雑誌名:「旅」
1996年3月号(第70巻第3号)
P.225
発行:JTB・日本交通公社
コーナー:旅のエチュード「対馬・ハングル語案内板」
対馬・ハングル語案内板
北九州での所用を済ませた後,せっかく九州まで来たのだからと思い,対馬・壱岐まで足を伸ばした.ちょうど週末で土・日曜が使える日程だったためできたことだ.九州地方には寒波が来ていて非常に肌寒い.前日もみぞれ混じりの雨が頬を突き刺すように降っていた.
対馬までの飛行機に乗るため福岡空港へと向かった.小倉からJRの快速列車に乗り,博多で地下鉄に乗り換える.駅のコンコースを地下鉄乗り場へと頭上にある案内表示板の指示に従って進む.案内表示板は日本語と英語のほかに,中国語やハングル語で書かれている.地下鉄に乗るとすべてのドアに「ドアにご注意ください」「MIND THE DOOR」「(中国語)」「(ハングル語)」と四カ国語で書かれたステッカーが貼られていた.福岡空港の国内線のゴミ箱にも,「もえるゴミ・もえないゴミ」という日本語の隣に,○や|の入り混じったハングル文字や中国語らしい見慣れない感じが記されているのに気づいた.
飛行機で対馬までの所要時間は約一時間.当日は天気が良く眼下の景色が一望できた.飛行機が高度を上げると空港が徐々に小さくなっていき,福岡の街並みが見渡せるようになる.博多湾に目を移すと「海の中道」が,線のように細く長く海中に美しい弧を描いて延びていた.
対馬も寒かった.まずは浅芽湾の美しい景観が見られる万関展望台へ行こうと思った.展望台行きのバスの時刻を調べたが,ちょうどいい時間のバスがなかったためタクシーを利用,対馬空港のロータリーには「歓迎 WELCOME (ハングル語で「歓迎」)」と書かれた観光案内板が立っている.ここにもハングル文字.不思議に思い,タクシーの運転手さんに聞いてみた.
「韓国からの観光客は多いんですか」
「それほど多くないですね.年に1度の対馬の祭りの時にはよくみかけますけど」
「あちこちでハングル語を見かけたので,もしかしたら,と思ったのです」
「あの表示板は,すぐ近くのお隣の国へ親しみを込めて設置したのでしょう」
なるほど,思わず納得した.
対馬は古来,日本列島と朝鮮半島とを結ぶ海路の要衝として栄えていたところである.対馬から博多までは147km.一方,朝鮮半島までは約53km.対馬では日本本島よりも韓国はかなり身近な国に映るのだろう.
「国際化,国際化」と叫ばれている昨今,国際交流の意識が高まっているということを改めて実感.国境に近いところほどその意識は強いのではないかと思った.
対馬では,観光案内の文章,道路案内の標識,町村名の看板にもハングル語の標記がついていた.近い将来,北海道ではロシア語,沖縄地方では中国語,などといった標記があちこちで見られる日が到来するのだろうか.