「■福島県の文化」カテゴリーアーカイブ

BANCHAN WORLD の福島県内をテーマにしたカテゴリーです.

福島見聞録【#1-#20】[一括掲載]

(このページは2007年に掲載したものです)

No.20 クリスマスイルミネーション

クリスマスのシーズンがやってきた.福島では駅前とパセオ通りの2カ所でイルミネーションが点灯している.
福島駅前イルミネーションは,東口駅前広場を中心にツリーや花壇への約5万球の電飾となっており,2007年11月30日から1月6日の16:30~22:00まで行われる(その後,2月14日まで延長されることが決定).樹木への電飾はブルーを基調としており,幻想的な空間を演出している.そして,今年は市制施行100周年を記念していることもあり,大がかりにイルミネーションを行っているのがまちなかの「パセオ通り」である.例年は数本の電飾しかされていないが,今年は約50本のほぼ全ての街路樹に約10万球の電飾を施しており,ちょっとした話題となっている.パセオ通りの電飾は最近流行の白や青の電飾ではなく,昔ながらの暖かみのある電球色のイルミネーションであり,これだけ徹底的に電飾がならんでいると,見ていて気持ちがいい.クリスマスイブには,一方通行の車道にはこのイルミネーションを一目見ようと車が列をなしていた.12月14日から翌年2月14日のバレンタインデーまで点灯しており,もうしばらくは福島版光のページェントが楽しめる.パセオ通りのイルミネーションは17:00~23:00点灯.(2007,12)

No.19 カレイナニ早川氏の講演会(コラッセふくしま)

福島駅西口インキュベートルーム講演会として,映画フラガールのダンス教師・平山まどかのモデルとなったカレイナニ早川氏の講演会がコラッセふくしまで行われた.カレイナニ早川氏は,常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)付属の常磐音楽舞踊学院最高顧問となっており,昭和39年のハワイアンセンター設立当時のフラダンス講師として,常磐炭坑で働く家族の少女達をダンサーに育て上げた人である.スパリゾートハワイアンズは,斜陽化していた石炭産業をなんとかしようと,炭坑から噴出していた温泉水を利用して東北に常夏のハワイを造ったリゾート施設で,全て炭坑で働いていた人々によって運営されていた.その施設内で行われるフラダンスショーにも,もちろん炭坑で暮らしていた少女達を起用していた.
講演は,まずフラガール映画の話から始まった.平山まどか先生が酔っぱらって登場するシーン,あのシーンには実際の育成生徒さんに対しても侮辱した脚本であるとクレームをしたそうだが,演出だと言うことでそのまま放映されることになったとのこと.女優さんのプロ意識はすごく,短期間のレッスンで驚くようなレベルに達していき,恐らく見えないところで努力していたのではないかとのこと.最後のシーンの涙は,映画とはいえダンスを習得していった女優さんたちの本当の涙だったということ.そして,ハワイアンセンター建設時代の苦労話,ハワイの話と続き,あっという間に時間が過ぎていった.(ちなみに,借金取りの話も脚本らしい)
「ダンスがいくら上手でも,礼儀や挨拶がだめでは,一流にはなれない.他人に対して謙虚に生きなければならない.」
そのため,育成の生徒さんに対して,ダンスの指導だけではなく,挨拶から箸の持ち方までマナーや礼儀についても厳しく教育していたとのこと.今では,その生徒さんも立派な家庭を持って充実した生活を送っているとのことであった.
講演最後には,なんとフラダンスを全員でレッスンすることになった.右と左にステップを踏み,お日様や波・椰子の木などを手で表現し,楽しい踊りのレッスンとなった.最後のレッスンの時のカレイナニ早川氏は,一番楽しそうに生き生きと話をされていた.予定時間をオーバーし,みんなでワンフレーズのフラダンスを踊って終了となった.本物を身につけている人の心の大きさ,余裕を垣間見ることができた.70歳を越えているのであるが,年齢を感じさせない.感性豊かで生き甲斐を持っている人は,いつまでたっても歳をとらないのかもしれない.私も,いつまでたっても感性豊かに生き生きと生きていきたいものである.(2007,11)

No.18 中合百貨店の北海道物産展

福島駅前にある老舗百貨店に中合がある.しかし,郊外型店舗のオープンや仙台への格安な高速バス運行によって,駅前の中心市街地は衰退の一途をたどり,中合百貨店もその影響を大きく受けている.中合百貨店の歴史は古く,1830年の太物行商が始まりである.そんな中合であるが,人気のある催事として「北海道物産展」が行われる.デパートの最上階にある催事場では,北海道で人気のお菓子や食材,カニが山盛りとなった弁当など,北海道に行かずとも北海道が味わえるので,いつも多くの人出でにぎわっている.先週,この催しが行われていたが,中合も人で混雑しており,最上階から下の階に移動するお客さんによって,デパート内も賑わっていた.中合は福島市でデパートと呼べる百貨店なので,頑張ってもらいたいところであるが,三越と提携している郡山のうすいなどと比べてしまうと,ディスプレイや雰囲気・品揃えなど,どうしても時代に取り残されているようなところを感じたが,現在は新たな取り組みを行って頑張っている.福島市では中合の紙袋を下げた人を多く見るので,中合のステータスは健在である.(2007,11)

No.17 珈琲グルメ(喫茶店)

福島駅前アーケード内のビル2階にムードのよい喫茶店がある.その名は「珈琲グルメ」.1979(昭和54)年にオープンした自家製焙煎の喫茶店である.店内の席は多くの女性たちで埋まっており,休日などは入り口で待たないと席につけないことが多い.カウンター席やテーブル席の他に,中央には十数名が座れる大きなテーブルがあって,少人数のテーブル席が空いていないときは,中央の大テーブルに相席で案内される.飲み物とケーキやデザートがついたセットの人気が高く,久しぶりにあった女性友達同士,つきることなく,そして途絶えることなくおしゃべりが続いていく.また,自分の好きなカップを選んで珈琲や紅茶などを飲むことができ,食べ物だけではなく,器も楽しみながら歓談をすることができる.店の空間もクラシカルで落ち着いておりムードも良い.そしてさらに,店員さんはイケメンの(!?)男性が多く,これもリピータの女性をとりこにしているのではないだろうか.駅前の中心市街地の衰退が叫ばれているが,本物を提供するお店には,人は繰り返しやってくるのであり,街全体として人々が望んでいる魅力ある商業空間を呼び込むことができれば,福島市だって賑わいは取り戻せるに違いない.(2007,11)

No.16 磐梯吾妻スカイライン

紅葉の季節がやってきた.磐梯吾妻スカイラインは紅葉の名所としても知られる有料道路で,高湯温泉から浄土平を通って土湯温泉までを結んでおり,国土交通省が制定した日本の道100選にも選ばれている.この有料道路をドライブしていると,作家の井上靖氏が名付けた吾妻八景(白樺の峰・つばくろ谷・天狗の庭・浄土平・双竜の辻・湖見峠・天風境・国見台)が次々と広がり,雄大な吾妻連邦の景観を満喫することが出来る.
通行料金は普通車1,570円である.道路地図や観光ガイドブックだけを眺めてこの値段を知ってしまうと,「ちょっと割高だな,有料道路はやめて一般道(国道115号)を走るか」などと思ってしまうかもしれない.しかし,まだ一度もこの有料道路を走ったことがないのなら,だまされたと思って走ってみることをお薦めする.空に突き抜けるように道が続き,崖のすれすれをスリリングに走り抜け,信夫山がぽっかり浮かぶ福島市街を一望し,硫黄の臭いが立ちこめて「火山性ガス注意,車を駐停車しないでください」の看板が現れると,緑だった山肌が一変して樹木の植わらない荒涼とした浄土平のダイナミックな風景が目の前に広がり,浄土平では湿原を散策して(湿原といっても荒れている.これだけ自動車や人が入り込んでいれば当然かもしれない),下りにさしかかると今度は磐梯山の屹立とした頂と猪苗代湖が眼下(磐梯山の頂は眼下というよりは水平といった感じである)に広がって,会津盆地がかすかに望める.次々と変化して過ぎ去っていく風景に感動を覚えるに違いない.
浄土平の標高は約1600mであり,福島市の標高が約65mであるので,福島市からやってくると実に1500mも車で登ってきたことになる.スカイラインまでの道のりには温泉街もあって日帰り入浴が可能なので,温泉とドライブをセットにした小旅行が堪能できる.開通は1959(昭和34)年である.今の時代だったら,大自然の中をダイナミックに貫くこのような道路は,環境意識への高まりもあって造れないと思う.ちなみに,浄土平の駐車場は有料で,吾妻小富士へのハイキング登山やレストランなどの施設を利用しようとする場合,さらに普通車410円が必要となる.4月下旬から11月中旬まで通行可で,冬期は積雪のため通行止め.(2007,10)

No.15 阿武急の日フリー乗車券

毎月第1日曜日は「阿武急の日」となっている.この日に限って乗り降り自由のフリー乗車券を大人600円(子供半額)で販売しており,福島-槻木間を乗り通すと通常片道940円であることを考えると,大変お得なフリー乗車券となっている.阿武急とは,第三セクターである阿武隈急行株式会社が運行している鉄道で,福島-槻木間の54.9kmを運行している.かつての槻木-丸森間を結んでいた国鉄丸森線を引き継いだもので,その後1988(昭和63)年に現在のように電化されて福島県側まで延伸開通した.阿武急は,阿武隈川に沿って走っていくので,富野駅を出発すると,左手に阿武隈川が見え始め,兜駅からはいままでの盆地の風景から一変し,渓谷の中を阿武隈川とともに併走していくようになる.あぶくま駅からは,阿武隈川船下りの乗船場も近い.
このフリー乗車券を発売する「阿武急の日」にあわせて,沿線自治体のイベントが催されることも多く,2007年10月の第1日曜日には,「伊達家ふるさとウォーキング(高子駅)」,「マイレールコンサート」,「角田ずんだまつり」などが開催されていた.特に,フリーウォーキングについては,年間スケジュールをたてて毎月10km程度のコースが設定されており,スタンプカードも発行されている.阿武急の日の車内にはリュックを背負った人(年配の方が多い)が多く乗車して賑やかになっている.槻木駅では,仙台駅方面のJR線との接続もよいので,追加で400円を支払えば仙台駅まで乗っていくことも可能である.精算は仙台駅で行うこととなる.仙台まで行くときに単調な景色に飽きていたら,たまには阿武急で阿武隈川の渓谷を見ながら行くのも悪くはない.(2007,10)

No.14 2種類ある高速バス「あぶくま号」(東京への高速バス)

福島から新宿(東京)までを結んでいる高速バスがあぶくま号である(片道大人4,800円,往復8,600円,ネット割引・早割あり).あぶくま号は,郡山や須賀川を経由して東京の新宿駅までを結んでおり,福島はその出発地となっている.あぶくま号は1日12往復運行されているが,福島から発着するのは1日6往復のみで,残りは郡山始発となっている.なにしろ,福島駅から新宿駅まで乗車すると所要時間が5時間以上かかるため,あぶくま号の利用者は郡山駅や須賀川・西郷からが多くを占めている.ホテルと新幹線がセットになったJRの旅行商品「TYO」を利用すれば,値段は倍以上するがホテルもついて約2時間で東京駅まで到着してしまい,また週末2日間だけ有効の「東京週末フリー切符(前日まで購入・大人14,500円・子供3,000円)」を買えば首都圏JRが乗降可能なフリー切符もついてくるので,時間の有効利用や疲労度を考えると,多少高くても福島から東京までは新幹線を選ぶ傾向にある.
福島からの高速バスには2種類の経路がある.ひとつは,福島駅を出ると福島西インターから高速道路に入り,本宮インターで降りて郡山駅に直行するタイプと,福島駅から国道4号を走って蓬莱・二本松市役所に立ち寄って,二本松インターから高速道路に入って郡山駅に向かう鈍行タイプの2種類である.新宿までの所要時間は,直行タイプで約5時間10分,鈍行タイプで約5時間35分となっている.なにしろ,須賀川・郡山・二本松と福島県内をほとんど一般道で縦断するので,国道4号線の蓬莱から坂を下るときに左の車窓に福島市街の街並みが見えたときは,「あれが福島の灯だ!やっと福島に到着した!」などと感慨深いものがこみ上げてくる.2006年12月からは福島北警察署裏あたりに無料駐車場を備えた福島高速バスターミナルを設置し,車利用によるパークアンドバスライドの実現を図っている.福島までやってくる高速バスはこの福島高速バスターミナルが起終点となっている.ただ,「福島高速バスターミナル」などと聞くと,冷房付きの待合室が完備された立派な施設を想像してしまうが,現地は待合室などはなくバス停がぽつんと立って広大な敷地(駐車場)が広がっているのみである.(2007,09)

No.13 飯坂温泉

さらにもうひとつ飯坂温泉も.福島駅から地方私鉄の福島交通飯坂線(地元では「いいでん」と呼ばれている)に乗って約20分走ると,終点飯坂温泉駅となる.摺上川の両岸に大小旅館が建ち並んでおり,約60軒の施設が存在している.大型のホテルや旅館,飲み屋もあって,東北でも有数の大規模な温泉街であったが,日本人の旅行形態の変化によって団体客が減少し,他の大規模温泉街と同様,現在は大変苦況に立たされている.温泉街に入ると廃業した旅館が多く目に付き,温泉街全体が沈降しているのがひしひしと伝わってくる.
共同浴場は9つあって,大人1人200円で入ることができるが,そのうちのひとつは松尾芭蕉も浸かったとされる鯖湖(さばこ)の湯も含まれている.共同浴場にはシャワーなどはない.泉質は単純泉で無色透明である.毎年10月の第1土曜日を中心とした3日間開催される「飯坂けんか祭り」は,日本3大ケンカ祭りのひとつと言われており,大きな山車が街中を練り歩いて飯坂八幡神社への宮入りを行ったあと,山車同士が勇壮にぶつかり合う場面は,見ていて迫力があり大いに盛り上がる.是非,飯坂へ.(2007,09)

No.12 土湯温泉

つづいて土湯温泉のご紹介.福島市と猪苗代町を結ぶ国道115号線沿いに土湯温泉はある.荒川の上流に位置する温泉街で,街の真ん中に渓流が流れている.泉質は単純泉がメインとなっているが,施設によっては炭酸水素塩泉や硫黄泉が含まれているところもある.源泉は約70カ所あるという.土湯温泉はこけしの里としても有名で,約160年前から伝統工芸が受け継がれている.温泉街にはこけしを製作する工程を実演している「土湯見聞録館」と呼ばれる施設があったり,ちょっと立ち寄るカフェがあったり,温泉たまごを販売する店があったり,無料の足湯スポットが4カ所あったりと,もともとコンパクトな温泉街は観光客がぶらっと楽しみながら歩けるように努力がなされている.土湯温泉は源泉が150℃前後と高温であり,温度調整のために加水をしているところが多いが,温泉につかると体がポカポカと温まってくる.強烈な湯あたりの心配もいらず,程よい心地よさの温泉である.各旅館では日帰り入浴をやっていて,観光協会の脇には日帰り入浴をやっている施設の情報が掲示されており,さらに観光協会では2人で1200円になる割引の日帰り入浴券を販売しているので,地図とともに入手するとよい.通常は日帰り入浴料は1人700円となっている(温泉施設によっては安いところもある).(2007,09)

No.11 高湯温泉

福島市周辺には車でちょっと走らせれば温泉が数多くある.そのひとつに高湯温泉がある.福島市から浄土平へ向かう有料道路・磐梯吾妻スカイラインの料金所ゲートのすぐ手前に約10軒ほどの温泉宿泊施設があり,坂道をぐんぐんあがった標高750mのところに位置している.特徴は,なんといっても「硫黄泉」の成分であるということ.正式な泉質名は,酸性・含硫黄-アルミニウム・カルシウム硫酸塩泉質(低張性-酸性-高温泉)であり,温度は42~51℃となっている.硫黄の成分含有では日本で有数の温泉で,効能が高いといわれている.源泉は10カ所ほどあるという.
白く濁った温泉に浸かると,体の芯から温まって,体に成分が効いている感じがする.ただし,少しでも多く成分を効かせようと思って,温泉成分を洗い流さずに浴場をあとにすることが多いかもしれないが,この高湯の硫黄泉は成分が非常に濃く加水加温をしていないので,最初は長い時間浸からずに成分を水道のお湯で洗い流して出ることを勧める.僕も欲を張って洗い流さずに出たら湯あたりを起こしてしまい,その後家に戻ってから倦怠感やだるさが出てきて,その晩はふとんに横になる羽目になってしまった.
高湯には組合で運営管理している共同浴場「あったか湯」が平成15年にオープンしており,大人250円で入浴することができる.駐車場からは源泉の配湯(分湯)状況が見れるようになっている.最近は「源泉掛け流し」という言葉が流行っているが,あったか湯のパンフレットには「自家自噴源泉完全放流掛け流し方式(加水加温無し)」と記載されているので,完全な源泉掛け流しということになる(ちなみに,加水していても一部循環させていても源泉を流していれば源泉掛け流しには該当する).なお,あったか湯は洗い場は少なくて石けんやタオルなどはついていない.広い浴場を希望する場合は,入浴料は高くなるが周辺ホテルや旅館の日帰り入浴を利用するとよい.くどいようだが,くれぐれも湯あたりにはご注意を!(2007,09)

No.10 共通駐車サービス券システム(中心市街地)

福島駅前の中心市街地では,買い物金額に応じて発行している駐車券について,約44の駐車場で共通して利用できる駐車サービス券を発行するシステムを導入している.駐車券を発行する加盟店舗は約274店舗(2007(平成19)年3月末現在).(株)福島まちづくりセンターが介在して,駐車場契約者からサービス券を回収し,加盟店舗にサービス券を発券するシステムとなっており,中心部のすべての大型店で加盟していて,車で中心市街地にやってくるのには大変便利なシステムである.共通システムがないと,商店の契約駐車場がそれぞれ決まっていて,はしごして買い物しても駐車券が利用できるところが限られてしまい,結局駐車場料金を払わなければならなくなることが多い.
加盟している店舗や駐車券には,下記のステッカーが記載されている.基本的に30分単位の発行であり,加盟店によって発券枚数は違っているが,中合やエスパル(駅ビル)などの大型店では1時間単位の発券を行っており(3000円以上で1時間,5000円以上で2時間が多い),中合デパートでは休日に限っては1500円以上の買い物で2時間無料の休日共通駐車券(休日しか使用できない)を発行している.これら全ての駐車券には有効期限があって,発行日より3ヶ月間となっている.
中心市街地でも結構品物が揃うので,極力駅前にきてぶらぶら歩いて買い物をするようにしている.お盆前の休日にはパセオ通りで花市をやっていて,お墓参り用の花(ユリ,リンドウ,ホオズキ,ふまんじゅう(食べ物)なんていうのもあった)やササなどを売っていたので思わず買ってしまった.また,会津のふるさとの盆提灯が古くなっていたので購入しようと思っていたのであるが,街中を歩いていたらサンチェ・イゲタでいいものがあったので,そこで購入した(この「いげた」の店は細長い店の中を小径として地下から半階構造の中2階方式でぐるぐると3階まで巡れるようになっていて,小物などの生活雑貨からカーテンまで品揃えがあって面白い).中心市街地の店の方は,商品のことを詳しく知っていて,いろいろと丁寧にじっくり教えてくれるように感じる.合理的な生産流通を行っているホームセンターやチェーン店のバイト店員とはちょっと違う.ちなみに,私が福島の中心市街地であったらいいと思っている店は家電量販店である.せめてヨドバシカメラのような店が駅前にあればいいのにな,と思う.消耗品であるMDやDVD,プリンタのインクや用紙なども,車で行かなければ購入できないようなので.(2007,08)

No.9 ぐう゛ぇ~,暑いぞ福島市は!

福島市の夏は「あつい」と聞いてはいたが,噂は本物,本当に暑い熱い日が続いている.日中の気温も午後になると35度近くにまで上がり,夜になっても気温は下がらず寝苦しい日が続く(25度前後).盆地特有の気候で,夏暑く,冬寒いといった傾向である.郡山市や会津若松市でも日中は気温が高くなるのであるが,福島市と違うのは標高が高い(標高200m程度)ため,夜になると20度弱くらいまで気温が下がって寝苦しさは若干和らぐ.夜の暑さは福島市の方がひどいのである.ちなみに福島市の標高は約66mとのこと.もう,クーラーが欠かせなく,夜寝るときも扇風機はかけっぱなしで,汗だくだくで寝ている.それでも,東京の夜の暑さに比べれば気温が低いと思われ,夜でも26~8度で推移するコンクリートジャングルの東京よりはまだましか,と思って自分を納得させている.この暑さが,全国第2位の出荷量を誇る「モモ」の栽培に適しているとのことであり,果物王国福島市を築いているのである(モモはうまい!).でも,早く秋が来ないかなぁ~.(2007,08)

No.8 コラッセふくしま

福島駅西口(新幹線側・中心市街地とは反対側)にある複合施設のビルが「コラッセふくしま」である.コラッセとは福島の方言で,こちらにお出でくださいという意味で,一般公募によって決められた名前である.公的機関の施設が入っており,住民票などが受け取れる市行政サービスセンターや,県パスポートセンター,県内各市町村の案内パンフレットが置いてある情報ステーションなどもある.日曜日も住民票やパスポートが受け取れるのでありがたい.
1階の観光物産館では,県内各地の名産やおみやげなどの物産を販売しており,ここにくれば県内の物産はある程度手に入れることができ,観光情報センターもある.お酒だってよりどりそろえてある.2階には市産業交流プラザがあって,福島市内にある企業の工場で製作されているものが紹介されている.そして,現在市政100周年の企画展示として,福島市の100年を振り返る写真展が開催されていて,これがとても興味深くて面白い.養蚕業で栄えた福島市であるが,明治・大正・昭和にかけて時代とともに写真で紹介されおり,市中心部の変遷や,掛田(霊山)まで路面電車が走っていた頃の写真,弁天山から松齢橋と市街地を撮影した写真,中合と山田百貨店と長崎屋と遠藤チェーンとコルニエツタヤと,まだまだ中心市街地が賑やかだった頃の写真など,企画展に終わらせず,常設展示として永遠に展示してもらいたい内容であった.
12階の最上階には創作和食料理のレストラン「Ki-ichigo・きいちご」がある.結婚式場のエルティが運営しているもので,山に囲まれた福島市街の盆地の眺望を眺めながら,ランチやディナーを楽しむことができる.12階にはレストラン以外にも,テーブルや椅子の置いてある無料展望室もあるので,高いところから福島を眺めるには絶好のポイントである.
この他にも,各種会議室やミニ図書館,中小企業を支援する経営プラザや商工会議所などがテナントとして入っており,駅前にある公的機関として便利な施設である.ちょっと余談であるが,このように市街地中心部に人を呼び戻す方策として,駅前に公的機関の窓口を持ってくる事例は増えているが,岩手県の盛岡駅前にある「アイーナ」では,県立図書館や運転免許センター,県民活動交流センター,パスポートセンター,県立大学のサテライト教室,大ホールなど,大規模で主要な規模の施設を一つの大きなビルに入れていて,規模の点では岩手県盛岡の方が上であると感じた.(2007,08)

No.7 かわまたシルクピア(川俣町)

川俣町は福島市から国道114号線で東南方面へ約22kmいったところにある町で,阿武隈高地の北部に位置する丘陵地帯である.古くから「絹の里」として栄えてきたところで,養蚕業や糸紡ぎ,機織りの技術は平安時代から伝えられているとされている.そんな川俣町の絹織物産業を展示する施設が,国道114号線沿いの「道の駅川俣」に併設されている「かわまたシルクピア」である.施設は3つの建物からなっており,絹織物産業についての文献や常設・企画展示展を行っている「おりもの展示館」,機織りや染色が実際に体験できる「からりこ館」,そして川俣町の物産を販売している「かわまた銘品館シルクピア」となっている.展示資料館は入館料150円とられるが,物産館(銘品館)は無料で入ることができ,桑の葉のソフトクリームや,特産品である川俣シャモ,絹製品などを販売している.実際展示してある絹製品を触ってみると,肌触りが全然違い,ポリエステルなどの生地と比較する展示もあって,いかに絹が肌触りがいいかを実感することもできる.(2007,07)

No.6 福島市内100円バス運行

これも市政施行100周年事業の記念イベントの1つとして行われたものである.2007年7月1日(日)に限り,福島市内を発着する路線バスは,どの区間まで乗っても1回100円で乗れるというもので,高速バスと自治体バスを除いた福島市内を発着する路線バス(福島交通・JRバス東北)が対象となっており,福島市を発着している路線であれば,福島市外まで乗車しても100円で乗車できるようになっている.せっかくの機会なので,川俣町の道の駅にある「かわまたシルクピア」に路線バスで行ってみた.
福島駅から川俣まではJRバス東北がバスを運行している.かつては川俣まで松川駅から国鉄川俣線が走っていたが1972(昭和47)年に廃止,その後の代替交通機関として松川・川俣間をJRバス(当時は国鉄バス)が運行していたが,これも今はJRバスが撤退し,自治体バスとして別会社が運行している.そんな関係からか,川俣地区はJRバスが走っている地域なのであるが,福島駅から川俣までのJRバスは,かつては浪江駅まで運行されていた福浪線の一部で,2004(平成16)年4月に問屋前・浪江駅間が廃止され,短縮した現在の形で運行されているものである.そんなJRバスに揺られ,川俣まで往復してきた.下車するときに,路線バスに関するアンケートハガキを運転手さんからもらった.
地方都市で公共交通に人を乗せるためには,現在のバス運賃では高すぎる.家族全員で休日にバスなどを利用して中心部まで買い物にいくとなると,その交通費がバカにならなくなり,駐車場代とガソリン代を払って自家用車で行った方がよくなってしまうのである.根本的に,自動車をやめて公共交通への利用促進を図るのであれば,公共交通を利用した方が経済的に安くなるようにしなければ利用者は増えるはずもなく,土日には今回のような「どこまで乗っても1回100円」,「大人最高運賃200円まで」,「大人半額」,「バスを利用したら購入製品の配送費用は半額」などといった思い切った施策をやらないと,バス利用への転換は図れない.環境負荷への低減も図れるのであるから,公共交通への補助制度をもっと導入してもよいように感じる.ちなみに,100円循環バスはすでに福島市内で導入されている.(2007,07)

No.5 ふるさと100周年・祝賀山車フェスティバル

今年(2007年)の福島市は,市制施行100周年の記念行事が目白押しである.2007年6月30日の夜に,市内全域からの山車を中心部に集結して練り歩く「祝賀山車フェスティバル」が開催された.福島市政施行100周年記念事業のひとつで,合計38台の山車(だし)が集結した.山車とは祭礼の時に飾り物をして引き出す車のことで,もともとは「出し物」の意で,神の依代として突き出した飾りに由来するのだという.国道13号線を全面的に通行止めにして祭りが行われ,市内各町内の山車が国道13号線に集結して,大きなかけ声と太鼓の囃子とともに練り歩く様子は,大いに盛り上がるものであった.
各町内の山車は色々な形,そしてお囃子のリズムがあって面白い.街路樹の樹木に当たらないように,山車の先端の部分をいちいち折りたたむのは,見ていて大変そうであった.山車の提灯の灯りも,発電機を積んで電球にしているものや,本物のロウソクを灯しているものなどあって,ロウソクを灯しているものは,ゆらゆらと光りが揺れるので風情が感じられるものである.旧長崎屋前の交差点では,最後に飯坂温泉の3台の山車による飯坂ケンカ祭り(岸和田のだんじり祭りとともに日本三大ケンカ祭りのひとつとされており,毎年10月第1土曜日に開催されている)のぶつかり合いも再現され,迫力ある山車の押し合いが見られた(でも,本物のケンカ祭りの時の方が,もっと山車がぶつかり合って盛り上がりは大きいと思われる.今回のはセレモニーである).
まだ梅雨が開けていないが,これからやってくる暑い夏に向けて,夏祭りの前夜祭的な感じがするイベントであった.余談だが,福島の夏は相当暑いと聞いているので覚悟をしているが・・・.祭りの模様はこちらへ.(2007,07)

No.4 仙台が近い(仙台行きの高速バス)

1日47往復,15分~20分おきに出ているのが仙台行きの高速バスである.片道900円であるが,10枚綴り回数券を使うと片道750円,往復1500円(2枚綴り回数券では往復1600円)で仙台まで行けてしまうのである.時間は約70分.週末になると買い物客で高速バスはほぼ満席,補助椅子を利用することもしばしばあって,平日でもビジネス利用客がおり,利用客が多い高速バスである.こうなってくると,福島市はすでに仙台圏内といった感じで,仙台に行く方がなにかと便利な地域である.仙台空港も,仙台駅から福島寄りの場所(名取市)にあり,近年の空港アクセス鉄道の開通もあって,福島空港を利用するよりも,仙台空港を利用した方が便利なくらいである.
これだけ仙台へのアクセスがよくなると,打撃を受けるのは福島市内の商店街である.ご多分に漏れず,福島市でも駅前などの中心市街地の衰退は激しく,屋台村を設置したり,イベントや祭りをまちなかで開催したりと,中心街へいかに足を運んでいただくかといった視点での取り組みがされている.花見山のシーズンには,まちなかでのイベントも開催して,駅からのシャトルバスの案内放送でPRしたりといった努力もしている.でも,品揃えの豊富さや欲しい商品が手に入るといった仙台の持っている魅力は,大きなものがある.なるべく,日用品など福島で手に入るものは,福島で購入するように心がけている.(2007,07)

No.3 アンナガーデン(聖アンナ教会)

国道115号線を土湯方面に走らせていき,ちょっと道を左に曲がって門をくぐると,小さなショップが建ち並ぶ夢のような空間が現れる.聖アンナ教会を中心として個性的なお店が並んでいるスポットが「アンナガーデン」である.吾妻連峰の山麓に位置しているので,緑が豊かであり,園内は坂を巧みに利用して個性的な建物が色々と建ち並んでおり,アイスクリーム屋,雑貨屋,パン屋,みちのく福島路ビール,英国アンティーク家具の店,うつわの店,喫茶店,駄菓子屋,ピザ屋,ソバ屋など,ぐるっと歩いていると結構面白い.
聖アンナ教会は,英国ブリストル聖ミカエル教会の格式を受け継いでいる教会で,伝統的な英国スタイルをそのまま復元した建築で,ステンドグラスは聖ミカエル教会からそのまま移設したものだとか.森の中のガーデンウエディングとして,結婚式も行うことができる.また,ここは高台に位置していることから,福島市内でも有数の夜景スポットである.家族連れ,カップルでどうぞ.営業時間は店によってまちまちであるが,大抵午後6時前後で閉店となっている.ちなみに,アンナガーデンの正門は午後9時で閉まる.入園料はなし.(2007,07)

No.2 福島県立図書館

住宅の広がる森合に県立図書館がある.正面に信夫山が迫る敷地内には,広々として開放的なスペースに建物が建っており,左側が県立美術館,右側が県立図書館となっている.1984年に現在の場所に移転しており,蔵書数は約70万冊である.県内で最も参考資料が充実している図書館であり,調べものがあったりするときには,県立図書館に足を運べば一通りの参考図書や様々な百科辞典を見ることができる.雑誌コーナーや分野ごとの一般図書も置かれており,一人10冊まで借りていくことも出来るし,県立図書館のホームページからは,蔵書図書の検索ができるようになっており,在庫があるか貸し出し中になっているか,さらに会員手続きをとれば貸し出し図書の予約までインターネットでできるようになっている.このように,資料館などの公共施設が充実しているのも県庁所在地の魅力であり,早速福島市に関連する地名辞典のコピーを行ってきたところである.
ちなみに,図書館と美術館の中間に喫茶&レストランがある.公共施設の店なので「それなり(1杯400円の天ぷらそば,500円のカレーライスなど・・・)の」メニューかと思いきや,ランチセットで1200円~1500円,ワンプレートランチで1000円程度といった本格的な料理を出す店であったので,味見は次回してみることにした.(2007,07)

No.1 ようこそ,花も「み」もある福島へ

福島市は今年,市政施行100周年を迎えている.「ようこそ,花もみもあるふくしまへ」は,福島駅の新幹線ホームやコンコースにピンクの垂れ幕が下がっているキャッチフレーズである.福島市は,1907(明治40)年4月1日に誕生した.県内では会津若松市に次いで2番目の市政施行であり,当時の人口は31,835人で面積は8.8km2であった.現在の福島市は,人口289,395人(H19.6.1現在),面積は746.4km2,市中心部には阿武隈川が悠々と流れ,信夫山(しのぶやま)がインパクトとしてそびえている.福島市を歩いてみてここ一週間程度の印象は,ファミリーが生活する場として非常に居心地のよい空間が広がっており,県庁所在地であるということもあってか,郡山のような殺伐とした商業地の都会というよりは,ゆとりのある落ち着いた住み心地のよい地域である印象を持った.これから,福島の見聞録をシリーズで掲載します.お楽しみに・・・.(2007,06)

(このページは2007年に掲載したものです)

ぶらっと!渡利歩き

福島県福島市渡利.
阿武隈川と弁天山とに囲まれた地区.そんな街の表情をどうぞ.

エリア1[ぶらっと!渡利歩き]

国道4号線で郡山方面から走ってくると,阿武隈川の弁天橋を渡ります.するとそこが渡利地区.渡利弁天山交差点で,まずお迎えしてくれるのが「キビタン」のモニュメント!
キビタンは,平成7年に福島県で開催された「第50回国民体育大会(ふくしま国体)」のマスコットとして誕生したもので,その後,平成13年に開催された「うつくしま未来博」でも,マスコットキャラクターとして活躍しています.

ようこそ!渡利へ!!(キャラクターを考えると,ようこそ「ふくしま」へ!が正しいかも?)

阿武隈川に架かる「弁天橋」
国道4号線は福島県内を縦断する大動脈です.この弁天橋で「渡利」と「鳥谷野」を結んでいます.現在の国道4号と呼ばれる道路は,南バイパスとして造られたもので,昭和47年に弁天橋とともに完成しており,渡利地区はこのバイパスの完成により,南北に国道4号が縦断するようになりました.

渡利は阿武隈川の右岸に広がっています.阿武隈川との関係は,昔から大きかったと思います.たびたび大雨によって増水する阿武隈川ですが,過去の洪水の水位が土手に設置してありました.
昭和61年8月洪水の「ここまで水位が上がりました」が,近年では一番大きな洪水になっています.

土湯から流れてくる荒川と阿武隈川の合流点.昔は大きく「荒れた川」だったのでしょうか.子供たちが,川で遊んでいました.

渡利と杉妻町・荒町とを結ぶ「天神橋」
橋の背景に見える高い建物が,福島県庁の西庁舎となっています.渡利から福島駅へは,この天神橋を渡る方が,距離的に一番近くなっていますが,自動車を利用するときは,国道4号線を超えて天神橋に向かわなければならず,裏道的な道路を通っていかなければなりません.

阿武隈川の土手には,川を管理する国土交通省によってテレビカメラが設置されています.洪水時には水位状況を把握する上で,役立っていることでしょう.

阿武隈川に架かる「大仏橋」
大仏橋と書いて「おさらぎばし」と呼んでいます.この橋は「渡利」と「舟場町」を結んでおり,郡山から国道4号を北上していくと,つまりは,2回阿武隈川を渡ることになります.弁天橋で渡利に入って,大仏橋で渡利を去ることになります.渡利側の地名は「渡利舟場」といい,対岸の地名は「舟場町」.歴史をひもとくと,どうやら「渡し船」との関係がありそうです.(詳しくはエリア2の松齢橋で)

イタリア料理店「Di VERDE」
弁天橋の橋詰めにあるイタリア料理店.ちょっと洒落た雰囲気を味わいたいときはお薦めです.福島駅ビルにあるDUCCAと同じ系列店です.無休.24時まで営業.

コーヒーショップ「サリバン」
パスタやピラフなどもある本格的な珈琲を出す喫茶店で,いつも混雑している人気店です.国道4号沿いにあり,ランチタイム(11:30~15:00)にはサラダと飲み物のつくセットもあります.店内は木目調となった落ち着いた店内で,奥の空間が禁煙席となっています.ただし,乳幼児(5才以下)の子供は入店お断りの店なのでご注意を.料理は「Sullivan」のマークが入ったお皿に盛られています.1975年創業.月曜定休.22時まで営業.

エリア2[ぶらっと!渡利歩き]

松齢橋(しょうれいばし)
1925(大正14)年に架けられたもの

松齢橋の架かっているところには,かつて「信夫渡(しのぶわたし)」と呼ばれる渡し船がありました.渡利(右岸側)の舟場と杉妻町・舟場町(左岸側)とを結んでおり,江戸時代の渡利は塩の供給路として重要な役割を担っていたのです.渡利は,相馬方面の中村街道や飯野・川俣とを結ぶ街道が集まっており,渡利を経由して福島城(現県庁)や奥州道と結ばれていました.
渡し船は2艘あったとのことですが,暴風雨や増水により転覆事故が度々発生していたため,1883(明治16)年に船橋による橋が造られ,当時の福島県令三島通庸により「松齢橋」と命名されました.この船橋とは,舟を川に15艘並べて(浮き橋),鉄線でつないで両岸に柱を立てて舟をとめ,その15艘の舟それぞれに4本の柱と櫓を組んでその上に板を並べて橋としたものでした.この写真は今でも残っており,コラッセふくしま3階の「福島市産業交流プラザ」で福島市100周年の特別展で現在展示されています(2007年8月現在).
その後,この船橋は度々流されたので,1925(大正14)年に,旧松齢橋の上流100mのところに,鋼製の松齢橋が架けられ,これが現在の橋となっています.

欄干の街灯もレトロでオシャレです

橋には「大正十四年十二月竣功」と書かれたプレートが埋め込まれています.

左が国道4号の大仏橋.右が松齢橋.


渡利舟場.かつては交差点にセブンイレブンがありましたが,今はありません.

国道4号線の下をクロスする県道.松齢橋(渡利舟場)から天神橋方面に向かうことができます.降雨時に冠水する場合があるので注意!

コープマート渡利.街の小さなスーパーマーケットです.渡利のスーパーは「コープマート」の他に,「いちい」があります.

中華料理「十八番」
酢豚やエビチリなど本格中華もある中華料理店です.豚角煮のあんかけがのっている「十八番ラーメン」がメニューのお薦めとなっていますが,入店してきた半分くらいの人が注文していたのが「五目焼きそば」でした.見た目には庶民的な飾り付けなのですが,食べてみるとおいしい味で,次々と人が入ってきます.店内は机が多くあって結構広い.水曜定休日.11時-15時/17時-20時営業.

南高校近くにある「みぎわ靴店」.ダンスシューズなどと書かれており,味わいがあっていい.

七社宮神社(しちしゃのみや).境内には,松齢橋の碑が2つ置かれており,当時の橋建設について記載がされています.

松齢橋の碑

エリア3[ぶらっと!渡利歩き]

渡利といって思い浮かぶ飲食店は,やはり「喜久寿し」でしょう.国道4号線からもよく見えますので,一度は目にしたことがあるお店でしょう.お寿司やうなぎ,天ぷらなどがあり,晩酌セット2000円なんていうのもあります.定休日は木曜日.11時~14時/16時~22時営業.

喜久寿しの脇道をちょっと入った住宅街のど真ん中に,市立わたり保育所があります.朝8時頃の,窓越しに手を振って親と別れる子供達のちょっと寂しげな笑顔が印象的です.

弁天山の上には,渡利浄水場(現在は摺上川ダムからの導水により廃止)の配水池があります.そこから市内各地へ水道を配水するための水道管が道路下に埋設されているらしく,このような看板が立っています.

突然現れる「石」.石と言うよりは「岩」と言った方がよいですが,なにか言い伝えのある岩なのかもしれません.ちなみに,道路の向こう側の地名は,渡利字転石(ころげいし)といいます.これも何かのつながりでしょうか?
この石については,渡利のアパート関係を扱っている「ふくふく不動産」(国道4号沿いの弁天渡バス停前)の方に教えていただきました.ちなみに,渡利でアパートをお探しの方はお薦めの不動産屋です.

国道4号沿いのセルフ式ガソリンスタンド「会津ゼネラル」 土日になると会員は5円引きになるなどの割引を行うため,週末にはガソリンを入れにくる車で混雑しています.機械洗車も1回200円,ただし布洗車機ではありません.

そのゼネラルスタンドの先に,ひっそりと佇んでいる「福島りょうぜん漬」の販売店があります.車で入りづらいところにあり,見逃してしまいそうですが,おみやげに「りょうぜん漬け」の漬け物は喜ばれます.


福島市役所の渡利支所.住民票などはここで揃います.

支所前にあるコープマート渡利.ちょっとした買い物には便利です.総菜コーナーもあります.

福島南高校&福島中央高校
普通科は南高校,夜間の定時制は中央高校と名前が変わる高校だそうです.

その南高校前にある弁当屋「するがや」.弁当だけではなく,お総菜なども売っていて,聞いたところによると,鳥の唐揚げは名物です.

街を見守る交番.支所前.国道4号沿い.


喜久寿しのところから,中に入ったところに渡利郵便局があります.でも小さな郵便局なので,日曜日にATMでお金を降ろすことは出来ません.

街のほっとステーション「ローソン」
渡利のローソンは,住宅街のど真ん中にあって,夜などは灯りが暗闇の中に煌々と光っているので,本当に「ほっとステーション」という感じのコンビニです.

ローソンの斜め向かいにある「三共タクシー」 タクシーに乗りたいときはここに電話をすれば,迎えにきてもらえます.

渡利地区には,福島駅から2つの循環バスが走っています(1時間に1~2本程度).「渡利循環」と「渡利大回り」です.狭い渡利の住宅街を縫うように走っていくため,ちょっと小さめの中型バスがやってきます.ルートが複雑で,循環がいいのか,大回りがいいのか,はじめのうちは迷うバス路線ですが,地元の人には理解ができ,住んでいるうちに分かるようになってきます.

渡利地区は道路が狭く,その道が直角に交わっている交差点が多くあるため,カーブミラーがやたらと多く設置されています.運転するときは徐行して注意しながら走らなければなりません.

そば処「Q.庵」
弁天山の麓にあるそば屋です.北海道産のそば粉を使っています.店内は大きなテーブルが座敷とフロアーに2つのみ.10人くらいで囲む形で座るようになっています.ですから,2人で行っても相席となります.最近は,赤提灯が出るようになって,夜のお客さんも歓迎しているようです.

エリア4[ぶらっと!渡利歩き]

渡利で最も大きいスーパー「イチイ」
駐車場には焼き鳥を販売する店もあって,ついついあの匂いにつられて,焼き鳥も買ってしまいます.お酒が安いとの評判も.

居酒屋「えんや」
スーパーイチイの斜め前にある居酒屋「えんや」と美容室「EN(エン)」.居酒屋の方は,一時期営業を休んでいましたが,また最近営業を再開したようです.

イチイの近くには福島銀行もあります.渡利には東邦銀行も郵便局もありますので,何かと便利です.

「風と木(ふうとぼく)」
沖町にあるカフェです.玄米を中心とした自然食を出すお店で,野菜が多く使われているランチが食べれます.店内は木造で落ち着いた雰囲気.隣のアパート1階にはギャラリーもあるので,満席の時は時間をつぶすことができます.営業は平日は11~15時,土日祝日は11~19時まで.

食酒三味「豆蔵」
風と木の向かいにある居酒屋.住宅街の渡利にあって,貴重な居酒屋のひとつ.店内は宴会などもできる広さがあり,送別会や暑気払いなど,大人数での宴会も可能です.
名物は,ヘルシーな牛もつ鍋,やみつきになる手羽あげ.牛もつ鍋は,醤油味とカレー味が選べ,食べたあとにはチャンポン玉(太麺)を入れて仕上げればお腹いっぱいになります.(野菜が多く,モツがちょいと少ない品ですが・・).箸置きがナッツとなっているところ,「まめぞう」という感じです.

エリア5[ぶらっと!渡利歩き]

渡利整体院
岩崎町簡易郵便局の近くにある整体院です.かつて花見山の近くで開いていたものを移転させて開業したとのことで,隣に小さな託児所のある平屋建てアパート(真新しいとは言えませんが)の一室で開業しています.基本は10時~16時の営業ですが,木曜日と日曜日のみ夜22時までやっています.45分3,500円~で完全予約制です.別料金で出張もやっています.

小舟の茶屋「くりや」
小舟という地区にある蕎麦屋.飯舘産のそば粉を使用したおいしい蕎麦がだされます.花見山に向かう方面の途中にありますが,住宅街の坂の途中にあって,非常にわかりずらいでしょう.駐車場も小さくて,前の道路に駐車して店にはいります.猫をたくさん飼っているようで,店に入る前に「ニャーニャー」とお出迎えされます.天ぷら付きのそばが1000円前後と,非常に手頃.味も美味しく,お薦めのお店です.コーヒーも付きます.店内はカウンターとテーブルが2つのみの小さなところなので,時間を見計らっていきましょう.火曜日定休日.

エリア6[ぶらっと!渡利歩き]

このエリアには,桜の名所として有名な「花見山」があります.
花見山についてはこちらのページへどうぞ.

スタートまで[阿武隈川カヌー駅伝大会物語#1]

福島県中通りを流れる阿武隈川.西白河郡西郷村を源流として白河市・郡山市・福島市と福島県内を縦断し,宮城県の亘理町で太平洋にそそいでいる.「川に親しみ,川との触れ合いを通して自然のすばらしさや大切さを改めて再発見し,阿武隈川の舟運の歴史を偲び巡りながら,上流から下流までの人々の交流の輪を広げる夢を託す」という趣旨で,第1回阿武隈川カヌー駅伝大会が開催された.(主催:阿武隈川サミット実行委員会(事務局:福島市役所))
スタート地点は福島県福島市のわたり水辺の楽校と呼ばれる河川敷,約5~12kmごとに設けられた8つの中継地点でタスキをつなぎ,宮城県亘理町の船着場まで74.9kmの区間を2日間に渡ってタイムを競う大会である.全国的にもカヌーの駅伝大会は珍しいという.
参加チームは各沿川市町村の住民などで構成された16チームあり,我々も「チーム山土(やまど)」というチーム名で参加することになった.(私はサポート隊で車の提供とドライバー,そして取材広報!?(つまりHP作成)という役目を担った)
無事,ゴールまでたどり着けるのか!物語の始まりです.

撮影日:2007(平成19)年9月29日~30日開催


1.プロローグ

それは,携帯電話への一通のメールから始まった.
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日付:2007,07,23
件名:協力依頼m(_ _)m
内容:お願いがあります.・・・9/29,30の土日に第1回阿武隈川カヌー駅伝(県庁前~河口)があります.1チーム最低7名が必要となります・・・初心者でも全然OKです!選手じゃなくて,サポートでもOKです! 皆様のご協力をお待ちしております.
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メールの送信者はカヌーやラフティングの経験のあるI氏だった.メンバーに一斉送信をしているらしい.このI氏からは度々週末のお誘いメールが来ており,本当ならば断るときもきちっと返信するべきだが,10年前の職場からつきあいの続いているメンバーの一人であり,気心の知れた仲間でもあり,「また,いつものお誘いメールか.ほっとけばそのままお流れになるだろう!」と感じ,そのままほったらかしにしておいた.
そして,その1週間後,再びメールが入った.
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日付:2007,07,29
件名:お願いですm(_ _)m
内容:BANCHANさん,9/29,30のカヌー駅伝ご協力頂けないでしょうかm(_ _)m カヌーには乗らないで結構です.車回し等の応援をお願いしたいのですが・・・お願いですm(_ _)m
今のところ,F氏,G氏,E氏,N氏と私(I氏)の5名です.あと2名必要なのですが・・・BANCHANさんとN氏の友人のT氏にお願い出来ればと思っております.
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m(_ _)mマークが3つも入っていた.そしていつになく丁重な文面.どうやらこれは本気らしい.サポート隊として車の提供とドライバー,そしてメンバーの写真を撮影する広報担当として,私も阿武隈川カヌー駅伝大会にエントリーすることになった.

2.練習を経ていよいよ当日

今回のカヌー大会は,プロの競技というよりは,全くカヌーを経験したことのない人も対象としている.そのため,未経験者には事前に1日間の練習を行ってから参加することとなっている.練習は,スタート地点から第1区間の手前までの区間で行った.
カヌーには3人乗り込んで,パドルと呼ばれる水を掻くための漕ぎ棒を持つ.パドルは水を掻くブレードが1つだけついたシングルパドルを使用する.一番後ろの人は「舵取り」といって,カヌーの方向性を掌る役割もあって,それぞれがバランスよく漕いでいくことが求められている.練習はなんとかこなし,本番の当日を迎えることとなった.

福島県庁を背景にスタートを待つカヌー達

大会参加の受付テント

漕ぐための道具・パドル シングルタイプ

盛り上げグッズ・鳴り物の「笛」

いよいよ大会当日,秋晴れとなった.気温も暖かく,絶好のカヌー日和である.我々チーム山土のメンバーは,土休日は無料開放される福島県庁前駐車場に一旦集合し,移動車に乗り換えて,スタート地点である「わたり水辺の楽校」へ向かった.
受付を済ませたあと,貸与されるパドル,ライフジャケット,そしてなぜか応援グッズである鳴り物の「笛」も手渡され,出発への準備を進めた.
さて,当日集まった7人のチーム山土(やまど)のメンバー達.かつての職場で苦楽を共にした若者(当時)集団であり,私が最年長の部類に属している.集合時間は朝8時とあって,みんな目が充血しており,顔が青白く,冴えてない様子.はっきり言って,全然気持ちが盛り上がっていなかった.
「結局,誰も参加者がいなくて,お流れになると思っていたのに~」
「俺なんか,名前貸してくれって言われただけなのに,こんなことになっちまったよ~」
「残業続きで,大会に参加する体力がないんだけど・・・・・」
みなさん,ブーブーのご様子.カヌー経験者は,チームリーダーのI氏のみ.彼だけは,朝からテンション高く張り切っていた.それでも,これだけ正直に意見が言い合えるのも,気を遣わなくていい気心の知れた仲間という証.何だかんだ言っても,ジャージに着替えて現地までやってくるのだから,チームメイトとはありがたい,ありがたい(I氏に代わって代弁).

さて,競技について簡単に説明すると,カナディアンカヌーを3人一組で漕ぎ,駅伝方式でタイムを競うタイムトライアルレースである.1日目は福島市の「わたり水辺の楽校」をスタートし,途中の中継地点で駅伝形式のリレーを行って,2日目の亘理船着場を最終ゴールとするものである.駅伝形式といっても,途中の中継点では一旦カヌーを陸に揚げて全艇一斉再スタート方式を採用し,タイムを集計していき最も少なかったチームが優勝ということになる.
中継地点は全部で8カ所,合計9区間あり,1日目は宮城県角田市の角田船着場までの6区間,2日目は角田から亘理までの3区間となっている.1区間あたりの距離は5.1km~12.5km,1時間から1時間半程度となっている.リレーのタスキとして,ペットボトルに入った「阿武隈川源流(福島県西郷村)の水」を河口まで繋いで運んでいく.

参加チーム数は全16チームである.チーム名を紹介する.

①西郷・白河源流チーム ②玉川カヌークラブ ③買いましたカヌーチーム ④チーム大玉 ⑤アウトドア倶楽部 ⑥安達ファイヤーズ ⑦UFOの里飯野町 ⑧阿武隈OYAG’Z ⑨チーム山土(やまど) ⑩福島市役所R&Sスポーツ同好会 ⑪CITY.伊達 ⑫Team SHIBATA ⑬亘理町 ⑭がんばろう仙台 ⑮Team南 ⑯ふぐすま転覆隊

それぞれ個性的なネーミングで面白い.沿線の住民や自治体関係者,大学の学生チームなど,多彩な顔ぶれとなっている.

プラカード

タスキとなる「阿武隈川源流の水」

スタート間近 コースの最終確認

チームリーダーより連絡事項

スタート前の写真 みんないい笑顔が見られます
(悪いことはしていませんが,プライバシー保護のため目隠しをしています)

3.開会式とスタート

さて,開会式となった.福島市長や国土交通省,福島県など来賓からの挨拶が続き,そして各チームの紹介となった.司会者から順番にチーム名などが紹介されていき,いよいよ9番目,我々の番となった.

「続きまして,チーム山土(やまど)です.・・・・正直言って,このチーム名,何が言いたいのか分からない名前なのですが,とにかく,かつて職場が一緒だったメンバーだとのことで,福島市からの参加となっています.皆さん独身だそうで,優勝した暁には独身貴族を卒業することを誓うとのことです.」

司会者から痛烈なパンチ! 確かに,「山土(やまど)」という名前,分かる人にしか分からないチーム名である.これはかつての職場の略称なのである.世間的にはとりあえず,山と土とを愛する自然派集団ということにでもしておこう.

開会式 福島市長ごあいさつ

タスキの授与(河口まで繋げるか?)

まもなくスタート! 競技者全員集合

第1競技班 いよいよカヌーに乗り込む

いよいよスタートの時がやってきた.スタートの合図は,いつの間にか国道4号線の大仏(おさらぎ)橋に移動していた福島市長が,白い旗を振ったらスタートとなる.全16艇,緊張の一瞬である.太平洋の河口に向かって,阿武隈川カヌー大会の始まりである.
そして,スタートの旗が振られ,全艇一斉スタートをきった.チーム山土はゼッケン9番,無事にゴールまでたどり着けるのか.

あとは合図を待つのみ

大仏橋から市長が合図を送る

スタート直後  チーム山土は左に傾いているような・・・!?

スタート→県境手前[阿武隈川カヌー駅伝大会物語#2]

スタート:渡利水辺の楽校(県庁裏)⇒①第1中継地点:瀬上河岸(福島市)⇒②第2中継地点:伊達崎河岸(桑折町)⇒③第3中継地点:中田河岸(伊達市)

4.第1中継地点(瀬上河岸)まで

スタート地点を出発したカヌーは,緩やかに流れる阿武隈川を,第1中継地点である瀬上(せのうえ)に向けて下っていた.途中,橋の上からポツポツとやってくるカヌーを見ることができ,カヌーに向けて応援をする市民達が集まっていた.第1中継地点までは8.3km,約1時間のタイム予想となっている.そして,第1中継地点にはカヌーが続々とやってきてゴールとなった.

チーム山土第1班,順位は第9位,タイムは57分.全16チームなので思ったよりも好成績.
「めっちゃ疲れる! 漕ぐ手を休めることができないよ~」
「カメラで景色を撮っている余裕なんて全然ない!」
とのこと.約1時間もパドルで漕ぎっぱなしなのだから,体力的には相当きつい.カヌー競技者の顔色が力を出し切った表情となっていた.チーム山土は2班体制で1区間ごとに交代していって本日の全6区間を制覇するチーム編成としており,ゴールした第1班はあと2区間漕がなければならなかった.
漕ぎ手を第2班へと交代し,第2中継所へ向けて,再スタートをきっていった.

橋の欄干から見たカヌー

第1中継地点(瀬上)
岩がゴツゴツと露出している箇所である

再スタート地点に行くまでは,長靴などが必要

再スタートとなって,第2中継地点へ向かう

5.第2中継地点(伊達崎河岸)まで

第2中継地点は小石の広がる河原であった.続々とカヌーがゴールしていたが,チーム山土は後ろのほうらしい.到着したときは皆息切れしており,ゆったりと周りの風景を楽しんで眺めながら阿武隈川をカヌーでくだるというのではなく,タイムを競う駅伝大会なのである.
ゴールしたカヌーは,漕いでいるときに入り込んだ水で濡れており,競技者のユニフォームもびしょ濡れとなっている.カヌーをひっくり返して水を出し,再び次の区間に向けて,スタート地点までカヌーを運んでいく.
第2中継地点では,1回漕ぎ終わったメンバーが一同に会して,漕いでみた感想を語り合っていた.途中のコンビニで買った滋養強壮に効果のある「リポビタンD」を差し入れて,次の区間に向けて体力を保っていた.1回目の感想としては「思ったよりもきついねぇ~」という言葉が一番最初に出てきた.「川を眺めている余裕なんてないよ!」 これも素直な感想であろう.
そして,第1班に再びタスキを渡して,第2中継地点を再スタートした.スタート直後の「チーム山土」はというと・・・・.状況は下の写真で.

第2中継地点(伊達崎)は小石の広がる河原

続々とゴールするカヌー達
(チーム山土は遙か後ろのほう!)

ゴールしたチーム山土第2班
「疲れた~」といった感じで息が切れている

カヌーの中には水が入ってびしょ濡れ
ひっくり返して水を出してから再スタートとなる

1回漕いでみて,感想を語り合うメンバー
リポビタンDを飲んでファイト一発!

スタートの模様を動画で

第2中継地点スタート直後
1艇ひっくり返っている(沈).もしかして・・・

予感は的中! ゼッケン9「チーム山土」だった
頑張れ!

6.第3中継地点(中田河岸)まで

第3中継地点は福島県内で最後のポイントとなる.移動中の選手はというと,体力回復のため?至福の一服の時である.だんだんと丘陵地となっていき,県境に近づいてきているなという風景になる
この区間のチーム山土のタイムは,最初の沈(カヌーがひっくりかえって沈むことを「ちん(沈)」と言っている.2艘ひっくりかえれば「ちんちん」ということか?)がタイムに大きく影響し,堂々の16位.スタート時のカヌーの並びは,前区間の到着した順番となっており,一番上流側(つまり最下位)からのスタートとなる.

陸上移動時 「至福の一服!」
もちろん吸い殻は携帯灰皿へ捨ててます

第3中継地点(中田)は茂みの中を歩いて河岸へ

看板を超えたらゴール

チーム山土第1班ゴール

ひっくり返して水を出す

前区間の到着した順に並べてスタート
チーム山土は一番手前.手前が上流.ということは・・

7.いよいよ県境に向けてスタート

第3中継地点(中田・福島県伊達市)から第4中継地点(大張・宮城県丸森町)までは,このカヌー大会で最大の難所とされている県境越えの区間となる.いままでの田畑が広がる田園地帯から,緑の山が屹立と迫るあぶくま渓谷となるので,風景としては最高なのであるが,流れとして捉えると,岩の露出があり,流れの速い瀬があり,馬洗滝・猿羽根滝・野呂滝といった流れの速いせせらぎがあったりと,上級者にとっては張り合いのある面白いコースであるが,初心者にとっては難しいコースとなる.
共催となっているリバーズネット阿武隈のかたから,第4中継地点までの選手を集めて,コースやひっくり返ったときの注意点などについて説明があった.もちろんひっくり返ってもすぐに救助できるように,モーターの付いたボートも併走しているのであるが,川に落ちたときは乗っていたカヌーにつかまるようにとのことであった.このリバーズネット阿武隈のかたのアドバイスは,選手にとって心強いものがある.未知の区間への不安と緊張感を胸に抱えて,県境越えの阿武隈川へ16艇一斉に再スタートをきった.

次の第4中継所までは,難所の県境越え.
リバーズネット阿武隈の担当のかたからコース概況などの注意点について説明を受ける

難所の県境へ向けて,スタートをきっていった.

県境→1日目ゴール・角田市[阿武隈川カヌー駅伝大会物語#3]

③第3中継地点:中田河岸(伊達市)⇒(県境 福島県→宮城県)⇒④第4中継地点:大張(丸森町)⇒⑤第5中継地点:丸森船着場(丸森町)⇒⑥第6中継地点:角田船着場(角田市)

8.第4中継地点(大張)まで

このカヌー大会で最大の難所とされている県境越えの区間である.沿道の道路から阿武隈川を見てみると,どのチームも苦戦していた.急な流れによって次々と「沈」しているのである.いままでの田畑が広がる田園地帯から,緑の山が屹立と迫るあぶくま渓谷となるので,風景としては最高なのであるが,流れとして捉えると,岩の露出があり,流れの速い瀬があり,馬洗滝・猿羽根滝・野呂滝といった流れの速いせせらぎがあったりと,初心者にとってはやはり難しい.半分以上のカヌーがこの区間で「沈」したということである.あまりにも流れが速いところや浅瀬となっているところは,カヌーでの通過を禁止し,急遽陸上(河岸)をカヌーを持ちながら歩いて移動していた.
この渓谷を抜けると,流れは緩やかとなって,第4中継地点に到着となる.次の中継地点の再スタート予定時刻は14時30分であったが,時間になっても1艇も到着しなかった.それだけ難所の区間なのであった.最初のカヌーが現れると,河岸で待っていたギャラリーは大きな声で声援を送った.そして,大きな拍手で選手達をねぎらっていた.既に15時を回っており,前(第3)中継地点の再スタートが13時だったので,2時間以上カヌーとともに戦っていたことになる.

矢印のところに「沈」して流されているカヌーがいる

救助艇によって救助される

カヌーを持って河岸(陸)を移動する選手達(左から2番目がチーム山土)

漕げる場所まで歩いていくチーム山土

なかなか到着しないカヌーを待つ選手

第4中継地点は山に囲まれたところ

約1時間遅れてカヌーがやってきた.みんな総出で労いの拍手を送る

「がんばれ~ あとちょっとだ~」

やっとゴールしたチーム山土

区間タイム(順位)を見るメンバー.現在12位

時間がおしている.選手を交代し,すぐに再スタートとなって,河口を目指した.

9.第5中継地点(丸森船着場)まで

県境を越えた阿武隈川は,再び緩やかな流れとなっていた.第5中継地点(丸森)からは船着場が整備されており,そこがリレーの中継地点となっている.
チーム山土の成績は現在12位.朝のスタート地点では冴えない顔をしていたメンバーであり,第1・2中継地点での最初の競技を終えたときは疲労困憊の顔つきをしていて,このままゴールまでもつのかと心配していたが,段々と競技に慣れてきたのか2回目の競技を行った後は,みな顔つきが穏やかになっていた.
そして,
「どうやったら早く漕げるのだろう」
「いくら一生懸命漕いでもだめで,3人がリズムを合わせて漕がないと前に進まないよ」
「先頭の人が右側を漕いでいるときは,後ろは左側を漕いで,バランスを保たないとまっすぐ進まない」
「3人のコミュニケーションというか一体感が必要だ」
などといった感想が聞かれるようになっていた.
さあ,第5中継地点で選手交代すれば,本日最後の区間となる.疲労がピークに達しているが,もう一踏ん張りである.

第5中継地点(丸森船着場)

上陸地点を誘導するスタッフ

続々とゴールを目指すカヌー

チーム山土もゴール

第5中継地点での再スタートではちょっとした沈ハプニングがあった.スタート直後のカヌー達は我れ先に本流を目指して漕いでいくのであるが,そのときにあまりにも隣同士が接近していると,カヌー同士が接触して「沈」してしまうことがある.特に,第5中継地点では,コンクリートの岸壁があるために,一旦斜め上流側へ漕いでから下流側へ舵をきってカヌーを進めていくこととなっており,上流側に向かって漕いでいたカヌーがそれぞれの判断で下流へ舵を切ったときに,平行に漕いでいた隣のカヌーと接触して「沈」してしまったのである.
チーム山土はこれに巻き込まれることなかったが,3艇ほどのカヌーが沈をしていた.それでも,救助艇の救助により直ぐに体制をたて直し,ちょっと出遅れたがゴール目指して再び勇壮に漕いでいった.

スタート直後.一旦斜め上流に行ってから下流側に舵をきる

しかし,接触により次々と「沈」

これに巻き込まれなかったカヌー(上側)は,ゴール目指して漕いでいった

救助艇によって体制を立て直す.川は流れているので,放っておくとどんどん流される.

10.1日目のゴール・第6中継地点(角田船着場)

1日目最後の区間は約10kmの区間であった.だんだんと大きくなっていく阿武隈川をひたすら漕いでいく.そして,角田市にある船着場にカヌーが到着するころには,あたりは暗くなりかけていた.
全16艇が無事ゴールをすることができ,それぞれの選手たちが達成したという喜びの笑顔を浮かべていた.今日の区間は全6区間,まだ明日の3区間が残っている.ひとまず,1日目の駅伝レースを完走し,明日のレースへ備えるため,旅館へと向かった.

阿武隈川を漕いでいく

チーム山土のカヌー

1日目のゴール・角田船着場

17時をまわり,あたりが暗くなっていた

投光器を照らし,福島中央テレビの取材クルーもカヌーの到着を待っていた

ゴールしたチーム山土.笑顔が漏れていた.

1日目ゴール直後の「チーム山土」.みんないい笑顔になりました.

駅伝のタスキ(源流の水)もカヌーとともに河口を目指している.

2日目スタート→ゴール[阿武隈川カヌー駅伝大会物語#4]

⑥第6中継地点:角田船着場(角田市)⇒⑦第7中継地点:柴田船着場(柴田町)⇒⑧第8中継地点:岩沼船着場(岩沼市)⇒⑨ゴール:亘理船着場(亘理町)

11.2日目がスタート

さて,2日目となった.午前中,あと3区間を制覇すればゴールとなる.昨日の疲れがとれておらず,朝は相変わらずみんな調子が悪そうであった.今日の3区間の距離は,順に12.5km,6.2km,5.1kmとなっていて,河口に行くほど区間距離が短くなっている.ラストの区間は昨日もあわせた全9区間の中で最も短い距離となっている.このため,
「ラストの区間は距離も短いし,ゴールのテープを切れるので,花を持たせるため女性や年配者を選手にするか」
と判断するのは甘い.リバースネット阿武隈の方によると,最後の区間が最も体力的にはきつい区間なのだそうである.つまり,河口に行くにしたがって川の流れは遅くなり,風向きや潮の満ち引きの関係で,場合によっては逆流していることもある区間だとのこと.全力を挙げて漕がないと前に進まない区間なのである.そう考えると,1日目のコースよりも,2日目のコースの方が,より一層漕がなければならず,体力勝負の区間ということである.
2日目も開会式があり,亘理(わたり)町長からの挨拶があって,スタートとなった.スタート直後,本流に向かって漕いでいると思いきや,浅瀬に乗り上げてしまい,カヌーを押して本流に向かっているチームが次々とでていた.

濡れたウエアーを旅館で乾かす.暗闇で見ると陰が不気味.

2日目の朝,調子が悪そう.二日酔いか?

2日目のスタート前にも開会の挨拶があった

準備OK

さぁ,2日目も頑張れ

スタートをきった

と思いきや,みんな浅瀬に乗り上げて,カヌーを降りてジャブジャブ押していた!!

12.第7中継地点(岩沼船着場)まで

宮城県の阿武隈川には船着場が整備されていて,コンクリートで造られている船着場が中継地点となっている.チーム山土は,第7中継地点にゴールする直前,浅瀬に乗り上げてしまい,バランスを崩して川に落ちてしまった.この模様をテレビカメラが捉えており,福島中央テレビの夕方の情報番組「ゴジてれシャトル」で後日放映された特集コーナーで,この模様がばっちり写されていた.

第7中継地点(柴田町)にゴール.2日目は抽選で赤いカヌーとなった.

ファイト!一発!リーダーは本日3区間連続登板!!

柴田船着場から再スタート.チーム山土は一番右.最下位.でも,最下位は2区間のみである.

最下位からのスタートの模様(動画)

ギャラリーからは笑い声が聞こえるような・・・「漕げー,漕げー」 思うように真っ直ぐ進まない

本流を目指す

さぁ,次は岩沼だ

13.第8中継地点(岩沼)まで

河口に近づくにつれて,阿武隈川の川幅も大きくなっていた.途中,阿武隈大堰があり,そのままカヌーが通過できないので,堰のところでは一旦カヌーを陸上に上げて,選手は数百メートルを走って移動していた(カヌーは車に乗せて移動させる).
岩沼では工場を背景に,小さなカヌーがゴールを目指して懸命に漕いでいた.チーム山土もゴールに向けて,ただひたすら漕いでいるのであった.カヌー経験者であるチーム山土のリーダーは,皆を巻き込んで参加させた責任をとって(?)か,3区間連続の出場をしていた.中継地点に到着するたびに,リポビタンDを補給し,体力を保っている.さすがに第8中継地点に到着したときは,顔が引きつっているようであった.さぁ,残すはあと1区間である.最終ゴールに向けてラストランである.

岩沼では工場が見られるようになった.川幅も大きくなってきた.

最後の一踏ん張り.ゴールはすぐそこだ.

さらにもう一丁! ファイト!一発! 顔が引きつっていないか!?

左のお二方,クランクアップ.お疲れ様でした.

さぁ,最後の再スタートである.

河口へ向けて,悠々と流れる阿武隈川を下っていった.

14.感動のゴール(亘理町)

ついにゴールした.福島市の渡利(わたり)から,宮城県の亘理(わたり)まで,全長約75kmの阿武隈川の旅であった.ゴールには白いテープが貼られ,次々と拍手で称えられながら,感動のゴールをきっていた.

順位は以下の通り.
⑥安達ファイヤーズ ⑫Team SHIBATA ③買いましたカヌーチーム ①西郷・白河源流チーム ⑧阿武隈OYAG’Z ⑩福島市役所R&Sスポーツ同好会 ⑯ふぐすま転覆隊 ⑦UFOの里飯野町 ⑭がんばろう仙台 ⑬亘理町 ②玉川カヌークラブ ④チーム大玉 ⑨チーム山土(やまど) ⑮Team南 ⑪CITY.伊達 ⑤アウトドア倶楽部

最後に,スタート地点から運んできたタスキである「阿武隈川源流の水」を川に戻して,フィナーレとなった.第2回の開催を誓って,閉会となったのであった.

ゴールの亘理船着場

ゴールにやってきたチーム山土(右側)

白いテープを通過するところ

ゴールしてカヌーを運ぶ

インタビューを受ける選手.残念ながらこのシーンはカットされていた.

ゴールしたぞ!!

閉会式では,豪華賞品が渡されていた.ちなみにチーム山土は13位だった.

タスキとしていた「阿武隈川源流の水」を川に戻してフィナーレとなった.

15.エピローグ

無事終了した第1回阿武隈川カヌー駅伝大会.
我が「チーム山土(やまど)」のメンバーに,後日アンケート形式で感想を聞いてみた.

1.参加してよかった点はどこですか.

はじめてカヌーに乗ることができた。水のスポーツも良いかも。
川の水面からの視点は、なかなか経験できません。
カヌーに10年ぶりぐらいに乗れたこと。
皆の性格(個性)があまり変わってないことが確認できたこと。
楽しかった。
自己満足だけど、普通はできない経験ができたこと。
あとは、○○チームにいた女子のうちの1人がちょっと気になった(冗談です)。
結果は二の次。チームが一つになれたことでしょうか!俺だけ?
皆さん、来年もお願いします。
「自然多くて、街中通ったりロケーション的には楽しめた」byG氏コメント「ゴジてれシャトル」より

2.参加して苦痛だった点はどこですか.

ありません。夢中でした。
風邪気味だったので、のどが痛かった。
真っ直ぐに進めない。
俺の操縦がヘボだったこと。
体力が持たない。
自分のことを棚に上げて、N君にキツイ事いってしまったかんじゃないかなぁと、
自問自答してしまったこと。
とにかく疲れた。
あと、狭いスペースでの膝立ちはきつい。でぶっちょなので…
ありませんが…残念だったこととして、独身貴族を卒業出来なかったことでしょうか?

3.タイムをあげるためには何が必要ですか.

集中力。諦めない、強い気持ち。持久力。すべてにおいて、足りませんでした。
カヌーをうまく操縦することが慣用。
練習(筋力と持久力)、ダイエット?事前の下見
酒!黄色い声援!チアガール!ゴール地点で○○を○○げて待つ美女!
Iさんのおっしゃるように、黄色い声援。

4.大会全体に関して,何かご意見ありますか.

初めての開催にしては怪我人も居なく、それなりに成功したんじゃないか。
各チェックポイントへ早く(遅く)ゴールしても、カヌーの置く位置で順位が変わってしまっていたのはちょっとおかしいと思いました。
商品は皆に分けましょう。
タイム計測に疑問あり。第1回だからしょうがないか…
それと、あんなに景品があったのに、上位チームで山分けってのは、んーーー、どうでしょう?
まぁ、ゴール後は、自チームだけではなく、参加者全員が一つになれたように感じたのは、私だけでしょうか?
本宮市から出場し3位入賞の「買いましたカヌー」チーム、広報もとみやに掲載されてました。
事務局の運営に感謝したい。
この先ずっーと大会が続くことを願う。

参加して一体感が持てたこと,これが大きな成果だった.優勝した暁には独身貴族を卒業しますと誓っていたチーム山土,13位ということで,当分独身貴族は卒業できそうにもありません.上位チームで商品山分けっていう感想,勝負の世界は厳しいのですよ・・・.実力を上げましょう! 私としては,もう少し川を楽しめて眺められる区間(つまりタイムを競わない区間)が2つほどあってもよいのかと思いました.
最後に,この大会を陰で支えていた運営スタッフの労力には,第1回目ということもあり,並々ならぬ苦労があったことと思います.大会が成功したことが,最大の成果だったと思います.

磐梯山登山(八方台ルート)【会津考察#14】

The Mt.Bandai mountaineering ( Happoudai route )


 磐梯山は,会津の人々にとって心に刻み込まれているランドマークである.標高は1819m,猪苗代町,磐梯町,北塩原村の3町村にまたがっている山で,別名会津富士,会津磐梯山とも呼ばれている.磐梯山は活火山であり,806(大同元)年と1888(明治21)年に大噴火を起こしているが,806年の噴火の時に磐梯山頂部分がふっとんで,当時は3000m程あった富士山のような姿だった容姿から,現在のように櫛ヶ峰と赤埴山と磐梯山からなる3峰の形になった.そんな磐梯山は,日本百名山のひとつでもあり,シーズンになると多くの登山客で賑わっている.特に頂上からの360度大パノラマの眺望は素晴らしく,裏磐梯湖沼群や猪苗代湖,会津盆地などの絶景を眺めていると,それまでの苦労がいっぺんに吹っ飛んでしまう.
登山ルートは全部で6つあるが,若松方面の磐梯町と裏磐梯とを結ぶ有料道路・ゴールドラインの途中にある八方台登山口からの登山は,最も標高差が少ないため,多くの登山客の一般的なルートとなっている.初心者でも大丈夫なルートである.なお,五色沼自然探勝路のようなハイキングコースではなく,あくまでも登山となるので初心者コースといえどもそれなりの準備をして登山に臨むようにしたい.頂上までは2時間~2時間半程度でつく.弘法清水についたときの清水の冷たさ,山小屋でのナメコ味噌汁の塩味,頂上での絶景を味わうと,充足感で満たされる.

磐梯山ゴールドライン
有料道路は入場時に料金を支払う.普通車730円(2007年現在)
八方台登山口は,有料道路の途中にある.

八方台登山口の駐車場
約50台が止められる.トイレもついている.
磐梯山方面と猫魔ヶ岳・雄国沼方面への登山口.
 
八方台登山口
いよいよ磐梯山への登山開始である.
 
しばらくは緩やかなブナ林を進む
まだまだ余裕.ここで無理すると,あとが大変となる・・・.
 
約30分でひらけて「中の湯」となる
硫黄の臭いが立ちこめており,かつては「磐梯温泉中の湯」の温泉旅館があった

登山道脇には,硫化水素の鉱泉がアワとともに噴出している
熱くはなく,噴煙もない.

中の湯旅館跡は,今でも廃墟のように建っている.
その前には温泉湧出箇所があって,
今となっては底が泥となっている露天風呂があり,
野湯秘湯ファンが服を脱いで入っていたりしている.
(登山道から丸見えである)
どういうわけか,カゴとオケが置いてある.
しかし,硫化水素ガスの濃度が高くなると危険なので,
あまり近づかないほうが賢明である.


八方台登山口から中の湯まで1.1km
これから先の弘法清水まで1.7kmと書かれているので,
(写真はちょっと先の裏磐梯登山口との分岐で1.6kmとなっている)
「な~んだ,あとちょっとだ!」と安心してはいけない.
ここから急登がはじまるのである.
弘法清水までは,約1時間かかる.
 
自分のペースで無理せず登りを続ける
  
途中,視界が広がるところがある.
ここは火口壁の頂部となっているところ.
眼下に広がるのは裏磐梯の檜原湖・小野川湖・秋元湖
ロープ柵のところで眺めると,銅沼(手前下)や火口原・火口壁が見える.
一休み,ひとやすみ.

急登が終わると,ちょっと下りがあったりして平らな道となる.
木の根っこを跨いで歩いていく.ブナやダケカンバの樹林帯である.

だんだんと大きな樹木が少なくなっていき,笹の中を歩いていく.

途中,ちょこっと頂上が見える箇所がある.
「まだ,あんなに登るの~」とげんなりしてはいけない.
冷たい清水の飲める「弘法清水」まではすぐそこなので,
あとひと踏ん張り,がんばろう.

右に行くと弘法清水直行,左に行くとお花畑経由となる.
お花畑経由でも約100m遠いだけで弘法清水に行けるのだが,
眺望のよいお花畑は帰りにゆっくり経由することにして,
もう一踏ん張り,弘法清水へ直行することとする.


弘法清水
右側の塩ビ管から清水が出ている.
売店が2つある.

コンコンと湧く「弘法清水」
こんな高いところに清水が湧くなんて不思議である.
ちなみに,弘法清水は4合目であり,頂上は5合目である.
噴火前の磐梯山によるものか.

弘法清水には鐘が置いてあり,登山途中で鐘の音が近づいてくると,
弘法清水が近いんだな,と感じさせてくれる.
昔は鐘のところに
「気軽にあいさつ.Let’s say Hello」
と書かれた木の札が掛けられていた.
 
奥にある「弘法清水山小屋」でなめこ汁を食べた.
これがうまかった.会津の味噌とナメコと姫竹が入ったもの.

弘法清水から裏磐梯の眺望は最高である.
体力を取り戻して,頂上まであともうちょっとである.


弘法清水への入り口脇に,頂上までの登山道がある.
頂上までは約25分.一気に頂上まで登る.
  
急登が続く.でも時々,裏磐梯・猫魔の絶景が見れる.
ガレた石が多くなってきた.頂上までもうすぐだ.

もしかして???
 
頂上到着.
頂上はガレ場となっていて,祠がひとつ建っている.


背景の湖は「猪苗代湖」

こちらは,会津盆地方面


弘法清水から見たお花畑コース
背景の湖は裏磐梯の「檜原湖」
下りはこちらを経由した

また違った景色が広がる.
シーズンには様々な花が咲くという

お花畑からは,弘法清水の売店小屋と山頂が見渡せる

櫛ヶ峰が望める
裏磐梯の荒々しい火口壁の頂上周辺

なお,磐梯山は,裏磐梯側の火口原の荒涼とした風景,
爆発の凄さを感じる火口壁の荒々しさも魅力のひとつである.
その火口原や火口壁を見ながら登山する裏磐梯・川上ルートもある.
ただし,裏磐梯・川上ルートの火口壁を登りきるコースはきついので,
弘法清水まで登らなくても,銅(あか)沼や火口原まで歩くだけでも,
素晴らしい風景が堪能できる.
火口壁の頂部から裏磐梯方面の下を撮影した写真.
左上が銅沼で,中央の緑が点在しているところが荒涼とした火口原
転げ落ちたら真っ逆さま・・・である.
(なお,この風景は今回の通常のルートでは見られません)

【公共交通案内】
●八方台登山口までの路線バスはなし (猪苗代駅または裏磐梯高原からタクシー利用)

切立橋(隠れた歴史的遺産)【会津考察#13】

The Kittate Bridge


切立橋

 猪苗代湖から流れてくる日橋川(にっぱしがわ)の会津若松市(旧河東町)と喜多方市(旧塩川町)と磐梯町の3市町の境に,切立橋(きったてばし)と名付けられたアーチ橋がかかっている.春になると桜が満開となるところでもあり隠れた名所でもあるが,桜のみならずこの切立橋そのものも,実は隠れた歴史的土木遺産として価値のあるものである.
切立橋は,1921(大正10)年に東京電灯(株)(現東京電力)の猪苗代第四発電所建設時(橋のすぐ前の山頂に水力発電所がある)に資材輸送用の線路を敷設した際に日橋川に架けられたもので,磐越西線の広田駅からこの発電所間を結んでいた. 
 この橋は,1890(明治23)年にドイツで製作され翌年に九州鉄道(現JR九州)の鹿児島本線矢部川(福岡県)に架けられていたが,列車の荷重増加に耐えられなくなって引退することになり,この地に移設され転用された.当時の猪苗代水力電気(株)(東京電灯の前身)の社長・仙石貢氏が,かつて九州鉄道の社長でもあったということで,ここに転用されたとのことである.この橋はドイツから日本に11橋輸入されたが,現存する橋はここも含めて僅かに2橋となっているという.ちなみに残りの1橋は,栃木県足尾にある古河橋で,現在は歩道専用橋となっている.
製作はドイツ「ハーコート社」,長さは49m,ボーストリングトラス橋という種類であり,部材をボルトで連結組立するプレハブ橋(現場で組み立てるものをプレハブという)といった特徴がある.所有管理は東京電力猪苗代電力所で行っている.


静かなところで余生を送っている切立橋
 
横からみたところ

6tまでの乗用車は通れるが,コンクリートの床版の上に木が敷いてある.
雨が降ると,通常でもブレーキをかけるとスリップする.
落ち葉の季節は要注意.止まれないと県道に出てしまうので,最徐行で運転を.
 
上流側(左)と下流側(右)
下流には,第四発電所から落とされる水を放流する吐口があって,
そこから下流はおどろくほど水量が増加する.
水質のきれいな猪苗代湖から流れてくるので,水はとてもきれい.

向かいの山には猪苗代第四発電所(水力発電)の施設がある

橋の真ん中には,ささやかながら案内板が取り付けられている
でも,この静かな環境が,余生を送るのにはよい環境なのかもしれない.

 
このボルト接合が時代を感じさせてくれる

橋中央の上部に「丸いスピーカーみたいなもの」がぶら下がっているが,
これが何の役目を果たしていたのか不明.ランプ(照明)だろうか?

X型に組まれているトラス部材

桜の季節になると,また美しい橋となる.

橋の親柱には「東京電力株式会社」の橋名板がある
所有は東電だが,一般車も通行することが可能で,
橋の奥へ進むと鬱蒼とした林となるが,登り坂で抜けると,
ひらけて田畑の広がる柏原集落となり,
まっすぐ進むと農道となってJR広田駅に向かうことができる.

【公共交通案内】
●会津バス 西若松駅→神明通り→若松駅→大和田鍛冶屋前→島(1日4往復 要ダイヤ確認) 島停留所下車 若松駅からバス約30分,下車後徒歩約30分


 

柳津悠々紀行#2(柳津町)【会津考察#12】

The Yanaizu YuYu trip ( Yanaizu-machi in Kokuuzouson )
~ 虚空蔵尊のある門前町・2 ~

赤ベコ博物館
ベコとは牛のこと.赤ベコ発祥の地,柳津ならではである.
(残念ながら,訪れたのが朝早かったので,オープンしていなかった)

会津桐の直売もやっている.
会津の良さは酒の良さ「花春」の黄色い看板をみると,会津に戻ってきたな,と感じる.
地元福島のTVでは,昔から花春のコマーシャルが流れていた.

街なかの点景.
あわまんじゅう,くりまんじゅう元祖の店・岩井屋

まんじゅう屋の湯気
朝8時過ぎの風景

ほっとinやないづ
「まちなか」

パンフレットなどが置いてある情報ステーション.といっても無人であるが,いすが置いてあって中で休憩することができる.

催し物案内も掲示されている

洋服屋の前にもまちなかギャラリーが.

道の駅「柳津」で売られている「あわソフトクリーム」.本物のあわソフトクリームは,写真右のように真っ黄色ではなく,淡いクリーム色(写真下).ここまで黄色いとちょっと別な「モノ」のようでリアルである.

魚渕
弘法大師が虚空蔵尊を刻んだ木屑を只見川に入れるとウグイに姿を変えたという伝説が残されている.
ウグイは淡水魚で,ハヤ・マルタ・アカハラなどとも呼ばれ,一般には群れる習性をもたないが,ここ魚渕では群れていることから,国の天然記念物に指定され,禁漁区として保護されている.

川霧が立つのも柳津らしさ
一般的には,気温が下がり川の水が温かいときに起きる現象.しかし,ここ只見川ではその逆が多いとか.背後に虚空蔵尊が見え,幻想的で美しい風景となる.

吊り橋もある
川霧が立ちこめている.

只見川ラインくだり。40分 1000円(小さく手前に見えるのが船)

赤く塗られたアーチ橋も,柳津の景観に強烈なインパクトを与えている.国道252号線に架かるもので,柳津橋と瑞光寺橋の2つあり,どちらも同じ形式で統一されている.1973(昭和48)年の完成.背景のお寺が虚空蔵尊.

午前10時頃になると,立ちこめていた川霧もなくなって,日差しが強くなってきた.ゆったりと流れる只見川をみながら,悠々とした時を刻むヒューマンスケールの飾り気ない街・柳津をあとにすることにした・・・.

柳津悠々紀行#1(柳津町)【会津考察#11】

The Yanaizu YuYu trip ( Yanaizu-machi in Kokuuzouson )
~ 虚空蔵尊のある門前町・1 ~

柳津と書いて「やないづ」と読む.「津」と名の付くところは,昔から水との関わりが強いところが多い.「津」とは船舶の停泊する船着きという意味があり,ここ柳津も街の中に只見川が悠々と流れ,明治時代までは柳の大木が川岸に茂っていて,船やいかだの発着所であったので「柳津」の地名が付いたと言われている.
柳津町は,会津若松から約25kmほど西に向かったところにある.807(大同2)年に開基した福満虚空蔵尊(圓蔵寺)の門前町として,参詣客でにぎわってきた歴史ある街である.そして,只見川が流れ,温泉が湧出し,斎藤清画伯が晩年住んでいた柳津は,ヒューマンスケールの空間が広がっている街だと直感できる.華々しく観光地化されていない,只見川に寄り添って時を刻んできた,心癒される街並みを歩いてみることにした.
会津柳津駅
日本一のローカル線として有名な只見線が走っている.会津若松から昔ながらのディーゼルカーが,エンジンを轟かせながらゆっくりと走っている.1日6往復.温泉宿のある街中心部まで歩いて15分程度で着く.
ローカル線のホームは旅情があってよい.本数は少なくて不便かもしれないが,時間に追いまくられている現代において,そんな忙しい生活とは無縁な,只見線の旅もアプローチとしてお薦めである.
駅前に置かれているSL「C11-244」
昭和18年に製造され,約30年間働いたあと,昭和48年11月に現役を引退し,この場所で余生を過ごしている.復活の話もあったに違いない.
駅の待合室に貼られていた「柳津ウォークマップ」
柳津はコンパクトな街なので,歩いて十分に回ることができる.歩いて回れる規模こそが,ヒューマンスケールの街並みである.
柳津町の案内板
観光ポイントには同じタイプの看板が置かれていて,土地勘のない観光客にとってはありがたい看板であった.
駐車場から虚空蔵尊へ向かう道
あじさいがしっとりと咲いていた
満虚空蔵尊(菊光堂)
全国的にも有名な正月7日に行われる「七日堂裸まいり」は,この菊光堂の中で行われる.大鰐口を目指し,男たちが綱をよじ登って競い合う祭りは,迫力がある.(中にはいると,「綱によじのぼらないでください」とかかれた張り紙が貼ってあった.普段もよじ登ろうとする人がいるのだろう)
海運 撫牛
虚空蔵菩薩は,丑と寅の守り本尊でもある.会津の民芸品である「あかべこ」の発祥の地として有名である.
菊光堂から眺める風景
只見川が流れ,そこにかかる赤いアーチ橋が見える.手前には吊り橋も架かる.
柳津の名物のひとつ「あわまんじゅう」店からは,まんじゅうを蒸すときの蒸気があちこちで出ている.店の中では,土産物として並べるためのまんじゅうづくりで,朝早くから忙しい.
今から180年前,柳津を様々な災害が襲ったとき,災害に「あわ」ないようにとの願いを込めて,虚空蔵尊に奉納されたのが,あわまんじゅうのはじまりとされている.朝の出来たてはうまい.
農産物直売所「ふれあい市」
地元でとれた野菜や花などを,100円から販売している.虚空蔵尊の仁王門へ登る階段の登り口前にある.大がかりな朝市ではなく,こじんまりとして手作りといった感じがして,生産者との距離が離れず新鮮な野菜を買える.浴衣でもふらっと立ち寄れる.
路線バスは坂下(ばんげ)から走っている.(会津)坂下では,(会津)若松駅からの便に接続している.
街中のストリート
ヒューマンスケールの空間となっているが,ときどき自動車が走り抜けていくので,街なかを歩いて散策するには,ちょっと落ち着かない.
まちなかスタンプギャラリー
店先や宿の入り口に斎藤清画伯の絵を飾って,スタンプラリーをやっている.街なか散策をしていて発見した.自動車では決して気が付かないユニークな取り組みである.

温泉の玉?
柳津温泉の源泉を玉の上から少しだけ流しているモニュメント.触ると暖かく,舐めるとしょっぱい.柳津温泉は昭和62年に柳津町が虚空蔵尊の境内で掘削したところ,地下700mから塩化物泉の温泉が湧き出たもので,比較的新しい温泉である.柳津は,それまでの宿坊から温泉街へと変化した.
このモニュメントも,歩いてみないと気づかない.

虚空蔵尊の仁王門への階段
虚空蔵尊への浴衣での参詣は禁止されている.温泉の玉,わかりますか?
柳津の大清水(弘法清水)
虚空蔵菩薩をつくられた弘法大師が,コンと杖をたたくと,冷たい清水が湧き出るようになったと伝えられる清水.干ばつや地震のときも,決して涸れることがなかったという.

野菜などを洗える場所もある.右上のかごに入っているのは「あさつき」だった.この施設は平成13年に完成した.

花ホテル「滝のや」
このホテルでは月1回程度の講演会(花ホテル講演会)を開催し,地元住民や柳津に興味のある方々とともに,地域を盛り上げようとしている.日帰り入浴も可.

会津鉄道のトロッコ列車【会津考察#10】

The lorry train of Aizu railroad


湯野上温泉駅に停車中のトロッコ列車

 


 ゴールデンウィークや観光シーズンになると会津鉄道のトロッコ列車が運行される.会津浪漫の花号・星号・風号と,時期によって名前を変える.
会津鉄道は会津若松から湯野上温泉・芦の牧温泉・田島・会津高原尾瀬口までを結ぶ第三セクターで,旧国鉄時代の会津線から転換された路線である.会津高原尾瀬口からは野岩鉄道を経由して,東武鉄道の鬼怒川温泉へ抜けることができるので,北千住・浅草までが1本のレールでつながっていることになる.
トロッコ列車に乗るためには,乗車券のほかにトロッコ整理券(大人300円)を購入すれば乗車ができ,車内には小さいながら売店もあるので,ビール片手にのんびりと南会津への車窓を楽しめる.なお,撮影は5月のゴールデンウィークのときのものである.

トロッコ会津浪漫星号・会津田島行きに乗る
 
トロッコ列車は3両編成で,
それぞれが違った仕様(内装)の車両となっている.
どのタイプの車両に乗るか,整理券を購入するときに決める.
トロッコ席・展望席・お座敷席の3タイプ
 
こちらは展望席で,最も座席がよいタイプ.
運転席から前方が展望できるのであるが,
田島に向かうときは逆方向となっている.

こちらはトロッコ席で真ん中の2両目となる.
ガラスを外すこともできるが,寒いときはこのようにつけたままとなる.
トンネル内では天井に星が広がる演出がある.
 
こちらはお座敷席.掘りごたつ式となっていて,居心地がよい.
今回,会津若松駅からの乗客は全5名で,全てお座敷席を選んでいた.

2両目にちょっとした売店があって,
飲み物やお菓子を買うことができる.栃もちを買った.

大川の渓谷が車窓に広がる

西若松駅から湯野上温泉駅まで,ツアー客でトロッコ席は埋まった

トンネルに入るとトロッコ席の車両では,
プラネタリウムが点灯する.

橋の上では一旦停車するサービスもある
 
茅葺き屋根の湯野上温泉駅には囲炉裏もある

終点会津田島駅
  
田島駅で売っていた駅弁.おいしかった.
弁当を買って野岩鉄道・東武鉄道と乗り継いで東京まで行ける

陶磁器の街・会津本郷【会津考察#9】

The town and Hongo of the earthenware


インフォメーションセンター前

 


 会津本郷焼は,1593(文禄2)年に会津藩領主の蒲生氏郷が,若松城の改修を行うにあたり城郭の屋根を瓦葺きとするために,播磨国から瓦工を招いて黒瓦を製造したのが始まりとされている.その後,保科正之が尾張国瀬戸生まれの陶工を迎えてから,本格的な陶器の製造が開始された.1993(平成5)年に,通産省(現経産省)より伝統的工芸品産地として指定を受けている.(会津本郷焼事業協同組合のHPより)
街は非常にコンパクトなので,各窯元めぐりをするのにも十分歩いて回れるが,インフォメーションセンターでは無料のレンタサイクルをやっているので,自転車で街中を巡るのもよい.地図を見ると「瀬戸町」といった地名があって,陶器の街だなと思わせてくれる.
 
インフォメーションセンター
2階は会津本郷焼歴史資料展示室となっている.
無料のレンタサイクルを貸し出してくれる.
窯元が入った会津本郷焼散策マップもある.

インフォメーションセンター前の県道

会津美里町誕生記念「第2回会津みさと祭り」として
「風と土の芸術祭」が行われていた.
まちなかのあらゆるスポットに本郷焼が展示されていた.

会津本郷陶磁器会館
組合に加盟している14窯元の作品を展示販売しているところ.
本郷焼はここで購入するとよい.
会津本郷焼事業協同組合もここにある.

陶磁器会館には窯元案内図がある
  
まちなかの狭い路地裏には,各窯元がある.
手ひねりや絵付け,見学を行っているので,それぞれの窯元に問い合わせるとよい.

【公共交通案内】
●会津バス 若松駅→本郷→関山 (日中は90分間隔で運行 若松駅から約30分)
●JR只見線 若松駅→会津本郷駅→只見→小出 (1日7往復 日中は本数ない 若松駅から約12分)

大内宿【会津考察#8】

oouchi-juku


茅葺き屋根の残る大内宿

 


 大内宿は,会津若松と日光今市とを結ぶ会津西街道の宿場町として,江戸時代の宿場の雰囲気を残している場所である.集落全体がそっくり茅葺き屋根として残っており,1981(昭和56)年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている.今はシーズンになると多くの観光客が訪れるようになり,軒先で名産品やおみやげ,そばなどの飲食店を営むようになっている.毎年9月1日の防災の日には,消火栓の一斉放水訓練が行われ,この放水の様子を眺めるのは圧巻である.今回はちょうどその時に訪れたので,その模様もお伝えする.ちなみに,来年(2008年)は9月1日が日曜日とのことである.

バスは一応走っているのだが,
朝1本と夕3本の4本のみ.地元住民通学用のダイヤとなっている.
観光客は自家用車か観光バス,もしくは,
会津鉄道湯野上温泉駅からタクシーでくるしかない.

駐車場は有料で,普通車300円となっている.
大内宿整備保全協力費として集められている.
 
放水訓練中の模様.
放水は,9月1日の午前10時から3分程度行われる.
2008年は日曜日開催とのこと.
 
普段,消火栓はこのようにコンクリートの箱の中に納められ,
上には木製の蓋がかけられている.

電柱など一切ない.江戸時代の空間が体感できる

軒先でお土産品などを売っている

起き上がり小法師も売っている
 
民家の先には,山からの水が流れていて,
ラムネやジュース,缶ビール,キュウリやトマトなどが冷やされて,売られている.

しんごろう餅
店先で無料のお茶を飲みながら座って食べることもできる.

ねぎ1本で食べる「ねぎそば」の店
大内宿では,1軒1軒微妙に扱っているものが違うので,
それぞれ回ってみると楽しい.

茅葺き屋根の民家

子安観音へ向かう階段を上がると,山の中腹から大内宿の全体を眺めることができる.

【公共交通案内】
●会津鉄道 湯野上温泉駅下車 タクシーで約15分(片道2000円程度
※路線バスは地元住民通学用のダイヤとなっており,観光客には不適.

祝賀山車フェスティバル[福島市制施行100周年記念事業]

福島市制施行100周年記念事業のひとつとして,市内各所に存在している山車(だし)を駅前中心部に集結して練り歩く「祝賀山車フェスティバル」が2007年6月30日の夜に開催された.合計38台の山車(だし)が集結した.山車とは祭礼の時に飾り物をして引き出す車のことで,もともとは「出し物」の意で,神の依代として突き出した飾りに由来するのだという.国道13号線を全面的に通行止めにして祭りが行われ,市内各町内の山車が国道13号線に集結して,大きなかけ声と太鼓の囃子とともに練り歩く様子は,大いに盛り上がるものであった.
各町内の山車は色々な形,そしてお囃子のリズムがあって面白い.街路樹の樹木に当たらないように,山車の先端の部分をいちいち折りたたむのは,見ていて大変そうであった.山車の提灯の灯りも,発電機を積んで電球にしているものや,本物のロウソクを灯しているものなどあって,ロウソクを灯しているものは,ゆらゆらと光りが揺れるので風情が感じられるものである.旧長崎屋前の交差点では,最後に飯坂温泉の3台の山車による飯坂ケンカ祭り(岸和田のだんじり祭りとともに日本三大ケンカ祭りのひとつとされており,毎年10月第1土曜日に開催されている)のぶつかり合いも再現され,迫力ある山車の押し合いが見られた.

(撮影年月日:2007(平成19)年6月)


これから始まる祭りに向けて,準備している山車.国道13号を全面的に通行止めにして行われた.

駅前にある「中合デパート」では,クリアランスセールバーゲンの宣伝も行っていた.これだけ人が集まるのだから,絶好の広告チャンスである.普段の土日もこれだけ人出があればいいのにと思う.

矢剣町の山車.山車の上には人が乗っている.太鼓とお囃子が祭りを盛り上げる.

旧長崎屋の2階デッキ部分には,山車をみるための人だかりができていた.

土湯温泉のこけし山車.「かわいらしい」と評判だった.

国道13号にずらっと揃って練り歩いている.いろいろな山車があって面白い.

日が暮れると,提灯の灯りがより映える.

この山車は,街路樹を通るたびに,上に伸びている提灯を折りたたんでいて,練り歩くのには大変そうだった.

提灯がぞろぞろ.

飯坂ケンカ祭りの山車.両者の山車がぶつかり合ったところ.

春の花見山~福島の桃源郷~

春になると全国から人々が集まってくる花の名所が福島市にある.その名も「花見山」.写真家の故・秋山庄太郎氏が「福島に桃源郷あり」と毎年訪れていたという場所で,全国各地からカメラマンが数多く訪れている.桜をはじめ様々な花が咲き乱れており,ロウバイ・ウメ・サンシュユ・マンサク・レンギョウ・サクラ・ハナモモ・ボケ・モクレンなど,次々と花が咲き続いていく.
花見山は,福島市中心部から南東約4kmにあり,昭和の初め頃に養蚕の合間に花木を育てて,それを販売するようになったのがきっかけで,花木を増やしていくようになった.農家の方が「きれいな花を皆さんに楽しんでもらいたい」という善意により,昭和34年から土地を開放しているのが花見山であり,入場無料,春の里山からは吾妻連峰も見られ,まさに福島の桃源郷なのである.

(撮影年月:2007年4月)


新幹線のりかえ口には,「花見山は東口方面へ」と手書きで書かれた案内板が掲示されていた.一度のりかえ用の自動改札を通り過ぎ,在来線のコンコースを歩いて,東口へ向かう.

「ようこそ,花もみもあるふくしまへ」福島駅コンコースもサクラで満開

春のシーズンになると,
花見山までの臨時バスが運行される

2010年の臨時バス運行予定
3月27日(土)から4月30(金)まで

毎日運行している路線バス案内はスクロールして最下段をご覧ください

午前9時前だというのに,バス乗り場はこの行列! 臨時手荷物預かり所もあって,手ぶらで花見山散策を行うことも出来る.

花見山号の臨時乗車券.片道250円 往復500円.往復を買うと,帰りの周遊バスでは乗り降り自由となる.(写真2007年は片道230円であった)

臨時バスの運行は,3月末から4月末にかけての時期である.運行本数はかなり多くて,1時間に3本程度走っている.

花見山号の臨時バス

サクラにラッピングされたバスがやってくる.車内でも,花見山などに関する案内テープが流されて,観光客には嬉しい心配りがされている.

春のシーズンになると,大型バス駐車場にはずらりとバスが並ぶ.渡利地区の狭い住宅地の中を縫うように走ってくるので,周辺住民の方に感謝する次第である.

駐車場脇には,ちょっとした物産を販売するところがある.仮設トイレも設置されている.

正面に見えているのが「花見山」.駐車場からはちょっと歩いて向かう.

だんだんと,サクラが咲き乱れるようになってきた.

三脚を持ったカメラを担いでいる人も多くみられる.それぞれの構図で,花を撮影している.

とにかく人出が多い.でもサクラは美しい.

いろいろな色が競演している

黄色のレンギョウも.

菜の花も咲き乱れ

一眼レフの本格的なカメラを抱えて,最高の一瞬を求めて,ファインダーをのぞく.


ここからが,花見山公園なのである.
ここまでは,民地に咲き誇っていた花を,道路から眺めていたもの.

ふもとでは,無料で杖・ステッキを貸し出している.黄色い服を着た人は,ボランティアガイドの方々である.登山道の分かれ道などに立っていて,案内をしている.

花見山は「山」である.
頂上まで行くルートは,60分で戻ってくるコースとなっている.ハイヒールではちょっと無理!

サクラのトンネル

左上に小さく写っている「あずま屋」が頂上.あともうちょっとである.

頂上からの眺望.福島市街が一望できる絶景である.


路線バス案内(毎日運行)
福島駅東口8番乗り場より「渡利南回り」行き(1時間に1本程度)
「花見山入口」バス停下車:徒歩20分程度(住宅地の細い道を歩いていきます)

お秀茶屋(奴郎ヶ前の味噌田楽)【会津考察#7】

Ohide-chaya(The miso dengaku)


歴史のある田楽・お秀茶屋
営業時間:10時から17時頃
(材料がなくなったら終了)

 


 お秀茶屋の味噌田楽は,無性に食べたくなるときがある.若松にきたときは,時々立ち寄って食べている.
「お秀茶屋」は,創業が延宝年間(1673~80年)の歴史ある茶屋で,東山温泉に向かう東山街道沿いにある.なんといっても,名物は甘い味噌を塗って囲炉裏でじっくりと焼き上げる「田楽」で,自家製餅・揚げ豆腐・身欠きにしん・こんにゃく(秋は里芋となる)の4種類6本の田楽セット(735円(2007年現在))となっている.田楽は,戦国時代において,串に刺して田圃などで焼いて食べたのが始まりと言われており,田楽という言葉も,田圃で食べる楽しみというところから付けられているという.この店には,山下清画伯が度々訪れていたといい,現在でも,有名人が数多く訪れて,店内には写真やサイン色紙が貼られている.
ちなみに,奴郎ヶ前と書いて「やろうがまえ」と読む.お店には「元祖・奴老ヶ前」と記されていて,「老」の字が用いられている.

店内の様子.暖かいときは,池の鯉を眺めながら,
縁側で食べることもできる.

壁に貼られているメニュー
田楽の他にも,くるみ餅やそばなどもある.
田楽だけでは物足りない場合は,ソバも一緒に注文すると良い.

田楽は,囲炉裏の炭火で焼かれる
ご主人は16代目.

これが,田楽セット
素朴な味わいで,時々無性に食べたくなる味なのである.
串が炭火ですすけているところも,「普段着のまま」といった感じでよい

ざるそばもあります.
柔らかいそばといった感じ
 
店の脇にある狭い道路を登っていったところに
専用の駐車場がある.

その道路脇にはお地蔵さんがある
かつて,近くの河原には会津藩士用の処刑場があった
罪人達の供養のために設置されたものが残っている
(参考文献:新寿堂HP)

【公共交通案内】
●まちなか周遊バス「ハイカラさん」  若松駅→鶴ヶ城→奴郎ヶ前→飯盛山→若松駅(逆回りなし.8時~18時頃.30分間隔)
●飯盛山・鶴ヶ城循環(飯盛山先回り) 若松駅→飯盛山→奴郎ヶ前→鶴ヶ城→若松駅
●鶴ヶ城・飯盛山循環(鶴ヶ城先回り)  若松駅→鶴ヶ城→奴郎ヶ前→飯盛山→若松駅

ハイカラさん(まちなか周遊バス)【会津考察#6】

The bus which tours through the inside of the city in Aizu wakamatsu

まちなか周遊バス「ハイカラさん」
エンジ色と深緑色の2種類走っている

 


 平成13年7月より,会津若松市内の観光施設を周遊できるバスとして運行開始されたのが,まちなか周遊バス「ハイカラさん」である.レトロ調のボンネットバスを導入し,補助ステップや車いす用のリフトなども備えられている.車いすを利用するときは背後部のドアが開くようになっている.ドライバーは女性が乗務しており,城下町特有の細い路地裏道路を,大きなハンドルを握りながら運転している.
1回大人200円,ハイカラさん専用1日乗車券は500円,ハイカラさんと路線バス(市内中心部限定)も乗れる1日乗車券は700円で販売しており,若松市内の観光名所をひと通り巡りたいのであれば,1日乗車券を購入してハイカラさんを乗り継いでいけば,大抵の見所は観光することができる.
運行ルートは左回りの1方向運行(運行当初は両方向だったが,現在は本数を増やして1方向運行に変更されている)で,午前8時~18時頃まで30分間隔,朝夕は東山温泉も経由して走る.(現在の右回り運行は赤色の「あかべえ」で運行されている.)

「ハイカラさんのりば」では多くの観光客が並んでいる

ボンネットバスが整備中のときに走る中型バスタイプの周遊バス
このバスでも満席になるので,ちいさなボンネットバスでは
満員で乗りきれない時もあるのではないかと思う

1日乗車券は,駅前にある会津バス観光案内所で購入できる

ハイカラさん車内
コンパクトなつくりである
【公共交通案内】
●まちなか周遊バス「ハイカラさん」 若松駅→大町四つ角→七日町→野口英世青春通り→市役所→鶴ヶ城→県立博物館→御薬園→武家屋敷→(東山温泉)→慶山→飯盛山→若松駅(逆回りは「あかべえ」で運行.8時~18時頃.30分間隔)

会津若松駅バスターミナル(高速バス)【会津考察#5】

Aizu wakamatsu station Bus terminal


駅前にあるバスターミナル

 


 会津地方では,会津乗合自動車がバス事業を行っており,地元では「会津バス」と呼ばれている.高速バスや長距離路線バスは,駅前交差点を渡ったバスターミナルから発車する.「市内循環線」や「神明通り・米代」,「まちなか周遊バスハイカラさん」は,駅前バスのりばからの発車となる.高速バスの歴史はそれほど古くなく,磐越自動車道が開通したあとの1996(平成8)年に,それまで特急バスとして国道49号線を走っていた郡山・いわきとを結ぶ路線を高速バスとしたのが始まりで,東京新宿行きは1999(平成11)年より運行され,現在は,東京新宿・仙台・郡山・いわき・福島・新潟・野沢とを結ぶネットワークが形成されている.会津バスの路線バスは,前乗り前降りで乗降口が前1カ所のみなので,乗るときは降りる人が終わってから乗車することになる.
なお,福島県民は「会津若松」のことを,会津を付けずに「若松」と呼ぶ.バスの行き先案内板も「若松駅」と表示されているが,「若松駅」=「会津若松駅」のことなのでご安心を.
福島県高速バスネットワーク(時刻表リンク)一覧

会津若松駅とバスターミナルの途中にある「会津バス観光案内所」
バスに関する情報はここで集めることができる.バス1日乗車券はここで購入する

駅前バス乗り場
市内1・2・3・4・5・6コース/会津大学・居合団地・松長団地/
飯盛山回り・鶴ヶ城回り循環/神明通り・米代/周遊バスハイカラさん
上記のバスはこちらから発車する

ターミナルの中は冬でも暖かい

高速バスのりばは,ターミナルを裏口から出たところにある

予約不要の高速バスは,行き先別に列をつくって並んでいる

会津バス(前乗り前降り)
 
懐かしの会津バス

会津若松駅【会津考察#4】

Aizu wakamatsu station


お城をイメージした会津若松駅

 


 会津若松駅は,1899(明治32)年に岩越鉄道の若松駅として開業し,1917(大正6)年に現在の「会津若松」という名称になった.
郡山と新津を結ぶJR磐越西線をはじめ,只見・小出とを結ぶJR只見線(究極のローカル線で通し運行は1日3本のみ),田島・会津高原尾瀬口とを結ぶ会津鉄道(元国鉄会津線で,会津高原尾瀬口からは野岩鉄道・東武鉄道と接続し,春日部・北千住・浅草へ乗り継ぐことができる)が発着している.
磐越西線は,この駅でスイッチバックする形となっているため,郡山方面と喜多方・新津方面とでは同じ方向に発車する構造となっている.この構造を利用して,2台のSLの同時発車イベントが行われたときもある.駅構内には円形の転車台が現役で車庫として活躍しているため,磐越西線ではSL運行が可能となっており,時々SLの勇姿を眺めることができる.線路沿線にカメラマンが多くいるときは,SLが運行されている日である.運行されている日には,SLの汽笛が会津盆地に響き渡っている.(SLの汽笛は,結構遠くまで聞こえる)
現在の駅舎は,鶴ヶ城の改修に併せて,お城をイメージしたデザインにリニューアル(2001(平成13)年)された.発車メロディは,「AIZUその名の情熱」が流れている.

磐越西線はスイッチバック式なため,串刺し式で終点となる
電車は磐越西線専用の455系電車
新幹線開通前は「急行ばんだい号」として活躍していたもの
(平成19年7月より車両が変更となり,今は走っていない)
NTT東日本-福島より提供されている駅構内ライブ映像はこちら

1番線ホーム
特急あいづ号はここから発車していた

改札口では「あかべぇ」と大きな「起きあがり小坊師」がお出迎え

改札口も赤く塗られている
 
改札口を出ると,目の前に観光案内所がある
 
観光案内所の隣にはパンフレットが数多く置かれている.
会津若松市のみならず全会津の観光パンフが置かれているので,
旅行者はここで情報収集することができる

銘品館では会津のおみやげを買える

一會庵では,会津の郷土料理を食べることができる
 
待合室の奥には,立ち食いソバ屋の「立ちあおい」がある
右は「にしん天そば」.お金がなくて会津の郷土料理を食べたいときは,これに限る.
この立ち食いソバ屋には,中高生へのコロッケ1個サービスの得点がある.

もちろん駅レンタカーもある
 
駅前にある白虎隊士の像
記念撮影をする人が多い


改修前の会津若松駅
看板が多くて雑然とした感じだった
昔 今

郡山見聞録【81-85】[一括掲載]

(以下の記事は2006~2007年に掲載したものです)

No.85 「郡山」よ,ありがとう(最終回)

4年間とちょっとにわたり連載を続けてきたこのコーナーも,郡山を離れることになり,今回が最終回となってしまいました.「郡山」らしい出来事,住んでみないとわからないこと,郡山の情報を少しでも多くの方に知ってもらいたくて,情報を発信しました.まだまだ,お伝えしたいことは沢山あるのですが,時間切れです.
また,このコーナーには色々な方からメールや励ましをいただくことが多く,大変励みになっていました.ご訪問してくださった方々に改めて感謝いたします.さて,今度は何処の「見聞録」を発行することになるのでしょうか!!?.引越作業が落ち着いたら,新見聞録を立ち上げますので,他ページ共々,今後ともよろしくお願いします.
では,最後に,「郡山」よ,ありがとう・・・・・.(2007,06)

No.84 ネギ嫌いに嬉しい「比内やサスケ」の親子丼

親子丼には,タマネギがどっさり混ざっているのが普通である.玉子とタマネギと鶏肉が密着し,食べるときに分けて食べづらいので,ネギ嫌いにとって親子丼はあまり乗り気になれない食べ物である.しかし,うすい前のなかまち夢通りから,ビルの中に入って通っている芭蕉小路を進んでいったところに蔵造りの建物があって,その中で比内地鶏を中心としたメニューを提供する店が「比内やサスケ」である.昼は親子丼専門店,夜は比内地鶏メニューを中心とした居酒屋となる.この店は築100年経過している蔵の中で営業をしており,店内のインテリアも赤松を使用するといったこだわりを見せており,店内は落ち着いた雰囲気となっている.ここの名物が「親子丼」なのである.炭火で焼いた鶏肉と,半熟の玉子がマッチして,非常に上品な親子丼が出されるのであるが,なんといっても大変嬉しいのは,「ネギが入っていない!」ということなのである.玉子と炭火の香ばしい鶏肉の,まさに親子のみが,絶妙なハーモニーで味わうことができるのである.親子丼も色々な種類があって,地玉子2個を使用した「あっさり味親子丼」,地玉子3個を使用した「究極の親子丼」,上質の肉を使用した「極上の親子丼」,玉子が嫌いな人のための「照り焼き丼」,すき焼き風にした「極上鶏すき丼」など,好みに合わせてメニューを選ぶことができる.いずれもネギが入っていないところが,大変嬉しい限りである,ネギ嫌いにとっては・・・.(2007,06)

No.83 365mania(フリーペーパー)

365mania(サン・ロク・ゴ・マニア)とは,郡山で発行されている月刊のフリーペーパーで,「郡山人の、郡山人による、郡山人のための情報誌」である.4月(2007年)より,巷で発行されているフリーペーパーのような本の体裁となり,ホットペッパーのように郡山市内各所にラックを置いて配布している.毎月1日の発行で,発行部数は70,000部,協賛している各店舗にも設置されている.ホットペッパーほどの店舗の情報量はないが,なんといっても読み応えのある点は,郡山で編集しているので,巻頭の特集やインタビューなど郡山に関する記事が掲載されていて,地元ネタを詳しく知ることが出来るところにある.「365」は,この「365マニア」のフリーペーパー,「365ブログ」,そして「365カード」と呼ばれる加盟店での共通ポイント制度の3つで構成されている.加盟店になって協賛をしないと,その店の情報は掲載されないようであるが(フリーペーパーなので),郡山にある商業施設が全て「365」に加盟するようになれば,読み応えのあるフリーペーパーになるに違いない.本の体裁は見劣りしない内容でフルカラーとなっており,郡山で完結するフリーペーパーがあったことに嬉しくなった.(2007,04)

No.82 丸井郡山店閉店決定

若者向けファッションを中心に販売していた○|○|(丸井百貨店)郡山店が,来年(2008年)2月を目途に閉店する方針となった.新聞報道(福島民報)によると,売り上げの伸び悩みやテナント関係の課題,老朽化した店舗面積も狭いため改装効果も薄いことなどが理由として挙げられている.郡山店は昭和50年にオープンし,8階建て,売り場面積8800m2,駅前の一等地である交差点前に建っている.郡山(というより福島県内)では,若者向けのデパートとして数少ない存在で,GAPなどの若者家族に人気のショップや,充実した時計売り場などがあり,丸井に行けばわざわざ仙台や東京に行かなくても,ちょっとしたカジュアルな品物は揃えることができる店だった.新宿伊勢丹で欲しいと思っていた商品が,郡山丸井で見つけることができたりしていたので,丸井が閉店してしまうことは,郡山の若者ファッション文化にとって大きな痛手となることは間違いない.郡山店は,丸井の店舗の中では最北に位置しており,東北では唯一の店舗であった(現在,仙台に出店を計画しているという).そんなことからも,郡山に丸井があるということは,郡山の都市としてのステータスにもなっていた.
近年の丸井は,東京近郊の店舗(津田沼・所沢・川越・戸塚・川口など)を相次いで閉店させる一方で,百貨店の競合激戦地となっている新宿においては,新宿3丁目にシネコンを備えた丸井シティーを2館オープンさせるなど,店舗の再統合を行っているようである.地方(東京近郊)の売り上げの小さい店は閉鎖して,激戦地への投資を重点的に行っている感じである.しかし,津田沼や所沢など,1時間も電車に乗れば新宿などの都心にでれるのであればともかく,高い交通費を払って仙台や東京まで時間をかけなければ行けない郡山とは,商業圏としての都市のバックグラウンドが違うような気もする.
駅前の中心市街地を活性化させる議論が活発になっているが,ますます市街地の空洞化が懸念される残念な出来事である.年始恒例のスパークリングセールも,来年で最後なのである.

No.81 ピカピカ光るビッグアイ

ビッグアイ(Big-i)は郡山駅前に建つ,福島県で最も高いビルである.郡山市街地からは大抵どこからでも見ることができ,市民にとってのランドマークとしても役立っている.そんなビッグアイが,夜になると「ピカピカ」光っているのである.ビッグアイを外から見ると,最上階のふれあいパーク内にある球形のプラネタリウム(宇宙劇場)部分が,英語の小文字の「i」の点の部分になっていて,ビル全体が「i」の文字にデザインされている.その「i」の点の部分が,夜になるとピカピカ光るのである.光るのは,毎時00分,15分,30分,45分の15分おきで,時間になると,球形の部分にスポットライトやカラフルなライトが当てられて,チカチカリズミカルに瞬くのである.決して明るい光りではないので,なかなか目立たなくて気づきにくいのであるが,よーく見ていると,宇宙の幻想を思わせるような光りの競演が1分間程度行われているのである.また,00分の時には,違ったバージョンの光りの競演も見られ,ちょっとしたところに遊び心のあるビッグアイなのであった.
ちなみに,このことに気づいたのは,郡山ビューホテルアネックスの最上階13階にあるバー「スターロード」のソファーに座って,郡山駅方面の煌めく夜景を眺めながらカクテルを味わっていたときに,瞬くビッグアイが望めたのである.この店は,カクテルの他にも各種ワインやウイスキーなど色々なお酒を味わえるが(勿論,メニューにないカクテルも自由に作ってもらえる),カクテル1杯1000円程度~,ワインもそれなりの値段がする(ハーフボトル有り)ので,郡山で最も贅沢なバーの1つと言ってよい店である.ビッグアイのピカピカ光りの競演は,ひっそりとそして贅沢な空間からしか,味わえないのであった.

(この記事は2006~2007年に掲載したものです)

会津盆地の見渡せるドライブコース【会津考察#3】

The scenic route which can survey Aizu-bonchi


広域地図

詳細地図

 


 会津若松市や喜多方市は,周りを山々に囲まれた盆地である.この会津盆地(年配の方には「あいづだいら」という人もいる)を車の中から見渡せるお気に入りのドライブコースを紹介する.地元の方なら誰でも知っていると思われるが,観光ルートとして大々的に宣伝はしていないので,初めての方は地図を見て迷わないように.ここにくると,会津盆地が見渡せて,天気が良いときは,新潟県との県境にある飯豊山も望むことができる.
磐梯河東インターから,県道会津若松裏磐梯線に入って会津若松方面に向かう(国道49号で会津若松に向かってはいけない).途中の大きなカープから会津盆地が2回程望める.そして,松長団地から居合団地にかけての市道からは,低標高になって会津若松市街の街並みが身近に見える景観が望める.周囲が住宅団地の場所では,騒音などに配慮しましょう.

会津若松市街が一望できる
【公共交通案内】
●居合・松長団地循環  若松駅-北滝沢-居合・松長団地-会津大学-若松駅(逆回りあり)
※居合団地から松長団地にかけて,坂を走っていくときに上の景色が見れます.(バス30分間隔.両回り方向合わせると15分間隔で運行)

冬の飯盛山【会津考察#2】

Mt.Iimori in winter  (Iimori-yama)


正面に見える飯盛山

 


 飯盛山は,幕末の戊辰戦争において白虎隊士19名が自刃した最後の地となったところである.詳しい話は,幕末を描いた多くの書物が出ているので,そちらに譲るとして,僅か16~17歳の少年達が会津の為に戦って自決した話が,多くの感銘を呼んで,現在でも全国から訪れる人々による墓前の線香の煙が絶えないという.飯盛山には,白虎隊記念館やさざえ堂,戸の口堰から流れる用水の洞門などがあり,自刃した山腹からは鶴ヶ城が望める.
なお,冬は雪と氷に覆われて,山腹まで登っていけないので,夏に訪れることをお奨めする.詳しいレポートはまた夏にしたいと考えている.

飯盛山への入口
手前にみやげ物店,奥に階段がある

階段はごらんのとおりの「つるつる」
白虎隊記念館の隣り(左側)にはやや緩やかな参道があるので
そちらのルートで山腹(上)まで登ることができる
ただ,いずれにしても大雪が降ると登るのはきつい

飯盛山 動く坂道
夏にはエスカレーターが山腹まで動いている

ふもとの「白虎隊記念館」
こちらは通年でオープンしている
テレ朝系でジャニーズが主演する「白虎隊」のドラマが放送されたこともあり,
若いカップルなども含めて訪問者が増えているとか.

酒井峰治と愛犬クマの銅像
【公共交通案内】
●まちなか周遊バス(ハイカラさん) 若松駅→七日町→鶴ヶ城→飯盛山下→若松駅(逆回りは「あかべえ」)
●居合団地・松長団地循環(中島町経由) 若松駅→飯盛山下→中島町→居合・松長団地→会津大学→若松駅(逆回りあり)
●飯盛山・鶴ヶ城循環(飯盛山先回り) 若松駅→飯盛山→武家屋敷→鶴ヶ城→若松駅(逆回りあり)

磐梯山(会津磐梯山)【会津考察#1】

Mt.Bandai (Aizu-Bandaisan)

 


 磐梯山は,会津の人々にとって心に刻み込まれているランドマークである.標高は1819m,猪苗代町,磐梯町,北塩原村の3町村にまたがっている山で,別名会津富士,会津磐梯山とも呼ばれている.磐梯山は活火山であり,806(大同元)年と1888(明治21)年に大噴火を起こしている.
806年の噴火の時に磐梯山頂部分がふっとんで,当時は3000m程あった富士山のような姿だった容姿から,現在のように櫛ヶ峰と赤埴山と磐梯山からなる3峰の形になった.写真を見ると3つの山頂からなっていることがわかる.
1888年の大噴火では,泥流によって村が埋没するなどの被害がでて多数の死者をだしている.その時に川が堰き止められて,檜原湖や小野川湖,五色沼といった裏磐梯湖沼群が形成された.
磐梯山は,表から見る女性的な容姿の磐梯山と,噴火口が見える荒々しく男性的な容姿である裏磐梯の2面の表情を見せ,全国各地からその美しい自然の姿を見に,多くの観光客が訪れている.春夏秋冬,様々な表情を見せる磐梯山である.磐梯山は日本百名山にも選ばれ,夏は登山者で賑わい,冬には磐梯山を取り囲んで整備されているスキー場へくるスキー客で賑わっている.

磐越自動車道の高速道路から見える磐梯山
郡山から猪苗代へ走っていくと,トンネルを抜けて緩やかな下り坂と左カーブにより
磐梯山が徐々にフロントガラスに現れてくる.
この自動車からのシークエンス景観はお見事!といえる程の,
感動的な動く景色である
【公共交通案内】
会津若松駅と東京新宿・郡山・いわき・福島・仙台を結ぶ高速バスの車窓から眺められます(特に若松駅行きの右側席)

猪苗代湖天神浜から見える磐梯山
この姿は「表」磐梯である

会津若松市(河東町より)から見た磐梯山
右側の小さな白い山が磐梯山である.
会津若松市までくると猫魔ヶ岳(左)が大きく見えて,
磐梯山は小さくなってみえるが,
これも場所によって,その姿を変える.

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会津考察(Aizu Guidance)

会津の街を写真と共にコラム形式で紹介. 会津は心のふるさとです.会津人は「ならぬことはなりませぬ」の精神で,戊辰戦争以降,ゆっくりとした時の刻みの中で,会津文化を守ってきました.そんな会津を紹介します.

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