地下鉄銀座線【東京考察#215】

The Ginza Subway Line

地下鉄銀座線

路線図


 地下鉄銀座線は,日本で最初に開通した地下鉄である.1927(昭和2)年に浅草・上野間で開通し,現在のように浅草・渋谷間が全線開通したのは,1939(昭和14)年であった.当初は,東京地下鉄道が浅草・新橋間を運行し,新橋・渋谷間は東京高速鉄道(現東急の前身)によって運行されており,別会社によって相互乗り入れがされている形態だった.その後,1941(昭和16)年に営団地下鉄に統合されて,現在は営団地下鉄の民営化(2004年)により東京メトロとして運行されている.
地下深く走る新しい路線と違って,歴史の古い銀座線は地下の浅いところを走っているため,地上との乗り降りが非常に楽で,ちょっとした距離でも銀座線ならば乗ってもいいなと思える路線である.朝ラッシュ時は2分間隔,日中でも3分間隔の運行をしており,利用客が非常に多く,車両が小さい(つまりトンネルの断面が小さい)こともあって,いつ乗っても混雑していると感じる.
現在は走っていないが,昔の銀座線の車両(全部オレンジ色の電車)に乗ったとき,駅に着く手前で「ピカッ」と車内の電気が消えて,壁にある小さな非常灯のランプ(ガラスの形がオシャレで,なんかレトロムードのあるランプだった)が一瞬「ぴかっ」と光る現象がおきていた.前の車両から順々に後ろに移っていくので,子供のとき「そろそろくるぞ!」と銀座線にのるといつもワクワクしたものである.特に終点の浅草駅に着くときは線路を渡るためにポイントを通るので,長い時間車内が真っ暗になり,特に面白かった思い出がある.蓄電池を積んだ新型車両への置き換えにより,1993年にこの現象は見られなくなった.なぜ,電気が消えるのかというと,銀座線は電気を線路脇の第3軌条と呼ばれるレールからとっており,ホームへ着く前にはそれが右から左へ移るので,その切り替え時に電気が一瞬消えていたのであった.
もうひとつ,銀座線には昔の車両の思い出があり,その電気が消える時代,どういうわけか全6両のうちの4両目あたりの1両だけは,ドアが片側へ開く1枚扉で,鋲(リベット)が車体に打ち込まれている昭和初期を思わせるようなレトロチックな車両がつながれていた.なんか,銀座線だけはちょっと違うな,と思わせてくれるものだった.

銀座線は浅いところを走っている.
エスカレータにのったらすぐにホームで乗りやすい
 
銀座線の名がついた「銀座」駅.後ろは銀座4丁目交差点
この名がついたのは,丸ノ内線が開業する前年の1953(昭和28)年である

銀座駅は天井が低い.銀座線は全体的に狭く感じる造りである.

線路の脇にある第3軌条から電気をとる
これが切り替わるときに電気が消えていた

銀座線のカラーはオレンジ色
  
上野駅 鋼製の柱のリベットが渋い

上野駅には,電車が接近すると電車のマークが
右から順に光る接近表示板がある.結構古くからある.

稲荷町駅(2001年撮影)
開業当時(昭和2年)の駅入口が残っている
銀座線には,ホームの幅が狭い駅が多かった.これも開業当時の広さだったものである.また,神田駅や京橋駅なども,リベットの鋼製柱が残る古めかしいホームだったが,リフォームによって現在はきれいな空間に生まれ変わっている.しかし,化粧板を取っ払えば,昔ながらの構造物が見られるに違いない.