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等々力渓谷【東京考察#148】

Todoroki ravine(The only Metropolitan area ravine)


緑の茂る渓谷


 等々力渓谷は,国分寺崖線の最南端に位置する約1kmの都区内唯一の渓谷であり,東京都指定の名勝である.谷沢川が国分寺崖線に切れたもので,台地と谷との標高差は約10mあり,渓谷内には至る所に湧水が見られる.(東京都教育委員会資料より) 等々力駅前を降りて歩いて数分のところに,このような別世界の渓谷が存在しているので,訪れたときにはその変貌ぶりに驚かされる.地学上も本物の「渓谷」が東京都23区内に存在しているのである.

 
渓谷内には遊歩道が整備されている


湧水 煮沸すれば飲める


等々力不動尊の滝修行の場


滝修行をするところ


稲荷大明神


渓谷内では,武蔵野台地の基盤を形成している地層を見ることができる


等々力不動尊

 

自由が丘の魅力【東京考察#147】

The attractiveness of Jiyugaoka


自由が丘駅前

 


 自由が丘は駅を中心として商店の広がるところである.流行に敏感でオシャレな「ブティック」が,普通の住宅街に点在しているように広がっており,ヒューマンスケールの魅力ある商業エリアとなっている.イメージに敏感な東急沿線らしく,街は最先端の流行によって彩られており,街並みも大変オシャレで女心をくすぐるような店舗も多い.街の形態としては「代官山」や「下北沢」に似ているようなところである.大学の飲み会やコンパは自由が丘が多かった.


竹細工のバスケットが並んでいる


店先にはプランターで植物が並べられている


商品のレイアウトの仕方がオシャレで,
自由が丘の店はどこかちょっと違うのである.


路地の一角にて


ちょっと足を止めて,入りたくなってくる


植物が一つのキーポイント


漢方薬を扱う「薬日本堂」
やはりこちらにも植物のプランターがある


路地には人で溢れる


自由が丘では路線バス(東急)もオシャレな塗装に・・・


でも,「ホッピー」を売る赤提灯飲屋街も存在する

 
アメ横のような雰囲気の残る「自由が丘デパート」が駅前にあるのも面白い

新宿駅の点景【東京考察#146】

The staffage in Shinjuku Station


新宿駅西口

 


 新宿駅は乗降客数が約320万人と全国一の規模を誇っている.西口には超高層ビル街の新宿副都心があり,東口には最大の歓楽街歌舞伎町を控えている.中学高校と6年間,山手線から小田急線へと乗り換えて通学していた頃,帰りは必ず新宿の雑踏の中で遊ぶといった生活を送っていた.新宿は,渋谷のような若者の流行先端を行く発信基地というよりは,ちょっと陰のあるダークなイメージがつきまとう大人の街といった感じであり,そんなところも新宿を魅力的にしている部分であろう.そんな新宿駅の点景をどうぞ.


西口小田急百貨店前
昔もこのように笠をかぶって「チリンチリン」とならす修行僧(?)がいた.


西口から見た副都心


近年,外国人旅行者のためのインフォメーションセンターができた.
いつも外国からの観光客で賑わっている.
(係員は英語は勿論,中国語,ハングル語も堪能)
一民鉄の「小田急」が開設しているところが素晴らしい.
恐らく箱根のPRからスタートしたのかも知れないが・・.


どこだか分かりますか.


西口のJR改札前


最近は青色のダイオード掲示板もお目見えしている


JR切符売り場
最近はSuicaやイオカードの普及により,昔ほど行列はできなくなった.


西口改札 最近の自動改札はスリムで開放的になった.
これだけ開放的にしても飛び越える人が続出しないのは,日本の治安の良さか.


西口のロータリーの地下
昔からここは薄暗い


西口から東口,新宿3丁目へと続く地下道
ショップもオシャレになって並ぶようになった


東口.金曜の夕方などは人々でごった返しており凄い喧噪となる.


そう,東口といえば歌舞伎町.


東口の有料化粧室.昔からある.
完璧な有料であり,お金を入れないとドアが開かない.


東口改札


構内のコンコース.


土曜日の午後なので,空いている.


山手線ホーム
混雑時はこんなもんじゃありません.
JRで発車メロディーを最初に導入したのは新宿駅と渋谷駅.

秋葉原の免税品店・免税店【東京考察#145】

The duty-free shop at Akihabara


DUTY FREE SHOP

 

 秋葉原といえば電気街である.日本が得意とするありとあらゆる電気製品を取り扱う街として,世界中から観光客がやって来て品質の高い日本製品を買っていく.秋葉原を歩いていると,世界各国から訪れている外国人をよく目にするが,製品の裏側をみて「Made
in JAPAN」ではない表示を見てガッカリすることもあるに違いない.
それはさておき,秋葉原に店を構える各大型電気店では,そんな外国人をターゲットにした免税品店を開設しているところが多い.それが,ビル丸ごと(といっても小さなビルであるが)全館を免税品店にしている店もあり,さながら外国に行ったような気分を味わえる.値札も英語や中国語などの表記になっている.現在は消費税込みの内税表示が義務づけられているが,ここでは消費税5%を除いた税抜き表示(つまり免税金額の表示)となっている.
そして,さらに免税品店の面白いところは,電気街なのに日本人形や扇子,東京のTシャツ,ゆかたや着物などを扱う,日本文化を存分に楽しむことができるフロアーが存在しているところである.「日本ってこんなイメージなのか!」と改めて日本人としてのアイデンティティーを感じさせてくれるのである.なんとも不思議な雰囲気になる場所である.もちろん日本人も入れるので,是非一度足を踏み入れてみると面白い.


いたるところに目につく「DUTY FREE SHOP」


こんな感じで商品が並んでいる.値札は英語,税抜き.
店内には国旗が並んでいたりする.


英語,中国語,ハングル,まるで外国のようだ.


でも,面白いのは日本文化の商品を売っているコーナー


日本人形やこけし


「SAKE SET」では,とっくりとおちょこ.
「TEA SET」では,急須と湯飲み.


着物や浴衣


日本地図の入った絵皿
地名が「MISAWA」「ATSUGI」「YOKOTA」「KADENA」「SASEBO」
全て米軍基地のある場所しか載っていないところが凄い.


極めつけは「日本刀」
日本でも日本刀を探すのは難しい


エレベータの階数表示
色々な国の言葉が並んでいる.
外国人の店員さんもいる.


最近は,外国人観光客向けのスタンド
「たこ焼き屋」もある

佃島【東京考察#144】

Tsukudajima


木造の建物が残る佃島


 佃島(つくだじま)は隅田川河口にできた自然の寄洲であり,江戸時代の初代将軍徳川家康の時に摂津国佃村(現大阪市西淀川区佃町)の漁師を招いて住まわせたところからこの名がついたという.この島と対岸(湊町)の間には「佃の渡し」があり,昭和39年の佃大橋の完成まで最大で1日70往復も運航されていた.佃大橋が完成するまでは「本当の島」だったのである.かつての「佃島」は現在の佃1丁目である.現在の佃2・3丁目はかつて「新佃島」という地名であったが相生橋で結ばれていて,佃島のようにまったく交通が遮断されていたわけではなかった.
佃島には氏神の住吉神社があるが,これは大阪の住吉神社を勧請したものだといい,漁民などの信仰を受けていた.特産品には「佃煮」があり,現在でも佃煮を販売する小さなお店には多くの買い物客が訪れている.


大正14年の古地図
これによると「佃島」は島となっているのがわかる.

 
木造の家屋が残っている
 


路地の後ろには大川端リバーシティ21の高層住宅が見える.
周辺には高層ビルが建ち,この「佃」だけ異空間が広がっている感じである.


狭い路地も残る

 
特産の「佃煮屋さん」


佃大橋と隅田川
かつてはここに渡し船が運航されていた


氏神の住吉神社

大川端リバーシティ21【東京考察#143】

Ookawahata River city 21


水上バスからみた大川端リバーシティ21


 もんじゃ焼きで有名な「月島」の北側の突端部に存在する再開発事業である.都心部における居住空間の回復を目指して住宅・都市整備公団(現都市基盤整備公団),東京都住宅局,東京都住宅供給公社,三井不動産の4者による再開発が行われたもので,東京における超高層住宅(三井不動産の分譲マンションは54階建て)の先駆けとなった開発である.昭和61(1986)年より着工され,地区面積は28.7ha,3886戸の住宅戸数を持つ.ちなみに,賃貸の場合の家賃は3LDK(75m2)で月額25万円であるという.
地区内には,住宅以外にも,教育施設やスポーツ施設,文化・商業施設も計画的に配置されているが,商業施設や文化施設は計画通りの誘致が難しく,一部住宅地に変更したりしている.都市計画道路によって東京駅とも直結しており(約2km),隅田川に面する部分はスーパー堤防の採用によって,川面がみれるように親水性が確保されている.隅田川の水上バスにのると,この大川端リバーシティの案内放送が流され,近未来的な超高層住宅の林立する再開発を眺めることができる.
再開発前には石川島播磨重工業(株)の工場が建っていた.ペリーが浦賀に来航した1853年,幕府の命令を受けた水戸藩がここに石川島造船所を創設したのが始まりで,日本人によって最初に設計・建造された蒸気軍艦「千代田形」など数多くの艦船が造られた場所である.明治に入ってから渋沢栄一などの協力によって民間会社としての石川島造船所となったが,1939(昭和14)年の造船部門の豊洲移転によってこの地での造船事業は終わりを迎えた.その後は,重機械類の専門工場として稼働していたが,1979(昭和54)年の工場移転により現在の再開発事業が行われるようになったのである.


最上階54階の住みごこちは如何に?


中にはオープンスペースがある


スーパー堤防により隅田川との親水性が保てるようになった.
スーパー堤防は堤防の上に高層住宅が建てられている形になる.
写真には写っていないが,右手には隅田川の川面が見える.


「フィットネス&スパ」の施設もある

西銀座チャンスセンター(宝くじ売り場)【東京考察#142】

The Nishi-ginza chance center

 


 西銀座チャンスセンター(旧名:西銀座デパートチャンスセンター)は,宝くじファンなら誰でも知っている売り場である.日本で最も多くの年末ジャンボ1等を出すことから,毎年全国から宝くじを求めてやって来る売り場である.年末ジャンボとなると大行列となり,人気のある1番売り場の窓口で購入するとなると1時間以上待ちは覚悟しなければならない.チャンスセンターは首都高速の下にある専門店街「西銀座デパート」の1階にある.JR有楽町駅から有楽町イトシアの脇を歩き,有楽町マリオンの中を通り抜け,銀座4丁目方面に向かって首都高速の下をくぐった左手(数寄屋橋交差点前の交番裏)にある.営業時間は9:00~20:00が基本,土日祝は10:00~19:00まで,ジャンボ宝くじ発売時は若干時間が延長する.

 


数寄屋橋交差点の向かい数寄屋橋公園前にある
(最初の写真)左の三角屋根は交番
(次の写真)交差点の反対側には「SONYビル」がある


広域の地図


奥にも売り場があるが,
一番人気は一番手前(左)の1番窓口


左から順に,
1・2・3・5・7番窓口となっている.
4番と6番はなくて,
ラッキーセブンの7番が一番右側にある.

この他にも西銀座デーパートの入口を越えた
右手側奥にも窓口があり,
さらに,超穴場の存在として,
地下1階にも西銀座チャンスセンターの窓口がある.


人気の高い1番窓口は,
実は2列となって2つの売り口がある.
窓の中には,
山のように積まれた宝くじの束(緑色)が・・・.


行列は列をなし,晴海通りへと続く


私も,つい並んでしまう.
晴海通りまで並ぶと約30分待ちとなる.

このページを見た方に
1等が当たりますように・・・

潮風公園【東京考察#141】

The Shiokaze park ( Odaiba )


ホテルグランパシフィックメリディアンを背景に
芝生が広がる潮風公園


 昔の東京都の区分地図を見てみると,現在のお台場は「13号地」と記されているだけの何もない茶色の埋め立て地の表記になっているが,潮風公園の部分はすでに緑色に塗られており「13号地公園」となっていた.かつての13号地の風景からは想像もつかないほど近未来的な都市に変貌したお台場であるが,公園の隣にある「船の科学館」とこの公園はお台場の老舗の施設と言ってよく,昭和49(1974)年の開園である.その後,臨海副都心・お台場の整備に伴って,平成4~8年に再整備され現在の潮風公園となった.かつては,品川駅と門前仲町駅を海底トンネル経由で結ぶ都営バスが走っていたが,当時は「海上公園」というバス停があって船の科学館へのアクセスを行っていた.草ぼうぼうの殺風景な埋め立て地だった風景がかすかに頭の中に残っている.
昔話はさておき,潮風公園はお台場の主要施設からは少し離れた東京港寄りにあるため,お台場の商業施設に来た人にとっては,この公園にわざわざ行こうと思って歩いてこなければ,気がつかない存在であろう.公園内には広い芝生や水遊びの出来る水のせせらぎ,バーべーキューコーナーなどがあり,家族連れでのんびりと休日を過ごすにはもってこいの場所である.また,風景が贅沢で,近代的なホテルやレインボーブリッジ,開放感ある東京港,そして羽田空港に離着陸する飛行機を眺めながら,非日常空間を体験するのも楽しいものである.

 
開放的な芝生が広がる(太陽の広場)


レインボーブリッジを背景に



バーベキューも出来る(要予約)


バーベキューは手ぶらで来ても大丈夫.
すべて貸出OK(食材も)



水遊びも出来る


家族の一コマ


隣には「船の科学館」がある
クイーンエリザベス号(6万トン級)と同じ大きさに造られている


ビニールシートを広げてランチタイム


13号地海底トンネルの坑口
首都高を挟んで北地区と南地区に分かれている


水と緑のプロムナード

竹芝桟橋【東京考察#140】

The Takeshiba pier


竹芝桟橋


 竹芝桟橋は,三宅島や八丈島などの伊豆諸島,父島・母島の小笠原諸島まで向かう船が発着する「竹芝客船ターミナル」があるところである.再開発によって「ニューピア竹芝」というオシャレなデートスポットに生まれ変わり,穴場的存在の場所でもある.ホテルインターコンチネンタル東京ベイをはじめ,レストランやショップも併設されており,竹芝埠頭公園には国旗の掲げられた帆船のモニュメントが置かれている.東京港(隅田川の河口)に面した部分には遊歩道が整備されており,晴海埠頭やお台場・レインボーブリッジなどのダイナミックで開放感ある景色を眺めることができる.
アクセスは,新橋駅・お台場から新交通ゆりかもめで竹芝駅下車徒歩1分,JR浜松町駅から徒歩約10分程度.


ランチクルーズ船


船乗り場


遊歩道からは開放感ある景色を眺められる

 
左:隅田川河口 橋は「勝どき橋」
右:お台場方面を望む


竹芝埠頭公園には帆船のモニュメントがある.


竹芝客船ターミナルの待合所 伊豆諸島・小笠原への玄関口


船への見送りが出来るように,送迎デッキもある.


「東京愛らんど」という伊豆諸島・小笠原の物産館もある

新橋駅日比谷口・烏森口【東京考察#139】

The Shimbashi station hibiya ・ karasumori gate


新橋駅日比谷口
(烏森口はさらに南側の出口)


 新橋というと「サラリーマンの街」というイメージがある.それは,新橋駅烏森口・日比谷口方面には霞ヶ関の官庁街をはじめ,本社業務の集中する虎ノ門を後背地に持っていることに起因している.線路を挟んだ反対側のオシャレで最先端の流行をいく汐留再開発とは対照的に,こちら烏森口はおしゃれな雰囲気はなく,赤提灯の一杯飲み屋が似合う,そんな街が形成されている.


日比谷口の広場にはSLが置かれている.
新橋(現:汐留)は日本鉄道発祥の駅である.
サラリーマンへのインタビューがよく行われているのも「ここ」.


烏森口は夜になると,サラリーマンが吸い込まれていく.


飲屋街.裏路地的な雰囲気がたまらない.


烏森口といえば「ニュー新橋ビル」ははずせない.
雑居ビルである.(詳しくは下で)


日曜日とあって,ほとんどの店が閉まっていたが,
このニュー新橋ビルには,サラリーマンのためのお店がカオス状態で入っている.


Yシャツがずらり


出張旅費を浮かせましょう.(チケットショップ)


営業の空いた時間に一稼ぎ!(パチンコ屋)


ストレス解消には指圧マッサージが一番.

このほかにも,薬屋・ハンコ屋・クリニック(病院)・理髪店・喫茶店・サラ金屋,
珍しいところでは,福島県いわき市のアンテナショップ「いわき・ら・ら」も入っている.


ニュー新橋ビルの壁面広告
やっぱり中年男性の悩みどころか・・・・.

渋谷スペイン坂【東京考察#138】

The Shibuya Spain slope


スペイン坂通り(開店前)

 


 渋谷という街は坂の街である.渋谷駅が谷底となっており,あとは外に向かうし従って徐々に上り坂となっている.そんな坂の地形をうまく利用して歩行者専用の道路があり,路地裏的な幅員の道路にびっしりとお店が張り付いている通りが「スペイン坂」である.なんともロマンチックな名前が付けられており,このヒューマンスケールの狭い道幅が,魅力を増幅している.頂上には東京FMのスペイン坂スタジオがあり,運が良ければガラス張りの放送室から人気のミュージシャンのライブ放送を見ることができる.スペイン坂を最初発見するのは難しいかもしれない.センター街を突っ切って右に曲がって,ハンズの手前で右に入る.ロフトの先のパルコの手前で左に曲がる.地図を見ながらたどり着きましょう.


スペイン坂
途中階段になる


上から下を見るスペイン坂
まだ午前中の開店前なので人通りが少ない


頂上にはミニシアターがある


そして,東京FMのスペイン坂スタジオ
パルコの1階にあたる

渋谷ハチ公前【東京考察#137】

Shibuya Hachiko


忠犬ハチ公


 渋谷ハチ公前はあまりにも有名な待ち合わせ場所である.週末の夕方となると,溢れんばかりの人だかりができていて,相手を探すのにも一苦労する場所である.そのため,待ち合わせを指定するときは,「喫煙所の近く」とか,半蔵門線(田園都市線)の階段の上あたり,とかハチ公前でもさらに細かい場所を指定しないといけない.
ご存じの方も多いと思われるが,忠犬ハチ公は大正12年秋田県で生まれた秋田犬で,農業土木の博士であった上野栄三郎に飼われていたが,先生が亡くなってからも毎日渋谷駅前で先生の帰りを7年間も待ち続けていたという実話があり,これが人々に感銘を与えて銅像が造られたものである.しかも,この銅像はハチ公が生きているときに造られており,ハチ公の目の前で除幕式が行われている模様の写真が残っている.生きているうちに銅像が建ってしまうのだから,偉大な犬である.戦時中には金属回収令により撤去されてしまったため,今の銅像は昭和23年に再建されたものである.ハチ公は昭和10年3月に11歳で一生を閉じたが,ご主人である上野先生のお墓の隣(青山墓地)に分骨が埋葬され,ハチ公の亡骸ははく製として上野の科学博物館に保存されている.


詳細地図


ハチ公前広場
夕方になると大混雑する(この中に小さくハチ公が見えます!)


今は喫煙所もできた


ハチ公前広場


スクランブル交差点・センター街方面を見る


「地下鉄階段の下から5段目」などといった待ち合わせ方法も・・・


JR線を降りて最初に見える風景


実は,こんな平和の銅像もある


もうひとつの待ち合わせ場所である「モアイ像」
ハチ公前とは京王井の頭線を挟んだ反対側にある

東京メトロ(営団地下鉄の民営化)【東京考察#136】

Tokyo Metro(The privatization in the Teito Rapid Transit Authority)


2004年4月より営団地下鉄が民営化して「東京地下鉄株式会社」,通称「東京メトロ」に生まれ変わった.今まで「S」を形取ったマークだったのが,メトロの「M」をイメージしたものに変更され,地下鉄の出入り口や車両にはこのマークが掲げられるようになった.
もともと「メトロ」という言葉には地下鉄という意味はなく,首都という意味だけだったが,イギリス・ロンドンの地下鉄がメトロポリタン鉄道という名でスタートさせたことから,ヨーロッパ各国でメトロという言葉で地下鉄を呼ぶようになり,意味が定着していったという.今でも,パリやモスクワでメトロという言葉が使われている.ちなみにロンドンではアンダーグラウンド,アメリカではサブウェイである.
この東京メトロの誕生にともなって,外国人観光客などに位置を把握してもらいやすいように,「駅番号」を付けることにした.これは,韓国・ソウルの地下鉄では既に実施されているものであり,国際観光都市「東京」を目指す石原都知事の一声により実施されることとなった.アルファベットが路線名,その後の番号が駅番号となっており,たとえば銀座線の渋谷駅は「G-01」という具合である.ホーム駅名看板や路線案内図,車内電光掲示板などに駅番号が記載されるようになったが,今後は東京の旅行ガイドブックなどにも盛り込まれていき,旅行者にも周知されていくことであろう.ただ,欲を言えば,地上にある地下鉄の入口(降り口階段の部分)にも駅番号を記載した路線の○マークを入れると,もっと外を歩いている旅行者には分かりやすいのではないかと思われる.ソウルでは地下鉄入り口にも番号が記載されている.
ちなみに,営団地下鉄の正式名称は「帝都高速度交通営団」であった.銀座線を運営していた地下鉄会社を役所が引き取り,帝都東京を走るのでこのような名前になったというが,今まで軍国主義日本を連想される「帝都」という言葉が陰ながら脈々と生き続けてきたところに,戦前の軍国主義的なものを垣間見ることができて,なんか不思議なものを感じる.「帝都」とは皇居のある都という意味である.でも,そんなことをいったら,「帝国ホテル」や「帝国劇場」も同じことか.


かつての営団地下鉄の「S」マーク
馴染みのマークだった.


駅番号の入ったホーム看板
Nは南北線を表す


こちらは銀座線(G)


銀座駅では,背景をダークブルーにした看板にリニューアルされていた
(日比谷線銀座駅)


丸ノ内線はこんな感じ


電車の先頭には「M」のマークが付けられている


車内の路線図にも番号が入った


ソウルの地下鉄出入り口
ソウルでは駅入り口にも駅番号が付けられている

スキーの専門店街(神田小川町)・スキー街【東京考察#135】

The specialty shops of the ski ( Kanda Ogawa-machi )


スキー用品が並ぶ


 神田学生街の一角に,スキーの専門店街の集まるエリアがある.一時期ほどのブームは過ぎ去ったが,それでも冬になると,スキーやボードを探しにやってくる人は多い.スキーに限らずスポーツ用品全般を扱っているので,お目当てのスポーツ用品を探すのもよい.


バーゲンの旗が建ち並ぶ


ミズノのショップ
松井のバッティングシーンが.


山・スキー 登山用品もそろう


「スキー・スノーボード激安中」


スノーボードでベンチを造っている

楽器の専門店街(神田駿河台)【東京考察#134】

The specialty shops of the musical instrument ( Kandasurugadai )


ギターが並ぶ


 神田駿河台は東京でも有数の学生街として栄えてきた地域で,大学・高校・中学・小学校・専門学校・予備校とありとあらゆる学校が集まっている.明治大学,日本大学,駿台予備校・・・.そして学生街の周りには色々な専門店街が形成されており,ここ神田駿河台周辺にも書店・喫茶店・飲食店・楽器店・画材店・スポーツ用品店などの商店が建ち並んでいる.
JR御茶ノ水駅を降りて駿河台方面に歩くとすぐに広がるのが楽器専門店街である.時間の自由なモラトリアムの時期を過ごしている学生達.自分を見つけるためにエレキギターを探しにやってくるのである.音楽活動は,人間の心の表現であり,能動的に生きることを教えてくれる.学生街を歩いていると,マンネリ化した日常を過ごしている今の自分にハッとさせられ,何かをやらなければ,という若さのエネルギーを享受することができる.僕は学生街が好きである.


アンプも売っている


管楽器の専門店


電子ピアノ


エレキギターがずらり


楽譜・雑誌も売ってます


キーボード


アメリカ買い付け便入荷!!

ニコライ堂(東京復活大聖堂教会)【東京考察#133】

Nikolai Cathedral(The Tokyo’s restoration cathedral church)

 


ニコライ堂

 


 東京復活大聖堂は,聖人ニコライによって1891年(明治24年)に建てられた日本ハリストス正教会教団の聖堂である.通称「ニコライ堂」と呼ばれている.日本最大のビザンチン式建造物として知られており,昭和37年に文部省指定の重要文化財に指定されている.平面はギリシア十字型のビザンチン式レンガ造りで,中央に高さ約38mのドームと別に尖塔状の鐘楼をもっている.日曜日になるとお祈り(奉神礼)が行われ,火~金曜日の午後には聖堂の拝観を行うことができる.


正門


左側の棟が「鐘」
正午になると美しい鐘の音が響き渡る
まるで異国に居るようだ.


聖堂の入口
(日曜日には内部で厳かにお祈りが行われている)

湯島聖堂【東京考察#132】

Yushima-Seido


大成殿(孔子廟)

湯島聖堂は,儒学に傾倒した5代将軍徳川綱吉が上野忍ヶ岡にあった孔子廟(先聖殿)を現在地に移して聖堂と称したものであり,儒教の教えを説いた孔子を祀っているところである.さらに,この地には孔子の生まれた地名をとって名付けられた「昌平坂学問所」が存在していた跡地であり,明治維新までの江戸時代において官立の大学として文教センターの役割を果たしたところでもある(道路を挟んで向かい側の東京医科歯科大学も昌平坂学問所の跡地).大成殿は土日のみ内部公開されている.都心における静寂な日本文化の空間として,外国人にも喜ばれる場所であろう.
聖堂(大成殿)は過去に4回の大火にあって焼失しており,現在の大成殿は関東大震災で焼失したものを,1935年(昭和10年)に鉄筋コンクリート造りで再建したものであるが,入徳門だけは1704年に建てられたものがそのまま残っている.
1922年(大正11年)に国の史跡に指定されている.


1704年に建てられた入徳門


孔子の銅像


絵馬には多くの合格祈願が書かれている


「合格」の文字

聖橋(お茶の水)【東京考察#131】

Hijiri-Bridge(Ochanomizu)


アーチ型の聖橋


 聖橋(ひじりばし)は,関東大震災の復興橋梁として昭和2年7月に完成したものである.橋長92.47m,幅員22mのアーチ橋で,神田川の景観に美しく溶け込んでいる橋として有名であり,一度は写真で見た方も多いのではないかと思う.「聖橋」という橋の名前の由来は,北側にある国指定の史跡で江戸幕府の官学所となっていた「湯島聖堂」と,南側にある国指定の重要文化財でビザンチン風建築の「日本ハリストス正教会復活大聖堂(ニコライ堂)」の両聖堂にちなんでいる.日本文化と西洋文化の両極を結ぶ橋として「聖橋」がある,なんとも不思議でロマンチックな橋である.
ちなみに,「お茶の水」とは将軍のお茶用の湧き水があったことから名付けられたものであるが,行政上の地名としては存在していない.


お茶の水橋からみた「聖橋」
右はJR御茶ノ水駅


橋の上
背景は東京医科歯科大学
この大学は昌平坂学問所の跡地に建てられたもの


聖橋の上から東方面を見ると,秋葉原の電気街が望める
地下鉄丸ノ内線もここだけ顔をだす


聖橋の上から水道橋方面を見る


橋名板

札幌の除雪風景

冬の札幌.道路に降り積もった雪は,除雪作業によって冬期間の交通が保たれている.今朝の北海道新聞に,除雪によって寄せられた雪によって車道の幅員が狭くなり,道路中央に走っている路面電車の通行の妨げになっているとの記事が載っていた.そしてその晩,ホテルへ戻るため道路を歩いていると,その路面電車の走る道路の除雪(排雪)作業が行われているではないか.その排雪作業,さすがは北海道と思わせるような,効率的な作業を繰り広げていた.その様子をお伝えします.

(撮影年月:2004年1月)


片側2車線の道路
新雪が降って,新雪除雪が行われると,車道の雪を脇に寄せるため,このように1車線分が雪の堆積場所として占有されてしまい,車道が狭くなってしまう.

歩道と車道のあいだには・・・
歩道と車道の間は,通常は街路樹などのスペースとなっているが,冬になると背丈よりも高く積み上げられた雪の山となってしまう.

ロータリー除雪車
道路に溜まった雪は,交通量の少なくなった夜間に「排雪作業」を実施して,雪を郊外の排雪場所まで運んでいく.ロータリー除雪車で,前方の雪をロータリーにかませて,雪を上からトラックに投げ込む.

トラックに積込
ダンプトラックに積み込み(投げ込み)を行うときは,ロータリー除雪車の作業走行スピードに合わせて,ダンプの運転手が状況を絶妙に把握して走りながら積み込みを行っていく.この息のあった作業風景は「おみごと!」と拍手を送りたくなる.ダンプは次から次へとやってきて,排雪場所まで運んでいく.


<積込状況の動画>

積み込み中

積み込み終了


グレーダーで圧雪はがし
降り積もった雪は車に踏み固められて,道路の上でコチコチの雪の固まりとなってしまう.その雪を剥がすのがグレーダーの役目.ガリガリと氷の固まりとなった雪を削っていく.

除雪ドーザーで取りこぼしを集める
グレーダーで剥がした雪も取りこぼしがある.そのような雪をかき集めるのが除雪ドーザー.このドーザーはV字型に自由自在に形を変えることができるので,交差点内などにおいてはY型にして雪が外にこぼれないようにし,外側に雪を寄せたいときはT字型にして雪を外に出すことができる優れもの!

大型除雪機械では限界があります
それでも小さな雪は残ってしまう.大型の除雪機械では限界がある.そこで,このようなきめ細やかな部分を除雪する機械が下に・・・.

細かい部分は小さい機械で・・・
ホイールタイプ(つまりタイヤをはいている)のショベルカー(バックホウ)で,歩道の細かい部分は除雪する.除雪作業は,さまざまな機械が道路に出て,一大イベントのように除雪を行うので,見ていて圧巻であり飽きない.なるほど!と唸らせるものがある.それに,作業がスピーディであり,お見事!という芸当を見せてくれる.

再び除雪ドーザーで仕上げ
最後にもう一度,除雪ドーザーで雪の後片づけをして仕上げる.一般の自動車を通行させながら行うので,除雪作業は大変である.

除雪(排雪)完了

ぶらっと!並木西ノ内

福島県郡山市に「並木」と「西ノ内」と呼ばれる町名がある.
そこには隠れたお店がいくつかあります.
そんな街の表情をどうぞ.


時代(ときよ)/うなぎ割烹

ウナギ屋さんなのであるが,ボリュームのあるランチには定評がある.でも,なんといってもお勧めは,火曜日と日曜日にしかやっていない朝定食である.朝7時から10時までなのであるが,たった500円でこのボリュームは凄い.コーヒーまでつく.サバのみそ煮がなんともいい.(現在は菜根に移転)

西ノ内せせらぎこみち/公園

崖線を利用してせせらぎを整備したのが「せせらぎこみち」である.郡山市内に点在しているのであるが,ちょっとした散歩コースであり,なかなか面白い.冬になると凍結して危険とのことから,閉鎖される.

太田西ノ内病院

やっぱり西ノ内といえば,太田綜合病院西ノ内病院である.郡山の民間病院では一番大きな病院であり,救急治療も行っている.大病院ゆえにちょっとした風邪では行きづらい病院であるが,朝7時30分の受付開始時には,長蛇の列ができて受付が開始される.朝8時頃は,看護婦さんや病院で働く人々が大勢外を歩いている.

アリス/洋菓子屋

こぢんまりとやっている洋菓子屋であるが,巷ではちょっとした店らしい.シュークリームやプリンがお勧めであるが,フルーツゼリーもはずせない.誕生日には外の黒板に「○○くん」などと名前が書かれている.
最近,外壁の色が塗り替えられた.品のある色合いになっているので,現地でのお楽しみ・・・.(現在は閉店)

くいもの処 樂/居酒屋&ラーメン屋

居酒屋&ラーメン屋といった変わった店.昼にはランチタイムとしてラーメンだけをやっている.ここのラーメンは,「秋田比内地鶏らあめん」として,あっさり鶏ガラのラーメンがだされる.夜には家庭的な料理がだされる.洋菓子屋アリスの隣りの隣りあたり.

ジャマン・ド・パリ/フランス料理

郡山でも数少ないフランス料理店.味には定評がある.企画ものの料理コースを手頃な値段で提供しているので,ちょっとフランス料理が食べたくなったら,訪れてみるとよい.

アミーゴ/メキシコ&スペイン料理店

最近店内を改装をして,店名もメキシコ料理にスペイン料理が加わって,ラテン系の料理を出す店になった.味付けはどちらかというと日本風にアレンジしてあるようだが,料理やお皿など,なかなか凝ったものが出される.タコスやパエリヤなど,メキシコ&スペインの料理が,雰囲気の良い店内で食べることができる.ビールも現地風を真似て,瓶の中にライムをいれて,そのままラッパ飲みをする.若者の客が多く,デートコースにはぴったりである.お勧めの店である.(現在は閉店)

たかまる/手打ちラーメン店

外からは麺を打つところが見れる手打ち麺の店.しかも竹で麺を打っているようで,独特の縮れ麺は歯ごたえがよい.ボリュームのある餃子もお勧め.

牛若丸/ホルモン焼肉

ここも気になるお店.掘っ立て小屋風の外観だが,夜になると結構人が入っている.中にはいると,決してきれいとは言えない昔ながらの焼肉屋といった感じの雰囲気.特にホルモン関係が安くてうまい.換気扇排気口が道路に向かっているため,外気循環にして車に乗っていると,プーンと焼き肉の香りが車内にまで漂ってくる.

なみき庵/そば屋

住宅街の中にある,その名も「なみき庵」.会津北西部のそば粉を使用し,そば粉100%の味が楽しめる.そばの香りがもう少し味わえるといいのかなと思うが,一品料理には檜枝岐で出されるそば粉のお菓子「はっとう」などもメニューにあるので,そばだけで物足りない場合は注文するとよい.

べこ小屋/定食と居酒屋

べこ小屋などと面白いネーミングであるが,店の中にはいると狭い空間がよりお酒を美味しくさせてくれる.お酒だけのお店ではなく,定食もあり,ランチタイムなどはボリューム満点の定食が食べられる.焼き魚定食を頼んだら,あじの開きが2枚もでてきた.

やぐら太鼓/ちゃんこ鍋・焼鳥・ふぐ鍋

べこ小屋の隣りにある居酒屋.平日のお昼はランチ定食もやっている.備長炭火焼による伊達鶏の串焼きや天ぷら,刺身,ふぐ鍋などジャンルは広いが,なんといっても名物はちゃんこ鍋.時津風部屋より伝授された特性スープで煮込まれたちゃんこを,スリたてのごまと一緒に食べる.また味わってみたいちゃんこ鍋である.

大一屋/お食事処・鍋・天ぷら・刺身

夜は居酒屋・昼は定食が食べられる.どちらかというと日本酒や焼酎が似合うような店である.刺身は活きが良く,天ぷらはサクサクに揚げられており,素材の良さと味には太鼓判が押せる.冬にはあんこう鍋もある.

天ちゃん/焼鳥・レバ刺

焼き鳥ツーには有名な「天ちゃん」である.本店は,郡山駅前のアーケードの裏当たりの薄暗いビルの1階にあり,こちらは西の内店であるが,店内の雰囲気は本店同様,おやじ好みのヌードポスターの貼られたいかにも焼き鳥屋といったものである.カウンター席とテーブル席があるが,いつも満席.焼き鳥は大きくて大変うまい.軟骨もお勧め.そして,レバ刺し.ここのレバ刺しを食べたら,やみつきになる.モツ煮・海老の塩焼きも人気メニュー.ちなみに,焼き鳥は原則5本で1皿となっているが,頼めば2~3本でも焼いてくれる.基本的に愛想のいい方ではない.電話でお土産予約も受け付けてくれる.

ちゃすき/お茶とコーヒーの店

なんでこんなところに,というような住宅街の中にある.お茶とコーヒーを売る店であるが,コーヒー焙煎実演を見ることができ,喫茶もできるらしい.

モンパルノ/パン屋

モンパルノ,フランス風の名前である.西ノ内街道にあるパン屋さんで,毎日焼きたてを売っている.朝8時から夜7時までの営業で,昔ながらのパン屋でもなければ,いま流行の欧風パンを売っているわけでもなく,でもフランスパンの焼きたては人気があるらしい.おばあちゃんがレジを売っている.(現在は閉店)

喜多方らーめん

チェーン店の喜多方ラーメン店.夜遅くまで営業している.辛口のごまミソラーメンがおすすめ. 火災により全焼.現在は空き地になっている.(現在は閉店)

器楽/???

未だに何を売っている店なのか不明!!??
器を扱っている店なのか??
現在は,店名が変わって,雑貨を売る店になっている.

郡山見聞録【1-20】[一括掲載]

(このページは2003年に記載されたものです)

No.20 おばあちゃんの民話茶屋

郡山駅の2階・新幹線改札口付近に「おばあちゃんの民話茶屋」というコーナーがある.ここでは毎日,県内各地からの語り部さんが来て,地元の民話を聞かせてくれるという,一風変わった施設である.上演時間は11時,13時,15時の3回あり,無料で出されるお茶を飲みながら,椅子に座って昔話を聞くことができるのである.さらに,店内では民芸品の販売も行っている.コンコースでは,もんぺ(?)のような服をきた人が呼び込みを行っており,平日の昼間でも年配の方などが,話に聞き入っている.運営は,NPO(特定非営利活動法人)である「語りと方言の会」が行っており,福島の文化・伝統を伝える施設として,なかなかユニークなものである.お時間がある時に,寄ってみてくなんしょ!!

No.19 並木温泉

郡山市街地の中に温泉がある.うねめ通りの福島トヨタのディーラーから入ったところの並木3丁目に「並木温泉」がある.ここに温泉施設ができたのは1985年頃だといい,当時は小さい浴槽がある小さな温泉施設であった.2000年に現代風に建て直して今の「並木温泉・ゆの郷」となった.入浴料は500円.この安さで温泉に入れるのだからたまらない.タオルなどを持ってこなくても,プラス200円でレンタルのタオルセット(大小2つのタオルが入っている)が用意されているので,突然温泉に入りにきても何の問題もない.泉質はナトリウム硫酸塩泉で,効能は高血圧,動脈硬化,腰痛,皮膚病などとなっており,透き通った無色透明の湯です。温泉は,薄めたりしていないので,湯上がりには温泉の成分が体に染みついて「ぽっかぽか」となる.サウナも付いているので,サウナ好きにもたまらない.食堂も付いているので,お腹がすいているときも大丈夫である.もちろんビン牛乳も売っている.ちなみに回数券も販売されているが,5000円で11枚綴りなのはいいのだが有効期限が1ヶ月しかないので,毎日入るくらいじゃないと回数券は使えない.

No.18 西部プラザ内の「ビレッジ・ヴァンガード」

西ノ内の西部自動車学校跡地に「西部ブラザ」がある.第1期工事分として平成元年にイトーヨーカドーをキーテナントとしたビルが完成し,第2期工事分として平成12年にケーズデンキやスーパースポーツゼビオなどをテナントとしたビルが完成した.これらのビルは高架の空中歩道で結ばれている.そのケーズデンキの入る1階の奥の方に,ちょっと面白い「ビレッジ・ヴァンガード」という店がある.
この店はエキサイティング・ブックストアーとして全国展開している本屋(本社:名古屋)なのであるが,一歩店に入った感じでは本屋という雰囲気よりは,混沌としたカオス状態の雑貨といった方が似合っている.確かに商品は「本」が一番多いのであるが,それ以外に,菓子,CD,ライター,グッズ,おもちゃ,ポスター写真など,有りとあらゆる物が並べられており,見ていて楽しい.
それも,非常にマニアックな奥の深い雑貨が並べられており,建築都市の部門では「コルビジェを歩こう」という本があったり,お菓子ではキムチ焼きそばやドクターペッパー,懐かしのスプライトやカナダのジンジャーエール,ビンのコーラ,アメリカの年代物のジュークボックス,郡山出身のロック歌手のCD,物珍しいインテリア商品,ドクタースランプあられちゃんの漫画,旅のコーナーでは香港の九龍(カオルン)城の写真集があったりと,各分野マニアックでその筋の世界のことをよく知っている人にとっては,興味のそそる品揃えをしていると感じる.見ているだけでも飽きない店である.
ちなみに,郡山ではこの他に駅前のアティー(前西武百貨店)5Fに店を出している.

No.17 郡山ユラックス熱海

郡山市にも「熱海」と呼ばれる地名がある.本場,静岡県の熱海と同じく温泉が湧き出る温泉街で,こちらの熱海は頭に「磐梯」がついて「磐梯熱海温泉」となっている.泉質は単純泉,単純硫化水素泉で,胃腸病,皮膚病,リューマチ,婦人病,神経性諸疾患に効能がある.ここに,郡山市観光振興公社が運営する複合温泉施設「ユラックス熱海」がある.日帰り温泉入浴施設の他に,レストランや会議室,3000名収容の大ホール,温水プールにスケート場,トレーニングルームなどが備わる施設である.入浴料は,1回400円(休憩室利用の場合は1日1000円)と破格の安さで,さすがは公共施設のなせる技である.タオルなどは付かない.露天風呂やサウナもついており,風呂場も広々としている.値段の安さもあって,休みの日は家族連れで賑わっており,休憩室を利用して1日がかりで温泉にやってゴロゴロする団体も多い.
男女の入口が別れるところでの,小さな娘1人,息子1人と父母の家族の一コマ・・・・
父 「こっち(男湯)に来るか・・・・」
子 「こっち(女湯)に行く」
母 「ほら,お父さんから誘いが来ているわよ!」
子 「やだ!」
父 「じゃぁ,お母さん大変だけどよろしくー(笑顔).」
母 「(苦笑い)」
お父さんは子供達と一緒に入りたいけれども,面倒を見るのが面倒くさいので一人ゆっくり入れることに成功(でも,内心寂しい思いをしているのかもしれない).お母さんも,お父さんに預けたかったのだが,子供達と一緒に入ることになった.ユラックス熱海の休日には,このような光景がよく見られる.

No.16 郡山駅ビル・ピボット(Pivot)

郡山駅の東京寄り新幹線高架下に駅ビルのショッピング街「ピボット(Pivot)」がある.この中には17店舗のテナントが入っており,パン屋や総菜屋,食料品,飲食店などがあって,駅前において食料品などの買い物ができる場所となっている.この中でお気に入りの店がいくつかある.
まず,輸入食品を扱っている「ジュピター」.ここでは,世界各国の輸入食料品を扱っており,さながら外国のスーパーで買い物をしている感じになる.手に入れにくい輸入食品はここにくれば大抵揃うのではないか.コーヒーや紅茶を始め,各種のチーズ,パスタ,タイなどのエスニック食品,中華材料,香辛料など豊富に品揃えがある.ベルギー王室御用達のゴディバのチョコレートが人気商品だとか.買う物がなくても,なんとなくふらっと立ち寄ってしまう店である.
次に立ち寄るのが一番奥にある「食品館」.一見するとワンフロワーでスーパーのように品物が並べられているのであるが,野菜・果物屋,肉屋,魚屋の3店の販売区画が厳密に区切られており,それぞれの品物は,それぞれのレジに持っていって精算しなければならない(現在は共同になった).つまりキャベツと鶏肉を買いたいときは,まずキャベツを青果のレジで精算し,そのあと鶏肉を持って肉屋のレジで精算しなければならない.最初はちょっととまどったが,魚屋の鮮魚・刺身などは色つやもよく鮮度の良い商品が並べられ,肉の種類も豊富で量り売りが多い.ここの魚屋「北辰」は,活きが良くて新鮮なことで主婦の間でも評判が高く,はるばる遠くから買い付けに来る客も多いとか.寿司が好きなので,よく魚屋で寿司を買うのだが,面白い商品として「貝づくし(480円)」というのがあって,「ホタテ貝」「赤貝」「ホッキ貝」「トリ貝」「ロコ貝」「ミル貝」の6つの貝だけが入っているセットがある.「貝好き」にはたまらない商品である.

No.15 セブンイレブンにATM

郡山だけの話題ではなく福島県全体の話であるが,2003年10月より福島県の主要なセブンイレブンとイトーヨーカドーにアイワイバンク銀行のATMが設置されるようになり,東邦銀行とアイワイバンクとの間で提携を結んだことにより,コンビニで24時間お金が下ろせるようになった.東京などでは既に導入されていたが,東北では初めてであるとのこと.アイワイバンクは郵便貯金とも提携を結んでいるので,郵便局のキャッシュカードでもお金を下ろすことができ,非常に便利になった.手数料は,東邦銀行のカードでも郵便局のカードでも,アイワイバンクのATMを使用していることになるので,他行で出し入れするときの手数料が適用される.平日の日中は105円,それ以外は210円となる.ただし,東邦銀行のカードは来年の1月まで手数料割引(105円引き)を行っているので,今のところ平日昼間は手数料がかからないようになっている.ただ,ちりも積もれば山となる,手数料は以外とバカにならない.郡山郵便局では平日は23時まで手数料無料でお金が下ろせるし,土曜日は21時まで,日曜日でも19時までやっているので,多少手間がかかっても銀行や郵便局でお金を出し入れする方が面倒くさいけれども得ではある.

No.14 郡山駅の立ち食いソバ

郡山駅の新幹線改札口を入ってすぐのところに伯養軒NREが営業する立ち食いソバ屋がある.まぁ,どこにでもある店構えであるが,ここのお気に入りメニューとして「なめこそば」がある.なめこと言うと,みそ汁にいれる小さいネバネバしたなめこを連想するが,ここのなめこは大きな傘をもつ直径2cm位のなめこがたっぷり入ったご当地そばといったところである.これが,あっさりしていてきのこファンにはたまらない.新幹線までの時間にちょっと余裕があるときなど,軽く腹ごしらえをするのにはちょうどよい.380円である.ちなみにこの店は新幹線の構内と,2階の自由通路の両方にカウンターがあるので,新幹線の切符を買わなくても2階コンコースに行けば,誰でも食べることができる.なお,「きのこそば」というのもあるので,お間違えないように.きのこそばでは,色々なキノコが入っているそばがでてきます.

No.13 大宮駅を利用しよう(新幹線で東京へ行く場合の知恵)

東京に行くのに新幹線は大変便利である.なにしろ郡山から東京駅まで約1時間30分で到着してしまうのだから,移動時間としてはちょうどよい時間である.しかし,ビジネスで交通費がでるならともかく,運賃が高いのがちょっとネックである.大人「普通運賃+特急券指定席」で片道7970円,往復15,940円もかかってしまうのである.しかし,これを少しでも安くする方法がある.それは大宮駅を利用することなのである.
新幹線の特急料金は距離200kmを境に料金が変わるようになっている.郡山-東京間は226.7km,郡山-大宮間は196.4kmであり,それぞれ指定席特急料金は,東京駅までが4,080円,大宮駅までが3,030円となる.つまり,大宮駅で下車すると,片道1,050円,往復では2,100円も安く済ませることができるのである.これを利用すれば,往復13,840円で新幹線に乗ることができる.時間的な視点からも比較をしてみると,実は大宮・東京駅間は騒音問題による周辺住民との協定により,最高時速が110kmに押さられているため,思ったよりも時間がかかり,26分の乗車時間となる.一方,東北本線や高崎線の在来線を利用した場合の乗車時間は,上野・大宮駅間でなんと25分なのである.つまり,東京から大宮までは在来線でもさほど時間が変わらないのであり,大宮駅で新幹線を下車して,在来線に乗り換えて東京に向かった方が,大変お得になるのである.新宿や渋谷方面に向かうのであれば,大宮で埼京線に乗り換えれば,快速で30分程度で池袋まで行くことができる.
さらにお得な方法として,指定席のついた新幹線特急回数券のばら売りを利用する方法がある.これは,6枚綴りで売られている回数券を金券ショップなどでバラで購入するのである.これを利用すると大宮駅までの切符では,片道約5,800円(往復11,600円・金券ショップによって値段が違う)で購入することができる.ただし,回数券を利用する場合は大宮駅までのきっぷなので,都内の下車駅では精算することになる.しかし,ここでもお得な方法があって,大宮から先の東京方面では「特定区間運賃」が設定されているため,通常の運賃計算表ではなく,さらに安い運賃計算表を用いて計算される.そうなると,とおしで郡山から東京都内までの切符を買うよりも,大宮でわざわざ一旦下車して都内までの切符を買い直した方が,実は安くなることが多いのである.ちなみに,大宮駅から東京駅までの片道運賃は540円(往復1080円)となる.大宮駅までの回数券バラ売りを使用して東京駅で大宮・東京駅間を精算をした場合は,往復12,680円となるのだから,回数券のばら売りを利用して下車駅で大宮駅からの運賃を精算する方法が,一番安いということになる.ばら売りの回数券が買えなくても,自由席の特急券で大宮駅乗り換えを利用すれば,指定席回数券のばら売りとそれほど差はなくなるので,突然の旅行の時でも自由席で大宮駅乗り換えの方法はお得である.

乗車券 特急券 運賃 備考
郡山-東京(普通乗車券) 郡山-東京指定席 往復
15,940円
郡山-東京(普通乗車券) 郡山-大宮指定席 往復
13,840円
郡山-大宮(回数券)
+大宮・東京間の普通運賃
郡山-大宮指定席回数券) 往復
12,680円
下車駅で精算のこと
金券ショップで5,800円で購入の場合
郡山-東京(普通乗車券) 郡山-東京自由席 往復
14,920円
郡山-東京(普通乗車券) 郡山-大宮自由席 往復
12,820円

No.12 うすい(USUI)百貨店

うすい百貨店は郡山を代表する地元百貨店である.創業は江戸時代の寛文2(1662)年の物産問屋が前進で,1967年に地元デパートを買収してうすい百貨店を設立したものである.当時は大変な賑わいだったというが,郊外への大型店の出店により客足は減少していた.そこで,1999年に駅前再開発事業に合わせて全面リニューアルし,地上11階建て地下1階の売り場面積31,500m2の東北最大級の売り場面積をもつデパートに生まれ変わったのだが,長引く景気低迷も影響し売り上げが伸び悩んでおり,産業再生機構の支援が決定した.
福島県の消費文化の向上には,うすい百貨店の存在は欠かせない.なにしろ高級ブランドである「ルイ・ヴィトン」や「ティファニー」,「シャネル」,「クリスチャンディオール」などの店舗が入り,地下の食品売り場では「京都鼓月」や「自由が丘ポエムドメリー」,「赤坂トップス」など全国の銘菓が並べられている.地下では,いわきの「メヒコ」も出店しており,あの名物「かにピラフ」を買うこともできる.
個人的によく足を運ぶのが9階の「八重洲ブックセンター」.ちょっとした本を東京で買うときは,神田神保町などに足を運んで探してみるが,最後には東京駅八重洲口南口の八重洲ブックセンター本店で買うことが多い.というのも,この本屋は本の分類による陳列が非常によくまとめられており,目的の本をわかりやすく並べてあり見つけやすい.これは店員の「目利き」によるところが大きいと思われる.郡山店の場合は,本店ほど整然と並べられていなかったが,専門書も含めて本の種類の多さでは郡山でも最大級の方であるように思う.(その後平成16年12月の大塚家具の出店と同時期に,八重洲ブックセンターの専門書などのコーナーは無くなってしまい,売り場面積が半分くらいになってしまった.普通の本屋と変わらなくなってしまった.場所も10階に移動.)
うすい百貨店は,是非再建計画による再生を乗り切ってもらいたいデパートである.

No.11 柏屋の「薄皮饅頭」

「お帰りなさい,故郷へ」のCMでおなじみの柏屋である.「かんのやのゆべし」を紹介したからには,「柏屋の薄皮饅頭」を紹介しないわけにはいかない.「かんのや」が東の横綱だったら,「柏屋」は西の横綱と言ったところか.柏屋と言えば「薄皮饅頭」である.
柏屋(本社:郡山市)の薄皮饅頭は嘉永5(1852)年に,柏屋の初代である本名善兵衛 が、奥州街道の宿場町として賑わった郡山で薄皮茶屋を創業したのが始まりである.以来150年にわたり少しずつ味を変えながら,市民に愛されている銘菓なのである.
個人的には「あんこ」よりも「皮」の方が好きなので,「薄皮」などと聞くとゾッとするのであるが,あんこが大好きな饅頭ファンにとっては,大変うれしいウスカワである.「こしあん」と「つぶあん」の2種類があり,好みのあんこを選ぶことができる.写真左が「こしあん」で,写真右が「つぶあん」である.郡山駅や市内のイトーヨーカドー系のスーパーでは大抵販売している.

No.10 新幹線通勤

中通りは新幹線が縦断して走っている.北海道・岩手に次いで,日本第3位の面積を誇る福島県は,「会津・中通り・浜通り」と3地方に分けられている.県内に転勤になったときに,中通り地方圏内は新幹線が通っているおかげで自宅から新幹線通勤を行うことができる地域なのであるが,結構平日の朝や夕方にホームに行くと,かなりの数のサラリーマン達が自由席乗り場に列をなしており,こんなに新幹線を利用している人が多いのかと驚いてしまう.今は,2階建てのMAXが主体となっているので,座れないことはないそうだが,最も利用客が多いと思われる「郡山から福島まで」はたったの15分という早さ.寝ている暇もないほどの乗車時間である.
この「15分」という時間であるが,飲み会などで酒を飲んだあとに乗る場合は,気を付けなければならないのだという.つい,うとうとと寝てしまうと「OUT!」 気がつくと仙台だったり,気がつくと宇都宮だったりと,ひどい人の場合は大宮だった,なんてこともあるらしい.乗り越しの経験は誰でもあると思うが,新幹線の場合,乗り越しによる移動距離の度合いが桁外れになってしまい,戻るにも料金がかなりお高くつくという欠点がある.通勤電車で2~3駅といった次元とは話が違うのである.
郡山・福島間の新幹線通勤定期代は52,450円(H15.8現在)となっている.今は東北本線の在来線よりも,新幹線のほうが本数が多く便利になっており,最終も23時頃着まで走っている.

No.9 幸楽苑のラーメン(会津っぽ)

最近東京進出を果たしたラーメンチェーン店の「幸楽苑」であるが,本社は郡山市に存在する.福島県で数少ない東証1部に上場を果たしている企業である.福島県民にとっては「会津っぽ」という店名のほうが馴染み深いのであるが,低価格な品揃え(中華そば390円)とバランスのとれた味が大ヒットし,平日はビジネス客で週末は家族連れでいつも混雑しているラーメンチェーン店である.もともとの創業は,城下町「会津若松市」に味よし食堂として昭和29年に開業したのが始まりで,その後事業を拡大するために会津若松に工場を建設していったが,徐々に工場や本部を郡山市田村町へシフトし,現在に至っている.北は秋田県,南は静岡県まで展開しており,最近関東地方への進出を果たした.
全国展開をするにあたって「会津っぽ」という名前をやめて,「幸楽苑」という店名を全面に出すようにしている.会津若松生まれで会津ファンの僕としては,会津で創業したラーメン店なのだから「会津っぽ」という店名を残して事業展開して欲しかったが,麺の太さは会津で食されているものとはちょっと変えており,日本国万民に愛されるように中太の麺(いわゆる東京の人にとっては普通の麺)となっている.そういう意味では会津ラーメンとは言えないラーメンが今は出されているのかと思うが,多加水熟成麺という製造法は同じである.会津ラーメンは,ご存じ「喜多方ラーメン」と同じく太い縮れ麺で,あの太麺を食べないと僕なんかはラーメンを食べた気がしないのであるが,地元の商店街(特に若松の方)では「会津ラーメン」と「喜多方ラーメン」は違うんだ!と頑固に主張している人もいる.会津で食されているラーメンは喜多方ラーメンと一緒であると思う.ただ,昔の幸楽苑の味を知る40歳代以上の方がこの「会津っぽ」のラーメンを食べると,「そのまま昔の味を再現していて懐かしい」と言う声が聞かれる.
なにはともあれ,会津若松で生まれた幸楽苑のラーメンが,いまや東日本にチェーン展開される大きなラーメン店に変貌し,福島県を代表する大企業に成長しているのであった.(幸楽苑ホームページ)

No.8 パチンコ名古屋

郡山駅前アーケード商店街の一角(駅から見ると中程を右に曲がった一番奥)に「パチンコ名古屋」という地区が存在する.その名の通りパチンコ屋が何軒か並んでいたためにこのような名前が付けられているのだが,近年の郊外型パチンコ店の登場により,ちょっと客足はいまひとつとなっている.アーケード入り口の上部には,「ナゴヤビル御案内・パチンコ名古屋」という看板が掛かっているが,パチンコが駅前にしかなかった時代の往年の賑わいを連想させる風景である.その中の1件に「名古屋ホール」というパチンコ屋があるが,この店は今は設置されていない機種の台を1台ずつ「ずらずら」と並べてあり,その数も2シマにも3シマにもわたっていて,半端ではない様々な懐かしい台が置いてある.すべて現金機で打つようになっており,これまた懐かしの500円や100円玉をいれて玉を自分で手ですくって台に流し込む方式で,台の上には回転数などを示す情報板などはついておらず,呼び出し用のボタントランプだけがついている店である.消して換金率は高くなく,1箱だして3500円程度であるが,かつてのなつかしの台を打ちたいならお勧めのお店である.

No.7 かんのやの「ゆべし」

福島県で「ゆべし」といえば,三角形の形をした茶色いものを連想する.ゆべしとは,漢字で書くと「柚餅子」となり,味噌・米粉・うどん粉・砂糖・クルミなどをまぜ,柚の実の汁を加えてこねて蒸した菓子のこと(広辞苑より)であるとのことなので,全国各地いろいろな形の柚餅子があってもおかしくない.
このかんのや(本社:郡山市)の柚餅子は歴史が古く,300年以上も昔の江戸時代,三春において戦闘にいく兵士の食料としてつくられたのが始まりで,故事にならって鶴の形をイメージして三角形になっているとのことである.それ以来,かんのやの代表的なお菓子として,現在でも有名になっているのである.姉妹品として,うめあんのゆべし,くろごまゆべし,くるみゆべしなどがある.東京では,三越と伊勢丹などでしか手に入らないお菓子である.

No.6 富士交通の殴り込み!(仙台・郡山間の高速バス)

東北の大都市・仙台へ向けて,郡山駅からも高速バスが走っている.福島交通・JRバス東北・宮城交通の3社の共同運行によって運行されていたが,バス事業の自由化に伴って昨年(2002年)の秋に観光バス事業だけをやっていた仙台市の富士交通が参入することになった.高速バスは旅客収入が安定して入ることから,バス会社でもドル箱路線となっているところが多い.ところが,運輸業界というのは駅前乗り入れに関して既得権が幅を利かせていて,富士交通が郡山駅ターミナルに乗り入れたい旨を申し込んだところ,既設の3社から「No」を突きつけられ,駅前ターミナルへの乗り入れが実現しなかった.そこで,富士交通だけが郡山駅ターミナルから離れたアーケードの延びる通り沿いにバス停を設けて運行する羽目になった.
そこで,後発の富士交通は,衛星放送テレビを放映し,バスガイドを乗務させ,お茶のサービスを行うといったサービスをすることとし,運賃も既設会社よりも安く設定してスタートさせた.運賃については,既設3社も値下げを行って対抗処置を施し,現在は片道の運賃については同額となっている.郡山仙台間の高速バスは既設3社も新規参入の富士交通も,どちらも1時間に1本程度の割合で運行されているのであるが,仙台駅の乗り場は既設3社も駅前ターミナルから発車しておらず,仙台駅では富士交通も既設3社の隣にバス停を置くことができた.これを最大限に利用して過激な営業戦略を行っており,なんと面白いことに富士交通のバスは発車時間を,既設3社の10分前に発車するように設定したのである.発車前にはきれいな(!?)バスガイドがハンドマイクを使って,「富士交通の郡山行き高速バスはこちらです」と,既設3社のバス停に並んでいる客に向かって案内し,乗客を呼び込むというすごさ.これでは,既設3社も黙っていられまい.
運賃は片道1800円で,これは両者とも同じ料金なのであるが,既設3社は3枚綴りの共通回数券を販売(片道1枚あたり1500円)としているが,富士交通は回数券を発行せずに往復割引(往復で2600円,つまり片道あたり1300円)で対抗している.既設3社が3枚綴りとしている点はミソで,これは富士交通に軍配を上げる枚数であるように感じる.つまりたいてい高速バスは往復で使用することが多いと思われ,3枚だと最後の1枚が余ってしまうことと,余った1枚を次に使用したときは,また帰りの便に乗ることが予想され,「帰りは回数券も切れたしお茶のでる富士交通に乗ってみようかな?」と思わせてしまうのではないか.(平成16年1月現在,既存3社の3枚綴りの回数券は2枚綴りに変更され,さらに片道1枚あたり1300円に値下げされた.これに伴って,新規参入2社は回数券の片道1枚あたりの値段を更にさげて,1200円としている)
まぁ,なにはともあれ運賃が安くなることは大歓迎であり,これからも大いに安くなって欲しいと願うところである.ちなみに富士交通は,福島・仙台間にも高速バスを展開しており,こちらはJR東日本の電車も巻き込んで,JRでは快速電車の増発や普通運賃よりも安い往復割引切符を発行するなどし,競争が激化過熱している.

No.5 東北のシカゴ

今でも郡山のことをこのように呼ぶ人は多い.かつての郡山は暴力団による発砲事件が多く発生しており,治安があまりよくなかった.犯罪統計などを見て比較しているわけではないので実際のところはわからないが,人口30万人の都市であることを考えると,人口比では発砲事件発生率は高いのかもしれない.かつて,歩道に落ちている拳銃を通学中の小学生が拾ったとか,暴力団同士の抗争事件が多発していたとか,昭和3~40年代の頃からこのように呼ばれている.
最近は発砲事件も昔ほどではないらしく,郡山以外でも全国的に不可解な凶悪事件が多発していることもあって,東北のシカゴという印象は薄れつつあるが,このように呼ばれるのも都市活動が盛んである郡山を端的に表現しているように感じる.また,別の意味合いとして,商業活動が盛んなために「東北のシカゴ」と呼ばれるようになったという褒められる意味の解釈をしている人もいるようだが,これは間違いで,本来は事件の多い都市であるという汚名の代名詞なのである.
ところで,アメリカのシカゴとはどういうイメージの都市なのか.かつてのシカゴは,アンタッチャブルという映画に出てくるギャングのボス・アルカポネが1930年代の街を闊歩するマフィアの都市というイメージがつきまとっていたのかもしれないが,シカゴ=犯罪都市という図式があったのは間違いないようである.「東北のシカゴ」とは,シカゴにとってもいい迷惑な代名詞ではある.
でも,「東北のシカゴ」などと言われると,どことなく格好良く聞こえてしまうのは不思議である.郡山出身の人が「郡山は東北のシカゴだぜ!」などと言うと,平和な地域が多い福島県の中でも経済都市No.1を自負する「気合い」が感じられ,まんざらでもない様子である.

No.4 新宿駅(東京)行高速バス「あぶくま号」

郡山からも各方面へ高速バスが運行している.中通り地方は福島交通というバス会社がバス事業を展開しており,各方面へ路線を運行させている.東京方面にも高速バスが走っており,「あぶくま号」という名称がつけられている.郡山は東北新幹線が走っているので,東京までの移動時間では勝負にはならない.新幹線に乗ってしまえば東京駅まで1時間30分程度でついてしまうのである.やはり勝負は値段の安さであり,JRの普通運賃程度で東京まで行けてしまうことが魅力であろう.新幹線では東京駅まで片道7480円(自由席)であるが,高速バスでは往復割引を使って7500円となっている.
郡山駅始発のバスもあるが,福島駅が始発となって二本松を経由し郡山駅にやってくる便もある.福島駅から乗車すると新宿駅まで約5時間20分もかかるので,福島駅から乗車する人は少ないようである.時間と体力があって金欠ぎみのときに高速バスを利用するように感じる.いわき東京線ほど本数が多くないのは,この乗車時間の違いによるものであると思われ,郡山駅から新宿駅までも約4時間かかるので,値段は高いが時間が短い新幹線を利用する乗客は多い.いわきの場合は,JRの特急スーパーひたちの時間とバスの時間がこれほどまで差が大きくなく,かつ乗車時間が3時間程度であり,さらに充実したパークアンドライドを行っているため,東京便の利用客が大きく伸びているように感じる.
郡山駅を出発すると須賀川に停まってから高速自動車道に乗り,高速自動車道上にある白河の西郷バスストップに停車して新宿駅新南口に向かう.東京では,JR京浜東北線の王子駅に停まり,明治通りを通って池袋駅東口の三越裏に停まってから新宿駅新南口(高島屋の下)に向かう.新宿駅周辺の大渋滞はすごいようなので,手前の王子や池袋で下車するほうが賢明である.
ちなみにこの「あぶくま号」は全席指定となっているが,席の配置は原則的に男性と女性が一緒にならないよう販売されている.いつも隣りに座っているのが「あぶらっこいおじさんばっかりだ」という理由はここにある.なお,販売の状況により例外もあるのでご注意を.

No.3 「はぁ」と「ばい」

中通りで地元の方(特に40代以上)と話をしていると,会話の途中や語尾に聞き慣れない「間投詞」が入ることがある.同じ福島県内である「会津」や「いわき」でも聞くことはないその言葉とは,「はぁ」と「ばい」である.
これだけだと何のことやらさっぱり解らないと思う.
「はぁ」という言葉は「さー」とか「○○ね,」というのと同じ意味合いで使われているらしく,例えば,
「北海道に行ったらさー,熊に出会ってびっくりした」
などというときは,
「北海道に行ったらはぁー,熊に出会ってびっくりした」
など使われたりする.この「はぁ」は語気を強めて話をすることが多く,聞き慣れないうちは,突然「はぁ」などと言葉が入るのでなんだろうか,と思ったりしたものだった.
そして「ばい」.これは会話の語尾に付けられる言葉で,
「昨日,駅前のパチンコ屋に行ったでしょ」
などというときは,
「昨日,駅前のパチンコ屋に行ったばい」
などと語尾に付けられる.どちらも中通り,特に郡山近辺で聞かれる言葉のようである.

No.2 フロンティアスピリットの街

郡山が本格的に発展したのは明治に入ってからである.大槻原(現開成山)一体の開拓を行うにあたってかんがい用水が必要であり,そこで日本第4位の広さを誇る「猪苗代湖」から奥羽山脈を超えて水を引き,開拓を行ったのが始まりである.安積疎水については,郡山の歴史を語る上では外せないものであり,また後日のコラムで説明することとしたいが,その開拓が国の直轄事業として認められることが決まると,明治11(1878)年より九州の旧久留米藩士から入植が始まり,松山藩や土佐藩,岡山藩や鳥取藩など全9藩,約2000人が郡山に移ってきたのである.九州の人の街頭インタビューをテレビで見ていると,訛りが似ていると感じるのはここにルーツがある.
江戸時代に最も反映していたのは会津若松であるが,ご存じのように幕末の悲劇によって「賊軍」の汚名を着せられて,会津は解体されてしまい,会津は明治になってからそのまま繁栄を受け継ぐことが難しくなっていた.東北の大動脈は奥州街道(東北本線)となり,交通の利便性もあって,郡山は様々な地域から人が集まってきて,どんどんと発展していったのである.つまり,郡山の歴史は北海道と同じであり,入植者のフロンティアスピリットによって形成されてきた街なのである.
あまり個性や特徴のない「郡山」との印象を受けるのは,入植によって新しく作られた街であることから起因しているのであろうと感じる.歴史の重厚さがある「会津」とは対照的である.そのようなことから,郡山に住む人々はあまり土着的なベタッとした感覚はもっておらず,物事の考え方に都会的センスを持っている.福島県は,歴史の重みがある「会津」,海の広がる「いわき」,そしてフロンティアスピリットの街「郡山」と,都市のコンテクストを考える上でも,非常に興味深い三者三様の街が集まっている県なのである.

No.1 経済県都「郡山」

郡山は福島県の経済の中心地である.県庁所在地は福島であるが,福島市よりも郡山市のほうが経済的には大きい.「福島市」が官庁街のワシントンなら,「郡山市」は商業の中心地ニューヨークといったところだろうか.人口は約30万人,東北新幹線が通り,南北に東北自動車道,東西に磐越自動車道が走る,交通の要所でもある.一見,地味で特徴のない「郡山」(実際,福島県では会津の個性が強く,全国的にも会津のほうが知名度が高い)のように思えるのだが,福島随一の都会とあって,商業やサービス業は充実している.これから,郡山の見聞録をシリーズで掲載します.お楽しみに・・・・

(このページは2003年に記載されたものです)

骨付きカルビ・仁寺洞[福島空港から行く韓国・ソウルへPart2-#1]

クリスマス前の連休,またまたソウルに行って来ました.今回は職場の忘年会旅行.福島空港からアシアナ航空に乗って仁川(インチョン)空港へ.冬のソウルは福島以上に寒いところで,最高気温が0度,朝晩などは氷点下になって道路がツルツルに凍ってしまいます.防寒着を着込んで街を歩いてきました.

(旅行年月:2003年12月)

氷の張っている慶会楼(1万ウォン札に描かれている)

<なんと今回も偶然,前と同じガイドさんだった>

福島空港からソウルへ行くときには,僕としては珍しく旅行会社のツアーに参加している.便数が少ない福島空港の国際線は格安航空券があまり出回らないので,ホテルと現地出迎え・案内がついているツアーに参加した方が安い(しかし,免税品店巡りやオプショナルツアーなどのお誘いはある)し,会社のメンバーなど大人数で行くときは,ガイドさんに任せてしまった方が楽である.そんなわけで,今回も同じ旅行会社のツアーに申し込んだのだが,ソウルの仁川空港で出迎えに来ている名前を記載しているカードを掲げているガイドさんを捜していると,見覚えのある顔が・・・.そして,名前を見ると我々の名前が・・・.なんと同じガイドさん(名前はチェさん)であった!! 空港で思わず「覚えていますか」とこちらから挨拶をしたら,「えーえー,覚えていますよー.3・4ヶ月前でしたかねー.」と嬉しいご挨拶.久しぶりの再会で場は和み,早速我々専用のワゴン車に乗り込んでホテルへと向かった.今回は,夕方に到着する便だったので,チェックインの後に新羅免税店へ行って,骨付きカルビのお決まり夕食へと足を運ぶ.

<骨付きカルビ>

今回は焼き肉店にデジカメを持っていったので,骨付きカルビの写真をどうぞ.味付けがしっかりしており,やっぱり骨付きカルビは韓国に限るといつも思う.

骨付きカルビはこのようにハサミでジョキジョキ切ります.

キムチやサンチュはおかわり自由

韓国では,焼酎「ジンロ」をストレートで飲むとか.キムチといい,ジンロといい,韓国の人は胃袋が強い.

どぶろく「マッコリ」 マッコリはコンビニでも売っていた.

<仁寺洞(インサドン)散策>

夕食の後に伝統工芸品や骨董品の店がならんでいる仁寺洞(インサドン)という繁華街を散策した.明洞(ミョンドン)ほどのパワーはないが,古き良き時代を思い起こさせるような,懐かしい街並みが続いていた.(夜だったので正直よくわからなかったが,そんな感じがした.)

仁寺洞(インサドン)のストリート

伝統工芸品の店

民芸品店

飴屋さん

美術画


次の日の朝,ちょっとホテルの周辺を散策.近くに高速バスターミナルがあった.

統一展望台・臨津江(イムジン川)駅[ 福島空港から行く韓国・ソウルへPart2-#2]

今度は非武装地帯の「板門店」に行こうと思い,オプショナルツアーに申し込んでいたのだが,申し込んだときにはすでに満席でキャンセル待ちとのこと.何しろ,板門店ツアーは政府から許可の受けた2社しか催行することができず,1日の入場者数に限りがあるので,非常に参加が難しいとのこと.さらに,よく中止になるので,本当にラッキーなときにしか参加できないようである.キャンセル待ちもかなわず板門店へは行くことができなかった.一般人が普通に立ち入って北朝鮮を眺めることが出来るオドゥサン統一展望台と軍事境界線を流れる臨津江(イムジン川),自由の橋などを見てきた.ドイツも統一し,世界の秩序が変わろうとしている現在,東西の分断が行われているのは,唯一ここの朝鮮半島だとのことで,世界各国から旅行者が訪れているという.

<統一展望台と京義線>

ところが,今朝の冷え込みが厳しく,気温差が大きかったからか,臨津江(イムジン川)には霧が立ちこめており,北朝鮮側の山がうっすらと見える程度の視界しかなかった.統一展望台からは,望遠鏡の中に北朝鮮の住宅などを見ることができるというが,肉眼では確認することができなかった.展望台の中には日本語の案内ビデオが流れているので,ビデオで鑑賞することとなった.

北朝鮮との境は「国境」とは呼ばす,「軍事境界線」と呼んでいる.つまり,第2次世界大戦後の国境は北緯38度線であるが,朝鮮戦争によって南に行ったり北に行ったりした挙げ句,現在の境界線で一時戦争を休止しようと宣言して現在に至っているので,そう呼ばれるのである.つまり,今でも戦争は終わっておらず,あくまでも「休止」なのである.

その軍事境界線はイムジン川に設けられている部分もあり,北朝鮮側からのスパイや脱走者を防止するために,川と道路の間には鉄条網や監視小屋が物々しく設置されており,特に夜間における監視が強化されているという.監視しているのは徴兵制によって兵役を行っている韓国軍の若者である.

道路より見える北朝鮮の山(うっすらと確認できるのだが・・・)

統一展望台

イムジン川と道路の間にある鉄条網

同じく鉄条網がものものしく続く

京義線の連結計画図(現在は分断されているが,つながったときの計画図)

左側が現在の新しい京義線の鉄橋(この先は都羅山(ドラサン)駅)右側の橋脚跡は北に爆破されて,そのままになっている橋脚
このイムジン川から向こうは非武装地帯(DMZ)なので,一般には立ち入ることができない.(この場所の向こう側は北朝鮮ではない)

イムジン川のほとりにある臨津江(イムジン川)駅.線路はもう一つ先の非武装地帯・ドラサン駅まで続く.今現在,韓国で訪れることのできる京義線の最北端.

ソウルと平壌を結ぶ鉄道で京義線という線がある.しかし,今は軍事境界線で分断されており,韓国側は非武装地帯の中にある都羅山(ドラサン)駅までが建設されている.イムジン川駅からドラサン駅までが開通したのが2002年であり,その時にはアメリカ大統領との会談が行われて一般人に公開されていたが,現在はイムジン川駅-ドラサン駅間の列車の運行は休止されており,ソウルからイムジン川駅の間での運行となっている.ガイドさんから,「ドラサンまで1日3往復運転されているので,往復乗ってみますか.パスポートがあれば誰でも乗れますよ!」と言われていたので,楽しみにしていたが,駅員の人から「今はここまでしか運転しておらず,ドラサン駅までは運休中で,もう3ヶ月以上も運転していない.」と言われてしまい,京義線の韓国側の最北端であるイムジン川駅で写真を撮ってきた.

自由の橋の上で

北朝鮮の教室や部屋には必ず金日成と金正日の肖像画が飾られている.韓国では「北朝鮮」のことを,「北韓」と呼ぶ.「北朝鮮」とは言わない.

右に見える白い門が非武装地帯に入るときの検問所.板門店などにいくDMZツアーはここで軍人によるチェックを受け,イムジン川を渡って非武装地帯に入っていく.

<クリスマスイルミネーション>

ソウル市内に戻ると,一転,クリスマスイルミネーションの飾られた賑やかできらびやかなソウル市街があった.このギャップは何なのかと思ってしまうが,日本も韓国もクリスマスの盛り上がりは同じようである.写真はロッテデパートのイルミネーションであるが,街中いたるところにイルミネーションが輝いていた.ちなみに韓国ではクリスマスの25日は祝日となる.

やっぱり明洞(ミョンドン)は活気がある

<おまけコーナー>

ソウルのドライバーは非常に運転があらい.隙間という隙間には入り込んでくるし,横入りは強引で事故が起こらないのが不思議である.これもキムチパワーの成せる技か!?

新幹線が開業した品川駅【東京考察#130】

Shinagawa station which the Superexpress practiced


吹き抜けの品川駅コンコース


 2003年11月,東海道新幹線に品川駅が開業した.東海道新幹線は大井に新幹線の車庫がある関係で,大井の車庫から東京駅間はその車庫からの回送電車が走るため,すでに本数が増やせず飽和状態となっていた.そこで,将来の大阪方面への需要増を見込んで,車庫までの回送電車の影響が及ばない品川に新たに駅を設けて対応することとしたのである.しかし,現時点で品川駅始発の新幹線は存在していない.渋谷・新宿方面から大阪に向かう人のために,少しでも時間が短縮されるよう,飛行機との競争も視野に入れた開業となっている.
その開業にあわせて,品川駅が大改装された.特に東京湾側の港南口(東口)の変貌はめざましく,昔は薄暗い通路を長々と歩いて改札口に行かなければならない港南口であったが,駅前の再開発にあわせて「ドピカーーン」とした明るいコンコース(東西が自由に行き来できるようになった)と駅前広場ができて,様変わりした.


広々とした中央改札口


清潔感のある切符売り場


コンコースの中に店ができた


新幹線改札前にあるカフェ


新幹線改札口


港南口へ向かうコンコース


港南口


京急線のりかえ口
近年,羽田空港への直通列車が多く走るようになり,
乗り換えも楽なことから,京急で羽田に向かう人が増えている.

大井競馬場(勝島)【東京考察#129】

Oi-racetrack(Katsushima)

 


ハイセイコー

 


 大井競馬場は,東京シティー競馬(TCK)が行われている東京の地方競馬である.ツィンクルレースという夜間のレースを開催(15時~21時)しており,夜になるとイルミネーションが瞬く競馬場で,ムードあふれる競馬を楽しむことができる.
大井競馬場は1950(昭和25)年に品川区勝島2丁目に建設された.勝島は1943(昭和18)年に海軍省によって海を埋め立てて造られた人工の島で,第2次世界大戦の勝利を願って「勝島」と名付けられた.競馬ファンにとっては何とも縁起のいい地名のところに大井競馬場が出来たのである.


正面玄関


場内に入るには100円の入場料が必要


いろいろな競馬新聞を売っている


パドックで馬の状態を確認する


予想屋から情報を得る
100円を渡すと,次のレースの予想勝ち馬を
紙にスタンプで押して渡してくれる


勝ち馬投票券は機械で購入する


マークシートを付けて機械で購入する


締め切り間際になると発売所は大行列となる
「締切2分前」の表示がなかなか「1分前」に変わらない.これ地方の特色??


オッズの一覧表


おしゃれなレストランもある


しかし,やっぱり競馬場にはモツの煮込みがよく似合う
左:白モツ(150円) 右:赤モツ(120円)


スタンドは人・人・人


ファンファーレが終わると,出走となる.


モニターを見ながらチェック!


ゴール直前の場内の模様



帰りのバスは超満員


厩舎

亀有駅北口交番【東京考察#128】

The Kameari station north exit police box


亀有駅北口交番

 


 「こちら葛飾区亀有公園前派出所(略して「こち亀」)」という漫画が少年ジャンプに掲載されている.今は,日曜日の夜にテレビでおなじみとなったアニメであるが,その両さんが勤めている派出所(交番)のモデルとなっているのが,この亀有駅北口の交番である.亀有公園というのは,北口の近くに実在しているが,亀有公園前派出所というのは存在していない.漫画を読んでいると,まさにこの交番だ!と思うほどよく似ている.亀有駅には反対側の南口に大きな交番があり,こちら北口の交番は,普段は無人らしい.


色々な角度から


駅を背にして


反対側の南口交番. こちらの方が大きい

取り壊された同潤会青山アパート【東京考察#127】

Demolished The Dojunkai Aoyama apartment


歩道橋からの風景
かつてはここにアパートがあった

 同潤会青山アパートは,No.5,No.105,(No.11)で取り扱ってきた.ついに取り壊しが決定し,今は更地となっている.2003(平成15)年12月末の風景をどうぞ.


このとおり,建物は無くなり,囲いがされて工事中である


工事の仮囲いは,以前のアパートを思い起こさせるような
ツタによるイメージアップが図られている.


完成予想図

明治神宮【東京考察#126】

Meiji Shrine


南神門にある鳥居

 


 明治神宮は初詣参拝客数ではいつも全国1位になる神社である.外国人観光客の姿も多い.明治神宮は,第122代の明治天皇とその皇后である昭憲皇太后をお祀りする神社で,大正9年11月に創建された神社である.こちらの明治神宮は「内苑」と呼ばれ,本殿や神楽殿などがあり,総面積約70万m2の明治神宮の杜が鬱蒼と茂っている.一方,絵画館やスポーツ施設を備える「外苑」は青山に存在している.都心の真ん中に,これだけの森が存在していることは,貴重なオープンスペースであり,野鳥の宝庫でもあろう.


原宿駅から続く「南参道」


檜造りの名神鳥居としては日本一の大きさ
高さ12m 柱間9.1m 柱の径1.2m 笠木の長さ7m


正月になると厄年の垂れ幕が必ず掲げてある


奉納されている菰樽(こもだる)


お札・お守りは巫女さんが売っています


来年の干支「猿」の絵馬が飾ってある


本殿


祈ります


西参道


これが現代の風景である.

師走の羽田空港【東京考察#125】

Haneda Airport in the end of the year

現在の羽田空港
海側に東ターミナルを建設中であり,拡張工事が進められている.

 


 年末年始の帰省ラッシュで賑わう羽田空港.羽田は東京における国内線の空港として,全国各地の空港からの航空便が設定されている.最近では,韓国ソウル・金浦空港とのチャーター便が実現し,都心に近いことから,国際空港としての機能の見直しが迫られている.そんな年末の羽田空港の模様をどうぞ.


搭乗カウンター前は混雑(2階出発ロビー)


テロ防止のため,搭乗口のセキュリティチェックは厳重になっており,
長蛇の列ができている.


満席の便が多い

 
羽田空港はみやげ物屋が充実している.
東京土産を買って,実家へ.人気商品には行列ができている.
成田空港もこれを見習って,
外国人観光客のためにもっと免税品店を充実させるべきである.

 
「羽田航空神社」
ターミナルビルの余り目立たない場所(1階)に神社がある.


1階到着ロビー


リムジンバスも各方面に出ている.
今は京急線も乗り入れており,
東京モノレールは値段が高いこともあって
乗客離れが進んでいる.


「賀正」
クリスマスが過ぎるとお正月モードに切り替わる


松井秀喜選手のジャンボ機


羽田空港には次々と着陸機がある.
上の写真には4機の着陸態勢の機体(前照ライト)が写っている.


ANA系のみの着陸便一覧
2分おきに着陸している


国際線ターミナルは閑散としている


国際線ロビーも閑散.羽田とは思えない.
国内線ターミナルと国際線ターミナルは,
5分おきに走っている無料バスで結ばれている


東ターミナルは建設中


黄昏の羽田.富士山が見える.

柴又帝釈天【東京考察#124】

Shibamata Taishakuten


京成柴又駅
寅さんの銅像が立っている

 


 柴又といえば,松竹ヒット映画「男はつらいよ・寅さん」の舞台となったところである.柴又帝釈天への参道にあるお店が寅さんの実家であり,今は亡き俳優・渥美清が「よう,元気かい」といってふらりと現れてきそうな,そんな雰囲気のする街である.
柴又帝釈天(経栄山題経寺)は,寛永6(1629)年,日忠上人の草創と伝えられており,本尊は日蓮上人自刻の帝釈天の板仏である.行方不明だった板本尊が庚申の日に発見されたので,以降,縁日は庚申の日に設定されている.縁日は2ヶ月に1日の割合でやってくる.


「男はつらいよ」の映画監督・山田洋次氏による寅さんの名セリフ


参道の賑わい


寅さんの撮影現場となっていた「とらや」


寒いときには「甘酒」を.1杯100円也.


悪い患部はタワシで磨くと直ります


線香は仏前に供えます


二天門


本尊


「寅さんせんべい」もあります


「葛飾柴又・寅さん記念館」も近くにあります


寅さんよ,永遠に.