「会津若松市」タグアーカイブ

蒼翔祭(会津大学学園祭)【会津考察#47】

Sosyo festival (Aizu University school festival)


会津大学学園祭「蒼翔祭」

 


 福島県立会津大学の学園祭は「蒼翔祭(そうしょうさい)」と呼ばれ,2013(平成25)年は10月12日(土)~13日(日)に行われた.今年(2013年)で創立20周年を迎え,記念すべき区切りの年となっている.1993(平成5)年創立当時の第1回学園祭は蒼翔祭ではなく,翔壮祭(しょうそうさい)と呼ばれており,読み方が逆の発音であった.現在の呼び名に変わったのは第4回(1996(平成8)年)からで,蒼は磐梯山,猪苗代湖,また青く澄んだ空のイメージ,翔はおおきくはばたこうというメッセージ,この2つの意味をあわせて磐梯山や猪苗代湖をバックに大空まで羽ばたいていこうという意味でつけられたという.ちなみに会津短期大学の学園祭は「紅翔祭(こうしょうさい)」とのことで,短大は紅,大学は蒼というシンメトリーとなっている.

壁面に掲げられた垂れ幕

ここから会津大学へ

案内図

秘境ツアーなるものがある
 
学際では必ずつきもののバンド演奏

講義棟の廊下
呼び込みのぬいぐるみも頑張っている

廊下では写真展が行われていた

なんか学生のノリっていう感じ

スタンプラリーも実施

フリーマーケットも開催(管理棟)

大講義室
 
研究棟ではオープンラボを実施中
 
模擬店が並んでいる

メインステージではイベント開催
 
学食は通常時でも誰でも利用できる

図書館も通常時でも誰でも利用できる

子供広場の模擬店
 
会津大学蒼翔祭20周年
【公共交通案内】
●会津若松駅より会津バス 会津大学・松長団地行き約15分 会津大学下車

物産市&Hey!ちゃん市(会津若松駅前)【会津考察#41】

Product exhibition & station square Hey!chan exhibition (The Aizu Wakamatsu station square)


会津若松駅前で開催される物産市

 


 ここ数年,夏になると会津若松駅前のタクシープールと,その隣の駅前公園を使用して「物産市&駅前Hey!ちゃん市」が開催されている.タクシープールではミニSLが運転されていて,無料で乗車することができるので,子供たちには大人気な催しである.物産市では,会津地方各市町村を始め,新潟市や米沢市からも出店があって,夏のひとときを過ごす楽しいイベントである.2013(平成25)年は7月15日に開催された.
 
会場では,ミニSLが走っている.
 
各市町村の物産市が開かれている.

ミニSLは無料で乗ることが可能.
 
駅前公園の方でも開かれている.
 
米沢と新潟からも出店.

湯川村からは「米」

あかべぇ登場!

城前団地(会津若松市)【会津考察#39】

Siromae Housing complex (Aizuwakamatsu city)


城前団地

 


 一歩足を踏み入れた瞬間,背中にゾクゾクとしたものが走った.このようなすばらしい思想を持った団地開発があって,いまだに現存しているのである.周りの人に城前団地のことを聞くと,決してよい話が返ってこない.今となっては老朽化が激しく,入居者の高齢化も進み,魅力的な居住スペースとは言い難くなってしまった感のある団地なのであろうが,建設当時としては日本の最先端をゆく設計思想が入った団地開発だったはずである.
城前団地の面積は約5.6ha,鶴ヶ城のすぐ近くの北東側にあって,さまざまなタイプの中低層住宅を中心とした団地が建ち並んでおり,市営住宅が多いのであるが,一部県営住宅や民間住宅も混じっている.さらに団地中央には都市公園が整備されており,児童センターや保育園,近隣商業施設(今は機能していない),公衆浴場(銭湯)などの施設もきちんと計画されており,1960(昭和35)年という整備年次を考えると,日本の団地の先駆けであった貴重な開発なのである.
明治時代には,歩兵部隊の兵舎があったところで,戦後は引揚者用の住宅となっていたという.その後,1954(昭和29)年に公営住宅法を受けて,国からの補助金により公営住宅の整備を始め,1960(昭和35)年の住宅地区改良法を受けて,兵舎の住宅を除却し現在の改良住宅を整備したという.
城前団地は建替計画が進められており,平成16(2004)年からは新居入居を行わないこととしているという.今後は順次取り壊しが行われる城前団地であり,この貴重な歴史的遺産ともいえる団地開発を,無くなる前にこの目にとどめておきたいものである.
参考文献:「会津若松市のまちづくりにおける城前団地(福島大学)」

2階建ての低層住宅.
1~2階が使用できるメゾネットタイプのようである.
 
2階建ての低層住宅.
  
2階建ての低層住宅.
 
3階建ての中層住宅.
 
3階建ての中層住宅.
 
3階建ての中層住宅.
  
団地の中央には「つばくろ公園」が配置されている.

保育園も配置されている.保育園は真新しい建物である.

町内会案内図

4階建ての中層住宅であるが,
1階部分は近隣商店街として店舗の入るものであった.
 
平屋建てのものもある.

市道に面した中層住宅.1階の店舗は皆休業.

風呂が設置されている部屋が少ないため,
公衆浴場も配置されている.
  
いろいろなタイプの団地が建てられている.

改造が年月を物語る.
【公共交通案内】
●まちなか周遊バス(ハイカラさん) 若松駅→七日町→鶴ヶ城北口→若松駅(逆回りは「あかべえ」)

会津藩奴隊【会津考察#35】

The Aizu-han Yakko tai

鶴ヶ城を出陣する会津藩奴隊
(会津まつり(2012年))

 


 白虎隊ではありません.奴(やっこ)とは,武士が外出する時の荷物を運ぶなど,いろいろな雑務を行っていた人で,主に農民や町民が雇われていることが多かったという.会津藩奴隊(やっこたい)は,この奴に扮装してお祭りなどで演技を行っている団体である.会津まつりのメインイベントである「会津藩公行列」では,朱色の顔をした奴隊が先陣をきって演舞を行うことから,見所のひとつとなっている.隊列は,前から順に「旗持ち」「先払い」「露払い」「表道具」「草履」「挟箱」「毛槍」となっており,およそ40名の隊列が会津の街を練り歩く.
2012(平成24)年の会津まつりはあいにくの雨模様であったが,沿道には多くの見物客で賑わっていた.その時の模様をお届けする.
 
会津まつりのメインイベント「会津藩公行列」の先陣をきって出陣する会津藩奴隊
鶴ヶ城から市内へ練り歩く.

<<旗持ち>>

<<先払い・露払い>>

<<表道具>>

<<挟箱>>

<<毛槍>>

沿道から声援をもらって会津若松市内を練り歩く

毛槍を投げるパフォーマンスは見せ場のひとつ
ここで拍手がわき起こる.

石部桜(会津五桜)【会津考察#29】

Ishibe cherry tree (One of five Aizu cherry trees)


石部桜

 


 石部桜(いしべざくら)は,会津五桜にあげられる桜(エドヒガンザクラ)の銘木であり,中世会津の領主・葦名氏の重臣であった石部治部大輔の庭にあった樹であると言い伝えらており,「石部桜」の名もここからきている.幹が8本に分かれている大樹で,樹齢は約600年,田んぼの中にぽつんと1本立っている姿はとても様になっている.東日本大震災から1年が経過した5月のゴールデンウィーク,今年は寒い日が続いて桜の開花がゴールデンウィークまで大幅にずれ込み,天候にも恵まれて多くの観光客が訪れていた.通常の見頃は4月中旬から下旬となっている.
来年の2013(平成25)年に放送されるNHK大河ドラマ「八重の桜」のオープニングの桜の木に,この石部桜が使われるらしく(今は,使われています!),テレビクルーが田んぼの中で撮影を行っていた.放映が楽しみな「八重の桜」である.田んぼの中に1本ぽつんと立つ石部桜=ハンサムウーマンとして気丈に生き抜いた新島八重(八重の桜),こんな構図ができあがるかもしれない.
 
観光客専用の市営無料駐車場
(飯盛山北駐車場,4月~11月 8:30~17:00 小型15台駐車可)
車の場合,ここに停めて歩いていくと便利
 
初めは,住宅地の中を歩く
 
そして,田んぼの中を歩いていくと・・・

石部桜に到着

田んぼのなかに1本ぽつんと立っている
桜が咲くと,ひときわ目立つ存在に
 
樹齢600年の巨木,枝分かれした幹は支柱で支えられている

周囲の田んぼは個人の所有地
警備員の人が見張りをしている
【公共交通案内】
●会津若松駅から 周遊バス・あかべぇ乗車 飯盛山下下車 徒歩約15分 (逆回りの周遊バス・はいからさんでも下車可能)

会津絵ろうそくまつり【会津考察#28】

The Aizu picture candle festival


鶴ヶ城

 


 会津絵ろうそくまつり(ゆきほたる)は,毎年2月の第2金・土曜日の夜に開催されている冬の祭りで,500年以上受け継がれてきた会津の伝統工芸品である「絵ろうそく」を,鶴ヶ城や御薬園で灯すお祭りである.絵ろうそくを知っていただこうと,2000(平成12)年に御薬園で初めて開催されたのが始まりで,今では鶴ヶ城や街なかで絵ろうそくの幻想的な灯火が,2日間点灯している.
会津の「絵ろうそく」とは,今から500年ほど前の領主・芦名盛信が漆樹の繁殖栽培を奨励して漆器の製造と共に,その実からとれる最上級の木ろうから「ろうそく」を作らせたことから始まる.その後,蒲生氏郷や保科正之による会津産業の振興のため,会津塗りやろうが多く生産されるようになった.そして,江戸時代には,参勤交代の際に献上品として「南天と福寿草(難を転じて福となす)」が描かれた絵ろうそくを献上したところ,時の将軍綱吉に喜ばれ、会津絵ろうそくは広く世間に知られることになる.主に,神社仏閣への奉納や高級な贈答品として使われるなど上流社会で愛用され,婚礼の際には一対の会津絵ろうそくが灯され,また,花のない会津の冬には仏壇に供える花の代わりに絵ろうそくを飾るようになったといわれている(会津絵ろうそくまつり実行委員会ホームページより抜粋).
(鶴ヶ城会場)

かわいい灯籠

メッセージの書かれた灯籠が迎えてくれる

優しい灯の「会津絵ろうそく」

中学生の製作による灯籠
 
四角い灯籠もある

絵ろうそく点灯中は,係員が定期的にろうそく芯の清掃を行っている.

(御薬園会場)

鶴ヶ城会場から御薬園会場へは,100円のバスに乗って移動する.
もともと,この絵ろうそくまつりは御薬園から始まった.

竹筒に灯された蝋燭

御茶屋御殿では琴の演奏が行われていた
(御薬園の写真は,暗くてうまく撮影できなかった)
【公共交通案内】
●会津若松駅から 周遊バス・ハイカラさん乗車 鶴ヶ城下車・御薬園下車

松平家御廟(院内)【会津考察#27】

The Matsudaira house mausoleum


松平家御廟所

 


 松平家御廟所は,東山温泉の手前である東山町院内にある会津松平家のお墓である.1657(明暦3)年の藩祖保科正之の子正頼が亡くなったときにはじまり,二代目の保科正経から九代目松平容保までの墓所がここにある.大名家の神式墓所として1987(昭和62)年に国の史跡に指定されている.二代目の正経(まさつね)は仏式で,三代目正容(まさたか)から九代目容保(かたもり)までが神式となっている.神式の墓として,まず前面には亀形の石の上に碑石があり,その奥の高い場所に灯篭が並んでいる.さらにその奥に墳丘を造ってその上に八角形の鎮石が置かれている.麓から頂上までは階段を登って約20分程度はかかるので,ちょっとした登山であり,気軽に訪れれる場所ではない.しかし,お墓とはそういうものではないかと思う.

山の麓まで院内の住宅街を歩いていく

ここから山を登っていく

急な石段を登っていく

道標では「松平家御廟 すぐ」と書かれているのだが,
その上にテプラで「ここから3代正容の墓所まで徒歩15分~20分かかります」と追記されている.
テプラの方が真実を伝えているのだと感じた.


松平家墓所案合図
  
昔のままで,急な石段が続く.
でも,この整備されていない道が,かえって昔を彷彿させていい雰囲気.
(でも,登るのは辛い!)
 
これが,神式の墓となる,亀形石の上に立つ碑石.

その奥に,鎮石がある.

9代目容保(かたもり)の墓は,さらに上がった奥にある.

9代目 松平容保(かたもり)の墓
【公共交通案内】
●会津若松駅より 周遊バス・ハイカラさん 「院内」下車

満田屋(味噌田楽)【会津考察#26】

Mitsutaya (Miso Dengaku)


満田屋(田楽・味噌)

 


 満田屋は1834(天保5)年に,味噌の製造と販売を始めたのが始まりで,店内の囲炉裏で焼いた味噌田楽を食べることができる.そもそも「田楽」とは,田植えなどの農耕の儀礼として笛や鼓などによって舞った日本芸能(能楽より古い)のことであるが,そのときの白装束の踊りが串形豆腐の形に似ていることから,豆腐を竹串に刺して味噌をつけて火であぶったものが「田楽焼き」となっているという(満田屋ホームページより).食事の営業時間は10時から17時まで.
 
奥にある食事処

囲炉裏で田楽を焼く

こんにゃく

カウンターでも食べられる

味噌なども含めお土産を購入できる
【公共交通案内】
●会津若松駅から 周遊バス「ハイカラさん」 大和町下車 徒歩3分
●JR只見線・会津鉄道 七日町駅から徒歩10分

冬の只見線(ローカル線)【会津考察#23】

JR Tadami line in winter (Local line)


究極のローカル線・只見線

 


 只見線は,福島県会津若松(あいづわかまつ)駅から新潟県小出(こいで)駅まで,135.2kmを結ぶ日本でも有数のローカル路線である.只見から小出までの区間には国道252号線が並行して走っているが,冬期間は道路が通行止めとなり,鉄道が唯一の交通機関となることから,国鉄再建法による赤字ローカル線廃止の対象から除外となった路線である.1972(昭和46)年に全線開通している.秋の紅葉はすばらしく,只見川に沿った山間をのんびりと走り,冬には2m以上も雪が積もる只見を通る.会津若松から小出まで,途中には大きな都市もなく,時速60km程度のスピードでマイペースで走っていく.乗り通すと約4時間もかかる.国鉄時代からの赤字ローカル線の雰囲気を残す路線として,全国からファンがやってくるのである.スピードと効率化が求められている時代に,この只見線の雰囲気を味わってみるのも,たまにはいい.

会津若松駅の時刻表
小出まで直通するのは1日3往復のみ
必然的に,連絡がよく景色が見られる列車は,昼の13:08となる.

3連休の中日とあって車内は満席
2両編成のうち,1両はロングシートの場合もある.
 
只見川沿いを走っていく.
電源開発で行った水力発電のダムにより水が貯められている.
  
会津宮下や会津川口,只見などといった沿線で核となる駅では,
列車交換などのため10分程度の停車時間がある.
車内の乗客も降りて,写真を撮影したりする.
 
豪雪地帯には欠かせない除雪機械
ホームの雪を掻くためのハンド式除雪機械である.

停車時間中,子供達も大はしゃぎ
お兄ちゃんにやられた仕返しに,今度は妹がお兄ちゃんを雪の中へ!
子供を連れて乗り通している家族も多かった.
 
美しい只見川の風景の中,のんびりと走っていく.
 
こちらは線路の除雪車
前のアームにより細かい作業ができそう
 
車内は非冷房車.扇風機のスイッチがある.懐かしい.
 
只見に近づいてくると,雪の量も多くなる.
駅舎待合室の屋根の積雪もごらんのとおり.
ちなみに只見(蒲生)の警戒積雪深は280cmだとか.
2m80cmまでは普通の積雪ということになる.
  
  
只見線の雪景色
 
只見駅

只見駅の外にある防雪柵

除雪で積み上げられた雪の山
 
田子倉湖と田子倉駅 冬期閉鎖の駅

田子倉駅をでると六十里越トンネルで新潟県へ.
夕刻となり,梅酒で乾杯!
 
17:42小出駅到着
長い旅でした.

【公共交通案内】
●本数
会津若松から小出まで,直通する列車は1日3往復

田季野(わっぱ飯)【会津考察#22】

Takino (Wappa-meshi)

 


 田季野は「わっぱ(輪箱)飯」の店として有名である.わっぱ飯は,尾瀬を有する檜枝岐村における山人の弁当の器として用いられてきた「曲げわっぱ(輪箱)」に,会津の食材を活かした料理を盛り込んだ創作料理で,1970(昭和45)年にオープンしている.わっぱ飯の他にも,会津の郷土料理が食べられ,会津に来たら一度は立ち寄りたいお店である.また,建物も歴史があり,築150から200年前に建てられたもので,会津西街道の旧家であったものを移築復元したものとなっている.

田季野の店構え
 
わっぱ飯 いくつか種類があるが,色々と入った五種輪箱がお薦め.

会津西街道にあった旧家を移築した店内

【公共交通案内】
●路線バス
・ハイカラさん
若松駅→若松市役所前→鶴ヶ城→飯盛山→若松駅  若松駅からバス約20分
・若松駅より西若松駅行,本郷行,高田行,芦の牧温泉行などで神明通り下車.徒歩5分.