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渋沢×北区 青天を衝け 大河ドラマ館(飛鳥山)【東京考察#361】

SHIBUSAWA×KITAKU SEITENwoTSUKE TAIGA DORAMAKAN

 コロナ感染者数も減少し,緊急事態宣言も解除され,約2年ぶりに東京へやってきた.今回は,僕の育った王子から「青天を衝け 大河ドラマ館」をお伝えする.

 渋沢栄一は埼玉県深谷市で生まれているが,37歳の時(1877(明治10)年)に飛鳥山に別邸を構え,61歳(1901(明治34)年)から本邸として亡くなるまで過ごしたのが王子の飛鳥山なのであ~る.

 なぜ飛鳥山に居を構えたかといえば,近代化のシンボルとして製紙工場を王子に設置し,その工場が見える場所に建てたとのこと.
(当時王子にあった製紙工場は現在の日本製紙が受け継いでいるが,今の王子製紙ももとをたどれば当時の王子製紙にたどり着くのだが,このあたりの話はちょっと複雑で,詳しくは東京考察#41飛鳥山公園と3つの博物館に記載していますので,そちらを参照してください)

 飛鳥山邸では,国内外の賓客を迎えるなど,渋沢栄一の活動にとって重要な社交の場だった.

 当時の別邸・本邸は戦争によって焼失しており,晩香廬(洋風茶室)と青淵文庫(書庫および接客の場)の2つの建物しか残っていないが,現在は,飛鳥山公園の一部として昼間は周辺を散策することができる(昔は柵が巡らされていて入ることができなかった).

 NHKの大河ドラマの放送とあわせて,北区飛鳥山博物館内に「青天を衝け 大河ドラマ館」がオープンしている.「北区飛鳥山博物館」の隣には,製紙関連を中心とした会社の協力によって運営されている「紙の博物館」と,渋沢栄一記念財団が運営する「渋沢資料館」が併設されており,飛鳥山の3つの博物館と呼ばれている.

王子には路面電車「都電」が走る.ガード下に王子駅中央口の改札があり,壁面は一面大河ドラマ館のPRとなっている.

飛鳥山へは無料で乗れるモノレール「アスカルゴ」で行くことができるが,階段で行った方がとても早い.子供たちにも人気があるため,待ち時間が長い.頂上まで2分程度.定員16名.滝野川出身の倍賞千恵子さんが車内の自動放送で案内している.

飛鳥山上からの眺め.

飛鳥山公園内には大河ドラマ館ののぼり旗が立てられている.

チケット売り場でチケットを購入.基本的には予約制だが,当日に空きがある場合は,すぐに購入することができる.北区民は割引あり.

大河ドラマ館正面.北区飛鳥山博物館内にドラマ館がある.

大河ドラマ館の内部.サインや映像を除いては撮影可能となっている.

写真を撮影して,オリジナルの1万円札を作ることができるコーナーがある.


京浜東北線の線路を挟んだ反対側に,日本製紙が運営するサンスクエアビル(東武ストアやボーリング場が入る,日本製紙の登記上の本店があるところ)があり,その1階に「北区の自動販売機」がある.北区ゆかりの企業の商品などが買える.

装束稲荷大明神と狐のお面[ぶらっと!王子1丁目#7]

 毎年,大晦日の夜に関東一円から榎の下に狐が集まってきて衣装を改めて王子稲荷神社に参詣したという言い伝えが有り,装束榎のあった場所に王子装束稲荷がある.

 榎の木は道路拡張で伐採されたが,碑が現在地に移されて神社が創建された.東京大空襲のときに延焼してきた火災がこの手前で止まったという逸話から火防の神としても崇敬が厚いという.

 1993(平成5)年からは,地元の住民によって,毎年大晦日に王子狐の行列が行われており,大晦日から元日に日付が変わるとお面などで狐に扮した裃姿の人々が,王子装束稲荷神社から王子稲荷神社に参詣するというもので, 今となっては外国人観光客にも口コミで広がって大変多くの人たちで賑わっている.

  王子装束稲荷はその出発地点である.

王子装束稲荷.正確には,王子2丁目にある.
大晦日になると王子駅前には黄色い提灯がぶら下がる.

田端駅北改札構内の空間【東京考察#356】

Space in Tabata Station premises


田端駅北改札を入った先の空間

こういう空間は好きである.何年前(何十年前?)かは忘れたが,田端駅のホームから北口に向かうエスカレータを含めた開放的な空間が改良工事によって出来上がり,その空間がなんかいい.エスカレーターから下ってくるときなど,なんかちょっとだけ開放的な気持ちになる.

特にこれぞ!といったものではないが,なんか個人的に好きな空間なのでご紹介する.


アトレヴィ田端の駅ビル2階にあるTSUTAYA(ツタヤ)の奥にあるガーデンテラスから撮影.ここでは購入前の本を読むこともできるし,スタバの飲み物を持ってきて飲むこともできるスペース.


同じ場所(ガーデンテラス)から,スタバマークを外して撮影したもの.


北改札口から田端駅構内に入る.


前述の写真は,左上のスタバマークの下から撮影.


突き当たりまで歩く.


下をのぞくと,山手線の線路が真上から見られる.両脇は京浜東北線.

エスカレーターに乗って・・・





エスカレーターを徐々に降りる
ゆっくり走るジェットコースターみたい

この上から眺められる鳥瞰が好き.

午後3時頃の赤羽1番街界隈(北区)【東京考察#354】

Akabane 1st Avenue shopping area around 3 pm(akabane Kita ward)

赤羽東口界隈

最近「赤羽」が注目されるようになった.北区のなかで最も商業施設が豊富で栄えている赤羽.かつて(だいぶ前だが)は,赤羽線から京浜東北線に乗り換えるのに,地下まで降りて薄暗い通路をくぐり抜けて汚く不便であったが,今は高架駅も完成し,エキュート赤羽の駅構内の商業施設も非常に充実してオシャレな駅に生まれ変わり,京浜東北線や埼京線のほか,湘南新宿ラインや上野東京ラインの開通により,交通の便もとてもよくなった.
そして,深夜に放送されたTVドラマ「山田孝之の東京都北区赤羽」や清野とおる作の漫画「ウヒョッ!東京都北区赤羽」によってさらに赤羽が広く知られるようになって,なんといっても,千円でベロベロに酔える「センベロの街」としても有名で,飲み屋街が広がっているのは駅東口の赤羽1番街界隈である.午後3時頃に訪問してみた.


駅改札から東口に出ると,左手(北側)方向の横断歩道を渡った先に赤羽1番街がある.「本当に住みやすい街大賞2017 第3位」と看板が掲げてある.「本当に」とは本当になのである.3位なのに看板が出てしまうところが素晴らしい.

飲み屋の街と言われているが,大型スーパーなども充実していて,西口は病院や住宅地が広がり,都心にも意外と近く,子育てをするのにも住みやすいのが赤羽だと思う.

あまり細かい説明は省く.とにかく飲み屋街が広がっているエリアである.一番最後の写真の奥には北区立赤羽小学校の正門がある.

北区赤羽小学校の正門.運動会が近いのか,鼓笛隊の練習が行われていた.商店街(飲み屋街)のど真ん中に小学校があり,鼓笛隊の練習を聞きながら,ちょいと一杯といったところ.地域と学校が融合していると感じる.なお学校の反対側にも登校口があるので,必ずこの門を通らなければならないわけではない.

赤羽小学校正門の説明板.
「本校は明治9年12月14日福寿院を仮用して開校しました.その後,明治35年12月14日現在地に校舎を落成移転したのです.この正門は創立100年を記念して北区がその時の姿をそのまま復元したものです.昭和50年10月4日」と記載してあった.歴史のある小学校である.

味のあるアーケード街.チョイのみが似合いそうな風情.

赤提灯がとても自然体.

おでんの出汁で日本酒を割ることができる有名な店.立ち飲みである.丸健水産.NHKや徳光さん路線バスの旅などのテレビで取り上げられ,いつも行列ができる.

ホッピー旗の左の建物は赤羽小学校.

赤羽点景.お酒を入れるケースを逆さにして椅子にしてしまう風景がとても似合う.最近はおしゃれなお店も増えていて活気がある赤羽である.
なお,赤羽にはダイエーや西友,イトーヨーカドーなど大型スーパーが多くあり,また不動産も安く,池袋駅まで3駅9分,東京駅まで3駅17分と都心に近く,2017(平成29)年には駅西口の赤羽台中学校跡地に東洋大学赤羽台キャンパスがオープンするなど,子育ても含めてとても住みやすい街である.下町で人情味がありとてもホッとするし.

ホテル東横イン王子駅北口[ぶらっと!王子1丁目#6]

かつて王子には映画館を2館併設するホテルシアターというビジネスホテルがあったが,2012(平成24)年に閉店となり,現在はマンションになってしまった.しばらくホテルが少ない状態となっていたが,2018(平成30)年5月に新しく東横インがオープンした.東横インは全国どこも一律の宿泊料金で,とてもリーズナブルな料金で泊まることができる(会員シングル6,650円.日曜日は5,600円).朝食も無料で,1階にはコインラインドリーもあり,部屋のエアコンは自分で調節ができるなど,ただ泊まるだけならとても重宝する.また,部屋には北区の地域案内が紹介された本「北区時間」がラックに置かれている.北区のPR本を置いてくれているところ嬉しい限りである.
正式な名称は「東横INN京浜東北線王子駅北口」
京浜東北線と付けているところ,八王子と間違わないようにということか(王子は知名度が低い?).
北口と付けているのは,場所が明確にわかるようにということか(まさか南口にも計画があるとは思わないが,最近,南口は大阪や羽田空港への高速バスが発着するようになったのでポテンシャルはあるのかも?)
王子に縁がある者にとって,東横インのオープンはとてもありがたい.


背景に北とぴあが見える


東横インの正面.


部屋には「北区時間」が置かれている.


無料の朝食.

※正確な所在地は王子2丁目である.

 

王子駅(東京都北区)高速バス時刻表一覧

The High-way Bus Timetable in Oji Station. (Kita-ku, Tokyo)
王子駅(東京都北区)を発着する高速バス等時刻表へのリンク集です
<各バス会社が公開しているHPの、高速バス等時刻表が表示されます>

※このページは,高速バス時刻表を一元的に検索できるように個人で作成しているものです.公開に関して,各バス事業者とは一切関係ありませんので,ご意見などは当サイトのメール宛にお願いします.


 

王子駅北口(JR高速バス) <北口北本通り>発着
のりば案内
From Oji Station (JR Highway bus) <Kita-ku, Tokyo>






盛岡駅
To Morioka Sta.
東京駅八重洲口-池袋駅-王子駅-盛岡駅東口-盛岡バスセンター ドリーム盛岡・らくちん号
JRバス関東・岩手県交通・国際興業
空席・予約(JR)
空席・予約(発オネット)
Reservation system
西郷・須賀川・郡山駅・二本松・福島駅
To Nishigou・Sukagawa・Koriyama Sta.・Nihonmatsu・Fukushima Sta.
新宿駅新南口-王子駅-西郷BS-須賀川-郡山駅-二本松BS-福島駅東口 あぶくま号
JRバス関東・JRバス東北・福島交通
空席・予約(JR)
Reservation system
猪苗代駅・会津若松駅・塩川・喜多方駅
To Inawashiro Sta.・Aizu-wakamatsu Sta.・Kitakata Sta.
新宿駅新南口-王子駅-猪苗代駅-会津若松駅-(-東山温泉)-塩川グリーンプラザ-喜多方営業所 夢街道会津号
JRバス関東・会津乗合自動車
空席・予約(JR)
Reservation system
那須温泉・塩原温泉
To Nasu Spa./Shiobara Spa.
新宿駅新南口-王子駅-鹿沼BT-那須温泉(-塩原温泉) 那須・塩原号
JRバス関東・東野交通
空席・予約(JR)
Reservation system
佐野
To Sano
新宿駅新南口(東京駅八重洲口)-王子駅-佐野プレミアムアウトレット-佐野新都市BT マロニエ新宿号・東京号・ミッドナイトマロニエ号
JRバス関東
空席・予約(JR)
Reservation system
いわき駅
To Iwaki Sta.
新宿駅新南口-王子駅-北茨城IC-勿来IC-湯本IC-いわき好間-いわき駅 いわき号
JRバス関東
空席・予約(JR)
Reservation system
佐野
To Sano
新宿駅新南口(東京駅八重洲口)-王子駅-佐野プレミアムアウトレット-佐野新都市BT ミッドナイトマロニエ号
夜行便(Night BUS)

JRバス関東
空席・予約(JR)
Reservation system
会津若松駅
To Aizu-wakamatsu Sta.
新木場駅-東京駅-新宿駅新南口-王子駅-猪苗代駅-会津若松駅 夢街道会津号
夜行便(Night BUS)
JRバス関東
空席・予約(JR)
Reservation system



仙台駅
From Sendai Sta.
[Only getting off is possible]
仙台駅東口-JR長町駅-王子駅-池袋駅-新宿駅 仙台・新宿号/ドリーム政宗号
一部夜行便(Night BUS)
JRバス東北
空席・予約(JR)
空席・予約(発オネット)
Reservation system
山形駅
From Yamagata Sta.
[Only getting off is possible]
山形駅-山形県庁前-王子駅-池袋駅-新宿駅 ドリームさくらんぼ号
夜行便(Night BUS)
JRバス東北
空席・予約(JR)
空席・予約(発オネット)
Reservation system
王子駅南口 発着
のりば案内(大阪バス)  のりば案内(VIPライナー)
From Oji Station (South gate)  <Kita-ku, Tokyo>






羽田空港
To Haneda Airport
川口元郷駅-川口駅東口-赤羽駅東口-王子駅南口-羽田空港第2ターミナル-羽田空港第1ターミナル-羽田空港国際線ターミナル 国際興業バス・京浜急行バス・東京バス 予約不要
Non-reserved
京都駅・大阪駅・上本町駅・天王寺駅・布施駅(東大阪)
To Kyoto Sta.・Oosaka Sta.・uehonmachi Sta.・Tennouji Sta.・Fuse Sta.
王子駅南口-秋葉原駅-東京駅(住友生命前)-京都駅(イビススタイルズ前)-大阪駅(ALBi前)-上本町駅-天王寺駅-布施駅 東京特急ニュースター号
夜行便(Night BUS)
東京バス・大阪バス
空席・予約(発オネット)
Reservation system
京都・大阪・神戸三宮
To Kyoto・Oosaka・Kobe-Sannomiya
大宮(さいたま新都心)-王子駅-新宿(-横浜)(-東京)-京都-大阪-神戸三宮 VIPライナー
夜行便(Night BUS)
平成エンタープライズ
予約(VIPライナー)
Reservation system
京都・大阪・なんば
To Kyoto・Oosaka・Nannba
大宮(志木-)-王子駅-新宿(-秋葉原-東京)(-池袋-川崎)-京都(-大阪)-なんば VIPライナー
夜行便(Night BUS)
平成エンタープライズ
予約(VIPライナー)
Reservation system
名古屋
To Nagoya
王子駅-新宿-名古屋 VIPライナー
夜行便(Night BUS)
平成エンタープライズ
予約(VIPライナー)
Reservation system

その他の話題[ぶらっと!王子1丁目#5]

★いろいろな話題

王子の狐火

毎年,大晦日から元旦にかけて,狐の行列が行われている.正月前になると,王子銀座商店街には黄色の提灯が吊り下がり,いつもとは違った王子の風景を醸し出したいる.
狐の行列は,装束稲荷神社(王子2丁目)からJR線を越えた王子稲荷神社(岸町1丁目)までを初詣の行列として歩いていく.
装束稲荷は,大晦日の夜に関東各地から集まった狐たちが榎の下で衣装を改めて狐火を焚いて王子稲荷神社に参拝したという言い伝えがあるところで,昭和4年の道路拡張の時に「榎」が切られて(元は現王子2丁目バス停前にあったという),現在の場所に移って碑と社殿が立っている.社殿といっても小さなもので,ビルに囲まれてこじんまりとしているが,地元の方々に大切にされていることが伺える。

都電荒川線

東京で唯一残ったチンチン電車.その中でも明治通りを走るこの区間は,車との併走も見られ,急勾配の坂をごとごとと音を立てながら走っていく.

JR王子駅

新幹線の開通によって,駅の雰囲気が変わった.さらに,バスとタクシーのりばを再配置して,現在のようなすっきりとした駅前になった.(といっても20年近くは経っていると思うが)

JR高速バス乗降所

降車場所

乗車場所

王子駅は,東北方面から新宿駅新南口へ行く高速バスの降車場所となっている.かつては東領家ランプで降りて,環七通りを走った後,王子へやってきていたが,首都高C2(王子線)が開通してからは王子ランプで降りるようになった.そして,明治通りを池袋・新宿へ向けて走っていく.
仙台・会津若松・福島・郡山・宇都宮・那須塩原などの各駅から新宿駅に向かう高速バスが停車する.
かつては下り線の乗車はできなかったが,平成18年8月より,会津若松と郡山・福島と宇都宮行きのみ乗車できるようになった.乗り場は都バス「王子2丁目」停留所のある松屋前(北本通り)である.

王子駅高速バスのりば

王子駅北口

王子駅は中央口より北口の方が大きい.びゅうプラザをはじめ,みどりの窓口,定期券売り場,バスターミナル,地下鉄入口とそろっている.

王子駅バス案内所

東京都交通局のバス案内所.都電・都バスの1日乗車券や定期券,バスカードなどを販売する.都バスの案内地図ももらえるが,これは無料であるにもかかわらず,出来の良い地図なのでお勧めである.

飛鳥山下の飲屋街

飛鳥山とJRの線路に挟まれた細長い地区がある.2階建て木造の長屋が昔の花街を連想させるが,夜になるとぽっ!と店の看板が光って,いっぱいひっかけたくなるのである.「あんでいら」という沖縄小料理屋もある.

駅前の横断歩道

ここに横断歩道ができたのは,平成12年の夏である.昔は,自転車専用のレーンであり,目の前に交番もあるので,人が渡るとこまめにお巡りさんがスピーカーを使って注意をしていた.ところが,信号システムの改良により,池袋方面から左折する車が全くこないようになると,ぽつぽつと人が渡るようになってしまい,しまいには「みんなで渡れば怖くない」状態になっていた.お巡りさんも黙認.そしたらなんと,横断歩道ができてしまったではないか!なんだか民衆の勝利のような気がする出来事であった.歩道橋はあるのにである.

王子駅前交番

最近建物が新しくなって,シルバーの近未来的なものになった.かつてはコンクリートのいかにも「駅前交番」という感じのものであった.日曜日にはボーイスカウト・ガールスカウトの少年少女たち(王子交通少年団)が,交通安全のキャンペーンをやっていたりしていた.(今もやっているのかな?)

銀行がたくさん

どういうわけか,王子駅前には銀行がたくさんある.それも駅前の交差点に集中してたっており,東京三菱・富士・大和・住友三井・三和・あさひ,ちょっと離れれば第一勧銀と,全ての都市銀行がそろっている感じである.そういえば,「銀行がある街は発展しない」などとぼやく商店主の人がいたっけ・・・.
今は,写真右側の富士銀行はみずほ銀行に,左側の東京三菱銀行は三菱東京UFJ銀行→三菱UFJ銀行になっている.

北とぴあ17階からの展望

北とぴあの最上階は無料展望台となっており,東京ドームや新宿副都心など,かなり遠くまで眺望できる場所となっている.写真は王子駅前と新幹線.右手の森が飛鳥山公園である.

美容室がいっぱい

ホテルシアター(今はない)から柳田公園にかけての裏路地には,3件の美容室が交差点の角に並んでいる地点がある.勝手に「ビューティーポイント」などと呼んでいるが,コミュニティ道路の交差点の角に,こうも見事に美容室が並んでいるのも面白い.ガラス越しにヘアーカットする姿が見え,それぞれ個性あるスタイリストが,腕をふるっている.

雪の王子駅から

JR王子駅のホームから雪の日に飛鳥山方面を撮ってみた.なんだか雪国のような景色であった.

公園・オープンスペース[ぶらっと!王子1丁目#4]

★公園

あすかパークレール(飛鳥山モノレール)

2009年7月に王子駅中央口の公園下から飛鳥山公園まで,モノレールが完成した.車両の愛称は「アスカルゴ」.でんでん虫のような車両がゆっくりと,18mの高低差を約2分で結ぶ.オープンから好評とあって,いつも乗車の列ができている.1回の定員は16名.1往復で5分かかる.JR王子駅からもモノレールを見ることができる.

飛鳥山公園

北区民なら誰でも知っている有名な公園.小学校の写生大会や遠足でよく足を運んだものである.歴史は古く,江戸時代の徳川吉宗によって桜が植えられたことが始まり.それ以来,桜の名所として,区民の憩いの場所として存在している.公園内には,世界で唯一といわれる「紙の博物館」があり,公園内の噴水では水遊びができる.都電やSLの実物が置かれている.

王子駅前公園(昔)

別名三角公園と呼ばれている公園で,王子駅前(といっても真ん前ではなく,ビルを挟む)周辺の貴重なオープンスペースとなっている.ブランコなどの遊戯施設はなく,ベンチと広場となっており,学校の集合解散場所として利用もされる.(柳田小の解散場所はいつもここだった)

王子駅前公園

平成18年4月に,レンガの花壇が取り払われて,広々としたフラットな公園にリニューアルされた.これで周辺との連続性がもてるようになり,公園だけが分断したような空間ではなくなった.銀杏の木も切られて,空が広々と見えるようになっている.

音無親水公園

飛鳥山の下に石神井川の隧道ができたため,かつての音無川は藪の茂みの中で悪臭を放ちながらちょろちょろと流れていたのであるが,親水公園として整備され,あわせて音無橋も修景されて,日本都市公園100選に選ばれるほどの公園に生まれ変わった.さらに昔の江戸時代には,渓谷の紅葉としてにぎわっていたという.
ここに流れている水は塩素消毒された循環水なので,水遊びをすることもできる.

柳田公園

ちょっと奥に入ったところにある公園.タコの滑り台やブランコがあって,子供の頃はちょっとした公園であった.春になると桜が満開となる.夜の繁華街に囲まれたオアシスといったところ.タコの滑り台は今はなくなっている.

★神社

王子神社

王子の地名の由来となったのが,ここ王子神社である.元亨二年に領主の豊島氏が熊野より「御子神若一王子社(みこがみわかいちおうじしゃ)」を勧請した事が王子神社の始まりである.神社は王子駅西口・音無親水公園の隣り(王子本町)に存在しているが,王子の地名の由来となった由緒ある神社なのである.

旧古河庭園(西ヶ原)【東京考察#266】

The old Furukawa garden ( Nishigahara )


旧古河庭園


 旧古河庭園は,1917(大正6)年に古河虎之助の邸宅として現在の建物となったもので,太平洋戦争末期には軍に接収され,戦後はイギリス大使館の宿舎として利用された.財産税の物納として国有財産となり,現在は東京都が借り受けて一般公開をしている.国指定の名勝にもなっている.古河虎之助とは日本の実業社で足尾銅山で銅を算出する古河工業が有名で,現在では古河電気工業などの工業部門も知られている.
旧古河庭園には,ジョサイア・コンドルが設計した洋館をはじめ,バラで有名な西洋庭園,小川治兵衛作の日本庭園などが見所.開園時間9時~17時まで.休園日は年末年始.入園料150円.みどりの日(5月4日)と都民の日(10月1日)は無料公開を行っている.
 
洋館.内部見学には事前予約が必要だが,
時間指定でガイド付きツアーにより中に入れることもある.
 
バラ園 見頃は5月中旬から6月下旬

左右対称の幾何学模様の刈込のフランス整形式庭園

バラ園からみた洋館

日本庭園 心字池

枯滝
  
日本庭園
逃げようともしない鴨?アヒル?

奥の院型 灯籠

本郷台地と低地を利用した「大滝」

茶室もある

豊島五丁目団地(北区)【東京考察#257】

The Toshima 5-chome housing complex ( Kita Ward )


豊島五丁目団地


 豊島五丁目団地は,日産化学工業王子工場の跡地に,日本住宅公団(現都市再生機構)が昭和47(1972)年に団地開発をしたところである.賃貸住宅が約5,000戸ある.いわゆる「団地」と呼ばれるもので,広々とした空間に大型の団地がドドーンと並んでいる様は,圧倒されるものがある.1号棟から12号棟まであり,3・4・12号棟以外はツインコリダー型と呼ばれる中央に吹き抜けを設けて2列の廊下をもつタイプで,さらに9・10・11号棟はV字型になっている.当時の建築基準法を遵守して建てられているため,基本的に14階建てとなっているが,12号棟だけは7階建てとなっている.また,3号棟のエレベータだけは,他の号棟よりも高速のエレベータが導入されており,様々なタイプの高層住宅の団地を見ることができて面白い.近年は,隅田川が眺められるように親水性を高めた公園が整備され,開放的でダイナミックな団地景観を醸成している.王子駅から都バス王57系統豊島五丁目団地行き,または王40系統西新井駅行きで10分程度.

団地案内図.黄色が建物.
ツインコリダー型が多い.V字型の建物もある

左が1号棟,右奥が2号棟
 
1階(6号棟)にはショッピングモールがある
朝早かったのでほとんど閉まっていたが・・・.

建物の柱に埋め込まれている名板

片廊下型の3・4号棟(左が4号棟・右奥が3号棟)
南向きにベランダがあるのはこの棟のみ.
隅田川のとなりに建っている.

コンクリートのカミソリ堤防がなくなって
隅田川の川面が眺められるようになった

廊下.
雰囲気は公団の団地といった感じである.

V字型の10号棟

V字棟を逆から見るとこんな風景となる.
日当たりを考慮しての配置なのだろうか.

ツインコリダー型を下から見上げてみる(7号棟)

エレベータ.一番左が1~7階までで
右の2機が8~14階までの直通となっている.結構遅い.

12号棟は7階建て

団地の中にバスターミナルがある
(当時としては珍しいものだった)

最後にもう1度,6号棟(ツインコリダー型)
この「でかさ」には圧倒される.

赤羽台団地(その2) 取り壊される団地群 【東京考察#220】

The Akabanedai housing complex part.2


取り壊される21号棟

 


 赤羽台団地(その2)では,赤羽台団地の建て替え事業によって,間もなく取り壊される建物群と,新しく生まれ変わったヌーヴェル赤羽台の建物を紹介する.2部構成で作成しており,(その1)では現在も入居されている建物群をお送りしている.
昭和の高度経済成長の象徴のような赤羽台団地も,老朽化によって建て替え事業が行われており,順次取り壊しが進んでいる.既に,赤羽台西小学校側にあった27~32号棟は取り壊されて真新しい賃貸住宅が建っている.16~26号棟も既に入居者の退去が済んでおり,人々のいなくなって鼓動が止まってしまった団地群が,取り壊される日をひっそりと待ち偲んでいる.昭和の一コマがまたひとつ消えてしまうようで,ちょっと寂しい感じもする.
 
団地の案内図
左が昔ながらの手書きの案内図で味があって渋い.


16~26号棟は,赤羽台団地建替事業(第Ⅰ期2ブロック)が着工されるため
平成19年1月より仮囲いによって通行止めとなった.
平成22年3月までの予定.
 
非常にインパクトのあった21号棟
他の住棟とは直交に配置されているため,
プライバシーを保つために廊下の壁を高く設置しているという.
右の写真を見てみると,確かに外からは見えにくい廊下である.
 
21号棟は既に入居者が退去し,
あとは取り壊される日を,ただ静かに待ち偲んでいる
 
入口が閉鎖されている25号棟
階段が横向きである
ダストシュートもある

正面は21号棟
右は25号棟

26号棟も空っぽである

手前から順に,24・23・22号棟
24号棟は,側面にベランダがついており,
23号棟は,側面に焼却炉がついており,
22号棟は,側面になにもついていない.
これを見ても,様々な設計の建物が建てられていることがわかる

16号棟 関係者以外立ち入り禁止

仮囲いで隔離された22号棟

 
かつての27~32号棟だったところで行われた
第Ⅰ期1ブロックの建替事業で建て変わった賃貸住宅
モダンなデザインの住宅である.(ヌーヴェル赤羽台)

入口はオートロックセキュリティー

「ヌーヴェル赤羽台」のモデルルーム
賃貸住宅であり,月額169,400円からだとか・・・・・。

団地内にある「あかいとり幼稚園」

桜が満開であった.
参考文献:「僕たちの大好きな団地」,洋泉社,平成19(2007)年4月

赤羽台団地(その1) 区内初の大規模団地開発 【東京考察#219】

The Akabanedai housing complex part.1


赤羽台団地

 


 知る人ぞ知る「赤羽台団地」である.
赤羽台団地は,旧陸軍被服本廠跡地であり国有地だったところを,当時の日本住宅公団(現在:独立行政法人都市再生機構)が団地開発したもので,1963(昭和38)に完成した.全戸数は3373戸,東京23区内で初めての大規模団地として知られ,単身者から4LDKファミリータイプまで幅広いユーザーをターゲットにしており,団地設計も当時としては様々な新しい試みを取り入れていることから,団地開発のモデルとして色々な形の団地や,住棟・公園の配置設計を見ることができて興味深い.
公団の団地は,洋式のダイニングキッチンや洋式トイレなどを備えたモダンな住宅で,当時は憧れの住まいであり,入居当初の倍率は高かったようである.賃貸住宅の家賃は当時の大学卒初任給と同じ程度するもので,高額所得者の住む団地であった.
この昭和の高度経済成長の象徴のような赤羽台団地も,老朽化によって建て替え事業が行われており,順次取り壊しが進んでいる.既に,赤羽台西小学校側にあった27~32号棟は取り壊されて真新しい賃貸住宅が建っている.16~26号棟も既に入居者の退去が済んでおり,人々のいなくなって鼓動が止まってしまった団地群が,取り壊される日をひっそりと待ち偲んでいる.昭和の一コマがまたひとつ消えてしまうようで,ちょっと寂しい感じもする.
写真の掲載量が多いので,2部構成でお送りする.(その1)では現在居住者のいる建物群を,(その2)では取り壊される建物群と新しく出来上がった建物を紹介する.
 
まずは,団地の案内図
左が昔ながらの手書きの案内図で味があって渋い.
下は新しいもの.(クリックすると拡大)

JR赤羽駅から歩いてくると赤羽台トンネルが見えてくる
その上に広がっているのが赤羽台団地.
トンネル脇に団地へ向かう階段がある.
シンボル的存在のスターハウス49号棟がお出迎え

これが「スターハウス」49号棟
団地の配置計画を行うときにポイントとなる場所に建てる住棟のことをポイントハウスと呼んでいるが,スターハウスは,そのポイントハウスの一種で,1フロアー3戸のY字型をしている建物である.非効率な形状をしており,近年はほとんど建てられなくなったが,公営の集合住宅の歴史を語る上で,スターハウスは外せない存在である.赤羽台団地では,駅から団地にかけて存在する崖線の頂上に,8棟のスターハウスを建てており,高台にスターハウスを並べることによって景観上のアクセントとしている.
 
左:裏側から見たスターハウス
右:8棟連続で並ぶスターハウス

緑地と6・8号棟
この公園(緑地)の下に赤羽台トンネルの道路が走っている
赤羽台トンネルは,団地を分断する都市計画道路をどうするかで議論が続き
最終的には現在のトンネルの形で決着がついた経緯がある.
 
14・15号棟
5階建ての住棟である
階段の向きが横向きになっている

4・6号棟
こちらの階段の向きは,よく見かける縦向きである.
 
50号棟の1階にある「赤羽台団地商店街」
赤羽駅前のイトーヨーカドーなどに押され気味の感が否めない
 
50号棟の廊下は,片廊下式であるが,室内式となっている
冬は暖かくて良さそうである

50~53号棟は,□型に囲まれていて,中心に公園を配している
写真は,エレベータ棟を境にして左が53・右が52号棟.
1階に診療所や郵便局がある.
左側の53号棟は単身者用の住宅で,トイレと風呂は共同だとか.

53号棟の脇の階段は,天気がいいと洗濯物や布団を干している
これを見ると,生活感があって「団地にきたな」と感じる.

20号棟1階部分
玄関まではちょっとしたアプローチがあって,
ガーデニングを楽しむこともできる
 
スキップフロアー形式の33号棟
廊下があるのは3階と6階のみで,
「33」と書かれた部分の出っ張っているところに6階の廊下がある.
例えば,5階に行くためには,一度6階まで上がって,
6階の廊下を歩いて,各戸に付けられている5階へ降りる階段を使う

40号棟の脇にある黄色い注意信号機
サイズが小さくてレトロチックである
 
住棟と住棟の間には,公園が配されている
参考文献:「僕たちの大好きな団地」,洋泉社,平成19(2007)年4月

十条銀座商店街(北区)【東京考察#212】

Jujo Ginza shopping district (Kita-Ward)


十条銀座


 十条銀座商店街は,荏原銀座(品川区)と砂町銀座(江東区)と並ぶ東京三大銀座のひとつと言われる商店街である.十条駅西口の北に広がる十条銀座商店街は昭和13年に組合が発足し,昭和52年に全覆式のアーケードが完成,平成10年にリニューアルされ,多くの人々で賑わっている.何といっても,「安い」ことが魅力であり,ブラブラ歩いていても財布に優しい買い物ができる.商店街に存在する店の種類を列挙してみる.美容室・理髪店・日用雑貨・飲食店・菓子・パン・食料品・酒たばこ・茶のり・化粧品・クスリ・靴履物かばん・時計メガネ宝飾・玩具スポーツ用品・医療・呉服・紳士服・洋装洋品子供服・家電家具・寝具・文具・書籍・パチンコ・ゲーム・携帯電話・不動産・金融機関・キャッシュローン・・・・・これらの店が一本の道に凝縮しているのが銀座商店街なのである.十条駅周辺には,アーケードのある十条銀座商店街の他にも,十条中央商店街(演芸場通り)や十条富士見銀座商店街,十条仲通り商店街などの商店街も並んでおり,これらの商店街がくっついて一大商店街を形成しているのである.十条銀座商店街は,さらに細かく,駅前・本通1区・本通2区・本通3区・東通り・西通り・フジサンロードに分割されている.

十条駅から広がる十条銀座商店街
アーケードで覆われている
 
アーケードからは太陽の光も入るので,
日中は明るいし,雨に当たる心配もない
 
魚屋や八百屋など,食料品も1つ1つの店で買う
大型スーパーが無い時代は,これが普通だった

このセーターは399円.

バーゲンなどをしていると人が集まる

富士見中学校・十条中学校 体育衣料指定店
学校の体操着や帽子などは,近隣の商店街に指定店があってそこで買う.

「もったいない。」捨てる前にご相談ください。
リサイクルセンターの店
 
総菜屋も数多くあるので,夕飯のおかずも心配ない

懐かしい! ジャボニカ学習帳!

甘味処「だるまや」 団子や豆大福が美味しい
お菓子も販売している
 
10円小饅寿(こまんじゅ)
1個10円の饅頭を売っており,1パック10個から販売している.
パック代として10円かかり,紙箱になると別に箱代がかかる.
それでもこの値段は安い! いつも行列ができている.
  
帝京大学医学部病院方面に向かう仲通り商店街
冬に「おでん」は合う
 
十条銀座を環七方面にいくと富士見銀座となる

昔はこのような街の電気屋さんがあって
取り付けや修理などをお願いできて便利だった
最近は,専ら大型量販店である.
 
十条中央商店街と十条銀座の境には,埼京線の踏切がある

ドラマのロケが行われていた

十条駅東側に広がる演芸場通り(十条中央商店街)
住宅密集地である

篠原演芸場
昭和26年にオープンした大衆演劇の劇場
東京で最も古い大衆演劇劇場

いろいろな施設[ぶらっと!王子1丁目#3]

★ギャンブル(パチンコ・宝くじ)

パチンコ「ジュラク」

王子No.1の人気店.開店1時間前から大行列ができる.最近,換金率3.0円,終日無制限となり,ますます絶好調となった.客を楽しませる玉の出し方をしてくれる.1階は全て現金機,地下がCR機,2階がスロットとなっているが,現金機だからといって侮れないのがジュラクである.

宝くじ売場(ジュラク前)

王子には宝くじ売場が3ヶ所ある.そのうち2ヶ所はこのような窓口販売となっている.(もう一つはサンスクエア内マクドナルド隣)王子駅中央口改札前は四角い販売ボックス内での売り場となる.さらに,みずほ銀行が誕生して,富士銀行だったところに宝くじ売場がオープンした.

スロット専門店「王子龍龍」

かつてはゲームセンターであったが,数年前にスロット専門店に衣替えした.今となっては,王子でも人気No.1のスロット店となり,開店前には行列ができている.ホームページでは1時間ごとに台データが公開されており,お客本意のメダルの出し方をしてくれる.3階は北斗の拳だけが100台ほど導入されていた.

★文化商業施設

北とぴあ

国鉄用地の跡地に建てた,北区の文化施設である.区内で一番高い建物で,最上階(17階)には無料の展望所が設けられており,新宿副都心や東京ドーム,荒川隅田川などが一望できる.さくらホールをはじめ,プラネタリウムや結婚式場,音楽バンドの練習ルームなど施設は充実しており,かつては北区堀船にあったキリン工場(1998年閉鎖)から直送されていたキリンシティー・ビアホールもある.

王子シアター・100人劇場

王子にも映画館がある.100人程度収容のものがホテルシアターの3階に2つ並んでおり,東映系の邦画が中心.春と夏には恒例のアニメ祭りが開催され,団地の多い王子周辺から家族連れで賑わう.タイタニックは人気があるからなのか公開から半年以上たって公開された.
しかし,ホテルシアターは閉館となり,ホテル自体も取り壊されて,今はマンションが建設された.

王子小劇場

かつてのサトウデンキ(現鑑定倶楽部)の地下1階に100名程度収用できるフリースペース「王子小劇場」がある.劇団の公演スペースとして利用されており,王子の文化向上に一役かっている.2階には物語Bar「狐の木」があったが,こちらも今は閉店していて存在しない.サトーデンキでは,「地域に役立つ交流の場」としてこのようなビル(スペースタマゴ)を建てており,王子の街づくりに貢献しているように感じた.ところが,本業の電気屋は閉店してしまい,物語Barも閉店してしまった.

サンスクエアビル

駅前に建つタワーと建物との2棟からなる日本製紙(旧十條製紙)グループが運営する遊興ビルであり,王子のプレイスポットである.かつては製紙会社のアイスホッケーチームが練習することもある年中滑れるスケートリンクが2階にあった.ボーリング場,ゲームセンター,美容室,ピアノ教室,英会話教室,焼き肉屋,テニススクール,ゴルフ打ちっ放し場,ビリヤード(今もあるのか?石神井川を越えた離れ棟にあった),東武ストア・・・,ありとあらゆるものが詰まっている.
最近外装がリニューアルされて,大きな時計がつくようになった.オーロラビジョンでもつければ,もっと都会的になったのに.

国立印刷局王子工場展示室

王子工場では主に郵便切手を作っている.昔は無機質な塀の続くところだったが,塀が壊されてこの印刷局の展示室が造られることとなった.王子工場の歴史やお札や切手の話などを展示している.さらに,政府刊行物を展示販売しているので,白書などを購入したいときはよい.日曜日は閉館日,入場無料.

★宿泊施設

ホテルロンドン

駅北口の目の前に位置する.1階には「ビッグベン」という喫茶店があり,上から下までロンドンずくめである.果たして内装までも・・・? このホテルは,ビジネス客も受け入れているらしいので,試しに泊まってみては・・・.今は,ホテルリンドンとなって,ビジネス客も泊まりやすい雰囲気になっている.

ショップ[ぶらっと!王子1丁目#2]

★ショップ・お店

不二家

ペコちゃんで有名な不二家.いまはなくなった.

パン屋「MEIJIDO」

王子でもおいしいと評判のパン屋.人気のパンは即売れ切れ.特にできたてのフランスパンは人気だとか.2階には喫茶があって,朝のモーニングセットでは,パン屋のクロワッサンなどチョイスすることができる.値段も安くお勧めのモーニングセットである.日曜は休み.

パン屋「リトルマーメイド」

サンスクエア前にあるパン屋.日曜日もやっているので,気軽に買うことができる.

スーパー「ほりぶん」

この派手な外観,東武ストアと並んで,王子の2大スーパーである.昔からこの外観であるので,近隣住民も気にしていない.買った物を入れるビニール袋も黄色の半透明な袋なので,黄色へのこだわりはすごい.ラジカセから聞こえてくる,ガラガラ声のアナウンスも特徴的.
しかし,残念なことに2013(平成25)年5月に閉店となった.あの黄色い袋も見られなくなった.
(厳密にいうと,所在地は王子2丁目である.)

飲食店[ぶらっと!王子1丁目#1]

東京都北区王子1丁目界隈の街並み紹介です。


★コーヒーショップ

スターバックスコーヒー

最近爆発的人気となっているスターバックスコーヒー.ついに王子にもオープンした. エスプレッソをベースにしたコーヒーで,キャラメルマキアートなどが人気.他のコーヒーショップでもキャラメル入りのコーヒーを販売するほどになっている.

プロント

昼はコーヒーショップ,夜はちょっとしたバーとしてお酒が出されるお店.黄色を基本としている店内であるが,窓際のガラスはオープンにすることができ,ちょっとしたオープンカフェになったりもする.

ドトールコーヒー

サンスクエアービルの1階(というか半地下)にあるおなじみのドトールコーヒー.マクドナルドの横を歩いて奥までいかないと店が見えないので,一見するとここにドトールがあることを発見するのは難しい.その後,キーコーヒー系列のお店に変更している.

★ファーストフード他

モスバーガー

日本生まれのファーストフード店.高速バス降車停留所の前にある.トマトのあっさりしたテイストがハンバーガーに合う.

ケンタッキーフライドチキン&大戸屋

ケンタッキーが王子に出来たのは以外と古くない.その2階にはかつてはピザ屋が入っていたのであるが閉店してしまい,その後家庭的な定食で有名な「大戸屋」が開店した.大戸屋になったとたん,2階が繁盛するようになった.客は正直である.

マクドナルド

昔から(僕が王子と関わるようになって物心ついたときから・・つまり30年前か)この場所にマクドナルドがあった.いまでこそ王子駅周辺には,モスにケンタッキーにスタバなどと店が増えたが,かつてのファーストフードはマクドナルドだけだった.そのため,かつてのマクドナルド王子店の売り上げは都内でも優秀であったといい,土日などは長蛇の列ができていた.

新生・マクドナルド

最近のオシャレなカフェブームが影響したのか,マクドナルドもちょっとオシャレにリニューアルされた.これによって客の滞在時間が延びてゆっくりカフェを楽しむ人が増えたという.

ミスタードーナツ

王子シアターの映画館&ホテルの1階にある,おなじみのドーナツ屋.24時間営業ではない.ホテルシアターが取り壊されたため,現在は閉店し,マンションになっている.

吉野屋の牛丼

王子にもありますよ,吉野屋が・・.
ここでは,朝だけに限定されている定食を24時間販売しており,納豆定食,焼き魚定食,とろろ定食などをいつでも食べることができる.休みの日などに午前10時まで駆け込む必要がなくなった.
そして,最近は女性も入りやすいようにと,カウンターの他に4人テーブル席や仕切を設けて,オシャレなレストラン風に内装ががらりと改装された.吉牛ではない雰囲気になった.

★飲食店

 カレーハウス「じゃんご」

創業30年近くなるカレーハウス.全て手作りのカレーは,飽きがこなくて,何度でも食べたくなる味である.詳しくは,リンク先のページへどうぞ.

割烹「扇屋」

王子の玉子焼きで有名な割烹.歴史の古い老舗である.かつての扇屋は音無川沿いに建つ,風情ある建物(たしか木造のようだった気がする・・)であったが,現在は近代的なビルの中に収まっている.現在は閉店となった.

割烹「扇屋」の玉子焼き販売所

さて,その玉子焼きであるが,西川書店の隣に,お持ち帰り専用の玉子焼きを販売している.玉子焼1/2で630円也.店が閉店となった今も,名物の卵焼きだけは販売を続けている.

スパゲティ専門店「赤いどうくつ」

まだパスタではなくスパゲティと呼ばれていた時から営業を行っているお店.今の新しいビルとなる前(10年以上前)は,中二階のような場所に店があって,天井が低く隠れ家みたいで,窓をのぞくと池袋駅行きの都バスが見れたりして,まさに洞窟といった昭和時代の喫茶店のような感じだった.以前の雰囲気の方が好きだったが,今の店構え(2階部分)となっても,味は変わっておらず,お薦めはショウガ味の「あさりしめじ」.小学生のとき,これがスパゲティか!と感動したメニューである(小学生の時は給食で出されるミートソースがスパゲティだと思っていた).時々売れ切れているときがある.

焼き肉「白頭山」

平日のランチでは8~900円程度で,ボリュームある焼き肉が食べられる.北本通りを王子2丁目方面に向かっていき,ヨダヤ酒店を過ぎて薬屋を右に曲がる.

中華レストラン「Sバーミヤン」

すかいらーく系列の中華ファミレス「バーミヤン」のファストカジュアルレストランとしてオープンしている「Sバーミヤン」がマクドナルドの隣りにオープンした.(現在はすき家になっている)かつては,クレープハウスユニがあって,よくチョコナッツクレープを買っていた.初めてクレープを食べたのがここだったっけ.

月島もんじゃ「おしお」

王子で本場月島のもんじゃが食べられる店.デザートのあんこ巻やあんず巻をやっているところも,もんじゃツーにはたまらない.もんじゃの作り方はこちら.
かつてはソバ屋だった.天ざるなどは揚げたての天ぷらがだされるそば屋だったので,個人的には好きだった.柳田公園近く.ホテルシアター(今はない)の奥.

広島風お好み焼き「宮島」

こちらは,本場広島のお好み焼きが食べられる店.ソバが入って本格的な広島風である.お好み焼き以外でも鉄板焼きのメニューがそろっており,会社帰りにビールのおつまみにも最高である.ホテルシアター(今はない)の隣り.

レストラン「柳屋」

昔からやっているレストラン.昭和時代の洋風レストランといった趣で,なんといってもお奨めは,ポークのショウガ焼きとハンバーグがセットになった「ポークソテー・ハンバーグ定食」と,デミグラスソースがかかった「チキンソテー定食」であった.
しかしその後,都合によりしばらく休業しますとの張り紙と共に閉店し,現在はビルが解体されて更地となってしまった.

★モーニングのとれる喫茶店

ビッグベン

ラブホテル・ロンドン(現在は,ホテルリンデンにリニューアル)の1階にある.モーニングセットは,イギリスパンとサラダ・飲み物・ゆで卵・さらにジュース(トマト・オレンジ・ミルクの中から一つ)が付いて450円.王子で一番お得なセット.日曜は休業だったが,今は営業をしている.

カトレア

北本通りのビル地下にある喫茶店.モーニングセットは卵やサラダを付けないと400円程度である.卵は大型Lサイズのゆで卵がだされ,サラダのドレッシングは自家製のようで特徴がある.日曜日もやっており,午前10時前までは,どういう訳かパチンコや競馬をやる男たちが集まっているお店である.
ところが,現在は喫茶店は閉店し,パスタ屋に変わっている.

★ラーメン小径

ラーメン屋がたくさん

勝手に「ラーメン小径」と読んでいるのであるが,4件が建て続けに軒を連ねている.一番新しいのが「おくむら屋」でこってりの豚骨味でこれがおいしい.隣の「一龍」は出前をやってくれる昔ながらの店.さらに隣の「大将ラーメン」は奇抜な緑色の「これが大将ラーメンだ!」いう看板を掲げており,学割を行っているカウンターだけの店.ちょっと離れて米沢ラーメンの「愛愛」があり,細ちぢれ麺でライスがサービスでついてくる.
大将ラーメンは,讃岐うどん店に変更しているが,その後もぞくぞくとラーメン店が変わっており,今後も情勢が見逃せない「王子ラーメン小径」であった.

飛鳥山公園のあじさい(飛鳥の小径)【東京考察#173】

The hydrangea at Asukayama park


飛鳥の小径


 「あじさい」とは,ユキノシタ科の落葉低木で花弁はとても小さく,花びらのように見えるのはがく片と呼ばれる部分で,それが球状の青紫色の花房をつけているものである.漢字では「紫陽花」と書く.北区の飛鳥山公園のJR線路脇(別名「飛鳥の小径」と呼ばれる)には,梅雨時になると色々な種類のあじさいを眺めることができ,梅雨時の風物詩となっている.

飛鳥の小径で見られるあじさいの種類

あじさいにも色々な種類がある.

カメラを向ける人も多い

JR線の線路脇にあじさいの小径が続く
 
まっすぐ歩くと,飲食街「さくら新道」へ

岩淵水門【東京考察#116】

Iwabuchi lock(Arakawa spilway)


真っ赤な色が鮮明な,旧岩淵水門


 岩淵水門は,都内の治水を考える上で無くてはならない施設である.
岩淵水門から下流の,現在の隅田川は,昔の荒川の本流であり,大雨が降るたびに都内で洪水を引き起こしていた.そこで,洪水調節を行うために明治44年から新しく人工的に作った放水路が,現在の荒川(放水路)なのである.つまり,岩淵水門から河口まで約22kmの荒川は,全て人工的に作った川なのである.荒川土手を眺めていると,ラインの整ったスッキリしすぎるほどの川筋が自然の結果できたものでないことを実感するに違いない.この工事のために,1068haの土地を買収し,約1300戸の家が移転した.
その放水路完成時に,新しい荒川放水路と本流であった荒川(現隅田川)との分岐点に設けられた水門が「岩淵水門」である.赤い水門は9m幅のゲートが5門ついており,一番右岸側の5号水門だけが背の高い大きなタイプとなっている.この水門によって,大雨が降ったときに隅田川への流入を防いで,流下能力のある荒川放水路へ水を導くことができるようになり,都内の洪水がなくなるようになったのである.
ところがその後,施設の老朽化や洪水調整能力のアップにより,新しい岩淵水門が昭和50年から建設され,昭和57年に新しい青い色の水門が完成し,機能の役割が引き継がれた.古い岩淵水門は役目を終えたのであるが,土木遺産としての価値が高いこともあって,周辺の整備とともに保存されることになり,現在でも間近まで近寄って往年の水門を眺めることができる.


現在の新岩淵水門


周辺はデッキ等を配し公園として整備している
釣りを楽しむ人が多い


荒川土手は貴重なオープンスペース
野球の練習場となる.
大雨時はここに水が流れることにより,洪水を防ぐ.


ゴルフ場にもなっている荒川土手


旧岩淵水門 背後は埼玉県川口市

 
水門の管理をはじめ,荒川下流の全ての管理建設業務を行っている
「国土交通省荒川下流河川事務所」は,岩淵水門の脇にある
荒川知水資料館」(入場無料)もある.


荒川を航行する船
黄色い橋は国道122号の新荒川大橋


堤防上の道は,サイクリングやジョギング,散歩の人で賑わいがある


新岩淵水門から見た隅田川
(つまり隅田川の始まり)

飛鳥山公園と3つの博物館【東京考察#41】

Asukayama Park and three museums (at Oji)

 

 飛鳥山公園は北区民のシンボルである。JR京浜東北線や東北本線に乗っていると、鬱蒼とした緑が車窓に広がるのがわかる。公園の歴史は古く、徳川8代将軍「吉宗」が庶民の行楽のために桜の木を植えたことからはじまる。それ以来、桜の名所として、花見シーズンになると夜な夜な宴が繰り広げられるのである。王子にある小学校の写生大会や低学年の遠足は、必ずといっていいほど飛鳥山公園であった。首都高速中央環状線(王子線)の工事で、公園の上空を高架橋で渡す計画があったが、区民や環境団体の反対を受けて地下トンネルに工法が変更され、飛鳥山の自然環境は守られることになった。現在、トンネル工事は鋭意施工中である。



野外ステージがある

  
「せせらぎ」では子供が水遊び        D51と昔の都電


バトミントン


桜のトンネル

 
災害用給水所(都市の公園は災害の本部になる)


 飛鳥山には1998(H10)年3月に開館した3つの博物館がある。
王子は明治時代から製紙会社(王子製紙)の工場があったところで、その跡地に紙専門の博物館として世界にも知られている「紙の博物館」があったが、首都高速の工事によって王子駅東側にあった展示館を飛鳥山に移転した。それがまずひとつ。北区の自然や歴史を紹介した「区立飛鳥山博物館」、実業家・渋沢栄一に関する史料を集めた「渋沢史料館」の3館である。それぞれがこじんまりとした博物館であるが、3館を巡ると結構な時間になる。紙の博物館については、紙ができるまでをわかりやすくパネルやビデオで展示されており、一見の価値がある。飛鳥山博物館では、北区の生い立ちや歴史について知ることができ、蝋人形の飛鳥山劇場の仕掛けは「王子の狐」に引っかけていて面白い。渋沢史料館の2階からは、隣の旧渋沢庭園の青淵(せいえん)文庫を眺めることができる。

ちょっと余談になるが,製紙会社の沿革について記してみたい.現在,北海道の苫小牧にある王子製紙は,この王子に存在したから付けられた名前であり,王子製紙の創業者は渋沢栄一である.明治時代に苫小牧に移転したのち,戦後になって過度経済力集中排除法によって「十條製紙」「本州製紙」「苫小牧製紙」に分割され,今の王子にある施設を引き継いだのは十條製紙であった.その後,十條製紙は合併によって「日本製紙」となり,苫小牧製紙は「王子製紙」の名前を復活させて本州製紙と合併し,現在に至っている.駅前のサンスクエアビルは十條製紙(現日本製紙)グループが引き継いで運営しており,かつてはスケートリンクも存在していた.つまり,今の王子周辺にある製紙関係の施設は「日本製紙」であり,「現王子製紙」ではないのであるが,複雑に分割・合併を繰り返してきた製紙業の歴史を辿ると,製紙会社は「王子」から出発したことになるのである.

    
左から、「渋沢史料館」、「区立飛鳥山博物館」、「紙の博物館」


飛鳥山から明治通りの反対側(歩いていくとなると、駅前の歩道橋を越えて回らなければならない。王子駅北口の公園側)に音無親水公園という素晴らしい公園がある。日本の都市公園100選にも選ばれ、音無橋のアーチと音無川のせせらぎが心を和ませてくれる。玉子焼きで有名な割烹扇屋もこの近くにあり、江戸時代には扇屋から音無川の渓谷と紅葉が眺めることができる行楽地であった。音無川は、石神井川の飛鳥山下を通る隧道の通水によって豪雨時以外は使われることがなくなっていた河川であった。


音無橋と音無川(実際は塩素の入った循環水が流れている)

 
音無親水公園


花見で宴が盛り上がる

王78 王子駅⇔新宿駅西口[都バスで東京発見]

ただひたすらに環七通りを走る東京23区内都営バス最長距離の路線

王78 王子駅⇔新宿駅西口(経由)豊玉北・高円寺駅入口 杉並・練馬営業所

路線keyword:環七通り(環状七号線),青梅街道,各種ファミリーレストラン,単調退屈


東京都23区(特別区)内の都営バスで最長距離(18.3km)を走る路線である。新宿と王子を結んでいるのだが、高円寺・豊玉北・東十条と環七通りをぐるりと迂回して結ぶルートとなっており、乗り通す乗客はまずいない。しかも、走る道路が青梅街道・環七通り・北本通りといった幹線道路であり、沿線風景も変化に乏しく、さらに交通量の多さ・渋滞の激しさでは悪評高き環七通りをひたすら走るとなれば、よほどの物好きでない限り本路線を乗り通す乗客はいないだろう。王子駅・新宿駅間の所要時間は約1時間となっているが、道路渋滞によっては2時間もかかってしまうことがある。
新宿駅西口路線バスターミナルを出発すると、左手に新宿エルタワー、裾の広がる安田火災海上ビル、新宿野村ビルの超高層ビル群が現れ、青梅街道を高円寺まで西に向けて走る。中野坂上で山手通りと交差し、相撲の二子山部屋が近くにある鍋屋横丁商店街を抜け、営団地下鉄丸ノ内線東高円寺駅を過ぎると、環七通り・高円寺陸橋となって、バスは右に曲がる。順調に走ればここまでおよそ20分である。
環七通りに突入である。東京には1号から8号までの環状道路が造られている。1号線から順に、内堀通り・外堀通り・外苑東通り・不忍通り・明治通り・山手通り・環七通り・環八通りとなっている。この中でも特に「かんなな」と呼ばれる環状七号線(環七通り)は東京湾部分を除く全区間において環状線が整備されており、東京都心部を通過したい自動車(例えば横浜から大宮に行きたい車)にとっては環状道路を使うことにより、都心部の密集した市街地を通ることなく短距離・短時間で通過することができる。そのためにトラック等の交通量も多くなるのであり、環状道路は交通政策上も重要な道路である。環七通りと郊外へ延びる放射状の幹線道路との交差点には、陸橋が設けられており、信号待ち等によって環状線を直進する車のスピードが落ちないように設計されている。
一般的に路線バスの停留所はそのような陸橋の下の側道部分に置かれていることが多く、陸橋の上を路線バスが走っていく姿はあまり見かけないが、本系統は陸橋下の停留所には停車せず、陸橋の上をバスが走っていく。
野方にて西武新宿線の下をくぐり、豊玉北を過ぎたあたりで西武池袋線の陸橋を越える。羽沢で西武有楽町線新桜台駅前となる。
沿線の風景はこれといった特徴があるわけでもなく、街路樹と車・トラックのひしめく道路が続くだけで退屈極まりないが、環七沿線に多く見られるある施設をつぶさに眺めてみると結構暇つぶしになる。それは、ファミリーレストランとガソリンスタンドである。特にファミリーレストランは、「デニーズ」や「ロイヤルホスト」等といったメジャーな店舗から、聞いたこともないマイナーな店舗まで、多種多様な店が次々と後ろへ過ぎ去っていく。おそらく、東京で営業しているファミリーレストラン企業のほとんどの店舗を環七沿線で見られるのではないかと思うほど、ありとあらゆる店が現れていく。
常盤台で東武東上線の下をくぐると、環七通りは右にカーブするが、その左手に赤提灯を並べた立ち食いラーメン屋「土佐っこラーメン」が現れる。夜になると赤提灯には明かりがついて、路上に車を止めてラーメンをすする客の姿が絶えない。この地点が先頭になって渋滞が起こることもあり、道路には、「夜間の違法駐車取締りを強化します-板橋警察署」と書かれた看板が立っている。
大和町にて高速道路(上側)と中山道(下側)と交差する。大和町交差点は大気汚染度が都内ワーストワンという記録を持つ交通量の激しい場所であり、都営地下鉄三田線板橋本町駅前でもある。
バスはさらに環七通りを東へ進む。JR埼京線を越え、なだらかな下り坂を走りながらJR京浜東北線と東北・上越新幹線と交差し、隅田川手前に位置する北区神谷町の宮堀陸橋にてようやく環七通りから北本通りへと右折する。そして、王子五・四・三・二丁目と王子のオンパレードとなって終点王子駅前に到着する。

草64 池袋駅東口⇔浅草寿町[都バスで東京発見]

池袋・王子・浅草を明治通りで結ぶ路線

草64 池袋駅東口⇔浅草寿町(経由)王子駅・日本堤 巣鴨営業所

路線keyword:明治通り,池袋,飛鳥山,吉原大門,浅草公園六区,浅草雷門,都電と併走


池袋・王子・浅草と、電車では乗換なければならない地点を明治通りで結ぶ比較的利用価値のある路線であり、休日には若干本数が増える。池袋・浅草間には、この他に巣鴨駅・白山・千束を経由する草63系統が存在する。
池袋駅から王子駅までは王40系統と同じルートを走る。王子駅前を出発するとこのバスは溝田橋交差点で右折して王40・王57系統と別れるが、明治通りも右に曲がっているので、通り名称は変わらない。石神井川を小さな橋で渡り、梶原で都電荒川線と交差する。この路線は、都電の線路と平行に走って行くわけではないが、都電が結ぶ地域と同じ地域を結んで走っている。
右手にひっそりと佇むJR宇都宮・高崎線の尾久駅舎が現れる。注意をして見ないと気づかずに通り過ぎてしまう。駅の後ろにはJRの操車場が広大に広がっており、運が良ければ夜の発車を待つ東北方面への寝台列車をちらっと眺めることができる。
京成線新三河島駅を過ぎ、左手に荒川区役所前に広がる公園を眺め、バスは中小工業と住宅が混在する下町の中を走っていく。この辺りの明治通りは、渋谷駅前・新宿伊勢丹前・池袋駅前の明治通りとは全く異なった趣を呈す。
大関横丁で国道4号・日光街道と交差し、三ノ輪二丁目で明治通りは左斜め前に別れていく。バスはここで明治通りに別れを告げ、土手通りを南に走っていき、山谷地域に接している日本堤を通過する。そして、遊郭で有名だった吉原の裏手に位置する吉原大門となり、吉原大門交差点の昭和シェル石油ガソリンスタンド前歩道に「見返りの柳」が小さな石灯籠と共にぽつんと一本立っている。バスは高速で走り抜けていくので、車内から見るときは目を凝らして右手を眺めていなければ見過ごしてしまう。吉原(新吉原)は明暦3(1657)年に日本橋人形町あたりに存在していた旧吉原の遊郭を現在の千束四丁目に移転して形成された遊郭であるが、昭和33(1958)年の売春防止法の施行によって吉原遊郭は消滅した。現在は特殊浴場(ソープランド)街が形成されている。
浅草二丁目で往路復路が別れ、このバスは右に曲がる。駅前にバスターミナルのないところでは、バスをループ運行させて折り返させるルートとすることが多く、浅草の場合も繁華街が広域に広がっていることもあって、ループ運行をする路線が多く存在する。左手に浅草寺(浅草観音堂)の裏を一寸眺められ、西浅草三丁目交差点を左折し、左手に花やしき遊園地をこれまた一寸眺めて浅草公園六区となる。花やしきは江戸時代には花園で賑わったところで、昭和28(1953)年に日本初のローラーコースターが登場した遊園地である。
浅草公園六区の「六区」とは、明治15(1882)年より始まった浅草公園の築造・整備(全6区画に区分して整備)における区画番号のことである。その中でも第6区画は興行街として整備され、そのまま「浅草公園六区」という名称が東京の娯楽の代名詞のようになったのである。バス停の名称に「浅草公園六区」という名が今でも残されていることに拍手を送りたい。映画館は明治40(1907)年頃から登場し、現在も残る浅草六区の映画街が形成された。1本左手奥に入った道沿いに映画館が建ち並んでいる。
浅草の繁華な雰囲気となってバスは国際通りを直進し、右手には浅草ビューホテルの高層ビルが現れ、ROXビル前にて浅草一丁目のバス停となる。そして、地下鉄銀座線田原町駅前である終点浅草寿町に到着する。
浅草寿町発の池袋駅東口行は、浅草二丁目まではループ運行となる。浅草の見所の多いところを通過するので、浅草二丁目までを記載する。
浅草寿町を発車し、隅田川に架かる駒形橋を右手に見るとバスは左折する。正面には浅草雷門が現れ、「雷門」と黒字で書かれた大きな赤提灯が門にぶら下がっている。雷門は五穀豊穣を祈願して天慶5(942)年に建てられたもので、風神・雷神が安置されている。現在の雷門は昭和35(1960)に復元されたものである。雷門正面に突き当たると右折し、賑やかな商店街を走る。吾妻橋・隅田川橋めぐりの水上バスのりば・金色の炎のオブジェを右手に見ながらバスは左折し、松屋デパート・浅草駅前となって浅草松屋前(東武浅草駅)停留所となる。浅草寺に通じる二天門バス停を通って、浅草二丁目バス停となる。バスはそのまま直進して池袋に向かう。

王57 赤羽駅東口⇔豊島五丁目団地[都バスで東京発見]

豊島五丁目団地の居住者が多く利用する通勤通学路線

王57 赤羽駅東口⇔豊島五丁目団地(経由)北区神谷町・王子駅 北営業所

路線keyword:豊島五丁目団地,北本通り,王子五丁目団地


この路線は王子駅を境にして性格が変わる。王子駅・豊島五丁目団地間は団地の住人や豊島四丁目にある職場・工場への通勤者が多く利用してかなり混雑するが、王子駅・赤羽駅間は北本通り沿線の住人が主に利用してそれほど混雑はしない。乗客が多いのは、王子駅から豊島五丁目団地までの区間である。
国際興業バスが多く走る赤羽駅東口を発車すると、ロータリーをぐるりと旋回してUターンする。しばらく走ると地下鉄南北線赤羽岩淵駅前となって右折し、国道122号線・北本通りを王子へ向けて走る。東北自動車道が川口インターで首都高速とつながる以前は、都心と東北道とを結ぶ、さらに交通量の多い道路だった。道路下には地下鉄南北線が王子まで平行して走っている。
荒川放水路と隅田川とを分水する岩淵水門のある岩淵町を過ぎ、緩やかな右カーブによって、いつの間にか東から南へと方向が変化していく。右手に建替工事中の清掃工場の煙突が現れ、左手はこのバスの営業所・北車庫となって、何台もの都バスが並んでいる光景が目に入る。工場が多く存在している。
環七通りの宮堀陸橋をくぐり、団地やマンションが多く目につくようになると王子五丁目・王子神谷駅前となる。右手に現れている高層住宅群は公団の王子五丁目団地である。ここからは王子のオンパレードとなる。王子三丁目より商店街となって、右手にバスターミナルが現れて王子駅前となる。
このバスはバスターミナルには入らず、降車専用停留所にて下車客を降ろし、道路突き当たりを左折した別の停留所で乗客を乗せる。王子駅からは団地へ帰宅する人々で、車内は混雑する。王子駅からはバス便も増発される。南北線開業前は赤羽からの便が多かったが、現在は半減されてその分が王子駅始発の便となった。
王子駅から終点の豊島五丁目団地までは、王40系統と同じルートを走る。豊島五丁目団地は、日産化学工業王子工場の跡地に、日本住宅公団(現、住宅・都市整備公団)が昭和47(1972)年に団地開発をしたところである。団地内にバスの操車場が設けられており、当時としては珍しいものであった。

茶51 駒込駅⇔御茶ノ水駅[都バスで東京発見]

名所旧跡を本郷通りで結ぶ文化教養路線

茶51 駒込駅⇔御茶ノ水駅(経由)駒込駅南口・東大赤門 巣鴨営業所

路線keyword:本郷通り,飛鳥山,西ヶ原一里塚,旧古河庭園,六義園,東大赤門,都電と併走


平成7(1995)年の営団地下鉄南北線の駒込・四谷間開通により、バスの本数が半数以上減らされてしまった。王子から東京大学までの区間、南北線は本郷通りの真下を走り、その上にこのバス路線が走っている。
王子駅から飛鳥山の坂を都電と共に登り、右手に王子神社と音無親水公園の緑を、左手に標高27mの飛鳥山公園を望みながら、本郷通りを南進する。飛鳥山は、徳川吉宗が桜の苗木を千本移植してから江戸近郊の桜や紅葉の名所となったところで、音無橋や王子七滝(名主の滝など)も含めかつては江戸の日光と称されていた。
都電と分かれて渋沢栄一史料館前を過ぎ、一里塚バス停を過ぎると、道路の車線が左右に離れて、真ん中に榎の樹木が現れる場所がある。かつての岩槻街道(日光御成道)の西ヶ原一里塚である。東京都23区内で唯一、かつての位置にほぼ原型をとどめている一里塚であり、2つの塚に挟まれた片側車線の幅が旧道の幅ということになる。西ヶ原は日本橋から二里のところである。
左手に紙幣を製造している大蔵省印刷局滝野川工場と大蔵省印刷局東京病院が現れ、しばらく走ると右手に旧古河庭園の立派な門が現れる。古河庭園は明治の元勲陸奥宗之邸を受け継いだ旧財閥古河家の庭園だったところで、2層の明治建築様式の面影をとどめる洋館の前に、和風・洋風の庭園が広がっている。
駒込駅からは、同じ茶51系統の駒込駅・東京駅北口線が加わり、終点の御茶ノ水駅までほぼ同じ道を走っていく。そして、右側の建物の裏手に六義園が存在する。六義園は元禄8(1695)年に老中柳沢吉保が5代将軍徳川綱吉から中屋敷として拝領した土地に造った庭園であり、千川上水の水を引いた池を中心とする回遊式築山泉水の名園である。その後、明治時代に岩崎弥太郎が別邸として整備し、最終的には東京市へ寄贈されたものである。
本駒込、向丘を過ぎると、左手に赤煉瓦の塀と瀟洒な黒い柵が現れると、日本の最高学府「東京大学」となる。江戸時代には加賀百万石前田家の上屋敷だったところである。北側から順に辿っていくと、まず農学部、続いて道路を越えて工学部、法学部・文学部となって東大正門となる。大楠の立派な並木が本郷通りに沿って茂っており、アカデミックな雰囲気が車内にも漂ってくる。さらに、図書館、教育学部と続いて東大赤門となる。赤門の正式な名称は御守殿門であり、8代将軍徳川家斉の娘溶姫が前田家に嫁ぐときに建てられたものである。そして、経済学部、学士会館別館で東京大学の赤煉瓦の塀は終了する。ちなみに理学部、薬学部、医学部、安田記念講堂は奥の敷地に存在する。
本郷三丁目で春日通りを横切り、神田明神前を過ぎてバスはぐるりと回って、神田川に架かる聖橋を眺めると、終点御茶ノ水駅となる。左にはJR線の電車と御茶ノ水駅を望むことが出来る。

平成12年12月、都営大江戸線の開通により、王子駅-駒込駅間と御茶ノ水駅-東京駅北口間が廃止された。

王49 千住車庫⇔王子駅[都バスで東京発見]

足立区西部の環七通り沿線をカバーする路線

王49 千住車庫⇔王子駅(経由)環七 千住営業所

路線keyword:環七通り,西新井大師,鹿浜の中古車販売店,梅田町


営団地下鉄南北線の開業によって、駒込駅・王子駅間が廃止され、現在の運行に短縮された。足立区西部の環七通り沿線をカバーしているが、道路渋滞が激しく、定時運行がままならない路線でもある。
王子駅から島根三丁目までは、王30系統と同じルートを走る。
島根三丁目にて右折し、二車線道路をしばらく走ると、東武伊勢崎線梅島駅前となる。東武線のガードをくぐり、駅前の商店街を抜ける。左手に女性総合センター・Lソフィアが現れて、しばらく行くと終点千住車庫に到着する。

王45 王子駅⇔北千住駅[都バスで東京発見]

荒川放水路と隅田川に挟まれた狭長な地域を走る路線

王45 王子駅⇔北千住駅(経由)王子五丁目・新田土手通り・千住桜木 北営業所

路線keyword:荒川放水路と隅田川,工場地帯,裏小段


つい最近(1996年執筆)までは王子駅・足立区役所間の運行であったが、平成8年に足立区役所が中央本町(最寄駅:東武伊勢崎線梅島駅)に移転したため、北千住駅に乗り入れるルートに変更された。
私の推測するところ、恐らくこの路線は荒川と隅田川に囲まれた地域に住む足立区民の区役所本庁舎への利便性を考えて設けられた路線であると思われる。本数が少ないし、通勤通学者は本数の多いJR王子駅や田端駅、日暮里駅へのバスを利用しているだろう。地図を眺めていても、両河川に囲まれているために土地がほとんど存在せず、またお互いの地域を結ぶ意味合いも感じられず、それほど需要が見込める路線だとは思えない。バスはいつ乗ってもたいてい座れるが、この地域間に用のある人にとっては、大変便利な路線である。
王子駅から途中の新田3丁目までは、王41系統と同じルートを走り、王41系統の補完的な役割を果たす。新田3丁目からこの路線は右折し、トーアスチールの工場前を通る。荒川土手が左手に現れ、土手に沿ってバスは走る。しらばくするとこのバスは、堤防の中程にある「裏小段」と呼ばれる水平な段のところの道路を走るようになり、千住桜木までその裏小段の部分を走っていく。
豊島橋バス停あたりになると、右手に公団豊島5丁目団地を背景にして隅田川が現れる。左に荒川、右に隅田川、この豊島橋バス停を利用する人は果たしているのだろうかと疑問に思う。
また、この豊島橋停留所付近は北区と足立区の区境が、この地域だけ隅田川ではなくせり出して荒川で線が引かれており、ちょっとした話題になったことがある。これは、荒川放水路完成以前の隅田川(当時の荒川本流)の川筋の名残で、水路は整備されたが、区境はそのまま残されたということである。川筋の形から「天狗の鼻」と呼ばれていた。
現在の荒川の岩淵水門より下流部は、開削によって19年の歳月をかけて昭和5年に完成した放水路であり、川筋や土手が整然としているのは人工河川だからである。それまでは現在の隅田川が荒川本流であり、下流では度々洪水を繰り返し、高潮による被害も続出していた。そこで、荒川放水路の建設が行われ、岩淵水門で荒川を荒川放水路と隅田川(旧荒川)とに分水させたのである。数年前までは隅田川という名前は正式な名称ではなかったが(国の登録上の話.庶民には放水路開削以前から隅田川と呼ばれて親しまれており、一般的には鐘淵中学校あたりの屈曲部より下流のことを隅田川と呼んでいた.)、現在は正式名称「隅田川」として建設省に登録されている。
荒川に架かる江北橋、扇大橋を横切る時だけ、川面を見ることができる。都市の川沿いの風景らしく、沿線には中小の工場や倉庫群が多く目に付く。土手の芝生の緑が心を和ませる。
西新井橋の手前でバスは右に折れ千住桜木となる。ここにはかつて、東京電力火力発電所の「お化け煙突」が立っていた。常磐線の車窓からこの煙突を眺めると、見る方向によって4本の煙突が姿を変える煙突だった。右側がその跡地である。
日光街道を横切ると北千住駅前の商店街に入り、正面にJRの駅ビルが見えると、終点北千住駅となる。道路は駅前で行き止まりとなっており、都内の大きな駅としては珍しい袋小路型の構造をした駅前である。

端44 北千住駅⇔駒込病院[都バスで東京発見]

荒川区町屋・東尾久界隈を走って北千住駅と田端駅・駒込病院を結ぶ路線

端44 北千住駅⇔駒込病院(経由)熊野前・田端駅 千住営業所

路線keyword:駒込病院,熊野前,尾久橋通り


全体的に捕らえどころのない地味な路線である。北千住駅から荒川区を通って田端駅・駒込病院までを結んでおり、荒川区の町屋、東尾久に住む住民にとっての生活路線でもある。
北千住駅を発車すると商店街を走り、千住二丁目で日光街道と横切る。バスは墨堤通りを西新井橋方面に向けて走る。かつてお化け煙突と呼ばれていた火力発電所のあった千住桜木の西新井橋南詰にて左折し、隅田川を尾竹橋で越える。
荒木田交差点にて右に曲がる。商店の続く2車線道を西に走っていく。右手に大きな原っぱが現れた。都立尾久の原公園と名付けられているが、この敷地には将来、文化教育施設の建設が予定されており、その建設までの暫定的な公園であるという看板が立てられている。
右手に都立医療技術短大が現れて、都電の走る熊野前となり、バスは左折して尾久橋通りを南下する。東尾久界隈を走り、田端新町一丁目の明治通りと交差する5差路の交差点で右折するが、明治通りに右折するのではなく、明治通りの南にある右前方の2車線道路へ入る。
田端新町、下田端を走り、陸橋を上って東北・上越新幹線とJR山手・京浜東北線を横切ってJR田端駅前となる。ここからは東43系統と同じルートを走り、急坂を上って右手に駒込病院が見えてくると、構内に入って終点となる。

東43 荒川土手(江北橋下)⇔ 東京駅北口[都バスで東京発見]

下町・川の手地域からビジネス街まで南北に縦断する路線

東43 荒川土手(江北橋下)⇔東京駅北口(経由)田端駅・御茶ノ水駅 北営業所

路線keyword:荒川土手,工場地帯,旧山の手,東京大学,大手町ビジネス街,赤煉瓦駅舎,狭路


江北橋(足立区)より少し北側に入ったところに荒川土手操車所が存在する。「荒川土手」と言っても場所は広範囲にわたり、何処の荒川土手なのかを明記しないと場所がわからず、近年、バスの方向幕に括弧書きで(江北橋下)と記載されるようになった。
幅の狭い道路に面して操車所が設けられているので、バスが操車場に入るときは、道路に走る車を誘導員が止めてから、バックをして定位置に入る。東京駅北口行はそんな荒川土手操車所前から発車する。なお、荒川土手行のバスは、一つ手前の荒川土手(江北橋下)停留所で終点となり、荒川土手操車所前停留所までは乗車できない。
正面に荒川土手の堤防が現るとバスは左折し、首都高速川口線(C2)の高架下を走る。高速のジャンクション下にてバスは右に入って坂を登り江北橋を渡る。右手には首都高速王子線(仮称・未開通)の真新しい江北橋が見え、都会の密度の高い圧迫的な空間とは違う開放的な荒川土手が広がる。
宮城にて左折し、工場の多い地区を走っていく。この辺りの宮城・小台は荒川と隅田川に囲まれた交通不便な地域でもあり、この地域にとってこの路線はJR田端駅までのアクセスとして利用されている。その為に駒込病院までの便が多数存在している。右手に荒川遊園地の観覧車が見えると小台二丁目となり、工場地帯の狭路をくねりながらバスは走る。
小台橋で隅田川を渡ると荒川区・西尾久となり、両側に商店街が続くようになる。小台にて都電荒川線と交差するが、ここは小台という町名ではないのだが、何故か都電と都バスの停留所には「小台」と名付けられている。明治通りを横切って北区となり、JRの引き込み線踏切を越えて下田端となる。そして、突き当たりを左折すると、右手にJR東日本東京地域本社のビルを眺めて、JR山手線・京浜東北線を田端大橋の陸橋で越えると田端駅前となる。ここでかなりの乗客が下車する。
田端駅を出るとバスは下町低地から山の手台地に入り、切り通しの中を通り抜ける。動坂下で不忍通りと交差して、急坂を登ると都立駒込病院が右手に現れる。
この辺りから街路樹の緑が目立ちだし、イチョウ並木が続く文京区のお寺の多い地域を走っていく。そして、本駒込にて本郷通りに合流する。ここから本郷二丁目までは茶51系統と同じルートを走る。東京大学を左に見て、正門・赤門を通り越すと本郷三丁目となる。本郷二丁目からバスは右に曲がって、順天堂病院、東京医科歯科大学を左に見て、神田川と美しい聖橋を眺めながら橋を渡ると、御茶ノ水駅前となる。
楽器専門店やスキー専門店などが多く連なる学生街を徐々に下りながら、右手に明治大学を眺めて、三省堂書店本店が見えると駿河台下交差点となる。本屋街・神田神保町は右手すぐのところにある。
駿河台下を過ぎると、オフィス街の様相を呈するようになる。近代的なビルディングが建ち並んでいる。神田錦町にて上下線が別れ、東京では珍しい5車線の一方通行の道を走る。神田橋にて日本橋川を渡り、首都高神田橋ランプを通り過ぎる。右手には気象庁・消防庁等が存在する大手町合同庁舎が見え、ビジネス街の中心地・大手町となる。
右手に皇居のお濠と森が見えるとバスは左折する。大正3(1914)年にオランダのアムステルダム中央駅を参考にして辰野金吾が設計したルネサンス様式赤煉瓦駅舎・東京駅丸の内口の姿が見えると、終点東京駅北口となる。

王41 王子駅⇔新田一丁目[都バスで東京発見]

王子駅と新田地区を結ぶ路線

王41 王子駅⇔新田一丁目(経由)王子五丁目・新田橋 北営業所

路線keyword:新田町,超狭路


王子駅と豊島七・八丁目、及び隅田川と荒川とに囲まれた新田とを結ぶ生活路線であり、さらに、登校日の朝夕の通学時間帯には沿線のマンモス女子高に通う学生で車内が満員になる路線でもある。距離が短いためなのか、正面方向幕の表示が「王41 王子駅-新田一丁目」となっており、往路復路で正面方向幕の変化がない。
王子駅から北本通りを王子二丁目・三丁目・四丁目と北上する。王子消防署前の交差点を右折し、ここから新田橋までは、上下線のルートが一致しない。豊島七丁目のバス停を出発するとバスは左折し、バスがやっと通れるような一方通行の狭路に入る。しばらくすると狭路のクライマックスがやってくる。バスは左に曲がったかと思うとまたすぐに右に曲がり、城下町に残る鍵型十字路のようなルートを走る。その交差点の左隅には、左折時におけるバスの民家接触防止を目的としたコンクリートの塊が置かれている。左側の窓際に座って真下をのぞいていると見つけることができる。王子駅行方面の場合は狭路の商店街(庚申通り商店街)の中を走り、買い物客や自転車などが道路を横切る中、速度を落としてバスは走っている。
隅田川を新田橋で渡ると、足立区新田地区となる。新田三丁目で王45系統は右折して別れてしまい、このバスは直進する。環七通りを横切って、正面に隅田川の無機質な堤防が現れると道は行き止まりとなり、そこにバスの折り返し所、新田一丁目停留所があり、バス誘導員のための小屋がぽつんと建っている。

王40乙 王子駅⇔豊島循環[都バスで東京発見]

王子・豊島を一周する循環路線

王40乙 王子駅⇔豊島循環(経由)トンボ鉛筆 北営業所

路線keyword:豊島町,王子町,トンボ鉛筆


午前(通勤)便と午後(帰宅)便で、逆回りとなる循環路線である。この路線は、豊島六丁目・王子駅間の朝ラッシュ時における乗客の取り残しを防止するのに一役買っている。
豊島六丁目・王子駅間はバス渋滞が著しいことから、朝の時間帯に限って原則的にバス専用道路となる2車線道路の区間である。西新井駅からやってくる王40系統、豊島五丁目団地始発の王57系統が王子駅方面に向けて頻繁に走っているのだが、いずれも既に満員になって通過してしまうことが多く、その為に江北・豊島五丁目団地方面からの乗客が乗っていない豊島循環路線は、豊島六・四・三丁目から乗ってくる乗客にとって有り難い路線である。午後便は帰宅客が分散するので、車内は比較的空いている。
午前便について記載する。
王子駅にてバスターミナルを発車すると、王子二丁目、王子三丁目、王子四丁目と北本通りを北上し、王子消防署前の交差点を右折する。成徳学園の女子高生が下車し、車内にはひとときのゆとりが生まれる。
鉛筆でお馴染みのトンボ鉛筆の工場前を通り、豊島五丁目交差点で右折する。王40・王57系統は正面からやってきて合流する。バス専用道路を豊島六丁目、四丁目、三丁目と走り、乗客を次々と乗せる。道路が広くなって豊島二丁目となり、溝田橋交差点から明治通りとなって、終点王子駅前停留所に到着する。降車場所はバスターミナルではなく、王57系統の赤羽駅東口行のりばとなる。

王40丙 王子駅⇔宮城循環[都バスで東京発見]

宮城地区を循環して王子駅まで戻る王40系統の補助的路線

王40丙 王子駅⇔宮城循環(経由)宮城都営住宅 北営業所

路線keyword:宮城町,豊島五丁目団地


王子駅から宮城2丁目までは王40系統と同じ路線を走る.隅田川を渡ると一旦左折して宮城2丁目停留所となるが,荒川の江北橋陸橋へは上らず,下の側道を走って180度旋回し,同じ交差点に戻って宮城町方面へと向かう.右回りで宮城町をぐるりと周り再び宮城2丁目に戻って王子駅へと帰っていく.