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丸ノ内(大手町)と皇居前広場【東京考察#13】

Marunouchi (Otemachi) and Imperial Palace Plaza


国道1号と丸ノ内


 丸ノ内の景観と皇居前広場の空間は、非常に好きな場所のひとつである。皇居前広場にいると、こんなに空が抜けるような開放的な空間が都心にあったのか、と改めて驚愕する。そして、その広場から丸ノ内のビル群を眺めると、「さすが日本、ここまで成長したのだなー」、という感慨深いものが皇居を背にしながらこみ上げてくる。
丸ノ内のオフィス街は、江戸時代には譜代大名の屋敷地であったところを、三菱地所の岩崎弥之助に払い下げて、民間資本によって一大ビジネスゾーンが建設されたのが始まりである。日本の近代都市計画において都市設計思想の感じられる最初の開発ではないだろうか。現在では超高層ビルが建てられるようになったが、かつての旧建築基準法では建物の絶対高さ31mの規制があり、なおかつ美観地区の規制もかかっているため、ビルの高さが一致した看板広告の見られないすっきりした街並みが形成されている。重厚な安定感のある景観である。ただ、ネガティブな意見として、夜になると誰も人が歩かない地域になってしまい、人間らしさの感じられない街である、といった意見もある。
そして、その隣の皇居前広場には、ここが都心なのかと疑うほどの、広い広い空間が果てしなく広がっている。ここを歩いている観光客は外国人観光客が多くみられ、韓国などのアジア各国からの観光客も多い。



明治生命ビル(重要文化財)


皇居前広場の芝生

  


丸ノ内のビル群


桔梗門


桔梗門の前には警察官が門番をしている


皇居周囲ではマラソンをする人が多い.

夜の銀座【東京考察#12】

The Ginza at night


銀座4丁目交差点 和光の時計台

 


 夜の銀座。ネオンが輝き、本当に日本は不景気なのか、と思わせるほどの明るさである。銀座は、渋谷・新宿の喧騒とは違って、どことなく落ち着きのある街であり、高級感ある大人のムードを味わえる街である。


 左側車線は客待ちするタクシーが並んでいる。後ろを走るバスの行先表示板が赤色になっているのは最終バスを意味する。ちなみに都営バスでは、最終の1本前のバスは緑色のランプを光らせて走る。


 夜11時を過ぎているが、人通りが絶えない。終電に間に合うように、人々は駅へ向かう。


 大都市の工事は、交通量の減る夜間に行われることが多い。ここでも下水道工事が行われていた。カメラを持った外国人観光客の姿も目立ち、この工事の模様をビデオに収める人もいた。

 


 パントマイム。


 高級クラブの並ぶ、銀座6・7丁目界隈。ママさんがお客さんを見送るため、下に降りてくる。



三愛ビル


おまけ…


江戸東京博物館
の展示模型
明治(銀座煉瓦街)時代の銀座4丁目交差点
右の建物が朝野新聞社(現 和光時計台)

同潤会・江戸川アパート【東京考察#11】

The DOJUNKAI apartment at Edogawa

 


 

 No.5の東京考察で、
同潤会アパートのことを取り上げたところ、反響が多かった。
よって、第2段をお送りします。


現存する同潤会アパートは、「三ノ輪」「上野下」「清砂通」「大塚女子」、そして今回紹介する「江戸川」、前述の「青山」のみである。なにしろ、老朽化が激しく、雨漏りはするわ、ガスや水道の配管は腐敗してるわ、電気のアンペアは10A、風呂なし、などという条件が重なって、どのアパートでも建て替えの話が持ち上がっている。2001年11月の江戸東京博物館(両国)では、建築-都市の企画展を計画しているようで、その中で実物大の同潤会アパートの部屋を再現する予定だという。
江戸川アパートの入口には、上記のような看板が立てられていた。違反すると「110番」。全国から見学する人がやってくるのだろう。というわけで、外観のみの撮影とした。「無断見学の禁止」と書かれていたので、事前に話をすれば見させてくれるのか。特に1号館には、食堂や談話室などの共同施設が残っているので、是非この目で見てみたい気がする。

そしてついに,ようやく建て替えの話しがまとまり,11階建てのマンションになることが決定した.またひとつ,鉄筋コンクリート住宅の歴史的遺産がなくなることになる.是非,建て替えの前に一般公開していただけないか,切に願うものである.

 


山谷の風景【東京考察#10】

Scenery of ‘San-ya’ (a day laborer’s town)


 山谷(さんや)。日本の高度経済成長における国土建設、そして現在も発展を続ける東京。この発展を本当に支えていたのは、ここに暮らす人々なのではないだろうか。

 


山谷通りにさしかかるまえに注意を促す横断幕


 1泊2000円代の簡易宿泊所が軒を連ねている。朝5~6時には手配師がやってきて,その日の仕事が決まる.


  


やはり人生の楽しみは「酒」。スタンド飲み屋があちこちにある。山谷地区交番では、人々を刺激しないよう私服によって勤務している。


 

 


地域ぐるみでの環境美化に努めているのだが…。横断歩道は関係なし…。


看板の隣→

   

潮目の大水槽[ネットでアクアマリンふくしま#5]

潮目の大水槽の上部 水面も見ることができる

上から見た潮目のトンネル

下から見た潮目の大水槽

潮目のトンネル(左が親潮の寒流/右が黒潮の暖流)

サンマの群れ 見えますか? サンマは繊細な魚なので暗い水槽で泳ぐのした。
必ずいますこう言う人が…。焼いて食いてぇ~。あぶらがのっていないな~。

タッチングプール[ネットでアクアマリンふくしま#4]

タッチングスクールでは「海藻サラダが大変身」を開催中

実際に触れることができる

ウミウシにタッチング!!

黄色い服はボランティアの人々 アクアマリンの特徴のひとつ

展望室

トド[ネットでアクアマリンふくしま#3]

岩(Rock)

トド

漁業の歴史を知ることもできる

福島の森・亜熱帯[ネットでアクアマリンふくしま#2]

そして、午後3時、20分待ちで入場できることに。
展示は、古代から現代までのストーリーが展開されており、そして福島の地域性(アイデンティティー)をかなり出しており、さらに太陽の自然光をふんだんに取り入れた設計となっている。館内の構造を見ると、設計者はかなり繊細で細かい所まで気を配っていることが伺える。車椅子やベビーカーでも楽に見学する事ができる。
学術的にも優秀な展示となっているようで、ひけを感じさせない立派な水族館に仕上がっているのではないか。

福島の森を抜けて…

福島の川の魚(ヤマメ・イワナ…)

今度は亜熱帯の森

亜熱帯

マングローブ

※実際の展示順路とは異なります

オープン翌日[ネットでアクアマリンふくしま#1]

開館翌日(2000年7月16日)の午前10時、すでに大行列ができていた。入場まで1時間半。見るのはや~めた。館内情報はまた後ほど。(次ページ)

1号埠頭から見たアクアマリンふくしま

入口

最後尾はまだまだ後ろ

大行列

「ららミュウ」では大売り出し

ラジオセンター界隈(秋葉原電気街)【東京考察#9】

Radio center store (the Akihabara electricity town)



JR総武線の下にあるラジオセンター

 


 ネオン輝く秋葉原の電気街に、最も秋葉原らしい一角が存在する。それは、「ラジオセンター」と呼ばれるパーツ街である。ここはJR秋葉原駅に隣接したJR総武線のガード下に所狭しと商店が軒を連ねており、電気製品をはじめ無線機やパーツ類が並べられている。パーツに関しては素人では何がなんだか分からない。こんなものを買って何になるのか?と思ってしまうが、電気に詳しい人ならば一目瞭然なのだろう。ただ歩いているだけでも楽しめる空間である。なお、狭い上に人でごった返すので、スリにご用心!!



無線機売場


所狭しと並んでいる


パーツ類



ラジオセンター入口


こちらはラジオデパート


ラジオデパート内部


秋葉原電気街


駅前では実演販売が行われている

 

新宿副都心(超高層ビル街)【東京考察#8】

Shinjujku sub center (Skyscraper town)


都庁からの眺め


 新宿副都心は、東京都の市街地整備の一環として掲げられた8つの「副都心」のひとつである。「副都心」とは、都心に集中する(ここでいう都心とは大手町などの東京駅周辺(千代田区・中央区・港区)の本社業務の集中している地区を指す)業務機能の受け皿として、また各地域の商業や文化、生活などの広域的な拠点として設定された地域で、新宿の他に、池袋、渋谷、大崎、錦糸町・亀戸、上野・浅草、そして臨海副都心(お台場)が存在する。
新宿の開発テーマは「ビジネスとふれあいの広がる街」だぞうで、昭和47年の京王プラザホテルを皮切りに、次々と超高層ビルを林立させ、今ではニューヨーク摩天楼を思わせる立派な超高層ビル街が形成された。ここはかつての淀橋浄水場跡地を開発したもので、開発当時は今の臨海副都心(お台場)のように、ただただ空き地の広がる空間があった。「太陽に吠えろ」のテレビドラマを見ていた方は、かつての新宿副都心の姿を思い出すに違いない。
現在、新宿副都心で最も高い建物は、東京都庁である。新宿副都心のいいところは、大抵のビルの展望台が無料であるというところである。いやなことがあって遠くを眺めたいとき、よくここの展望台に足を運んだものである。



京王プラザホテル


東京ヒルトンホテル


ホテルセンチュリーハイアットホテル



三井ビル


住友ビル

 
野村ビルと安田火災海上ビル
(どれも古参ビル)



KDDビルとNSビル


都庁前広場から見た超高層ビル群



都庁・第1本庁舎



大ガード付近から見た高層ビル

渋谷スクランブル交差点と渋谷センター街【東京考察#7】

The scramble crossing and Centergai in Shibuya

 


 とにかく,ハチ公前のスクランブル交差点は,渡るたびに人とぶつかって非常に疲れる場所である.そんなスクランブル交差点を,東急百貨店(JR渋谷駅)と京王井の頭線渋谷駅とを結ぶ通路から撮影してみた.






渋谷センター街入口のスクランブル交差点前の点景をどうぞ.

  

  

  

隅田川橋梁群【東京考察#6】

The bridge at Sumida river (view from a water-bus)


水上バス

 


 隅田川にかかる橋梁(復興局施工による6大橋)は、土木史の中でも語り継がれるほど、優秀な土木構造物である。6大橋とは、相生橋・永代橋・清洲橋・蔵前橋・駒形橋・言問橋のことであるが、これらの橋は関東大震災の復興事業によって架けられたものであり、外国人技師らと共に当時の新技術を投入して、技術的にも工法的にも景観的にも高く評価されている橋である。
浅草~日の出桟橋間を走る水上バスから通過する全ての橋梁の写真を、浅草側から下流に向かって撮影した。当時の6大橋と近年架けられた橋(新大橋などの斜張橋)との対比などをしてみるのも面白い。
台風の翌日に撮影したので、隅田川の色がインドやタイの川のように濁っていた。普段はこんなには濁っていない。写真が18枚ありますので、全て表示されるまでに時間がかかるかと思います。ご了承ください。では、浅草から河口まで橋の旅をどうぞ。



東武鉄道の橋梁


吾妻橋


駒形橋


厩橋


蔵前橋


JR総武線の橋梁


両国橋


首都高6・7号の両国ジャンクション


新大橋


清洲橋


隅田川大橋(首都高9号)


永代橋


中央大橋


佃大橋


勝鬨橋 (真ん中がハの字に開く橋だった)

東京湾へ

同潤会・青山アパート【東京考察#5】

The DOJUNKAI apartment at Aoyama

 

 同潤会は、現在の都市基盤整備公団の前身であり、関東大震災後における大量の住宅供給を目的として、義捐金から出資して造られた外郭団体であった。この同潤会は1930年から40年にかけて住宅供給計画・住宅団地計画の上で、技術的に重要な特筆すべき点があげられる。それは、鉄筋コンクリート造のアパートを大量に取り入れた点である。この青山アパートは昭和2年に建設され、実に70年以上に渡って建ち続けている貴重な鉄筋コンクリート造りのアパートなのである。

2002年10月末,安藤忠雄氏の設計による地上6階,地下6階建てのガラス張りビルに建て替えられることが公表され,2003年春までには取り壊されることが発表された.一部保存も検討したが構造的に問題があるとのことで,造りを復元することで現在のアパートの面影を残すこととなった.またひとつ,鉄筋コンクリートの歴史的なアパートメントが消えることになる.築70年余り,日本の建物は70年程度で終わりのようである.



表参道のケヤキ並木にとけこむ同潤会アパート


おしゃれなギャラリーに改装している。レトロな建物が実によくマッチしている


階段を照らす電球が何ともいえない


この同潤会アパートに突きつけられている問題が、老朽化による建て替えである。テレビのドキュメンタリーなどにもたびたび登場しているアパートであり、今後の集合住宅の老朽化問題を考える上で、先駆的な事例として注目されているところである。そんな中、この青山アパートもついに取り壊しが決定され、このアパートを見られる日もそう長くはなくなった。


  
階段と入口。  手すりが木製であり、電球が裸である。


1階の表札。「第拾号館、壱階、貳階」と書かれている。



建物の裏側。改造の跡が年月の経過を物語る。


四角い穴は、ダストシュートの排出口。建築年は昭和2年である。


神田神保町本屋街【東京考察#4】

The secondhand bookseller town in Kanda Jinbocho


靖国通りに面した本屋街
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 ココに来れば手に入らない本はない、本好きな人ならば1日中歩いても時間が足りない場所である。一般的な本から手に入りにくいマニアックな本、文学全集や辞書などの古本、情報が欲しくなったときは是非神保町の本屋街を訪ねてみることを薦める。同じ内容の本でも、いろいろな種類のものが並べてあるので、自分にとって見やすい本を見比べることができる。三省堂書店の本店や、ちょっと専門的な本を売っている書泉グランデ、そして、所狭しと本がずらずらと野積みされている古本屋が建ち並ぶ。
この周辺は学生街として発展していくうちに,学生のたまり場となる繁華街が形成されるとともに,書店・古書店街も発展していったもので,大正から昭和初期にかけて大きく成長した.昭和15年頃には古書店が約300軒にも及んでいたが,現在でも約100軒程度は建ち並んでいる.



古本屋の入口


全集などの古本が並べられている


また、レコード店(客層:3~40代の男性)やアイドル関係の写真集・雑誌のみをを取り扱っている専門店(客層:10~20代の女の子達)、そしてアダルト雑誌専門の書店(客層:男一般)などが、ビルの中の1フロアーを使って店を開いており、そこには足の踏み場もないほど商品が並べられている。そのようなマニアックな店は、表からは一見してわかりづらいところに店舗を構えているので、怪しそうなビルの中に入っていったり、路地裏を歩いてみたりして見つけること。



レコード店


(普通の)古本屋の店内


 本を購入したら、路地裏の個性的な喫茶店に入ってコーヒーを注文し、読書に耽るのもまた楽しみのひとつであろう。

京島(木造住宅密集市街地)【東京考察#3】

The wooden housing high density city area at Kyojima


車も通れない道に木造住宅が建ち並ぶ
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 京島(きょうじま)、あまり聞き慣れない地名かも知れない。向島(むこうじま)界隈といったほうがピンとくるだろう。隅田川と荒川に挟まれた地域であり、昔ながらの東京を色濃く残す下町である。その向島界隈の中でも、良くも悪くも情緒ある風情を残している地区が京島なのである。車も通れない道路に木造の住宅がぎっしり建ち並ぶ。隣の家の話し声が聞こえてきそうな、プライバシーなど関係ない程の密集した街並みである。この街を歩いていると、ふと昔にタイムスリップしたような気分になる。そして、不思議なことに、歩いていて心がほっとするのは、人間の尺度=ヒューマンスケールで建物や道路が形成されているからに違いない。



これも公道である。人とすれ違うのがやっと。


洗濯物を干すスペースは道路である。


迷路のような狭路


建て替えのための空き地も多くなってきた


これも道路
マンホールがある(つまり下水道などの公共施設が埋設されている公道)


「究極の狭路」といったところか.


井戸があった


洗濯物は道路に・・・

 


都市計画的(「役所の立場で」と言った方がいい)には非常に問題のある街である。木造住宅がほとんどであり、大地震や大火事などが発生したときにおける防災の上で好ましくない。今の法律では4m以上の道路に面していないと家が建てられないようになっているため、この地区では住宅を建て替えるためには、セットバック(敷地を道路として提供し、建物のファサードをひっこめること)を行わないといけない(下の写真で道路が広くなっているところがセットバックを行ったところ。左の家は新築である)。そうなると、ただでさえ狭い敷地の京島、家を建て替えたくても建て替えることができず、一向に居住環境が向上しない。そこで、京島まちづくり公社によって木造住宅密集地域の整備事業により、よりよい居住環境を造るためのまちづくりが行われている。そのため、空き地がぽつりぽつりと存在している。下町の風情ある街並みは、都市計画的には不合格であり、次第に姿を消していく。



セットバックで新築部分だけ広くなった道路


キラキラ橘商店街


京島2丁目、3丁目が密集の度合いがすごい。街を歩くときはキラキラ橘商店街を中心として、脇の路地裏を歩いていくといい。この地域の密集のすごさが実感できる。電車では京成押上線の京成曳舟駅、東武亀戸線の小村井駅、都バスでは日暮里駅・亀戸駅間を走る路線で橘通り停留所で下車。迷路のような街なので地図をお忘れなく…。

都営バス(走る広告塔)【東京考察#2】

The city-operated bus as an advertisement

 


 これも石原都知事の革新都政の現れだろうか。財政赤字を補うための策として、ボディーをすべて広告のペイントとしたバスがお目見えした。写真はコクヨの糊「プリット」の広告。このようなバスは地方の路面電車やバスに見られるが(福島県の会津バスなどは、このペイントをやっている)、大都市のバスではあまり見かけたことがない。このボディペイントがなかなか広告主にとって好評だそうで、そのうち全ての都バスがカラフルな広告塔になる日も、そう遠くないのかなと思う。
このボディペイントは結構インパクトのあるデザインになっており、見る側にとっても飽きることがなく楽しむことができる。ただ、一方で、色彩景観を乱すという議論も起こっており、デザインの決定にあたっては学識経験者等による審査委員会をつくって審議の上、デザインを決めているという。約8割は書き直しになるということである。広告料は路線によってまちまちであるというが、年間160万~60万円である。
以下にいくつかのバスの写真を載せておくが、この他にもバス全体がグリーンガムの包装紙に見立ててあるものや、缶コーヒーのボスの広告など、東京に行ったときには「広告バス」を探してみるのもおもしろいのではないだろうか。



清涼飲料水の広告


アート引越センターの広告

お台場(レインボータウン)【東京考察#1】

Odaiba (Rainbow Town)

写真
大観覧車と菜の花畑
Map

 


 今や「お台場」は東京の観光名所のひとつとなっており、国内はもとより海外からの観光客も足を運ぶところである。昨年には世界最大級の観覧車が完成し、ますますレジャーランド化しているお台場である。しかし、東京都が開発したこの臨海副都心、もともとは業務地区と居住地区と商業地区がバランス良く配置された都市を描いて計画されたものであるが、近年の不況により企業の進出が少なく、かつての「太陽に吠えろ」が放送されていた当時の新宿副都心(超高層ビルの立ち並ぶ地域、もとは淀橋浄水場であった)のように、だだっぴろい空き地がただただ広がる光景が見られ、出鼻をくじかれた感のする開発である。



フジテレビと空き地


ゆりかもめと空き地


 東京都の借金は臨海副都心開発によるものが大きなウエイトを占めている。なにしろ、インフラストラクチャーに非常にお金がかかっているのである。島内(お台場は建設残土等によって埋め立てられてできた島である)の道路下には地下鉄の規模とおなじような共同溝が網の目のように張り巡らされ、その中には電気・ガス・上水道・下水道はもちろん、ゴミ収集管なども埋設されており、ゴミは大きな掃除機のようなバキュームでゴミ収集場までパイプで吸い上げる方式がとられている。電柱はもちろん立っておらず、きれいな街並みが形成されているが、ヒューマンスケールで建物が配置されておらず、歩いて各施設をまわろうとすると、ちょっと歩き疲れる距離である。(つまり、机上で線を引いて計画された街なので、人間の生活する尺度・スケールで建物や道路(街路)の配置がされていないのである。この問題はお台場に限ったことではなく、世界の計画されて作られた都市(キャンベラやブラジリア、筑波学園都市など)でも同じことが人工都市の問題として議論されている)



空き地を利用して開催される有明フリーマーケット


ぞくぞくオープンする遊興施設(アクアシティお台場)


 業務・オフィスの進出が少ない代わりに、レジャー産業である室内テーマパークや13スクリーンの映画館、車のショールームなどが進出しているため、お台場がレジャーランドの様相を呈しているのである。そんな中で文化が育ち、土日には空き地を利用したフリーマーケット等が開催されている。入場料300円を取られるが、中に入ると、自動車の横で古着やおもちゃなどを地面に並べてセールしており、こんな汚いクツを誰が買うのかと思ってしまうものもあるが、貴重なブランドの品物なのだろうか、たぶん購入していく人がいるのであろう。古CDやプラモデル、茶碗などの食器類、いろいろなものが売られている。
このような都市景観を体験できることは、世界的にみても非常に希である。大きな建物と大きな空き地、ゆりかもめの新交通システムに乗って少し高い位置からこの両極端な街を眺めていると、つくづく異空間にいるような非現実的な感覚を体験することができる。あと20年も経つと、ニューヨークのマンハッタンのような地区に変貌しているのであろうか、今の新宿副都心が成熟したオフィス街になってきているように……。


夜の観覧車

 

THE 豪雪[奥会津の風景]

南郷村役場(福島県南会津郡)

山口交差点(除雪車がゆく)

埋もれた車(1日放置しておくと……)

除雪ドーザ(頼もしい除雪車)

流雪溝へ雪を捨てる住民(雪捨て用の側溝・積もった雪は流してしまう)

猛吹雪3連発(視界が効かなくなる)


只見町役場(福島県南会津郡)

国道沿いの家 Part1 (積雪2m50cm)

信号機

家の入口(雪の壁を通って)

屋根の雪おろし

国道沿いの家 Part2

消雪パイプ

JR只見駅

飛島【島紀行】

 

飛島は山形県酒田市に位置し、酒田から北西約40km離れた日本海に存在する周囲約10kmの小さな小さな島である。スルメイカの産地として知られ、酒田港からの定期航路で1時間30分で到着する。海釣りやダイビングも盛んである。晩飯も朝食も、これでもか、という具合に魚介海藻類が出てくる。
写真は飛島の勝浦港である。船が入港すると、港は一時だけ賑やかになり、島はどこでもそうであるが、この雰囲気が離島の醍醐味であり、離島の旅がやめられない一因でもある。

桜島【島紀行】

今でも噴煙を上げる鹿児島県・桜島。風向きによっては灰がパラパラと降ってきて、傘がないとあっというまに頭が真っ白になってしまう厄介者である。洗濯物は外に干せず、車が通ると「ぼふぁっ」と煙が舞いたって、すさまじい砂ぼこりとなる。写真左下に見えるトンネルは、万が一の時のための避難壕である。桜島は大根でも有名。

噴煙をあげる桜島
桜島桟橋
大根が描かれている

牛たん・ネルドリップ珈琲専門店「牛たん・KOYAMA」(福島県いわき市)

JJR常磐線いわき駅より バス8分 6番のりば 鹿島SC経由小名浜行き・飯野経由ラパークニュータウン行き「上荒川公園入口」下車 徒歩10分


鹿島街道の平工業高校近く下荒川の住宅地の中で本場「牛たん料理」と本格派「ネルドリップ珈琲」を味わえる店である.
炭火で焼かれた柔らかい牛たんは,あっと言う間に一皿ぺろりとたいらげてしまう絶品である.牛が苦手,という人は,豚ロースや鶏つくね,ハンバーグなどもある.

https://gyutan-koyama.com/

店は,「蔵」をイメージしたつくりとなっており,和を基本としてアンティークさを感じる落ち着いた清潔な空間となっている.夜,店内から窓の外を見ると,モミジや竹がライトアップされ,
お店の人の「空間」に対するこだわりが感じられる.

また,マスターは音楽バンドを結成し,かつては年に1回,三崎公園の野外音楽堂にて「野音フェスティバル」を主催していた.いわきにおける音楽活動の拠点として活動されている.

ランチメニュー 牛たん塩&味噌の合い盛りセット

ハンバーグもお勧め!

ちなみに,私のお薦めは数量限定の「味噌味」.
この味を越える味噌牛タンを食べたことがありません(個人の嗜好はわかれるところですが).
仕込みに手間暇をかけているので,味噌の味がしみこんでいて,
柔らかい牛タン味噌味となっています.
塩味と味噌味は同じ値段で,これは信じられません.
一度食べたら味噌味がやみつきになります.

場所は住宅地の中のちょっと入り込んだところにあるので,
最初はわかりづらいかもしれませんが,
看板がでているので(メガネトンネルの通りのみ),
その案内にそって交差点を曲がりましょう.

クリスマスライブの模様(キーボードが僕です!!)

「美好食堂」のソースかつ丼(福島県只見町)


美好食堂


福島県南会津郡只見町
JR只見線只見駅より徒歩数分


日本有数の豪雪地帯・只見。この只見に店独自のソースをからめてある甘口のソースカツ丼が存在する。食堂の名は「美好食堂」。都会では考えられない店構えであるが、店内に入っても、その雰囲気は変わることはない。ここのソースかつ丼は、ご飯の上に薄い半熟状態の卵焼きがのっかり、その上にキャベツ、そしてソースのからめてある揚げたてのカツがのっかっている。当地域では、カツ丼というと、卵とだしで揚げたカツをからめてある、いわゆる普通のカツ丼(これを「煮込みカツ丼」と言う)と、ソースのからめてある「ソースカツ丼」の2種類が存在するので、どちらかを選択することになる。


ソースカツ丼 ¥800


ご飯・卵焼き・キャベツ・ソースカツの順にはいっている


店内には漫画本がたくさん置いてある、元祖マンガ食堂。

味のれん「さくら」(福島県南会津町)



味のれん「さくら」


福島県南会津郡田島町
会津鉄道会津田島駅より徒歩3分
(グリーンホテルミナト第2駐車場向かい)
営業時間:23時まで


南会津の山の中に、新鮮な鮮魚やこだわりの魚料理を出してくれる寿司屋がある。その名は「味のれん・さくら」。店内に張ってある「今日のおすすめ」メニューには、仕入れによってその時期の魚が味わうことができ、マスターのこだわりの味を堪能することができる。鮮魚の保存方法にも気を配っており、ほんとうにここが田島なのか、と思うほど、うまい海の幸を味わうことができる。
手作りの塩辛、酢めしのお茶漬け、イワシの握りなどがお奨め。時期によっては岩かき、メヒカリ、さよりなども味わえる。冬になると鍋料理、予約をすればふぐ鍋も食べられる。馬刺「さくら肉」も店の名前にちなんでメニューに存在する。しもふりの馬刺である。


手作りの塩辛(肝が入っているときもある。絶品!)


ヒラメの刺身


タラの白子と刺身 桜の花びらのようだ


清潔な店内

東京考察(Tokyo Guidance)

東京の街を写真と共にコラム形式で紹介. 東京は日本の顔であるとともに世界へ向けた窓口です.世界でも有数の大都市ですが,その中にも色々な街の表情があり,ひとつひとつ見ていくととても興味深いものがあります.そんな東京を紹介します.「考察」と言っていますが,内容は画像を中心として東京の街並みや話題を紹介するページです.お気軽にご訪問ください.

各ページは以下のリンクからご覧ください.
東京考察サイトマップ

カレーハウス「じゃんご」(北区王子)


東京都北区王子1丁目界隈
JR京浜東北線王子駅中央口より徒歩1分
営業時間:(午前中から23時頃まで)


店内はカウンターとテーブル席の清潔感あふれるコンパクトな造り。カレーはちょっぴりスパイスのきいた「インド(ムルギー)カレー」と我々が普段食べているカレー味の「マイルドカレー」とがあり、好みに合わせてルーを選ぶことができる。何も言わないとインドカレーの方がでてくるので、普通のカレーが食べたい方はマスターにひとこと伝えましょう。
カツカレーやコロッケカレーなどの揚げ物カレーは、その場でパン粉をつけて揚げたてのものが出てくるので、大変美味い。もちろんコロッケも手作りのコロッケだとか。また、ハンバーグもお手製の手作りハンバーグが出てくるので、市販のハンバーグとはちょっと違った味が楽しめる。とにかく全てが手作りなので、味に落ち度はない。マスターのこだわりが感じられる。

すべてのカレーが「おすすめ」なのであるが、左記のスペシャルシリーズを食べると、また違ったカレーの楽しみ方を味わえる。
とんこつスペシャルでは、豚の角煮と豆腐という組み合わせの上に、ニンニクが2粒のっかっているもので、これがなかなかいける。
ムルギーカレーはチキンと風呂ふき大根という組み合わせで、大根のあっさりしたテイストが、なんともカレーのスパイシーさを中和させてくれる。

カレーのスパイス

とんこつスペシャルカレー(骨付きポークと豆腐、ニンニクがのっかっている)

フィッシュスペシャルカレー(ムニエル風のアジの上にチーズがのっかるスープカレー)

サンバルカレー (インドマメのカレー.旬のタケノコが具でした!)

南アフリカ旅行記#1[トップ]

南アフリカ ~喜望峰へ Cape of Good Hope

日本から約14000km離れた国・南アフリカ。地球の裏側である。
日本ではあまり情報の入らない地域である未知の国・南アは僕の好奇心を刺激した。
そんな南アの旅のフォトアルバムをどうぞ。

入国許可証

プレトリア[南アフリカ旅行記#2]

Tokyo — Johannesburg —Pretoria
<日本→ヨハネスブルグ→プレトリア

プレトリア市街 ~動物園より

プレトリア-Pretpria-。南アの首都である。アフリカ最大の都市・ヨハネスブルグから北に車で40分程のところに位置する。日本からヨハネスブルグの国際空港に降り立ち、本来ならばヨハネスブルグに宿を取りたかったのであるが、あまりにも治安が悪いとのことで、プレトリアに2泊することにした。プレトリアからも南ア各方面への長距離バスが出発しているので、ヨハネスブルグよりは比較的治安が安定している(あくまでもヨハネスブルグと比較してである。)ここが宿泊地としては適地である。
南アはアフリカで最も近代化の進んだ国であり、欧米や日本と変わらない生活を送ることができるが、すべての国民がそのような生活を享受しているかといえば、そうとは言えない。

チャーチ通りの街並み

プレトリアの中心街・チャーチ通り。上写真の中央左に写っているオレンジと黄色の反射ベストを着ている人はセキュリティーである。近くのスーパーは入口と出口が分かれており、出口ではレシートと購入したものを警備員にチェックさせられた。
首都だからか、比較的落ち着いた雰囲気であった。街並みは欧米と変わらない。

チャーチ通りの風景

チャーチ通りの商店。カバンやくつ、洋服などを売っている。太陽が出ている日中は人通りも多く賑やかであるが、午後5時頃になると、檻のような格子状の頑丈なシャッターが閉まり、昼の賑やかさが嘘のように「さーっ」と人々がいなくなってしまう。

プレトリアの街並み

街を歩いている人はほとんどが黒人であり、白人はあまり街の中を歩いていない。白人はたとえ近距離でも車で目的地に移動するようだ。しかもヨハネスブルグやプレトリアにはカラードと呼ばれる混血の人種が少ないため、本当に真っ黒い肌の色をした黒人の姿に慣れるまで時間がかかる。
東洋人が珍しいからなのか、それとも治安の悪さから周囲に警戒心を持って歩いているからなのか、すれ違う人が「じろっ」と鋭くにらみながら歩いていく。それでも、歩いているうちにそのような状況にも慣れた。

プレトリア駅・バスターミナル

写真に写っているのはミニバスのターミナル。グレイハウンドなどの長距離バスは、写真には写っていないが、左側の方にあるバスのりば(建物などで覆われておらず,停留所が外に並んでいる感じである)からの発車となる。このレンガ造りの建物の中に、バスが止まっているのであるが、暗い感じであり黒人にジロジロ睨まれて怖い感じがしたので、すぐに建物の外に飛び出してきた。ミニバスのりば側のターミナルは,旅行者はあまり利用しない方が賢明である。

ホテルの窓の外には・・・

プレトリアで宿泊したホテルの部屋の窓から撮った写真.よく見ると,外には電流の流れた鉄線が張り巡らされており,ドクロマークと「DANGER」と書かれた看板が貼ってあった.外からの侵入者を防ぐためだろう.治安の悪いことが実感できる.

ヨハネスブルグ(ソウェト)[南アフリカ旅行記#3]

Johannesburg  (Soweto)
<ヨハネスブルグ (ソウェト)>

ヨハネスブルグ中央駅

ヨハネスブルグ。アフリカ最大の都市であり、ゴールドラッシュによって栄えた街である。しかし、アパルトヘイト撤廃後、移民の流入などによって治安の悪化が進み、今では「世界で最も危険な都市」というレッテルまで貼られてしまった。上の写真は日曜日午前10時頃のヨハネスブルグ中央駅の駅前広場(バスの中から撮影)であるが、誰も人が歩いていない。市中心部はゴーストタウンのようになっており、白人を中心とした住民や外資系資本の会社などは、郊外のサントン地区に拠点を移している。
「バックを持った白人の旅行者は,ほぼ確実に襲われるので、絶対に昼間でも外を歩かないように」と言われており,南アフリカ政府観光局の人にも「外は歩かないでください」と言われていたので、残念ながら街の中を歩くことは断念した。観光にはツアーに参加するとよい。ちなみに現地英語では「ヨハネスブルグ」とは発音せずに「ジョハネスバーグ」と言う。

街中の写真

駐車場との境界には柵がつけられているが,その上にあるのは鉄条網.南アでは至る所に鉄条網が張り巡らされている.車を荒らす侵入者を完全に防御するためである.治安の悪いことが伺える.

オフィスビルの1階なのだが,まるで刑務所のような格子状の柵がドアや窓につけられている.人通りが少なく,まさにゴーストタウンのよう.明るいのに人が全く歩いていない大都市の風景は不気味である.果たしてテナントが入っているのだろうか.

格子状の防護柵.出入り口の扉部分にもつけられている

ソエトの街並み ~かつての黒人居住区の風景

ソエト(South-West Townships)は、ヨハネスブルグの南西約30kmに位置する南ア最大の黒人居住区である。南アといえばケープタウン・喜望峰、クルーガー国立公園など美しい自然景観が観光客を魅了しているが、一方でアパルトヘイトによる人種隔離政策が実施されていた国でもあり、ソエトはアパルトヘイト中の黒人のみが居住するエリアだったことから、南アを理解する上で見ておかなければならない地区である。ソエトは黒人解放運動の拠点でもあった。バラックの建物が所狭しと密集しており、劣悪な居住環境が存在する一方で、レンガづくりの豪邸も建つ。しかし、どちらもほとんど黒人しか住んでいないことには変わりがない。アパルトヘイト廃止以前は、黒人はこのソエト以外で外泊することが認められていなかった。
高層ビルが建ち並び、インターネットが普及している大都市がある一方で、電話も下水も整備されていない黒人居住区が存在する。貧富の差を目の当たりにした。

ソエトの風景

天気のいい日曜日。
家族で買い物にでも行こうか。

車の修理をしているらしい.

手をつないだ親子

街角では少年がゴミ拾いをしていた.

ターミナルみたいなところだった

広場では古着を広げて売っているのか?

ミニバス駐車場

ソエト住人の主な交通手段は、このミニバスである。3人座りのシートには4人を詰め込み、ぎゅうぎゅうの人を乗せて発車する。ミニバスにも冷房の効くものから冷房のないオンボロ車まで、いろいろな種類があり、僕もヨハネスブルグ空港からプレトリアまでミニバスに乗車した。(冷房つきで乗客は全員白人だったが…)

ソエトの子供達

屈託のない子供達。写真を見る限りそのように感じる。
「マネー、マネー」
子供達は手を伸ばしてこのように叫んでいる。

我々はソエトのツアーに参加した(ドライバー兼ガイド1名、ツアー客4名)のだが、白人のツアー客がくるたびに、子供達が家の中から走ってきて、「money」と窓越しに叫ぶ。もちろんツアー中は外に降りることは禁止されている.ここまでの写真は,全て車内から撮影したものである.バンタイプのワゴン車であるツアーバスは,外側からも頑丈な鍵が掛けられる特別な車で,ドライバー兼ガイドは無線機を持ちながら,万一の事故に備えて準備している.唯一,下車して見学できたところが,ネルソンマンデラの育った家の中の見学であった.同じ人間同士なのに車から降りることのできないツアーという形態にちょっと違和感を感じた.しかし,このようにしてソエトの実情,アパルトヘイト撤廃後の南アの根深い問題を知ることができるという側面もある.