「■世界の旅」カテゴリーアーカイブ

BANCHAN WORLD の海外をテーマにしたカテゴリーです.

おもしろエレベーター[アムステルダム&ブリュッセル+パリの旅行記#8]

古い建物が多く建っているヨーロッパには,珍しいエレベーターが結構沢山残っている.今回の旅行の中で目にした珍しいエレベータを紹介する.

ビクトリアホテル  【アムステルダム】

このエレベーターはアムステルダムで宿泊したビクトリアホテルの低層階用のエレベーター.油圧式でゆっくりと動くもので,ロビー(1階)から3階までのエレベーター.扉やかごの外側がほぼ全面ガラス張りとなっていて,枠の部分のみがスチールとなっており,デザイン的にもすっきりとしている.

エレベータの中からとった写真.扉がほぼガラスなので,外の様子がよく見える.

オランダ国立博物館  【アムステルダム】

国立博物館のエレベーター.こちらもガラスが基調となったデザインであるが,円形の丸い形をしているところが面白い.車いすの人などが多く利用していた.

「とある」美術館  【アムステルダム】

「とある」美術館のエレベーター.このエレベーターは乗客が扉を手で引いて手動で開けるもので,エレベーターがきて止まったことをガラス部分で確認したら,観音式の扉を手で引いて開けて中に入るのである.さらに,内側(かご側)には扉がついていないので,エレベーターに乗っているときは,動いている壁に手で触ることができる(あえてそんなことをする人はいないが).ある意味,安全管理に自己責任が要求されるエレベーターである.子供と乗るときはちょっと怖い.

メトロポールホテル  【ブリュッセル】

ブリュッセルのメトロポールホテルのエレベーター.OTIS社製である.エレベーターの籠は,周囲との空間の区切りがなくて,極端なことを言うと手を伸ばせば籠に触ることができ,扉の柵から顔を出して下を覗けば(かなり危険なので実際はやらないほうがよい.右の写真は手だけを伸ばして撮影した)ロープに吊られた籠を見ることができる.そして扉は,玄関の門のような柵扉を手で引いて開けるというもの.こんなエレベーターは日本ではまずお目にかかることはできず,このホテルには他に普通のエレベーターも存在していたが,あえてこのエレベーターに何度も乗ってしまった.

これが手動式のホール側の扉.エレベーターがやってきて停止すると,ロックが自動的に解除されてドアノブを引くと扉が開くようになる.

かご側の扉も手動式であるが,こちらはアコーディオンの引き戸タイプとなっている.ホール側の扉も,がご側の扉も,非常に重い扉なので,思いっきり力を入れて開けないといけない.

エレベーターが動いているときのかご内から撮影した写真(左)と,最上階のエレベーターホール(右).一見するとエレベーターが止まるホールだとは思えない空間である.

成田空港第2ターミナル 【日本】

実はこれも分類上は「エレベーター」なのである.OTIS社製.日本で唯一の水平に走るエレベーターで,成田空港第2ターミナルの本館とサテライトを結ぶシャトル線である.しかし,水平エレベーターといってもケーブルカーのようにロープで牽引されているわけでもなく,見た目はゴムタイヤで走る新交通システムと同じようである.唯一,エレベーターだなと思わせるのは,出発するフロアー側の扉がエレベーターのような雰囲気の造り(というか意匠)になっていることと,かごの扉の下に「OTIS」と書かれたプレートが張ってある(他のエレベーターも扉下にはメーカーのプレートが張ってあるものが多い)点である.

骨付きカルビ・仁寺洞[福島空港から行く韓国・ソウルへPart2-#1]

クリスマス前の連休,またまたソウルに行って来ました.今回は職場の忘年会旅行.福島空港からアシアナ航空に乗って仁川(インチョン)空港へ.冬のソウルは福島以上に寒いところで,最高気温が0度,朝晩などは氷点下になって道路がツルツルに凍ってしまいます.防寒着を着込んで街を歩いてきました.

(旅行年月:2003年12月)

氷の張っている慶会楼(1万ウォン札に描かれている)

<なんと今回も偶然,前と同じガイドさんだった>

福島空港からソウルへ行くときには,僕としては珍しく旅行会社のツアーに参加している.便数が少ない福島空港の国際線は格安航空券があまり出回らないので,ホテルと現地出迎え・案内がついているツアーに参加した方が安い(しかし,免税品店巡りやオプショナルツアーなどのお誘いはある)し,会社のメンバーなど大人数で行くときは,ガイドさんに任せてしまった方が楽である.そんなわけで,今回も同じ旅行会社のツアーに申し込んだのだが,ソウルの仁川空港で出迎えに来ている名前を記載しているカードを掲げているガイドさんを捜していると,見覚えのある顔が・・・.そして,名前を見ると我々の名前が・・・.なんと同じガイドさん(名前はチェさん)であった!! 空港で思わず「覚えていますか」とこちらから挨拶をしたら,「えーえー,覚えていますよー.3・4ヶ月前でしたかねー.」と嬉しいご挨拶.久しぶりの再会で場は和み,早速我々専用のワゴン車に乗り込んでホテルへと向かった.今回は,夕方に到着する便だったので,チェックインの後に新羅免税店へ行って,骨付きカルビのお決まり夕食へと足を運ぶ.

<骨付きカルビ>

今回は焼き肉店にデジカメを持っていったので,骨付きカルビの写真をどうぞ.味付けがしっかりしており,やっぱり骨付きカルビは韓国に限るといつも思う.

骨付きカルビはこのようにハサミでジョキジョキ切ります.

キムチやサンチュはおかわり自由

韓国では,焼酎「ジンロ」をストレートで飲むとか.キムチといい,ジンロといい,韓国の人は胃袋が強い.

どぶろく「マッコリ」 マッコリはコンビニでも売っていた.

<仁寺洞(インサドン)散策>

夕食の後に伝統工芸品や骨董品の店がならんでいる仁寺洞(インサドン)という繁華街を散策した.明洞(ミョンドン)ほどのパワーはないが,古き良き時代を思い起こさせるような,懐かしい街並みが続いていた.(夜だったので正直よくわからなかったが,そんな感じがした.)

仁寺洞(インサドン)のストリート

伝統工芸品の店

民芸品店

飴屋さん

美術画


次の日の朝,ちょっとホテルの周辺を散策.近くに高速バスターミナルがあった.

統一展望台・臨津江(イムジン川)駅[ 福島空港から行く韓国・ソウルへPart2-#2]

今度は非武装地帯の「板門店」に行こうと思い,オプショナルツアーに申し込んでいたのだが,申し込んだときにはすでに満席でキャンセル待ちとのこと.何しろ,板門店ツアーは政府から許可の受けた2社しか催行することができず,1日の入場者数に限りがあるので,非常に参加が難しいとのこと.さらに,よく中止になるので,本当にラッキーなときにしか参加できないようである.キャンセル待ちもかなわず板門店へは行くことができなかった.一般人が普通に立ち入って北朝鮮を眺めることが出来るオドゥサン統一展望台と軍事境界線を流れる臨津江(イムジン川),自由の橋などを見てきた.ドイツも統一し,世界の秩序が変わろうとしている現在,東西の分断が行われているのは,唯一ここの朝鮮半島だとのことで,世界各国から旅行者が訪れているという.

<統一展望台と京義線>

ところが,今朝の冷え込みが厳しく,気温差が大きかったからか,臨津江(イムジン川)には霧が立ちこめており,北朝鮮側の山がうっすらと見える程度の視界しかなかった.統一展望台からは,望遠鏡の中に北朝鮮の住宅などを見ることができるというが,肉眼では確認することができなかった.展望台の中には日本語の案内ビデオが流れているので,ビデオで鑑賞することとなった.

北朝鮮との境は「国境」とは呼ばす,「軍事境界線」と呼んでいる.つまり,第2次世界大戦後の国境は北緯38度線であるが,朝鮮戦争によって南に行ったり北に行ったりした挙げ句,現在の境界線で一時戦争を休止しようと宣言して現在に至っているので,そう呼ばれるのである.つまり,今でも戦争は終わっておらず,あくまでも「休止」なのである.

その軍事境界線はイムジン川に設けられている部分もあり,北朝鮮側からのスパイや脱走者を防止するために,川と道路の間には鉄条網や監視小屋が物々しく設置されており,特に夜間における監視が強化されているという.監視しているのは徴兵制によって兵役を行っている韓国軍の若者である.

道路より見える北朝鮮の山(うっすらと確認できるのだが・・・)

統一展望台

イムジン川と道路の間にある鉄条網

同じく鉄条網がものものしく続く

京義線の連結計画図(現在は分断されているが,つながったときの計画図)

左側が現在の新しい京義線の鉄橋(この先は都羅山(ドラサン)駅)右側の橋脚跡は北に爆破されて,そのままになっている橋脚
このイムジン川から向こうは非武装地帯(DMZ)なので,一般には立ち入ることができない.(この場所の向こう側は北朝鮮ではない)

イムジン川のほとりにある臨津江(イムジン川)駅.線路はもう一つ先の非武装地帯・ドラサン駅まで続く.今現在,韓国で訪れることのできる京義線の最北端.

ソウルと平壌を結ぶ鉄道で京義線という線がある.しかし,今は軍事境界線で分断されており,韓国側は非武装地帯の中にある都羅山(ドラサン)駅までが建設されている.イムジン川駅からドラサン駅までが開通したのが2002年であり,その時にはアメリカ大統領との会談が行われて一般人に公開されていたが,現在はイムジン川駅-ドラサン駅間の列車の運行は休止されており,ソウルからイムジン川駅の間での運行となっている.ガイドさんから,「ドラサンまで1日3往復運転されているので,往復乗ってみますか.パスポートがあれば誰でも乗れますよ!」と言われていたので,楽しみにしていたが,駅員の人から「今はここまでしか運転しておらず,ドラサン駅までは運休中で,もう3ヶ月以上も運転していない.」と言われてしまい,京義線の韓国側の最北端であるイムジン川駅で写真を撮ってきた.

自由の橋の上で

北朝鮮の教室や部屋には必ず金日成と金正日の肖像画が飾られている.韓国では「北朝鮮」のことを,「北韓」と呼ぶ.「北朝鮮」とは言わない.

右に見える白い門が非武装地帯に入るときの検問所.板門店などにいくDMZツアーはここで軍人によるチェックを受け,イムジン川を渡って非武装地帯に入っていく.

<クリスマスイルミネーション>

ソウル市内に戻ると,一転,クリスマスイルミネーションの飾られた賑やかできらびやかなソウル市街があった.このギャップは何なのかと思ってしまうが,日本も韓国もクリスマスの盛り上がりは同じようである.写真はロッテデパートのイルミネーションであるが,街中いたるところにイルミネーションが輝いていた.ちなみに韓国ではクリスマスの25日は祝日となる.

やっぱり明洞(ミョンドン)は活気がある

<おまけコーナー>

ソウルのドライバーは非常に運転があらい.隙間という隙間には入り込んでくるし,横入りは強引で事故が起こらないのが不思議である.これもキムチパワーの成せる技か!?

福島空港から出発[福島空港から行く韓国・ソウルへ#1]

福島空港に国際線が就航したのが1999年の初夏.6月18日に上海便が,続いて6月23日にソウル便が就航した.以来,国際交流に大きな役割を果たしてきたが,テロ事件やSARS伝染病の影響で搭乗率が激減している.最近はSARS流行に終止符が打たれ,休航していたソウル便も復活し,徐々に活気を取り戻しつつあるが,より一層の搭乗率が望まれるところであり,空港活性化に一役買おうと「福島空港から行くソウルツアー」に参加することとした.日本から最も近い外国の大都市であるソウルへ,2泊3日の旅の様子をお伝えします.

(旅行年月 2003年7月)

<福島空港に国際線が就航>

福島空港からソウルへは週に3便就航している.金曜日が9時半頃,日曜日と火曜日が13時頃の出発便となっており,金曜日出発にすればソウルに昼頃到着するため,その日の午後を市内観光などで有効に使える旅程を組める.アシアナ航空の機体は,木曜日の夕方に福島にやってきてわざわざ福島に一晩駐機させ,次の日の午前便を確保しているところ,日本側の旅行者のニーズも考えているダイヤ設定だと感じる.(2003年7月現在)

アシアナ航空は韓国第2の航空会社であり,すでに国際線の老舗・大韓航空や日本航空などが就航していて満杯に近い成田空港の発着枠を確保することが困難なこと,しかし,将来の仁川(インチョン)空港のハブ化をにらみ需要の見込める日本路線の拡大を行いたいという思惑があり,また日本の地方自治体では地方空港におけるより一層の路線拡充を図りたいという思惑があり,これら両者の思惑が一致して地方空港における韓国路線が実現している.福島以外でも,韓国路線が就航している空港は,成田・大阪・名古屋・福岡・仙台はもちろんのこと,青森・秋田・新潟・小松・富山・岡山・広島・米子・松山・高松・大分・長崎・鹿児島・宮崎・沖縄と,全国至る所に就航しているのである.特に九州は韓国における温泉ブームもあって,あちらから訪れる観光客も多くなっているように感じる.東京(成田)とソウル(仁川)を結ぶ路線にあたっては,毎日18便も運行されており,30分から1時間間隔でソウルに飛んでいる計算になる.もうすでに韓国と日本は,全国広い範囲で交流が進んでいるのである.

<いよいよソウルへ>

福島空港のメリットは,なんといっても駐車場が無料で利用できるという点である.それも空港の目の前に広がる駐車場に止められるので,成田のように一日で2000円も取られるということはない.おみやげを沢山買ってきても,すぐに自動車に積んで帰ることができるのである.これはかなりメリットが高い.

ツアー客専用のチケット引換所で航空券をもらい,搭乗待合室に向かった.最近の旅行ツアーは旅行費用を抑えるため,添乗員さんがずっとついて回るという旅行ではなく,飛行機は旅行者だけで乗って,空港ロビーで現地のガイドさんと待ち合わせてツアーを行うやり方が多くなってきている.

福島空港 搭乗者専用の待合室と免税品店

飛行機は満席であった.客層を見てみると半分くらいはこれから韓国へ帰国する韓国人のようである.ディズニーランドの大きな袋を抱え,免税品店では多くの人が買い物を楽しんでいた(ただ,1店しかないので物足りないかもしれないが,そもそも成田空港も免税品店は世界に比べると充実していない).
ソウル線は福島から韓国に向かう日本人観光客ばかりではなく,韓国からの観光客も多く利用しているようである.福島空港の到着ロビーでは「アルツ磐梯」の札を持った人などがいたので,県内の温泉のある施設で1泊し,次の日は東京に移動して自由行動,再び福島に戻ってきて帰国,というパターンが一般的なのではないだろうか.

飛行機はエアバスA321の170人程度乗りのジェット機である.「ずいぶん小さい飛行機だな」という意見も聞かれ,確かに500人も乗れるジャンボと比べれば小さい飛行機であるが,近距離の国際線ではこのレベルの飛行機を使用するのが一般的である.世界で最も売れている飛行機は140人程度乗りのボーイング737型機であることを考えると,妥当な大きさなのである.日本の国内線はジャンボ機をはじめ大きな機体が多く就航しているが,世界的に見るとこちらの方が珍しく,これは羽田空港の発着枠の無さが,大量輸送をせざるを得ない状況を生み出しているようである.ちなみに羽田-札幌線の輸送可能人員は世界一であるという.

ツアー行程を見ると「昼食は機内食」となっている.最近の欧米では2~3時間程度の国際線では菓子とジュースのみしか出さないところがほとんどで,アメリカン航空では12時間も乗車する太平洋路線でさえ,アルコール類は全て有料(500円)となってしまったので,世界的に航空機内のサービスは簡略化されつつある傾向にある.そのため,このアシアナ航空のソウル線も菓子パンとジュース程度で昼食となってしまうのではないかと心配していたが,予想は大はずれ! ちゃんとした国際線の昼食が出され,さらにビールを注文すれば無料で出されるといった具合であった.アジアでは,まだ国際線のサービスの質は落とされていないようである.これからますます交流が増し,お互いの敷居が低くなっていくと,中途半端な時間に出される機内食のあり方に疑問が投げかけられ,経費削減や合理化ということで国内線のようにサービスが簡略化していく可能性はあるだろうが・・・・.今回も,離陸してすぐの10時頃に食事が出されたので,午後のお腹空かし対策として,おにぎり1個くらい持っていった方がいいかもしれない.

機内食 松花堂弁当のような感じ

<午後は「市内観光ツアー」と「骨付きカルビの夕食」で>

到着ロビーではツアー名を掲げて現地ガイドさんが待っている

近年のテロ事件もあり,入国審査では目的や滞在日数などをしつこく聞かれることが多くなってきたが,日本人であることもあるのか,韓国の入国審査は何も聞かれず,帰りの航空券の提示も要求されなかったので,楽々パスすることができた.英語など話せなくても問題なく,何の心配もいらない.入国カードとパスポートを渡すだけでOKである.

さて,現地ガイドさんと合流した.ガイドさんが日本円で1万円分の韓国ウォンをバスの中で両替してくれるというのであるが,もう少し両替しておきたかったので,空港ロビーの両替所でもさらに1万円分韓国ウォンに両替した.両替は市中の銀行かホテルでできるのであるが,市中の銀行で両替するのは結構面倒であるし,ホテルの両替所ではレートが悪いので,韓国で利用するであろうお金は全て空港で両替しておいたほうがよい.ただし,日本人観光客が大挙して押し寄せる施設(免税店など)やツアーで回るおみやげやさんでは,ほぼ「円」が通用するので,現地の街中を自由行動で歩き回るのでなければ,とりあえず1万円で十分かもしれない.

ちなみに10ウォンで1円であり,10000ウォンが1000円となる.ウォンから「0」を一つとったものが円になると考えればよい.韓国での最高額のお札は10000ウォンであり,それ以上の高額紙幣は存在しない.つまり日本円で言う1000円札が最高の高額紙幣であることになる.通貨レートは1/10であるが,物価は半分程度である.ただ,韓国では経済成長に伴うインフレ傾向にあるようなので,物価はこれからも上昇していくのではないかと感じる.

バスに乗って市内観光へ
仁川(インチョン)空港からの高速道路

仁川空港からはバスに乗り,今日の午後はガイドさん付きの団体行動となる.市内観光と免税店・おみやげ店巡り,そして骨付きカルビの夕食となる.僕としてはこの団体行動を取りやめて,すぐにでもソウル市内の街歩きをしたいところだが,安いツアー料金となっている背景には,この団体ツアーの中で連れて行かれる「おみやげ屋」などが絡んでおり,ここは我慢しておつきあいするしかない.でも,空港から専用バスで一気に市内まで連れて行ってくれるので,バスや地下鉄を乗り継ぐ手間が省けて楽ちんである.仁川からソウルまでは約1時間である.

仁川からソウルまでは高速道路を走っていくが,片道4車線の広々とした道路である.高速道路料金が普通車で6500ウォン(650円)程度であるが,これは韓国で一番高い高速道路料金であり,つい先日地元住民が車線を塞いで料金の高さを訴えるためのデモを行ったという.日本の高速道路(というよりは物価なのか)がいかに高いかということであるが,車線を塞いでデモをする国民性もすごい.それでも高速道路料金は下がらなかったという.

仁川空港は埋め立ててできた空港であり,バスは埋め立て途中の中を走っていく.車窓にはその殺伐とした風景が広がっているのであるが,この写真の紫色の物体は「藻」なんだそうである.ゴミや廃棄物を埋め立てているのであるが,こうしてみると結構美しい景色に見えたりする.

埋め立て途中の浜が広がる

高層の集合住宅 建設会社がデベロッパーとなっているらしい

ソウルでも高層住宅(マンション)が多く建っており,土地のない都市では上へ上へいかざるを得ない.それでも香港ほど密度の高い都市ではない.2~3階建てのアパートも多く見られ,それらはレンガ造りの家が多い.


「景福宮」

景福宮は李氏朝鮮王朝の創始者李成桂が1394年に建てた王宮である.日本統治時代や朝鮮戦争時に破壊されてしまったため,その後復元されたもの.ガイドさんが案内してくれる.朝鮮の歴史を知ることができる施設である.

ポカリスエットの自動販売機
大統領官邸の裏にある仁王山

景福宮見学のあとは,バスの車中から大統領官邸を眺めて,新羅免税店とお土産屋さんに行くことになる.
まずは「新羅免税店」へと向かう.ブランド物がお目当ての場合は,免税店で買うのが一番いい.市内には新羅免税店の他に,ロッテ免税店やウォーカーヒル免税店など数カ所存在し,政府公認の免税店なので安心して買い物もできる.外国人と出国予定の韓国人しか買うことができない.品物を購入するときには,パスポートと航空券(ツアーの場合は,あらかじめ各個人に配布された買い物カード)を提出し,品物は空港内の免税品受け取りカウンターで引換券を提出して受け取る仕組みとなっている.
さすがに免税品店は安い.日本で5,500円するイブサンローランの香水(オードトワレ)が,ここでは3,000円で購入することができた.値札よりさらに10%,20%の割引を行っているので,ブランド品を探しているのであれば,免税品店をはしごして見つけるのもお勧めである.日本語も通じるし,支払いも円でOKである.

仁川空港28番ゲート付近にある免税品受取所

さて,次に訪れたお土産屋が,水晶のお店である.だんだん連れて行かれる店も怪しくなってくる.韓国に限らずどこの国に行っても,ガイド付きツアーに参加すると必ずお土産物店には連れて行かれるが,そのお店というのが一般の人は入らない「日本人ツアー客専用」のお店のようで,店の看板を掲げていないビルの地下1階とかビルの2階とかのフロアーに店を構えていることが多い.どういうわけかどこでも「円」が使える.この辺の詳しい仕組みはよくわからないが,現地旅行会社とお土産物屋はどこかでつながっていて,うまい具合にお金が回るようになっているのかもしれない.

さて,さらに,まだ時間があるとのことで,もう1軒行った.これがなんと「コピー商品」を販売する店,つまりニセモノのブランド商品を販売する「闇のお土産屋」とでも言ったらいいのだろうか,「本物のニセモノを売る店です」とのこと.ガイドさんも「全てコピー商品ですが,遊び感覚で見てみてくださーい.あはははは!」とのこと.ルイビトンの財布が9000円で売られていたり,グッチのバッグが5000円で売られていたり,とアジアの怪しさが段々と現れてきたぞ! といった感じである.ちなみに,日本の税関ではニセモノ商品を持ち込むこと(関税法第69条の11に触れるもの,つまり特許権や商標権,著作権を侵害するもの)は一切禁止されていますのでお間違いなく.あとは各個人の判断ということでしょうか.


ホテルにチェックインしたのち,骨付きカルビのお店へ.ここでガイドさんから,「焼き肉を食べた後,みなさんどうしますかー.時間があるでしょう? せっかくソウルに来たのだから,ショーでも見てみませんか.おかまやストリップ,手品などを見れるショーがあり,20時から22時くらいまでビールのみ放題で5000円,もしくは50000ウォンでお連れしまーす.せっかくなので全員で参加されてみてはどうでしょうか.幹事さんどうです? 焼き肉を食べ終わってからでいいですので,参加される方はおっしゃってください.また,参加されなくても,途中の南大門市場とかに行かれる方は,そちらで途中下車することができますので,伝えてくださーい.」
旅行会社も商売上手である.こうやって,少しずつお金が落ちていくのである.韓国は治安がいいからいいが,治安のあまりよくない国の場合は「治安が悪い」ことをさんざんツアー客に説明して,最後に安心なオプショナルツアーをご用意してますのでそちらに参加してはいかがでしょうか,とくる.まぁ,なにはともあれ,ガイド付きツアーには様々なオプションが用意されているのである.

残念ながら,このときはカメラを持っていかなかったので,骨付きカルビの画像はありません!! 皆さん,実際に行って食べましょう.はさみでジョキジョキと肉を切ります.味は下味がしみこんでいて絶品でした.箸はステンレス製のものです.

ちなみに,その後のショーツアー,結局9名が参加することとなり,決して上品とはいえないショーを見にいったのでした.ショーでは「おひねり」ばっかり要求され,結局さらに3000円くらいは飛んでいったでしょうか・・・.(ぼったくりの店ではなかったです)


解剖してみよう!ハングル語コーナー

ハングル語の読みは一見すると難しそうですが,基本を押さえてしまえばそれほど難しくはありません.このハングルは日本語でいう「ひらがな」に相当するもので,「音」を表す文字となっています.かつては漢字も使われていましたが,今の韓国では漢字を使用しないので,新聞等すべてこのハングル語で表記するようになっています.つまり,全てひらがなだけの表記になっているということです.

ハングルは,母音と子音の組み合わせとなっています.「福島」はこのとおり.それぞれの記号がそれぞれのアルファベットに対応していて,その組み合わせで音を読むようになっています.

ハングル語では「パッチム」という独特の使い方があります.ソウルの「ウル」の字は,「U」だけでは終わらず下に「R」を表す音をくっつけているのですが,これをパッチムといい,「ウ」の音だけで終わらずに「ル」という音をくっつけて読むことになります.

汝矣島・南大門・明洞・戦争記念館[福島空港から行く韓国・ソウルへ#2]

さて,次の日は自由行動である.オプショナルツアーへ参加するという選択肢もあるが,ここは地下鉄を自由に乗り継いでソウル市街を歩き回ってみた.人気のオプショナルツアーは,38度線の非武装地帯にある板門店に行くツアーであるが,結構中止となってしまうことが多くてこの日も中止となっていた.その代わり,侵略トンネル見学と北朝鮮を望むことができる展望台,それから脱北者と実際に会って体験談を聞くというツアーに変更されていた.
余談であるが,未だに休戦状態である北朝鮮をツアーの観光名所としてしまうのも凄いが,それを緊張感ある観光ツアーとして楽しんでいる日本人もなかなかのものである.でも,このようなツアーを行っている韓国人(というよりは朝鮮人と言った方がいいのかもしれない)の背景には,「北」と「南」とに分断されている現状を,ひとりでも多くの人に実感してもらい,もともとひとつであった朝鮮半島の南北統一の力になって欲しいことを願っているのだろうと思う.

<移動は地下鉄で>

地下鉄の入口
地下鉄のホーム

自動券売機と5000ウォンの定額券
(5000ウォン分乗車できる回数券である)

韓国の地下鉄は日本と同じく路線毎に色分けされており,乗りにくいことはない.駅には全て番号が付けられているので,地図さえあればどこの駅かがすぐわかる.また,漢字とアルファベット表記がついているので,ハングルが読めなくても大丈夫である.運賃は,市内は700ウォン(70円)であり,自動券売機で切符を買うか,おつりが必要なときは窓口で切符を購入し,自動改札機に切符を通してホームに向かう.乗り方は日本と全く同じで,違うのは自動券売機で切符を買うときに,先に運賃のボタンを押してからお金を投入することぐらいである.

また,5000ウォン,10000ウォン,20000ウォン分の乗車ができる回数券も販売しており,これを使うといちいち切符を買う必要がなく,そのまま自動改札機に向かうことができる.最後の余り分は,700ウォンまでお金が足りなくてもサービスで乗車ができるというのもうれしい.この回数券も専用の自動販売機か窓口で買うことができる.日本人観光客が多く利用する駅では,日本語で自動券売機の使い方が張ってあるところもあった.

<汝矣島(ヨイド)の63ビル・漢江(ハンガン)遊覧船>

大韓生命63ビルディング

ソウル市内を悠々と流れる川・漢江の中洲に汝矣島と呼ばれる島がある.1958年までは飛行場として使われていた場所だそうだが,ここは国会議事堂の建設から始まって,近年新しくオフィス業務地区として発展している地区であり,そこにソウルで一番高いビルである63ビルが建っている.日本の大成建設が施工したこのビルには,地上60階の最上階に展望室が設けられており,天気が良ければ仁川まで見えるという.展望室へ向かうエレベータはガラス張りの展望エレベーターであり,漢江の景色を眺めながらみるみるうちに60階へと向かう.展望室の他に,水族館などが併設されている.

漢江の遊覧船
国鉄(地下鉄1号線)の鉄橋
国会議事堂

漢江には約1時間の周遊遊覧船が運航されている.料金は7000ウォン.船からは,高層住宅団地群や鉄橋を走る国鉄,国会議事堂などを眺めることができ,歩き疲れた足を休ませるのにはちょうど良い.

<南大門(ナムデムン)市場>

南大門市場

食堂街 ここで「ソルロンタン」を食べた

出前はこのように頭にのせて運ぶ.お餅をコチュジャンで甘辛く炒めた「トッポッキ」

夜の南大門市場 ちょっと寂しい感じ

韓国で最も古いマーケットが南大門市場である.雰囲気は東京上野のアメ横に似ており,洋服から食料品までありとあらゆるものを手に入れることができる.夜になると屋台が並び,また違った趣のマーケットになるが,最近の韓国の若者には敬遠されている地区らしく,もっぱら韓国のおばちゃんと観光客専用の街になってしまっている感がある.夜に再び訪れてみたが,雨がぱらついていたこともあってか人が少なく寂れており,明洞の若者の喧噪(後記述)とは比較にならないほど静かで閑古鳥が鳴いていた.

昼食は南大門市場の食堂で食べた.店先にサンプルが並べてあるので,指をさしておばちゃんにアピールすれば,あとは店の中にいる店員に伝えてくれるので,中で料理が出てくるのを待つのみである.骨付き牛肉の切れ端や内臓を煮込んだ「ソルロンタン」スープとライスを注文した.韓国の食堂では必ずキムチがついてくる.朝昼晩,必ずキムチが出され,よく毎日こんなに辛い物を食べ続けられるなと正直思ってしまう.今回の昼食も,正直キムチがおかずのようになっていた.あとから知ったことなのだが,ソルロンタンスープは,キムチを入れたり塩を入れたりして自分で味付けをするらしく,どうも味の薄いスープだなと思って醤油を足して飲んだものであった.箸は必ずステンレス製,ごはんもステンレスの器に蓋が被さって出てくる.ごはんは日本とおなじように湿り気と粘りのあるものであった.

<戦争記念館>

入口にあるモニュメントと何十機も並べてある実物の戦闘機

国連軍として朝鮮戦争に参加した国々の国旗(もちろん日本はない)

韓国に来たら朝鮮戦争を知らなければならない.まぁ,朝鮮戦争を知るには第二次世界大戦と大日本帝国の占領を知らなければならないのであるが,そのような過去の戦争について詳しく展示してある博物館が,この戦争記念館である.ここでは祖国のために戦って亡くなった兵士の業績を讃えており,戦争に関する資料や兵器が並べられている.特に朝鮮戦争については広いスペースを使って展示されており,爆弾を発射させるときや,戦闘機から橋や道路・民家を襲撃するときのモノクロ映像などが,これでもかというほどの大画面で流され,実にリアリティのある映像を見ることができる.

また,朝鮮戦争の南北境界(最前線)がどのように進行していったかを,地図を用いながら時系列で把握することができる.朝鮮戦争の展示の始まりは,広島と長崎に原爆が落とされて,大日本帝国が降伏する1945年8月15日からの映像や展示となっている.自由を勝ち得た朝鮮半島であるが,38度線を境に北をソビエト,南をアメリカの体制で国造りが行われていくことになり,ついに北から攻められて一時はソウルも占領され,釜山のみが砦となっていたが,国連軍の応援もあって仁川の上陸作戦によってソウルを奪還し,さらに平壌も手に入れる.再び最前線は南下して今の軍事境界線をもって休戦状態になるまでの展示がされているのである.日本語表記も一部されているので,展示内容の大まかなストーリーはつかむことが可能だし,映像は言葉がわからなくても見ているだけで何となく内容が伝わってくる.金日成の若い映像も見ることができる.

日本でこのような博物館をつくるときには,「平和」とか「祈念」などという文字を使用し,戦争はいけないこと,平和を育むことに重きを置いた内容になるが,休戦中の韓国では「記念」として,戦争を行うことは国を護る上で必要なことであると訴えかけるような印象を受けた.館内には,軍人を疑似体験できるコーナーや,戦争ゲームを行うことのできるゲーム機械が設置してあるところなど,今の日本ではタブーとされていることが平然と展示されている.

朝鮮戦争の展示は,1945.8.15から始まる

日本降伏の文章

<活気ある夜の明洞(ミョンドン)>

地下鉄明洞駅前.屋外ステージでイベントが行われている.

溢れる人で埋め尽くされている

 

明洞はソウルで最も賑やかな繁華街である.午後9時頃であるにもかかわらず,道路には人で溢れている.午前中までは雨が降っていたにもかかわらず,これだけの人出があるのだから,ソウルのパワーを感じずにはいられない.ここにいるとこっちも元気が沸いてくる,そんな地区である.

<駅で見た光景 ~迷彩服の若者~>

写真は地下鉄ソウルステーション駅の切符売り場である.この駅では韓国国内に路線網を張り巡らせている国鉄と乗り換えられる駅であるが,このソウル駅では迷彩服を着た若者の姿を多く見かけることができた.ご存じの通り,いまだに北朝鮮と休戦中の韓国では徴兵制があり,20歳になると24ヶ月の入隊をしなければならない.入隊後は100日の訓練を受けた後,3日ほどの休暇をもらえるらしく,この迷彩服を着た若者はその休暇中の軍人なのだという.入隊中は国鉄に無料で乗れるという.韓国の若者の99%は,この徴兵制を嫌っているといい,青春時代の貴重な2年間を厳しい訓練としごきのある軍隊で過ごさなければならない現実がある.


機内から見た猪苗代湖

さて,福島空港からソウルへ,2時間半ちょっとのフライトで到着します.是非一度,韓国ソウルへ足を運んでみてはいかがでしょうか.

<おまけのコーナー>

コンビニではおにぎりを売っているのだが,ハングルが読めないので,中身が何なのかさっぱり判りません!これはロシアンルーレット並のスリルがあります.

オラ!メキシコシティ!#1[トップ]

メキシコシティーは人口約2000万人,標高2240mの高地に広がる世界最大の都市(人口規模)と言われている.ラテンアメリカ最大の都市で,中南米の物・人が集まっており,大変賑やかな大都市である.メキシコシティーへの旅が実現した.そんな,旅の風景をお届けします.

(旅行年月 2003年2月)


私的コラム「とでも、とでも。」(当時)に掲載したメキシコシティー旅行に関するコラム

メキシコシティーへ   Date: 2003-02-08 (Sat)

いよいよ魅惑の中米・メキシコシティーへ行くことになりました.一昨年からの夢でありいつかいきたいと常々プランを練ってはいたのですが,仕事が忙しくなってしまいなかなか行くことが出来ませんでした.ついに決断していけることとなりました.最初は南米のアルゼンチンに行きたいと思ったのですが,予算的なことと日程的なことでちょっと近めのメキシコに決定!! いよいよ今夜のフライトで離陸します.

今回は,インターネットを本格的にやり始めてから初の海外旅行で,デジカメをもっていきます.現地のインターネットカフェなどで画像をアップロードし画像掲示板に動画を載せようと試みようと考えておりますので,ご期待ください.ただし,デジカメの画像をどのようにパソコンに取り込むかが課題で,USB接続のカードリーダーを持っていくのですが,それが認識してくれるかどうか・・不明です.(結局失敗しましたが)

メキシコでは,ピラミッドがあるテオティワカンの遺跡や闘牛・サッカー観戦などができればと思っています.ソカロ広場観光やメキシコ料理も欠かせません.航空券の予約がやっと1週間前に取ることができて,さらにホテルの予約はインターネットでダイレクトに予約し,一昨日にとることができました.海外のホテルもインターネットで予約をするとちょっとは安いらしく,旅行代理店のアップルワールドのホテルクーポンの料金よりもちょっと安くなっている感じです.

では,メキシコにいってまいります.帰国後には,もちろんHP制作をいたしますので,お楽しみに.タイトルは・・・・どうしよう・・ 未定です.旅行中に決めます.


時差ぼけとの戦い   Date: 2003-02-15 (Sat)

メキシコから帰ってきました.東回りの旅行では時差ぼけがつらいと聞いてはいましたが,まさにその通り,立ち直りに時間がかかっています.今まではヨーロッパ方面ばかりいっていたので,あまり時差ぼけは気になっていませんでした.西回り(ヨーロッパ方面)の旅の場合は1日の周期が長くなる方に時間を合わせればいいので,比較的時差に順応しやすいが,東回り(アメリカ方面)の場合,周期が短くなる方に時間を合わせるため,西回りに比べると時差に順応しづらく,時差ぼけがひどくなるという.

今回,初めてアメリカ方面の旅となったのですが,さすがに旅行中も疲労がたまりやすく,さらに頭痛が起こったりと今までの旅とはちょっと違った症状がでていました.ただ,メキシコシティーは標高が高い(2300m)ため,酸素の量が平地の2/3であることを考えると,高山病もあったのかもしれません.

日本に帰ってからは,午後になると頭がぼーっとしてきて,まぶたが重くなります.現在,日本時間で午後8時ですが,メキシコ時間では午前5時であり,体内時計ではまさに徹夜しているのと同じ状況なのです.さっきもちょっと寝てしまいました.実は,「眠くても寝てはいけない」,というのが時差ぼけを治す決まりなのですが,眠いものは眠い! 思わず寝てしまいました.気持ちいいんですね,これが.

というわけで,今も,まぶたを我慢してあけながら,この記事を書いているのでした.


【メキシコ顛末記・1】 テロの危険度がアップ! 厳しいボディーチェック   Date: 2003-03-03 (Mon)

メキシコへはダラスで乗換えるアメリカン航空で行った.イラク攻撃が囁かれる中,戦争が始まる前にメキシコに行っておこうと思ったのも,旅を2月に決行した理由の1つなのであるが,特にアメリカが標的となっているので,アメリカ系航空会社で旅行をするのは,正直ちょっと抵抗があった.

しかし,日本航空の直行便は週2便しか飛んでおらず,ロサンゼルスまで日航で,そこからメヒカーナ航空で行くという手もあるのだが,値段が高い.リーズナブルな旅行となると,アメリカ系の航空会社を使用するのが一番なのであった.

飛行機に乗って新聞を眺めていると,テロの危険度を1段階アップしたという記事が載っていた.「やれ,やれ」と思ったが,もう既に行きの飛行機の中で,太平洋の上! 今更どうしようもないと腹をくくり,12時間の空の旅を楽しんだ.これだけ,世界中が注目している中では,テロは行わないだろう.もし,ここでテロが起きれば,それこそ宣戦布告で有無を言わさずアメリカは攻撃を開始するに違いない.そう思っていた.

アメリカ系の航空会社は,9,11のNYテロ以来,業績不振にあえいでいる.ユナイテッド航空は既に破産してしまい,会社更生を図って営業を続けている.アメリカン航空もまもなく破産すると言われており,事実,アメリカに向かっているときに,そのような噂で株価が下落していたのであった.

機内におけるサービスも,徹底的に合理化が図られている.なんと,アルコールのドリンクについては,600円か5ドルの料金が取られるようになり,乗客はほとんどがジュースを飲んでいた.酔っぱらいがいなくなるのは大いに賛成だが,ちょっとアルコールを引っかけてぐっすり眠るのが楽しみだったのに,ついに国際線までジュースのみになってしまったのか,といった感じである.

ダラス空港におけるセキュリティーチェックも厳しかった.金属チェックの時には,上着を脱げ,靴を脱げ,ベルトを外せと言われ,金属探知機の中を裸足で通る.荷物も丹念に時間をかけてチェックし,中身をあけたときは次々と袋を開けろと言われて,なんと歯ブラシのケースの中までチェックさせられる始末.まぁ,ここまでチェックしてもらえると逆に安心するのであるが,他の外国人は靴下まで脱いでチェックさせられていた.

ここで荷物チェックが終わりかと思いきや,搭乗口の前でチケットをチェックするところで,机が置いてあって,またランダムに荷物をチェックさせられる.運良く,僕はチェックさせられずに済んだが2重3重のチェック体制である.

今日付のニュースで知ったのだが,アルカイダは航空機のテロによる真珠湾攻撃の計画を立てていたとか.真珠湾といえば太平洋のど真ん中であり,となると狙われる飛行機はアジアとアメリカを結ぶ太平洋路線となるわけで,そう考えると「ぞっと」するニュースであった.

都市の風景[オラ!メキシコシティ!#2]

ソカロ広場周辺

正式には憲法広場と呼ばれる大きなオープンスペースである.スペインの征服によってスペイン風の建物に建て替えられた.中央の大きな国旗は毎日軍隊によって掲揚が行われている.この周辺は,昔からの建物が密集し,歴史的建造物が多く建ち並ぶ観光名所としても価値のある地区である.

ソカロ広場周辺には屋台がたくさんでて,民芸品からスナックから雑貨から,いろいろなものが売られており,見ているだけでも楽しい.


メトロポリタン・カテドラル,つまり教会である.この教会はメキシコにある全教会を統括するもので,ラテンアメリカでは最大級である.日曜日の午後,教会内では厳かにミサが行われていた.パイプオルガンと共に皆で合唱する声を聞いていると,天井高い教会内に声が澄みわたり,体がぞくぞくと震えてくる.

ちなみに,最後の写真の奥に「足場」が写っているのがわかりますか? 実はメキシコシティーでは地盤沈下が激しく,ひどいところでは10m以上も沈下をしているという.その補強工事が行われている足場なのである.メキシコシティーはかつて湖だったところをスペイン人の征服によって埋め立ててできた街なので,地盤が非常に軟弱なのだという.

スペイン風の西欧の街並みが続く.メキシコではトロリーバスも走っている.

歴史的地区でも,平日になると屋台が建ち並び,賑やかになる.

ソナ・ロッサ周辺

独立記念塔.インディペンデンス・モニュメントである.1810年にスペインから独立して,その100周年を記念して造った物がこれである.高さは36m,ソカロ周辺とは違って,近代的なビルディングの建ち並ぶオフィス街のロータリーにそびえている.

ロータリーの中心には,このように噴水があったりする.近代的なビルがたつソナ・ロッサ地区であり,日本大使館や日本航空の事務所などもある.

交差点で車が信号待ちになると,中央分離帯や歩道で待機していた商売人が,短い時間の勝負として,ドライバーなどに売り込みを行う.写真は新聞であったが,他に,キャンディー,文房具,窓ふきなど,色々な商売があった.


路地裏のソナ・ロッサ地区は,バブや飲食店・ディスコ・民芸品店などが建ち並ぶ商業繁華街となっている.写真は午前中なので,まだ街中には賑わいが見られない.

ポランコ周辺

ポランコ周辺地区は,高級ホテルや高級住宅街・高級ブティックが建ち並ぶ地域である.道路にも緑が多く,ホコリっぽいメキシコシティーにしては良好な居住環境が形成されている.

国立人類学博物館の入口にある遺跡のモニュメント.広大なチャプルテペック公園内にある.

「国立人類学博物館」は大変興味深い博物館で,メキシコの遺跡はもちろん,人類の起源から文明を紹介し,わかりやすい模型と遺跡の再現によって,人類文明を体系的に展示している博物館である.考古学に興味のある人にはとてもよい.さらに,日曜日には入場無料となるところなど,良心的である.入場料N$35.月曜休館.
アステカ時代に行われていた生け贄儀式の再現模型や,埋め立てる前のかつては湖だったメキシコシティーの様子などの展示などもある.かつての民家を復元したところには,メキシコの主食であるトウモロコシがぶらさがっている.

メトロ[オラ!メキシコシティ!#3]

メキシコシティーのメトロ 【地下鉄】

メキシコシティーの地下鉄は非常に面白い! いかにもメキシコらしいのである.メキシコシティーに来たならば,是非何回か乗ってみることをお勧めする.駅に時刻表などは貼っていないが,次から次へと電車はやってくる.両数も多く,9両くらいつないでいたであろうか.スリが多く,場合によっては取り囲まれて荷物を取られる事があるというが,地図を広げたり「ぼけーっ」としたりしないで隙を見せない行動をとってれば,それほど神経質になる必要はないと思う(夜間は別).結構混雑するので,むしろドアに挟まれて引きずられないようにすることのほうが大変である.

1.ゴムタイヤとレールの軌道で「いいとこどり」の凄まじい性能を発揮

メキシコシティーの地下鉄は,外側にゴムタイヤがあって,その内側に車輪がついている.日本では,レールの地下鉄かゴムタイヤの地下鉄か,どちらか一方の方式のみであるが,この両方の長所をとりいれているのが,このフランス製の地下鉄である.

レールは車両の方向を導く役割を果たし,ゴムタイヤは摩擦抵抗を増して加速減速を高める役割を果たす.このゴムタイヤがついていることが,メキシコシティーの地下鉄を「くせもの」にしているのであり,凄まじさを演出しているのである.

加速は自動車並みの高加速であっというまにスピードが出る.そして,ブレーキも急で握り棒につかまっていないと,足を広げているだけでは耐えられないほどである.

ラッシュ時には,赤信号でしょっちゅう途中で停車するのであるが,どういうわけか日本のように徐々にブレーキをかけて止まっていくのではなく,いきなり「プシュっ!」という空気の音とともに,一気に非常ブレーキではないかと思われるほどの急ブレーキをかけて停止するのである.この時は,両手で握り棒をつかんでいないと吹っ飛ばされそうになる.ゴムの焼けるような臭いがして,再びすぐに動き出す.このワイルドさは乗って経験してみないとわからない! とにかく運転が粗い地下鉄である(「自動車」では運転が粗いと聞くが,「電車」で運転が粗いとはあまり聞かないような気がする).

2.駅でドアの開いている時間は超短い! 乗務員次第!?

ドアの開いている時間には乗務員による個人差があるようだが,概してドアの開いている時間は短い.混雑していて乗り降りが済んでいないのに,容赦なくドアを閉めてしまうのである.開いたと思ったら,すぐに発車ブザーがなってドアが閉まってしまうのである.ひどいときは,降りている人(乗っている人ではなく降りている人である!)が済んでいないのに閉まるときもある.

また,ドアが故障しているのか,乗務員が間違ってすぐ閉めてしまったからなのか,開いたと思ったら1秒で閉まってしまい,みんな挟まれているときもあった(さすがにこれは再びドアが開いたが・・・).

メキシコシティーの人は,このことを十分に周知していて,地下鉄の乗降の時だけはドアに挟まれないように素早く行動している.そして,途中でドアが閉まりかけたときには,躊躇することなく直ぐに車内にいる男の人がドアを引っ張っていてくれたりする(あまり期待はしないように!女性にはやってくれるが,男性にはやってくれない).そのため,中央のゴムの部分(写真オレンジ色の○印)がボロボロになっている車両が多い.僕も何度かドアに挟まれたため,当たったところの腕が痛かった.

どう考えても,何人かはドアに挟まれて引きずられる事故があると思われる光景である.

混雑するホーム
3.「物売り」と「音楽流し」が乗ってくる賑やかな車内

なんといっても,最もメキシコシティーらしいのは,これである.

ひょこっと乗ってきて,ドアが閉まり発車すると,いきなり大声で物売りを始める.物売りといっても,僕が見た限りでは押し売りされることはなく,物が欲しい人は合図を送ってN$5かN$10を払っている感じである.いい表現をすれば「車内販売」である.商品は,キャンディー,ファイル,ボールペン,雑誌,占い本,電池など,ありとあらゆる物があったが,これらをまとめてワゴンなどで売りにくるのではなく,必ず1人で1商品のみを売りに来るのである.商品を高くかざして,スペイン語で大声で叫びながら車両を歩いていく.二人以上でバッティングすることはなかった.

そして,物売り以外にも「音楽演奏の流し」が乗ってくるのである.いきなりギターを弾き出して,マリアッチのような歌を歌いながら車内を歩いていく.パーカッションをもって3人トリオのリズムを刻んでいく.笛を吹いて自作のカセットを売り歩く・・・.車内の乗客はクールなもので,誰一人として拍手をするものもいなければ,見て見ぬふりをしている感じである.混雑していてもギターを縦にして渡り歩いていくのであるから,たいしたものである.観光客の僕としては,大いに盛り上がって「グラーシアス!」などと叫びたいところであるが,「じゃぁ,お金をちょうだい」などと言われるのも困るので,僕も見て見ぬふり! しかし,心の中では大いに拍手喝采,「さすがはメキシコだ!」と叫んでいた.

1~2駅で次の車両へ移っていく.外国の地下鉄は車両と車両との間は人が行き来できるようになっていないので,駅に着くと,隣の車両へと渡り歩いていく.

4.チケット(切符)

すべて窓口で購入する.全区間均一料金でN$2(≒20円).日本の公共交通機関に比べると破格の安さである.切符を買うときは,1枚の時は「ウノ(UNO・スペイン語で1の意)」といって買っている.切符は乗るときに自動改札機に通し,そこで回収される.出るときは,出口(SALIDA)の改札口を通って外に出る.飛び乗って無賃乗車をするのを防ぐため,改札機の脇には必ず警備員が立っている.

改札口(Universidad駅) 大きな壁画がある

闘牛[オラ!メキシコシティ!#4]

闘牛観戦

闘牛はスペインの国技であるが,スペインの征服後からヨーロッパより輸入され,以来人気のあるスポーツとなっている.シーズンは10月から2月までで,毎週日曜日の午後4時から開催されている.ただ,最近は競技場が満席になることはなく,メキシコで最も人気のあるスポーツは「サッカー」であるようだ.サッカーも日曜日に開催されるため,闘牛かサッカーか,観光客は選択を迫られることになる.

闘牛の広告ポスター.出演する闘牛士は毎回違うため,人気のある闘牛士,うまい闘牛士,一流の闘牛士,いろいろな闘牛士が出場する.

プラザ・デ・メヒコ(闘牛場)の前では出店が開かれ,ちょっとしたお祭り気分となる.


チケット売り場.前列から順に種類が細かくわけられており,その種類のチケットを扱っている窓口で購入する.さらに,日陰(SOMBRA)と日なた(SOL)に分けられている.前列から順に,[BARRERA][1er.TENDIDO][2o.TENDIDO][BALCONES][PALCOS][LUMBRERA][GENERAL]となっている.窓口は,入口に向かって左側が「日なた」,右側が「日陰」用の窓口となっている.日陰の方が料金は高い.日差しの強いメキシコでは,涼しい方がいいのであろうか.

実に細かく設定されている料金表.席列の順番毎に細かく料金が決められている.席が1つ後ろになる毎にN$5ずつ安くなっている.この設定は,[2o.TENDIDOまで]で,2階席より上は自由席であった.僕が入ったのは一番安い最上段の[GENERAL]の日なた(SOL)で,料金はN$35(≒350円).

プラザ・デ・メヒコの場内.大きなすり鉢のようになっていて,64,000人収容できる.濃い青の席が最前列の[BARRERA].試合前には自動式の散水器で水をまいていた.

入口ではバックの中をチェックさせられ,ペットボトルなどはゴミ箱に捨てるように言われる.東京ドームでの野球観戦と一緒で,お酒を飲んで興奮する観客の暴走を防止するためだろうと思う.場外には非常に多い警察官が待機していた.

牛を興奮させて,背中に矢を刺していく.だんだんと牛は弱ってくる.

最後の剣のような刃で,とどめの一撃を刺す.闘牛には色々な「型」があるようで,赤いマントに向かって牛が突進するときに,「オーレー」という歓声が場内に響き渡る.
動画でお送りします(クリックしてください)

No.1 オーレー

No.2 牛を避ける

とどめの1突きが決まると,牛はぱたりと倒れる.このあと馬に引きずられて退場する.場内はブラボーの大歓声となる.1日に4~5頭が出場する.

ビールにコーラ,おつまみにピザなど,日本の野球場のように色々な物を売っている.

【プラザ・デ・メヒコ(闘牛場)】
場所は,地下鉄7号線の[San Antonio]駅から徒歩10分程度.
駅を降りてから案内看板などは無いので,地図をお忘れなく.

テオティワカン[オラ!メキシコシティ!#5]

アメリカ大陸最大の都市遺跡  【Teotihuacan】

テオティワカンはメキシコシティーの北に50km程行ったところにある古代都市遺跡である.紀元前2世紀頃に出現し,7世紀半ばに突然と姿を消した.何故都市が滅んだのか,いまだに謎は解けておらず,大災害が起こったのか,他民族との争いがあったのか,経済交易ルートが絶たれたからなのか,真相は不明である.ピラミッドに登って遺跡を眺めると,遥か15世紀も前に,人口20万人程度の大都市があったのか,と感慨にふけることができる.

“路線バス”でテオティワカンへ

北方面バスターミナル(治安があまり良くない)

テオティワカンは世界的な観光遺跡なので,さまざまな現地発のツアーが用意されていて,英語・スペイン語はもちろんのこと,旅行代理店によっては日本語ツアーも用意されている.僕もせっかくの機会なので詳しいガイドが聞ける「日本語ツアー」に参加しようと思っていたら,日曜日で旅行代理店が休みであり連絡をとることができなかった.そこで,路線バスでテオティワカンに行くことに決めた.
日本語ツアーに参加するとなると,N$1000(≒10,000円)程度の費用が必要であるが,路線バスでは片道N$21(=210円)と入場料N$37(=370円)だけで済んでしまう.移動は面倒くさいのであるが,後から考えると,街の風景をゆっくり眺めることができ,経済的にも安く済んだ,路線バスの方で正解だったと思った.

テオティワカン行きのバスは,北方面バスターミナル(Terminal Central Autobuses del Norte)から発車する.メトロを降りてバスターミナルの建物の中を左に進むと,一番端っこに「Teotihuacan ‘Los Piramides’」と書かれたカウンターがあり,バスの席が指定された予約チケットを手渡される.行きは席指定のようである.物乞いのおじさんに声をかけられたり,おつりを受け取るときに子供に腕を触られてお金を取られそうになったりしたが,バスターミナルはどこも大抵治安が悪い.バス乗り場に急いで足を運び,バスの発車を待った.テオティワカン行きは15分おきに出ているという.

バスのチケット(帰りは運転手に運賃を支払って席自由)

発車間際になると,お菓子を入れた小さな袋を次々と膝の上に落としていく人がいた.よくみるとN$5と書かれている.しばらくするとその袋を回収しに回るのだが,返さないでボケッとしているとお金をちょうだい,と言われる.その物売りが降りたところで,バスは発車した.
車内は冷房は入っていない2等バスのようである.窓ガラスはすべてスモークが入っていて,日差しを遮るようになっている.そのため,外からバスの車内の人を見ることができない.
さすがはメキシコ,途中の停留所からギターを抱えた二人組の男性が乗ってきた.薄々感じていたが,バスが発車すると車内のど真ん中に立って,やっぱりギターを弾き歌を歌い始めた.聞きたくない人にとっては大迷惑なライブ演奏であるが,冷房の効かない車内でメキシコのローカルなラテンミュージックを生で聴けるとは,何とも最高の贅沢ではないか!! 歌が終わると演奏者は自分でギターを叩いて,さも拍手が起こっているように音を出すのであるが,パラパラと拍手があっただけで,チップを上げる人はいなかった.非常にうまい人の場合だと,チップを上げる人がいるという.
サボテンのちらほら過ぎ去る高速道路を,約1時間程走ると”テオティワカン”のピラミッド入口に到着する.

太陽のピラミッド

太陽のピラミッド.高さ65m.222m×225m.世界でも第3位の大きさであるという.このピラミッドは頂上に神殿を建てて宗教儀礼のために建てられたものであると言われている.

空気の薄いメキシコシティー,平地に比べて酸素の量が2/3程度となるため,ちょっと運動すると息が切れる.248段の急な階段を上ってピラミッドの頂上に登ると,広大な都市遺跡群を一望することができる.

頂上では,世界各国から来た観光客が,景色に見入っている.背後に見えるのが月のピラミッド.

月のピラミッド

死者の道の突きあたりに,高さ46m,140m×150mの「月のピラミッド」が存在する.この上から眺めたテオティワカンは,死者の道を中心にして遺跡を一望できるので,非常にバランスの良い景色を眺めることができる.

ちょっと点景

メキシコにはサボテンがよく似合う.

民俗芸能をやっていた.

サボテンとピラミッド