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ローカル線に乗って[銚子・犬吠埼へ#1]

郡山(福島県)から銚子・犬吠埼に行くのに,最も時間が早いのは,東北新幹線に乗って東京駅で銚子行きの特急に乗り換えて向かうのが一番速い.しかし,直線距離で見たときに一番近いのは,水郡線に乗って水戸で乗り換え,鹿島臨海鉄道に乗って鹿島神宮で乗り換え,そこからローカルバスに乗って銚子駅まで向かうルートである.
のんびり沿線の風景を味わいながら,ローカル線に乗って銚子・犬吠埼へと向かった.

旅のスタートとなる
郡山駅の水郡線ホーム3番線

(旅行年月:2010年5月)


■水郡線でのんびりゆったり(郡山→水戸)■

郡山駅の水郡線ホームは,2・4番線ホームを東京寄りに歩いていった端っこの方にある.今は3番線となっているが,昔は「3番線」と言わず「水郡ホーム」となっていたが,2007年から旧1番線が廃止されて欠番になっていたものを直したことにより,「3」の数字が与えられるようになった.

新型のディーゼル車両で,車内は広々と快適なローカル線である.郡山9:18発の水戸行きで,水戸到着は12:39着,およそ3時間20分も乗車することになる.

水郡線の車窓は,のどかな田園風景が延々と続く.車窓の変化が乏しいので,まさに「のんびり・ゆったりローカル線の旅」となる.

矢祭山の近くになると,久慈川に沿って走る区間となり,車窓に変化がある.
久慈川は,八溝山の北側(福島県側)を源流として,福島県の東白川郡と茨城県を流れて太平洋に注ぐ河川である.

矢祭山駅の裏手には,矢祭山という山がある.標高は383m,南側一帯は矢祭山公園で,サクラやツツジ,紅葉の名所となっている.水郡線の沿線風景で,唯一観光地らしい車窓の広がるところで,ある意味「ハイライトの区間」といってもいい.ちなみに,もったいない図書館や住基ネットに繋がないといったことで話題となった「矢祭町」がここである.

福島県から茨城県に入り,お昼が近づいてきたので,郡山駅で買っておいた駅弁を食べることにした.弁当は「福島まるごと辨當」.お弁当で味わう美味しい福島フルコースと書いてあって,表紙には三春駒や唐人凧が描かれている.メニューもきっちり書かれていて,「郡山のあさか舞こしひかりの鮭親子めし」「郡山の鯉の甘酢あん」「伊達鶏のてりやき」「いわきの目光唐揚げ」「天栄村のお漬物」「福豆屋自家製牛糸こん煮」「山の幸 細竹・栗・山菜」となっている.うまかった.

■鹿島臨海鉄道に乗り換えて(水戸→鹿島神宮)■

水戸からは,真っ赤な車体の鹿島臨海鉄道に乗り換えて,鹿島神宮を目指した.地図を眺めると,太平洋沿岸を走っているのであるが,車窓から海が一望できる区間はほとんどなく,海が車内から見られないのはちょっと残念であった.

しかし,今日は鹿島サッカースタジアムでアントラーズの試合があるようで,車内は赤い帽子や,赤いシャツを着たサポーター達で満席であった.

鹿島臨海鉄道はJR線ではないため,郡山駅で切符を購入できなかったが,水戸駅の発車ホームがJR線と同じであったため,車内で精算するように駅員さんから言われた.車掌さんから乗り越し精算を行うと,昔懐かしの「ぱちん,ぱちん」と紙にパンチで穴を開ける乗り越し精算切符が手渡され,ノスタルジックな気分になった.

 

試合開催日は,臨時駅となる鹿島サッカースタジアム駅に停車し,ほとんどの乗客がここで降りていった.

■ローカルバスで銚子へ(鹿島神宮→銚子)■

鹿島神宮駅から銚子へ行くには,JR線鹿島線と成田線に乗って行く方法がある.しかし地図を見てみると,利根川と鹿島臨海工業地帯に沿って国道が走っており,ここを走るバスがあるのではないかと時刻表を調べてみたら,関東鉄道のバスがありました!
土休日は1日6本で,利根川経由と海岸経由とある.次のバスは14:35発の海岸経由銚子行き,バスで向かうことにした.

バスは,いたって普通の路線バス.これで銚子まで1時間40分かかる.料金は1,360円.

鹿島臨海工業地帯の中を走っていく.かなり荒涼とした風景.

「海岸経由」となっていたので海の風景を期待したが,こちらも海沿いは走らず,ちょっと内陸の道を走っていく.

そして,利根川の最も河口寄りにある「銚子大橋」を渡ると,茨城県から千葉県となり,終点銚子駅となる.

16:15 銚子駅到着

銚子漁港・醤油の街[銚子・犬吠埼へ#2]

■銚子漁港■

銚子電鉄に乗って観音駅から歩いて10分程度のところに銚子漁港(第一卸売市場)がある.日本有数の水揚量を誇る港で,2006年は全国1位の約26万トンであった.

「夕陽と銚子漁港」
思わず写真を撮った.夕陽がとてもきれい.

■近くの海鮮店で「大はまぐり」を食べる■

銚子では,はまぐりも多くとれるとのことで,名物となっているが,お店ではまぐりを注文してみると,これがでかい!イメージしていたものとは違っていた.写真で見ると,あまり大きさが実感できないかもしれが,右上のレモンと比較してみても大きいのである.(皿も大きかった)銚子に来たら,是非大はまぐりを.

やっぱり刺身の盛り合わせは外せないでしょう! ネタも新鮮で美味しい.

カレイを揚げたものに,キノコと大根おろしのみぞれをかけた料理.これもうまかった.

机の調味料のところには「醤油」が2種類置かれていた.「ヤマサ醤油」と「ヒゲタ醤油」.銚子は,醤油の街としても有名なのであった.

■醤油の街・銚子(ヒゲタとヤマサ)■

銚子沖は,暖流と寒流がぶつかり合うので,夏涼しく,冬暖かく,湿度が高いという気候となっており,これが,醤油を醸造する際のこうじ菌などの活動には最適とのことで,江戸時代の初期にヒゲタやヤマサといった醤油造りが始められるようになった.さらに利根川の水運を利用して江戸へ運ぶのにもよい場所であった.
銚子駅のベンチにも,ヒゲタしょうゆ,ヤマサしょうゆの記載があるものが多くある.

銚子駅から西に向かって道路を歩き,南側に線路を渡って歩いて15分ほどで「ヒゲタ醤油」となる.1616(元和2)年創業.事前に電話連絡を入れれば(直前でもOK)無料で中を見学することができる.ただし,土日祝日は,映画上映と史料館のみの見学であるため,フレスコ画を見ることはできない.
通常よりもお得な値段で醤油を買うこともできる.「たまごかけご飯にどうぞ」「銚子ヒゲタ刺身醤油」「ヒゲタ醤油」の3本セットを買って帰った.

今度は,銚子駅から東側に歩いて10分ほど(銚子電鉄仲ノ町駅からも近い)で「ヤマサ醤油」となる.1645(正保2)年創業.こちらも事前に電話連絡を入れれば無料で工場見学をすることができるが,工場休業日は映画上映のみとなる.
ちなみに,うすくち醤油とは,塩の量が少ないという意味ではなく,色が薄いという意味で,塩の量はむしろ多いことを初めて知った.

ヤマサ醤油で販売していた「しょうゆソフトクリーム」.見た目,モカソフトクリームのようだが,味は間違いなく醤油味,甘しょっぱい感じで美味しかった.ヤマサの方が,見学者が多かった.

工場見学の最大の楽しみが記念品.醤油工場では,PRビデオ(上映映画)を見終えた見学客に対し,子供も含めて一人ひとつの醤油がプレゼントされた.
ヒゲタとヤマサの2カ所回れば,2本GETすることができる.(写真左がヒゲタの本膳,右がヤマサ醤油の記念品)

銚子電鉄・ぬれ煎餅[銚子・犬吠埼へ#3]

■銚子電鉄■

銚子電鉄は,関東地方の最東端に位置するローカル私鉄で,銚子~外川間の6.4kmを約20分で結んでおり,1923(大正12)年に開業している鉄道である.
しかし,2006(平成18)年に当時の社長の約1億円にのぼる横領が発覚し,モータリゼーションによる乗客減もあって,倒産寸前の状態になった.さらに,国土交通省の監査による,線路や踏切などへの改善命令も出され,車両の法廷検査の費用も必要となり,社員の給料さえも全額払えない状況になった.
そこで,副業として販売していた「ぬれ煎餅」を売ることにしたが,当初は売り上げが思うように伸びず,資金不払いが発生してしまう状況に陥っていたときに,インターネットへ「ぬれ煎餅を買ってください.電車修理代を稼がなくちゃいけないんです」と書き込みを行ったところ,大きな反響を呼び,テレビなどでも取り上げられて,爆発的な売り上げを記録した.それにより電車の点検費用をまかなうことができ,線路などの施設の更新を行うことができ,今年夏には,車両の更新(中古ではあるが)も行うことができ,廃止を免れて銚子の街をのんびり走り続けているという鉄道なのである.

銚子駅改札口
片道切符は自動券売機で購入できるが,往復乗車券や1日乗車券は,銚子電鉄の車掌からしか購入できないため,そのまま駅員に断って改札内に入ってホーム(2番線の先)に行くことができる.

JR線の2番線ホーム先にある銚子電鉄のホームのりば.Suicaのタッチする機械が置かれている.

洋風の駅舎になっているが....塗装が剥げていて,銚子電鉄らしい.

銚子電鉄1000形
どこかで見たことがある車両.そうです,昔の地下鉄銀座線の車両を利用している.

車内で購入した片道切符.

車内にはゲーム「桃太郎電鉄」((株)ハドソン)から応援している広告が貼られている.車両のラッピングもこのとおり.

車内の壁の非常用補助ランプ,地下鉄銀座線は駅に到着する前に車内のライトが消えていたので,そのときに「ピカ」と光っていたのを思い出す.

キャベツ畑の中を走っていく.

■ぬれ煎餅・犬吠駅■

ぬれ煎餅は,犬吠駅舎の中で販売している.ただ,ぬれ煎餅はここでしか買えないわけではなく,街中のコンビニでも販売している.

目の前で実演して販売している.
1日乗車券を購入していれば,1枚無料でもらうことができる.

ぱりっとしておらず,しっとりしているぬれ煎餅.私としてはこちらの方が好みの食感である.

ぬれ煎餅には3種類の味があって,濃い口の「普通味」,うす口の「うすむらさき味」,甘口味の「甘じょうゆ」とある.

犬吠駅
壁のタイルは剥がれ落ち,廃車となった電車はかろうじて展示館として利用されているようだが,会社の経営状態が如実に表れているように感じる.

 

廃車を利用した「銚子の観光案内」

■昭和初期の電車■

この電車(700形),1942(昭和17)年に製造された電車で,いまだに現役で働いているのには驚かされる.しかし,この電車も老朽化によって国土交通省から業務改善命令がでており,2010(平成22)年7月に,代替車両の譲渡をうけてついに引退となった.2010年のゴールデンウィークにはかろうじて廃車前に最後の運行を行っていた.

床が木の電車.昔の電車やバスはみんな床が木だった.

この電車は,1949(昭和24)年製造の800形.すでに車体は錆だらけ,ボロボロなのである.

車内はこんな感じ.このレトロな車両を見に銚子電鉄まで訪れる観光客も多い.もちろん冷房は付いていない.

外川駅に置かれている700形.
既に引退しているが,駅の奥の引き込み線に置きっぱなしである.

同じく,外川駅に置かれているユ100形で,国鉄貨車を改造して造られたオープン式のトロッコ客車.当時NHKで放送されていた澪つくしから命名された「澪つくし号」という名前が付いている.ただし,現在は安全面の都合により休車となっている.

外川・犬吠埼[銚子・犬吠埼へ#4]

■外川の街■

銚子電鉄終点となる外川駅.外川は坂道の街としても知られ,1958(万治)年から6年あまりの歳月をかけて造られたとのこと.外川(とかわ)駅は,NHKの朝の連続テレビ小説「澪つくし」のロケ地となっていたところで,昭和時代の雰囲気を残すローカル線の駅舎である.

駅舎内の出札口も木造で,レトロな雰囲気を残している.

外川は坂の街として,坂道からは海が見え,道路は碁盤の目状になっている.石畳の坂道が残っている.

魚問屋が外川ミニ郷土資料館をオープンさせており,中にはいると,漁業の歴史などが写真と共に展示されている.入場無料で気軽に立ち寄ることができる.

豆腐屋さんの建物の壁面.「フ」が10個で・・・.

■犬吠埼■

犬吠駅から歩いて数分,海が見えてきた!

犬吠埼湧水.こんなに海の近くでわき水が湧いているのはなんか不思議である.

左に犬吠埼灯台が見えてきた.

犬吠埼灯台は,1874(明治7)年に完成した灯台で,高さ約27m,約35kmまで光が届く灯台である.現在は,船舶に気象を提供したり,人工衛星(GPS)の誤差情報を提供したりしているといい,真っ白な灯台が海を見守っている.

犬吠埼灯台の麓から見た海岸線.

イタリア街(汐留シオサイト5区)【東京考察#300】

The Italian town ( The Shiodome Siosite 5 Block )


イタリア街


 イタリア街(シオサイト5区)は,汐留の土地区画整理事業の再開発によって誕生した街区である.線路東側の国鉄貨物跡地の再開発にあわせて実施した再開発であるが,イタリア街のある西側は昔からの地権者がいる地域であった.そこで新たな街づくりを進めるに当たって,銀座や六本木とは差別化された街として「イタリア」を目指すことになった.この街づくりを進める上で,参考にした街が,イタリア北部にあるレッジョ・エミリアという人口14万人の都市であるという.

ファミリーマートもイタリア風の外観に

イタリア風
  
この街区に入ると,イタリアにタイムスリップしたようになる.

花壇も置かれている

後ろの建物がイタリア街の建物

線路を越えると,港区立イタリア公園がある

銀座ライオンのビアホール(銀座7丁目店)【東京考察#298】

The beer hall of Ginza lion


銀座ライオンの生ビール(中)
注)待ちきれず一口飲んだ後に撮影

 


 銀座ライオンの銀座7丁目店は,1934(昭和9)年に大日本麦酒(現サッポロビール)本社社屋として誕生した建物の1階にオープンしたビアホールで,それ以来70年以上も同じ建物内で変わらず営業を続けているビアホールである.ホールには,菅原栄蔵氏が日本で初めてガラスモザイクを用いて製作した大壁画が描かれている.「銀座ライオン」とは店の名前のことで,会社の名前は「サッポロライオン」となる.もともと1899(明治32)年に「エビスビアホール」として銀座新橋側に日本初のビアホールを日本麦酒がオープンさせたのが始まりで,ライオンという名は1911(明治44)年に現在の銀座5丁目店の場所に「カフェー・ライオン」を開店したときから続いている名前である.2009(平成21)年現在,創業110周年,銀座7丁目店ビアホールは75周年となっている.
銀座ライオンというと,銀座7丁目店のビアホールがあまりにも有名であるが,全国各地に店舗をもっている.ビアホールに入ると,仕切りなどのない大きな建物の中に,丸い机と椅子が並べられており,ビール片手に語り合う人々の声が,高らかに場内に響き渡っている.

銀座ライオン 銀座7丁目店

入口は行列が出来て順番待ちとなっている.
1階がビアホールで,2階はビアホールではなくて「ビアレストラン」となっている.

銀座ライオンのビアホール(銀座7丁目店)
昭和の香りが漂っており,正面にはガラスモザイクの大壁画がある

天井 白熱灯の色合いが,またいい雰囲気を醸し出している
 
側面の壁画上部には,必ず「虫?」が描かれている.

なんとも,いい雰囲気である.

ソーセージとザワークラウト(キャベツの漬け物)

時間限定でしか食べられない「ローストビーフ」
月から土曜日は17:30と20:00,日・祝日は15:00と17:30のみ焼き上がる

コースター

東京スカイツリーインフォプラザ(建設中)【東京考察#299】

The Tokyo Skytree information plaza ( Now constructing )

 


 東京スカイツリーは,着々と建設工事が進んでおり,5月上旬現在では370mとなっている.2012(平成24)年春オープンの予定だが,建設中のスカイツリーを一目見ようと,多くの観光客が押上・業平橋地区に押し寄せている.そのような状況もあり,2010(平成22)年4月からオープン前の2012年3月までの予定で,東京スカイツリープロジェクトの情報発信のためのインフォメーションセンターがオープンした.ビルの1階フロアーを利用して写真や模型などを展示しており,開館時間は10:00~17:00(最終入館時間16:40),月曜日(祝日の場合は開館)や年末年始(12月29日から1月4日)は休館日となっている. 個人の見学は無料であるが,10名以上の団体は団体専用の有料案内メニューが用意されている.
あわせて,2010(平成22)年5月のゴールデンウィーク中の様子をお送りする.
 
東京スカイツリーインフォプラザ
東武鉄道業平橋駅前にある.混雑するときは並んで入場する.

完成したときの景観シミュレーションが貼られている

現在の建設高さが矢印で表示されている

映像で紹介されているが,ちょっと画面が小さくて低い位置にあり,見づらかった.
工事中の仮設の展示室という感じは否めない.

ショーウインドウには,模型も展示されている.

 
ゴールデンウィーク中の高さは368mだった.
1枚の写真では,縦にしても入りきれなくなっている.

パトカーも駐車している車を放送で注意している

浅草通りの人通りも,心なしか多くなっているような気がする.

北十間川沿いは,大勢の見学者がいた

10~16時利用可能な仮設トイレも設置された.
後ろはスカイツリーの根もと.

路地裏からスカイツリー.やはり,でかい!

後ろの橋(京成橋)の上からも,大勢の人が上を見ている.

花園神社(新宿)【東京考察#297】

The Hanazono shrine ( Shinjuku )


花園神社境内

 


 花園神社は,内藤新宿と呼ばれていた宿場町の時代から,新宿の総鎮守として存在していた.敷地内では演劇などの催し物も開催され,伊勢丹や歌舞伎町などのアジア最大の歓楽街にある貴重なオープンスペースである.

靖国通り沿いにある入口

建物の間を歩いていく

烏や鳩を避けるためか,網が張られている

朱塗りの拝殿

ビルに囲まれている花園神社

貴重なオープンスペースである

西新井ラーメン(西新井駅構内立ち食いラーメン)【東京考察#296】

The Nishi-arai Ramen noodle ( The eating at a stand in the station premises)


西新井ラーメンの看板

 


 西新井駅のホームに降りると,「ぷ~ん」とスープの香りが漂ってくる.西新井ラーメンは,東武鉄道伊勢崎線の西新井駅構内ホームにある立ち食いラーメンで,1969(昭和44)年に東武鉄道の東武ラーメンとしてオープンしており,下りの3・4番ホームの階段下にある.昔,小学生の時に西新井に住んでいたことがあって,25年ぶりくらいにこのラーメンを食べてみたが,その当時と味は変わらなかった.味は,今流行の凝ったラーメンではなく,昔ながらの東京の醤油ラーメンであるが,駅のホームでキーキー音をたてて停車する東武電車の音を聞きながらすするこのラーメンは,とてもうまい!のである.ラーメンの値段が1杯400円(2018年9月現在は450円.2019年2月現在は500円)というのも嬉しい.

場所は,西新井駅の下りホームの階段下にある.
  
3・4番線の階段下にある.
店の目の前にあったベンチはなくなってしまったが,
カウンターでの立ち食いは8人程度まで可能である.
(ちょっと離れれば,待合いベンチがある)

食券を買ってカウンターで渡す
ラーメン400円 チャーシューメン600円 ミソラーメン600円,カレーラーメン400円 ワンタンメン450円 ワンタン400円,コーンラーメン450円 カレーライス400円 ミニカレーライス300円,キムチラーメン500円 ねぎラーメン450円 モヤシラーメン450円,メンマラーメン 450円 かけラーメン330円 ライス200円 玉子50円,(夏期のみ:冷やし中華600円 ざる中華400円 氷イチゴ・メロン150円),大盛りは現金払いで+50円
(2010年3月現在の料金)
ちょっと気になるのが,夏期メニューの「氷イチゴ・メロン」.

2010年2月17日より全品50円値下げが断行され,前の値段に戻った.(しかし,2018年9月現在,+50円アップされており,2019年2月現在,さらに+50円アップされて,ラーメン500円となっている)
 (2018年9月現在の料金)
すべて50円値上がりした.
ラーメン450円,チャーシューメン650円,ワンタンメン500円,カレーライス450円,ワンタン450円,みそラーメン650円,コーンラーメン500円,メンマラーメン500円,もやしラーメン500円,ねぎラーメン500円,キムチラーメン550円,カレーラーメン450円,冷やし中華650円,ざる中華450円,ミニカレーライス350円,氷イチゴメロン200円(2019年2月現在,さらに+50円アップされてラーメン500円となっている)

カウンター上部に並ぶメニュー写真

麺のみの「かけラーメン」は330円也.
かけラーメンは,立ち食いそばの「かけそば」と同じ発想.
(2018年9月現在,このメニューはありません)

これが「西新井ラーメン」.チャーシューもほど良い大きさ.
生麺からゆであげ,スープやチャーシューは手作りの本格的なラーメンである.
このラーメンをデジカメで撮影しようとしたところ,
お店のお姉さんが,どんぶりを動かしてくれて,
「チャーシューを手前にすると綺麗にとれるわよ.チャーシューがかわいそうだから」
といって,チャーシューが手前にくるようにしてくれた.
ラーメンに対する愛情が,長年の変わらぬ営業の秘訣であると感じた.

素朴な味わいの東京ラーメンといえる西新井ラーメン.
40年以上続く,懐かし味が楽しめる.
年中無休(正月のぞく).営業時間7:30から20:30頃まで.


[一口コラム] 懐かしの東武電車

○昔の東武電車は,停車したときにゴムのようなものが焼ける独特の匂いがホームに充満していましたが,新しいステンレスの車両になってから,匂いはなくなりました.
○さらに,クリーム色の時代には床が木でできた電車も走っていて, なんとも時代に翻弄されない奥深い東武沿線を,醸し出していました.
○昔の西新井駅では,電車が到着すると,独特の低音で案内放送をする駅員さんがいて, 「にしあらい~,にしあらい~,にしあらいです.大師線乗り換え~,にしあらいです. 西新井の次は,草加にとまります.途中の竹の塚,谷塚には止まりません.4番線,準急,幸手行きです」 と独特のリズムで案内が流れていました.
○時代は流れ,半蔵門線・東急田園都市線との直通運転が開始されてから,準急は急行へと名前を変え,駅の案内放送も,自動放送に変わっていきましたが,この西新井ラーメンの味だけは,脈々と受け継がれています.
○西新井駅は,複々線となって外側の線路を走っている急行・区間急行・準急・区間準急と 内側の線路を走っている各駅停車とが同じホームで乗り換えることができるため,この乗り換え時に西新井ラーメンを食べる人もいます.
○これからも,末永く東京ラーメンの素朴な味を残して欲しいお店でした.

貨幣博物館(日本銀行分館)【東京考察#295】

The Currency museum ( The annex of the Bank of Japan )


日本橋にある貨幣博物館


 貨幣博物館は,日本銀行金融研究所が行ってきた収集・研究等を展示している博物館で,古代から現代まで,そして世界の貨幣についてわかりやすく展示している.1985(昭和60)年に開館した.日本橋三越のある中央通りからちょっと入ったところの日本銀行脇にあるので,あまり目立たない感じ(重要文化財の日本銀行は目立つが)なのであるが,展示してある内容はボリュームがあって,結構興味深くお金の歴史を知ることができる.9:30から16:30(入場は16時)まで,月曜・祝日が休館日.入場無料.館内撮影は自由.

貨幣博物館の入口
入場無料なのが嬉しい

日本最古の通貨として社会科で習った「和同開珎」
しかし,富本銭が最古とする説もでてきているが,こちらはまだ証明されていない.
 
江戸時代から出てきた大判・小判

時代ごとに展示がされている

江戸時代から紙幣の原形が作られていった
(一番左の上下ふたつは会津藩のもの)

懐かしいお札

ずらずらとお札が並べられている
 
ちょっとした体験コーナーもある
左:一億円を持ってみませんか!
右:大判の重さを体験できるコーナー

館内の展示を見ていて感じたのは,貨幣が歴史的に転換しているときというのは,
財政危機という時代背景があって,いつも変化が起こっている.
今の財政状況が続くと,今後大きな変革期が訪れることを歴史は物語っている.

お土産コーナーでは,野口英世のタオルなどを自動販売機で売っている.

  
隣にある日本銀行旧館.国の重要文化財に指定されている.

会津絵ろうそくまつり【会津考察#28】

The Aizu picture candle festival


鶴ヶ城

 


 会津絵ろうそくまつり(ゆきほたる)は,毎年2月の第2金・土曜日の夜に開催されている冬の祭りで,500年以上受け継がれてきた会津の伝統工芸品である「絵ろうそく」を,鶴ヶ城や御薬園で灯すお祭りである.絵ろうそくを知っていただこうと,2000(平成12)年に御薬園で初めて開催されたのが始まりで,今では鶴ヶ城や街なかで絵ろうそくの幻想的な灯火が,2日間点灯している.
会津の「絵ろうそく」とは,今から500年ほど前の領主・芦名盛信が漆樹の繁殖栽培を奨励して漆器の製造と共に,その実からとれる最上級の木ろうから「ろうそく」を作らせたことから始まる.その後,蒲生氏郷や保科正之による会津産業の振興のため,会津塗りやろうが多く生産されるようになった.そして,江戸時代には,参勤交代の際に献上品として「南天と福寿草(難を転じて福となす)」が描かれた絵ろうそくを献上したところ,時の将軍綱吉に喜ばれ、会津絵ろうそくは広く世間に知られることになる.主に,神社仏閣への奉納や高級な贈答品として使われるなど上流社会で愛用され,婚礼の際には一対の会津絵ろうそくが灯され,また,花のない会津の冬には仏壇に供える花の代わりに絵ろうそくを飾るようになったといわれている(会津絵ろうそくまつり実行委員会ホームページより抜粋).
(鶴ヶ城会場)

かわいい灯籠

メッセージの書かれた灯籠が迎えてくれる

優しい灯の「会津絵ろうそく」

中学生の製作による灯籠
 
四角い灯籠もある

絵ろうそく点灯中は,係員が定期的にろうそく芯の清掃を行っている.

(御薬園会場)

鶴ヶ城会場から御薬園会場へは,100円のバスに乗って移動する.
もともと,この絵ろうそくまつりは御薬園から始まった.

竹筒に灯された蝋燭

御茶屋御殿では琴の演奏が行われていた
(御薬園の写真は,暗くてうまく撮影できなかった)
【公共交通案内】
●会津若松駅から 周遊バス・ハイカラさん乗車 鶴ヶ城下車・御薬園下車

目黒川沿いの風景(中目黒)【東京考察#294】

The scenery of Meguro riverside ( Naka-meguro )


中目黒の目黒川


 池尻大橋駅から目黒駅あたりにかけての目黒川には,約830本のソメイヨシノが植えられている.中目黒駅周辺の目黒川沿いには,おしゃれなカフェやショップがポツポツと点在しており,静寂な界隈をぶらり散策すると楽しい.

ソメイヨシノが植えられている
 
目黒川の両側には道路があって,散策することができる.
  
ショップが並んでいる

ふるさとの川案内図として目黒川の案内がある
多くの橋が架かっている
 
川を渡る橋の欄干部分には,ショップを案内する看板が立っている
 
ちょこちょこ現れるショップ散策が楽しい

桜が満開の時に再び来てみたい場所である

元祖有名駅弁大会(京王百貨店)【東京考察#293】

The famous packed lunch for travelers rally ( Keio Department Store Co.,Ltd. )


京王百貨店の催事場


 全国の有名駅弁を集めて実演販売するイベントが,毎年冬に新宿の京王百貨店で行われている.このイベントは1966(昭和41)年に冬のお客様が集まらない時期の集客をねらって始まったもので,今年(2010年)で45回目を迎える.京王百貨店では最も集客力のあるイベントであるという.イベントのタイトルで「元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」と記載されているとおり,駅弁のほかに全国の名産品を集めた特産品も合わせて販売されている.駅弁の種類は約200種類,期間中には約40万個の駅弁を売り上げるという(2009年).例年,実演販売の売り上げ1位は,北海道函館本線「森駅」の「いかめし(500円)」であり,約5万個を売り上げる.2010(平成22)年は,1月7日~19日まで実施され,営業時間は10時~20時(最終日は17時まで)となっている.

とにかく会場内はすごい人.

駅弁の販売.隣のブースで実演を行っている.

「女将さん奮戦記」と題して,料亭旅館の技とおもてなしの心が駅弁になったもの.
郡山駅の秘伝・豚肉の女将漬辨當を売っていた.

会場内.緑字の看板は全国特産品の表示

駅弁のグッズを売るコーナーもある.
いかめしTシャツもあった.

有名駅弁のチラシ

さよなら公演中の歌舞伎座(東銀座)【東京考察#292】

The last Kabukiza Theater ( Higashi-ginza )


歌舞伎座正面入口


 2010(平成22)年4月をもって,今の歌舞伎座での公演は歌舞伎座建て替え工事のため一時休演となる.昨年2009(平成21)年1月より「歌舞伎座さよなら公演」が行われているが,いよいよ残すところあと4ヶ月となった.今の歌舞伎座は,1924(大正13)年に建設された建物がもととなり,1950(昭和25)年に改修を行ったものである.実際に中に入ってみると,独特の雰囲気で歴史の趣が伝わってくるのであるが,建物の老朽化が激しくて耐震上も懸念がされており,ご年配の方が観劇することが多いにもかかわらず館内は段差が多くてエレベーターなどはついておらず,幕間の時間にはトイレに大行列(特に女性)ができて次の公演開始までに戻れない,椅子(特に3階席)が窮屈で勾配の関係から前の人の頭で舞台がよく見えない(花道はしょうがないが)など,いろいろと懸念されている状況であった.
歌舞伎は重要無形文化財に指定され,ユネスコにも世界無形文化遺産として登録されており,また歌舞伎座の建物も国の登録有形文化財に登録されているため,日本文化の趣と伝統がある歌舞伎座の建物建て替えに意義を唱える話も聞かれるが,今の歌舞伎座の雰囲気を残しつつ,後世に語り継いでいける歌舞伎として,新たな建物の完成に期待をしたい.外観デザインは現在の歌舞伎座を継承したものとし,劇場の規模(客席数や舞台寸法)は今のものとほぼ同じものとする予定になっている.地下鉄東銀座駅からも直結されるようになり,駐車場も併設されるという.2010(平成22)年5月から着工し,竣工予定は3年後の2013(平成25)年春とのことである.休演中は新橋演舞場などで代替公演が行われる.

正面入口脇にはカウントダウンの電光掲示板が設置されている

お正月なので鏡餅があった

さよなら公演限定の「どら焼き」
  
歌舞伎座内の点景

思い出の歌舞伎俳優の写真が貼ってある
 
この歌舞伎座も見納めである

公演後にて. ライトアップされた歌舞伎座正面
2013(平成25)年の春,新オープンの予定である.

丸の内イルミネーション(丸の内仲通り)【東京考察#291】

The Marunouchi illuminations ( Marunouchi Nakadoori )


丸の内仲通りのイルミネーション

 


 毎年恒例となっている「丸の内イルミネーション」.2009年は11月12日から2月14日(日)のバレンタインデーまでの期間中に行われている.丸の内から有楽町にかけての丸の内仲通りを中心として約1.1kmにわたってLEDの電飾が施されている.シャンパンゴールド色のLEDが約85万球飾られており,さらにクリスマスまでは「Bright
Christmas」と題して,丸ビルと新丸ビルにおける7周年を祝う花をモチーフとした装飾が行われている.
丸の内イルミネーションであるが,もともとは1999(平成11)年からの年末年始恒例イベントであった「東京ミレナリオ」が開催されていた場所である.しかし,東京駅丸の内口の赤煉瓦駅舎の復元工事に着工することにより,美観が損なわれることや,資材置き場,警備上の問題等により,2005年から06年の開催を最後として東京ミレナリオは休止となってしまい,この丸の内イルミネーションが期間延長されて行われることになった.2011(平成23)年には赤煉瓦駅舎が竣工し,3階建てとなって復元されることから,是非とも東京ミレナリオを復活して,さらに美しいイルミネーションを再び見てみたいと思う.

丸の内仲通り
木々にLED電球がつけられている

ウインドーからも優しい色がこぼれている

丸の内は看板のない景観となっており,
アジアの雑多な景観とは違って個人的に好きである.
 
丸の内ブリックスクエアー

工事のためコーンが置かれている丸の内南口前
後ろの新丸ビル中層階にイルミネーションがある
 
再開発計画により取り壊されている東京中央郵便局の建物
保存について色々と話題になったが,既に時計の針が外されていた.
現在は,日本郵便による超高層ビル(仮称:JPタワー)が2013(平成25)年に完成している.

建設中の東京スカイツリー(業平橋・押上)【東京考察#290】

The Tokyo Skytree to be constructing ( Oshiage and Narihira-bashi )


東京スカイツリーのふもと


 東京タワーに代わる電波塔として,東京スカイツリーの建設が着々と進んでいる.高さは634m(当初は610mであったが世界一の電波塔となるため修正された)で自立式電波塔として世界一の高さとなる.634mは東京,埼玉,神奈川県の旧国名・武蔵(むさし)として覚えやすいようにもなっている.もともと東武鉄道の貨物駅だったところで土地所有者は東武鉄道となっており,事業主体は東武鉄道が全額出資している東武タワースカイツリー株式会社となっている.総事業費は600億円.2011(平成23)年12月の竣工予定で,開業は2012(平成24)年の予定となっている.
地上350mの部分に第1展望台,地上450mの部分に第2展望台が設けられる.デジタル放送用のアンテナは600m以上の部分となっており,これで関東一円に超高層ビルの影響を受けずに電波を送信することが可能となる.第2展望台では空中回廊と呼ばれるガラスで覆われたらせん状の展望台となる予定である.面白い施設だと思うが,ちょっと心配なことは,あまりにも高いために眺望が良すぎる展望台だと恐怖心が強くなって足下がすくわれてしまい,高所恐怖症の人などはすくんで歩けなくなる人が出てくるかもしれない(東京国際フォーラムの上階の空中通路や新宿NSビルの空中廊下は,正直歩いていて気持ちが悪い).
ちなみにエレベータであるが,地上から第1展望台までのエレベータは40人乗り4台,分速600m(時速36km)で約50秒で到着する超高速エレベータとなるもので東芝が受注した.ちなみに早さはサンシャイン60と同じである(サンシャインは三菱製).第1展望台から第2展望台へは40人乗り2台,分速240m(時速約14km)で日立が受注している.さらに業務用エレベータとして地上から第2展望台までを直結する日本最長(約465m)のエレベータが東芝によって2台設置される.また,ちょっと余計な心配をしてしまうが,地上から第1展望台までの超高速エレベータは外が見えるシースルータイプではないものになるかと思っている.分速600mでシースルーにするとまるでフリーホールジェットコースターに乗っているようで景色どころではない恐怖感とスリルあるエレベータになるかと思われる(個人的にはこういうエレベータは好きだが).

・・・と,いろいろと完成を楽しみに想像がふくらんでしまうのであるが,2009年11月21日現在,地上215mとなっており,見学者がたくさん周辺を歩いていた.最寄り駅は東武伊勢崎線業平橋駅,京成線・都営地下鉄・東京メトロ押上駅となっている.完成が待ち遠しい東京スカイツリーであった.

 
東武線業平橋駅ホーム
ホームのすぐ横が建設地であり,見学者が多い.
このローカルチックな駅の雰囲気もなかなか味わい深い.

一応,ホームでの見学は危険なのでやめるようお願いが貼られている.
 
業平橋駅のポスター広告はスカイツリーのものばかり
現在の高さも貼られている(右写真).

業平橋駅前の東武橋の上には見学者が沢山いる

みんな見上げて写真をパチリ.
  
東武橋から見るとこんな感じとなる
右に流れる川は北十間川.親水護岸と船着場が整備される.
2009年11月21日現在,高さ215m
建設現場下には大きく高さが表示されている.

北十間川沿いに歩いていくと(右側),押上駅まで行くことができる

東武鉄道本社(解体される)

押上業平橋駅周辺土地区画整理事業として区画整理も行われている.

クレーンの後ろに業平橋駅のホームがある
 
正面!?から撮影.また違った姿となる.
 
押上駅近くの京成橋の上から見た東京スカイツリー

京成電鉄本社
 
押上駅入口
 
東武橋に京成橋.北十間川に架かる橋の名前
それぞれの本社が近くにある

東京ミッドタウンのクリスマスイルミネーション(六本木)【東京考察#289】

The Christmas illuminations in the Tokyo midtown ( Roppongi )


東京ミッドタウンのクリスマスイルミネーション
(芝生広場ゾーン)


 今年(2009年)もクリスマスのシーズンが近づいてきた.東京ミッドタウンでは,2009年11月12日から12月25日まで,クリスマスイルミネーションが行われている.特に見所なのは,ミッドタウンガーデン内の芝生広場ゾーンに設置されたイルミネーションで,青色の発光ダイオードが一面にきらめき,まるで宇宙空間に身を置いているような感覚になる.白色のイルミネーションが流れ星となって流れ,大きな天の川が大河となって動く.動きのあるイルミネーションの演出がされているので,芝生広場の前に立って,ひととおり一巡するまで光の演出を楽しむことができる.

地下に光を差し込むガラス天井には水が流れている

竹にイルミネーションがされている

吹き抜けてガラス天井となっている「プラザ」にあるイルミネーション

「ガレリア」の中からガーデン内のイルミネーションが見えてきた

芝生広場ゾーンから山のせせらぎゾーンにかけて

山のせせらぎゾーンの道路沿いのイルミネーション
きらきらと白いしずくが流れ落ちている
まるでシャンパンの泡のようだという声も聞こえた.

東京タワーも見える

芝生広場のイルミネーション
まるで宇宙空間のようで,幻想的だ.

間近で見られる

山のせせらぎゾーン

おまけショット!
 
六本木ヒルズのイルミネーション

松平家御廟(院内)【会津考察#27】

The Matsudaira house mausoleum


松平家御廟所

 


 松平家御廟所は,東山温泉の手前である東山町院内にある会津松平家のお墓である.1657(明暦3)年の藩祖保科正之の子正頼が亡くなったときにはじまり,二代目の保科正経から九代目松平容保までの墓所がここにある.大名家の神式墓所として1987(昭和62)年に国の史跡に指定されている.二代目の正経(まさつね)は仏式で,三代目正容(まさたか)から九代目容保(かたもり)までが神式となっている.神式の墓として,まず前面には亀形の石の上に碑石があり,その奥の高い場所に灯篭が並んでいる.さらにその奥に墳丘を造ってその上に八角形の鎮石が置かれている.麓から頂上までは階段を登って約20分程度はかかるので,ちょっとした登山であり,気軽に訪れれる場所ではない.しかし,お墓とはそういうものではないかと思う.

山の麓まで院内の住宅街を歩いていく

ここから山を登っていく

急な石段を登っていく

道標では「松平家御廟 すぐ」と書かれているのだが,
その上にテプラで「ここから3代正容の墓所まで徒歩15分~20分かかります」と追記されている.
テプラの方が真実を伝えているのだと感じた.


松平家墓所案合図
  
昔のままで,急な石段が続く.
でも,この整備されていない道が,かえって昔を彷彿させていい雰囲気.
(でも,登るのは辛い!)
 
これが,神式の墓となる,亀形石の上に立つ碑石.

その奥に,鎮石がある.

9代目容保(かたもり)の墓は,さらに上がった奥にある.

9代目 松平容保(かたもり)の墓
【公共交通案内】
●会津若松駅より 周遊バス・ハイカラさん 「院内」下車

丸の内ブリックスクエアー【東京考察#288】

The Marunouchi Brick Square


丸の内ブリックスクエアー正面入口

 


 丸の内ブリックスクエアーは,丸の内パークビルディング内に2009(平成21)年9月にオープンした商業エリアである.三菱地所では1998(平成10)年から丸の内一帯の再開発に取り組んでいるが,この第2ステージの第1弾として三菱商事ビル,古河ビル,丸ノ内八重洲ビルの立て替え再開発によってできた.同時に,丸ノ内に最初に出来た赤レンガ造りの「三菱一号館」も美術館として復元され,これらが一体となってオシャレな空間がうまれた.最近の丸の内界隈は,無機質なオフィス街から高級ブティックなどが入るオシャレな商業エリアに変身してきており,東京駅赤煉瓦駅舎の3階部分の復元など,今後も変貌が期待できるエリアである.看板のない丸の内を歩いていると,日本の雑多な街並みとは違った気分を味わえる.
 
オープンから日が浅く,大勢の人で賑わっている丸の内ブリックスクエアー

「一号館広場」は緑で覆われていて,
疲れたらちょっと休憩できる.

英国風の庭園らしく,バラが咲いている.

オープン式のレストラン
 
柱が植生で覆われているのが面白い.
 
室内は,新丸ビルに雰囲気が似ている.
電球色で統一されている.

エレベーターは新しいものであるが,
階数表示がレトロな矢印の表示盤となっている.

地下1階のレストランフロアー
 
復元された「三菱一号館」
背後は丸の内パークビルディング.
丸の内ブリックスクエアーは,この三菱一号館とパークビルディングの間にある.

明治時代後期には三菱が開発した赤煉瓦街が形成されていて,
「一丁倫敦(いっちょうろんどん)」と呼ばれていた.
三菱一号館は,1894年(明治27年)に竣工し,1968(昭和43)年に解体され,現在復元された.


三菱一号館の中には,カフェが入っており,
2010年には美術館がオープンする.

横断歩道を渡ると,三菱東京UFJ銀行(旧三菱銀行)の本店がある.

満田屋(味噌田楽)【会津考察#26】

Mitsutaya (Miso Dengaku)


満田屋(田楽・味噌)

 


 満田屋は1834(天保5)年に,味噌の製造と販売を始めたのが始まりで,店内の囲炉裏で焼いた味噌田楽を食べることができる.そもそも「田楽」とは,田植えなどの農耕の儀礼として笛や鼓などによって舞った日本芸能(能楽より古い)のことであるが,そのときの白装束の踊りが串形豆腐の形に似ていることから,豆腐を竹串に刺して味噌をつけて火であぶったものが「田楽焼き」となっているという(満田屋ホームページより).食事の営業時間は10時から17時まで.
 
奥にある食事処

囲炉裏で田楽を焼く

こんにゃく

カウンターでも食べられる

味噌なども含めお土産を購入できる
【公共交通案内】
●会津若松駅から 周遊バス「ハイカラさん」 大和町下車 徒歩3分
●JR只見線・会津鉄道 七日町駅から徒歩10分

道の駅ばんだい(磐梯町)【会津考察#25】

The road station at Bandai


道の駅ばんだい

 


 道の駅ばんだいは,2009(平成21)年8月に磐梯町の県道猪苗代塩川線沿いにオープンした道の駅である.愛称は「徳一の里きらり」となっているが,これは,近くにある慧日寺(東北地方では開基の明らかな寺院としては最古のものとして知られている)を平安の初めに開いた南都法相宗の高僧徳一からとったものである.レストラン・売店・コンビニの他,農産物直売所も設けられており,地元の特産品を購入するのに便利な施設である.トイレは24時間利用が可能.面白いのは,「ばんだい」にかけて,おもちゃメーカーの「バンダイ」の製品が売られているところ.特産品も含め,レアな商品も置いてあるので,必見である.喜多方から猪苗代,会津若松から裏磐梯方面へ向かうときの,国道49号線のバイパス的な役割をしている県道沿いにあるので,休憩がてら途中で立ち寄るにも便利な場所にある.

コンビニ「ヤマザキYショップ」 7時~21時まで営業
東北限定商品も並べられている

こちらはお土産品コーナー
 
BANDAIのおもちゃ売り場 ウルトラマンシリーズなどが置いてある
 
農産物直売所 鮮度が良くて美味しそう
  
そばソフトクリームがある
三色団子も.

研修所などを備えた磐梯町地域活性化センターが併設されている

トレイには可愛い子供用もある
【交通案内】
●県道猪苗代塩川線 磐梯町町内

切手の博物館(目白)【東京考察#287】

The museum of the stamp ( Mejiro )


切手の博物館

 


 切手の博物館は,切手収集家の水原明窓が私財を当時で設立した財団によって運営されている博物館で,新宿で仮オープンしていた博物館を,1996(平成8)年に現在の目白に移転させてオープンしたものである.日本をはじめ海外の切手約30万種,図書・雑誌30,000冊以上を有する博物館で,1階では切手の販売も行っている.学習院大学の脇,JR山手線の線路沿いにある.3ヶ月毎に企画展を実施しており,特別展も行われている.入場料金大人200円,開館時間10:30~17:00,月曜休館.
 
入口にはちょっとした竹林がある

受付

これ,全て切手で作られている

2階には図書室がある

3階では特別展がひらかれる

国内外の切手を販売している

懐かしい郵便ポスト

有栖川宮記念公園(南麻布)【東京考察#286】

The Arisugawanomiya memorial park ( Minami-azabu )


有栖川宮記念公園


 有栖川宮記念公園は閑静な広尾(住所は南麻布)に広がる公園であり,周辺には外国大使館が点在していることから,外国人の姿も多く見られるところである.江戸時代には盛岡南部藩の下屋敷として使用されていたが,1896(明治29)年に有栖川宮威仁親王の御用地となり,有栖川宮家が途絶えたあとは同家の祭祀を引き継いだ高松宮家に継承されていた.その後,1934(昭和9)年に東京市に賜与され,1975(昭和50)年からは港区に移管されて現在に至っている.
公園内は起伏に富んでおり,広尾駅側から坂を登ってあがったところに都立中央図書館があり,テニスコートや野球場もある.周辺は閑静な高級住宅地であり,地図を見れば一目瞭然のとおり各国大使館がずらずらと建ち並んでいる.現在の天皇陛下がお生まれになった愛育病院や,外国人向けのスーパー「ナショナル麻布スーパーマーケット」などもあって,周辺を散歩しながら,おしゃれなオープンカフェで一休みするのもいい.

休日には外国人家族がお散歩
周辺には大使館も多く存在している.

池で釣りをするひとも多い

池にはビオトープもある

池の先は階段となって登りとなる

有栖川宮の像

166万冊の蔵書,35万冊の開架図書をもつ都立中央図書館
学生時代,図書納入のアルバイトで通っていたことがあった.

外国人向けに各国の食材を扱う「ナショナル麻布スーパーマーケット」
珍しいものが置いてあって面白い.

有栖川公園の入口(広尾駅側から)

鬼子母神(雑司ヶ谷)【東京考察#285】

The Kisimojin ( Zoshigaya )


鬼子母神像

 


 鬼子母神は安産や子育の神様である.雑司ヶ谷の法明寺に祀られている鬼子母神は,1561(永禄4)年に掘り出されたお像を清めてお寺に納めたのが始まりで,その後,1578(天正6)年に村の人々がお堂を建てて現在へ至っている.鬼子母神は,近隣の子供達を食べてしまう残虐な人物であったが,お釈迦様から鬼子母神の末の子供を隠されてしまい,それによって子供を失った父母の嘆きを知ってから,安産・子育の神となることを誓って崇拝されるようになったといわれている.ちなみに,「きしぼじん」と発音されることが多いが(都電の停留所名も「きしぼじん」),仏教用語としては「きしもじん」と呼ぶのが正しいとか.また,鬼子母神の「鬼」の字は上の角が取られている.
  
参道入口とケヤキ並木
都電の鬼子母神前停留所からの参道には,樹齢400年のケヤキ並木が並んでいる.こちらも江戸時代の景観を残すものとして,貴重な存在であり,都の天然記念物に指定されている.
 
毎月1回,雑司ヶ谷「手創り市」が開催されている.
(鬼子母神堂と大鳥神社で同時開催)
今日はたまたま開催日であった.
  
「手創り市」は,必ず自らが手作りしたものを出店することが条件となっているが,
並んでいる品々は可愛らしくて女性好みのものも多く,たくさんの人で賑わっていた.

本堂
「鬼」の字に「点」がないことに気づく

絵馬には子供に関する願い事が書かれている

雑司ヶ谷霊園【東京考察#284】

The Zoshigaya cemetery


東京都雑司ヶ谷霊園


 雑司ヶ谷霊園は都立の霊園で,1874(明治22)年に公共墓地として指定された.都電雑司ヶ谷停留所のすぐ近くの閑静な地域にあり,小泉八雲,夏目漱石,竹下夢二,永井荷風などの著名人の墓が多くある.この当時の公共墓地は,雑司ヶ谷墓地の他に,青山墓地,染井墓地,谷中墓地の4つが指定されている.現在の都営霊園は,さらに多磨霊園,八王子霊園,小平霊園,八柱霊園が加わって8霊園存在する.

都電雑司ヶ谷停留所
すぐ脇に霊園入り口がある

東京都雑司ヶ谷霊園(都電側)

霊園案内図
 
緑に囲まれ静寂な環境となっている

霊園の管理事務所がある

徳川吉宗の時代には,鷹狩りのための鷹を飼育するための部屋があった

線路は続くどこまでも・・・

山都・宮古集落の水そば【会津考察#24】

Water soba in Yamato/Miyako


宮古集落

 


 福島県喜多方市の旧山都町は,「山都のそば」として美味しいそばを味わえるところである.一番粉を使用してつなぎを一切使わないそば粉100%のそばが味わえ,福島県内のスーパーでは「山都そば」として生そばも販売されている.山都のそばが美味しい理由は,標高が高くて昼夜の寒暖の差が大きいこと,朝霧のたつ耕地でそばが栽培されていること,そして,飯豊連峰の伏流水による水のおいしさ,これらによってコシのある美味しいそばを食べることが出来る.その「山都のそば」の中でも,水につけて食べる「水そば」として有名なところが,JR磐越西線山都駅から国道459号線を約10km北西に走ったところにある宮古集落である.宮古集落は全戸数30戸のうち12戸が農家の客間座敷を解放した農家食堂としてそば屋を営んでおり,そばの打ち方やつゆ,一品メニューまで,それぞれのお店で独自な製法でそばを提供している.なお,料金は宮古地区の組合で決められており,どの店に入っても料金はほぼ同じである.完全予約制となっていた店がほとんどであったが,最近は予約無しでも食べることができるようになっている.

山都駅から山道(国道459号)を約10km走っていく

宮古そば街道の旗がでている

宮古トンネルを抜けると宮古集落となる
 
ようやく宮古集落に到着
  
全30戸中12戸がそば屋とのこと
 
このように普通の農家がそば屋となっている(西村屋)
 
今回は「とのや」で食べることに.
コース料金はどこも同じだが,
店ごとにそばの打ち方やつけつゆ,
だされる山菜料理が違う.

壁に貼られている「宮古そばの里組合」の料金表
値段はどこでも同じだが,
内容が店ごとに違っている.
最近はリーズナブルなコースを
設定しているところもあり,
Dコース1,500円,
そば1枚700円などとなっている.

とのやのメニュー
Aコースは3,500円で,
天ぷらや川魚の塩焼き,山菜料理,そば食べ放題
Bコースは3,000円で,
天ぷら又は川魚の塩焼き,山菜料理,そば食べ放題

こちらは,Cコース2,500円
自家製そば豆腐やこんにゃく,山菜料理など4品がつく.
このほかに,そば3枚
(1枚は水そば,2枚はつゆにつけて食べるもりそば)

こちらは,Dコース1,500円
そば2枚(「水そば」と「もりそば」)とこんにゃく,
山菜料理などの2品がつく.
このコースでも結構お腹いっぱいになる.

こちらは,そば1枚700円
ただし,「水そば」ではなく「もりそば」が出てくるので,
水そばを食べたい場合は,
Dコースを注文すること.(各店でメニューは違う)

これが「水そば」
水につけて出される.
甘みがあってそば純粋の味が堪能できる.
この中に塩をいれて食べる「塩そば」もおすすめ.
(個人的には,水につけないで,
もりそばをつゆにつけずにそのまま食べた方が好き)

【公共交通案内】
●JR磐越西線 山都駅からタクシー利用 約15分

地下鉄博物館(葛西)【東京考察#283】

The subway museum(Kasai)


葛西駅高架下にある地下鉄博物館


 地下鉄博物館は,東京メトロ東西線の葛西駅高架下にあり「メトロ文化財団」によって運営されている.1986(昭和61)年7月にオープンした.東京メトロ銀座線や丸ノ内線の旧型車両が展示されているほか,模型展示や運転シミュレーター,シールド工法の説明などがあり,地下鉄について詳しく知ることができる.入場料が大人210円,子供100円と手頃なことから,休みになると子供連れでやってくる家族が多い.10時~17時まで,月曜日閉館日.

入口は自動改札機で入場

懐かしの丸ノ内線
車内がピンク色の壁色となっているところも懐かしい.
アルゼンチン・ブエノスアイレスの地下鉄では現役で走っているとか.

銀座線開業時の車両

地下鉄トンネル内の安全装置の説明

懐かしの吊り掛け式モーターが唸る展示
車内の運転台でハンドルを回すと車輪が回る仕組みとなっている
 
模型メトロパノラマ HOゲージの模型となっている
11時,13時,14時,15時30分からショーが始まる
 
人気の運転シミュレーター

図書室もあるが,土日祝祭日のみ利用可となっている

ミュージアムショップ

観光路線バス「東京・夢の下町」【東京考察#282】

Torism local bus “Tokyo and The downtown of the dream”


観光路線バス「東京・夢の下町」

 


 初めて東京を訪れる人でも気軽に都内の名所を巡れるように,2008(平成20)年4月より都バスで運行を開始した路線バスが「東京・夢の下町」号である.東京駅丸の内北口から日本橋,須田町(秋葉原電気街),上野公園下,菊屋橋(かっぱ橋入口),浅草雷門を経由して両国駅前までを結ぶ路線で,9時から18時まで30分間隔で運行されている.近年増加している外国人観光客にも対応できるように,車内放送やTVモニターでは日本語・英語・韓国語・中国語による案内がされ,車内に置かれている案内パンフレットも他言語版が用意されている.一般の都バスと同じ扱いなので,一日乗車券やパスモなどのIC乗車券でも乗れる.車両デザインは,首都大学東京との産学連携によるオリジナルデザインのバスを使用し,車体はステンレス製で塗装がないものとなっている.
 
車内に付いているTVモニター
映像と共に多言語で案内が流れる

車内 基本的には横に向いて座るロングシートタイプ

出入り口脇には,多言語のパンフレットが置かれている.

こちらは英語版のマップ

箱根登山鉄道[ぐるり箱根・乗り物旅#1]

ゴールデンウィークに念願の箱根へ1泊2日で行ってきた.「箱根」と聞くと宿泊料金が高いイメージがあって,だいたい日帰りで帰ってきていたのであるが,歴史ある保養地の箱根にも探せば手頃に泊まれる宿もある.個人旅行者にとっては,交通が便利で行きやすく,また様々な乗り物があって楽しい箱根の旅行記である.

(旅行年月:2009年5月)


■箱根登山鉄道■ [(小田原)~箱根湯本~強羅]

箱根登山鉄道は,国府津-湯本間に小田原馬車鉄道として1888(明治21)年に開業したのが始まりで,箱根湯本-強羅間が開業したのは1919(大正8)年である.翌年の1920年に東海道線の開通により国府津-小田原間は廃止されている.氷河急行などを走らせているスイスのレーティッシュ鉄道と姉妹鉄道を提携しており,日本を代表する登山電車となっている.小田原-強羅間の路線延長は15.0km,最高時速40km.

箱根湯本駅は,新宿からの小田急ロマンスカーが終着となるところである.ここから強羅方面へ向かうには,箱根登山鉄道に乗り換えなければならない.今日の宿泊地は強羅の国民宿舎なので,ホームの列に並んだ.さすが箱根のゴールデンウィーク,大勢の人で賑わっていた.標高108m.

箱根湯本を出ると,急勾配が始まる.箱根登山鉄道は日本で最も急な勾配を走る鉄道で,最高勾配は80パーミル(‰)=0.8%となっている.1000m進むと80m上がる勾配(12.5m進むと1m上がる)である.写真を見ても電車が斜めになって登っていくのが分かる.

新緑がまぶしい山が車窓に広がる.下に見える鉄橋は,今通ってきた箱根登山鉄道の線路である.

箱根登山鉄道は急な勾配を登っていくために,3カ所のスイッチバックがある.スイッチバックでは方向が逆になって,登山鉄道の気分が味わえる.

宮ノ下駅.
ここから歩いていくと,富士屋ホテルがある.

宮ノ下駅
宮ノ下駅

富士屋ホテルは,明治11年に創業したリゾートホテルで,クラシカルな雰囲気が人気となっている.ここでスイーツを食べた.

スイーツは食べきれない!

終点,強羅駅到着.急な勾配を登る箱根登山鉄道では,線路と車輪の摩耗を防ぐために水を撒きながら走っているのであるが,終着駅に到着すると係員が水を補給していた.

強羅駅の山小屋風駅舎.標高553m.ここで早雲山へ向かうケーブルカーに乗り換えることが出来る.

今晩の宿泊施設.民営の国民宿舎「太陽山荘」である.1泊2食付きで1万円.建物は,国の登録有形文化財の指定を受けていて,とても趣のある宿だった.温泉もGood.家族連れも多く泊まっていた.

箱根登山ケーブルカー[ぐるり箱根・乗り物旅#2]

■箱根登山ケーブルカー■ [強羅~早雲山]

箱根登山ケーブルカーの歴史は古く,1921(大正10)年に強羅(旧駅名:下強羅)-早雲山(旧駅名:上強羅)間で開業している.駅は,強羅-公園下-公園上-中強羅-上強羅-早雲山の6カ所で総延長は1.2kmであるが,ケーブルカーは2つの車両を頂上のモーターを経由した滑車を通して鋼索ロープで結んでいるため,中間地点ですれ違いの分岐点が設けられており,さらに駅と駅との距離が均等になっている.高低差は214m.

公園下駅のホーム.ホームそのものも傾斜している.これが線路の勾配である.

ずっと真っ直ぐ登っていく.

ホームは左右両側にあって,ケーブルカーが到着すると両方の扉が開くので,どちら側のホームで待っていても乗降することができる.駅によっては線路を跨いですぐに反対側へ行くことができないところもあるので,目的地側のホームに降りた方がよい.

ケーブルカーの車両
1995(平成7)年に4代目車両として運行を開始した車両で,線路の幅(ゲージ)を1000mmから983mmに変更して導入された.
スイスのガングロフ社製.2両編成.

これがロープ.動いているときは「カラカラ」と音がなっている.いつも疑問に思うこととして,ケーブルカーは上に行くほど勾配が急になっていくので,このロープがピーンと引っ張られて空中に浮いてしまうことがないのかと思うが,恐らく,車両と乗客の重さに比べて,このロープの重さは相対的に非常に重いので,上に浮かび上がることはないのかと推測している.当たっているのかどうか....
ロープが2本並んでいるときは,2つの車両が下にあることを意味する.

運転台(後ろ側)からの眺望.中間地点には上下線のすれ違いのため,分岐(ポイント)がある.

車内の様子.勾配に合わせて,車内も階段状になっている.

頂上の早雲山駅から撮影

車両が到着.

早雲山駅
ここで,箱根ロープウェイに乗り換えることができる.