとして賑わいを見せる地域である.写真はアメリカンビレッジの60m観覧車.

美浜サンセットビーチ.人工海浜である

「シャワーではありません」「THIS IS NOT A SHOWER」
誰が見たってシャワーじゃないことは理解できる.おそらくこの忠告には続きがあって,「シャワーではありませんので,頭や体を洗わないでください」というのが趣旨だと思う.

もう一枚.サンセットビーチ.その名の通り夕日がきれいな浜である.

コザ(沖縄市)

胡屋十字路の歩道橋から撮影.「空港通り」と呼ばれている.
真っ直ぐ行くと「米軍嘉手納基地第2ゲート」.第2ゲート内付近には米軍住宅があり,外国人も多く,英語の看板を掲げた店も多い.
1970年のコザ騒動の時は,この付近の米国人車両70台余りが焼きうちされた.基地の街の住民の不満が爆発したところ.

コザの夜は外国人が多く出歩く賑やかな街に違いない.英語の看板があちこちで目に付く

な,な,なんと・・・.基地の街にも「喜多方ラーメン」が・・・

1時間 $2.00

ゴヤ(胡屋)市場

嘉手納

基地へ入る「ゲート」.もちろん一般人は入れない.

嘉手納基地のフェンス.嘉手納町は面積の8割が米軍基地

星条旗がたなびく・・・・

沖縄の道路沿いでは工事予告看板のようにアイスクリームのマークの看板が出てくると,パラソルを出してアイスを売る人が現れる.

基地周辺では警備員が目を光らせている.

ルート58(残波岬→琉球村→万座毛)[めんそ~れ沖縄#4]

沖縄本島を南北に貫く国道58号.沖縄の基幹道路である.レンタカーを借りて北上した.ルート58沿線の街の風景をどうぞ.

残波岬

残波岬の灯台
ここは戦後米軍の実弾演習場だったが,沖縄復帰によって灯台が設置された.南西諸島随一の高さ(31m)を誇る.光の強さは64万カンデラ.

灯台には階段で上ることができる(有料).360度の大パノラマが広がる.写真は真栄田岬.背後は名護.

ダイビングをする人々

釣り人はどんなところでも・・

夕日が沈むときは素晴らしい景色が広がる.

琉球村(テーマパーク)

「琉球村」とは行政上の市町村ではなく,むかしの沖縄・琉球の文化を伝えるために造られたテーマパークである.この琉球村には昔の生活の様式を再現しているが,ろう人形などの「まがいもの」によって昔の伝統工芸や生活等を再現しているのではなく,本物の人間が昔の建物のなかで文化を再現していたり,製糖工場を忠実に復元していたり,リアリティーのある体験型テーマパークとなっている.

沖縄らしい開放的な家.

昔の家の台所では,本当に薪を焚いて揚げ物を作っている.
「おばぁ」が揚げているのは沖縄風ドーナツ「サーターアンダギー」.黒糖の香りがするお菓子である.100円で揚げたてを食べることができる

「紅型」を制作している.伝統工芸を再現している.

「亜熱帯の琉球」といった感じ.

三線(さんしん)を弾いて沖縄の歌を歌っている.

「水牛」もちろん本物.

万座毛

万座毛から見た万座ビーチ

「万座毛」は隆起サンゴ礁の断崖で,天然の芝で覆われた平坦な台地となっている.「万人が座するに足る」と賞賛されたことからこの名がついた

海の透明度は抜群である.

万座ビーチ

万座毛からのパノラマ写真.

美しい珊瑚礁.いつまでも残したい自然である.

「はい,チーズ」

平坦な台地となっている.

平和祈念公園[めんそ~れ沖縄#5]

かつて琉球の先人は
平和をこよなく愛する民として
海を渡り
アジア諸国と交易を結んだ
海は
豊かな生命の源として
平和と友好の掛け橋として
いまなお
人々の心に息づいている

○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

太平洋と東シナ海の波間につらなる沖縄の島々・・・
海は
人々のくらしにさまざまな恵みをもたらしました
生活のかてを 富を そして文化を・・・
しかし この清ら島(ちゅらじま) 沖縄に
やがて 暗雲が たれこめ
鉄の暴風が・・・

(沖縄県平和祈念資料館プロローグより)


20数万人の命を奪った沖縄戦.日本における唯一の地上戦であり,太平洋戦争で最大規模の戦闘であった.
そんな歴史を伝えるのが平和祈念資料館である.
2000年に新しくリニューアルし,よりわかりやすく沖縄の歴史を伝えている.

実物の砲弾

平和の礎
沖縄戦で亡くなった全ての人々の氏名を刻んである祈念碑.太平洋戦争沖縄戦終結50周年を
記念して建設された.

平和祈念公園の式典広場でキャッチボールをする親子.このような平和な光景がつづいているのが今の沖縄である・・・


沖縄戦の実相にふれるたびに
戦争というものは
これほど残忍で これほど汚辱にまみれたものはない
と思うのです

この なまなましい体験の前では
いかなる人でも
戦争を肯定し美化することは できないはずです

戦争をおこすのは たしかに 人間です
しかし それ以上に
戦争を許さない努力のできるのも
私たち 人間 ではないでしょうか

戦争このかた 私たちは
あらゆる戦争を憎み
平和な島を建設せねば と思いつづけてきました

これが
あまりにも大きすぎた代償を払って得た
ゆずることのできない
私たちの信条なのです

(平和祈念資料館 展示むすびのことば より)


サンゴ礁や白いビーチもいいけれど,沖縄に来たら,時代に翻弄されてきた歴史を振り返らなければなりません.
是非,この平和祈念資料館に立ち寄って,「平和の礎」の上に,青く広がる穏やかな空,そして,果てしなく広がる青い海を眺めてください・・・

ちょっとブレイク~沖縄の風景[めんそ~れ沖縄#6]

ちょっとした風景を集めてみた.沖縄の一面を.

米軍の車はナンバープレートが違う.

「Y」ナンバーの車.
「いろは・・」の欄が「Y」になっている. これは,米軍関係者の使用する車であることを示しているが,この制度は沖縄特有のことではなく,米軍基地の周辺ではよく見られるナンバーである.横浜で始まったことから「Y」となっている。ちなみに,アメリカからきた車には「E」がついている。
相手が米軍関係者の場合、事故にあっても保障が受けられないことなどがあったり,「車庫証明」が不要ということがあったり,不平等であるとの声があがっている.
「Y」ナンバーについては,日米特別行動委員会において廃止が合意されているという。

沖縄の公共交通機関は「バス」である.電車は走っていないが,現在モノレールが建設されており,平成15年には,空港~首里の間を結ぶ.
そんな沖縄のバスには各社共通の系統番号が付けられている.その路線マップは,走行する路線の上に系統番号を書いて示すものとなっていて,最初は見づらいが慣れると合理的な路線図であることに気づく.諸外国ではこの方式の路線図の方が主流である.日本では1本1本路線ごとに色を決めて線を書く路線図が主流である.

国際通りは沖縄一賑やかなストリートである.昼夜を問わず「呼び込み」が激しい.観光客とみると,すかさず声を掛けてくる.日本でもこんな都市があったのか,と驚き.
沖縄が観光立県であることを物語っている.

夜の国際通り.沖縄の夜は20時頃からである.というのも,沖縄人は一旦家に帰ってから
飲みにでかける.ライブハウスなどの開店時間は20時から.ファーストステージは21時から・・・夜が長い沖縄である.

ホテルのテレビチャンネル6chに「米軍放送 AFRTS」とあり,米軍の放送が流れていた.東京のAMラジオに「FEN」(810KHZ)というのがあるが,あれのTV版なのだろうか.

「バス停にお客様がいらっしゃる場合は必ず停車して行き先をアナウンス致します(手を挙げて合図する必要はありません)」と黄色いシールが貼ってある.
ガイドブックなどには,「沖縄では手を挙げないとバスが止まらない」と書いてあるので,乗客が手を挙げることは昔からの習慣なのだろうと思う.諸外国では手を挙げないと止まってくれないところが多く,沖縄では現在でも手を挙げてバスに乗る人は多いが,観光客等から苦情がきたのだろうか,必ず止まるようにしている.
しかし,手を挙げないと止まらないで走ってしまうバスもあるようで・・・.沖縄らしい一面である.

コザの市場の中にある裁縫屋.開放的でアジアチックな雰囲気が沢山残っているのも沖縄.

沖縄自動車道のサービスエリア.駐車場には屋根がついている.日差しが強い沖縄ならでわである.

沖縄の高速道路では最高時速80km.スピードを出す車は少なく,左側車線では80kmで走っている.追い越し車線でも100km程度.ばんばん抜かしていくのは「わ」ナンバーばかり・・・.警察の取り締まりが厳しいのかもしれない.

国際通りの電柱に貼ってあった張り紙.東京はいろいろな意味で華やかな街なのだ.

米軍関係者が事故を起こすと,迷彩服を着た米軍の警察もやってきて事故処理をするらしい.それとも米軍関係者のみの検問をやっていたのか? とにかく,迷彩服をきた人とアメリカのパトカーが止まっていた.

龍飛崎[冬の津軽半島#1]

地吹雪吹き荒れる「冬の津軽半島」に行って来た。

強寒風の吹き荒れる「龍飛崎」。
石炭をくべて走る「ストーブ列車」。
弘前城雪灯籠祭り。

それぞれの風景をどうぞ。

(旅行年月:2001年2月)


龍飛崎(たっぴ)

「ごらんあれが龍飛岬 北のはずれとー、見知らぬ人が指を指す・・・。」 石川さゆりの津軽海峡冬景色はあまりにも有名な歌である。そして、龍飛の地に立ってこの歌を聴くと、身にしみて歌詞を実感することができる。寒強風が吹き荒れ、ここが極寒の最果てであることを充分すぎるほど、感じることができる。

龍飛崎灯台
対岸に見える島は北海道・檜山地方
強風の吹く龍飛では、
風力発電が行われている
階段国道 339号
青函トンネルの現場基地があった所

写真では分からないが、とにかく超強寒風の吹き荒れる寒い岬であった。