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隅田川の水上バス(東京都観光汽船(TOKYO CRUISE))【東京考察#357】

Tokyo Cruise(Sumida River water bus)


水上バスの船内から


日の出桟橋(乗船地)

浅草から日の出桟橋までの隅田川水上バスは,ツアーコースなどにも組み込まれており,一度は乗ったことがあるかもしれない.現在は,「東京都観光汽船(株)(TOKYO CRUISE)の隅田川ライン」と「(公財)東京都公園協会の東京水辺ライン」の2つが運航されているが,昔から馴染みがあって運航本数が多いのは,前者の東京都観光汽船の水上バスである.

浅草と日の出桟橋を約40分で結ぶが,浅草からの便のみ,途中,浜離宮に立ち寄るルートとなっている.お台場や高層ビルやマンション,築地市場跡地,そして技術的にも評価の高い隅田川にかかる橋梁を眺めるなど,普段とは違った視点で東京を眺めてみるのも面白い.

今回は,日の出桟橋から浅草まで乗船した.


日の出桟橋までは,ゆりかもめの「日の出駅」から歩いて行くと便利.駅のエレベータ内には,水上バス乗り場の案内が貼ってある.


シンフォニーと書かれた建物が最初に見えるので,ここが水上バスのりばかと思ってしまうが,こちらはクルーズ船「シンフォニー」の乗船ターミナル.水上バスはさらに奥(左手側)となる.


ターミナル前には大型バスが待機できる駐車場がある.ツアーでは片道乗船として,バスを先回りして乗客を乗せる.


こちらが水上バスの乗船のりば.


中に入るとまずはCafe.奥に券売機と桟橋がある.


カフェのメニュー.チョロQのお土産も買った.


時刻表.浅草までの隅田川ラインの他に,お台場ライン,東京ビッグサイトラインなどがある.


チケット.大人780円.


パンフレット.


桟橋を歩いて乗船となる.今日の船は「竜馬」定員560人.


後部デッキ.天気が良いとガラスの仕切りを開けることができる.


2階船室


1階船室


1階船室の前に売店がある.アルコールも販売している.航行している途中で船内販売もある.


後ろのデッキからの眺め


他の水上バスとすれ違う.こちらは東京水辺ラインの船.


柳橋.神田川の合流点.


清洲橋.耐震補強工事をやっているため,全姿は見られず.足場の形が富士山のよう.


売店でカフェを注文すると,専用のカップで渡される.東京の名所がイラストで入っている.


東京スカイツリーが見えてきた.


吾妻橋の下側!


浅草に到着.水上バスターミナルは新しい建物になった.


浅草の水上バスのりば.浅草駅のすぐ近く.


浅草・隅田川ライン(降船地)

夜の東京スカイツリー(展望デッキと展望回廊)【東京考察#317】

The night Tokyo Skytree (an observation deck and prospects corridor)


展望デッキの写真撮影箇所

 


 東京スカイツリーは自立式鉄塔としては世界一となる634mの高さを誇る電波塔であり,2012(平成24)年5月に開業した.オープン当初から人気が高く,展望台に上るためには,予め予約チケットを購入しておかなければならないほどだが,夜は比較的楽に展望台へのチケットが購入できる穴場の時間帯である.最終入場を21:00まで行えば22:00まで展望台にいることができ,東京の夜景もまたロマンチックである.なお,タワー下に広がる東京ソラマチは営業時間が21:00までなので,21時前ならばソラマチを先に見てから展望台に上がった方がよい.ちなみに,展望デッキは地上350mに3層(3階),展望回廊は地上450mに2層(2階)となっており,それぞれ別に入場料が必要となっている.

東武鉄道の浅草駅から向かう.
浅草駅の建物は2012年11月にリニューアルされた.
(1931(昭和6)年開業当時のものに復元)
 
東京スカイツリー駅.かつては業平橋駅だったが,
オープンをきっかけとして名称も変更され,ホームも多少きれいになった.

煌々と輝く東京スカイツリー
今日のライティングは隅田川を表す淡いブルーの「粋」
1日ごとに江戸紫の「雅」と変更する.

4階のチケット売り場前.

チケット売り場(展望デッキ2000円).

展望シャトルの状況が表示されている.
強風が吹くとエレベータが止まる.

超高速エレベータ(分速600m=時速36km)で地上350mの「展望デッキ」へ
地上から350mへは四季がテーマとなった4台のエレベータがある.
東芝製.


展望デッキは3階建てとなっている
フロア350・345・340

こんな感じで東京の夜景が広がる
 
日本航空(JAL)の飛行機がどこを飛んでいるかリアルタイムで分かるディスプレイ
しかし,残念ながら,当日は点検中であった.

ザ・スカイツリーショップ
 
地上が足下から見える「ガラス床」
耐熱強化ガラスなので割れることはない.

こんな感じで人気ポイントのガラス床
 
夜景をバックに記念撮影をする人が沢山いる
でも,夜景をバックの写真撮影は,結構難しいのではと思う.

地上350mからの隅田川と浅草
中央は東武鉄道の浅草駅.


地上450mの展望回廊へは,別途入場券(1000円)が必要.
 
地上350mから450m(到着は445m)へのエレベータ.
シースルーで外の景色も見られる.日立製.

なんと上もシースルー.
エレベータのロープと重りが見える.
乗客から「わぉ~」と声が上がるポイント.
 
展望回廊はらせん系になっていて,
445mから450mまで上り勾配となっている.
エレベータは正確には445mのフロアに到着する.
 
「ソラカラポイント」
451.2mの最高到達点にある特別な空間演出の場所.

地上450mからの隅田川と浅草
中央は東武鉄道の浅草駅.

鳩の街通り商店街【東京考察#312】

Town mall of the Hatonomachi street


鳩の街通り


 「鳩の街」と聞くと平和を連想するほのぼのとした名称であるが,ここは近くの玉ノ井(現東向島5~6丁目)と同様に特殊飲食店街,いわゆる赤線地帯として栄えていたところである.1958(昭和33)年に売春禁止法が施行されて,玉ノ井と同様に全ての業者が廃業し,今ではその赤線地帯としての面影はほとんどなくなって住宅や商店街となり,鳩の街という名称が残っているのは,この商店街とその道路名(鳩の街通り)のみとなっている.
鳩の街通り商店街は,鳩の街通りに連なる商店街であるが,道幅も戦後からそのままの狭さで,「昭和レトロの街」としてPRをしている.一歩路地裏にはいると,迷路のように入り組んだ道路が残り,街歩き・路上観察・散歩ファンにとっては,なかなか奥深い地域である.

車がやっと通れる狭い道路に商店が密集している.
しかし,シャッターを下ろしたままのお店も多い.

昭和レトロな感じ

左側の部分は,かつてお店をやっていた感じ.

かつて電気屋さんだったところもシャッターが閉じている.
SONYの「NY」の看板がかけている.

国道6号・水戸街道からみた鳩の街通り商店街

東向島1丁目側の電柱.
反対側は向島5丁目.

向島百花園【東京考察#311】

Mukoujima flower garden


向島百花園の入口


 向島百花園は,江戸時代の1830年頃に骨董商を営んでいた佐原鞠塢が,草花鑑賞を中心として開園したものであり,四季百花の乱れ咲く園という意味でつけられたとされている.梅の名所として知られる向島百花園であるが,今では四季を通じて花が咲くようになり,江戸時代から今に残る花園としては唯一のものである.1938(昭和13)年に東京都に寄付され,1978(昭和53)年に国の名勝・史跡に指定されている.面積10,886m2,開園時間9時~17時(入園は16時30分まで).入園料大人150円.

都立向島百花園

梅が咲き始めている
  
江戸時代の開園当初は,梅360本が植えられていた.

園内には石碑が29基ある.撮影時は修復中だった.

池もある

東京スカイツリーも見える.

お休み処もある

梅洞水(井戸)

東京スカイツリーインフォプラザ(建設中)【東京考察#299】

The Tokyo Skytree information plaza ( Now constructing )

 


 東京スカイツリーは,着々と建設工事が進んでおり,5月上旬現在では370mとなっている.2012(平成24)年春オープンの予定だが,建設中のスカイツリーを一目見ようと,多くの観光客が押上・業平橋地区に押し寄せている.そのような状況もあり,2010(平成22)年4月からオープン前の2012年3月までの予定で,東京スカイツリープロジェクトの情報発信のためのインフォメーションセンターがオープンした.ビルの1階フロアーを利用して写真や模型などを展示しており,開館時間は10:00~17:00(最終入館時間16:40),月曜日(祝日の場合は開館)や年末年始(12月29日から1月4日)は休館日となっている. 個人の見学は無料であるが,10名以上の団体は団体専用の有料案内メニューが用意されている.
あわせて,2010(平成22)年5月のゴールデンウィーク中の様子をお送りする.
 
東京スカイツリーインフォプラザ
東武鉄道業平橋駅前にある.混雑するときは並んで入場する.

完成したときの景観シミュレーションが貼られている

現在の建設高さが矢印で表示されている

映像で紹介されているが,ちょっと画面が小さくて低い位置にあり,見づらかった.
工事中の仮設の展示室という感じは否めない.

ショーウインドウには,模型も展示されている.

 
ゴールデンウィーク中の高さは368mだった.
1枚の写真では,縦にしても入りきれなくなっている.

パトカーも駐車している車を放送で注意している

浅草通りの人通りも,心なしか多くなっているような気がする.

北十間川沿いは,大勢の見学者がいた

10~16時利用可能な仮設トイレも設置された.
後ろはスカイツリーの根もと.

路地裏からスカイツリー.やはり,でかい!

後ろの橋(京成橋)の上からも,大勢の人が上を見ている.

建設中の東京スカイツリー(業平橋・押上)【東京考察#290】

The Tokyo Skytree to be constructing ( Oshiage and Narihira-bashi )


東京スカイツリーのふもと


 東京タワーに代わる電波塔として,東京スカイツリーの建設が着々と進んでいる.高さは634m(当初は610mであったが世界一の電波塔となるため修正された)で自立式電波塔として世界一の高さとなる.634mは東京,埼玉,神奈川県の旧国名・武蔵(むさし)として覚えやすいようにもなっている.もともと東武鉄道の貨物駅だったところで土地所有者は東武鉄道となっており,事業主体は東武鉄道が全額出資している東武タワースカイツリー株式会社となっている.総事業費は600億円.2011(平成23)年12月の竣工予定で,開業は2012(平成24)年の予定となっている.
地上350mの部分に第1展望台,地上450mの部分に第2展望台が設けられる.デジタル放送用のアンテナは600m以上の部分となっており,これで関東一円に超高層ビルの影響を受けずに電波を送信することが可能となる.第2展望台では空中回廊と呼ばれるガラスで覆われたらせん状の展望台となる予定である.面白い施設だと思うが,ちょっと心配なことは,あまりにも高いために眺望が良すぎる展望台だと恐怖心が強くなって足下がすくわれてしまい,高所恐怖症の人などはすくんで歩けなくなる人が出てくるかもしれない(東京国際フォーラムの上階の空中通路や新宿NSビルの空中廊下は,正直歩いていて気持ちが悪い).
ちなみにエレベータであるが,地上から第1展望台までのエレベータは40人乗り4台,分速600m(時速36km)で約50秒で到着する超高速エレベータとなるもので東芝が受注した.ちなみに早さはサンシャイン60と同じである(サンシャインは三菱製).第1展望台から第2展望台へは40人乗り2台,分速240m(時速約14km)で日立が受注している.さらに業務用エレベータとして地上から第2展望台までを直結する日本最長(約465m)のエレベータが東芝によって2台設置される.また,ちょっと余計な心配をしてしまうが,地上から第1展望台までの超高速エレベータは外が見えるシースルータイプではないものになるかと思っている.分速600mでシースルーにするとまるでフリーホールジェットコースターに乗っているようで景色どころではない恐怖感とスリルあるエレベータになるかと思われる(個人的にはこういうエレベータは好きだが).

・・・と,いろいろと完成を楽しみに想像がふくらんでしまうのであるが,2009年11月21日現在,地上215mとなっており,見学者がたくさん周辺を歩いていた.最寄り駅は東武伊勢崎線業平橋駅,京成線・都営地下鉄・東京メトロ押上駅となっている.完成が待ち遠しい東京スカイツリーであった.

 
東武線業平橋駅ホーム
ホームのすぐ横が建設地であり,見学者が多い.
このローカルチックな駅の雰囲気もなかなか味わい深い.

一応,ホームでの見学は危険なのでやめるようお願いが貼られている.
 
業平橋駅のポスター広告はスカイツリーのものばかり
現在の高さも貼られている(右写真).

業平橋駅前の東武橋の上には見学者が沢山いる

みんな見上げて写真をパチリ.
  
東武橋から見るとこんな感じとなる
右に流れる川は北十間川.親水護岸と船着場が整備される.
2009年11月21日現在,高さ215m
建設現場下には大きく高さが表示されている.

北十間川沿いに歩いていくと(右側),押上駅まで行くことができる

東武鉄道本社(解体される)

押上業平橋駅周辺土地区画整理事業として区画整理も行われている.

クレーンの後ろに業平橋駅のホームがある
 
正面!?から撮影.また違った姿となる.
 
押上駅近くの京成橋の上から見た東京スカイツリー

京成電鉄本社
 
押上駅入口
 
東武橋に京成橋.北十間川に架かる橋の名前
それぞれの本社が近くにある

観光路線バス「東京・夢の下町」【東京考察#282】

Torism local bus “Tokyo and The downtown of the dream”


観光路線バス「東京・夢の下町」

 


 初めて東京を訪れる人でも気軽に都内の名所を巡れるように,2008(平成20)年4月より都バスで運行を開始した路線バスが「東京・夢の下町」号である.東京駅丸の内北口から日本橋,須田町(秋葉原電気街),上野公園下,菊屋橋(かっぱ橋入口),浅草雷門を経由して両国駅前までを結ぶ路線で,9時から18時まで30分間隔で運行されている.近年増加している外国人観光客にも対応できるように,車内放送やTVモニターでは日本語・英語・韓国語・中国語による案内がされ,車内に置かれている案内パンフレットも他言語版が用意されている.一般の都バスと同じ扱いなので,一日乗車券やパスモなどのIC乗車券でも乗れる.車両デザインは,首都大学東京との産学連携によるオリジナルデザインのバスを使用し,車体はステンレス製で塗装がないものとなっている.
 
車内に付いているTVモニター
映像と共に多言語で案内が流れる

車内 基本的には横に向いて座るロングシートタイプ

出入り口脇には,多言語のパンフレットが置かれている.

こちらは英語版のマップ

夜の隅田川橋梁群【東京考察#104】

The bridge of Sumida river at night(view from a water-bus)

水上バス

 


  東京考察No.6では昼の隅田川橋梁群を紹介した.ここでは,夜バージョンでお送りします.では,浅草から河口まで橋の旅をどうぞ.



東武鉄道の橋梁


吾妻橋


駒形橋


厩橋


蔵前橋


JR総武線の橋梁


両国橋


首都高6・7号の両国ジャンクション


新大橋


清洲橋


永代橋


中央大橋


勝鬨橋 (真ん中がハの字に開く橋だった)

東京湾へ

おまけ・・・

レインボーブリッジ

江戸東京博物館【東京考察#98】

Edo-Tokyo Museum

 


 江戸時代から賑わいのあった「両国」につくられた江戸東京博物館は,江戸東京の歴史遺産を振り返り未来の東京を考える博物館として平成5年にオープンした施設である.特に見所としては,世界でも有数の大都市といわれた江戸の町割(都市計画)や生活・芸能・文化を,精巧な模型などを用いて丁寧に復元しており,江戸という都市に興味のある人にとっては見応えのある展示内容である.江戸だけでは終わらず,現代の東京(昭和40年代頃)まで展示は続いていく.入口は6階まで一気にエスカレーターで上り,上から徐々に降りていくような順路となっている.
博物館の所在地は墨田区横網1丁目となっている.さすがは相撲の地「横綱」なんて,と思ってしまうが,実は,横綱(よこづな)ではなく横網(よこあみ)である.なんとも紛らわしい地名である.隅田川の近くで網漁でも営む者がいたのか,隅田川にかかわる地名であろう.


再現された「日本橋」


再現された「芝居小屋中村座の正面」


武家屋敷の模型


お産の様子


町人町の模型

両国国技館(相撲観戦)【東京考察#85】

Ryogoku Kokugikan (watching Sumo wrestling games)

 


 現在の両国国技館は2代目である.旧両国国技館は明治42(1906)年に回向院境内(両国駅南側,京葉道路南)に建てられ,それまでは屋外でやられていた相撲を屋内でやるようになった,日本で最初の屋根付き国技館である.明治時代に東京ドームの先駆けのような屋内競技場ができていたことを考えると驚きに値する.その後,失火,大震災,戦災と幾たびも建て替えられたが,昭和29(1954)年に蔵前国技館が完成すると,相撲試合は蔵前で行われるようになった.
蔵前では昭和59(1984)年まで相撲が行われていたが,昭和60(1985)年,新両国国技館が完成すると,再び両国で相撲が行われるようになった.土俵や吊り屋根は自動で昇降して格納することができ,相撲以外のイベントもできるという.館内には相撲博物館や相撲診療所,相撲教習所なども併設されており,災害時の食糧備蓄倉庫や自家発電装置,屋根に降った雨水を浄化する装置も備えられており,近代設備を取り入れた最先端の国技館となっている.



幕下力士の戦い


お目当ての力士の入場を待つ観客

NHKの中継は午後4時くらいから行われているが,これは幕内力士の中継のみを行うからであって,相撲の取組みは午前9時から行われている.幕下力士の試合の時は,まだ席に空席が目立つ.


入口では力士OBが切符を切る


案内所.枡席までビールや食物を運んでくれる.おみやげもここで・・・

 
座席は方向別に,「正」「向」「東」「西」となっている.
「向」は「むこうじょうめん」と呼ばれている席.

  
1階は全て「枡席」となっており,4人で1セットの席となる.


館内上部には歴代横綱の写真が並べられている



いよいよ幕内土俵入り


横綱土俵入り.午後4時頃から.(武蔵丸)


「満員御礼」と「日の丸」
1階枡席が満員になると札が垂れる


人気の取り組みには懸賞がたくさん付く


弓取り式で終了


櫓(やぐら=19.5m).相撲が終わると太鼓が叩かれる.これが風情のある音を響かせる.


動画でお楽しみください.Click!

草39 金町駅⇔浅草寿町(上野松坂屋)[都バスで東京発見]

上野・浅草から国道6号・水戸街道をただひたすら走る路線

草39 金町駅⇔浅草寿町(上野松坂屋)(経由)青戸車庫・東向島広小路 青戸支所

路線keyword:雷門の大提灯,国道6号・水戸街道


上野松坂屋から浅草寿町までは、平日の日中のみの運転となり本数が少ない。上野松坂屋から浅草寿町までは上46系統と同じルートを走る。
寿町を発車し、雷門の大提灯、東武浅草駅、水上バスのりばを見て、吾妻橋で隅田川を渡る。墨田区役所を過ぎて三ッ目通りへ左折する。言問橋より国道6号・水戸街道となり、あとはひたすら水戸街道を金町向けて走っていくのみである。
向島界隈の下町を走り、東武博物館のある東向島で東武線のガードをくぐって、四ツ木橋で荒川を渡る。国道6号沿いとあって、環七通り同様、中古車販売のディーラーやファミリーレストランが多く目に付く単調な風景が続く。
青戸車庫を過ぎ、中川を渡り、踏切を越えて、左折。また京成線の踏切を渡り、線路に沿って走ると、終点金町駅となる。

墨38 東京都リハビリテーション病院⇔両国駅[都バスで東京発見]

防災高層住宅が立ちはだかるリハビリテーション病院への通院路線

墨38 東京都リハビリテーション病院⇔両国駅(経由)業平橋駅・本所1丁目 千住営業所・青戸支所

路線keyword:東京都リハビリテーョン病院,白髭東住宅,江東地区防災拠点(白髭東地区)


この路線は東京都リハビリテーション病院への通院を目的に近年開設された路線である。その為なのか、19時になると早々とバスは走らなくなる。

両国-本所吾妻橋 未乗

浅草通りを業平橋で左折し、曳舟方面へ走る。東武線曳舟駅前を通過し、曳舟川交差点で左折して明治通りへと入る。
左手には、文化元年(1804年)に商人や文人らが梅樹を寄付したことによって開園した向島百花園が眺められ、前方に壁のような団地群が現れてくる。バスは白ひげ橋東交差点にて右折したいのだが、右折禁止交差点なので、一旦ひとつ先の信号まで進み、Uターンをして反対車線の左折専用道路に入る、面倒なルートを走る。
左手には白髭東住宅の高層住宅が壁のように立ちはだかっている。ここは江東地区防災拠点の指定を受けた白髭東地区であり、大災害時に高層住宅東側の住宅密集地で起きた火災を高層住宅西側にある避難活動場所である東白髭公園への延焼を防ぐため、高層住宅を10棟横につなぎ合わせて防災壁を作ったのである。この団地は、火災発生時は住棟間の隙間を鉄の扉で締めて火の手が広がらないようにし、壁が赤色に塗られている5階では、災害時のベース拠点として機能するために廊下が他の階よりも広くなっているなど、様々な防災対策が採用されている。
その住宅群の北端に東京リハビリテーション病院が存在し、バスはそこで終点となる。

錦28 東大島駅⇔錦糸町駅[都バスで東京発見]

錦糸町駅から北砂を通って東大島駅までを結ぶ路線

錦28 東大島駅⇔錦糸町駅(経由)西大島駅 葛西営業所

路線keyword:江東公会堂,団地,北砂町


錦糸町駅から北砂地区へのアクセス路線である。
高層住宅団地の建つ東大島駅を発車し、東砂団地で右折する。北砂界隈を走っていくと、今度は北砂5団地が現れる。都市基盤整備公団の前身である日本住宅公団が開発した団地である。このあたりの「砂町」という名の由来は、かつては海岸の寄り洲(風波などによって砂が吹き寄せられてできた洲)であって江戸初期に新田開発された地であるために、このような名が付けられたのだという。
明治通りへ右折し、かまぼこ型の進開橋を渡り、西大島駅で左折。新大橋通りを走って、住吉駅で右折。営団地下鉄半蔵門線の工事の上を通りるとまもなく終点、錦糸町駅となる。日曜日の16時頃は大混雑する(競馬終了のため)。

錦25 葛西駅⇔錦糸町駅 [都バスで東京発見]

葛西と錦糸町を結ぶ地味な地域住民路線

錦25 葛西駅⇔錦糸町駅(経由)船堀駅・亀戸駅通り 臨海営業所

路線keyword:京葉道路,錦糸町,小松川橋


葛西駅バスターミナルを出発すると環七通りを北上し、長島町交差点を左折して葛西橋通りを走ったかと思うと、すぐに右折する。葛西保健相談所停留所を出ると、超カマボコ型の橋で新川を越え、三角停留所となる。商店の点在する道路を走り、船堀小学校にて船堀街道へ右折して都営地下鉄新宿線船堀駅となる。船堀駅周辺は、団地やマンションなどの高層住宅が多く目に付く。
バスは船堀街道を直進して北上し、東小松川交差点にて京葉道路に左折する。小松川橋で中川・荒川を渡り、あとは錦糸町駅まで京葉道路を西に直進するだけである。左手には再開発された小松川地区の高層住宅群が見える。沿線には高層住宅が多く、バスの中から10階建て以上の団地やマンションをあちこちで見ることができる。
亀戸を通り、右手に映画館等が入る東京楽天地ビルが現れると終点錦糸町駅前に到着する。

平成12年12月12日のダイヤ改正で、FL01系統というフレキシブルバスが登場した。これは、錦糸町駅をでると水神守・船堀駅のみの停車、船堀駅から葛西駅までは各停留所に停車する急行バスであり、京葉交差点を通過しないルートを走っていく。運行は土日のみとなっている。側面の方向幕が錦25と同じであり、違いといえば朱色で「FL01」と表示されているだけなので、いつもの普通のバスかと思いこんで乗ってしまう乗客が多く、運転手さんがマイクでしつこく案内している。系統番号を、「急行××」としなかったのは何故なのだろうか。おそらく、他の急行バスと違って、運行経路が違うために区別したのだろうと思うが・・。

平23乙 平井駅⇔上野松坂屋(上野広小路)[都バスで東京発見]

上野・浅草から墨田区中央部を横切る路線

平23乙 平井駅⇔上野松坂屋(上野広小路)(経由)八広2丁目・押上駅 南千住営業所青戸支所

路線keyword:下町,川の手,工場地帯,墨田区,浅草通り,浅草雷門,上野広小路


平日・土曜日は平井駅から上野松坂屋までの便数が少なく、半数以上は浅草寿町止まりであるが、祝休日になると買物利用客を考慮してか全便上野松坂屋行きとなる。また、この系統は上野-平井間の他に、八広二丁目から分岐する、浅草寿町-新四ツ木橋間の便も存在するが、新四ツ木橋までのバスは本数が極端に少ない。
平井駅を出発すると、曲がりくねる2車線道路を密集した住宅に囲まれながら走る。そして、交差点を右折すると、水の流れている様子がほとんどない旧中川を中平井橋で渡る。
地図を眺めると、旧中川、中川、新中川と3つの中川が存在していることに気がつく。葛飾・江戸川区内の下流部は「七曲り」と称されるほど蛇行しており、荒川放水路の開削と同時に、その東側に中川放水路を開削して現在の中川となった(昭和3年完成)。その放水路完成時にかつての中川は旧中川となり、現在でも残っているのである。中川と旧中川は荒川を隔てているが、繋げて考えてみるとかつての川筋だった事が理解できる。さらに昭和38年には、高砂から分流して旧江戸川に注ぐ放水路が完成し、これが新中川なのである。かなり複雑な話である。
平井から浅草方面に向かう時は橋詰にて右折し、旧中川沿いを大きく迂回して走る。鉄工関係の工場が多く、工場の敷地内のような殺伐とした空間をバスは走る。大きな煙突が右から左へと移動していた。荒川土手の堤防が現れるとバスは堤防沿いに走り、東墨田をぐるりと一回りする。
八広2丁目で上下線が合流し、中居堀交差点で明治通りを横切る。そして、文花3丁目停留所を過ぎ、住宅・商工業が混在する日本有数の木造家屋人口密集市街地として有名な京島界隈に入る。京島は4mに満たない狭い道路が網目のように形成され、1m程の道路を挟んで家が建て込んでいる場所さえも存在する。いまだに長屋なども残り、東京の下町を最も感じることのできる場所であるが、都市計画的な視点で眺めると防災や居住環境などの点で問題の多く残る地域である。
北十間川を渡ると押上となり、浅草通りを上野まで西進する。本所吾妻橋を過ぎると右前方の2車線の道に入るが、通りの名前は浅草通りで変わらない。右手には、リバーピア吾妻橋・吾妻橋ホール・アサヒビール本社・墨田区役所等のビルが建つ再開発事業地が現れ、すっかり名物になった金色の炎のオブジェはアサヒビール本社の上に乗っている。隅田川を吾妻橋で渡り、後ろを振り向くと眩しい色彩を放つ金色のオブジェを見ることが出来る。
浅草松屋デパート・東武浅草駅、そして浅草雷門を右に見て、賑やかな浅草の商店街の中をバスは走る。国際通りへ左折し、地下鉄田原町駅前の浅草寿町にて浅草通りへ右折する。
菊屋橋交差点では、右手に料理器具等の飲食店で使用する道具を扱う専門店が約200店ほど連なっている合羽橋道具街・かっぱ橋通りと交差する。道具街は右左手方向に約1km続いている。バスは上野を目指して浅草通りを西に進む。道路の下には昭和2(1927)年に開業した日本初の地下鉄・銀座線が平行に走っている。
首都高速の高架橋が見えると、右手に駅ビル再開発構想で取り壊されそうになった上野駅舎が現れて上野駅となる。JR線のガードをくぐると、左手にアメ横入口が見えて、右手に上野の森と京成上野駅を見て上野公園山下停留所となる。アブアブや上野松坂屋、ショッピング街・飲食店街の広がる賑やかな上野広小路を走ると、終点上野松坂屋停留所に到着する。

里22 日暮里駅⇔亀戸駅[都バスで東京発見]

日暮里・亀戸を明治通りで結ぶ路線

里22 日暮里駅⇔亀戸駅(経由)三河島駅・白髭橋 南千住営業所

路線keyword:明治通り,山谷界隈,白髭橋,京島・向島


日暮里と亀戸を結ぶ、比較的利用価値のある路線である。この路線には中型バスが導入されている。
日暮里駅前のロータリーを出発すると、東日暮里三丁目で尾竹橋通りへ左折し北に進む。商店街が連なってJR常磐線三河島駅前を通過し、宮地交差点に来ると明治通りの陸橋となって、バスは右折する。あとは亀戸駅まで明治通りをひたすら走るのみである。
荒川区役所前、営団地下鉄日比谷線三ノ輪駅前である大関横丁にて日光街道を横切り、三ノ輪二丁目にて左の道に進み、南千住駅最寄り停留所である泪橋・山谷界隈となる。
隅田川を白髭橋で渡ると、左手に壁のように立ちはだかる防火壁の役目を果たしている白髭住宅を眺め、墨田区となって東向島界隈となる。京成線の踏切を渡ると、密集木造住宅市街地の広がる京島界隈となり、小村井で右に曲がって東武亀戸線の踏切を渡る。北十間川の運河を越えて、終点亀戸駅となる。

錦13甲 錦糸町駅⇔晴海埠頭[都バスで東京発見]

錦糸町と臨海・晴海埠頭とを一本裏通りの大門通りで結ぶ路線

錦13甲 錦糸町駅⇔晴海埠頭(経由)東陽三・豊洲駅 深川営業所

路線keyword:大門通り,晴海埠頭,工場地帯,中小企業の工場,狭路


晴海客船ターミナルを背にしてバスは東京港を後にする。晴海埠頭の倉庫群が建ち並ぶ、殺伐とした独特の景色を見て、バスは直進する。春海橋で春海運河を渡ると豊洲となって、石川島播磨重工などの鉄工場のある無機質な工業地帯を走る。
豊洲駅で左折し、いくらかは人間の生活の香りがする街並みとなっていく。運河を渡るときは、かまぼこ型に道路が盛り上がり、陸橋を渡るように川を渡る。ゼロメートル地帯であることが実感できる。
枝川となって右左折を繰り返し、深川車庫からやってくる乙系統と合流して塩浜となり、中小企業と高層住宅が建ち並ぶ地域をバスはうねうねと走っていく。大門通りとなって、地下鉄東西線木場駅に近い東陽三丁目となる。
永代通りと交差し、バスは裏路地的な二車線の大門通りを錦糸町目指して北進する。千石、石島、扇橋、猿江、住吉などといった、聞き慣れない江東区の街を走っていく。
京葉道路で右折し、やがて錦糸町駅まえとなり、終点となる。

錦11 錦糸町駅⇔築地駅[都バスで東京発見]

錦糸町と築地とをビジネス街の路地裏的な道路で結ぶ路線

錦11 錦糸町駅⇔築地駅(経由)新大橋・茅場町 江東営業所

路線keyword:築地,下町的な風景とビジネス街


錦糸町駅前もずいぶん様変わりした。駅前デパートなどのリニューアルにより、汚らしい街から綺麗な街へ。築地駅のバスは駅前のターミナルから発車せず、少し離れた四つ目通りの住友銀行前から発車する。
錦糸町駅を出ると、四つ目通りを南下し、住吉にて右に曲がる。新大橋通りを東に走る。菊川、森下と都営新宿線の駅前を通り、隅田川を斜張橋の真新しい新大橋で渡って、中央区日本橋浜町となる。
左手に水天宮が現れ、蛎殻町となる。だんだんとオフィスビルが建ち並ぶようになり、景色が変化してくる。鎧橋で日本橋川(上には首都高速)を渡ると、証券会社のオンパレード・兜町界隈となって茅場町となる。
オフィスビルの谷間の裏路地的な2車線道路をバスは走っていく。八丁堀、桜橋、新富町となって、晴海通りの手前で終点築地駅となる。バスを降りて正面に歩くと、左手に築地本願寺の正面が見える。錦糸町駅行きのバス乗り場は、築地本願寺前からの発車となる。築地市場は、晴海通りを渡ってすぐのところにある。

都08 日暮里駅⇔錦糸町駅[都バスで東京発見]

川の手地域を走る利用価値の高い都市新バス・グリーンリバー

都08 日暮里駅⇔錦糸町駅(経由)千束・押上 南千住営業所

路線keyword:川の手(下町)地域,碁盤の目道路,リバーピア吾妻橋,日暮里駄菓子屋,グリーンリバー


電車では遠回りをしなければならない区間である日暮里駅と錦糸町駅とを結ぶ、比較的利用価値の高い都市新バス・グリーンリバー路線であり、かつての里23系統である。グリーンリバーとは「川の手」地域を走るということで付けられた名称である。「川の手」という言葉は、武蔵野台地に広がる「山の手」という言葉に対抗して作られたもので、川の多い下町低地の広がる地域を「川の手」と呼んで、地域のアイデンティティーを育んでいこうというものである。
錦糸町駅バスターミナルを出ると、JR線のガード下を通り、四ツ目通りを北上する。関東大震災後の帝都復興計画によって造られた錦糸公園を右手に見て、碁盤の目状に道路の入った地域を走っていく。太平、横川、業平と通過し、押上となると浅草通りへ左折する。北十間川北側に京成電鉄の本社がある。そして、商店街が続くようになると業平橋となり、こちらの北十間川北側には東武鉄道の本社が建っている。
吾妻橋二丁目交差点にて右前方の2車線の道に入るが、通りの名前は浅草通りで変わらない。右手には、リバーピア吾妻橋・吾妻橋ホール・アサヒビール本社・墨田区役所等のビルが建つ再開発事業地が現れ、すっかり名物になった金色の炎のオブジェがビルの上に乗っている。隅田川を吾妻橋で渡り、右手には東武鉄道の鉄橋、左手には駒形橋のアーチ橋、さらに後ろを振り向くと眩しい色彩を放つ金色の炎のオブジェを見ることが出来る。この「リバーピア吾妻橋周辺地区」の景観は、建設省主催による都市景観100選に選ばれている。
右手に水上バスのりば、東武浅草駅・浅草松屋デパートを見てバスは右折し、浅草松屋前となる。浅草二丁目で左折し、浅草寺の裏側を通って、西浅草三丁目で国際通りに右折する。
吉原遊郭で有名だった千束を抜け、竜泉となるとバスは狭い2車線道路に左折する。遊郭は千束四丁目あたりに存在していた。現在でも特殊浴場街として知られる場所である。
竜泉からは住宅の密集する下町風情を色濃く残す地域を走っていく。くねくねとしばらく走っていくと、噴水のある駅前ロータリーに入って、終点日暮里駅前に到着する。駅の北側には10軒ほどの駄菓子問屋街があり、昔懐かしい駄菓子を買うことができる。これも下町風情のひとつである。

都07 錦糸町駅⇔門前仲町駅[都バスで東京発見]

JR総武線と営団東西線とをコの字型に結ぶ都市新バス路線

都07 錦糸町駅⇔門前仲町駅(経由)亀戸駅通り・境川 葛西営業所

路線keyword:門前町,砂町,運河・水路,木場,貨物小名木川駅,グリーンスター


JR錦糸町駅前のバスターミナルを出ると、国道14号線・京葉道路をJR線と平行に東へ進む。亀戸駅前にてバスは右折し、明治通りへと入る。今度は南へと進路を変える。
都営地下鉄西大島駅を過ぎ、周囲にはマンションや団地などの高層住宅が多く目に付く。そして、北砂三丁目バス停付近に来ると、右手に聞き慣れない「小名木川駅」と書かれた看板が通り過ぎた。JR貨物の専用駅であり、昭和4(1929)年に開設された、木材の運送を主に行う貨物駅である。
この付近の地名を眺めると、北砂、東砂、南砂、そして新砂と、「砂」の名前が多いことに気づく。この辺り、かつては海岸の寄り洲(風波などによって砂が吹き寄せられてできた洲)であって江戸初期に新田開発された地であるという。
日曹橋交差点にてバスは右折し、永代通りを西に進む。この路線はきれいなコの字を描くようにルートが設定されている。左手には、都内に三ヶ所ある運転免許試験場のひとつである江東試験場が現れる。そして東陽町駅前となる。
バスは地下鉄東西線の上を走り、かつては木材の貯木場があり、江戸時代より材木業者が集まって賑わっていた木場となる。勿論「木場」という地名もそこからきているものである。現在、木場は移転しており、ここより南東に位置する14号埋立地に新木場として貯木場が存在している。
この界隈は水と関わりの深い地域である。運河や水路が道路のように縦横に貫いているのが分かる。昭和初期までは海にも近く、魚介採取を職業とする漁師も多かった。八月には江戸三大祭りの一つである”水かけ祭り”が行われる富岡八幡宮前、毎月1・15・28日の縁日には屋台で賑わう深川不動前を過ぎると、かつては深川富岡門前仲町、蛤町等と呼ばれていた門前仲町に到着してバスは終点となる。保存会のメンバーによる木場の角乗りや深川の力持ちが見られるのは、南に流れている大横川に架かる黒船橋付近においてである。

都02 大塚駅⇔錦糸町駅[都バスで東京発見]

大塚から錦糸町までを春日通りで横断する乗客多い路線

都02 大塚駅⇔錦糸町駅(経由)文京区役所・御徒町駅・本所一丁目 大塚営業所

路線keyword:春日通り,文京シビックセンター,東京ドーム,上野広小路・アメ横,厩橋,グリーンライナー


鳩が戯れ、その横を都電が走る。錦糸町行の都市新バス・グリーンライナーはそんな大塚駅前広場より発車する。
大塚駅を出発するとバスは南下し、新大塚で春日通りに入る。大塚三丁目を過ぎて、右手にお茶の水大学、都バスの大塚営業所が現れて、茗荷谷駅となる。この辺りは台地なので、上野広小路までは坂の多い道を登ったり降りたりしながら、小日向、小石川、春日と文京区内を走っていく。文京区は、明治以降に諸大名の屋敷跡地に大学等の文教施設を多く設置したところから「文京」という名がついたという。東京大学を筆頭に、跡見学園短大、お茶の水女子大学、順天堂大学、拓殖大学、中央大学理工学部、東京医科歯科大学、東洋女子短大、東洋大学、東邦音楽短大、日本女子大学、文京女子短大と、これらの大学・短大が文京区内に存在している。かつては、東京教育大学(現筑波大学)、東京農業大学も存在していた。
また、文京区は大正時代の頃から、「山の手」住宅地となっていた地域であり、そのため老人の姿を多く目にする地域である。文京区は落ち着きのある独特な雰囲気の漂う場所である。
伝通院前<説明>を通ると、上部が半円形になっている真新しい高層ビル・文京シビックセンター(文京区役所)が前方に現れ、富坂上のバス停を過ぎると急な下り坂となって、文京区役所前となる。この区役所庁舎は「豪華庁舎」として一時期話題にのぼった建物で、最上部は無料展望台となっている。内部は吹き抜けになっており、シースルー(ガラス張り)の高速エレベーターから、区役所の各階の内部をのぞき込みながら展望台に行ける楽しい設計になっている。
ビルの谷間から東京ドームの丸い屋根が右手に現れ、白山通りを横切って東に進む。東京大学の最寄りバス停である本郷三丁目を過ぎると、学問の神様・菅原道真を祭る、合格祈願で有名な湯島天神前となり、坂を下って上野広小路となる。右手に上野松坂屋が現れ、御徒町の繁華街の中を突っ切る。左手のアメ横には人々が大勢うごめいていた。この場所は通過するのに時間がかかることが多いが、現在都営地下鉄12号線の駅建設工事中で、渋滞に一層拍車をかけている。
JR線のガードをくぐると、右手には宝石・貴金属専門店が建ち並ぶジュエリータウンが通り過ぎる。昭和通りを横切り、バスは春日通りを進むが、この辺りから文京区とは対照的な下町の雰囲気を徐々に呈するようになる。元浅草、三筋と過ぎると、隅田川を美しい3連アーチの厩橋で渡って、墨田区となる。
本所一丁目からは春日通りに別れを告げて、清澄通りを南下し、蔵前橋通りに左折する。バス停名は石原のオンパレードとなるのだが、正しい読みは「いしはら」なのか「いしわら」なのか。商店街やバス停留所のローマ字表記は「いしはら」となっているが、区役所の設置する町丁目名の看板やバスの車内案内放送では「いしわら」となっている。停留所の表記と案内放送とで異なっているのには「おや?」と思うが、地名辞典によると「いしわら」という読みで記載されているので、とりあえずは「いしわら」が正しいという結論にしておく。
そんな事を考えているうちに、終点錦糸町駅に到着した。

隅田川橋梁群【東京考察#6】

The bridge at Sumida river (view from a water-bus)


水上バス

 


 隅田川にかかる橋梁(復興局施工による6大橋)は、土木史の中でも語り継がれるほど、優秀な土木構造物である。6大橋とは、相生橋・永代橋・清洲橋・蔵前橋・駒形橋・言問橋のことであるが、これらの橋は関東大震災の復興事業によって架けられたものであり、外国人技師らと共に当時の新技術を投入して、技術的にも工法的にも景観的にも高く評価されている橋である。
浅草~日の出桟橋間を走る水上バスから通過する全ての橋梁の写真を、浅草側から下流に向かって撮影した。当時の6大橋と近年架けられた橋(新大橋などの斜張橋)との対比などをしてみるのも面白い。
台風の翌日に撮影したので、隅田川の色がインドやタイの川のように濁っていた。普段はこんなには濁っていない。写真が18枚ありますので、全て表示されるまでに時間がかかるかと思います。ご了承ください。では、浅草から河口まで橋の旅をどうぞ。



東武鉄道の橋梁


吾妻橋


駒形橋


厩橋


蔵前橋


JR総武線の橋梁


両国橋


首都高6・7号の両国ジャンクション


新大橋


清洲橋


隅田川大橋(首都高9号)


永代橋


中央大橋


佃大橋


勝鬨橋 (真ん中がハの字に開く橋だった)

東京湾へ

京島(木造住宅密集市街地)【東京考察#3】

The wooden housing high density city area at Kyojima


車も通れない道に木造住宅が建ち並ぶ
map

 


 京島(きょうじま)、あまり聞き慣れない地名かも知れない。向島(むこうじま)界隈といったほうがピンとくるだろう。隅田川と荒川に挟まれた地域であり、昔ながらの東京を色濃く残す下町である。その向島界隈の中でも、良くも悪くも情緒ある風情を残している地区が京島なのである。車も通れない道路に木造の住宅がぎっしり建ち並ぶ。隣の家の話し声が聞こえてきそうな、プライバシーなど関係ない程の密集した街並みである。この街を歩いていると、ふと昔にタイムスリップしたような気分になる。そして、不思議なことに、歩いていて心がほっとするのは、人間の尺度=ヒューマンスケールで建物や道路が形成されているからに違いない。



これも公道である。人とすれ違うのがやっと。


洗濯物を干すスペースは道路である。


迷路のような狭路


建て替えのための空き地も多くなってきた


これも道路
マンホールがある(つまり下水道などの公共施設が埋設されている公道)


「究極の狭路」といったところか.


井戸があった


洗濯物は道路に・・・

 


都市計画的(「役所の立場で」と言った方がいい)には非常に問題のある街である。木造住宅がほとんどであり、大地震や大火事などが発生したときにおける防災の上で好ましくない。今の法律では4m以上の道路に面していないと家が建てられないようになっているため、この地区では住宅を建て替えるためには、セットバック(敷地を道路として提供し、建物のファサードをひっこめること)を行わないといけない(下の写真で道路が広くなっているところがセットバックを行ったところ。左の家は新築である)。そうなると、ただでさえ狭い敷地の京島、家を建て替えたくても建て替えることができず、一向に居住環境が向上しない。そこで、京島まちづくり公社によって木造住宅密集地域の整備事業により、よりよい居住環境を造るためのまちづくりが行われている。そのため、空き地がぽつりぽつりと存在している。下町の風情ある街並みは、都市計画的には不合格であり、次第に姿を消していく。



セットバックで新築部分だけ広くなった道路


キラキラ橘商店街


京島2丁目、3丁目が密集の度合いがすごい。街を歩くときはキラキラ橘商店街を中心として、脇の路地裏を歩いていくといい。この地域の密集のすごさが実感できる。電車では京成押上線の京成曳舟駅、東武亀戸線の小村井駅、都バスでは日暮里駅・亀戸駅間を走る路線で橘通り停留所で下車。迷路のような街なので地図をお忘れなく…。