清洲橋(隅田川橋梁) 【東京考察#232】

Kiyosu-bashi ( Sumidagawa bridge )


清洲橋


 清洲橋は,関東大震災の震災復興事業で架けられた隅田川橋梁群のひとつである.隅田川橋梁群は当時の新技術が駆使され,同じ形式の橋を造らず,ほぼ同じ長さのそれぞれ異なった形式を採用することにして,橋梁群全体のデザインを示しており,後世に語り継ぐことのできる土木遺産として高い評価を得ている.清洲橋の構造形式は三径間の鋼鉄製吊り橋,1928(昭和3)年に架設された,橋長186.6m,幅員22.0mの橋である.ドイツのケルン大吊橋を模範にしており,隅田川に架かる橋の中で最も美しいと言われ,人気の高い橋となっている.
「清洲」の名の由来は,深川の清澄町と日本橋中洲町を結ぶ橋であったことから付けられた.清澄町はセメント工場の発祥の地であり,中州町は1771(明和8)年に埋め立てを開始して造られ,一時は取り壊されていたが1886(明治19)年に再び埋め立てられた経緯のある場所である.

街灯もレトロで洒落ている

橋の下の川縁は歩けるようになっている.
隅田川の川面が見れる.

浅草や日の出桟橋からの水上バスが橋の下をくぐる

橋の下 いろいろな配管が付けられている
 
吊り橋の鋼製部分には,ライトアップ用の照明が取り付けられている

間近で見ると,鋼製の武骨なところがまた魅力的

歩道から


水上バスからみた清洲橋(昼)

水上バスからみた清洲橋(夜)