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郡山見聞録【61-80】[一括掲載]

(このページは2006~07年に掲載したものです)

No.80 高速バスの早割・ネット割(あぶくま号・新宿行)

高速バスにも飛行機のチケットのような,早割やネット割があるのをご存じだろうか.JRバス各社が共同で運営する「高速バスネット」という予約サイトがあり,ここからチケットの購入をすると,購入した日に応じて早期割引が適用され,さらにクレジットカード決済を行うとネット割引が適用されるというものである.この割引は,JRバス全路線で設定されているというわけではなく,一部の路線に限られている.
福島県内発着でこの割引制度が実施されている路線は,福島・郡山駅-新宿駅新南口を結んでいる「あぶくま号」のみとなっている.割引率も路線毎に違っていて,あぶくま号の場合,21日前まで購入「早割21」で20%,14日前までの購入「早割14」で15%,7日前までの購入「早割7」で10%,クレジットカード決済をする「ネット割」で5%となっている.注意したいのは,一度予約購入したチケットの便変更がきかないこと(変更したい場合は100円の取消手数料を払って一旦取り消してから再度購入という手続きになる),早割の割引は普通片道運賃に対しての割引になっているため,往復割引だけで10%割引となっていることを考えると,早割7の恩恵は片道利用のときだけになることが挙げられる.クレジットカード決済のネット割で購入した場合は,WEB乗車票を印刷して持参するか,携帯電話のWEB乗車票を表示して,乗車時に決済で使用したクレジットカードを乗務員に提示して乗車することとなる.
なかなか前もって乗車券が購入できない方にとっては,乗車するバスの始発バス停発車時刻の2時間前まで購入できる往復割引(10%引き)のネット割(5%引き)を利用すること(合わせて14.5%引きとなる)が,実質的に多く利用する割引率ではないだろうか.ちなみに,郡山駅-新宿駅までの普通片道運賃は4,000円(往復8,000円)なので,往復割引では7,200円,ネット割を使うと6,840円となる.ネット購入を利用する場合は個人登録(無料)が必要となる.

No.79 休日の郡山駅前の歩き方

ブログでも記載してますが,私なりの休日の郡山駅前の歩き方を紹介します.郡山駅前にぶらつきにきたときは,大抵ルートが決まっています.まず,中央大町バス停でバスを降りるのがお昼ころなので,昼食を近くのレストランなどでランチします.それから,まずうすい百貨店に入ります.エレベータで10階の八重洲ブックセンターまで行き,1時間くらい雑誌の立ち読み,それからエスカレーターで順々に降りていき,興味のあるところでフロアーを歩く.デパ地下の食品売り場を回って「うすい」はおしまい.
続いて,丸井デパートへ.丸井は8階の時計売り場が充実しているので,いいなぁーと羨望のまなざしでガラスケースを覗いて,店員からは「ご希望の商品をお出ししましょうか」と言われますが,買うつもりは全くないので,「結構です」と断ります.エスカレータで降りていき,5万円くらいするコートなどを眺めながら下の階へと向かいます.
街頭で配られるティッシュをもらって,ピヨピヨ音がしている横断歩道をわたりアティーへ.昔は西武百貨店だったアティーも,いまでは専門店街として定着しています.アティーに入るテナントは,高校生やヤングをターゲットにした店が多く,僕のような30代のお兄さん(ということにしておきましょう)にとっては,ちょっと目当ての品があまりない店なのですが,7階にある100円ショップと8階のインターネットカフェにあるマッサージチェアーは,よく利用させてもらっています.お金があるときは1階の宝くじ売り場で,スクラッチ5枚を買い付けます.
駅ビルの中にある食品街ピボットに入り,一番右奥にある魚屋「北辰」まで歩きます.この魚屋は鮮度がよいものが多く並べられていて,郡山では定評のある魚屋です.値段もそれなりにしますが,この魚屋で買ったものは非常に美味しいです.肉屋も色々な種類を量り売りをしてくれるので主婦にとっても重宝されているとか.
さらに外に出て,ヨドバシカメラへ.女性がアクセサリーやバックなどに目がいくのと同じで,男はオーディオやパソコンなどの電気機器製品に目がいくものです.ポイントカードも使わなければなりません.ヨドバシも,コジマやヤマダ,ケーズなどとの競争が激しいのか,近年のヨドバシでも当日価格の張り紙を貼って価格競争を繰り広げていますが,原則的に全国のヨドバシと値段が同じなのがヨドバシです.本日限りの値札が貼ってある欲しい商品を見つけると,夜に車で再びわざわざ買いに来たこともあります.
駅に戻って,ちょいと歩き疲れたので,ドトールで好物のロイヤルミルクティーを飲みます.新幹線の改札口前にあるので,これから旅立つ人々に混ざりながら,ちょっと旅の気分を味わって,ロイヤルミルクティーを飲むのでした.
JRのびゅうプラザと,ちょっとアーケードに戻ってHISに立ち寄り,最近の旅行業界の動向を知るために,旅行パンフレットを集めます.
再び駅に戻って,改札口を通り過ぎS-PALへ.この駅構内にあるテナントも,人出が多い場所です.お気に入りはフレグランスを沢山並べてある専門店.僕の使用しているオードトワレも,ここには置いてありました.また,あまり知られていませんが,1階の一番の奥には,洋服を直してくれる店があり,コートのボタンがとれたときに15分105円でつけてもらったことがあります.マッサージもあります.
最後に,ビッグアイのモルティに入り,6階の市民広場で今日の新聞と雑誌を読んで,バスの発車時間まで時間を潰すのでした.これが,ほぼフルコースとなります.でも,まだまだ楽しい店は沢山ありますよ.郡山には何もないという人もいますが,まんざら郡山駅前もじっくり探せば捨てたもんじゃぁ~ありません.

No.78 郡山駅前までの休日の買い物は路線バスで

休みの日の郡山駅前周辺の交通渋滞はひどい.みんな車で買い物にやってきて,駅周辺の駐車場に止めるために,道路が混雑しているのである.特に午後から夕刻にかけての渋滞はひどく,とにかく車がノロノロと走っていくことが多い.こんなとき「どうせ道路が混んでいるのだから,バスに乗ったって同じだ!」と思っていたら大間違い.実は,バスはスイスイと走っていくことが多い.駅前や国道4号・うねめ通りなど片側2車線以上の車線があるときに有効なのであるが,バスは混雑しているときは空いている方の車線を走っていき,必要に応じて割り込んで走っていってくれるのである.駅前から安積町までの国道4号はバス優先レーンもある.小さな乗用車も大型のバスにウインカーを上げて割り込んでこられると,ライオンに襲われる子猫みたいなもので,素直にバスを割り込ませている.そのため,乗用車では通過に時間がかかる列をなしている渋滞も,バスは空いている車線を走っていって,ギリギリのところで車線変更して割り込んで走っていくので,スイスイなのである.荷物がかさばらない買い物ならば,駅前にはバスで行くことをお奨めする.慣れればバスの買い物も苦にならないものである.ただし,さくら通りは1車線でスイスイ走れないので,さくら通り経由のバスに乗らなければならない場合は諦めましょう!

No.77 薄皮茶屋(柏屋本店2階)

郡山市を代表する和菓子・薄皮饅頭を作っているのが柏屋である.駅前アーケード街の中町(中央大町バス停前)に本店があり,その2階にある甘味処が「薄皮茶屋」である.甘味処であるが食事もとることができ,小豆を使用したおこわや味噌おにぎりを江戸時代の弁当仕立てにしたメニューなど,なかなかユニークな和の料理を味わうことができる.まず,店に入って席につくと,お茶の他に薄皮饅頭1個がサービスで出される.店内には囲炉裏もあって,雰囲気はとてもよい.柏遊おこわ膳では,柏の葉っぱの上に2種類の小豆おこわのおにぎりと煮付けなどが出される.江戸時代のさっぱりとした味の和定食といった感じである.もちろんあんみつや焼きだんごなどもあるので,和の甘味処としてのメニューも欠かせない.さらに,この店内では「薄皮饅頭手作り体験(大人420円)」を行うことができ,自分たちの作った饅頭をその場でふかした出来たてを食べることもできるのである.手作り体験は10時~17時まで,薄皮饅頭の日(こんな日まであったのか!)である第3日曜日は無料で手作り体験ができる.また,毎月1日の午前6時~8時までは「朝茶会」が開かれており,無料で誰でも参加して出来たての薄皮饅頭と会話を楽しむ茶会が開かれている.ちょっと時間があれば,茶屋の和食を堪能してみるのも悪くない.

No.76 郡山駅前ビッグツリーページェント

今年もクリスマスイルミネーションの季節がやってきた.2006年12月1日の金曜日より,これまで開成山公園で行われていたクリスマスイルミネーションの装飾が,今年は駅前広場で開催されることになった.その名も「ビッグツリーページェント・フェスタ IN KORIYAMA」.駅前広場のケヤキや樹木・植え込み,タクシー乗り場の屋根,,アーケードの中などに約6万個の電球(LED含む)をつけて飾られる.11月22日の夜に駅前を通ってみると,試行的に青色発光ダイオードの装飾や,カラフルな色のイルミネーションが点灯されていて,幻想的な駅前空間を創造していた.青色の発光ダイオードは昨年に引き続き,イルミネーションカラーの流行のようである.12月16日(土)と17日(日)には,音楽イベントも開催されるとのことで,大いに盛り上がるクリスマスイベントが駅前で開催される.昨年開催された開成山公園のビッグツリーページェントに行ってみたが,だだっぴろい公園の一部の樹木にイルミネーションがついていて,公園の空間の広さとイルミネーションイベントを行っている範囲とのアンバランスさが,かえって寂しい感じになっていたので,駅前の建物の密集した狭い空間で,びっちりとイルミネーションを点灯するほうが,イルミネーションの感動は大きいように思われる.駅前だとバスなどの交通の便がいいので,公共交通を利用することで行きやすい.12月1日の夜が楽しみである.点灯時間は17時から22時まで.来年以降,順々に明かりの数を増やしていき,最終的には駅前全てのツリーを明るくするとのこと.

No.75 みどり書房・TUTAYA「桑野店」リニューアルオープン

うねめ通りと国道49号線の交差点から少し希望ヶ丘側に入ったところの,かつてケーヨーD2のホームセンターだったところに,みどり書房とTUTAYAがリニューアルオープンした.以前は国道49号線の交差点角にあって,店内も駐車場も手狭で車で入るのに渋滞を引き起こしていて,なかなか足を運ぶのにも億劫になる店構えであったが,うねめ通り向かい側のケーヨーD2が撤退したので,広々としたところに移転することになったのだろう.店内は,東日本最大級の広さを誇る規模で,このような本屋を待ち望んでいたところである.
みどり書房は,雑誌から専門書まで幅広いジャンルを取り扱っており,1日いても時間が潰せそうなところである.絵本などの児童書コーナーも充実しており,子供連れでも楽しめる本屋である.店内にあるタッチ画面の検索を利用すると,出版されている本を検索することができ,その中で在庫のある本は書棚番号が表示されるようになっている.TUTAYAも,レンタルから販売までを広い店内でカバーしており,初日から5日間は100円レンタルをやっていることもあって,ほとんどのDVDは貸出中でなくなっていた.
郡山で生活していると,近くに充実した本屋がないことがちょっと不満であったが,これだけ広い本屋で,しかも専門書も取り扱っているので,情報を得るうえで非常に嬉しい限りである.いくらインターネットが普及していても,信頼できる情報の質と量として考えると本や雑誌にかなうものはない.うすい百貨店の上階にある八重洲ブックセンターでも,かつては広い売り場面積で専門書を取り扱っていて気に入っていたが,うすい百貨店経営再建の時に規模を半分くらいに縮小してしまい,普通の本屋と変わりなくなってしまった(それでも,雑誌は面白そうな珍しい本が並べてあるので,時々立ち寄ってみたりする.特に東京や大阪に関する情報は八重洲ブックの方が多い気がする).
また,ドトールコーヒーの系列で,イタリアンエスプレッソを基調とした「エクセルシオールカフェ」も併せてオープンしており,ちょっと疲れたらカフェでコーヒーを飲みながらひと休みすることもできる.(ここでは「メープルロイヤルミルクティー」も飲める!) エクセルシオールカフェは福島県内で初オープンとなる.
午前9時から午前0時までオープン(カフェは22時まで)となっている.日曜日にはイベントも開かれていおり,駐車場が広くなっても休日の日中は混雑していて,かつての旧店舗の駐車場が臨時駐車場になっていたりする.こんどは,うねめ通りの反対側(希望ヶ丘から朝日町に向かう側の車線)が駐車場に入りきれなくて並んでいるようである.

No.74 北桜祭(日大工学部の学園祭)

日本大学工学部(郡山市田村町徳定)は,昭和22年より設置されている工学系4年制大学である.1966(昭和41)年より「第二工学部」から「工学部」へ名称を変更し,1993(平成5)年には情報工学科を開設している.ちなみに,船橋と駿河台にある工学系の日大は「理工学部」となっている.毎年10月下旬には「北桜祭(ほくおうさい)」と呼ばれる学園祭が開催され,この時期になると,郡山駅前のアーケードなどにはポスターが貼られるようになる.今年で第56回目を迎えることとなった.場所は,安積永盛駅から徒歩15分の阿武隈川ほとりの,広大なキャンパス構内である.
正門から入ると,まずは各団体による出店がずらっと並び様々な飲食物を販売している.メインストリートを進むと,10トントラックの半扉を開放して造ったメインステージが現れて,カラフルな衣裳をまとった若者達による「YOSAKOIそーらん踊り」が繰り広げられていた.本館の脇にある1号館では,各教室で展示が行われている.どこの学園祭でもそうだが,やる気のあるブースとそうでないブースとがくっきりと分けられていて,自分の大学時代を思い出してなんだか懐かしくなった.その展示のひとつである「建築研究会」では,建築設計競技会への出展作品を展示しており,ライトの落とされた展示室では,その展示に関して学生が熱心に説明してくれて,感心してしまった.そういったブースでは必然とお客さんも多く入っている.
2006(平成18)年に新しく完成した70号館ではオープンキャンパスを行っていて,各学科の体験コーナーなどが行われていた.地上42mの最上階・9階は,安積野を360度見られる大パノラマの円形多目的ホールとなっており,簡単なジュースを飲むことができた.天気のいい日には遠くの山々も見られる抜群の眺望であり,大学でなければちょっとしたデートスポットとなりうる場所である.夜になると郡山市中心部の夜景がきれいに見えるに違いない.
30周年記念館では工学部60年の歩みと題して,かつての写真が数多く展示がされていて,ちょっとした歴史を知ることができた.
大学構内は,広々とした空間に講義棟や研究棟が建ち並んでおり,このようなアカデミックな独特の雰囲気は個人的に好きである.一方,大学の周辺に目を向けると,ワンルームのアパートが密集して建てられており,道幅も車1台がやっと通れるようなところで,これほどまでに過密にアパート群が建てられているとは知らなかった.これだけ近いと,集団生活している寮と変わらないかも知れない.まさに「日大村」の様相を呈していた.

No.73 安積歴史博物館(旧福島県尋常中学校本館=現安積高校)

「安積歴史博物館」は,安積開拓が行われていた明治17年に設置された福島県唯一の尋常中学校の洋風建築校舎で,創建された場所に当時のままの建物で残るものとしては全国でも珍しい施設となっており,国の重要文化財に指定(1977年)されている.この建物は建設されてから約120年が経過していることになる.福島県尋常中学校とは,現在の県立安積高校(県内有数の進学校.質実剛健が教育方針で,自由自主の精神が強い.平成13年より男女共学となり服装もなくなって自由となった.地元では略して「あんこう」と呼ばれている)であり,この安積歴史博物館は安積高校の隣り(というか安積高校そのもの)に存在している.安積歴史博物館は,安積高校創立100周年を記念して整備されたものである.
館内は1階と2階の教室に17テーマの展示がされており,初めは安積開拓事業から始まる.全体的に,安積開拓の歴史の展示というよりは,安積高校の歴史といった内容になっており,安積高校の学校教育の歴史や,本校から輩出された朝河貫一(歴史学者)や今泉亀徹(角膜臓器移植の先駆者),久米正雄(作家)などの著名人の紹介が詳しく展示されている.
「安積に学びし人々」のコーナーでは,2教室分を使っていままでの卒業生の卒業写真を年次別に展示しており,安積高校卒業の知り合いがいる場合は,ここにくれば過去の初々しい頃の写真を見ることができる(恋人でもない限り,わざわざそれだけが目的で来ることはない).階段なども全て木製となっており,滑り止めがついていないので,つるつると滑りやすくて注意が必要である.「安積で学んだ教室」では,机とイスがくっついた昔の木製机が並んでおり,映画のワンシーンを見ているようである.施設の中でも,背中がゾクゾクしたものは,ローソク用の大きなシャンデリア(今はローソク型電球が点灯している)が2つ吊り下げられた「講堂」である.広々とした講堂には,古い建物とはミスマッチな金属パイプの椅子がずらりと並べられていたが,これは現在でも安積高校の学年集会などで使用されているからとのこと.映画のワンシーンでも使えそうな空間である.ちなみに,安積高校のスクールカラーは紫色,誇りと伝統の感じられる学校であった.入場料は300円.開成館から歩いて10分程度のところにある.

No.72 開成館(安積開拓発祥の地)

「開成館」とは,明治に入って行われた安積開拓の中心となる「福島県開拓掛」の事務所が置かれた建物で,明治7年に建築されたものである.県の重要文化財に指定されている.福島県開拓掛の役目が終わった後も,郡役所や県立農学校・桑野村役場・市営住宅などとして利用され,一時は荒廃していた建物であるが,昭和41年に補修復元が行われて,現在のような安積開拓の歴史を紹介する展示施設として保存されるようになった.この開成館の建っている「開成3丁目」は,安積開拓の中心を成していた地域であり,ここでは「開成館」の展示と併せて「安積開拓官舎(旧立岩一郎邸)」・「安積開拓入植者住宅(旧小山家・旧坪内家)」が展示保存されている.安積開拓入植者住宅は,上級クラスの建物と下級クラスの建物が展示されており,特に旧小山家の建物は,ほぼ当時の建物がそのまま保存されているので,家の中に入るとあの独特のいろりのすすけた臭いがして,昔の生活が嗅覚からも感じ取ることができる.郡山の発展と安積開拓は切っても切れない関係なので,安積疎水のことも含めて郡山の歴史が知りたいときは,開成館に行くことをお奨めする.入場料210円.
場所は,国道49号の麓山通りと交差する交差点(交番があるところ)を入ったところにある.
郡山駅からバスの場合は,(麓山経由)大槻・休石・山田原・御霊櫃峠行,または(市役所・柴宮経由)運転免許センター行に乗車し「開成館」で下車.約30分間隔で走っている.麓山経由に乗ると昔の開拓で中心だったところ(堂前・金透小学校・麓山公園・安積疎水事務所・五十鈴池)を,市役所経由に乗ると現在の中心地(中央大町・虎丸・市役所)を走るので,それぞれご参考にご旅行を.

No.71 東北新幹線のブレーキング

郡山に住んでいると,どこか遠くに出かけるときには東北新幹線に乗る機会が多いと思う.新幹線に乗っていて気になることがある.それは駅に到着する前のブレーキのかけ方(制御方法)についてである.
新幹線のブレーキ制御はATCと呼ばれる自動列車制御装置がつけられていて,運転席に示されたスピードよりもスピードが出ていると,運転手がブレーキをかけなくても自動的に制限速度以下までブレーキがかかる仕組みとなっている.新幹線の場合は,駅に到着する約5km手前より自動的にブレーキがかけられて段階的に速度が下げられる.まずは210kmまで下げると停車駅からの規定の距離に近づくまでしばらくそのまま走っていく.続いて160kmまで下げるとまたしばらくそのまま走っていき,そして次には110kmまで下げてまたまたしばらくそのまま走っていく.さらに70kmまで下げてまたまたまたしばらくそのまま走っていき,最後は時速30kmまで落として,やっとホームに滑り込みゆっくりと進んでいく.ここまでは,全てATCの自動制御となっているので,運転手にはどうすることもできず,時速30kmからホームの停止位置までのブレーキ操作で,やっと運転手がハンドルを操作して止めるようになっているのである.
時速160kmのブレーキがかかると車内放送が流れ出すので,席を立つ乗客の人がいるのであるが,デッキにいくとなかなか到着しないので,しばらく待たされることになる.もっと,サクッととめられないのかな,時速200km以上も出す新幹線なので安全を期してそのようなシステムになっているのかな,と思ってしまうが,ただ単純に東海道新幹線の開業当時のシステムをそのまま用いているからにすぎないらしい.
ところが,現在は「デジタルATC」と呼ばれる新型の制御方法が古川-八戸間で既に導入されていて,その他の区間でも今年度(2006年度)中には導入が決定されているという.このシステムになると,スピードと現在位置を把握しながら最適な制動距離を考慮した信号を示すことができるので,今までのような段階的なブレーキではなくて停止するまでスムーズに一気にブレーキをかけつづけることが可能になるということである.恐らく次のダイヤ改正時に変更されるのではないかと思われる.駅に到着する前の,あの独特な新幹線のブレーキングも間もなくなくなるということである.

その後,10月中旬に新幹線に乗ったところ,ブレーキをかけ始めていないのに到着の車内放送が流れ始めた.いつもは最初のブレーキがかけられたときに流れるのに,おかしいな?と思っていたら,一気に時速70kmまでスムーズなブレーキが行われているではないか! ダイヤ改正を待たずに,デジタルATCは既に導入されたのであった.そのためか,今までは駅に到着するとすぐ発車していたのに,スムーズなブレーキのおかげで時間短縮したために発車時間まで余裕ができたらしく,ちょっと待ってから発車している感じである.

No.70 須賀川市釈迦堂川全国花火大会

お盆の過ぎた週末の土曜日,毎年恒例の花火大会が須賀川市で行われている.今年(2006年)も19日に盛大に行われた.今年初めて見に行ってきたが,見応えのある花火大会であった.須賀川駅前から歩いてすぐの釈迦堂川と阿武隈川の合流点に位置する「市民スポーツ広場」が打ち上げ会場となって,約10000発の花火が午後7時から8時45分の間に次々と打ち上げられる.郡山市や矢吹町・白河市からも見物客が大勢やってくるので,普段は1時間に1本程度のJR東北本線も.当日は10~15分間隔ぐらいの本数で臨時列車が運転されていた.須賀川駅前から花火大会会場までは,約100店ほどの露天が並び,お盆最後の締めくくりとして,盛大に花火大会が行われているのである.約20万人の人出で賑わうという.
花火大会当日は,須賀川駅前で大会プログラムが配られており,打ち上げられる花火の名前と番号が全て記載されている.そして打ち上げが始まるとスピーカーからプログラム番号と花火の名前が呼び上げられてから花火があがるので,どの種類の花火が上がっているのかがよくわかるようになっている.花火教室では,花火の玉の大きさ,打ち上がる高さ,上空で花開く花の直径などを,小さい順に説明していって実際に打ち上げていき,花火の大きさを体系的に知ることが出来て興味深い.4号玉(4寸)・5号玉(5寸)・7号玉(7寸)・10号玉(尺玉)・15号玉(尺5寸),そして20号玉である2尺玉(直径60cm)が順々に上げられるのでとても面白い.2尺玉は,上空500mまで上がって幅500mも広がるらしく,打ち上がり初めの「ボン」という音も,他の玉とは違うズッシリとした重い響きがあって,時間をかけて上空まであがると大輪の花を咲かせるといった感じである.
全国選抜の尺玉の競演が3部にわたって打ち上げられる他,2尺玉が5玉もあげられ,ナイヤガラも2本,ラストのフィナーレでは尺玉の20連発と,息の切れることなく次々と豪華な花火が打ち上げられる花火大会であった.この花火大会が終わると,今年もお盆が無事終わって秋に向かう一抹の寂しさが心の中に残るのであった.

No.69 エコ定期券(環境定期券)

エコ定期券という制度をご存じでしょうか.これは,通勤定期券(通学は不可)を利用している人が,その利用者とその家族(同居に限る)が一緒にバスに乗る場合は,1人あたり100円でバスに乗れ,さらに定期利用の区間外で利用する場合にもどこまで乗っても1人あたり100円で乗ることができるというものである(ただし自社区間に限るし,高速バスは乗れない).利用日は土・日・祝日に限定されており,中心部における渋滞緩和を目指して,休日のお買いものなどになるべく公共交通を利用してもらい,大気汚染の低減にも寄与する地球に優しい制度なのである.これは,福島交通だけで実施しているのではなく,福島県の路線バス各会社(新常磐交通や会津バスなど)でも行っている.これを利用すれば,家族4人が郡山駅周辺に買い物などにいく場合,往復600円(本人は定期券利用とした場合)で行くことができるので,駐車場料金2時間分の値段と同じことになる.福島県では自家用車で移動することが生活の習慣となっているので,バスに乗って出かけるといった発想が浮かびにくいが,東京などに住んでいると電車やバスで移動するのが当たり前なので,慣れてしまうとバスで出かけるのはあまり苦にならないと思う.
もともと環境定期券は,1984年にスイスのバーゼルで公共交通を利用することを申告した自動車の通勤者を対象に,大幅な割引額の定期券を発売したのが始まりで,続いてドイツなどヨーロッパ各国で導入されているものである.バス事業者には市や州からの補助が入っている.このヨーロッパの環境定期券は,休みの日の家族割引ではなくて,通勤定期券の本人への割引のみということであるが,大幅な割引と持参人式にしたところ,1~2割の利用増加があったという.ちなみに運賃の割引率はかなり高くて,普通に支払う運賃額が1ヶ月30日間で1万円かかるとすると,1,500~3,500円程度で購入できるようになっているので,本当に大幅な割引となっている定期券なのである.
なお,福島交通(福島県内の路線バス会社)のエコ定期券の制度は平成18年9月30日までとなっていたが,更に1年間期間が延長されて平成19年9月30日までの制度となっている.是非とも近年の環境負荷の低減という意味合いからも,半永久的に実施してもらいたいと思うのであった.正直,この制度を利用している人がいるのか,はたして何人の人が知っているのかは疑問であるが(降りるときに,運転手に告げると最初は「はぁ?」といった顔をされることが多いので,ほとんど利用している人はいないと思われる),利用者がいなくても環境対策として続けてもらいたい制度である.同じ会社の路線は定期を持っていればどこまででも1乗車1人100円なのである(高速バスはのぞく).

No.68 埼玉県へ新路線・高速バス「あだたら号」

埼玉県・東京北部・千葉県に用事のある方には朗報である.平成18年7月25日より,郡山駅と東武伊勢崎線の新越谷駅(埼玉県)とを結ぶ高速バスが運行されることになった.1日6往復,料金は片道3,000円で往復割引(5,400円)もある.福島交通と東武バスとの共同運行で,時間は3時間20分.東京・新宿まで走っている「あぶくま号」の高速バスは,新宿駅まで行かなければ乗車することができず,埼玉や東京北部・東京東部・千葉方面から高速バスを利用する人にとっては,時間のロスが大きかった.
この新越谷駅に着目した点が注目される.新越谷駅が起終点となっているメリットは,埼玉県や東京北部に用事がある人にとっては,なんといっても郡山へ帰るときの時間ロスが少なく,さらに首都高速を走らなく総運行距離が短いこともあってか料金が安くなっている点にある.新越谷駅は東武伊勢崎線の駅であるが,同時にJR武蔵野線・南越谷駅(駅名は違うが実は東武線と同じ場所にある)が走っており,北千住や草加・春日部はもとより,新座や浦和・船橋・習志野などからもアクセスが容易なのである.浅草まで急行利用で約35分・350円であり,都心まで500円も出せば行けてしまうのである.
さらに平成18年3月の東武鉄道のダイヤ大改正も大きなポイントとなる.この大改正は大手術といってもいいほどの大きな改正が行われ,地下鉄半蔵門線との相互直通乗り入れの便数が大幅に増加し,いままで準急として走っていた種別を急行に名前を変えて,さらに急行は10分間隔で半蔵門線との直通乗り入れに変更したのである.半蔵門線は錦糸町や大手町・表参道・渋谷,渋谷からは東急田園都市線に乗り入れて二子玉川・長津田・中央林間まで,乗換なしで便利に行くことができるのである.新越谷から渋谷まで約60分,350である.
予約制となっているが,当日空席がある場合は現金での乗車もできるようになっている.興味のあるところとして,どのような経緯があってこの路線が開設されることになったのか,知りたいところである.東北出身の人は,東京北部や埼玉県に住居を構えている人が多いので,知名度が上がれば結構利用者が多くなるのではないかと思われる路線である.また,土日などの休日は,新宿行きの高速バスは満席で予約が取れないのであるが,新越谷行きは当日でも余裕で予約がとれて,しかも1人で座席を占有できるほど空いているので,都心での乗換が面倒でなければ利用価値はある.
その後,8月1日より新宿から発車する「あぶくま号」の下り便にも王子駅で乗車できるようになった(郡山福島行きと会津若松行き).これも新越谷線の開通を意識してのことであろう.

No.67 夜の駅前に徘徊する「カラス族」

最近,郡山駅前の風紀でちょっとした問題となっているのが「カラス族」と呼ばれる人々である.福島民報新聞の論説にも掲載されていたが,夜になると郡山駅前の広場に黒いスーツを着た若い男性群が複数でたむろして,若い女性を飲食店や風俗店にスカウトするために立っているのである.ひどいときには駅構内にまで入っていき,しつこく勧誘をするので,駅員に駈け込んで助けを求める女性がいたり,構内放送で「ただ今,しつこい勧誘が駅構内で行われていますので,ご注意ください」などといった放送が流されたりしていた.(だいたい,東京でさえこんな放送が駅構内で流されることは聞いたことがない.初めて郡山に訪れた人がこんな構内放送を聞いたら,驚くに違いない.) 高校生達も「いま,外に出るとやばくねぇ~.こぇ~よ」などと会話をしていたりしており,駅構内から外に出たとたん,治安の悪い外国を歩いているような,そんな雰囲気が感じられる夜の郡山駅前なのである.女性に限らず,男性でも駅前の飲屋街などを歩いていると,飲食店や風俗店などへの勧誘がしつこく行われるので,いずれにしても心地よい空間ではない.市民からの苦情も相次いでおり,郡山市でも独自の条例を施行するための検討に入り,警察でも重点的に取り締まりを強化しはじめているという.大都会では,ある一角にこのような治安の悪い地区というのがどこにでも存在しているのであるが,郡山の場合,駅前から全地区がそのような雰囲気を持っているので,夜の街も安心して歩けるような都会であって欲しいと願うのであった.

No.66 2つの郡山ビューホテル

郡山ビューホテルは,ハイセンスで海外からのゲストにも対応しているシティホテルである.「ホテルはまつ」とともにちょっとした高級感のある安心してゲストに紹介できるホテルであり,フロントには両替レートのボードや航空機の時刻表が置いてあり,郡山市の中でも貴重な国際感覚のあるホテルである.「ホテルはまつ」がマダム御用達といったイメージなのに対し,ビューホテルは都会的な洗練されたイメージがあり,駅から近いこともあって,いろいろな会合やホテルウェディングとしてよく利用されている.
そんなビューホテルであるが,郡山市には2つ存在しているのをご存じだろうか.なかまち夢通りのうすい百貨店奥の中町にあるホテルが「郡山ビューホテル」,駅前大通り沿いの明治安田生命のところにあるホテルが「郡山ビューホテルアネックス」である.名前の違いは,アネックスが付くかつかないか.どちらも同じ会社なため,最初に郡山に訪れた人にとっては間違えやすい.中町にあるホテルの名前が「ビューホテル」で止まっており,「郡山ビューホテル本館」とか「郡山ビューホテルメイン」などと,あとに固有名詞が続けば,どちらのホテルかが判別できるのであるが,「今度の総会はビューホテルで行います」などと言われると,どちらのビューホテルか実はわからないのである.ちなみに「アネックス」の意味は,「付加する」とか「別館」ということだとか.今では,どちらかというと別館であるアネックスの方が,駅からも近いし洗練されている感じがするけれど,いずれにしても郡山ビューホテルをご利用の際は,どちらのビューホテルか確認して来館いたしましょう.なお,ホテル内にあるレストランはいずれも味に定評があり,一度でいいのでアネックス上階にある鉄板焼き「海山」で最高級の2万円ほどするディナーを食べることが,僕の人生最大の夢であると思っている今日この頃でした.参考までに,ビューホテルの本社は浅草公園六区近くにある,浅草ビューホテルである.

No.65 JA農産直売所「愛情館」

焼肉店牛豊の隣りに,JA(農協)の直売所がある.ここでは,県内で生産された野菜をはじめ,花や肉,おもちなどの加工品が直売で売られている.野菜は,各方面のJAから届けられたプラスチックの容器がずらずらと並べられており,その中に生産者名のシールが貼られた新鮮な野菜が種類多く置かれている.地産地消であって鮮度が高いので,けっこう買い物に訪れる女性たちが多い.よもぎ餅などもあって,たまに訪れてみるのも楽しい.夕方5時には閉まってしまうのでお早めに.土日も営業している.

No.64 五百川パーキングエリアの手打ちそば

パーキングエリアの話題をもうひとつ.知り合いから情報提供があったので早速足を運んでみた.新潟・会津と郡山とを結んでいる磐越自動車道の五百川パーキングエリアに,ラーメンやそばを食べられるスナックコーナー(食堂)があるが,ここのそばのメニューにはわざわざ「手打ち」と書かれていて,他のパーキングのそばとはちょっと違うことがPRされている.大抵,PAやSAでそばを注文すると,立ち食いそばと同レベルの歯ごたえがゴムのようなそば(会津で美味しいそばを食べ慣れてしまうと,「そば」というよりは「そば風味」と言いたくなってしまうようなそばである)が提供されることが多い.しかし,ここ五百川PAのそばを注文してみると,これがなかなかいけるそばなのである.どちらかというと田舎そばの系統であるが,そばの色つやもよくてスナックコーナーのそばにしては美味しいそばである.値段は立ち食いソバ+200円といった感じで,ちょっとはお高くなっているが,それでもざるそばが約500円なので,小腹が空いたときの休憩には,五百川PAの手打ちそばを食べるのもよい.
ちなみに,PAの広場に看板が掲げられているのだが,これによると五百川の由来は,南北朝時代(1300年代)に京に住む公家の娘の萩娘が不治の病になっていたとき,不動明王の夢知らせに「都から五百本目の川岸に霊泉があり,それに浸れば病は治る」と聞いて,現在の磐梯熱海温泉地内に辿り着いたとこからこの名がついたという.磐梯熱海温泉街の中には五百川が流れているのである.

No.63 長登屋のおっぱいプリン

東北自動車道の阿武隈パーキングエリアの売店(上りでのみ確認)に行くと,おみやげコーナーに福島桃のゼリーと並んで,長登屋のおっぱいプリンが並べられている.パッケージには女性の絵柄が描かれていて,ちょうど胸のあたりに丸形のプリンのプラスチック容器を2つ並べて「おっぱい型」にして売られている.おもわず「にやり」としてしまう.長登屋は名古屋市に本社を置く,菓子や食品などを製造販売するメーカーであるが,磐梯熱海にゆべし工場があって,その工場でおっぱいプリンも作られていて,あぶくまパーキングエリアの売店で売られている.もともと「おっぱいプリン」は,在庫があまってしまったプリンをなんとか売ろうとして作られたのが始まりで,発売当初は雑誌やテレビで紹介されるほど話題を呼んだ商品であったらしい.名古屋限定だとか東京限定だとか,各地方限定のおっぱいプリンがあるようで,それぞれ個性ある柄のパッケージ包装で売られている.あぶくまPAで売られているのは,おっぱいプリンPart2というもので,Part1は既に販売中止になったとか.Part2は,Part1よりも中の女の子がかわいくなっているらしい.

No.62 路線バスメールサービス実験開始

国土交通省郡山国道事務所内に設置されている「郡山都心交通マネジメント検討会」により,路線バスの到着をメールで知らせたり,携帯電話から運行状況を確認できるサービスが実験で実施されている.東北では初だという.実施している路線は「コスモス循環」路線の1系統のみ,さらに平日のみのサービス実験となっている.コスモス循環は郡山駅前を出発してうねめ通りを先回りする西の内回りと,文化通りを先回りする池ノ台回りとあるが,循環路線であるが故に走行距離が長くなり,さらに市内の渋滞に巻き込まれて,遅れて到着することが多い路線であり,そんな路線での実験となっている.各バス車両にはバスの位置を確認するためのGPS端末が取り付けられている.サービス内容は,①バス停と出発時刻を登録しておくと,そのバスが5つ前のバス停を出発したとき,または到着3分前になるとメールで携帯に通知してくれるというものと,②携帯でアクセスするとバスが今どこの区間を走っているのかを確認できるというものである.登録している目的のバスがバス停に近づくとメールで知らせるというサービスは,地方都市であまりバスの本数が多くなく,毎日利用するバスの時刻が決まっている場合には非常に有効なサービスであり,強風がぴゅーぴゅーと吹き荒れる冬の郡山では,メールが来てから家を出るなどといったことが可能になる.全路線でサービスが受けられるようにしてもらえると,サービスの向上にもなるし,公共交通を利用する人も増えるかも知れない.利用するには携帯電話から登録が必要であるが無料となっている(http://www.doco-alpha.jp/busmail.html).ちなみに東京に走っている東京都交通局の都バスでは,全路線のバスの位置を携帯電話で見れるサービスをすでに実施していて,大変便利である.

No.61 地産地消の焼肉店「牛豊」

はっきり言って「うまい!」 内環状線沿いの朝日2丁目に,JA全農福島畜産部による直営の焼肉店「牛豊(ぎゅうほう)」が昨年(2005年)8月にオープンした.福島県産の黒毛和牛を出すところなど本物志向の旨さが評判を呼んでいる.「地産地消」をモットーに,店内で出される肉は全て福島県産の「福島牛」「あぶくま煌牛」「麓山高原豚」などを提供しており,肉に限らず野菜も福島県産を使用しているというこだわりよう.さすがは「JA全農福島」の成せる技といったところである.値段が高いといった評判も聞く.しかしメニュー単品を見ていると高く感じるが,焼肉の盛り合わせ(2~3人前)+ライスセット(スープ付き)+サラダバー+ワンドリンクを注文すれば,1人当たり約3,000円程度で済む.肉はジューシーで,肉厚が厚くて,とろけるような舌触り(リブロース・豚ロース)と,これだけおいしい肉を食べたのは久しぶりであった.福島牛の質を求める焼肉を楽しみたいのなら「牛豊」は是非お奨めである.サーロインステーキ250gで5,500円など高いメニューもあるが,郡山ビューホテルアネックス・レストラン「海山」の鉄板焼き牛肉ディナーセットでさえ1万円以上はするので,それと比較したら安いのかも知れない.地産地消に目をつけたところが素晴らしい.

(このページは2006~07年に掲載したものです)

秋葉原クロスフィールド【東京考察#209】

Akihabara Cross Field


秋葉原UDXの建物

 


 かつての神田青果市場(大田市場の完成によって移転)の跡地は,しばらくの間,だだっぴろい駐車場と広場となっていた.電気街の秋葉原に隣接するこの敷地に,これまで培われてきたIT産業等の集積を活かして,秋葉原には存在していなかった学術的なことも含めた産学連携機能,コンベンションホールなどの集客機能,情報ネットワーク機能,オフィス機能などを集積し,IT産業の拠点を目指して行われた再開発が「秋葉原クロスフィールド」である.2006年3月9日にグランドオープンした.
秋葉原クロスフィールドには,「秋葉原ダイビル」と「秋葉原UDX」の2つの高層ビルからなり,オフィスやコンベンションホール,飲食店街などが入っている.また,UDXの地下には秋葉原では最大級の約800台が収容できる24時間駐車場もオープンし,秋葉原らしくおさいふ携帯やETCシステムを使ったチケットレス,QRコードで駐車位置が確認できたりするシステムが導入されている.
パソコンの街に,新たな風を吹かせる再開発として注目されている.

秋葉原駅前からはエスカレーターと歩道橋で結ばれている
 
エスカレータを上がると,左手にダイビル,正面にUDXの建物が現れる
(左:ダイビル 右:UDX)

UDX2階の柱にあるLED?広告
面白いのは天井部分にも広告が流れているところ

AKIBA INFO.
無料で入ることができ,秋葉原の歴史などがパネルで展示されている

AKIBA_SQUARE (アキバ_スクエアー)
展示スペースとして利用できる.
施設名にアンダーバー_が入っているところが面白い

AKIBA_SQUARE で行われていたマレーシアフェア
 
レストラン街「ICHI」
「ICHI」とは青果市場のあったことから由来している
秋葉原にこういったレストラン街はなかった.

エスカレータ前にあった情報掲示板
DVD売れ筋ランキングが効果音とともに流れていた.
効果音があるところが,いかにもIT拠点的なインフォメーション.

UDX4階にある「東京アニメセンター」
日本アニメの最新情報を国内外に向けて配信する一大拠点だとか
IT関連施設だけではなく,ちゃんとアニメ関係も入っているところがすごい

1階にはスーパーマーケットも入っている
都心らしく店内は狭くて商品陳列の密度が高い

山手線・京浜東北線のホームから見たクロスフィールド
ホームからよく見える.

湖南港_Konan Port[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

湖南港は,猪苗代湖の南岸に位置しており,翁島港と同様に江戸時代より塩・魚・米などの運送用として利用されてきたが,現在は主に観光港として利用されている.
この港は福島県の地方港湾として存在しているので,翁島港とともに管理は福島県で行っている.

【昭和39~40年度】
桟橋・物置場の整備,観光遊覧船の発着場として利用
【昭和63~平成元年度】
観光船の大型化による水深不足に対処するため,既設桟橋の先端に延長40mの桟橋を整備
【平成2~4年度】
プレジャーボート用の浮桟橋102mを既設桟橋の両端に整備

翁島港_Okinajima Port[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

翁島港は,猪苗代湖の北岸に位置し,湖上遊覧船の発着場として,観光の拠点となっている.
江戸時代には湖南とを結ぶ湖上交通ルートがあり,塩や魚・米などが運ばれていた.現在の桟橋は,昭和62年度に架け替えにより整備されたものである.

磐梯観光船により運航されている観光船「はくちょう丸」.他に「かめ丸」もある.かつての記憶ではかなりユニークな案内をする船長が乗っていたが・・・.


観光船の乗れる長浜近くの翁島港から,国道49号線を少し会津若松寄りに走ったところに,翁島港マリーナがある.
このマリーナは福島県も出資している第三セクターが管理する公共施設であり,水上オートバイなどの利用ができる.保管ヤード・クレーン・給油所・クラブハウスなどが備わっており,水上スポーツの拠点となっている.

駐車場には,ボートを牽引するキャリアーをつけている車が多く止まっている.

マリーナレイク猪苗代のクラブハウス内.
「出港届け.必ず記入!」とコメントの入った加山雄三のサイン(日付入り)が置かれている.

天神浜_Tenjin Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

天神浜は,小平潟天満宮があることから名付けられた浜である.

小平潟天満宮は,学問の神様である菅原道真を祀る神社で,日本三大天満宮と言われていたほど,天神様として近隣の信仰を集めていたものであった.野口英世の父の実家が小平潟だったので,英世(清作)が小さいときにはよく参拝していたという.

学問の神様を祀ってあることから,合格祈願の絵馬が並んでいる.

浜はこぢんまりとした感じである.デートには最高か?

ちょっとした海の家(というよりは小さな売店)もある.夏場のみ営業.

天神浜には,民営のオートキャンプ場も併設されている.

磐梯山が見えるときはこんな風景になる.

もう1枚,磐梯山と猪苗代湖


◆角川日本地名大事典より◆
小平潟ともいう.耶麻郡猪苗代町,猪苗代湖の長瀬川河口北岸にある湖岸.磐梯朝日国立公園のうち.長瀬川の河口にできた突出三角州の湖浜で火山岩類の細砂礫より成る.湖岸より2~3kmまで水深2.5mの遠浅が続くため水泳の好適地.猪苗代八景の1つに数えられており,シーズン中には広大な松林の中にキャンプ村やバンガロー村が開かれにぎわう.近くに菅原道真を祀る小平潟天満宮があり,境内には室町期の連歌師猪苗代兼載の句碑がある.

長瀬川_Nagase River[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

長瀬川は,猪苗代湖に流入してくる唯一の河川で,酸性度の高い水質となっている.猪苗代湖が酸性湖であるのもこのためである.
長瀬川は裏磐梯の檜原湖から流れてくるが,裏磐梯から流れてくるときは中性の水質である.途中で安達太良山系から流れて合流する酸川(すかわ)が硫酸酸性の強い水質(Ph.3程度)なため,猪苗代湖に注ぐときには強い酸性となっている.

強い酸性のため,河床の石の色が赤茶色になっている.

長瀬川で水遊びなどをして,白いTシャツなどに水がつくと,すぐに水のついた部分が赤茶色に変色してしまう.そのくらい酸性度が高い.

白鳥浜_Hakucho Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

冬になると白鳥が訪れる白鳥浜.荒涼とした景観がなんとも美しい.雪の降る冬に訪れてみたい浜である.

白鳥浜を店内から大きなガラス越しに見渡すことができる喫茶店コーヒーショップ「市松」.コーヒーもおいしいが,僕のお薦めはミルクティー.牛乳から入れる本格派ロイヤルミルクティーである.(現在は閉店してしまい,セブンイレブンとなっている)

湿原のような荒涼とした風景が魅力である.

ショップ[ぶらっと!王子1丁目#2]

★ショップ・お店

不二家

2000年頃撮影

ペコちゃんで有名な不二家.いまはなくなった.

パン屋「MEIJIDO」

2000年頃撮影

王子でもおいしいと評判のパン屋.人気のパンは即売れ切れ.特にできたてのフランスパンは人気だとか.2階には喫茶があって,朝のモーニングセットでは,パン屋のクロワッサンなどチョイスすることができる.値段も安くお勧めのモーニングセットである.日曜は休み.

パン屋「リトルマーメイド」

2000年頃撮影

サンスクエア前にあるパン屋.日曜日もやっているので,気軽に買うことができる.

スーパー「ほりぶん」

この派手な外観,東武ストアと並んで,王子の2大スーパーである.昔からこの外観であるので,近隣住民も気にしていない.買った物を入れるビニール袋も黄色の半透明な袋なので,黄色へのこだわりはすごい.ラジカセから聞こえてくる,ガラガラ声のアナウンスも特徴的.
しかし,残念なことに2013(平成25)年5月に閉店となった.あの黄色い袋も見られなくなった.
(厳密にいうと,所在地は王子2丁目である.)

三城潟_Sanjogata[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

三城潟は,猪苗代湖北岸にある集落名でもあり,野口英世の生まれた地でもある.野口英世記念館は,すぐ裏手の国道49号線沿いにあり,世界のガラス館とあわせて多くの観光客が訪れている.
猪苗代湖岸の三城潟は,浜が整備されているわけでもなく,アシが茫々と生い茂るところである.サイクリングロードが整備されている.

猪苗代湖をきれいに保つための活動として,猪苗代自然を守る会などの人々によって,栄養塩類(リンや窒素)を吸収するアサザという植物を湖岸に植える活動を行っている.

ヨシが茫洋と広がる荒涼とした感じがいい

ヨシだらけ

ヨシの島?

サイクリングロードが整備されている

長浜_Naga Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

 長浜は,志田浜に次いで観光客には馴染みのある浜である.国道49号沿いに位置し,夏にははくちょう丸やかめ丸の猪苗代湖観光船が発着し,冬になると白鳥が飛来する.

駐車場に車を止めて,ぶらっと浜を散策することが出来る.穏やかな猪苗代湖である.

これが噂のはくちょう丸.隣りにある翁島港の桟橋から発着する.磐梯観光船により4~10月に運航され,大人1000円で35分の翁島めぐりコースを楽しむことが出来る.むかし乗ったときの記憶では,船長の案内がとてもユニーク?(というか,会津のずーずー弁でただがなり声をあげているだけのすごいもの)であったが,今もそうなのかは不明である.一度おためしあれ.

無料駐車場.国道49号線のすぐ脇にある.公衆トイレはあるが,みやげ物屋はないので,おみやげを買うには志田浜がよい.

猪苗代湖は,琵琶湖,霞ヶ浦,サロマ湖に次ぐ,日本第4位の面積を誇る湖である.また,猪苗代湖に流れてくる川は,酸が強いため,酸性湖となっており,そのためプランクトン等が繁殖しにくく,透明度の高い湖でもある.
国道49号(この番号を見ると「49なんて」といつも思う)沿いから湖を眺めることができるが,中でも長浜は,冬になると白鳥が飛来して観光客でにぎわう湖畔である.
一番右の大きな白鳥は「遊覧船」で,翁島周辺をぐるりと35分で遊覧します.船長さんの「がなり声」が響きわたるすごい遊覧船だったが,今はどうなのか・・・?

白鳥とマガモ 冬の動画

小石ヶ浜_Koishiga Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

 小石ヶ浜は,会津レクレーション公園の近くに位置しているが,小さな看板がでているところを曲がって砂利道を走っていくと浜が広がる小さな浜である.車で浜まで乗り入れられるが,キャンプを行う場合はお金を払う必要がる.

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小石ヶ浜には大きな石が「どかん」と浜に存在している.「小石」というよりは「大石」である.

浜まで車が乗り入れている.

キャンプ場利用料金が書かれた看板.

県道からはこの看板のところを入っていく.ちょっとわかりづらい.

中田浜_Nakada Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

中田浜は,会津若松市に存在し,湖水浴場と併せてレジャーボートを係留する中田浜マリーナがあり,そこではライセンススクールなども開催している.

中田浜.「なかだ」と読む.

それぞれの浜によって,広がる山の形,風景がちょっとづつ変わっていくのも楽しい.

レジャーボートやヨットが係留されている.中田浜は湾になっているので係留しやすい地形なのだろう.

崎川浜_Sakka Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

崎川浜と書いて「さっかはま」と呼ぶ.川崎浜と間違えてしまいそう.湖西側の浜は会津若松市に存在している.

シーズンになると狭い道路沿いに車がズラズラと駐車する.駐車場は有料駐車場なので,どうしても路上駐車が多くなる.(郡山市側は無料が多い)

おだやかな湖水浴場が続く

郡山市側の浜に比べると看板やトイレ・駐車場などの施設整備がちょっと少ない感じ.

秋山浜_Akiyama Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

秋山浜は,県道を奥に進んでいったところにあり,湖南の浜の中ではもっとも奥にある穴場的な浜である.

穏やかな湖岸線である

お盆中だったので,家族連れの湖水客で賑わっている.監視台も備えられている.

犬も湖水浴(黒い犬が見えますか?)

青松浜_Seisyo Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

青松浜は,湖南に位置し舟津浜の西側に位置する浜である.県道を突き進むと行き止まりにこの浜がある.猪苗代湖の背景に磐梯山がそびえ立ち,冬になるとハクチョウやアヒルが多く見られる浜である.

テントを張る人も多い

うっすらと霞の中に「磐梯山」が見えるのがわかりますか?

駐車場

松の植わる木陰もある

湖南には湖岸沿いを走る県道がある

穏やかなビオトープ(湿地帯)のような湖岸(鬼沼)もあり,湖南ではまた違った猪苗代湖を見ることができる.

舟津浜_Funatsu Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

舟津浜は,舟津とよばれる集落に位置する湖南の浜で,地名は猪苗代湖上交通の船着き場があったことに由来するという.かつては,長浜などの北岸と湖南地方とを結ぶ湖上交通が盛んだったことが伺える.

舟津浜の炊事場.キャンプやバーベキューをするにはいい.大勢の若者などで賑わっていた.

水道施設はこんな感じ.

湖水浴は波が穏やか(というか,ほとんど波がない)で,しょっぱくないので,からだがべとべとすることもなく,気軽に水浴びを楽しむことができる.

岸辺のテント.

駐車場も広い.無料である.

舘浜_Tate Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

舘浜は,湖南地方の浜では,もっとも賑やかで大きく,湖水浴シーズンになると消防本部も置かれている浜である.仮設のステージを作って,イベントが行われたりする.どちらかというと,キャンプというよりは湖水浴向きの浜である.

浜辺.砂浜も広い.

仮設ステージを作って,イベントを行ったりもできる.

イベント時は出店も並ぶ

キャンプ.松林の下で,なんとも楽しそう.

砂を掘って湖水浴.

シーズン中になると,郡山市観光協会などにより湖水浴安全対策本部も設置される.

横沢浜_Yokozawa Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

 

横沢浜から舟津浜にかけては,キャンプ場や駐車場も整備されている浜で,郡山市民などのレクレーションの場として,利用されている.いかにも観光地といったような俗化はされておらず,家族や友人同士でキャンプをするにはもってこいの場所である.

郡山市に位置する浜では,このような遊泳区域を示す看板が立てられている.

横沢浜は,舟津浜や舘浜に比べるとキャンプ場の規模は小さく,それほど混んでいなくひっそりとした感じだった.

かまど

テントを張ってキャンプ.

岸辺はこんな感じ

夏休みだったので,子供連れが多かった.

公衆トイレも整備されている

浜路浜_Hamaji Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

浜路浜から秋山浜にかけては湖南地方と呼ばれ,郡山市に属する.猪苗代湖を前にして磐梯山が綺麗に見れるのも,湖南の浜の特徴である.

防風林(防雪林?)が背後に続く浜.湖南の横沢浜・舘浜・舟津浜まで,ずっと湖岸線が続いている.浜の名前は,流入する小さな河川があると,そこで区切られている.

小石の多い浜である.

上戸浜_Joko Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

上戸浜は,国道49号を郡山方面から走ってくると,一番最初に猪苗代湖と出会える地点にある浜である.

国道49号沿いにある駐車場から眺めた風景.川桁山地の山々が続く.手前の花壇には,美しい花々を見ることが出来る.

県道沿いの浜は,湖水浴が楽しめる.

楽しい思い出の湖水浴.

安積疎水の取り入れ口である「上戸水門」が上戸浜のとなり(会津若松寄り)にある.

志田浜_Shida Beach[猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介]

志田浜は猪苗代湖の中で最も賑わいのある浜であり,大型観光施設が浜に隣接して建ち並んでいる.国道49号線沿いで大型駐車場も完備されているので,ちょっと立ち寄って猪苗代湖を眺めるのにはとてもよい.

ボートも乗れる志田浜.昔は花火大会も行われていたが,渋滞による緊急車両への影響が出るとのことで,もう20年以上も前だが中止された.高速道路も開通したことだし,なんとか復活してもらいたいものである.

みやげ物屋や店舗が多くある.

天気がよければ,この方角に磐梯山が望める.足こぎボートにも乗ることができる.

国道49号線沿いに立つ「自由の女神」ならぬ,「栄光の女神」! JR磐越西線の臨時の猪苗代湖畔駅前である.

夏の期間のみ,電車が臨時で停車する.
志田浜は国道49号を横断してすぐ目の前にあるが,JR線の車窓からは猪苗代湖はほとんど見ることができない.


◆角川日本地名大事典より◆
耶麻郡猪苗代町上戸の北,小坂山山麓にある猪苗代湖湖岸.磐梯朝日国立公園のうち.すぐ背後に小坂山が迫る浜で,天神浜ほど遠浅ではない.ここより見る緩やかな松林の湖岸線の後ろにそびえる磐梯山は最高に美しい.年中にぎわいをみせるが,夏季は特に水泳やキャンプでにぎわう.

猪苗代湖!ぐるっと一周・浜紹介

志田浜 上戸浜 浜路浜 横沢浜 舘浜
舟津浜 青松浜 秋山浜 青松ヶ浜 崎川浜
中田浜 小石ヶ浜 長浜 蟹沢浜 三城潟
白鳥浜 天神浜
安積疎水
上戸水門
十六橋水門 長瀬川 翁島港 湖南港

猪苗代湖は福島県のほぼ中央に位置し,琵琶湖・霞ヶ浦・サhttps://f-banchan.net/lake_inawashiro_okinajimaport/ロマ湖に次ぐ日本第4位の大きさを誇る大きな湖である.南北約13km,東西約11kmの楕円形の湖盆をなしており,標高は514m,最大水深は約94m,1周は55.3kmである.猪苗代湖の水質(COD)は日本一を達成してたこともあり,酸性の綺麗な湖を誇っている.


◆角川日本地名大事典より◆
耶麻郡猪苗代町・会津若松市・郡山市の境界にあり,わが国第4位の面積をもつ湖.磐梯朝日国立公園のうち.南北14.2km・東西最大9.8kmの卵形の輪郭をもち,水面高度514m,最大深度94.6m・平均深度51.5m,透明度14.5m,湖岸長49km,面積103.9km2である.
湖盆の形をみると湖岸部は緩やかな傾斜をもつ湖棚状を呈し,特に長瀬川~長浜間では深さ2.5m・幅2~3kmの浅い湖棚が続き,湖の中央は,それより急に深くなっているが,水深80m以深は平坦な湖底平原状になっている.湖底から縄文時代の石錘などがみつかっている.
湖の成因は,この湖水の広がる猪苗代盆地の形成過程と深くかかわっており,第四紀の初めの頃,東縁を南北に走る川桁断層の活動による断層角盆地の生成にはじまり,最新世(洪積世)末頃の翁島泥流の堆積,排水口の堰止めと湖水位の上昇(湖面の拡大),排水河川日橋川の下方浸食による湖水位の現高度への低下(現湖水域への縮小)という形成史が明らかにされている.このような地形発達の道筋を証拠づけるものとしては,猪苗代湖の等深線の形状から推定される湖底地形,湖面の急速な上昇を物語る枕水湖岸線と長瀬川三角州の成長,旧高湖面下につくられた湖岸段丘面や湿地などがあげられる.
流入河川として長瀬川が最大で,湖水がpH4~5の弱酸性を示すのは,この河川水のためであり,魚種は少ない.排水口は北西隅の戸ノ口にあり,日橋川となって西流する.
湖水は東部で安積疎水が取水し,郡山盆地の灌漑・発電・工業用水・飲料水に,西部では会津若松市の飲料水・灌漑水・水力発電等に幅広く利用されている.夏は水泳に,冬はハクチョウの飛来する湖として会津の観光地の1つになっている.湖の北西端に唯一の島,翁島がある.

小石川植物園(白山)【東京考察#208】

Koishikawa Botanical Garden


入口


 都心にこれほどまでの「森」があったとは驚きである.
小石川植物園は,「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」というのが正式名称で,東大の付属機関なのである.もとは五代将軍の徳川綱吉の別邸だったところを,江戸幕府が小石川御薬園として薬になる植物を育てるようになったのがはじまりで,明治に入ってから東京帝国大学の付属施設となって植物学研究所として一般に公開されるようになったものである.日本最古の植物園であり,面積約16万m2,東京都指定の旧跡となっている.園内は,都内のコンクリートジャングルからは想像も出来ないほどの大きな樹木や木々の茂みがあって,また普段あまり見ることのできない植物が見られることから,さながら本物の植物図鑑を観察しているようである.都会の喧噪がいやになって緑が見たくなったときには,とても心が落ち着く場所である.

入場券(330円)は入口向かいの
昔ながらの「タバコ屋」で買うところが面白い.

園内はかなり広い.入口は一カ所(白山2丁目)しかない.
 
ソテツも見られる(左).
植物にはプレートで名前が記載されているので分かりやすい.

「ただの草」に見えてしまうが,当然ながら1つ1つに名前がある.

木漏れ日の中を・・・
 
日本庭園があって,そこから背後に広がる樹林の迫力は圧巻である.
 
日本庭園の隣りにある「東京大学総合研究博物館小石川分館」
旧東京医学校本館で1876年完成の建物であり,国の重要文化財に指定されている.
当初は東大構内にあったが,1969年に移築再建されたもの.
一般公開されているので中に入ることが出来るが,
一旦,出口専用の門から植物園の外に出てからでないと入れない.
(一度,外に出てしまうと,外の道路で入口まで戻らなければ再び入れない)
 
都心とは思えない

「精子発見六十周年記念」 イチョウの話である

温室もあるが,温室の一般公開は限られている.
原則毎週火・水曜の午後1~3時までのみ(祝日は入れない)
 
休み処(売店)もあって,ソフトクリームが食べられる
 
「分類標本園」
植物の多様性が理解しやすいようにと,
東アジアの高等植物約500種をズラズラと
分類体系に従って配列(植栽)しているもの
なかなか面白い.学術的な展示である.

「薬園保存園」
こちらは,御薬園時代の薬用植物約120種を栽培している
地下鉄の駅からはちょっと離れているので,
都バス上60系統 大塚駅-上野公園 白山2丁目下車が便利である

 

ハッピーロード尾山台【東京考察#207】

Happy load Oyamadai


環八側からみた商店街


 二子玉川と自由が丘の街に挟まれて,東急文化の香りが漂うこじんまりとした上品な商店街が「ハッピーロード尾山台」である.尾山台商栄会商店街という名称が組合の正式名称となっている.東急大井町線の尾山台駅から環状八号線にかけて,緩やかな坂が一直線に続く商店街で,平成元(1989)年に現在のような石畳のブロックが敷かれた道路となった.この石畳ブロック,特に車道の石畳は敷設当時はハイヒールの「かかと」が挟まって女性にとっては歩きにくいとの評判が多かった.でも,その後も取り壊されることはなかったので,今では商店街に溶け込んでいる.まるで,ヨーロッパの中世の都市のようだ.
これと言って特徴があるわけではないが,周辺は芸能人や著名人が多く住む等々力・尾山台の高級な住宅街であることもあり,下町の雑多な商店街というよりは,上品な雰囲気が漂う落ち着いた商店街となっている.落ち着きのあるちょっと高級な,でも生活感のある雰囲気を,まったりと味わいたいのなら一度歩いてみることをお奨めする.隣の等々力駅の近くには「等々力渓谷」などもあるので,その帰りにでも寄ってみるのも良い.自由が丘や二子玉川からも電車で数駅で近い.尾山台駅から商店街を抜け環八を越えてまっすぐ行くと,東急グループ五島育英会の私立東京都市大学(旧武蔵工業大学)があり,さらにまっすぐ行くと多摩川土手となって,川の向こう側は神奈川県川崎市となる.
ちなみに,商店街の駅を背にして道路右側は「等々力1・2丁目」,道路左側が「尾山台2・3丁目」となっている.午後4時から6時までは歩行者天国となる.

尾山台駅
踏切があって,改札がそれぞれのホームの端にある
いかにも私鉄の小さな駅といった感じである

駅側から見たハッピーロード尾山台
 
歩道

車道はこんな感じ

オシャレな店構えが多い中,
このような昔ながらの豆腐店もある

中華料理「娘娘」
呼び方は「ニャンニャン」
大学の通学路となっているので,ラーメン店も多い

喧噪から離れて,品のある独特な雰囲気である

ナチュラルローソンもある
美容と健康をサポートする品揃えのローソンだとか
自然派志向の商品が並べられている
この店の商品は,全て店内左の机で食べることが出来る

やっぱり,「オーボンヴュータン」は外せない
フランス菓子の店 非常に有名である
ケーキは店内カウンターで食べることもできる
 
というわけでケーキを食べてきた
コーヒーはエスプレッソで,ミルクはついてこない
ケーキにナイフとフォークがついてきた!(右)
とにかく味の融和が素晴らしいケーキである

乙女ロード(東池袋)【東京考察#206】

The Otome load


マンションの1階などにテナントとして入る
アニメ・同人誌ショップ


 最近なにかと話題になる「乙女ロード」であり,東京を紹介するガイドブックにも紹介されるようになっている場所である.しかし,初めてここにやってくると,「えっ,いったい何処が乙女ロードなの?」と気づかないことが多い.「ここが乙女ロードだ!」といった存在感がないのである.でも,こっそりと,そして脈々と存在しているところが,この乙女ロードを象徴しているように感じる.
「乙女ロード」と呼ばれるところには,主に女性向けアニメや同人系ショップが数軒建ち並んでおり,休日になるとアニメや同人誌を求めて,女性のみならず男性も訪れる地区である.サンシャイン60の西側にあり,トヨタのアムラックス展示場の隣りにある.秋葉原や中野ブロードウエイと並び,現代のオタク文化を感じることのできる場所である.

狭い路地裏といった感じではなく,
広い道路沿いの開放的な空間である.
 
アニメショップや同人誌ショップが建ち並んでいる
 
こちらはビル丸ごとアニメショップとなっている
各フロアー毎に「青年系」「少女系」「少年系」「キャラクター」などと分野が違っている

明治生命館【東京考察#205】

The Meiji Life Insurance Co. building


背後に「丸の内マイプラザ」が建った
明治生命館


 明治生命館は,1934(昭和9)年に完成した洋風建築物である.昭和に建てられた建物としては初めて1997(平成9)年に国の重要文化財に指定されている.主なデザインは古典主義様式でまとめられており,圧巻なのは5階までを貫いているコリント式の柱が建ち並んでいる外観である.戦時中は館内の金属の多くが供出され,戦後はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による接収が行われ,1956(昭和31)年にアメリカ軍から返還されるまで,対日理事会が現存する会議室で行われていた.(参考までに,マッカーサーがGHQ本部を置いたのはここではなく,近くの第一生命館である) その後,2001(平成13)年からのリニューアル工事によって,隣接する30階建ての明治安田生命ビルの完成(2004年)とあわせて「丸の内マイプラザ」として一体的な開発が行われ,古き良き建物を可能な限り忠実に残して「明治生命館」は残り続けている.
ちなみに,明治生命は明治以降の丸の内地区の開発を行ってきた旧三菱財閥グループであるが,2004年1月に旧安田財閥グループの安田生命と合併し,明治安田生命保険相互会社となっている.しかし,この建物の名称は「明治安田生命館」とせず,「明治生命館」としているところに,三菱グループの譲れない心の魂みたいなものを感じる.
この明治生命館は,土曜日と日曜日の11時から17時まで,入場無料で一般公開されている.

コリント式列柱の建ち並ぶ外観
目の前に国道1号・日比谷通りが走る
写真の裏手には皇居のお堀がある
 
重厚のある外観である.
ランタン型の照明器具も渋い

入口の文字が「館命生治明」となっている

土日のみ,見学コースが設けられて会議室などに入ることができる.
入場無料.
 
「エレベータで2階へ」との警備員さんの指示により受付のある2階へと向かった.
エレベータは東洋オーチス(現日本オーチス)社製のクラシックなもの
1階ホールにあるシグナルコントロール盤は貴重な操作盤だとか.
つまり1階の操作盤で呼ボタンに応じて3台の籠を運転管理していた.

受付でバッチをもらって見学者ルートへ
電球の明かりが,ほんのりと暖かい感じである
 
2階から1階までは吹き抜けとなっており,
1階は明治安田生命の「丸の内お客様ご相談センター」となっている.
平日は,ここがお客様との相談窓口となる
大理石がふんだんに使用されている

GHQ接収時代に,米・英・中・ソの4カ国代表による
対日理事会が開催された会議室
最高司令官のマッカーサーもこの部屋で会議に参加した

応接室
 
食堂.右の写真は食事を運ぶ配膳用のリフトらしい.

1階は,お客様ご相談センターとなっている.

 
東京駅丸の内口近く(三菱ビル)から無料巡回バスでくることもできる
丸の内マイプラザで下車.バスは15分間隔.
日の丸自動車興業㈱で運行

戸山公園(箱根山地区)【東京考察#204】

Toyama park (Hakoneyama area)


戸山公園の散策路


 戸山公園は,昭和29年に開園した面積約18万m2(両地区合計)の都立公園であり,明治通りを挟んで大久保地区と箱根山地区に分けられている.箱根山地区は,山手線内で最も標高の高い「箱根山」(標高44.6m)があり,ちょっとした登山(というほどの標高ではないが)を味わうことができる.江戸時代に尾張藩の徳川光友が東海道五十三次に似せてつくったという池泉回遊式の戸山荘庭園があり,その中心にあった築山が現在の箱根山となっているのである.
また,箱根山の麓は明治6年から終戦まで陸軍兵学校や軍医学校などの軍施設があったことでも有名で,戸山といえば陸軍というイメージを持つ年配の方も多い.その陸軍施設のひとつである「旧陸軍軍医学校防疫研究室」も設置されていた(現在は国立感染症研究所となっている)が,ここでは細菌兵器を造るための人体実験を行っていたらしく,1989年には頭と腰の人骨だけが不自然な形で約100体ほど発見され,過去の凄惨な歴史を感じる場所でもある.そんなことからなのか,心霊スポットとしても話題の多い公園である.
戸山公園へは,都バスだと池86系統の池袋駅東口-新宿追分-渋谷駅に乗車して大久保通り停留所で下車,地下鉄では都営大江戸線東新宿駅または東西線早稲田駅で下車が便利である.

公園そのものは不思議な形をしている
公園の周りは都営戸山ハイツアパートに囲まれている
つまり,戸山ハイツに囲まれたグルーピングの中に公園がある感じ
 
公園のようす.右の写真はいきいき広場

近くの早稲田大学の空手部は,
公園のスペースを使って練習「気合い!」を入れている

花を育てる「花の広場」

スポーツ広場ではキャッチボールなどをしている

せせらぎもある

「箱根山-陸軍戸山學校址」と刻まれている
 
箱根山頂上への登山口
といってもすぐに頂上となる

頂上からの景色
夏は葉が生い茂り,遠くは何も見えない

戸山教会の下階に残っている遺跡.
周囲には説明の看板など全く立っておらず,
樹木の茂みの中にひっそりと佇む様子はかえって不気味なのであるが,
これは,終戦まで使われていた陸軍戸山学校将校の集会所だったと伝えられている.
公のガイドブックなどではほとんど紹介されていない遺跡である.
 
周囲は都営戸山ハイツアパートで囲まれている
もともと「戸山ハイツ」と言えば,米軍の兵舎払い下げ資材で昭和24(1949)年に建てられた
約1000戸の都営木造アパートのことで団地開発の元祖ともいわれた.
今の都営アパートは昭和45年から鉄筋コンクリート造りに建て替えられたものである.

都心の団地商店街でもシャッター化が進んでいる

思い出横丁・やきとり横丁(新宿西口)【東京考察#203】

The remembrance alley and the grilled chicken alley (Shinjuku West)


思い出横丁入口


 新宿駅西口と青梅街道との間にJR線路際に広がる闇市的な雰囲気の飲食街が「思い出横丁」と「やきとり横丁」である.新宿西口商店街となっており約80店舗で構成されている.新宿ゴールデン街と雰囲気は似ているが,こちらの方はバーやスナック街というよりは,カウンターで定食などの定食とやきとりとビールでちょっと1杯といった感じの店が連なっている.新宿ゴールデン街といい,思い出横丁といい,戦後の新宿マーケットの闇市を彷彿させる雰囲気が十分残っている貴重な空間でもある.
いまだに再開発されなかったのは,この雰囲気の場所で営業を続けたいという店主の強い思いがあり,なかなかまとまらなかったという経緯がある.しかし,平成11年の火災をきっかけとして,店主たちの意見が賛成へと傾いていき,再開発ビルの準備組合の設立となり,この雰囲気を残した新たな計画が進められている.

狭い路地にはやきとりのにおいが漂っている
定食などを食べられる店もある

食堂では懐かしの味が味わえる
 
なんかビールが飲みたくなってきた!

トイレは共同のようで,
迷路のような路地を歩いてたどり着くことができる
 
やきとり横丁は,思い出横丁の隣りにあって
JR線路に沿って建ち並んでいる.
東口のアルタ前とつなぐ地下歩道ガード下への入口がある.

青梅街道の新大ガード西交差点にある入口
決して入りづらい雰囲気ではない

日が暮れるとこんな感じ

西口から出て青梅街道に歩いていくと
アーケードに案内看板が出ている.

昼の新宿ゴールデン街【東京考察#202】

Shinjuku Golden town at noon


新宿ゴールデン街


 戦後マーケットの露天街の雰囲気がそのまま残る飲屋街が新宿ゴールデン街である.新宿区役所と花園神社に挟まれた区域に存在している.昭和24年に,屋台による飲み屋街の移転命令を受けて現在の歌舞伎町1丁目に移ってきたのが始まりで,昭和33年の売春禁止法が制定されるまでは「青線」地帯として賑わっていた.その後,青線の廃止によって飲み屋やバーの連なる地域として再出発していき,昭和40年頃にゴールデン街という名称が生まれたという.全盛期には200軒程度あった店だが,今は150軒程度になっている.
一般的に新宿ゴールデン街と呼ばれている地域は,南側の新宿ゴールデン街商業組合による「新宿ゴールデン街」と,北側の新宿三光商店街振興組合による「花園街」から成り立っている.串刺しに6本の細い道路が走っており,4店程度が1つの建物となる長屋がびっしりと建ち並んでいる.かつては,やくざや暴力団が支配する怖い街・常連さんだけの飲屋街などといったイメージがあったが,最近は若い人が店を経営しているところもあり,世代交代も進んでいることもあって,少しずつ活気を取り戻している.作家や文化人と称する人々が常連として,議論を深めた場所でもある.
夜になると賑わうであろうこの地区の,まだ喧噪前の昼の様子をお届けする.

マップ.小さな店が軒を連ねている.
北側(青色色)が花園街.南側(赤色系)が新宿ゴールデン街.

こちらは花園街.見た目にはどちらも同じ雰囲気.
ただ,花園街の方が,長屋建物の長さが長く,
8店程度が1つの棟となっている.

東京でこのような狭い路地を見られる地域は
少なくなってきた.防災上は問題なんだろうが・・・.
 
これは,集中管理?している「火災受信所」
各店からの火災報知を一括して知らせるシステムらしい.

花園街の北端より撮影
隣りには,バブル期の地上げによって駐車場と化した空き地が広がる
 
靖国通りの交差点からは「四季の路」の遊歩道が整備されている.
ここはかつて都電の線路が走っていたところ.
昔は店の裏側で都電の走りゆく音が聞こえたのだろう.
ゴールデン街へはここから入っていくと行きやすい.

長屋と長屋の間にある路地
すれ違うのがやっとの幅である.

 

東京ドームシティ(後楽園)【東京考察#201】

Tokyo Dome city


JR水道橋駅から通じる入口


 東京ドームを中心として㈱東京ドームが運営する一連の施設を東京ドームシティと呼んでいる.平成12(2000)年よりこのような名称に変更し,ホテルなどの開業によって今までの後楽園のイメージを一新している.東京ドームをはじめ,かつての後楽園ゆうえんちだった「東京ドームシティアトラクションズ」,東京ドームホテル,フィットネスクラブや天然温泉のある「ラクーア」,昔からおなじみのJRA・WINS(場外馬券場)・ボーリング場のある黄色いビル,ボクシングやプロレス・笑点が収録されている後楽園ホールのある青いビルなどが,JR水道橋駅前に広がっている.
かつて後楽園球場(ドームが完成する前の球場)があったとき,旧後楽園ゆうえんちの傘が開いてゴンドラが落下する乗り物・パラシュートにのると,ちょっとの時間であるが巨人戦の球場のグラウンドを外から見ることができて,子供ごころに嬉しく思った想い出がある.当時は,松本・篠塚・原・クロマティ・中畑・吉村・・・といったメンバーだった(懐かしい).

2000(平成12)年にオープンした東京ドームホテル

旧後楽園ゆうえんちのアトラクションズ

都心の遊園地なので狭隘な空間に
スリルあるマシンが設置してある
 
後楽園といえば「WINS」である
 
黄色いビルは,そのまんま「黄」色に塗られたビルである
 
東京ドームはメインの施設である

ベースボールショップを見ると球場に来たなと思う
メガホンと背番号シール(黒と白がある,これを重ねて貼ると
影が出来てかっこよかった)をよく買ったっけ!
後楽園球場時代は紙吹雪もOKで,
新聞紙を切り刻んで持っていき,
ホームランが出るたびに周りの人に配って大はしゃぎしていた.

東京ドームホテルと「パラシュート」