「■東京の情報」カテゴリーアーカイブ

BANCHAN WORLD の東京をテーマにしたカテゴリーです.

新宿駅の点景【東京考察#146】

The staffage in Shinjuku Station


新宿駅西口

 


 新宿駅は乗降客数が約320万人と全国一の規模を誇っている.西口には超高層ビル街の新宿副都心があり,東口には最大の歓楽街歌舞伎町を控えている.中学高校と6年間,山手線から小田急線へと乗り換えて通学していた頃,帰りは必ず新宿の雑踏の中で遊ぶといった生活を送っていた.新宿は,渋谷のような若者の流行先端を行く発信基地というよりは,ちょっと陰のあるダークなイメージがつきまとう大人の街といった感じであり,そんなところも新宿を魅力的にしている部分であろう.そんな新宿駅の点景をどうぞ.


西口小田急百貨店前
昔もこのように笠をかぶって「チリンチリン」とならす修行僧(?)がいた.


西口から見た副都心


近年,外国人旅行者のためのインフォメーションセンターができた.
いつも外国からの観光客で賑わっている.
(係員は英語は勿論,中国語,ハングル語も堪能)
一民鉄の「小田急」が開設しているところが素晴らしい.
恐らく箱根のPRからスタートしたのかも知れないが・・.


どこだか分かりますか.


西口のJR改札前


最近は青色のダイオード掲示板もお目見えしている


JR切符売り場
最近はSuicaやイオカードの普及により,昔ほど行列はできなくなった.


西口改札 最近の自動改札はスリムで開放的になった.
これだけ開放的にしても飛び越える人が続出しないのは,日本の治安の良さか.


西口のロータリーの地下
昔からここは薄暗い


西口から東口,新宿3丁目へと続く地下道
ショップもオシャレになって並ぶようになった


東口.金曜の夕方などは人々でごった返しており凄い喧噪となる.


そう,東口といえば歌舞伎町.


東口の有料化粧室.昔からある.
完璧な有料であり,お金を入れないとドアが開かない.


東口改札


構内のコンコース.


土曜日の午後なので,空いている.


山手線ホーム
混雑時はこんなもんじゃありません.
JRで発車メロディーを最初に導入したのは新宿駅と渋谷駅.

秋葉原の免税品店・免税店【東京考察#145】

The duty-free shop at Akihabara


DUTY FREE SHOP

 

 秋葉原といえば電気街である.日本が得意とするありとあらゆる電気製品を取り扱う街として,世界中から観光客がやって来て品質の高い日本製品を買っていく.秋葉原を歩いていると,世界各国から訪れている外国人をよく目にするが,製品の裏側をみて「Made
in JAPAN」ではない表示を見てガッカリすることもあるに違いない.
それはさておき,秋葉原に店を構える各大型電気店では,そんな外国人をターゲットにした免税品店を開設しているところが多い.それが,ビル丸ごと(といっても小さなビルであるが)全館を免税品店にしている店もあり,さながら外国に行ったような気分を味わえる.値札も英語や中国語などの表記になっている.現在は消費税込みの内税表示が義務づけられているが,ここでは消費税5%を除いた税抜き表示(つまり免税金額の表示)となっている.
そして,さらに免税品店の面白いところは,電気街なのに日本人形や扇子,東京のTシャツ,ゆかたや着物などを扱う,日本文化を存分に楽しむことができるフロアーが存在しているところである.「日本ってこんなイメージなのか!」と改めて日本人としてのアイデンティティーを感じさせてくれるのである.なんとも不思議な雰囲気になる場所である.もちろん日本人も入れるので,是非一度足を踏み入れてみると面白い.


いたるところに目につく「DUTY FREE SHOP」


こんな感じで商品が並んでいる.値札は英語,税抜き.
店内には国旗が並んでいたりする.


英語,中国語,ハングル,まるで外国のようだ.


でも,面白いのは日本文化の商品を売っているコーナー


日本人形やこけし


「SAKE SET」では,とっくりとおちょこ.
「TEA SET」では,急須と湯飲み.


着物や浴衣


日本地図の入った絵皿
地名が「MISAWA」「ATSUGI」「YOKOTA」「KADENA」「SASEBO」
全て米軍基地のある場所しか載っていないところが凄い.


極めつけは「日本刀」
日本でも日本刀を探すのは難しい


エレベータの階数表示
色々な国の言葉が並んでいる.
外国人の店員さんもいる.


最近は,外国人観光客向けのスタンド
「たこ焼き屋」もある

佃島【東京考察#144】

Tsukudajima


木造の建物が残る佃島


 佃島(つくだじま)は隅田川河口にできた自然の寄洲であり,江戸時代の初代将軍徳川家康の時に摂津国佃村(現大阪市西淀川区佃町)の漁師を招いて住まわせたところからこの名がついたという.この島と対岸(湊町)の間には「佃の渡し」があり,昭和39年の佃大橋の完成まで最大で1日70往復も運航されていた.佃大橋が完成するまでは「本当の島」だったのである.かつての「佃島」は現在の佃1丁目である.現在の佃2・3丁目はかつて「新佃島」という地名であったが相生橋で結ばれていて,佃島のようにまったく交通が遮断されていたわけではなかった.
佃島には氏神の住吉神社があるが,これは大阪の住吉神社を勧請したものだといい,漁民などの信仰を受けていた.特産品には「佃煮」があり,現在でも佃煮を販売する小さなお店には多くの買い物客が訪れている.


大正14年の古地図
これによると「佃島」は島となっているのがわかる.

 
木造の家屋が残っている
 


路地の後ろには大川端リバーシティ21の高層住宅が見える.
周辺には高層ビルが建ち,この「佃」だけ異空間が広がっている感じである.


狭い路地も残る

 
特産の「佃煮屋さん」


佃大橋と隅田川
かつてはここに渡し船が運航されていた


氏神の住吉神社

大川端リバーシティ21【東京考察#143】

Ookawahata River city 21


水上バスからみた大川端リバーシティ21


 もんじゃ焼きで有名な「月島」の北側の突端部に存在する再開発事業である.都心部における居住空間の回復を目指して住宅・都市整備公団(現都市基盤整備公団),東京都住宅局,東京都住宅供給公社,三井不動産の4者による再開発が行われたもので,東京における超高層住宅(三井不動産の分譲マンションは54階建て)の先駆けとなった開発である.昭和61(1986)年より着工され,地区面積は28.7ha,3886戸の住宅戸数を持つ.ちなみに,賃貸の場合の家賃は3LDK(75m2)で月額25万円であるという.
地区内には,住宅以外にも,教育施設やスポーツ施設,文化・商業施設も計画的に配置されているが,商業施設や文化施設は計画通りの誘致が難しく,一部住宅地に変更したりしている.都市計画道路によって東京駅とも直結しており(約2km),隅田川に面する部分はスーパー堤防の採用によって,川面がみれるように親水性が確保されている.隅田川の水上バスにのると,この大川端リバーシティの案内放送が流され,近未来的な超高層住宅の林立する再開発を眺めることができる.
再開発前には石川島播磨重工業(株)の工場が建っていた.ペリーが浦賀に来航した1853年,幕府の命令を受けた水戸藩がここに石川島造船所を創設したのが始まりで,日本人によって最初に設計・建造された蒸気軍艦「千代田形」など数多くの艦船が造られた場所である.明治に入ってから渋沢栄一などの協力によって民間会社としての石川島造船所となったが,1939(昭和14)年の造船部門の豊洲移転によってこの地での造船事業は終わりを迎えた.その後は,重機械類の専門工場として稼働していたが,1979(昭和54)年の工場移転により現在の再開発事業が行われるようになったのである.


最上階54階の住みごこちは如何に?


中にはオープンスペースがある


スーパー堤防により隅田川との親水性が保てるようになった.
スーパー堤防は堤防の上に高層住宅が建てられている形になる.
写真には写っていないが,右手には隅田川の川面が見える.


「フィットネス&スパ」の施設もある

西銀座チャンスセンター(宝くじ売り場)【東京考察#142】

The Nishi-ginza chance center

 


 西銀座チャンスセンター(旧名:西銀座デパートチャンスセンター)は,宝くじファンなら誰でも知っている売り場である.日本で最も多くの年末ジャンボ1等を出すことから,毎年全国から宝くじを求めてやって来る売り場である.年末ジャンボとなると大行列となり,人気のある1番売り場の窓口で購入するとなると1時間以上待ちは覚悟しなければならない.チャンスセンターは首都高速の下にある専門店街「西銀座デパート」の1階にある.JR有楽町駅から有楽町イトシアの脇を歩き,有楽町マリオンの中を通り抜け,銀座4丁目方面に向かって首都高速の下をくぐった左手(数寄屋橋交差点前の交番裏)にある.営業時間は9:00~20:00が基本,土日祝は10:00~19:00まで,ジャンボ宝くじ発売時は若干時間が延長する.

 


数寄屋橋交差点の向かい数寄屋橋公園前にある
(最初の写真)左の三角屋根は交番
(次の写真)交差点の反対側には「SONYビル」がある


広域の地図


奥にも売り場があるが,
一番人気は一番手前(左)の1番窓口


左から順に,
1・2・3・5・7番窓口となっている.
4番と6番はなくて,
ラッキーセブンの7番が一番右側にある.

この他にも西銀座デーパートの入口を越えた
右手側奥にも窓口があり,
さらに,超穴場の存在として,
地下1階にも西銀座チャンスセンターの窓口がある.


人気の高い1番窓口は,
実は2列となって2つの売り口がある.
窓の中には,
山のように積まれた宝くじの束(緑色)が・・・.


行列は列をなし,晴海通りへと続く


私も,つい並んでしまう.
晴海通りまで並ぶと約30分待ちとなる.

このページを見た方に
1等が当たりますように・・・

潮風公園【東京考察#141】

The Shiokaze park ( Odaiba )


ホテルグランパシフィックメリディアンを背景に
芝生が広がる潮風公園


 昔の東京都の区分地図を見てみると,現在のお台場は「13号地」と記されているだけの何もない茶色の埋め立て地の表記になっているが,潮風公園の部分はすでに緑色に塗られており「13号地公園」となっていた.かつての13号地の風景からは想像もつかないほど近未来的な都市に変貌したお台場であるが,公園の隣にある「船の科学館」とこの公園はお台場の老舗の施設と言ってよく,昭和49(1974)年の開園である.その後,臨海副都心・お台場の整備に伴って,平成4~8年に再整備され現在の潮風公園となった.かつては,品川駅と門前仲町駅を海底トンネル経由で結ぶ都営バスが走っていたが,当時は「海上公園」というバス停があって船の科学館へのアクセスを行っていた.草ぼうぼうの殺風景な埋め立て地だった風景がかすかに頭の中に残っている.
昔話はさておき,潮風公園はお台場の主要施設からは少し離れた東京港寄りにあるため,お台場の商業施設に来た人にとっては,この公園にわざわざ行こうと思って歩いてこなければ,気がつかない存在であろう.公園内には広い芝生や水遊びの出来る水のせせらぎ,バーべーキューコーナーなどがあり,家族連れでのんびりと休日を過ごすにはもってこいの場所である.また,風景が贅沢で,近代的なホテルやレインボーブリッジ,開放感ある東京港,そして羽田空港に離着陸する飛行機を眺めながら,非日常空間を体験するのも楽しいものである.

 
開放的な芝生が広がる(太陽の広場)


レインボーブリッジを背景に



バーベキューも出来る(要予約)


バーベキューは手ぶらで来ても大丈夫.
すべて貸出OK(食材も)



水遊びも出来る


家族の一コマ


隣には「船の科学館」がある
クイーンエリザベス号(6万トン級)と同じ大きさに造られている


ビニールシートを広げてランチタイム


13号地海底トンネルの坑口
首都高を挟んで北地区と南地区に分かれている


水と緑のプロムナード

竹芝桟橋【東京考察#140】

The Takeshiba pier


竹芝桟橋


 竹芝桟橋は,三宅島や八丈島などの伊豆諸島,父島・母島の小笠原諸島まで向かう船が発着する「竹芝客船ターミナル」があるところである.再開発によって「ニューピア竹芝」というオシャレなデートスポットに生まれ変わり,穴場的存在の場所でもある.ホテルインターコンチネンタル東京ベイをはじめ,レストランやショップも併設されており,竹芝埠頭公園には国旗の掲げられた帆船のモニュメントが置かれている.東京港(隅田川の河口)に面した部分には遊歩道が整備されており,晴海埠頭やお台場・レインボーブリッジなどのダイナミックで開放感ある景色を眺めることができる.
アクセスは,新橋駅・お台場から新交通ゆりかもめで竹芝駅下車徒歩1分,JR浜松町駅から徒歩約10分程度.


ランチクルーズ船


船乗り場


遊歩道からは開放感ある景色を眺められる

 
左:隅田川河口 橋は「勝どき橋」
右:お台場方面を望む


竹芝埠頭公園には帆船のモニュメントがある.


竹芝客船ターミナルの待合所 伊豆諸島・小笠原への玄関口


船への見送りが出来るように,送迎デッキもある.


「東京愛らんど」という伊豆諸島・小笠原の物産館もある

新橋駅日比谷口・烏森口【東京考察#139】

The Shimbashi station hibiya ・ karasumori gate


新橋駅日比谷口
(烏森口はさらに南側の出口)


 新橋というと「サラリーマンの街」というイメージがある.それは,新橋駅烏森口・日比谷口方面には霞ヶ関の官庁街をはじめ,本社業務の集中する虎ノ門を後背地に持っていることに起因している.線路を挟んだ反対側のオシャレで最先端の流行をいく汐留再開発とは対照的に,こちら烏森口はおしゃれな雰囲気はなく,赤提灯の一杯飲み屋が似合う,そんな街が形成されている.


日比谷口の広場にはSLが置かれている.
新橋(現:汐留)は日本鉄道発祥の駅である.
サラリーマンへのインタビューがよく行われているのも「ここ」.


烏森口は夜になると,サラリーマンが吸い込まれていく.


飲屋街.裏路地的な雰囲気がたまらない.


烏森口といえば「ニュー新橋ビル」ははずせない.
雑居ビルである.(詳しくは下で)


日曜日とあって,ほとんどの店が閉まっていたが,
このニュー新橋ビルには,サラリーマンのためのお店がカオス状態で入っている.


Yシャツがずらり


出張旅費を浮かせましょう.(チケットショップ)


営業の空いた時間に一稼ぎ!(パチンコ屋)


ストレス解消には指圧マッサージが一番.

このほかにも,薬屋・ハンコ屋・クリニック(病院)・理髪店・喫茶店・サラ金屋,
珍しいところでは,福島県いわき市のアンテナショップ「いわき・ら・ら」も入っている.


ニュー新橋ビルの壁面広告
やっぱり中年男性の悩みどころか・・・・.

渋谷スペイン坂【東京考察#138】

The Shibuya Spain slope


スペイン坂通り(開店前)

 


 渋谷という街は坂の街である.渋谷駅が谷底となっており,あとは外に向かうし従って徐々に上り坂となっている.そんな坂の地形をうまく利用して歩行者専用の道路があり,路地裏的な幅員の道路にびっしりとお店が張り付いている通りが「スペイン坂」である.なんともロマンチックな名前が付けられており,このヒューマンスケールの狭い道幅が,魅力を増幅している.頂上には東京FMのスペイン坂スタジオがあり,運が良ければガラス張りの放送室から人気のミュージシャンのライブ放送を見ることができる.スペイン坂を最初発見するのは難しいかもしれない.センター街を突っ切って右に曲がって,ハンズの手前で右に入る.ロフトの先のパルコの手前で左に曲がる.地図を見ながらたどり着きましょう.


スペイン坂
途中階段になる


上から下を見るスペイン坂
まだ午前中の開店前なので人通りが少ない


頂上にはミニシアターがある


そして,東京FMのスペイン坂スタジオ
パルコの1階にあたる

渋谷ハチ公前【東京考察#137】

Shibuya Hachiko


忠犬ハチ公


 渋谷ハチ公前はあまりにも有名な待ち合わせ場所である.週末の夕方となると,溢れんばかりの人だかりができていて,相手を探すのにも一苦労する場所である.そのため,待ち合わせを指定するときは,「喫煙所の近く」とか,半蔵門線(田園都市線)の階段の上あたり,とかハチ公前でもさらに細かい場所を指定しないといけない.
ご存じの方も多いと思われるが,忠犬ハチ公は大正12年秋田県で生まれた秋田犬で,農業土木の博士であった上野栄三郎に飼われていたが,先生が亡くなってからも毎日渋谷駅前で先生の帰りを7年間も待ち続けていたという実話があり,これが人々に感銘を与えて銅像が造られたものである.しかも,この銅像はハチ公が生きているときに造られており,ハチ公の目の前で除幕式が行われている模様の写真が残っている.生きているうちに銅像が建ってしまうのだから,偉大な犬である.戦時中には金属回収令により撤去されてしまったため,今の銅像は昭和23年に再建されたものである.ハチ公は昭和10年3月に11歳で一生を閉じたが,ご主人である上野先生のお墓の隣(青山墓地)に分骨が埋葬され,ハチ公の亡骸ははく製として上野の科学博物館に保存されている.


詳細地図


ハチ公前広場
夕方になると大混雑する(この中に小さくハチ公が見えます!)


今は喫煙所もできた


ハチ公前広場


スクランブル交差点・センター街方面を見る


「地下鉄階段の下から5段目」などといった待ち合わせ方法も・・・


JR線を降りて最初に見える風景


実は,こんな平和の銅像もある


もうひとつの待ち合わせ場所である「モアイ像」
ハチ公前とは京王井の頭線を挟んだ反対側にある

東京メトロ(営団地下鉄の民営化)【東京考察#136】

Tokyo Metro(The privatization in the Teito Rapid Transit Authority)


2004年4月より営団地下鉄が民営化して「東京地下鉄株式会社」,通称「東京メトロ」に生まれ変わった.今まで「S」を形取ったマークだったのが,メトロの「M」をイメージしたものに変更され,地下鉄の出入り口や車両にはこのマークが掲げられるようになった.
もともと「メトロ」という言葉には地下鉄という意味はなく,首都という意味だけだったが,イギリス・ロンドンの地下鉄がメトロポリタン鉄道という名でスタートさせたことから,ヨーロッパ各国でメトロという言葉で地下鉄を呼ぶようになり,意味が定着していったという.今でも,パリやモスクワでメトロという言葉が使われている.ちなみにロンドンではアンダーグラウンド,アメリカではサブウェイである.
この東京メトロの誕生にともなって,外国人観光客などに位置を把握してもらいやすいように,「駅番号」を付けることにした.これは,韓国・ソウルの地下鉄では既に実施されているものであり,国際観光都市「東京」を目指す石原都知事の一声により実施されることとなった.アルファベットが路線名,その後の番号が駅番号となっており,たとえば銀座線の渋谷駅は「G-01」という具合である.ホーム駅名看板や路線案内図,車内電光掲示板などに駅番号が記載されるようになったが,今後は東京の旅行ガイドブックなどにも盛り込まれていき,旅行者にも周知されていくことであろう.ただ,欲を言えば,地上にある地下鉄の入口(降り口階段の部分)にも駅番号を記載した路線の○マークを入れると,もっと外を歩いている旅行者には分かりやすいのではないかと思われる.ソウルでは地下鉄入り口にも番号が記載されている.
ちなみに,営団地下鉄の正式名称は「帝都高速度交通営団」であった.銀座線を運営していた地下鉄会社を役所が引き取り,帝都東京を走るのでこのような名前になったというが,今まで軍国主義日本を連想される「帝都」という言葉が陰ながら脈々と生き続けてきたところに,戦前の軍国主義的なものを垣間見ることができて,なんか不思議なものを感じる.「帝都」とは皇居のある都という意味である.でも,そんなことをいったら,「帝国ホテル」や「帝国劇場」も同じことか.


かつての営団地下鉄の「S」マーク
馴染みのマークだった.


駅番号の入ったホーム看板
Nは南北線を表す


こちらは銀座線(G)


銀座駅では,背景をダークブルーにした看板にリニューアルされていた
(日比谷線銀座駅)


丸ノ内線はこんな感じ


電車の先頭には「M」のマークが付けられている


車内の路線図にも番号が入った


ソウルの地下鉄出入り口
ソウルでは駅入り口にも駅番号が付けられている

スキーの専門店街(神田小川町)・スキー街【東京考察#135】

The specialty shops of the ski ( Kanda Ogawa-machi )


スキー用品が並ぶ


 神田学生街の一角に,スキーの専門店街の集まるエリアがある.一時期ほどのブームは過ぎ去ったが,それでも冬になると,スキーやボードを探しにやってくる人は多い.スキーに限らずスポーツ用品全般を扱っているので,お目当てのスポーツ用品を探すのもよい.


バーゲンの旗が建ち並ぶ


ミズノのショップ
松井のバッティングシーンが.


山・スキー 登山用品もそろう


「スキー・スノーボード激安中」


スノーボードでベンチを造っている

楽器の専門店街(神田駿河台)【東京考察#134】

The specialty shops of the musical instrument ( Kandasurugadai )


ギターが並ぶ


 神田駿河台は東京でも有数の学生街として栄えてきた地域で,大学・高校・中学・小学校・専門学校・予備校とありとあらゆる学校が集まっている.明治大学,日本大学,駿台予備校・・・.そして学生街の周りには色々な専門店街が形成されており,ここ神田駿河台周辺にも書店・喫茶店・飲食店・楽器店・画材店・スポーツ用品店などの商店が建ち並んでいる.
JR御茶ノ水駅を降りて駿河台方面に歩くとすぐに広がるのが楽器専門店街である.時間の自由なモラトリアムの時期を過ごしている学生達.自分を見つけるためにエレキギターを探しにやってくるのである.音楽活動は,人間の心の表現であり,能動的に生きることを教えてくれる.学生街を歩いていると,マンネリ化した日常を過ごしている今の自分にハッとさせられ,何かをやらなければ,という若さのエネルギーを享受することができる.僕は学生街が好きである.


アンプも売っている


管楽器の専門店


電子ピアノ


エレキギターがずらり


楽譜・雑誌も売ってます


キーボード


アメリカ買い付け便入荷!!

ニコライ堂(東京復活大聖堂教会)【東京考察#133】

Nikolai Cathedral(The Tokyo’s restoration cathedral church)

 


ニコライ堂

 


 東京復活大聖堂は,聖人ニコライによって1891年(明治24年)に建てられた日本ハリストス正教会教団の聖堂である.通称「ニコライ堂」と呼ばれている.日本最大のビザンチン式建造物として知られており,昭和37年に文部省指定の重要文化財に指定されている.平面はギリシア十字型のビザンチン式レンガ造りで,中央に高さ約38mのドームと別に尖塔状の鐘楼をもっている.日曜日になるとお祈り(奉神礼)が行われ,火~金曜日の午後には聖堂の拝観を行うことができる.


正門


左側の棟が「鐘」
正午になると美しい鐘の音が響き渡る
まるで異国に居るようだ.


聖堂の入口
(日曜日には内部で厳かにお祈りが行われている)

湯島聖堂【東京考察#132】

Yushima-Seido


大成殿(孔子廟)

湯島聖堂は,儒学に傾倒した5代将軍徳川綱吉が上野忍ヶ岡にあった孔子廟(先聖殿)を現在地に移して聖堂と称したものであり,儒教の教えを説いた孔子を祀っているところである.さらに,この地には孔子の生まれた地名をとって名付けられた「昌平坂学問所」が存在していた跡地であり,明治維新までの江戸時代において官立の大学として文教センターの役割を果たしたところでもある(道路を挟んで向かい側の東京医科歯科大学も昌平坂学問所の跡地).大成殿は土日のみ内部公開されている.都心における静寂な日本文化の空間として,外国人にも喜ばれる場所であろう.
聖堂(大成殿)は過去に4回の大火にあって焼失しており,現在の大成殿は関東大震災で焼失したものを,1935年(昭和10年)に鉄筋コンクリート造りで再建したものであるが,入徳門だけは1704年に建てられたものがそのまま残っている.
1922年(大正11年)に国の史跡に指定されている.


1704年に建てられた入徳門


孔子の銅像


絵馬には多くの合格祈願が書かれている


「合格」の文字

聖橋(お茶の水)【東京考察#131】

Hijiri-Bridge(Ochanomizu)


アーチ型の聖橋


 聖橋(ひじりばし)は,関東大震災の復興橋梁として昭和2年7月に完成したものである.橋長92.47m,幅員22mのアーチ橋で,神田川の景観に美しく溶け込んでいる橋として有名であり,一度は写真で見た方も多いのではないかと思う.「聖橋」という橋の名前の由来は,北側にある国指定の史跡で江戸幕府の官学所となっていた「湯島聖堂」と,南側にある国指定の重要文化財でビザンチン風建築の「日本ハリストス正教会復活大聖堂(ニコライ堂)」の両聖堂にちなんでいる.日本文化と西洋文化の両極を結ぶ橋として「聖橋」がある,なんとも不思議でロマンチックな橋である.
ちなみに,「お茶の水」とは将軍のお茶用の湧き水があったことから名付けられたものであるが,行政上の地名としては存在していない.


お茶の水橋からみた「聖橋」
右はJR御茶ノ水駅


橋の上
背景は東京医科歯科大学
この大学は昌平坂学問所の跡地に建てられたもの


聖橋の上から東方面を見ると,秋葉原の電気街が望める
地下鉄丸ノ内線もここだけ顔をだす


聖橋の上から水道橋方面を見る


橋名板

新幹線が開業した品川駅【東京考察#130】

Shinagawa station which the Superexpress practiced


吹き抜けの品川駅コンコース


 2003年11月,東海道新幹線に品川駅が開業した.東海道新幹線は大井に新幹線の車庫がある関係で,大井の車庫から東京駅間はその車庫からの回送電車が走るため,すでに本数が増やせず飽和状態となっていた.そこで,将来の大阪方面への需要増を見込んで,車庫までの回送電車の影響が及ばない品川に新たに駅を設けて対応することとしたのである.しかし,現時点で品川駅始発の新幹線は存在していない.渋谷・新宿方面から大阪に向かう人のために,少しでも時間が短縮されるよう,飛行機との競争も視野に入れた開業となっている.
その開業にあわせて,品川駅が大改装された.特に東京湾側の港南口(東口)の変貌はめざましく,昔は薄暗い通路を長々と歩いて改札口に行かなければならない港南口であったが,駅前の再開発にあわせて「ドピカーーン」とした明るいコンコース(東西が自由に行き来できるようになった)と駅前広場ができて,様変わりした.


広々とした中央改札口


清潔感のある切符売り場


コンコースの中に店ができた


新幹線改札前にあるカフェ


新幹線改札口


港南口へ向かうコンコース


港南口


京急線のりかえ口
近年,羽田空港への直通列車が多く走るようになり,
乗り換えも楽なことから,京急で羽田に向かう人が増えている.

大井競馬場(勝島)【東京考察#129】

Oi-racetrack(Katsushima)

 


ハイセイコー

 


 大井競馬場は,東京シティー競馬(TCK)が行われている東京の地方競馬である.ツィンクルレースという夜間のレースを開催(15時~21時)しており,夜になるとイルミネーションが瞬く競馬場で,ムードあふれる競馬を楽しむことができる.
大井競馬場は1950(昭和25)年に品川区勝島2丁目に建設された.勝島は1943(昭和18)年に海軍省によって海を埋め立てて造られた人工の島で,第2次世界大戦の勝利を願って「勝島」と名付けられた.競馬ファンにとっては何とも縁起のいい地名のところに大井競馬場が出来たのである.


正面玄関


場内に入るには100円の入場料が必要


いろいろな競馬新聞を売っている


パドックで馬の状態を確認する


予想屋から情報を得る
100円を渡すと,次のレースの予想勝ち馬を
紙にスタンプで押して渡してくれる


勝ち馬投票券は機械で購入する


マークシートを付けて機械で購入する


締め切り間際になると発売所は大行列となる
「締切2分前」の表示がなかなか「1分前」に変わらない.これ地方の特色??


オッズの一覧表


おしゃれなレストランもある


しかし,やっぱり競馬場にはモツの煮込みがよく似合う
左:白モツ(150円) 右:赤モツ(120円)


スタンドは人・人・人


ファンファーレが終わると,出走となる.


モニターを見ながらチェック!


ゴール直前の場内の模様



帰りのバスは超満員


厩舎

亀有駅北口交番【東京考察#128】

The Kameari station north exit police box


亀有駅北口交番

 


 「こちら葛飾区亀有公園前派出所(略して「こち亀」)」という漫画が少年ジャンプに掲載されている.今は,日曜日の夜にテレビでおなじみとなったアニメであるが,その両さんが勤めている派出所(交番)のモデルとなっているのが,この亀有駅北口の交番である.亀有公園というのは,北口の近くに実在しているが,亀有公園前派出所というのは存在していない.漫画を読んでいると,まさにこの交番だ!と思うほどよく似ている.亀有駅には反対側の南口に大きな交番があり,こちら北口の交番は,普段は無人らしい.


色々な角度から


駅を背にして


反対側の南口交番. こちらの方が大きい

取り壊された同潤会青山アパート【東京考察#127】

Demolished The Dojunkai Aoyama apartment


歩道橋からの風景
かつてはここにアパートがあった

 同潤会青山アパートは,No.5,No.105,(No.11)で取り扱ってきた.ついに取り壊しが決定し,今は更地となっている.2003(平成15)年12月末の風景をどうぞ.


このとおり,建物は無くなり,囲いがされて工事中である


工事の仮囲いは,以前のアパートを思い起こさせるような
ツタによるイメージアップが図られている.


完成予想図

明治神宮【東京考察#126】

Meiji Shrine


南神門にある鳥居

 


 明治神宮は初詣参拝客数ではいつも全国1位になる神社である.外国人観光客の姿も多い.明治神宮は,第122代の明治天皇とその皇后である昭憲皇太后をお祀りする神社で,大正9年11月に創建された神社である.こちらの明治神宮は「内苑」と呼ばれ,本殿や神楽殿などがあり,総面積約70万m2の明治神宮の杜が鬱蒼と茂っている.一方,絵画館やスポーツ施設を備える「外苑」は青山に存在している.都心の真ん中に,これだけの森が存在していることは,貴重なオープンスペースであり,野鳥の宝庫でもあろう.


原宿駅から続く「南参道」


檜造りの名神鳥居としては日本一の大きさ
高さ12m 柱間9.1m 柱の径1.2m 笠木の長さ7m


正月になると厄年の垂れ幕が必ず掲げてある


奉納されている菰樽(こもだる)


お札・お守りは巫女さんが売っています


来年の干支「猿」の絵馬が飾ってある


本殿


祈ります


西参道


これが現代の風景である.

師走の羽田空港【東京考察#125】

Haneda Airport in the end of the year

現在の羽田空港
海側に東ターミナルを建設中であり,拡張工事が進められている.

 


 年末年始の帰省ラッシュで賑わう羽田空港.羽田は東京における国内線の空港として,全国各地の空港からの航空便が設定されている.最近では,韓国ソウル・金浦空港とのチャーター便が実現し,都心に近いことから,国際空港としての機能の見直しが迫られている.そんな年末の羽田空港の模様をどうぞ.


搭乗カウンター前は混雑(2階出発ロビー)


テロ防止のため,搭乗口のセキュリティチェックは厳重になっており,
長蛇の列ができている.


満席の便が多い

 
羽田空港はみやげ物屋が充実している.
東京土産を買って,実家へ.人気商品には行列ができている.
成田空港もこれを見習って,
外国人観光客のためにもっと免税品店を充実させるべきである.

 
「羽田航空神社」
ターミナルビルの余り目立たない場所(1階)に神社がある.


1階到着ロビー


リムジンバスも各方面に出ている.
今は京急線も乗り入れており,
東京モノレールは値段が高いこともあって
乗客離れが進んでいる.


「賀正」
クリスマスが過ぎるとお正月モードに切り替わる


松井秀喜選手のジャンボ機


羽田空港には次々と着陸機がある.
上の写真には4機の着陸態勢の機体(前照ライト)が写っている.


ANA系のみの着陸便一覧
2分おきに着陸している


国際線ターミナルは閑散としている


国際線ロビーも閑散.羽田とは思えない.
国内線ターミナルと国際線ターミナルは,
5分おきに走っている無料バスで結ばれている


東ターミナルは建設中


黄昏の羽田.富士山が見える.

柴又帝釈天【東京考察#124】

Shibamata Taishakuten


京成柴又駅
寅さんの銅像が立っている

 


 柴又といえば,松竹ヒット映画「男はつらいよ・寅さん」の舞台となったところである.柴又帝釈天への参道にあるお店が寅さんの実家であり,今は亡き俳優・渥美清が「よう,元気かい」といってふらりと現れてきそうな,そんな雰囲気のする街である.
柴又帝釈天(経栄山題経寺)は,寛永6(1629)年,日忠上人の草創と伝えられており,本尊は日蓮上人自刻の帝釈天の板仏である.行方不明だった板本尊が庚申の日に発見されたので,以降,縁日は庚申の日に設定されている.縁日は2ヶ月に1日の割合でやってくる.


「男はつらいよ」の映画監督・山田洋次氏による寅さんの名セリフ


参道の賑わい


寅さんの撮影現場となっていた「とらや」


寒いときには「甘酒」を.1杯100円也.


悪い患部はタワシで磨くと直ります


線香は仏前に供えます


二天門


本尊


「寅さんせんべい」もあります


「葛飾柴又・寅さん記念館」も近くにあります


寅さんよ,永遠に.

西新井大師【東京考察#123】

Nishi-arai-daishi


西新井大師(総持寺)の本殿

 


 

 西新井大師は,正式には五智山遍照院総持寺といい,真言宗豊山派の寺院である.
天長の昔に弘法大師が関東巡錫の折りにこの地に立ち寄り,悪疫流行に悩む村人たちを救おうと十一面観音様を造って21日間の祈祷を行った.すると枯れた井戸から清らかな水が湧いてきて病はたちどころに平癒したと伝えられている.その井戸がお堂の西側にあったので「西新井」の地名ができたという.
露天が建ち並ぶ賑やかな縁日は,毎月21日に行われている.



参道


日本文化が香るところには必ずある「センベイ屋」
醤油の香ばしいにおいが漂っている


だるま屋もよく見かける光景.


うなぎ屋も日本文化


だんご屋も定番



正月初詣の準備はOK


塩地蔵
お地蔵さんが塩で覆われている
まるで雪のようだ


延命水洗地蔵尊


線香をあげて煙をかぶる


お地蔵さん


お稲荷さん


庭園

東京大学(本郷)【東京考察#122】

The Tokyo University (Hongo)


安田講堂
1925(大正14)年に完成した大講堂
安田財閥の寄付によって建った
東大闘争の舞台となり学生運動の象徴でもある

 


 東京大学は,日本の最高学府である.あらゆるトップには必ずといっていいほど「東大」が名を連ねている.前期課程は駒場キャンパスで学ぶため,ここ本郷キャンパスは後期課程の学生が学んでいる.大学の歴史も古く,徳川幕府の「晶平黌」学問所が起源である.


東大正門
記念撮影する人が多い


正門を入ると,正面には安田講堂が見える.


レンガ調の重厚な建物が並ぶ


図書館
↓

よく見ると,建物の壁面には「ペン」の形をした飾りが施されている

 
図書館の開架図書と閲覧室の木製の机 年輪が感じられる


洋書閲覧コーナー シャンデリアが豪華


東大赤門
1827年に加賀藩主前田家に嫁いだ
11代将軍徳川家齊の息女溶姫のために建てられた
朱塗りの御守殿門.重要文化財に指定されている.


TV番組「トリビアの泉」でも紹介された
東大専用のトイレットペーパ
裏には「保存期限の切れた事務書類,試験,成績,
名簿等個人情報を含むものを処理した
再生資源が含まれています」
と想像をかき立てる生々しい情報がわざわざ記載されている.


東大周辺の本郷界隈


木製の柵が残る


本郷6丁目


「東大生と共に明治から 食堂もり川」
キャッチフレーズが歴史を感じさせる


古書籍の店がポツポツとある


重厚な塀の続く本郷通り


赤門前のお菓子屋で販売している「赤門もち」

井の頭公園【東京考察#121】

Inokashira Park 


井の頭池


 井の頭公園は正式には「井の頭恩賜公園」といい,1917(大正6)年に開園した380,000m2の都立公園で,徳川歴代将軍が鷹狩りをした場所でもある.井の頭池とその周辺,雑木林と自然文化園のある御殿山,運動施設やジブリ美術館のある西園,東南にある第二公園の4つから成り立っている.また,中央に存在する井の頭池は江戸に初めてひかれた水道の水源であり,明治31年まで重要な役割を果たしていた.「井の頭」の命名者は,3代将軍家光といわれているが,その由来は「上水道の水源」「このうえなくうまい水を出す井戸」という説がある.井の頭池は神田川の源となっている.
ちなみに「恩賜」とは,天皇主君から賜ることとなっている.つまり,天皇から賜ってできた公園ということである.


木々の葉が落ちて,冬が到来する.


野外音楽堂もある
ここを活動拠点にしているバンドもある.


名物!?「井の頭だんご」

 
井の頭池のボート
このボートは恋人と乗ると必ず別れるという噂があり,
あまりカップルは乗っていない.


楽しい大道芸人の周りには人だかりが出来ていた

 
ここが「神田川」の始まり
これから柳橋(隅田川)まで神田川の旅は続く・・・・


井の頭池

ジョージの魅力(吉祥寺)【東京考察#120】

The attractiveness of “George” (Kichijgeorge)


吉祥寺駅前

 


 若者は吉祥寺を「ジョージ」と呼ぶ.吉祥寺は武蔵野市に位置しており,新宿と八王子の中間に位置する商業エリアである.駅前には,伊勢丹にパルコに東急百貨店と一流百貨店が建ち並び,サンロードのアーケード街を中心としたショッピングゾーンが展開されている.さらに,日本ではあまり見ることが出来なくなった狭隘な道路に建ち並ぶ商店エリアも残っており,エキゾチックな側面も見ることができる.コンパクトにまとまっていて,ぶらっと立ち寄るのにはおもしろい街である.
さて,吉祥寺と地名がついているので,近くに吉祥寺があるかというと,そうではないらしい.吉祥寺は水道橋にあったものが大火で駒込に移ったもので,現在も駒込病院の裏に存在している.では,なぜここが吉祥寺に???


 
駅正面のサンロード入り口.アーケードの工事中であった.


ダイヤ街

 
伊勢丹付近


ヒューマンスケールの街が魅力の一つ


駅南口エリア(井の頭公園側)


駅前(北口)に広がる狭隘な商店街


アジアチックで路地裏的な地区である
すれ違うのがやっと.


なかなかいい感じ・・・


焼き鳥が似合う

 
夜になると賑わうのだろう.
右は洗い場.なんか懐かしい感じ.

少しは”ジョージ”の魅力が感じられましたか?

大泉学園町【東京考察#119】

The Oizumi-gakuen town (Nerima-Ward)


メインストリートの大泉学園通り沿いには,
ちょっとした商店が建ち並んでおり,
穴場的な発見があるかもしれない.

 


 大泉学園町は埼玉県和光市と接する閑静な住宅街である.地図を眺めるとこの区画だけ整然と道路が入っているのがわかる.ここは,関東大震災直後に箱根土地(株)(西武鉄道グループ・現西武鉄道の一部前身)が一大学園都市を開発しようと計画したところで,碁盤の目に入った区画の土地は坪10円で売り出されたという.しかし,大学誘致も住宅開発も思うように進まず,現在のように教育施設ができたのは,昭和48年に朝霞の陸軍士官学校(戦後は米軍と自衛隊が使用)が返還されたあとであった.


大きな松の木がある


緑の生け垣もある


もういっちょ,松の木
都内では高級住宅街の様相である.



交差点の名前が,ずばり「風致地区」


「大泉風致地区」というバス停

 街を歩いていて興味深かったのは「風致地区」という交差店名があり,さらにバス停にも「大泉風致地区」という名前が付けられていたことである.風致地区とは都市計画法で定められるもので,都市内の自然景観を維持し,樹林地帯の保存を図る区域に指定するもので,風致地区内では,建物の高さ,建ぺい率,建物の位置,形態,デザイン,緑の保存のために必要な行為について規制を行うことができるものである.(出典:都市計画総論,鹿島出版会) この地区にも風致地区の規制をかけて,良好な居住環境をつくる制度が取り入れていたのであろう.



農地が残っている


「生産緑地地区 東京都市計画 練馬区」という看板が立っている

 この周辺,昔は農地がたくさん残っていたのだろうが,宅地化の波で農地は減少している.そもそも23区内に農地が残っている事自体不思議に思うかもしれないが,練馬区や板橋区・世田谷区の県境付近には,まだまだ農地が点在している.そんな農地の脇に「生産緑地地区」という看板を見つけた.
「生産緑地」とは,市街化区域内にある農地等に着目して,公害又は災害の防止,調和した都市環境の保全に役立つ農地を計画的に保全し,良好な都市環境の形成を図ることとなっている.この生産緑地に指定されるには500m2以上の面積を持ち,公共施設用地として適していることなどの用件がある.指定を受けると,農作物等の生産に利用されることや長期営農することが求められるが,宅地並み課税の減免措置を受けることができる.
この看板が立てられている地区は,この生産緑地に指定されていることを表している.

光が丘団地【東京考察#118】

The Hikarigaoka housing complex


 「光が丘団地」は,戦争中は成増飛行場として,戦後は米軍の住宅地(グランドハイツ)として接収されていた土地を,昭和48年に返還してもらってできた土地に建設された住宅団地である.面積は186ha,約1万2千世帯,人口4万人が暮らす,都内でも最大級の団地である.昭和58(1983)年より入居が開始され,平成3(1991)年には団地建設が完了し,併せて都営地下鉄大江戸線(当時は12号線と呼んでいた)が開通して,徐々に「街」として成熟していった.
公団,東京都,住宅供給公社による開発なので,エリア内には行政区民センターや郵便局,学校や図書館などの公共施設も併設されており,日比谷公園の4倍の広さを持つ光が丘公園も存在している.団地内を歩いてみると,近年に開発された団地であることもあり,三角屋根を取り入れた設計や,壁面に煉瓦タイルを使用するなど,コンクリート一辺倒で無味乾燥としていた「いわゆる団地」といったイメージを払拭する造りとなっており,デザイン的にも配慮されたものとなっているように感じる.30階建ての超高層住宅もバランスよく配置されており,最上階からは都心を一望できる眺めであるに違いない.


煉瓦タイルの団地


壁面に煉瓦風タイルを配している


超高層住宅は空間のバランスを考えて配されている


イチョウ並木の中を・・・


超高層住宅では1階エントランスにオートロックシステムが完備されている


光が丘駅前には「IMA(イマ)」と呼ばれる
複合型ショッピングセンターがある.


100円の有料自転車置き場(コインパーキング)
鎖をつないで100円玉を入れる


街区と街区は,歩行者自転車専用のペデストリアンデッキで結ばれている

高島平団地【東京考察#117】

The Takashimadaira housing complex


高島平の団地群

 


 高島平団地は,住宅ストック不足を解消するために日本住宅公団(前住宅・都市整備公団/現都市基盤整備公団/平成16年7月より独立行政法人「都市再生機構」へ)によって開発された,いわゆる「団地」と呼ばれるものである.当時建設された団地は,規制上からほとんどが14階建ての中高層住宅であり,この高島平団地も14階建ての住宅団地が並んでいる.
昭和47年より入居が開始され,高島平2丁目団地には賃貸住宅が7741戸,高島平3丁目団地には分譲住宅が2429戸あり、総戸数は10,170戸となる都内屈指の巨大団地である.この時代に作られた団地を歩いてみると,高密度に中高層住宅が並んでいることに気づく.現在の団地開発は高層住宅と高層住宅の間にもう少し公園などのオープンスペースを配置して,空間にゆとりを持たせ密度を押さえるようにしていると感じる.


都営地下鉄三田線「高島平駅」を降り立つと,
都道を挟んで目の前に団地が壁のように立ちはだかる.
これだけでも圧巻な景色である


空きが出ているようで,
賃貸住宅の入居募集を行っている.

 
1階は商店街になっている住宅棟もある.


団地の中には公園が配されている


廊下.天井の配管が年月による追加改造を物語る

 
一時期,自殺者が多く出たために,廊下などには徹底的に柵が取り付けられ,
屋上には上がれないようにしている.

 
懐かしい「ダストシュート」.今は分別が細分化され,廃止の方向にある.
銀色の蓋の部分からゴミを投げ入れると1階まで落ちるようになっており,
下階でゴミを集めるシステムとなっている.

 
交番(左)や図書館(右)などの公共施設を一体的に配置しているのも,
住宅公団の行っている団地開発の魅力の一つであった.