さて,次の日は自由行動である.オプショナルツアーへ参加するという選択肢もあるが,ここは地下鉄を自由に乗り継いでソウル市街を歩き回ってみた.人気のオプショナルツアーは,38度線の非武装地帯にある板門店に行くツアーであるが,結構中止となってしまうことが多くてこの日も中止となっていた.その代わり,侵略トンネル見学と北朝鮮を望むことができる展望台,それから脱北者と実際に会って体験談を聞くというツアーに変更されていた.
余談であるが,未だに休戦状態である北朝鮮をツアーの観光名所としてしまうのも凄いが,それを緊張感ある観光ツアーとして楽しんでいる日本人もなかなかのものである.でも,このようなツアーを行っている韓国人(というよりは朝鮮人と言った方がいいのかもしれない)の背景には,「北」と「南」とに分断されている現状を,ひとりでも多くの人に実感してもらい,もともとひとつであった朝鮮半島の南北統一の力になって欲しいことを願っているのだろうと思う.
<移動は地下鉄で>


自動券売機と5000ウォンの定額券
(5000ウォン分乗車できる回数券である)
韓国の地下鉄は日本と同じく路線毎に色分けされており,乗りにくいことはない.駅には全て番号が付けられているので,地図さえあればどこの駅かがすぐわかる.また,漢字とアルファベット表記がついているので,ハングルが読めなくても大丈夫である.運賃は,市内は700ウォン(70円)であり,自動券売機で切符を買うか,おつりが必要なときは窓口で切符を購入し,自動改札機に切符を通してホームに向かう.乗り方は日本と全く同じで,違うのは自動券売機で切符を買うときに,先に運賃のボタンを押してからお金を投入することぐらいである.
また,5000ウォン,10000ウォン,20000ウォン分の乗車ができる回数券も販売しており,これを使うといちいち切符を買う必要がなく,そのまま自動改札機に向かうことができる.最後の余り分は,700ウォンまでお金が足りなくてもサービスで乗車ができるというのもうれしい.この回数券も専用の自動販売機か窓口で買うことができる.日本人観光客が多く利用する駅では,日本語で自動券売機の使い方が張ってあるところもあった.
<汝矣島(ヨイド)の63ビル・漢江(ハンガン)遊覧船>

ソウル市内を悠々と流れる川・漢江の中洲に汝矣島と呼ばれる島がある.1958年までは飛行場として使われていた場所だそうだが,ここは国会議事堂の建設から始まって,近年新しくオフィス業務地区として発展している地区であり,そこにソウルで一番高いビルである63ビルが建っている.日本の大成建設が施工したこのビルには,地上60階の最上階に展望室が設けられており,天気が良ければ仁川まで見えるという.展望室へ向かうエレベータはガラス張りの展望エレベーターであり,漢江の景色を眺めながらみるみるうちに60階へと向かう.展望室の他に,水族館などが併設されている.



漢江には約1時間の周遊遊覧船が運航されている.料金は7000ウォン.船からは,高層住宅団地群や鉄橋を走る国鉄,国会議事堂などを眺めることができ,歩き疲れた足を休ませるのにはちょうど良い.
<南大門(ナムデムン)市場>
南大門市場
食堂街 ここで「ソルロンタン」を食べた
出前はこのように頭にのせて運ぶ.お餅をコチュジャンで甘辛く炒めた「トッポッキ」
夜の南大門市場 ちょっと寂しい感じ
韓国で最も古いマーケットが南大門市場である.雰囲気は東京上野のアメ横に似ており,洋服から食料品までありとあらゆるものを手に入れることができる.夜になると屋台が並び,また違った趣のマーケットになるが,最近の韓国の若者には敬遠されている地区らしく,もっぱら韓国のおばちゃんと観光客専用の街になってしまっている感がある.夜に再び訪れてみたが,雨がぱらついていたこともあってか人が少なく寂れており,明洞の若者の喧噪(後記述)とは比較にならないほど静かで閑古鳥が鳴いていた.
昼食は南大門市場の食堂で食べた.店先にサンプルが並べてあるので,指をさしておばちゃんにアピールすれば,あとは店の中にいる店員に伝えてくれるので,中で料理が出てくるのを待つのみである.骨付き牛肉の切れ端や内臓を煮込んだ「ソルロンタン」スープとライスを注文した.韓国の食堂では必ずキムチがついてくる.朝昼晩,必ずキムチが出され,よく毎日こんなに辛い物を食べ続けられるなと正直思ってしまう.今回の昼食も,正直キムチがおかずのようになっていた.あとから知ったことなのだが,ソルロンタンスープは,キムチを入れたり塩を入れたりして自分で味付けをするらしく,どうも味の薄いスープだなと思って醤油を足して飲んだものであった.箸は必ずステンレス製,ごはんもステンレスの器に蓋が被さって出てくる.ごはんは日本とおなじように湿り気と粘りのあるものであった.
<戦争記念館>
入口にあるモニュメントと何十機も並べてある実物の戦闘機
国連軍として朝鮮戦争に参加した国々の国旗(もちろん日本はない)
韓国に来たら朝鮮戦争を知らなければならない.まぁ,朝鮮戦争を知るには第二次世界大戦と大日本帝国の占領を知らなければならないのであるが,そのような過去の戦争について詳しく展示してある博物館が,この戦争記念館である.ここでは祖国のために戦って亡くなった兵士の業績を讃えており,戦争に関する資料や兵器が並べられている.特に朝鮮戦争については広いスペースを使って展示されており,爆弾を発射させるときや,戦闘機から橋や道路・民家を襲撃するときのモノクロ映像などが,これでもかというほどの大画面で流され,実にリアリティのある映像を見ることができる.
また,朝鮮戦争の南北境界(最前線)がどのように進行していったかを,地図を用いながら時系列で把握することができる.朝鮮戦争の展示の始まりは,広島と長崎に原爆が落とされて,大日本帝国が降伏する1945年8月15日からの映像や展示となっている.自由を勝ち得た朝鮮半島であるが,38度線を境に北をソビエト,南をアメリカの体制で国造りが行われていくことになり,ついに北から攻められて一時はソウルも占領され,釜山のみが砦となっていたが,国連軍の応援もあって仁川の上陸作戦によってソウルを奪還し,さらに平壌も手に入れる.再び最前線は南下して今の軍事境界線をもって休戦状態になるまでの展示がされているのである.日本語表記も一部されているので,展示内容の大まかなストーリーはつかむことが可能だし,映像は言葉がわからなくても見ているだけで何となく内容が伝わってくる.金日成の若い映像も見ることができる.
日本でこのような博物館をつくるときには,「平和」とか「祈念」などという文字を使用し,戦争はいけないこと,平和を育むことに重きを置いた内容になるが,休戦中の韓国では「記念」として,戦争を行うことは国を護る上で必要なことであると訴えかけるような印象を受けた.館内には,軍人を疑似体験できるコーナーや,戦争ゲームを行うことのできるゲーム機械が設置してあるところなど,今の日本ではタブーとされていることが平然と展示されている.
朝鮮戦争の展示は,1945.8.15から始まる
日本降伏の文章
<活気ある夜の明洞(ミョンドン)>
地下鉄明洞駅前.屋外ステージでイベントが行われている.
溢れる人で埋め尽くされている
明洞はソウルで最も賑やかな繁華街である.午後9時頃であるにもかかわらず,道路には人で溢れている.午前中までは雨が降っていたにもかかわらず,これだけの人出があるのだから,ソウルのパワーを感じずにはいられない.ここにいるとこっちも元気が沸いてくる,そんな地区である.
<駅で見た光景 ~迷彩服の若者~>
写真は地下鉄ソウルステーション駅の切符売り場である.この駅では韓国国内に路線網を張り巡らせている国鉄と乗り換えられる駅であるが,このソウル駅では迷彩服を着た若者の姿を多く見かけることができた.ご存じの通り,いまだに北朝鮮と休戦中の韓国では徴兵制があり,20歳になると24ヶ月の入隊をしなければならない.入隊後は100日の訓練を受けた後,3日ほどの休暇をもらえるらしく,この迷彩服を着た若者はその休暇中の軍人なのだという.入隊中は国鉄に無料で乗れるという.韓国の若者の99%は,この徴兵制を嫌っているといい,青春時代の貴重な2年間を厳しい訓練としごきのある軍隊で過ごさなければならない現実がある.

さて,福島空港からソウルへ,2時間半ちょっとのフライトで到着します.是非一度,韓国ソウルへ足を運んでみてはいかがでしょうか.
<おまけのコーナー>
コンビニではおにぎりを売っているのだが,ハングルが読めないので,中身が何なのかさっぱり判りません!これはロシアンルーレット並のスリルがあります.