![]() 芝にも東照宮がある |
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| 記念すべき東京考察No.200号は,今の東京の基礎を江戸文化で築いた徳川家康を祀った神社となった. 東照宮とは徳川家康を祀った神社のことである.ここ芝の東照宮は,もともと増上寺内の安国殿にあったが明治初期の神仏分離によって現在の場所に移ったものである.現社殿は戦災で焼失したのちの昭和44年に再建されたものである.東照宮創建時に徳川3代将軍家光が植えたという「手植え」の大きなイチョウが社殿の右側に存在している(写真なし). |
![]() 社殿 |
![]() 日本文化である |
![]() 芝にも東照宮がある |
![]() |
| 記念すべき東京考察No.200号は,今の東京の基礎を江戸文化で築いた徳川家康を祀った神社となった. 東照宮とは徳川家康を祀った神社のことである.ここ芝の東照宮は,もともと増上寺内の安国殿にあったが明治初期の神仏分離によって現在の場所に移ったものである.現社殿は戦災で焼失したのちの昭和44年に再建されたものである.東照宮創建時に徳川3代将軍家光が植えたという「手植え」の大きなイチョウが社殿の右側に存在している(写真なし). |
![]() 社殿 |
![]() 日本文化である |
![]() 芝公園(南側) |
![]() |
| 芝公園の案内図を見てみると,不思議な形のした公園であることがわかる.もともとは,中心にある増上寺も含めた区域が芝公園であったが,戦後の政教分離政策によって境内の部分が除かれて,現在のような環状の公園になったのである.日本で最も古い公園のひとつで,明治6年に開園し,ケヤキやイチョウなどの大木が見られる.施設としては野球場とテニスコートもあるが,明治35年に備えられたものであり,東京における公園に運動施設を設けるといったことの始まりだという. また,園内には芝丸山古墳もあり,都内最大級の規模をもつ前方後円墳である. なお,お送りする写真は古墳のある南側部分のみの撮影とした.気温が35度近くあり暑すぎて回りきれなかった! |
![]() 芝公園の案内図 増上寺を囲むようにして緑色の公園が配されている |
![]() ちょっとした庭風なところもある |
![]() 古墳に抜ける山道 木陰にはいると涼しくなる |
![]() 都心で緑の中を歩くとほっとする |
![]() 円山稲荷大明神 増上寺が移ってきたときに本尊を守護するために 桑名から江戸までお供されたいわれによる |
![]() 芝丸山古墳 ぱっと見ただけでは「ただの山」である 原形はかなり削られてしまっており, 5世紀前半の築造といわれている 遺体や副葬品なども不明.南武蔵の統一的な首長の墳墓とされている |
![]() 急な石段で登っていくことができる ちょっとした都心のハイキング |
![]() 上は広場になっている |
![]() いろいろな撮影が行われるためか 営利目的に映像を無断で撮影することを禁止する看板が立っている 恐らく公序不良ビデオを撮影するのを禁止しているのだろうと思われるが・・・ |
![]() 背景に東京タワーが写る増上寺 |
![]() |
| 増上寺は浄土宗の七大本山のひとつで,上野の寛永寺とともに徳川家康の菩提寺として有名であり,徳川将軍家の墓所もある.徳川家の霊廟は戦災時に焼失してしまい,現在の大本堂も1974(昭和49)年に整備されたものである.三門や黒門などは焼失をまのがれた施設である. 現在は芝公園にぐるりと囲まれるように増上寺が存在している.昔は増上寺も含めて芝公園と言っていたが,戦後の政教分離によって境内の部分が除かれて,今のような形態となった.東京タワーが近くにあることから,外国人観光客の姿もよく見かけることができる. |
![]() 芝大門 門の下には車が通っている |
![]() 三門 |
![]() 水盤舎 手などを洗うところ |
![]() ブッシュ槙 米国第41代ブッシュ大統領が副大統領の時(昭和57年), 来日した際に参詣し植樹したという木 |
![]() 大殿 中に入ることが出来る |
![]() 大梵鐘 徳川家綱の命により奥方のかんざしなどの寄付を集めて 江戸で初めてつくられた鐘だとか |
![]() 増上寺会館 寺務所 |
![]() 東京タワーはこんなに近い |
|
大殿の裏には,徳川将軍家墓所がある (扉があって中には入れない) |
Akasaka Japanese-style restaurant ” Kinryuu ” building
![]() 金龍の床の間 |
![]() |
![]() |
| 赤坂にあった料亭「金龍」は,政界や著名人によく使われた高級料亭である.おそらく一見さんはお断りの店であったであろう.時代の流れにより,派閥接待や料亭遊びが減少していったこともあり,ついにこの金龍も閉鎖を余儀なくされることになった.夜になると店の前にはVIP用の黒塗りの車とボディーガード兼警備員が物々しく集まっており,赤坂を代表する光景でもあった.閉鎖された金龍の建物は,日本の伝統的数寄屋建築の近代化に努め,近代数寄屋を開拓した建築家吉田五十八先生の息のかかった芸術的建築物であり,非常に価値ある建物なのであるが,取り壊しが決定されており,店主のお計らいによって最後に若手人気陶芸家の展覧会が開かれた.その展覧会の模様と一般人!?は入ることのできなかった料亭建物の内部を公開する. なお,閉店当時は建物を取り壊して一部を移転保存するとのことであったが,建物をそのまま活用し,料亭ではなくレストランパブ「赤坂金龍」として2009(平成21)年に再オープンすることとなった. |
| 【いただいたメールの内容】 当店記載有難うございます。日本の文化を継承していきたく頑張ってまいりましたが、この度金龍を閉店致しました。 しかし、日本の伝統的数寄屋建築の近代化に努め,近代数寄屋を開拓した建築家吉田五十八先生の息のかかった芸術的建築物を壊すには忍びなく、最後に芸大出身の前田正博先生 百田輝先生 川松弘美先生など若手人気陶芸陶芸家12名の展覧会を2006年6月23日より6月30日まで、金龍にて開催致したく考えております。 この機会に出来るだけ沢山の方々に近代陶芸の美と新興数奇屋の美をお楽しみ頂ければ、幸いと考えております。是非よろしくお願いいたします。 |
![]() 金龍の正面 |
![]() 入口 |
![]() 玄関部分 |
![]() 奥に続く廊下 |
![]() 1階奥の部屋 窓の外には日本庭園 |
![]() 同じく1階の部屋 |
![]() 男子便所 手を洗うところが珍しい |
![]() 時代を感じさせる電灯スイッチ |
![]() 窓の格子が横になったり縦になったりといった デザインが珍しいとか |
![]() 2階の奥の部屋 |
![]() 竹細工の椅子が置かれている |
![]() 居心地のいい空間である |
![]() 長嶋監督が1年で監督解任となったとき 監督とオーナーが会談した部屋だとか |
![]() 2階の大広間 |
![]() 陶芸家の紹介が障子のしきり扉?(なんて言うのか)に貼られている |
![]() サロンルーム |
![]() 階段を降りる |
Tokyo Metropolitan Kasai Rinkai Sea Life Park
![]() 葛西臨海公園内 |
![]() |
| 葛西臨海公園は,臨海部の自然環境をふんだんに取り入れて造られた公園で,平成元年6月にオープン,面積約80ha,東京都によって整備された公園である.水族園あり,鳥類園あり,人工なぎさあり,大観覧車あり,芝生公園あり,バーベキュー広場ありと,家族連れでゆったりと自然環境を満喫できるオープンスペースである.休日になると家族連れなどで大変賑わう. |
![]() JR京葉線の葛西臨海公園駅前にある噴水広場 |
![]() 駅前交番では子供達に白バイの試乗会をやっていた |
![]() 駅から公園へつづく道 |
![]() バーベキュー広場もある |
![]() 仲間とのんびり・わいわいと過ごせる公園である |
![]() 園内を走る「なのはな号」 |
![]() 東京湾が広がる 海沿いは風が強くて冷たい |
![]() 橋を渡って,人工なぎさに行くことが出来る |
![]() 東なぎさ 左手に小さく見えるビル群は 東京ディズニーリゾートのホテル郡 |
![]() 足洗い場もある |
![]() ガラス張りの建物である 「展望レストハウス・クリスタルビュー」 |
![]() 鳥類園 |
![]() 水族園入口(紹介はまた別の機会に) |

アムステルダム,ブリュッセル,そしてパリへ.あこがれのヨーロッパ大陸へ旅立った.自由な気風の漂うオランダのアムステルダム,EU本部のあるヨーロッパの首都として新しい風の吹くベルギーのブリュッセル,そして超特急タリスに乗って,世界各国から観光客が訪れる花の都フランス・パリ.それぞれの地でヨーロッパの感性を受けてきた.そんな旅の世界へ,皆さまをご案内いたします.
(旅行年月2006年6月)

アムステルダムの前に,ちょっと機内食.ちょうどワールドカップドイツ大会が開催されているときであり,サポーティングカンパニーとなっている日本航空では,成田空港の係員がブルーのシャツを着て応対し,ロビーや機内では日本の試合結果の放送が流され,カップにはサムライブルーの文字が刻み込まれていた.結果的に残念な結果であったが,ヨーロッパでもワールドカップは盛り上がっていた.
今回の旅行は,アムステルダムでゲートインし,鉄道を使ってパリに移動してシャルルドゴール空港からゲートアウトするオープンジョーの行程を組みたかったので,日本航空のJAL悟空(PEX運賃)を使った.多少は値段が高いが,往復とも直行便が使えるし,時間が有効になって現地の滞在時間も増やせるし,日本の航空会社の安心感もあるしで,PEX運賃でもメリットがあった.

エコノミークラスでも前シートの背もたれに各個人ごとに液晶モニターがついていて,外のカメラ映像を見ることができた.これはちょうどシベリア上空の北極圏を航行しているときの真下の映像で,白い模様が面白いので撮ってみた.山の谷(渓谷)の部分に残っている雪のようで,このような幾何学的な模様となって見えているのであった.上の方の白い雲みたいな部分は,水が凍っている映像らしい.

12時間のフライトで到着したスキポール空港.日本航空のヨーロッパ直行便は,イギリス・ロンドン,フランス・パリ,ドイツ・フランクフルト,そしてオランダ・アムステルダムの4路線が設定されている.スキポール空港は近代的で大きな空港で,ここからヨーロッパ各地へのトランジットとしても利用される.
入国審査は驚くほど簡単で,パスポートをちょっと見ただけで終わり.帰りの航空券の提示も求められず,スタンプさえも押してくれなかったので,なんだか物足りない感じである.多くの移民を受け入れてきたオランダの気風を感じる.


アムステルダム中央駅.ホテルが駅前にあったので,さっそく中央駅に行ってみた.東京駅丸ノ内口赤煉瓦駅舎のモデルとなったと言われ,1889年に完成している.ヨーロッパの駅には改札口はなく,切符の検札は車内で行うことになっているため,ホームまで自由に入っていくことが出来る.線路を大きなアーチで覆うホームを見ると,ヨーロッパに来たなと思わせる光景である.このときの時刻は夜の8時であるが,日本の感覚ではまだ午後4時頃の明るさである.緯度が高く,サマータイムを実施しているアムステルダムでは,夜10時過ぎまで空が明るい.

中央駅からダム広場にかけて続く「ダムラック」と呼ばれる大通り.アムステルダムという名前は,アムステル川を堰き止めてダムを造って人々が住み始めたことから付けられた.ダムラックには商店や土産物店,ビールを飲む店などが建ち並び,最も賑わいのある通りのひとつであり,色々なところから集まってきた若者らによって賑わっている.夜8時過ぎでも,気温がまだ30度近くあり,アムステルダムの若者達は暑くなると,すぐ服を脱いで街を闊歩していく.僕も近くのオープンカフェに入って,オランダビール・ハイネケンを注文して夜を過ごした.

アムステルダムは運河が多く張り巡らされている街であり,坂がないこともあってか,非常に自転車を利用する人が多い.オランダの政策として,1990年に策定された交通総合計画により,車道内への自転車レーンの設置や,5km以内の移動は自転車の移動を推奨するようにしている.これは,この計画の中で2005年までに中心部の自動車交通を30%削減するように定めていたためで,国をあげてアムステルダム中心部の自動車削減と歩行者空間の創出を行っているのである.(参考文献:西村幸格・服部重敬著,「都市と路面公共交通」,学芸出版社,2000)

左の写真はダムラック通りの片側車道を潰して,歩道と自転車道を拡幅した区間である.このように自転車専用道を積極的に造っていき,歩道を整備していった結果,街中には人々が戻ってきて賑わいが蘇ってきたとのことである.
右の写真はマウンドアップ(段差をつけること)によって,車道と自転車道と歩道の3段の道路構成になっているもので,一番左に車が止まっているところが車道であり,1段の段差がついて自転車道となり,さらに1段の段差があって歩道となっている.
自転車道に立ち入って「ぼけっ」と歩いていると,容赦なく「チャリン・チャリン!」とベルを鳴らされて,にらみつけられるので注意が必要である.僕も慣れるまで2~3回ベルを鳴らされた.自転車道と歩道との区別がペンキなどで明確に記されているのではなく,段差やちょっとした色違いのブロックを使うことによって区分けされているので,なおさら観光客にとっては判りづらいのであるが,これは景観に配慮してのことであり,このように目立たなく区分けして,それに違和感なく自然に順応しているアムステルダムの人々を見て,逆に感動した.

ミュージアム広場では,子供達が芝生の上でサッカーをしている.背景に写っている建物は国立ミュージアムで,レンブラントの『夜警』やフェルメールの絵画などが展示してある.残念ながら,夜警は展示してなくて見ることが出来なかった.
アムステルダムでは,I amsterdamとのキャッチフレーズが観光パンフレットなどに書かれていた.私はアムステルダムです,という帰属意識向上なのか.

アムステルダムには,165の運河と1300程度の橋があるという.地図を見てみると,中央駅から扇状に運河が張り巡らされていることに気づく.アムステルダムは港町として発達し,17世紀には世界初の東インド会社の本拠地が置かれ,自由な貿易都市として繁栄していた.

アムステルダムの地図はこのとおり.

その運河には水上バス(キャナルバス)が走っている.いくつかのコースがあるが,だいたい1時間半程度でぐるりと一周して戻ってくることが出来る.途中には桟橋があって,好きなところで降りて観光することもできるので,美術館などの観光施設と組み合わせて利用すると良い.
市内のトラム・バス・地下鉄,そしてこの水上バスに乗り放題の1日乗車券「オール・アムステルダム・トランスポート・パス(ALL AMSTERDAM TRANSPORT PASS)」が23ユーロで販売されている.購入は駅前の観光案内所でできる.このパスには,水上バスとトラム・地下鉄のチケットが別々に入っているので,それぞれ利用するときにチケットを見せることになる(トラムについては,「トラムの走る街」を参照).

水上バスに乗ると,また違った視点からアムステルダムの街を眺めることが出来る.1枚目の写真は,オランダでよく見られる建物のファサードである.1つの建物で3枚くらいの窓が並んで細長い高さになっている.家具などは1階から階段を使って上階に上げるのではなく,最上部からちょこっと梁が出っ張っているところにフックが取り付けられており,これを利用して窓からいれるようになっているらしい.(今もこれを利用しているのか,ちょっと詳細は不明)2枚目の写真は,よく見られる跳ね上げ式の橋である.街中,いたるところにこのような橋がある.3枚目の写真は,レーンごとになっている門のようなところ.目的は?4枚目の写真は,水上ボートで生活をしている人の舟.このように運河の縁にハウスボートを浮かべて生活している人が結構多い.

ライツェ通りからシンゲル運河沿いの道に入り,ムント広場に向かって歩いた.小道にはオープンカフェや花屋・小物を売る店が並んでおり,ブラブラ歩いているのも楽しい.

アムステルダムの街を歩いていると,コーヒーショップに出くわすことがある.これが「コーヒーショップ」.でも,なんだか店構えが怪しい!? ここはコーヒーや紅茶を飲むところではなく,マリファナやハッシシなどのソフトドラッグを吸うための喫茶店なのである.オランダでは売春や安楽死は合法化され,麻薬は合法ではないがソフトドラッグであれば実質黙認という形をとっている.「自由と寛容」を受け入れるオランダらしい光景である.ヘロインやコカインなどのハードドラッグは厳しく罰せられる.
コーヒーショップでも,お客に対してマリファナなどを勧めてはいけないという決まりがあるらしく,店に入っても自分から注文しないと勧めることがないらしい.コーヒーが飲みたいときは,「コーヒーショップ」ではなく「カフェ」に行かなければならない.お間違えなく.

ダム広場はアムステルダムが街としてスタートしたところで,現在でも賑わいのある中心街である.左の写真は王宮で,現在は迎賓館として使用されている.各地からやってきた観光客などでいつも人で賑わっている.

ダム広場から中央駅(写真奥に小さく写っている)にかけて通る「ダムラック」.歩道にはテーブルが置かれ,街並みを眺めながら美味しそうにビールを飲んでいる.そして,トラムが鐘を鳴らしながらゴトゴトと走っていき,自由と寛容を享受する人々の楽しい笑顔が満ちあふれている.もともと歩道はここまで広くなく,1990年代に片側車線を潰して,歩道と自転車道の拡幅を行ってこのようなトランジットモールになった.これによって人々の賑わいが復活したという.

自転車が多く利用されているアムステルダムでは,いたるところの柵に自転車が鍵でくくりつけられている.
残念ながら,写真はありません.しかし,アムステルダムでは有名な地区なので,ちょっと紹介する.中央駅から旧教会や計量所にかけて,つまりダム広場の東側地区一帯は,飾り窓と呼ばれる地区で,日本で言うところのいわゆる風俗街である.オランダでは売春が2000年に合法化されており,売春婦も正式な職業として位置づけられている.ウインドー越しに女性が誘惑し,お気に入りの女性がいれば交渉して中に入る.カーテンが閉まっていればお取り込み中とのことで,ポルノショップや映画館なども建ち並んでいる.また,レズやゲイにも寛容な地区で,いろんな性風俗の文化がここでは渦巻いているのである.ただし,治安がよいところではないので注意のこと.
アムステルダムを歩いていて街にとけ込んでいるな,と思えるものに「トラム(路面電車)」がある.近年は,都市部における路面電車が環境に優しいユニバーサルデザインとして注目されるようになっており,ここアムステルダムのトラムも,さまざまな施策を取り入れて,路面電車の維持に力を注いでいる.
| アムステルダムの概要 | ||
| 人口 | 724,000人 | |
| 都市圏人口 | 約110万人 | |
| 市域面積 | 806km2 | |
| 人口密度 | 1,370人/km2 | |
(出典:西村幸格・服部重敬著,「都市と路面公共交通」,学芸出版社,2000)
アムステルダムのトラムや地下鉄・バスは,GVB(Gemeentevervoerbedrijf Amsterdam)と呼ばれる市営交通によって運営されている.
アムステルダムは,積極的に路面電車の近代化を進めた都市のひとつで,1950年代より輸送力が大きくてきついカーブでも曲がれる連接車(車両と車両との間に車輪の台車をもってくる電車)を導入したり,信用による運賃収受方式を取り入れたりしていった.トラムの全車両には,車両の位置が検知できる装置が設置されており,運転手への運行時間の指示と主要停留所での発車時刻の案内が行われている.(参考文献:西村幸格・服部重敬著,「都市と路面公共交通」,学芸出版社,2000)
| トラム(路面電車)の概要 | |||
| 路線延長 | 系統数 | 運行間隔 | 旅客数(1997年) |
| 138km | 17 | 5-9分 | 128.7百万人 |
(出典:西村幸格・服部重敬著,「都市と路面公共交通」,学芸出版社,2000)

軌道と歩道は柵などで区切られておらず,触ろうと思えば車体に触ることができる.写真は,信号待ちで停止していたトラムから運転手が降りてきて,故障した(?)ポイントを左手に持っている棒みたいなもので手動で動かして運転席に戻っているところ.

中央駅の乗り場は,駅の出口を出たすぐのところにあって,歩道橋などでホームを移動するのではなく,ひょこっと線路をまたいで隣のホームに行くことができる.トラムの車両も低床式のものが導入されているので,苦労することなく楽に乗降することが可能なユニバーサルデザインの思想となっている.なお,右下の写真はトラムではなくてバスであるが,連接式の車体の長いバスとなっていて珍しかったので撮ってみた.

車道中央にある専用軌道の上を走っていく区間.電車にしては加速減速の能力が高くて,結構運転が荒く感じるが,これくらいの加速性能がないとトロトロしていて,路面電車としての機敏性が発揮されないかも知れない.

最新の車両(5両編成)の場合は,電光掲示板の停留所案内なども付けられていて,すっきりとしたデザインとなっている.車両のタイプによって乗り降りの仕方が違っていて,最新式の車両の場合は後ろから2両目に車掌さんが乗っているので,そこからしか乗車することができず,そこで運賃を払ったり回数券に刻印を打ってもらったりする.
旧式の場合(3両編成)は,どこからでも乗り降り自由で,車内にある黄色い刻印機に切符や回数券を通して,日付と時間を刻印して乗車することになる(つまり,これが信用乗車というやつ).ただし,車内検札がたまにあって,このときに無賃乗車をしていると容赦なく罰則金(約40ユーロ)がとられるとのこと.無賃乗車などが多いので,1994年より順次車掌を乗務させるようになってきたとのこと.
チケットは1ゾーンで1.6ユーロ(旧市街地のセントラル地区はほとんどこれでOK)で,1時間以内であれば何度でも乗り降り自由となっている.1日乗車券は6.3ユーロでトラム・地下鉄・バスに乗り降り自由.最初の乗車時に刻印が必要で,刻印時から24時間有効となるので,正確には24時間有効乗車券といったところだろうか.

建物が密集している旧市街地でもトラムはスイスイ走っている.ここはライツェ通り.両側には商店街が建ち並び,人々で賑わっている地区である.

ライツェ(Leidse)通りでは,トラムが走っていないと左の写真のように人や自転車が普通に歩くことの出来る道路となっているが,トラムが鐘を鳴らしながらやってくると,スーッと人々は避けてトラムが走り去ってゆく.本数は結構多くて2~3分間隔でやってくるが,柵などの区分けもなくアムステルダムの人々が,さも当たり前のような顔をしてよけるので,人々と商業空間とトラムとが暗黙のルールの中で共存できているのだなと感じた.
この区間では,建物が迫っているので単線区間となっており,運河の上にかけられた橋の上の停留所だとすれ違うための空間が確保できるからなのか,そこで上下線のすれ違いを行うようになっていた(下図).

どうやって次から次へとやってくるトラムのポイント切り替えや操作を行っているのか疑問になって,よーく線路を観察してみた.その答えが下の写真である.

つまり,ポイントがないのである.単線区間ではレールが4本(通常は2本)敷いてあり,同じ区間なのであるが上りと下りのトラムは平行に敷かれた違うレールの上を走っているのである(ガントレット構造).さすがヨーロッパ!と感動してしまった.ちなみに,ライツェ通りを走るトラムの系統番号は「1」・「2」・「5」番である.
アムステルダムのトラムは,発車するときや信号が青になって動き出すときには,たいてい警笛を鳴らしている.この警笛の音色が「鐘」の音なのである.いたるところのトラムから鐘の音が聞こえてくるのである.あじけない無機質な,いかにも「危ない!どけ!」と叫んでいるかのような暴力的な警笛ではなく,教会から聞こえてくる鐘と同じ音色をトラムに付けることによって,歴史との連続性を持たせ,「トラムが通ります!ちょっとだけどいてくださいね」と優しく促しているように感じる.アムステルダムでは音もサスティナブルなのである.
街中あちこちから鐘が鳴り響く街の風景は,空間すべてに配慮しているアムステルダムに,より一層の感動を覚えさせられるものであった.
最初に写っているトラムは,すれ違いの為に停留所で停車している.
反対側から鐘を鳴らしてやってきたトラムが停留所に入ると,
線路があいたので,出発して単線区間を鐘を鳴らしながら走り去っていく.

トラムの全車両には車両の位置が検知できる装置が設置されており,主要な停留所では写真のような系統番号と発車時刻を知らせる案内板がついている.

新しいタイプのトラムは5両編成となっている.写真ではわからないのだが,よく見ていると全部の車両に車輪がついているわけではない.車両の長さを短くして車輪の数を少なくすることによって,狭いカーブのきつい区間でもスイスイ走ることができるようになっており,旧市街地の狭い地域を大量に輸送したい場合の知恵である.

旧タイプのトラム
昔は黄色や赤や広告などに塗られていて,
カラフルな時代もあった .

タリス(Thalys)とは,フランス・ベルギー・オランダ・ドイツの4カ国を結ぶ高速列車で,フランスで開発されたTGVを基本としている超特急列車である.日本で言うところの新幹線である.日本で新幹線が開発(1964年に開業)されてから,ヨーロッパの鉄道王国を誇っていたフランスでは,高速列車の開発が行われるようになり,TGVが初めて開通したのが1981年であった.
現在の高速列車を大別すると,フランス国内を拠点としてネットワークの広がる「TGV」,パリ・ブリュッセル・アムステルダム・ケルンを結ぶ「タリス」,パリ・ブリュッセルとロンドンをユーロトンネルで結ぶ「ユーロスター」,ドイツ国内を走る「ICE」,スペインの「AVE」などがある.
タリスの最高時速は300km/hで,現時点ではフランスTGVとドイツICEとJR西日本新幹線と同じ最高速度となっているが,どの国でも最高時速のアップを目指して鋭意開発中で,いずれ最高速度は更新されていくことになる.ただ,アムステルダムとブリュッセルの区間ではあまりスピードを出している感じはせず,時間も多くかかっていたので,恐らく最高速で走るのはパリ-アムステルダム間であるように感じる.
タリスは1996年1月より運転を開始し,6月にアムステルダムまで延長され,1997年12月にケルンまで運転区間が延長された.

アムステルダム(オランダ)からブリュッセル(ベルギー)へ,高速列車「タリス」で移動した.ヨーロッパに来たからには,鉄道技術発祥の地である鉄道に乗らないわけにはいかない.(ちなみに,2日後のブリュッセルからパリまでの移動にも同様にタリスで移動した.)
チケットは旅行出発前に旅行代理店のインターネット販売で購入した.せっかくなので,リッチに1等車を予約して優雅な鉄道旅行を楽しんだ.チケット表記の[COACH]とは号車番号のことで,[SEAT NUMBERH]が座席番号のこと.ヨーロッパの駅には改札口がないので,車内の検札でこのチケットを見せることになる.ちなみに,これは国境をまたぐ国際列車なのであるが,パスポートチェックは一切なし,隣の国へ移動しているのに,隣の「県」に移動しているような感覚でEU内は移動できるのであった.

1等車は2列+1列の3列シートとなっている.そして,真ん中当たりではシートが向かい合わせになってテーブルが置かれており,4人や2人のグループで向かい合わせで座れるようにもなっている.新幹線と決定的に違うのは,全ての椅子が回転しないこと.つまり車両の中央を境に椅子の方向が2方向に分かれていて,半分の人は逆向きに座って移動することになっているのである.日本の新幹線でも初期の頃の3人がけシートは回転できない椅子であったが,今では背もたれリクライニング部を直角にすることによって3人がけのシートでさえも回転できるようにしており,このあたりは日本人の器用で緻密な技術に感心する.
乗り心地は非常に静かである.TGV方式では電気機関車を両端の車両につなげて運転しているので,客車の部分は非常に静かとなっている.

入口のデッキには,新聞・雑誌や車内誌が置いてあって,自由に見ることができる.


1等に乗ると食事と飲み物のサービスがある.食事が出されるのは朝食と昼食時間帯に運転されている列車のみで,それ以外ではスナックと飲み物がだされるらしいが,同じ料金だったらせっかくなので食事をしたいなと思い,日本で予約をするときに時刻表を見ていて,食事マークが付いている列車をあえて選んで予約をとった.飛行機の機内食のような感じで,パンはお代わりもできる.
車内の客室係の女性は日本語が堪能な人も乗っていたので,日本人観光客に対しても快適に旅行ができるように配慮しているなと感じた.最初に「Can you speak english?」と笑顔で聞かれたので,「A little」と笑顔で答えたら,優しい英単語でサービスをしてくれた.
車内サービスといえば,「タクシーの予約が必要ですか?」といった案内もあった.はじめは入国カードの記入かと思ったが,パスポートコントロールは全くなく,到着駅でのタクシー手配の案内であった.

アムステルダムからブリュッセルに向かう途中に,ロッテルダムという都市があった.ここの車窓は今まで見てきた石造りの古い建物の街並みではなく,日本でも見慣れている近代的な高層ビルが建ち並ぶ風景が広がっていた.ロッテルダムはオランダの中でも工業が盛んな都市で,街も近代化が進んでいるということらしい.ヨーロッパでも,新しい街では,鉄とガラスとコンクリートの近代建築が見られるのである.
右の写真は,2日後のブリュッセルからパリに向かうときの風景.広い畑が広がる農村風景の中を,時速300km/hで疾走するのであった.

ブリュッセル(ベルギー)駅に到着した.近代的で綺麗な建物であった.

ブリュッセルも歴史ある都市で,中心部は石畳の道に重厚な建物がびっしりと建てられている.どこが違うのかと言われるとちょっと困るのであるが,アムステルダムとはまた違った建物の雰囲気であることが感じられる.

グランプラスは観光客なら一度は訪れる場所であろう.グランプラス周辺はおみやげ物屋やレストランなどが建ち並んでおり,ぶらぶら歩いているだけでも時間は過ぎてゆく.
グランプラスはギルドハウスに囲まれた広場で,広さは約110×約70mとなっている.15~16世紀にかけてギルド(組合)ハウスが木造で建てられたが,1695年にフランス王ルイ14世の命を受けた軍によって攻撃され市庁舎以外は破壊されてしまった.その後,1699年には石造りの建物が再建されて現在のような姿になったという.
とにかくぐるりと取り囲むように建てられた建物は圧巻であり,オープンカフェに入って歴史をひもときながら,じっくりと空間の雰囲気を堪能したい広場であった.

ブリュッセルには珍しいトラムが走っている.地下を走る路面電車である.郊外に行くと路面電車となるのであるが,都心部では地下鉄となって走るので,プレメトロと呼ばれている.
チケットは1回券1.5ユーロとなっているが,グランプラスの観光案内所ではトラム・バス・メトロに乗れる1日乗車券を3.8ユーロで買うことができるので,それを使うと大変お得であるし乗りやすい.写真右側が1日乗車券であるが,乗車時に刻印機に通すと裏面にデータが印字されて乗車できるしくみとなっている.

ブリュッセルでもトラムは重要な公共交通となっている.道路中央部にトラムが走って車はその脇を走っていることが多い.停留所から乗客が乗るときは,車道を横切らなければならないので危険ではないのかなと疑問に思って撮影したのが右側の写真である.つまり,停留所からトラムに乗るときは,停留所手前に引かれている停止白線で乗用車は停止するようになっており,安全に人が乗降できるしくみになっている.「仕組み」というよりは,昔から走っているトラムのルールに関して,ベルギー市民のドライバーにそのような意識がすり込まれているといっていいのかもしれない.

ベルギーと言えば「ビール」である.約800種類の銘柄があると言われ,街中にあるオープンカフェでは色々な種類のベルギービールを味わうことができる.製法が違うビールがいくつもあり,日本で味わっているものとはひと味もふた味も違ったテイストを味わうことができる.

メニューを見ても,どのビールがどんな味なのかわからないので,とりあえず適当に頼んでみた.料理は「スカンジナビアなんとやら」と書いてあったものを選んで頼んでみた.そして出てきたのが写真のとおり.ビールは度数の強い「いかにもお酒」といった味わいの濃いビールで,日本人に合うかどうかは微妙なところ.料理は,サーモンとニシンと生ハムがレタスの上にのっているものであり,これはGOOD.
このようなオープンカフェでの精算の仕方は,注文された品を出すとウエイターがレシートを持ってきて机の上に置き,そこにお金を置いておくとしばらくして取りに来るという,その都度お金を精算するしくみ(キャッシュ・オン・デリバリー)であった.銀座でもこのような精算のしくみをやっている店に入ったことがあったが,今思うと「これを日本でも真似ていたんだな」と思った.

グランプラス周辺の路地にはたくさんの飲食店が並んでおり,夜になると大変賑やかになる.写真は午前10時頃の様子であり,まだ準備中であったが,路地裏のオープンテーブルでベルギービールを片手に舌鼓を打つのも悪くはない.なお,観光名所でもあるのでぼったくりの被害が出ているとのことで,店選びは注意をすること.

ブリュッセルを歩いていると,噴水が道路のコーナーなどに多く設けられていることに気づく.小便小僧は有名であるが,それ以外にもなかなかユニークな発想の噴水が多い.なんで口から水をはき出しているのか???

ベルギーといえば「チョコレート」でもある.歩き疲れたので喫茶店に入ってドリンク(ミルクティー)を注文したところ,ゴディバの四角いチョコレートがついてきた.名古屋の喫茶店に入るとコーヒーの他にピーナツが出てくるというが,それと同じこと.他のドリンクとして「ホットチョコレート」もあった.さすがはベルギー.

もうひとつチョコレートの話題.ウインドー越にチョコレートの噴水を発見した!写真ではわからないが,このチョコレートはトロトロと流れているのである.チョコレート専門店のフィリップマーチンのチョコ噴水であった.おいしそう.

雨が降ってきたこともあり,また街の中をコンパクトに見て回りたかったので,オープンツアーのバスに乗ってぐるりと車窓から観光することにした.オープンバスといっても雨が降っているので,天井にはビニールの幌がかけられていたが.
ツアーバスは1人16ユーロで乗車時刻から24時間有効となっている.つまり午後3時から乗った場合は,明日の午後3時まで有効ということ.合理的で良心的な設定である.バスは30分間隔で13の停留所を循環運行しているので,降りたいところで自由に降りて観光し,再びバスに乗って元の場所に戻ることが出来る.
また,8カ国語対応の観光案内ガイドがついているので,車内でイヤホンをつなげてチャンネルを合わせれば,日本語ガイドを聞きながら観光をすることができる.チケットは観光案内所で購入可能.


ブリュッセル北駅周辺にはワールドトレードセンターが建ち,石造りの重厚な建物が密集する市街地中心部とはまた違った風景を見せている.こちらの空間の方が,日本では見慣れている風景であり,近代的なビル群が建ち並んでいる.
ブリュッセルはEU本部のある「ヨーロッパの首都」であり,歴史ある街並みと新たなEU連合に向けた新しい街並みが共存していく都市である.
ブリュッセルからパリまでは,再び超特急タリスに乗って移動し,パリには午前11時頃到着した.実は,今夜19時発の飛行機で日本に出発する予定となっており,パリでの滞在時間はあまりなかった.16時頃にはシャルルドゴール空港に向かわなければならなかった.実質5時間程度である.
時間がないときに,街中をコンパクトに見て回りたいときは,東京で言う「はとバス」などの定期観光バス(ツアーバス)に参加すると手っ取り早い.世界各国から観光客がやってくる大都市・パリ,ブリュッセルの時のように停留所を設けて観光用のオープン式の循環バスを走らせており,ノード駅構内にあるインフォメーションセンターのツアーデスクでチケットを購入し,オープンバスでパリ市内を観光することにした.

パリ・ノード駅構内にあるインフォメーションデスク.オープンツアーバスの1日乗車券を購入した.現金精算はできず,カードのみの決済となっている.後日,カード会社よりユーロを日本円に換算した値段で請求がきた.右側がチケットとなっており,最初に乗車するときにドライバーがボールペンで日付を記入し,ガイド用のイヤホンを渡される.1日1人25ユーロ.

さすがは世界各国から観光客の訪問する大都市パリのオープンツアーバスは大変便利で使い勝手がよい.荷物をノード駅のコインロッカーに預けたのと,シャルルドゴール空港へ向かう電車はノード駅から出発するので,いずれにせよ同じ駅に戻ってこなければならない.ツアーバスは4ルートの循環路線(一方向運行)で構成されており,ノード駅は右上の☆印のところなので,まずは黄色いルートのバスに乗って中心部まで行く.主要な観光地を巡るのは緑色のルートなので,緑色のルートに乗り換えてぐるりと1周し,再び黄色のバスに乗って同じ駅に戻ってくるのである.だいたい4時間で戻ってこれる予定である.バスは15分から30分間隔で走っており,何処でも自由に乗り降りできる.

パリの建物のスカイラインは統一されている.1860~70年にかけてオスマン知事により,パリは大規模な都市計画による改造が行われた.広幅員による直線道路,広場の整備など,現在の都市の基盤が造られたのである.

緑の街路樹がまた美しいパリ市内であった.

世界各国からの観光客で賑わっているセーヌ川畔.

天気も良くてオープンバスから眺めるパリ市内はすがすがしかった.シャンゼリゼ通りを走ると正面に凱旋門が見えてきた.

どこかのCMで見たことのあるフレーム.これからバスは,エッフェル塔の真下を通っていく.

モンマルトルへ向け,狭い坂道を登っていく.

黄色いルートはモンマルトルを走る.怪しいネオンもちらほら見られるモンマルトル.夜は賑やかになるという.画家が多く住み込んでいた下町的な地域である.

再びノード駅に戻ってきて,シャルルドゴール空港へ向かうRERのB線に乗った.ノード駅から空港まで8ユーロで約30分である.なお,シャルルドゴール空港はとても広く,隣のターミナルがだいぶ離れているので,自分の搭乗する航空会社がどのターミナルのどのゲートから出発するのか,調べてから向かう方がよい.同じターミナル番号でもさらにA・B・Cで分けられていて,バスで移動しなければならないことがあるので注意.
古い建物が多く建っているヨーロッパには,珍しいエレベーターが結構沢山残っている.今回の旅行の中で目にした珍しいエレベータを紹介する.

このエレベーターはアムステルダムで宿泊したビクトリアホテルの低層階用のエレベーター.油圧式でゆっくりと動くもので,ロビー(1階)から3階までのエレベーター.扉やかごの外側がほぼ全面ガラス張りとなっていて,枠の部分のみがスチールとなっており,デザイン的にもすっきりとしている.

エレベータの中からとった写真.扉がほぼガラスなので,外の様子がよく見える.

国立博物館のエレベーター.こちらもガラスが基調となったデザインであるが,円形の丸い形をしているところが面白い.車いすの人などが多く利用していた.

「とある」美術館のエレベーター.このエレベーターは乗客が扉を手で引いて手動で開けるもので,エレベーターがきて止まったことをガラス部分で確認したら,観音式の扉を手で引いて開けて中に入るのである.さらに,内側(かご側)には扉がついていないので,エレベーターに乗っているときは,動いている壁に手で触ることができる(あえてそんなことをする人はいないが).ある意味,安全管理に自己責任が要求されるエレベーターである.子供と乗るときはちょっと怖い.

ブリュッセルのメトロポールホテルのエレベーター.OTIS社製である.エレベーターの籠は,周囲との空間の区切りがなくて,極端なことを言うと手を伸ばせば籠に触ることができ,扉の柵から顔を出して下を覗けば(かなり危険なので実際はやらないほうがよい.右の写真は手だけを伸ばして撮影した)ロープに吊られた籠を見ることができる.そして扉は,玄関の門のような柵扉を手で引いて開けるというもの.こんなエレベーターは日本ではまずお目にかかることはできず,このホテルには他に普通のエレベーターも存在していたが,あえてこのエレベーターに何度も乗ってしまった.

これが手動式のホール側の扉.エレベーターがやってきて停止すると,ロックが自動的に解除されてドアノブを引くと扉が開くようになる.

かご側の扉も手動式であるが,こちらはアコーディオンの引き戸タイプとなっている.ホール側の扉も,がご側の扉も,非常に重い扉なので,思いっきり力を入れて開けないといけない.

エレベーターが動いているときのかご内から撮影した写真(左)と,最上階のエレベーターホール(右).一見するとエレベーターが止まるホールだとは思えない空間である.

実はこれも分類上は「エレベーター」なのである.OTIS社製.日本で唯一の水平に走るエレベーターで,成田空港第2ターミナルの本館とサテライトを結ぶシャトル線である.しかし,水平エレベーターといってもケーブルカーのようにロープで牽引されているわけでもなく,見た目はゴムタイヤで走る新交通システムと同じようである.唯一,エレベーターだなと思わせるのは,出発するフロアー側の扉がエレベーターのような雰囲気の造り(というか意匠)になっていることと,かごの扉の下に「OTIS」と書かれたプレートが張ってある(他のエレベーターも扉下にはメーカーのプレートが張ってあるものが多い)点である.
ECHIKA Omotesando ( Subway Omotesando station )
![]() 地下鉄表参道駅 |
![]() |
| エチカ表参道は,地下鉄の駅構内として始めてオープンさせたショップ街である.近年は,JRの上野駅構内の大幅リニューアルや,大宮駅のコンコース内にできたエキュートなど,駅構内(エキナカ)のショップ街が利便性とともに人気を呼んでいる.そんな時期に東京メトロによって若い女性をターゲットに地下鉄駅構内にオープンさせたショップ街が「エチカ表参道」なのである.今後,こういった駅構内におけるショップは増えていくかもしれない. |
![]() カフェ (CAFE de METRO) |
![]() パリをイメージした店内は,女性も気軽に入れる雰囲気 カフェだけではなく,パン屋やパスタ店なども入っており セルフサービス式・好きな席で食べるようになっている |
![]() 「CAFE de METRO」のロゴ入りカフェオレ |
![]() ショップが並んでいる |
![]() 改札内にもショップがある |
![]() オシャレな雰囲気の駅構内 |
Omotesando Hills ( The place which was the Dojunkai Aoyama apartment in the past )
![]() 生まれ変わった表参道ヒルズ |
![]() |
| 表参道ヒルズは,日本で最初の鉄筋コンクリートアパートメントだった同潤会青山アパートの跡地に建てられた再開発ビルである.地上6階,地下6階からなり,設計は建築家・安藤忠雄氏によるもので,本館内は表参道と同じ傾斜角度を持つスパイラルスロープによって,独特な建物内部の構成がなされている.また,同潤館と呼ばれるエリアは,かつての同潤会青山アパートの一棟をリメイクしてそのまま再現させており,大正時代に建てられたアパートメントの狭い空間を肌で感じ取ることができるようになっている.同潤会青山アパートは,貴重な建築物であることから保存を望む声が大きかったが,使用(居住)する側からすると,風呂なし,アンペア不足,漏水,老朽化といったことから,現在となっては陳腐化が否めない建物であった.その建築遺産を,そのまま再現しているところに,この表参道ヒルズの素晴らしさがある.新しいものと古いものとをうまく融合させている. |
→ ![]() 左側がかつての「同潤会青山アパート」,右側が今の「表参道ヒルズ」. 建物の高さは,ケヤキ並木との調和を考えて,昔とほとんど同じ. |
![]() 原宿駅から歩いてくると,いきなりジュエリーショップとなる. |
![]() 建物の前には「水(せせらぎ)」が流れている |
![]() ドアの取っ手が面白い. 「ドルチェ&ガッバーナ」の店 |
![]() 本館の入り口 ここから中に入る |
![]() これが噂の「スパイラルスロープ」 ずっと歩いていくと,いつのまにか上の階に到着する |
![]() ショップウインドーの下を見ると, スロープに傾斜のあることがわかる |
![]() こちらがそのまま再現された「同潤館」 |
→ ![]() 左がかつて,右がリメイク後 |
![]() 階段の最上階 本館との連絡通路がある |
![]() ドアの大きさがなんともいい |
![]() 裏側 |
![]() 同潤館1階部分のテナント内部 これから入居するらしい |
![]() 地下鉄表参道駅方面から撮影した |
| 取り壊し前の同潤会青山アパートはこちらへ. No.5 No.105 |
![]() 外堀通りと平行に路地裏がある |
![]() |
| 赤坂というと政治家がよく使う「赤坂の料亭」やTBSが思い浮かぶ.永田町の国会議事堂や首相官邸とは外堀通りを隔てているだけであり,賑やかなJR線の駅前のような雑多な感じもせず,赤坂のちょっと高貴な感じがする路地裏的な雰囲気は,政治家や報道関係者などにも好都合かもしれない.ただ,かつては100軒近くもあった料亭であるが,今は数件を残すのみとなっている.新宿や渋谷,銀座や新橋といった繁華街に見られるエネルギッシュな雰囲気こそないが,著名人がふらっと立ち寄れる落ち着いた繁華街であるように感じる.飲み屋に入ると,隣のテーブルから日本を取り巻くちょっとした話題が聞こえてくるかも知れない. | ||
![]() 外堀通りと平行に「みすじ通り」や「一ツ木通り」が入っている 背後にホテルニューオータニのタワー館が映っている. |
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![]() 路上駐車の車は黒塗りの高級車が多い |
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![]() ここはかつてホテルニュージャパンのあったところ |
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![]() 夜のディスプレイは綺麗 |
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![]() 料亭の前には黒塗りの車が多く止まっており, イヤホンをつけたボディガード?とともにあたりを伺っている この料亭(「金龍」)もまもなく閉店だとか. 政治の世界でも料亭は使われなくなっている. |
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![]() 発見! 赤坂にもあります「幸楽苑」のラーメン |
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![]() ビルの建設現場の背景に見えるTBS |
The free paper which is called “R25”
| 「R25」は首都圏でのみ配布されているリクルート社発行のフリーペーパーである.25歳以上のM1世代(25~34歳の団塊ジュニア世代)男性をターゲットにした情報誌であるが,ちょっと気になっている話題などをオムニバスのコラム形式で掲載しており,どの世代にも読み応えのある冊子である.創刊は2004年7月.「オトコを刺激する情報マガジン」などと表紙に書いてあるが,決して風俗情報などを盛り込んだ雑誌ではない.無料の情報誌というのは,職場探し専門だったり,広告一辺倒であまり読む気にならず,すぐにポイ捨てしたくなるものが多いが,この「R25」は内容からすると,これで無料なの?と疑ってしまうような内容である.むしろ何で収入を得ているのかと思ったりもするが,団塊Jr.(ジュニア)世代にターゲットを絞ってた広告を出すことによっる広告料で賄っている.現在では日本で最も広告料が高い部類に属する雑誌となっているらしい.テレビ番組表が夜10時以降の深夜番組のみになっていたりと,ユーモアあるれる内容になっていたりするが,活字が苦手な若者世代に向けるため,1つのコラムの文字数を800字以内に納めているといった工夫も施されている.コンビニや商店,喫茶店,駅構内などで入手することができるが,配布と同時にすぐになくなってしまうほどの人気となっている.1冊あたり送料370円を払えば全国配送してもらえるので詳しくは公式HPで.また,バックナンバーも公式HPから読むことができるが,やはり通勤電車やちょっとした喫茶店で,センスのいい広告とともにペラペラめくりながら読みたいものである.毎週木曜日夕方発行. |
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![]() 地下鉄駅構内の壁にある配布スタンド 現在は休刊となっている. |
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Asakusa Hana Yashiki (The amusement park)
![]() 花やしき入口 |
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| 浅草花やしきは嘉永6年(1853)年に上野輪王寺宮の御出入りの造園師がこの地を下賜されて造園したもので,四季を通じた百花百草を栽培する庶民の憩いの場所であった.大正天皇がお忍びで御幼少のみぎり来園されたことがあったという.明治17年には浅草公園地改正の際に,浅草寺境内の盛り場や見世物小屋などの全てが公園六区に移転することとなったが,この花屋敷だけは現在の五区に残された.後に,珍鳥や猛獣を見せるようになり,あやつり人形や山雀の芸当で評判を呼んだが,第二次世界大戦中は閉園していた.戦後において,家族でも楽しめる遊園地として現在のような遊園地となった. 乗り物が小さくて,小学校低学年までの園児・児童にとって遊びやすい遊園地であり,あらかわ遊園のような感覚の遊園地である.宙返りするジェットコースターなどといったものは存在しない.小さな遊具施設が狭い敷地内に密集して配置されており,この密集した密度の高い空間が,かえって花やしきの良さを醸し出している.入園料は大人900円で,乗り物代は別となっているが最も高いアトラクションでさえ500円である. |
![]() 入園券は懐かしの硬券入場券である |
![]() 乗り物に乗るときはこのチケットボックスでチケットを購入する 1枚100円 乗り放題チケットは大人2200円 子供1900円 |
![]() 花やしきのランドマーク的存在「Beeタワー」 3枚(つまり300円)で乗れる |
![]() 狭い空間に施設が密集している |
![]() 「ぴょんぴょん」修理中 |
![]() 五重塔を背景にぶんぶん回る「ザ・ニューヨーク」 (別名「空飛ぶじゅうたん」とも呼んでいたが) |
![]() 背景のビルは「浅草ビューホテル」 約20年前に浅草まち興しの起爆剤として 新しい風を吹き込んだホテルである |
![]() 昔ながらの花やしきの雰囲気を残すところもある |
![]() 「スワン」 2枚 |
![]() 定番「お化け屋敷」もある |
![]() 一番人気は,日本で最も古いコースター 「ローラーコースター」 4枚 ガタガタと今にも壊れそうな音を出して疾走する. |
![]() ビルの壁面ギリギリを走り抜けていく |
![]() 花の湯に突っ込んでいく |
![]() ほぼ全景 右後ろに見える三角屋根は浅草寺 |
The neighborhood at Asakusa Koen Rokku
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| 公園六区 |
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| かつての浅草の賑わいの中心は「公園六区」であった.浅草公園六区の「六区」とは,明治15(1882)年より始まった浅草公園の築造・整備(全6区画に区分して整備)における区画番号のことである.その中でも第6区画は興行街として整備され,そのまま「浅草公園六区」という名称が明治・大正・昭和にかけて東京の娯楽の代名詞のようになったのである.映画館は明治40(1907)年頃から登場し、現在も残る浅草六区の映画街が形成された.バス停の名称に「浅草公園六区」という名が今でも残されていることに拍手を送りたい.近年,つくばエクスプレスの浅草駅が浅草ビューホテル前の国際通り下に開業したが,地下鉄銀座線や東武線の現浅草駅とはかけ離れているので,せっかくなら「浅草公園六区駅」という名称を復活させてもらいたかったと個人的には思う.今の浅草を象徴しているWINS浅草とその周辺の様子をお届けする.そして隣接する遊園地「浅草花やしき」は次のNo.191のページで. |
![]() 六区の映画街 寅さんから成人映画まで なんか懐かしい雰囲気である |
![]() 公園六区の現在の象徴的存在であるWINS浅草 土日の競馬開催日は大勢の人で賑わう |
![]() ![]() WINS周辺にはホッピーが似合う 屋台やスタンドの飲み屋が建ち並ぶ |
![]() WINS内の投票所 |
![]() トイレの中でも平らなスペースがあれば そこが勝ち馬を選ぶ場所に・・・ (用を足しているのではありません. 入口の平らな場所を机代わりにしている) |
![]() WINSのすぐ隣には花やしきの遊園地がある |
![]() 「全レース競馬中継」と看板を掲げた飲食店が多い |
![]() 全席指定席の「レースカフェ」 2000円を払うと1日出入り自由となる |
![]() 浅草びっくり食堂 何がびっくり? |
![]() 日本で最初の高層ビル「浅草凌雲閣(通称十二階)」 があったところ.今はパチンコ屋である. (右の画像は「浅草十二階計画」のWebサイトより引用) |
![]() 懐かしのスマートボール 200円で50玉,300円で75玉. 番号の付いた穴に玉が入ると,その数字だけ玉がもらえる 玉が増えて帰りたいときに景品と交換する. |
![]() 浅草演芸場 林屋こぶ平などが出演していた. |
![]() 人力車で浅草観光 |
![]() ちょっと高級感を味わいたくなったら 浅草ビューホテルへ |
The peace prayer display museum(Shinjuku Sumitomo building)
![]() 資料館の看板 |
![]() |
| 超高層ビル街の新宿住友ビル31階に,戦争体験の労苦を語り継ぐ場として「平和祈念展示資料館」が開設されている.独立行政法人平和祈念展示資料館が運営を行っており,第二次世界大戦による尊い戦争犠牲を銘記し,同時に永遠の平和を祈念するため,いわゆる恩給欠格者,戦後強制抑留者,引揚者の方々等の労苦について国民の理解を深めるために昭和63年に「平和祈念事業特別基金等に関する法律」に基づき設立された団体である.沖縄県の平和祈念資料館も同じ団体による資料館である. 展示内容は大きく分けて「導入部」・「恩給欠格者コーナー」・「戦後強制抑留コーナー」・「海外からの引揚げコーナー」・「語り継ぐ場」からなっている.入口を入ると,昭和元年からの年表が貼ってある導入部から始まり,現物の「招集赤紙」や「軍隊手帳」,「袖無しの防寒外套」,海外での収容生活の状況や引揚げの様子などがわかりやすく,そして生々しく展示してある.戦争が終わって60年が経過し,戦争体験を風化させないためにも語り継ぐ場として展示が行われている.入場は無料である.館内は撮影禁止だったので,外側の状況だけ掲載する. |
![]() 住友ビル31階フロアー |
![]() 住友三角ビル |
Nakano Saint mall and Nakano Broadway
![]() 中野サンモール入口 |
![]() |
| 中野駅前からまっすぐ延びる商店街が「中野サンモール」,さらに奥に建っているモール形式のショッピングセンターが「中野ブロードウエイ」である.サンモールは賑わいのあるアーケードの付いた商店街で色々な店が並んでいるが,徐々に奥に進むに従って新種文化の伏線が感じられるようになる.そして最頂点を極めるのが中野ブロードウェイの2階より上階のフロアーに広がる「オタクワールド」である.何故ここに!?という感じだが,都心よりちょっと離れることによって,緊張感の解けた安らぎが得られるのかも知れないが,賃料が安くて都心に近いといったことも実情としてはあるような気がする.男性も女性もレアなものを探しに足を運んでいる.この世界(?)を知らない人間でさえ,ディスプレイを見ているだけでも楽しい異空間(!?)である. |
![]() たこ焼き屋には行列 |
![]() アーケードで覆われている |
![]() サンモールの裏路地には飲屋街が形成されている |
![]() 床屋の隣りに文具店 文具店の隣りに宝石店 商店街の面白いとところ |
![]() サンモールをずっと歩いていくと 中野ブロードウェイセンターとなる さぁ~,ここからが本番である. |
![]() 中古のパソコンパーツ売り場 |
![]() 1階は普通のショップが並ぶ |
| <2~4階に上がってみると・・・> |
![]() コスプレの服を売る店 |
![]() フィギュアやプラモを売る店 |
![]() なんか凄い |
![]() アニメセル画を売る店 |
![]() ここはレンタルショーケースの店 ショーケースの空間を貸し出す 自分の作品や持ち物を出品する場 最低は1ヶ月1,600円程度から. 最前列の上から2段目は12,600円とか. |
![]() 格闘ゲーム専門店なんていうものがある |
![]() メイドゲーセン(メイドのいるゲームセンター) 今日は対戦ゲームのイベントで人だかりができている (ゲーセンの店内及びメイド店員は撮影禁止だった) |
![]() 漫画の古本などを売る店 |
![]() テレカなどのプレミアムなカードを売る店 |
![]() 普通の美容室(勿論,趣味の店以外のテナントも入っている) かつてはこのような店だけだったのが, だんだんと前述のようなマニアックな趣味の店が テナントして多く入るようになっていったのだろう. |
Room maid town at AKIBA ( The staffage at Akihabara )
![]() 駅前でチラシを配るメイド |
![]() |
| 「電気の街」から「メイドの街」へ.秋葉原ではどこもかしこもメイドになっている.上の写真は秋葉原駅前でメイドカフェの宣伝チラシを配布するメイドである.どちらも笑顔で楽しそうに喋っている.「メイド」を英和辞典で調べてみると(国語辞典には載っていない),「①お手伝い・女中,②(文語)少女・娘・未婚の女性」とある.メイドカフェに入ると「ご主人様いらっしゃいませ~」と出迎えてくれて,色々と世話をしてくれるところに癒しを感じるところが受けているらしい.つまり「萌え~(もえ~)」ということである.ちなみに,「萌える」を辞書で調べてみると,「芽が出る.萌(きざ)す.芽ぐむ」とあり,「萌す(兆す)」を調べると,「若木の芽がわずかに出る.芽生える」となっている.つまり,「萌え~」という時は当て字で,癒されるといった意味は全くない.新種文化の造語である.今はカフェ以外にもマッサージなどにも「メイド」ブームが巻き起こっている.そんな今の秋葉原の写真をパソコン街と共に撮ってみた. |
![]() メイドがレジを打つ輸入食品の店 毎日ではないらしいが出勤しているときは看板がでる. (メイドの撮影は禁止) |
![]() メイド整体サロン 整体マッサージもメイド仕立て |
![]() メイド足モミサロン 足裏マッサージもメイド仕立て |
![]() 今の秋葉原にはアニメショップもよく見られる |
![]() パソコンに関する部品を売っている |
![]() 掘り出し物を探し出す 女性のショッピングと通じるものがある |
![]() 「萌バーガー」 なんでも萌えをつけている |
![]() 路地裏の風景 |
![]() 秋葉原駅前で歌を歌うアイドル?に群がる群衆 |
![]() 駅前は,メイドでいっぱい. いつからこのような街になったのか. |
The elevator at the Okuno building and Hakuhinkan building ( Ginza )
![]() 奥野ビル |
![]() 博品館 |
| 銀座にある風変わりな珍しいエレベータを2つ紹介する. |
| 奥野ビル |
| 銀座を歩いていると昭和初期に建てられた歴史遺産と言えるような建物に出くわすことが多い.最近では耐震性の問題から次々と取り壊されていて寂しい限りであるが,今後も次第に姿を消していくビルディングであろう.奥野ビルも,そんな昭和初期である1932(昭和7)年に建てられた鉄筋コンクリート6階建ての(7階は増築している)建築物で,現在でも画廊などが入居している貴重なビルである.かつては「銀座アパートメント」と呼ばれていたように当初はアパートとして機能していたが,風呂なしで手狭の部屋は次第に居住スペースから画廊などのスペースとして使われるようになったらしい.近くに「銀座湯」の銭湯があるので,風呂なしは問題にはならないと思うが,近代化の進んだ現代では住みづらい空間となっていったのだろう. そんな奥野ビルは,建物そのものも貴重な存在であるが,その中にある「エレベータ」も貴重なのである.なんと扉を手動で開け閉めするエレベータなのである.(運転そのものは自動式) 古い建物の見られる銀座では,このように扉を手動で扱うエレベータは他でもいくつか見られるようであるが,これも近代文明の先進的な歴史を刻んできた銀座ならではの歴史的遺産であるように感じる.画廊は外部の人が入れる施設なので,画廊見学がてらふらりと立ち寄って建物とエレベータを眺めてみるとよい.節度とマナーを守って見学しましょう. |
![]() 奥野ビル 時代を感じさせる外観である. スクラッチタイルで覆われた外壁が特徴だとか. |
![]() 1階の入口 |
![]() これが噂のエレベータ 手をかける引き戸の凹凸が扉についている この扉は当初からのものではないらしい 階数表示器が羅針盤の形をしていて矢印で示す(渋い!) かつては全階止まっていたようだが,現在は2~5階は停車しない |
![]() とりあえず籠のある6階まで階段で上ってみた |
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![]() 6階フロアー フロアー側の扉はガラスとなっていて, エレベータの籠内の明かりが見れる |
![]() エレベータを呼ぶときは 「呼」と書かれた下のボタンを押すと 籠(かご)がやってくる |
![]() 左側が籠側の扉(ホール側から撮影) 右側がホール側の扉(籠の中から撮影) つまり,エレベータにのるためには2枚の扉を手で開けなければならない (けっこう重たい扉である.女性にはつらいと思う) 閉まるときは自然に閉まるようになっている |
![]() こんな感じで2枚の扉を手で開けるエレベータ |
![]() 操作ボタンは上から「7」「1」電灯スイッチがあって「6」となっている |
![]() 運転中のエレベータ |
| 博品館 |
| 博品館は明治23年に銀座で創業した歴史ある玩具店である.昭和53年に劇場を備えた8階建ての現在のビルが建てられて,日本一大きい玩具店としてギネスブックにも掲載されているように,1階から4階までは「おもちゃ」で埋め尽くされているビルである.そんな博品館の中央部には1~4階までを結んでいる1台のエレベータが存在しているが,これこそが珍しい「油圧式エレベータ」なのである.大抵のエレベータは籠(かご)と錘(おもり)とをロープで結んで,それをモータで動かしているものがほとんどであるが,油圧式エレベータは籠の下に棒がつけられていて,油の圧力でシリンダー(棒)を上げたり下げたりして籠を動かす方式である.最上部に機械室を設けなくて良い反面,高速で運転できないことや高層階への運転には不向きといった欠点もある. 博品館にある油圧式エレベータの素晴らしいところは,日本一の玩具屋を目指すためにあえてこの珍しい油圧式を採用し,さらに外側からもエレベータの仕組みが判るようにと,ガラス張りのシースルーとしてその周りにらせん階段を設けているという点にある.籠の中にも説明書きが貼られているので,エレベータに興味のある方は是非とも訪れておきたい名所である. |
![]() 博品館トイパーク |
![]() 油圧式エレベータ(1階) 外見からは普通のエレベータと変わらない |
![]() 「このエレベータの”におい”のもとはなに!?」 というタイトルで油圧式エレベータの説明が貼ってある 籠に乗り込むと油のにおいが「ぷ~ん」と鼻をつく 小さい子供が「くしゃ~い」と叫んでいた. |
![]() これが籠を支えているシリンダー(棒) 油圧で支えている 今となっては手間のかかるエレベータなのである |
![]() 籠の下部 シリンダが籠に直結されている |
![]() 子供達で大賑わい アジア各国からの観光客も多い |
![]() これも銀座!? |
![]() |
| 銀座5丁目付近 |
![]() 鳩居堂前.いつも地価日本一!! 5丁目といっても4丁目交差点すぐ脇である. お香や書画道具を売っている店 |
![]() 銀座ALLEY ALLEYとは裏道・横道・細道という意 |
![]() みなさん座って絵を描いている |
![]() みゆき通り |
| 銀座6丁目付近 |
![]() 「GUCCI」&「松坂屋」 銀座5丁目交差点前 (地番は6丁目にある) |
![]() 路地裏に入ったところにある JAZZライブハウス「スイングシティー」 |
![]() これだけ人出が多いと, 歩行者天国冥利につきる |
![]() 歩行者天国は上記の時間のみ. |
| 銀座7丁目付近 |
![]() クラシックな「ライオンビアホール銀座7丁目店」 |
![]() 盆栽・水石を扱う「銀座森前」 こういった面白い小さな店を発見できる銀ブラは楽しい |
![]() 22時~1時までは規定の場所以外では乗れません. 流しのタクシーには原則乗れません. |
| 銀座8丁目付近 |
![]() 「資生堂パーラー」 数年前,ビルが新しくなった |
![]() 8丁目の一番端にある おもちゃの「博品館」 珍しい油圧式エレベータがある. |
![]() 路地裏には高級クラブがズラズラと・・・ |
![]() 「バーバリー」は8丁目 |
![]() 8丁目から1丁目を眺める |
![]() 地名看板 |
![]() |
| よ~く振り返ってみると,東京考察で正々堂々と「銀座」を取り上げてこなかった.「No.12 夜の銀座」や「No.40 交詢社ビルヂング」などでピンポイント的に扱っていただけである.今回は,1丁目から8丁目まで,銀座の風景を紹介したい.まずは1丁目から4丁目まで. |
| 銀座1丁目付近 |
![]() 銀座1丁目は首都高を挟んで京橋と接している. 銀座通りから京橋方面を望む. |
![]() 反対になって,銀座4丁目方面を望む. |
![]() 路地裏の通りはこんな感じ. |
![]() 昭和初期に建てられた 古参ビルに出くわすことがあるのも銀座 |
![]() この路地裏には, 昭和37年からオープンしている「青汁スタンド」がある. 青汁1杯230円(小サイズ)だとか. |
| 銀座1丁目には「銀座湯」という銭湯もある!(写真なし) |
| 銀座2丁目付近 |
![]() 「シャネル」がある. |
![]() 「ルイ・ビトン」がある. |
![]() え~ぃ,「ティファニー」も載っけちゃえ~! |
![]() 文具の「伊藤屋」も2丁目に. この文具屋は見ていて飽きない. |
![]() ![]() 「WINS銀座通り」は, ビルの地下1階に隠れるようにひっそりとある. |
![]() こちらはでかい「WINS銀座」(「通り」がつかない) どちらも2丁目にある. |
| 銀座3丁目付近 |
![]() 近年リニューアルされた「松屋銀座」 ちなみに牛丼の松屋ではありません.百貨店です. |
![]() アップルコンピューター(左) OPAQUE(右) 最近のビルはガラスや新素材の冷たい感じのものを 全面的に出してデザインしているビルが多い気がする |
![]() 「銀座の柳・二世」 銀座では至る所に二世が植えられている. |
![]() 銀座では古い建物に出くわす. |
| 銀座4丁目付近 |
![]() 4丁目といえば交差点にある「和光の時計台」 銀座の中心である. |
![]() 4丁目交差点の交番 屋根の上には「安全カエル」が座っている |
![]() 三愛ビル 夜は綺麗にきらびやかに. |
![]() 銀座4丁目交差点 晴海通りと銀座通り(中央通り)が交差する. 一番賑やかで人通りが多いところ |
(このページは2005年に掲載したものです)
12月の中頃だというのにこの大雪.このまま寒気が弱まらなく,例年通りの1月2月がやってくるとなると,いったいどれだけの雪の量が降り積もるのか,特に会津地方ではぞっとするような気候が続いている.郡山でも突風と共に雪が降り続き,市内の通りはツルツルに凍り付いて,大渋滞となっていた.東北・磐越自動車道が通行止めになっていることもあって,特に渋滞がひどいのが国道4号・49号線であり,通常は車で15分程度のところが1時間もかかったりしていた.
ところでこんな時,とても重宝する情報はインターネットのライブカメラ画像である.国土交通省や福島県の道路管理者によって管理用に設置された道路カメラの映像をインターネットで24時間静止画像で公開しているもので,雪の状況や道路の渋滞状況がパソコンから見ることができ,「あらら,猪苗代は大雪で大渋滞だよ.こりゃ~,3時間はかかるな」などといったことが瞬時にわかる.ライブカメラは,
国土交通省 http://www.thr.mlit.go.jp/koriyama/
福島県 http://www.pref.fukushima.jp/kenchu/kensetsu/ で見ることができる.
また,NTT東日本で提供している
http://www.ntt-east.co.jp/fukushima/mado/live/index.html もお奨め.
郡山の歴史というと「安積疎水」ははずせない.明治に入って安積疎水の通水による大槻原の開墾を行ったことは全国的な社会科の教科書にも掲載されるほどの大きな出来事である.しかし,そのことに異を唱えて郡山八景ワーキンググループで発行された散策マップがある.それが「郡山八景散策マップ」である.マップの巻頭には,「郡山は,安積疎水で発展したまちと言いますが,実際は有史以来重厚な歴史を持っているまちです.」という言葉から始まっているとおり,安積疎水ができる前から歴史があったんだということを強く訴え,江戸時代の郡山は,奥州街道の大宿場町として歴史遺産が数多くあることをPRしている.郡山八景とは,「弁天の松の雪」「如法寺の晩鐘」「八天狗の糸桜」「愛宕山の秋の月」「八幡森の明け烏」「皿沼の釣舟」「稲荷舘の夜雨」「八丁八橋の駒の跡」となっており,いずれも写真と解説がついており,「へぇ~,こんな歴史遺産があったんだ~」と,小さな街の発見をすることができて面白い.今年(2005年)の10月に駅やホテルなどで無料で配布され,B4判の大きさ,折り畳んで持ち運びができるものとなっている.製作は郡山青年会議所,編集は福島県県中建設事務所のワーキンググループで行った.麓山の福島県合同庁舎案内所前でも配布している.
駅前のビッグアイ最上階23階(外から見て「i」の字の点「・」の部分)には,郡山市の財団法人が運営する「郡山市ふれあい科学館「スペースパーク」」がある.そこには科学に関する展示を行う「展示ゾーン」などの施設とともに,「宇宙劇場」と呼ばれるプラネタリウムが存在している.宇宙劇場の上映時間は45分が基本で,プログラム内容は季節毎に変更するようになっている.入場料が大人400円というのは手軽な値段で大変うれしい.一般番組として宇宙の話を行うもの(12月までのテーマ:「宇宙の果ては?」)や,親と子の天文教室(12月までのテーマ:秋の星とペルセウス座物語),星と音楽の夕べとして各アーチストの曲とともに宇宙に関する映像やプラネタリウムが上映されるもの(過去に,平井堅やクイーン・カーペンターズなどが行われた)も夕方最終回のプログラムに組み込まれている.金曜日に限っては19時からの上映もあるので,仕事帰りにちょっと音楽と星座を見てリラックスをしよう!などといったことも可能である.
今月の「星と音楽の夕べ」のアーチストは中島みゆきであった.金曜日,仕事帰りにちょっと見てみることにした.宇宙劇場内は,映像を映し出すスクリーンである直径23mの傾斜型ドームがあって,座席数は234席となっている.プラネタリウム投影機や全天周映像装置・デジタルプロジェクターなど,最新の設備が設置されている.中島みゆきの「地上の星(プロジェクトXの主題歌)」から始まって,秋の星座が映し出された.今晩見ることのできる星座の解説があって,真っ暗な場内で煌めくような星の映像とともに「空と君のあいだに(ドラマ「家なき子」の主題歌)」「別れうた」「旅人のうた」が流れた.「誕生」の歌のときは,月の誕生について映像が流れ,最後の「ヘッドライト・テールライト(プロジェクトXの挿入歌)」の時は,アポロ13号の月面着陸時の映像が流れ,感動のあっというまの45分間であった.緻密にストーリーを組み立てており,飽きがこなくて見ていて楽しい,聴いていて心安らぐ「星と音楽の夕べ」であった.しかし,入場者が十数名しかおらず,この素晴らしいエンターテイメントにもっと足を運んでもらいたいと思うのは僕だけであろうか.「星と音楽の夕べ」は平日は15:30~,土日祝日(冬季)は17:00~,金曜のみ19:00~も開催される予定となっている.
ところで,クイーンのときは,ディスコ(今はクラブというのか)のようにみんな踊りまくっていたのであろうか? もう一度,平井堅とともに見てみたいと思うのであった.過去の特集も期間限定でアンコールしてもらいたい.
全国のワイドショーで,ゴミを家に持ち込んでいるという男性の話題が連日放送された.それがなんと郡山市の赤木町.それも4軒にもわたってゴミをため込んでいるという.時々こういう報道を見かけるが,どうしてゴミを家の中に積み上げようという心理になるのかちょっと理解に苦しむが,周辺住民からも悪臭がするので撤去して欲しいと郡山市に苦情を言っているようだ.市役所では道路上のものは片づけられるが,家の中のものは撤去できないとのこと.早速,車で赤木町の住宅街の中を走ってみた.4軒もあるので,ぐるぐる走っていれば見つけることができるだろうと思い,うねめ通りの咲田から県合同庁舎に向かう2車線道路に曲がり,ブイチェーン(だったと思うが)の店舗脇の国道4号に抜けれる非常に狭い一方通行の道をしばらく走っていくと,早速ありましたよ,ゴミの入ったスーパーのビニール袋を築堤のように整然と積み上げて塀を造っている木造家屋が(右手側).途中で左に曲がり,またぐるぐると走っていると,今度はがらくたの積んである別の家も発見! そこでは道路脇で整理をしているおじさんがいて,タバコを吸ってこちらを睨んで立っていた. 【ビンゴ!】 恐らくこの人が張本人だと思われる.その脇には郡山市が設置した「不法投棄はやめましょう」の看板が.恐らく,ゴミ屋敷を見に来た人がいっぱいいたと思われる週末であった.
日に日に朝晩の冷え込みが厳しくなり,木々は色づき始めている.国道4号の若葉町交差点から,咲田・西の内・並木・朝日・桑野・亀田と走って希望ヶ丘団地まで,4車線の「うねめ通り」が貫いている.地元の人は,通称「軍用道路」と呼ぶ人もいるが,かつて大槻には陸軍の基地(現在の自衛隊のところか)があって,そこまでの軍用道路としての役割を果たしていたことからこの名がついており,住宅地図を見てみると今でも軍用道路の記載が見受けられる.
そんな「うねめ通り」の西の内・並木(イトーヨーカドー)・朝日町付近の街路樹は色づきはじめている.おそらく「プラタナス」ではないかと思っていたが,よく見ると木の幹の樹皮が白くない.プラタナスは白い大きなカサブタのような樹皮が貼り付いているような感じになるのである.内環状線に植えられている街路樹は,間違いなくプラタナスであるが,うねめ通りの街路樹は似ている別種ではないかと思われる.
プラタナスは,和名では「すずかけのき」と呼ばれ,秋になると真っ黄色に色づき,秋を感じさせる街路樹である.パリのシャンゼリゼ通りにも植えられており,姉妹都市を提携している東京都の街路樹でも多く見ることができる木である.まさに今,並木・朝日町付近では,真っ黄色に色づいたプラタナスが,カサカサと音を立てながら寒風にゆられていた.まもなく,寒い寒い冬がやってくる.そんな,ちょっと寂寥感のある街の風景であった.余談であるが,かなり大きな葉っぱが道路上に舞い落ちており,毎年秋になると落ち葉の片づけが大変そうであるが,先日クレーンにのった作業員が剪定作業を行っていて,内環状線のプラタナスは葉が落ちる前に葉を削ぎ落とされ,丸裸にされていた.落ち葉の苦情が多いのかもしれないが,何か奇妙な光景でもある.
酒飲んだあとのラーメンならぬ「カレー南蛮そば」.陣屋の細いレンガ通りにある「辰美」のカレー南蛮は,「つう」には名の知れている店である.ちょっと綺麗とは言い難い店構えと店内であるが,のれんをくぐるとカレーの香ばしいにおいが鼻に入ってくる.カウンターに椅子がずらりと並べてあり,入ってきたお客のほとんどが「カレー南蛮」を注文する.店先の看板には,「お茶づけ・やきとり・生そば」と書かれていて,ビールや焼き鳥も注文することができるが,やっぱり人気はカレー南蛮なのである.なんといってもつゆがいい.カレー南蛮というと,普通のそばつゆにそばを入れて,申し訳なさそうに上にカレーのソースをかけるだけのカレー南蛮もあるが,ここのそばは「つゆそのもの」が「カレーつゆ」となっていて,味付けが程よくなされている.飲んだあとにはカレー南蛮,これもなかなかいける.
10月に入って,今年度も下半期に突入した.9月30日は上半期の区切りの日とあって,いくつか大きな話題が入ってきた.
まず,交通の話題から.福島と福岡を結ぶ航空路線が来年の3月で休止されることとなった.開港当初から運行している老舗路線であるが,現在の搭乗率は約4割まで下がってしまい,やむなく休止とのことである.運行時間帯が夕方1便のみという不便さもあるが,思うように観光客誘致ができなかったらしい.やっぱりここは,福島空港を野口英世空港にして観光客誘致しか手はない.
郡山・福島と仙台とを結ぶ高速バス競争の火付け役となった富士交通が10月12日をもって運行を取りやめると決定した.富士交通はバス参入の規制緩和を受けて,低価格とサービスを売り物として既設バス会社に対抗して路線を開設したバス会社であり,熾烈な戦いぶりは本コラムのNo.6,No.27,No.49でも取り上げてきたところである.運賃が破格の安さになり,便数も当初の1日6便から大幅に増加していることから,乗客にとってはありがたい競争であったが,軍配は既存バス会社に上がったこととなる.なお,共同運行していた桜交通は,しばらく休止のあと再び仙台線での運行を再開するとしている.
福島県内の民放FM局「ふくしまFM」の本社が10月1日より福島市から郡山市に移転した.ちょうど開局10周年にあたる年に福島県の中心地・郡山に移転したことになる.やはり情報発信は県内どこに行くにも便利で,経済の中心地である郡山市の方がいいということなのだろうか.福島市は仙台までの高速バスの利便性もあって,ますます衰退していっているように感じる.
いわき市に本店を置く,カニピラフで有名なシーフードレストラン「メヒコ」が民事再生法を申請してしまった.営業は続けるそうだが,沖縄県から宮城県まで約20店舗を展開しており,最盛期には売上高約42億円を計上していた.負債は約28億円.なお,メヒコのカニピラフは楽天の通信販売で購入できるのでお試しを.いわきでは鹿島ショッピングセンターのダイエー撤退に続く暗いニュースである.
そんなこんなの上半期であった.
国道4号線を北上し,郡山市から本宮町に入ってすぐ右側にアサヒビールの福島工場がある.1972年(昭和47年)からの操業で,敷地面積約25万m2,年間生産量約7億本(大ビン換算)を誇る国内でも最大級の生産能力を誇る工場である.福島工場からは,東北六県と新潟県・群馬県・栃木県に出荷されている.
ここには,工場に併設されてアサヒビール園があるので,できたてのアサヒビールを飲みながら人気のラム肉のジンギスカンとしゃぶしゃぶを頬張ることができるのであるが,ビール園もさることながら,ビール工場の見学を無料で行うことができるのも魅力のひとつである.原則予約制であるが,混雑していないときは飛び込みで見学を行うこともでき,仕込室・発酵工程・ビン詰工程・缶詰工程・再資源コーナーなどをガイドさんのわかりやすい説明を聞きながら見ることができる.でもなんといってもお楽しみは,最後に出される工場直送の生ビールの試飲(スーパードライと黒ビールから選べる)である.缶ビールのおいしい入れ方が印刷された特注非売品の「カッパえびせん」と「鴨の薫製」のつまみまで出されて,さらにお代わりOK(それなりの大きさのグラス一杯に注がれる)といった太っ腹なサービスで,これで見学無料というのだから,さすがは「アサヒビール」といった感じである.隣のおばちゃんなどは,「うわぁ~,おいし~ぃ! やっぱ,違うわ,これ!」と叫び我を忘れて大はしゃぎ.休みの日になると,大型バスで関東や東北各地から福島県を観光したついでに工場見学とビール園昼食セットでやってくる団体が多いらしく,大勢の人で賑わっており,郡山地方のちょっとした隠れた名所である.
2ヶ月後,案内したガイドさんから1枚の絵はがきが届いた.またお近くにお越しの際はお寄りくださいとのこと.さすがのアサヒビールであった.
郡山から車で1時間ほど南東に走ったところの石川町に母畑温泉がある.母畑温泉は複雑で珍しい岩質のある地質構造を持つ地域であることもあって,アルカリ性単純泉・ラジウム含有泉である放射能泉となっており,神経痛、リューマチ、打身、火傷、切傷に効能があるとされている.その母畑温泉のなかに,ひときわ大きな高級温泉旅館が存在する.その名は「八幡屋」である.
八幡屋は,泊まってみたい温泉宿10選にも選ばれたことがある(何の雑誌かは忘れてしまった!)ほどの名旅館で,一歩建物の中に入ると,ロの字型に宿泊棟が配置された大きな吹き抜けの空洞となっており,ガラス張りのエレベーターが優雅に上下に移動している.(そのエレベーターはドアが閉まると外の景色を見やすくするためにカゴ内のライトが暗くなる芸の細かな演出をしている) なんといっても八幡屋の素晴らしいところは,従業員たちのきめ細やかなおもてなしのサービスで,駐車場のドアまでやってきて荷物を持ってフロントまで案内してくれたり,荷物を持ってもらって部屋まで案内されると自己紹介と館内の説明,そしてお茶を入れてくれたり,宴会時や朝食時も同じ担当のまかないさんが世話をしてくれたりと,きめ細やかなサービスが提供される.
温泉も大きく広々とした浴槽となっており,面白いサウナとして横に寝ころぶラドンサウナ「せせらぎ」を体験することもできる.吹き抜けのホールでは,夜は屋台を並べた夜市が行われ,朝になると舞台の上で琴を優雅に弾いており,なんとも贅沢でくつろぎのある時間を過ごすことができたのであった.
郡山ではリクルート社発行の「ホットペッパー」が発行されている.ホットペッパーは駅やコンビニで入手できる居酒屋やレストランなどの割引クーポン券が印刷されている情報誌であり,毎月月末の金曜日に発行され,値段は「0円」無料となっている.色々な店の紹介の情報誌が無料で手にはいることもあり,結構ちまたでは人気の高い情報誌である.無料となっているカラクリは,掲載している店から広告料ということで収入を得ているためであり,情報誌を見てお店に足を運んでもらえれば,お店側としてはOKということになる.東北地方でホットペッパーが発行されているのは,仙台と郡山の2都市のみであり,そう考えると「郡山って東北第2の都市なんだ!」と感慨深いものがこみ上げてくる.
ホットペッパーが発行されている48都市で見てみると,発行部数が最も多い都市は「銀座・新橋(東京)」の35万部,ついで「大通り・すすきの(札幌)」,「新宿・池袋(東京)」などの30万部となっている.一方,最も少ないのは「長岡(新潟)」の4万部であり,「郡山」は5万1千部となっている.
広告掲載料で比較してみる.最も掲載料の高いのは「大通り・すすきの(札幌)」の6万円(最も枠の小さい1/18ページサイズにおける掲載料の場合.以下同じ)であり,「銀座」や「新宿」の5万円を上回っている.観光客の多く訪れる札幌すすきのを抱える札幌ならではの値段設定なのであろう.そして,最も安いのは,「郡山」と「長岡」の2都市のみで3万2千円となっている.
飲み会の時はホットペッパーを持参して,割引やフリードリンクサービスを受けるとお得感倍増である.ホットペッパーに載っているお店は新規開業のところも多く,新規開業の店は最初のうちは混んでいるが,半年も経つと飽きられて閉店に追い込まれ,また新しいお店が誕生してホットペッパーに掲載され・・・,といった繰り返しの店も多く見られる.読者の約8割が女性であるとのことであり,流行の情報感覚は女性の方が鋭いようである.男性陣は,赤提灯のぶら下がった心安らぐ「ママ」のいる小汚い居酒屋の常連さんの方が心地よいのかもしれない.
なお,ホットペッパーには飲食店の他に,美容室やエステ,スクールなども掲載されている.
郡山仙台間の高速バスの熾烈な戦いについてはNo.27とNo.6でも述べた.その後どうなっているのか,状況をレポートする.
新規参入の富士交通(本社仙台市)が会社更生法を適用してからも高速バスの運行は続けているが,既存バス会社(福島交通・宮城交通・JRバス東北)による本数の増便や回数券の割引の追随攻撃を受けたことにより,乗車客数が伸び悩んでいるようで,新規参入組は当初に比べて本数を激減させており,車内でのお茶のサービス等もなくなっている.料金も往復回数券2,300円で落ち着いてきており,こうなると本数が多い既存3社にお客が流れていくのは当然で,現在では圧倒的に既存3社に軍配が上がっている.仙台駅広瀬通りの宮城交通バス乗り場では,相変わらずハンドマイクを使った案内放送合戦を繰り広げているが,既存3社は3人もの案内係を配置して(もちろんハンドマイク持参),東北各地に発車する高速バスの乗客達をさばいている.新規参入のパートナーである桜交通(本社白河市)も本数を減らしていて,路線がなくなるのも時間の問題であるように思われる.
利用する我々にとっては値下げ競争の結果,仙台に気軽に買い物に行けるようになり,日帰りで充分遊んでくることが可能なので喜ばしい限りであるが,バスが途中でパンクしたり故障して炎上したり,乗務員の過労による居眠り運転などがないよう,安全対策にしわ寄せがこないよう充分にお金を回して欲しいと思うのでありました.
このご時世,少しでもお金を浮かせたい! 東京まで一般道で行くとどうなのか.2人以上の場合,徒歩を除いて最も安く東京に行く方法がこれなのである.郡山市から東京都心までは約250kmあり,食事タイムや休憩時間を入れておおよそ6時間の道中となる.ただひたすら国道4号を南下していくのである.
郡山から須賀川までは4車線(両側)であるが,そこから宇都宮の手前までは白河を除いて2車線の道路となる.ここまでの道のりはバイパスも整備されておらず,スピードも出せずにだらだらと走る感じでとても長く感じられ,那須塩原付近や氏家・矢板付近では大型商店の建ち並ぶ中を走るので,ちょっとした渋滞に巻き込まれる.
宇都宮の手前から4車線の道路となり,新4号バイパスも整備されて小山の南まで信号のほとんどないバイパスが続く.ここでは時速80km(制限速度は60kmですのでお間違いなく.捕まらないギリギリの速度が80kmか?)で快調に飛ばせるので,小山の南まではあっというまに移動することができる.昔は,2車線だったので4車線化の道路整備は着実に進捗していることが伺える.
利根川を渡る手前では再び2車線となるが,用地買収は終わっているようなので,あとは事業が進むのを待つだけであろう.利根川を渡って茨城県にちょっと入るのだが,かつてこの橋を渡るには有料であった.そして,今年オープンしたばかりの道の駅「ごか」(「こが」ではなく「ごか」.古河市ではなく猿島郡五霞町にあるので「ごか」)が左手に現れるので休憩をとるが,郡山東京間の国道4号沿道にある道の駅では唯一のものである.
春日部付近までは2車線であり,バイパスの2車線ではあるがノロノロとなる場合がある.春日部からは4車線となるが建物が建ち並ぶようになり,都会特有の車線の幅が狭い車線となる.僕の場合は途中から右に曲がって,東北自動車道の浦和ICを目差し,国道121号に左折して,鳩ヶ谷・赤羽・王子を走って都心を目差している.
費用は,ガソリン代のみ.燃費はリッター10kmとして,250kmで25リットルのガソリン,1リットル120円とすると片道3,000円となる.ちなみに,今年の夏は2日にわたり,行きと帰りで一般道走行をやったが,次の日はさすがに右肩から背中にかけて筋が張って痛みが残った.さらに,この日から腰痛に悩まされるようになり,長時間運転もほどほどにしないといけない.もう若くない体には,安さの代償にしては大きいものがある.
なお,都心の道路を走る際には,車線が狭いのに加えて,突然右折専用車線になったり,交差点を越えると車線数が変更になっていたりと,道の特性を知らないと予期せぬ事態に遭遇する.慌てずに落ち着いて,左右のサイドミラーを睨みながら安全運転に心がけましょう.
「ビッグアイ」とは郡山駅前にそびえ立つ高層ビルで,地上24階建ての高さ約133mの福島県内で最も高いビルディングである.ビル全体の外観が英子文字の「i」になっている.iの頭の点の部分(20~24階)には展望室とスペースパークと呼ばれる宇宙劇場(プラネタリウム)やふれあい科学館があって,展望室は無料で入ることができる.
この複合ビルには,1~5階にはMOLTI(モルティ)と呼ばれる専門店街,6~7階は土日でも住民票や印鑑証明などが発行できる市役所の市民プラザ(これは便利),8~14階は定時制単位制・通信制単位制の福島県立郡山萌世高校,15~19階はオフィスフロアとなっている.郡山駅西口の再開発事業で行われたのであるが,近年の経済不振によってテナントが思うように集まらずに苦心しているようである.
展望台に登ってみると安積平野が一望できて,緑に囲まれた平野であることが実感できる.かつての郡山駅を再現した鉄道模型のジオラマも展示してある.展望台に行くエレベータは3台あるが,そのうちの1台は直行エレベータでちょっとした細工が施されており,扉が閉まると真っ暗になって足下から赤や黄色のランプがピカピカと光り,宇宙空間を思わせるように「ゴー,ゴー」という効果音が流れてくる.ところが,子供に受けようとしてこの演出を行ったのであろうが,小さい子供は怖がってしまい,「帰りは明るいエレベータで下りるから大丈夫よ」などという光景も.また,女子高生などは冷めたもので,「このピカピカって分けわかんなぁ~い」などと言っている.しかし,このエレベータは全国的にも珍しい演出エレベータなので,みなさん,展望台に行くときは,是非とも一番右側の展望台直行エレベータに乗ってみましょう.
巷で絶大な支持を得ているのが酪王牛乳のカフェオレである.酪王牛乳は福島県酪農協同組合が生産する牛乳のブランドであり,牛乳をはじめ各種乳飲料,ヨーグルト,バターなどを生産している組合である.本部は福島市であるが,工場は郡山市大槻町と会津若松市に存在し,福島県内ではスーパーやコンビニで見かけることのできるポピュラーな牛乳である.郡山市の小学生は大槻工場に社会科見学に行くらしい.なかでも,人気の高い商品が1976(昭和51)年より販売されている「カフェオレ」なのである.
酪王牛乳のカフェオレには2種類ある.生乳50%未満のカフェオレは「ハイ・カフェオレ(1000ml・300ml)」という商品であり,「カフェオレ」よりもよりコーヒー味が強く,こちらは「カフェオレ」とは別商品である.生乳約70%を使用したカフェオレが巷で人気の高い「カフェオレ(500ml・300ml・200ml)」であり,県外に住んでいる人が福島県に戻ってきたときは500mlのカフェオレを買いだめしてしまったり,一度飲んだら他のカフェオレは飲めないという人がいたりと,カフェオレに対する熱い思い入れを語る人は多い.というわけで,早速飲んでみた.この程よいビターな味わいが最高なのであろう.甘すぎず,かといって苦すぎず,一見すると甘ったるいカフェオレを想像してしまうが,このほろ苦さと牛乳のクリーミーさがリピーターを逃さない秘訣の味なのである.

郡山から東京へ行くには,時間の早い新幹線,値段の安い高速バスと利用者のニーズに応じて交通機関を選択することができる.お金がないときは高速バスかな,といった考えがとっさに思いつくが,実はJRの鈍行で乗り換えながら東京に行くのもそんなに時間のかかることではない.新幹線が開業する前の東北本線は,仙台や盛岡・青森などへ向かう特急や急行列車が沢山走っていて,鈍行列車は通過待ち合わせのため時間がかかるものであったが,今では特急はほとんど走っておらず,夕方の寝台特急だって数本なので,普通列車のスピードも速くて思ったよりも時間がかからずに東京まで行くことができる.
郡山駅から東京までは直通列車は走っていないので,黒磯駅と宇都宮駅の2回の乗り換えが必要となるが,平成16年10月の時刻改正によって接続時間がよくなって,数分の待ち合わせで乗り換えができるようになり,さらに宇都宮から東京までの宇都宮線では「快速ラビット」との接続になっているので,よりスピーディに東京まで行けるダイヤになっている.さらに日中は湘南新宿ラインの快速との接続になっているので,新宿や渋谷方面にも行きやすくなっている.平成17年12月のダイヤ改正では,若干接続時間に余裕ができた反面,快速列車との接続が悪くなり,東北本線は各駅停車の接続となることが多くなり,時間も若干かかるようになった.それでも,郡山から東京までの所要時間は,概ね4時間といったところであり,高速バスでは約4時間(郡山・新宿間)なので,時間もほぼ互角といったところである.運賃は,郡山-東京都区内で大人片道3,890円(2日間有効の都区内乗り放題がついた東京自由乗車券だと往復7,200円)なので,高速バスの片道4,000円(往復割引だと7,000円)と互角といったところか.運賃も所要時間も高速バスとあまり変わらないのである.また,宇都宮から東京まではグリーン車が併設されている場合もあり,グリーン料金は事前購入のホリデー(土日)料金で750円(車内購入だと1,000円)なので,東京近郊で混雑しているときはグリーン車を使用してしまう手もある.
鈍行列車は,長距離を乗り通す人が少なくていずれ座れるので,壁際に座ってしまえば足を伸ばしてぐっすり眠っていくことも可能であり,ちょうど1時間程度の乗車ごとに乗り換えがあるので,気分転換を図るのにもちょうどよい.ただ,冬期間の黒磯から東京側の電車は非常に寒い(黒磯から以北の東北本線は逆に暖房が効き過ぎていて熱い!)ので,冬はやめといたほうがよい.また,乗り換え時間が少ないので,もたもたしていると乗り遅れるので,乗換駅では注意が必要である.列車にはトイレもついている(恐らく綺麗とは言えないと思うが・・・)ので心配はない.最近の普通列車は首都圏の通勤電車で見られるロングシートタイプが多くなっているが,黒磯以南では東京側の2両分のみはクロスシート(4人のボックスタイプ)が復活してきているので,のんびり景色を眺めながら行くのも悪くはない.
食べ物の話題を続けてもうひとつ.果物好きな僕としては是非紹介しておきたい.JR郡山駅の駅ビル・エスパル改札口(ビックアイ側の3階にある出口)を出た左手コンコース途中に,果物のフレッシュジュースを販売するフルーツバーAOKIがオープンした.この店は,郡山駅前のアーケード内で青果店を開いている「フルーツショップ青木(フルーツショップ青木のHPではないが,その店をインタビューしたときの様子を紹介している)」が経営している店で,同じくフルーツショップ青木が経営しているフルーツタルト「ル・ヴェルジェ」も併設して店をオープンさせた.青木のフルーツといえば,郡山では高級フルーツの代名詞となっており,「福島版千疋屋」といったところか.最近はフルーツタルトの方が有名にもなっている.
ここのフレッシュジュースは濃縮還元液や食品添加物などをいっさい使わず,甘さもフルーツシュガー(果糖)のみというこだわりの味で,果肉がごろごろとジュースの中に残っているので,キウイジュースなどは口径の大きいストローで飲むようになっている.ソフトクリームやフルーツタルトも売っていて店内には机とイスが置かれているので,その場で食べることも可能である.フレッシュジュースというと,果肉が細かくミキサーで砕かれているものをイメージしてしまうが,ここのは果肉が大きいまま残っているのと,砂糖の不自然な甘さではなくて自然の甘さなので,果物をそのまま食べている感覚で飲むことのできるフレッシュジュースである(僕が飲んだのはキウイジュース).こちらも,モーニングのヨーグルトと併せてお試しあれ.ちなみに,青木のフルーツバーは,県内ではうすい百貨店や郡山モール・郡山ジャスコに,仙台では長町モールに,そして東京のLIVINOZ大泉店・光が丘店などにも出店しているようである.福島県内の本物志向のお店がどんどん全国区になっていくことは嬉しい限りである.
「モーニング」という名前の郡山市安積町に本社(工場)のあるヨーグルト専門店がある.メロンやイチゴなど季節の生のフルーツを混ぜ込んでいるヨーグルトなどを量り売りで販売しており,若い女性をはじめヘルシー志向のブームもあって人気が高く,オシャレな店である.郡山市内在住の女性でモーニングのヨーグルトを知らない人はいないだろう.20年ほど前に一人のお母さんがヨーグルトのデザートを作ったのが始まりで,最初は小さなお店を開いていた.ヨーグルトはすべて手作りで,あだたら高原で育ったホルスタインの牛乳を用いて作られている.現在は郡山市内に8店舗(駅前モルティー,モール,安積町の工場直売など),いわき市に1店舗を展開しているが,関東・首都圏の人から「関東方面では開店しないのですか」といった問い合わせが多いらしく,3月より茨城県つくば市に初の県外店をオープンさせたところである.楽天市場においてWEB通販も開始された.
ヨーグルトはいろいろな種類が売られており,僕のお気に入りは大きな果実とナタデココの入ったイチゴヨーグルトとメロンヨーグルトである.甘すぎず,酸っぱすぎず,フルーツの大きな果肉とヨーグルトそしてナタデココのコリコリ感が程よく混ざっていて非常においしい.プレーンヨーグルトも砂糖入りと砂糖なしがあり,お好みのヨーグルトをショーケースを見ながら選ぶことができ,グラム単位の量り売りで容器に入れて売ってくれる.郡山駅に立ち寄った際は,駅前を出た右手のビックアイ(福島県で一番高い建物)の1階に店舗を開いているので,立ち寄って食べてみることをお勧めする.
ついに桜交通が東京までの格安高速バスを催行することになった.なんと郡山-東京間で片道2000円(福島-東京間は2500円.大人子供同額)である.この高速バスは,運行上は募集型企画旅行取引による主催旅行で,(株)さくら観光が主催するツアー(路線バスではなく貸切バス)ということになる.正確には「高速道路を走行するツアーバス」を略して「高速バス」といったところだろうか.全国的に見ても東京・大阪間や東京・仙台間などでも同じような観光バス専用会社による運行が行われ始めてきている.
申し込みはインターネットか電話申し込みとなってiおり,6月からは1日2往復の体制となった(時刻表などが随時変更しているので,その時の情報を確認したほうがよい).乗車券類などの発券は行っていない.また,バス乗り場もバス停などがあるわけではなく,何の案内板もないので不安になってしまうが,路線バスの扱いではなくツアーバスなので,道路占用許可などを役所に申請しなければならないバス停設置などは行わないと言ったところだろう.取消料は,既存の福島交通やJRバスなどと違って,旅行ツアーの取消料が適用される.前日では40%,当日では50%の手数料が取られるが,もともとの運賃が安いのでたいした額にはならない.既存の高速バスに乗り慣れていると,丁寧な車内案内がなくて不親切だな,のりばが分からなくて不安だな,トイレが付いていないな,などと思ってしまうが,ここは格安であるということを念頭において,乗客自身がしっかりと意識し納得(というか妥協)することが必要であろう.東京駅から郡山駅までは,時刻表では約4時間となっている(途中休憩2回ある)が,東京駅を出てすぐの箱崎ランプから首都高にのってしまうので,すいていれば約3時間30分程度でついてしまう.郡山駅まで直行するが須賀川インターを利用している.
現在のところ,東京では東京駅八重洲口の横断歩道を渡ったところにバス集合場所があるのだが(6月中旬から鍛冶橋駐車場に変更済み),そこには既存バスの千葉方面行きの高速バスのりばがあって,そこの案内係のひとが桜交通などの他社のバスが止まらないように,目を光らせていた.なかなか駐車スペースがなくて路上駐車や交通量の多い現在の場所で乗降させるのは大変だと思われるので,土日には交通量も少なくなる丸の内口のオフィス街のどこかの道路脇に乗降場所を変更したほうがよいのではないかと思った.多少,駅から歩いてもこの格安値段なので乗客も納得するはずである.なにしろ既存の高速バスの約半額,新幹線の約1/4の値段なわけなので.あまり,既存のバス会社や周辺関係者と敵対的関係にならずにこの格安高速バスを続けて欲しいと願うのでありました.なお,既存バス他会社の人に「桜交通の郡山行きのりばはここですか?」などといった質問は避けましょう.トヨタの営業マンに向かって「ホンダのフィットを買いたいのですが」と聞いているのと同じことになるので.のりばはインターネットの地図画面を印刷して,自分のことは自分で理解するようにするほうがよい.格安高速バスはある程度の自覚をして利用すべし!!
(このページは2005年に掲載したものです)

金沢は人口約45万人,新潟と並んで北陸を代表する都市である.前田利家が加賀百万石の基礎を築き,城下町として街の繁栄を続けてきたことから,金沢には独特の文化が息づいている.日本再発見の旅として,北陸金沢と能登半島をぶらり旅してみた.
(旅行年月:2005年11月)

東北から金沢へいくには,仙台空港から小松空港まで飛行機で移動する方法と,新幹線を利用して鉄道で移動する方法がある.JRのびゅうプラザで販売している宿泊セットプランを利用すれば,本数の多い新幹線を利用して手頃な価格で金沢に行くことができる.
東北新幹線で大宮まで行き,上越新幹線に乗り換えて越後湯沢へ.さらに特急はくたか号に乗り換えて,郡山駅から約5時間の道のりである.

越後湯沢からは特急はくたか号に乗って金沢へと向かう.直江津までは,ほくほく線という第3セクターの路線を走っていくので,その名にちなんだ「ほくほく弁当」を買って食べた.小千谷産コシヒカリを100%使用しているとのこと.

金沢駅前は整備されて,近代的な空間となった.鳥居のモニュメントとガラスの天井がマッチするかどうかは意見の分かれるところ.
金沢駅前は栄えておらず,中心部は香林坊,夜の繁華街は片町周辺となる.バスで10分程度.

金沢城と兼六園の間にある百間堀跡地.右手が金沢城側であり,写真では木々に遮られていて見えづらいが,高く積み上げられた石垣がすごくて見事.さすが金沢といったところ.

兼六園は,加賀藩5代藩主前田綱紀が庭を造り,13代藩主斉泰が完成させた庭園である.後楽園,偕楽園と並ぶ日本三名園のひとつで,庭園美・造園美はみごと.是非訪れておきたい名所である.

水の流れる風景

せせらぎの風景

冬の風物詩「雪つり」が始まった

金沢城跡地の金沢城公園.数年前までは金沢大学キャンパスであったが,今は移転しており,2001年に菱櫓・五十間長屋などを復元した.

金沢市民の台所して賑わう近江町市場.午後なので,ほとんどの店が閉まっていた.歴史は古く,享保6年(1721年)に各地の市場が集められて今のような形態になったとか.

市内を流れる浅野川.黒の瓦屋根と街路樹の配列と川面の広々とした空間が心地よい.ひがし茶屋街付近の橋場町.

ひがし茶屋街
かつて遊郭のあった花街で,格子戸のある家が今でも残る風情ある街が連なっている.

「志摩」
文政3年(1820年)に建てられた,国指定重要文化財に指定されている貴重な建物.2階が客間となっていたところで,入館料を払えば2階まであがることができる.築180年を経過した貴重な建物なので,是非入場したほうがよい.建物内の狭い空間が,なんとも懐古を体感できてよい.

「志摩」の中庭.
典型的な茶屋のお庭だそうである.

控えの間の襖が開くと,そこが演舞の場となっており,舞や三弦などの遊芸が披露されていた.

「懐華楼(旧越濱)」
こちらは文政3年(1820年)に建てられた旧越濱を修復して,茶屋を残した建物で,金沢市指定保存建造物に指定されている.お抹茶を味わうこともできる.

懐華楼の床の間.壁や柱は漆で塗られ,「色気」が感じられる空間が演出されている.

路地裏の風景

金沢市内には4ルートの小さな周遊バスが走っているが,観光で回るのなら,北陸鉄道が運行している「金沢周遊バス」がお奨め.15分間隔で,1回200円,1日乗車券は500円で購入できる.

能登半島は思ったよりも奥が深い.文化的にも奥深いが,地理的にも奥が深いのである.金沢から和倉温泉まで特急で1時間,最北端の珠洲市までだと約150kmもある.和倉温泉駅でレンタカーを借りて,能登半島をグルッと1周して戻ってきたが,それだけで1日を費やしてしまった.能登半島の旅は,余裕を持った行程を組みたい.

和倉温泉の歴史は古く,約1200年前に開湯したと言われている.前田利家が城を築いて港町として栄えてきた七尾市に位置している.泉質はナトリウム・カルシウム塩化物泉で,効用は多岐にわたる.飲用の効用としては,慢性消化器病,慢性便秘だという.うがいでは,慢性気管支炎,咽喉炎.
写真は,和倉温泉の源泉が湧き出している弁天崎公園の飲泉所.

弁天崎公園にある第5号源泉.

ここで湧き出た温泉が,各旅館へ配湯されている.

これが噂の「加賀屋」.おもてなしの心を大切にする名旅館で,いつもNo.1にランクインされている.1泊3万円以上はする.いつかは泊まってみたいが今回は見送った.すでに予約で満員であった.

泊まった宿は,おだやかな七尾湾を一望できる展望や大露天風呂こそない旅館だったが,その分料理が大変においしく,源泉かけながしの温泉風呂で,大満足だった.
ずわいがに,刺身,ふぐの唐揚げ,かきの茶碗蒸し,松茸の和え物,さばの塩焼き・・・.ごちそうさまでした.

和倉温泉 旅亭「はまなす」インターネット楽天で予約可.1泊2食付きで14,000円程度.

朝8時~12時まで行われている.もともとは,地元の漁師や海士さんが捕ったものをゴザなどを敷いて商店街の店先で売っていたもので,地元の住民のための朝市であった.その売上金で商店街の店で買い物をするといった経済循環が成り立っていた.近年の郊外型大型店舗の出現により,地元住民よりも観光客の方が多く目に付く朝市であるが,賑わいがあって活気がある.一時は警察からの道路使用許可の関係もあって歴史ある朝市が中断していたが,地元住民の熱意で復活した朝市でもある.

商店街の店舗前の公道で,店を広げて売りさばく.輪島朝市組合で道路使用許可を取っているという.

干物も売っている.上からぶら下がっている小さな長方形の紙が営業の許可証.

輪島といえば輪島塗.

日本海に面して,小さな階段状の棚田が続く千枚田.実際には2000枚くらいあるという.まんが日本昔話に出てきそうな風景である.関係ない話だが,この周辺は地滑りが激しい地帯だという.

能登半島北側の沿岸を走る.美しい海岸線と穏やかな日本海が広がる.ドライブには最高である.

曽々木海岸では,奇岩奇石が約2kmにわたって続いている.

曽々木海岸.最北端の禄剛崎灯台も近い.

灯台ふもとの店で食べた「さざえ丼」.このあたりではよく捕れるとか.地元の海士さんが捕ってくるらしい.コリコリしてボリューム満点だった.

能登半島最北端・禄剛崎灯台

青い穏やかな日本海が広がっていた.ロシア方面を眺める.

この禄剛崎灯台のある集落名は「狼煙」と書いて,「のろし」と読む.

見附島のあたりから恋路海岸にかけては,えんむすビーチと呼ばれており,ハート型の幸せの鐘も設置されている.ロマンチックな海岸である.
和倉温泉駅に戻ってきたのは,夕方16時半頃であった.17時の特急で金沢へと向かった.能登半島は1日かかるドライブコースである.
Tokyo Motor Show (Makuhari Messe)
![]() モーターショー入口 |
![]() |
| 幕張メッセは,東京と成田空港とのほぼ中間の千葉県に位置する,敷地面積約21万m2の複合コンベンション施設である.平成元年にオープンした.「国際展示場」「国際会議場」「幕張イベントホール」の3施設で構成され,6,000台の駐車場を完備している.東京駅からJR京葉線で約30分(快速)の距離にある. そもそも幕張メッセのある地区は,「幕張新都心」として開発の進められているところで,かつては浅瀬の干潟であった湾岸地が高層ビルの林立する国際業務都市として機能するようになった.幕張メッセ以外にも,業務研究,教育機関,ホテル,商業地,千葉マリンスタジアム(ロッテの本拠地),居住エリアなどの機能が配置されており,近未来的な地区として発展している. 東京モーターショーはかつて晴海見本市会場で行われていた.しかし会場が手狭になったということで,幕張メッセのオープンこけら落としイベントとして平成元年に行われて以来,幕張メッセの一大イベントとして毎回開催されている.モーターショーが幕張メッセの知名度を一気に高めているのも事実であり,平成8年にお台場の東京ビッグサイトがオープンしたときにモーターショーの移転話があったが,幕張メッセ側も展示場の増設を行って猛反対した結果,現在でも東京モーターショーは幕張メッセで開催され続けている. そんな第39回東京モーターショーが2005年11月6日まで開催されていた.その模様をお伝えしたい.「東京考察」も都内だけにとどまらず,東京と名の付くもの,東京に深く関わりのある場所等については,近隣県でも掲載することにした.今号が千葉県進出第1号となる. (第40回東京モーターショー 2007は,2007年10月26日(金)から11月11日(日)までの17日間(一般公開は10月27日(土)から),千葉市・幕張メッセで開催されています) |
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![]() 電車の中吊りにも東京モーターショーの広告が |
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![]() 「北ホール」は二輪車と部品の展示ブース バイクにまたがる子供 |
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![]() ついつい撮ってしまったこのマーク ハーレーダビッドソン |
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![]() コンパニオンが目的という人も多い |
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![]() 部品メーカーの展示 ボディーをスケルトンにして,展示会社の部品を色で示している. |
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![]() 1970年代の日産スカイラインGT-R |
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![]() 「カロッツェリア」展示 イタリア語でデザイン工房の意だとか. デザイン重視の車である. |
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![]() サリーン社(米)によるスポーツカー 「S7ツインターボ」 お値段は,89,250,000円(消費税込み)!! |
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![]() ホンダの「W・O・W」 愛犬と暮らす快適なカーライフを提案する車だとか. 世界初出品の車である. |
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![]() トヨタの「レクサス」 高級車路線である |
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![]() トヨタ「VOXY」のウェルキャブ・サイドリフトアップシート車 福祉車両のリフトアップを体験することができる. |
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![]() 愛知万博で活躍した燃料電池バス
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![]() 排出されるのは「水」のみ. |
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![]() マツダの「先駆」 日本名を車名にした車である マツダのブースに行くと,「ずん,ずん,ずん,走る喜び~」というCMソングが流れ 周りの人たちも,「ずん,ずん,ずん」と口ずさんでいたのが印象的. 実は「ずん,ずん,ずん」と聞こえる部分は, 「Zoom(ズーム)-Zoom-Zoom」と歌っている.曲名もそのものずばり. |
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![]() 西ホールはこんな感じ. とにかく人出がすごい. |
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![]() なんと言っても,最も人混みの凄かったのは,日産の「GT-Rプロト」 見よ,この光景を.何かオーラを感じる崇拝的な光景である. この日の入場者数,146,000人. |
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![]() 幕張メッセは,幕張新都心の中にある |
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![]() 今年度優勝したロッテの本拠地「千葉マリーンスタジアム」も 幕張メッセの隣りにある |
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![]() 幕張メッセ中央ホールゲート |
「白河」は,みちのく東北の玄関口として栃木県と接する,福島県中通りの最南に位置している街である.標高が高いため,福島県内でも寒い地域であり,一番南に位置していながら桜の開花が遅い地域でもある.そんな白河でにわかにブームとなっているのが「白河ラーメン」である.喜多方ラーメンの爆発的ヒットに目をつけた,全国各地のご当地ラーメンが次々と名乗りを上げる中で,白河も負けじとラーメンによる町おこしを行っている.今年(H17)で2回目となる「全国ラーメンフェスティバル in白河」の開催の模様とともに,白河ラーメンと白河周辺の見所を紹介したい.


いきなり紹介してしまおう.これが「白河ラーメン」(写真はチャーシュー麺).那須連山からの雪解け水を使用した製麺が旨さのポイントだとか.喜多方ラーメン同様に縮れ麺であるが,喜多方と比べると麺の太さが細い.市内には約90軒のラーメン店があり,観光案内所などではラーメンマップを作っているので,マップ片手に探してみるのもいい.

ちなみにこの店の名物は白河ラーメンの他に,ジャンボオムライスがある.1日限定5食のみ.

店内の壁には有名人やレポーターのサインが沢山貼られている.(この画像の人は有名人ではありません.一般人です.)
◆◆あすなろ食堂◆◆白河旭高校前(旧白河女子高前)

今年(H17)で2回目となる全国ラーメンフェスティバル.地元5店舗を含む全国13店舗のラーメンを,1杯500円で味わうことが出来る.

希望のラーメン店のチケットを買って並ぶ.一般チケットと時間指定チケットがある.どれも500円均一で手数料なしで払戻しも可能.一番並んでいたのは,カップラーメンにもなっている札幌市の「すみれ」だった.

フェスティバル開催時には仙台からの臨時列車も運転される.

地元物産の展示販売も行っていた.

こちらは「そば打ち」の実演.

各ラーメン店舗のブースでラーメンを買ったら,中央のテーブルで食べる.セルフサービス式.