「東京考察」カテゴリーアーカイブ

東京の街を写真と共にコラム形式で紹介. 東京は日本の顔であるとともに世界へ向けた窓口です.世界でも有数の大都市ですが,その中にも色々な街の表情があり,ひとつひとつ見ていくととても興味深いものがあります.そんな東京を紹介します.

亀有駅北口交番【東京考察#128】

The Kameari station north exit police box


亀有駅北口交番

 


 「こちら葛飾区亀有公園前派出所(略して「こち亀」)」という漫画が少年ジャンプに掲載されている.今は,日曜日の夜にテレビでおなじみとなったアニメであるが,その両さんが勤めている派出所(交番)のモデルとなっているのが,この亀有駅北口の交番である.亀有公園というのは,北口の近くに実在しているが,亀有公園前派出所というのは存在していない.漫画を読んでいると,まさにこの交番だ!と思うほどよく似ている.亀有駅には反対側の南口に大きな交番があり,こちら北口の交番は,普段は無人らしい.


色々な角度から


駅を背にして


反対側の南口交番. こちらの方が大きい

取り壊された同潤会青山アパート【東京考察#127】

Demolished The Dojunkai Aoyama apartment


歩道橋からの風景
かつてはここにアパートがあった

 同潤会青山アパートは,No.5,No.105,(No.11)で取り扱ってきた.ついに取り壊しが決定し,今は更地となっている.2003(平成15)年12月末の風景をどうぞ.


このとおり,建物は無くなり,囲いがされて工事中である


工事の仮囲いは,以前のアパートを思い起こさせるような
ツタによるイメージアップが図られている.


完成予想図

明治神宮【東京考察#126】

Meiji Shrine


南神門にある鳥居

 


 明治神宮は初詣参拝客数ではいつも全国1位になる神社である.外国人観光客の姿も多い.明治神宮は,第122代の明治天皇とその皇后である昭憲皇太后をお祀りする神社で,大正9年11月に創建された神社である.こちらの明治神宮は「内苑」と呼ばれ,本殿や神楽殿などがあり,総面積約70万m2の明治神宮の杜が鬱蒼と茂っている.一方,絵画館やスポーツ施設を備える「外苑」は青山に存在している.都心の真ん中に,これだけの森が存在していることは,貴重なオープンスペースであり,野鳥の宝庫でもあろう.


原宿駅から続く「南参道」


檜造りの名神鳥居としては日本一の大きさ
高さ12m 柱間9.1m 柱の径1.2m 笠木の長さ7m


正月になると厄年の垂れ幕が必ず掲げてある


奉納されている菰樽(こもだる)


お札・お守りは巫女さんが売っています


来年の干支「猿」の絵馬が飾ってある


本殿


祈ります


西参道


これが現代の風景である.

師走の羽田空港【東京考察#125】

Haneda Airport in the end of the year

現在の羽田空港
海側に東ターミナルを建設中であり,拡張工事が進められている.

 


 年末年始の帰省ラッシュで賑わう羽田空港.羽田は東京における国内線の空港として,全国各地の空港からの航空便が設定されている.最近では,韓国ソウル・金浦空港とのチャーター便が実現し,都心に近いことから,国際空港としての機能の見直しが迫られている.そんな年末の羽田空港の模様をどうぞ.


搭乗カウンター前は混雑(2階出発ロビー)


テロ防止のため,搭乗口のセキュリティチェックは厳重になっており,
長蛇の列ができている.


満席の便が多い

 
羽田空港はみやげ物屋が充実している.
東京土産を買って,実家へ.人気商品には行列ができている.
成田空港もこれを見習って,
外国人観光客のためにもっと免税品店を充実させるべきである.

 
「羽田航空神社」
ターミナルビルの余り目立たない場所(1階)に神社がある.


1階到着ロビー


リムジンバスも各方面に出ている.
今は京急線も乗り入れており,
東京モノレールは値段が高いこともあって
乗客離れが進んでいる.


「賀正」
クリスマスが過ぎるとお正月モードに切り替わる


松井秀喜選手のジャンボ機


羽田空港には次々と着陸機がある.
上の写真には4機の着陸態勢の機体(前照ライト)が写っている.


ANA系のみの着陸便一覧
2分おきに着陸している


国際線ターミナルは閑散としている


国際線ロビーも閑散.羽田とは思えない.
国内線ターミナルと国際線ターミナルは,
5分おきに走っている無料バスで結ばれている


東ターミナルは建設中


黄昏の羽田.富士山が見える.

柴又帝釈天【東京考察#124】

Shibamata Taishakuten


京成柴又駅
寅さんの銅像が立っている

 


 柴又といえば,松竹ヒット映画「男はつらいよ・寅さん」の舞台となったところである.柴又帝釈天への参道にあるお店が寅さんの実家であり,今は亡き俳優・渥美清が「よう,元気かい」といってふらりと現れてきそうな,そんな雰囲気のする街である.
柴又帝釈天(経栄山題経寺)は,寛永6(1629)年,日忠上人の草創と伝えられており,本尊は日蓮上人自刻の帝釈天の板仏である.行方不明だった板本尊が庚申の日に発見されたので,以降,縁日は庚申の日に設定されている.縁日は2ヶ月に1日の割合でやってくる.


「男はつらいよ」の映画監督・山田洋次氏による寅さんの名セリフ


参道の賑わい


寅さんの撮影現場となっていた「とらや」


寒いときには「甘酒」を.1杯100円也.


悪い患部はタワシで磨くと直ります


線香は仏前に供えます


二天門


本尊


「寅さんせんべい」もあります


「葛飾柴又・寅さん記念館」も近くにあります


寅さんよ,永遠に.

西新井大師【東京考察#123】

Nishi-arai-daishi


西新井大師(総持寺)の本殿

 


 

 西新井大師は,正式には五智山遍照院総持寺といい,真言宗豊山派の寺院である.
天長の昔に弘法大師が関東巡錫の折りにこの地に立ち寄り,悪疫流行に悩む村人たちを救おうと十一面観音様を造って21日間の祈祷を行った.すると枯れた井戸から清らかな水が湧いてきて病はたちどころに平癒したと伝えられている.その井戸がお堂の西側にあったので「西新井」の地名ができたという.
露天が建ち並ぶ賑やかな縁日は,毎月21日に行われている.



参道


日本文化が香るところには必ずある「センベイ屋」
醤油の香ばしいにおいが漂っている


だるま屋もよく見かける光景.


うなぎ屋も日本文化


だんご屋も定番



正月初詣の準備はOK


塩地蔵
お地蔵さんが塩で覆われている
まるで雪のようだ


延命水洗地蔵尊


線香をあげて煙をかぶる


お地蔵さん


お稲荷さん


庭園

東京大学(本郷)【東京考察#122】

The Tokyo University (Hongo)


安田講堂
1925(大正14)年に完成した大講堂
安田財閥の寄付によって建った
東大闘争の舞台となり学生運動の象徴でもある

 


 東京大学は,日本の最高学府である.あらゆるトップには必ずといっていいほど「東大」が名を連ねている.前期課程は駒場キャンパスで学ぶため,ここ本郷キャンパスは後期課程の学生が学んでいる.大学の歴史も古く,徳川幕府の「晶平黌」学問所が起源である.


東大正門
記念撮影する人が多い


正門を入ると,正面には安田講堂が見える.


レンガ調の重厚な建物が並ぶ


図書館


よく見ると,建物の壁面には「ペン」の形をした飾りが施されている

 
図書館の開架図書と閲覧室の木製の机 年輪が感じられる


洋書閲覧コーナー シャンデリアが豪華


東大赤門
1827年に加賀藩主前田家に嫁いだ
11代将軍徳川家齊の息女溶姫のために建てられた
朱塗りの御守殿門.重要文化財に指定されている.


TV番組「トリビアの泉」でも紹介された
東大専用のトイレットペーパ
裏には「保存期限の切れた事務書類,試験,成績,
名簿等個人情報を含むものを処理した
再生資源が含まれています」
と想像をかき立てる生々しい情報がわざわざ記載されている.


東大周辺の本郷界隈


木製の柵が残る


本郷6丁目


「東大生と共に明治から 食堂もり川」
キャッチフレーズが歴史を感じさせる


古書籍の店がポツポツとある


重厚な塀の続く本郷通り


赤門前のお菓子屋で販売している「赤門もち」

井の頭公園【東京考察#121】

Inokashira Park 


井の頭池


 井の頭公園は正式には「井の頭恩賜公園」といい,1917(大正6)年に開園した380,000m2の都立公園で,徳川歴代将軍が鷹狩りをした場所でもある.井の頭池とその周辺,雑木林と自然文化園のある御殿山,運動施設やジブリ美術館のある西園,東南にある第二公園の4つから成り立っている.また,中央に存在する井の頭池は江戸に初めてひかれた水道の水源であり,明治31年まで重要な役割を果たしていた.「井の頭」の命名者は,3代将軍家光といわれているが,その由来は「上水道の水源」「このうえなくうまい水を出す井戸」という説がある.井の頭池は神田川の源となっている.
ちなみに「恩賜」とは,天皇主君から賜ることとなっている.つまり,天皇から賜ってできた公園ということである.


木々の葉が落ちて,冬が到来する.


野外音楽堂もある
ここを活動拠点にしているバンドもある.


名物!?「井の頭だんご」

 
井の頭池のボート
このボートは恋人と乗ると必ず別れるという噂があり,
あまりカップルは乗っていない.


楽しい大道芸人の周りには人だかりが出来ていた

 
ここが「神田川」の始まり
これから柳橋(隅田川)まで神田川の旅は続く・・・・


井の頭池

ジョージの魅力(吉祥寺)【東京考察#120】

The attractiveness of “George” (Kichijgeorge)


吉祥寺駅前

 


 若者は吉祥寺を「ジョージ」と呼ぶ.吉祥寺は武蔵野市に位置しており,新宿と八王子の中間に位置する商業エリアである.駅前には,伊勢丹にパルコに東急百貨店と一流百貨店が建ち並び,サンロードのアーケード街を中心としたショッピングゾーンが展開されている.さらに,日本ではあまり見ることが出来なくなった狭隘な道路に建ち並ぶ商店エリアも残っており,エキゾチックな側面も見ることができる.コンパクトにまとまっていて,ぶらっと立ち寄るのにはおもしろい街である.
さて,吉祥寺と地名がついているので,近くに吉祥寺があるかというと,そうではないらしい.吉祥寺は水道橋にあったものが大火で駒込に移ったもので,現在も駒込病院の裏に存在している.では,なぜここが吉祥寺に???


 
駅正面のサンロード入り口.アーケードの工事中であった.


ダイヤ街

 
伊勢丹付近


ヒューマンスケールの街が魅力の一つ


駅南口エリア(井の頭公園側)


駅前(北口)に広がる狭隘な商店街


アジアチックで路地裏的な地区である
すれ違うのがやっと.


なかなかいい感じ・・・


焼き鳥が似合う

 
夜になると賑わうのだろう.
右は洗い場.なんか懐かしい感じ.

少しは”ジョージ”の魅力が感じられましたか?

大泉学園町【東京考察#119】

The Oizumi-gakuen town (Nerima-Ward)


メインストリートの大泉学園通り沿いには,
ちょっとした商店が建ち並んでおり,
穴場的な発見があるかもしれない.

 


 大泉学園町は埼玉県和光市と接する閑静な住宅街である.地図を眺めるとこの区画だけ整然と道路が入っているのがわかる.ここは,関東大震災直後に箱根土地(株)(西武鉄道グループ・現西武鉄道の一部前身)が一大学園都市を開発しようと計画したところで,碁盤の目に入った区画の土地は坪10円で売り出されたという.しかし,大学誘致も住宅開発も思うように進まず,現在のように教育施設ができたのは,昭和48年に朝霞の陸軍士官学校(戦後は米軍と自衛隊が使用)が返還されたあとであった.


大きな松の木がある


緑の生け垣もある


もういっちょ,松の木
都内では高級住宅街の様相である.



交差点の名前が,ずばり「風致地区」


「大泉風致地区」というバス停

 街を歩いていて興味深かったのは「風致地区」という交差店名があり,さらにバス停にも「大泉風致地区」という名前が付けられていたことである.風致地区とは都市計画法で定められるもので,都市内の自然景観を維持し,樹林地帯の保存を図る区域に指定するもので,風致地区内では,建物の高さ,建ぺい率,建物の位置,形態,デザイン,緑の保存のために必要な行為について規制を行うことができるものである.(出典:都市計画総論,鹿島出版会) この地区にも風致地区の規制をかけて,良好な居住環境をつくる制度が取り入れていたのであろう.



農地が残っている


「生産緑地地区 東京都市計画 練馬区」という看板が立っている

 この周辺,昔は農地がたくさん残っていたのだろうが,宅地化の波で農地は減少している.そもそも23区内に農地が残っている事自体不思議に思うかもしれないが,練馬区や板橋区・世田谷区の県境付近には,まだまだ農地が点在している.そんな農地の脇に「生産緑地地区」という看板を見つけた.
「生産緑地」とは,市街化区域内にある農地等に着目して,公害又は災害の防止,調和した都市環境の保全に役立つ農地を計画的に保全し,良好な都市環境の形成を図ることとなっている.この生産緑地に指定されるには500m2以上の面積を持ち,公共施設用地として適していることなどの用件がある.指定を受けると,農作物等の生産に利用されることや長期営農することが求められるが,宅地並み課税の減免措置を受けることができる.
この看板が立てられている地区は,この生産緑地に指定されていることを表している.

光が丘団地【東京考察#118】

The Hikarigaoka housing complex


 「光が丘団地」は,戦争中は成増飛行場として,戦後は米軍の住宅地(グランドハイツ)として接収されていた土地を,昭和48年に返還してもらってできた土地に建設された住宅団地である.面積は186ha,約1万2千世帯,人口4万人が暮らす,都内でも最大級の団地である.昭和58(1983)年より入居が開始され,平成3(1991)年には団地建設が完了し,併せて都営地下鉄大江戸線(当時は12号線と呼んでいた)が開通して,徐々に「街」として成熟していった.
公団,東京都,住宅供給公社による開発なので,エリア内には行政区民センターや郵便局,学校や図書館などの公共施設も併設されており,日比谷公園の4倍の広さを持つ光が丘公園も存在している.団地内を歩いてみると,近年に開発された団地であることもあり,三角屋根を取り入れた設計や,壁面に煉瓦タイルを使用するなど,コンクリート一辺倒で無味乾燥としていた「いわゆる団地」といったイメージを払拭する造りとなっており,デザイン的にも配慮されたものとなっているように感じる.30階建ての超高層住宅もバランスよく配置されており,最上階からは都心を一望できる眺めであるに違いない.


煉瓦タイルの団地


壁面に煉瓦風タイルを配している


超高層住宅は空間のバランスを考えて配されている


イチョウ並木の中を・・・


超高層住宅では1階エントランスにオートロックシステムが完備されている


光が丘駅前には「IMA(イマ)」と呼ばれる
複合型ショッピングセンターがある.


100円の有料自転車置き場(コインパーキング)
鎖をつないで100円玉を入れる


街区と街区は,歩行者自転車専用のペデストリアンデッキで結ばれている

高島平団地【東京考察#117】

The Takashimadaira housing complex


高島平の団地群

 


 高島平団地は,住宅ストック不足を解消するために日本住宅公団(前住宅・都市整備公団/現都市基盤整備公団/平成16年7月より独立行政法人「都市再生機構」へ)によって開発された,いわゆる「団地」と呼ばれるものである.当時建設された団地は,規制上からほとんどが14階建ての中高層住宅であり,この高島平団地も14階建ての住宅団地が並んでいる.
昭和47年より入居が開始され,高島平2丁目団地には賃貸住宅が7741戸,高島平3丁目団地には分譲住宅が2429戸あり、総戸数は10,170戸となる都内屈指の巨大団地である.この時代に作られた団地を歩いてみると,高密度に中高層住宅が並んでいることに気づく.現在の団地開発は高層住宅と高層住宅の間にもう少し公園などのオープンスペースを配置して,空間にゆとりを持たせ密度を押さえるようにしていると感じる.


都営地下鉄三田線「高島平駅」を降り立つと,
都道を挟んで目の前に団地が壁のように立ちはだかる.
これだけでも圧巻な景色である


空きが出ているようで,
賃貸住宅の入居募集を行っている.

 
1階は商店街になっている住宅棟もある.


団地の中には公園が配されている


廊下.天井の配管が年月による追加改造を物語る

 
一時期,自殺者が多く出たために,廊下などには徹底的に柵が取り付けられ,
屋上には上がれないようにしている.

 
懐かしい「ダストシュート」.今は分別が細分化され,廃止の方向にある.
銀色の蓋の部分からゴミを投げ入れると1階まで落ちるようになっており,
下階でゴミを集めるシステムとなっている.

 
交番(左)や図書館(右)などの公共施設を一体的に配置しているのも,
住宅公団の行っている団地開発の魅力の一つであった.

 

岩淵水門【東京考察#116】

Iwabuchi lock(Arakawa spilway)


真っ赤な色が鮮明な,旧岩淵水門


 岩淵水門は,都内の治水を考える上で無くてはならない施設である.
岩淵水門から下流の,現在の隅田川は,昔の荒川の本流であり,大雨が降るたびに都内で洪水を引き起こしていた.そこで,洪水調節を行うために明治44年から新しく人工的に作った放水路が,現在の荒川(放水路)なのである.つまり,岩淵水門から河口まで約22kmの荒川は,全て人工的に作った川なのである.荒川土手を眺めていると,ラインの整ったスッキリしすぎるほどの川筋が自然の結果できたものでないことを実感するに違いない.この工事のために,1068haの土地を買収し,約1300戸の家が移転した.
その放水路完成時に,新しい荒川放水路と本流であった荒川(現隅田川)との分岐点に設けられた水門が「岩淵水門」である.赤い水門は9m幅のゲートが5門ついており,一番右岸側の5号水門だけが背の高い大きなタイプとなっている.この水門によって,大雨が降ったときに隅田川への流入を防いで,流下能力のある荒川放水路へ水を導くことができるようになり,都内の洪水がなくなるようになったのである.
ところがその後,施設の老朽化や洪水調整能力のアップにより,新しい岩淵水門が昭和50年から建設され,昭和57年に新しい青い色の水門が完成し,機能の役割が引き継がれた.古い岩淵水門は役目を終えたのであるが,土木遺産としての価値が高いこともあって,周辺の整備とともに保存されることになり,現在でも間近まで近寄って往年の水門を眺めることができる.


現在の新岩淵水門


周辺はデッキ等を配し公園として整備している
釣りを楽しむ人が多い


荒川土手は貴重なオープンスペース
野球の練習場となる.
大雨時はここに水が流れることにより,洪水を防ぐ.


ゴルフ場にもなっている荒川土手


旧岩淵水門 背後は埼玉県川口市

 
水門の管理をはじめ,荒川下流の全ての管理建設業務を行っている
「国土交通省荒川下流河川事務所」は,岩淵水門の脇にある
荒川知水資料館」(入場無料)もある.


荒川を航行する船
黄色い橋は国道122号の新荒川大橋


堤防上の道は,サイクリングやジョギング,散歩の人で賑わいがある


新岩淵水門から見た隅田川
(つまり隅田川の始まり)

汐留シオサイト【東京考察#115】

Siodome Siosite (Land readjustsment plan)

 


 「♪汽笛いっせい新橋の~」で始まる鉄道唱歌,この新橋とは「汐留」のことを指す.明治5年に新橋・横浜間に日本最初の鉄道が開通したが,そのときの新橋駅とはここ汐留に存在していたのである.その後大正3年に今の東京駅が開業したときに,新橋駅は今の新橋駅の場所に移設され,汐留は貨物専用駅として発展していった.しかし,トラック輸送による物流の変化により貨物の取扱量は年々減少し,昭和61年に汐留駅は廃止され,国鉄分割民営化により国鉄清算事業団からこの汐留の貨物ターミナル跡地は売却されることになった.
しかし,いざ国鉄の借金を返済しようと売りに出した土地であるが,バブルによる土地高騰の煽りをうけて,周辺地域へのさらなる高騰を招く恐れがあるとして,一時売却にストップがかけられ,土地高騰が沈静化したのちに事業は動き出すことになる.平成2年に東京都は汐留地区の開発に関する基本方針をまとめ,汐留地区の開発が高い公共性を有するということから,東京都施行による土地区画整理事業を実施することとなった.(東地区では再開発地区計画も定めている.)

汐留地区土地区画整理事業(土地区画整理事業とは,所有されている土地を換地という手続きによって区画形質の変更を行って土地の利用を増進するものである)は,施行面積30.7ha,平成7年3月から平成19年3月までの施工期間となっており,今でも高速ビルの建設が行われている.JR山手線を挟んだ地区も施行範囲にとりこまれているが,この西地区では地元地権者がつくりあげるイタリア街「チッタ・イタリア」の整備が進められている.
汐留の開発は戦後最大級の開発とも言われており,完成すると就業人口6万人,居住人口6千人の街が誕生する.麹町にあった「日本テレビ」は社屋をここ汐留に移し,お台場のフジテレビと対抗して汐留を盛り上げようと懸命になっている.都庁が新宿に移転し,新宿・渋谷などの西側に東京のエネルギーを持って行かれっぱなしであった東側地区であるが,お台場・汐留の再開発で,銀座も含めた復権を目指している.


JR新橋駅からは地下通路で結ばれている.


旧新橋駅
全く同じ場所に復元されている


日本テレビ社屋にある
汐留ラーメンの行列(オープン初日)
地下までつながっている行列だが,
いつラーメンが食べられるのだろうか.


日本テレビ社屋前のイベント


ビルとビルの空間では,ショーが行われている.


 
電通本社ビル
個人的に一番面白かったビルディング
矢印はエレベーターで,ガラス張りのエレベーターが
12列並んで配置されていることになる.


この電通ビル内には,ちょっとした休憩スペースに
個性的な椅子が並べられており,
様々ないすに自由に座ることができる.

 
電通ビル展望レストラン街にある中庭とレストラン
空間の使い方が非常に面白い.

 
左:築地市場と隅田川勝どき橋
右:浜離宮庭園と東京湾・お台場


エレベーターホール


カレッタ汐留にある亀の噴水


 
建設中のビルディングも数多くある


ゆりかもめ「汐留駅」


おまけ・・・

喜多方ラーメンもあります.

新宿高速バスターミナル(京王バス)【東京考察#114】

Shinjuku high-way bus terminal (Keio Bus)

 


 新宿西口のヨドバシカメラ前には京王バスの中央高速バスのバスターミナルが存在する.甲府・松本・飯田・駒ヶ根・長野などといった中央高速方面のバスが頻繁に発着しており,ヨドバシカメラの「まぁーるい緑の山手線・・・・」という音楽とともに,次々とバスが発車していく.地方のバス会社と京王バスが共同運行することにより,地方のバス会社も都心への乗り入れが実現し,貴重なドル箱路線を維持している.なお,日本最長距離である福岡まで結ぶ路線(はかた号/京王バス・西日本鉄道)も,ここ新宿高速バスターミナルから発車している.この高速バスターミナルはかなり昔から存在しており,近年路線拡大を図ったJRバスの高速バスターミナルは高島屋タイムズスクエアに向かう途中の新南口ガード下にあるが,JRバスの方はこの京王バスのターミナルとは違い,狭い空間を無理矢理バスターミナルにした感のある乗り場となっている.JRバスの乗り場はNo.156へ.


駒ヶ根行き高速バス


チケット売り場
電光掲示板には空席情報も表示される


3番のりば


目の前は「ヨドバシカメラ本店」


背景は京王百貨店

阪神タイガースショップ(京王百貨店)【東京考察#113】

Hanshin Tigers shop(Keio Dept Store)

 


 2003年,絶好調の阪神タイガースである.6月末で2位に12.5ゲーム差をつけてぶっちぎりの首位.優勝も夢ではなくなりつつある.関東で唯一(阪神タイガースの公式サイトを見る限り,大阪以東では唯一であるように思う)の阪神タイガースショップが,新宿駅西口にある「京王百貨店」の7階にある.まだ,優勝もしていないというのに,売り上げがうなぎ登りであり,休日には売り場が混雑している.優勝したときにはどのようなことになるのか? 吉田タイガース以来,底辺を低迷していたタイガースであるが,今年は優勝に向け,今から楽しみである.


売り場は黄と黒のオンパレードといった感じ


「買い物かご」まで黄色にしているこだわりよう


思ったよりも売り場面積は広い

 
一番人気は,7回の攻撃の時に球場で放つ,
「ピュー」となる風船だとか.


レジには「最後尾」を示す看板までが・・・


京王百貨店の案内看板

白金台の外苑西通り【東京考察#112】

Sirokanedai(Gaien-Nisi-Street)

 


 白金台は若奥様が憧れる高級住宅街であり,「シロガネーゼ」という言葉が生まれるように,おしゃれでハイセンスなブティックやお店がしっとりと建ち並んでいる.広尾などに雰囲気は似ているが,渋谷や原宿のように大きな喧噪に囲まれることはない.外苑西通り沿いにお店がこじんまりと並んでいる.夜になるとショーウィンドウやカフェテラスがライトアップし,また違った趣を演出する.ぶらっと散歩がてらに訪れてみるとよい.営団南北線・都営三田線の白金台駅下車である.


美容室


ケーキお菓子屋


インテリアの店


ウエディングドレス


オープンカフェ(外国人も多い)


レストラン


照明インテリア


イチョウとガラスのビルディング


レストラン(結婚式の二次会などに人気)

六本木ヒルズ【東京考察#111】

Roppongi-hills (The first-class urban area redevelopment project)


森タワー (最上階には展望台がある)

 


 「六本木ヒルズ」は,民間デベロッパーとしては国内最大級の市街地再開発事業である(施行者:森ビル).施工区域面積11.6ha,東京ドーム9個分(東京ドームグラウンドの広さを基準とした場合)の広さを持つ.事業開始から実に17年の歳月をかけて,2003(平成15)年4月25日オープンした.再開発前は狭隘な道路が残る市街地であり,防災上難点のある地域だった.その六本木六丁目地区に第1種市街地再開発事業を導入し,地権者は従前における権利と同等の権利を新しい六本木ヒルズ内の敷地で受け取る「変換変換方式」によって,見違えるほどの立派な地区が完成した.

六本木ヒルズ内には,オフィスや商業地域の他に,映画館などの文化施設,居住スペースとしての高層住宅も配置されている.現在行われる再開発事業では,都心・オフィス地区への人口回帰ということを狙った職住一体となった再開発事業を行う事例がほとんどであるが,この再開発もミックスされた複合再開発となっている.都市計画の事例としてはとても興味深い歴史に残る再開発事業であろう.

なお,2003年9月21日まで,森タワー52階ギャラリー(展望台1,500円の他に1,000円の入場料がとられる)にて「世界都市」展が開かれている.そのなかでは世界七都市の高層化の事例を精巧な模型を使って紹介していることの他に,この六本木六丁目の再開発事業についてのパネル展示があり,従前の街の様子のビデオや,再開発事業の歴史などが丁寧に紹介されている.都市計画に興味ある方は一見の価値がある.



地下鉄六本木駅からは直通の地下道が通じている.
駅から来るとこの「メトロハット」内のエスカレーターで地上にでることになる.


森タワーの周りには水が流れている.


オープンスペースには緑が欠かせない.


大きな「クモ」のオブジェが・・・


建物の隙間からは東京タワーが見える


六本木ヒルズの中心的な高層ビルが「森タワー」であり,最上階には地上250mから大都市・東京を360度眺めることができる.この森タワーのエレベーターは世界初の最高技術を用いた超高速エレベーターとなっている.乗っているだけでは「静かだな」「揺れが少ないな」などということしか理解できないが,実は上下2つの「カゴ」を持つダブルデッキ・二階建てのエレベータなのである.
さらに驚いたことに 場所によって上下階の高さの違いをクリアーするために,上下2つのエレベータ(カゴ)の間には「パンタグラフ」と呼ばれる調整装置が入っており,停止する直前のわずか2秒間で間隔の調整が行われているという凄いエレベーターなのである.
このことは言われないと気づかないが,ちょうど僕の乗っているときに途中で止まったのにドアが開かないことがあり,エレベーターガールの人が「下のエレベーターが止まって乗降しているため一時止まっております」という案内によって初めて気づいたのであった.
ちなみに開発を行ったエレベーター会社は,エレベーターを世界で初めて開発した「OTIS(オーチス)」である.(個人的にはオーチス社エレベーターのファンである.個性的なエレベーターが多い.ちなみに福島県庁の古いエレベーターもオーチス社製である)


六本木ヒルズの中心的な高層ビル「森タワー」の52F展望台
現代建築の素材であるガラスをふんだんに用いている


眼下に広がる東京タワー


快晴のときの眺め

 
屋外デッキに出ることができる
(現在はなくなっている)



森タワーのショッピングゾーン

 
光をふんだんに取り入れた空間設計となっている
温もりを出すためか,所々「木」が使われている
全体的には,鉄とガラスとコンクリートの,いかにも現代の建築である



敷地内には「毛利庭園」も設けられている


せせらぎ


屋外ステージもある


こちらから眺めると,南欧山岳のようなイメージに感じる


J-WAVEのけやき坂スタジオ
東京FMの渋谷スペイン坂に対抗している.


レジデンスゾーンの高層住宅


ベランダには緑化のための
「コンクリート製プランター」
が置いてあった


レストラン



麻布警察署の前
よっぽど道を尋ねられるのか,手書きの張り紙がしてあった.

雅楽(皇居東御苑楽部)【東京考察#110】

Gagaku(East Gardens of the Imperial Palace,Department of musical matters)


雅楽を演奏する舞台


 雅楽とは,アジア大陸から伝わってきた器楽と舞と歌が日本化したもので,平安時代の中期に完成した日本最古の古典音楽である.特に,宮廷や貴族社会などで演奏されてきたもので,現在では宮内庁の楽部が伝承するものとなっている.国の重要無形文化財の指定を受けている.その宮内庁楽部による雅楽の演奏は,皇居東御苑の楽部ホールで行われている.なお,演奏を聴くには抽選申込みによる招待状か紹介による招待状が必要となる.


皇居・東御苑内にある楽部


1階の席には白い砂(玉石)が敷き詰められている


2階席から見た舞台
雰囲気的に中国からきた文化だな,と感じる


廊下の電球がなんともいい


観客席


観客席(後ろの丸いものは太鼓)

雅楽の演奏形態には,「管弦」,「舞楽」,「歌謡」の3つがある.管楽器・弦楽器・打楽器による演奏と,踊りと,歌と3つの種類があるのである.
管楽器では,龍笛や高麗笛などの他に,神社に行くとよく聞かれる「フワァー」といった独特の音を奏でる「笙(しょう)」と呼ばれるものもある.弦楽器では,琵琶や和琴などとなる.打楽器は鼓である.


演奏が終わっても記念撮影で忙しい観客達

 


皇居東御苑の風景

皇居東御苑は無料で一般公開されている.曜日や時間帯によっては入れないので,事前に確認する必要がある.


大手門(東御苑への入り口は2カ所のみ)


大手町のビル群を背に


ツツジが満開

浅草橋の問屋街【東京考察#109】

The wholesale district in Asakusabashi

 

 浅草橋といえば問屋街である.最近の問屋は小売りも行ってくれるようになり,色々な種類の商品を選ぶことが出来るので,スーパーや百貨店とはまた違った面白さがある.特に「江戸通り」沿いにたくさんの問屋が並んでおり,人形・玩具・模型・文具・装飾品などの問屋が多い.この江戸通りは,銀座などの都心から浅草に向かうときの観光バスルートとなっているため,バス車中から「ここは浅草橋の問屋街で,人形の九月や吉徳などが見えます・・・」などとガイドさんが案内をするところである.
なお,問屋街は日曜・祝日が休業日となっているところが多いので,平日か土曜日に出かけることをお奨めする.


ひな祭りが近い


駅前では,問屋の割引券を配る人がいる

 
桜の装飾品

 
アクセサリーやパーツの店


地下鉄の出口に置かれている
服¥250 靴¥77 也


玩具・鯉のぼり・花火の店もある

 
ゴム風船やクリスマス用品の専門店


「ハンドバック会館」という名のビル
いかにも問屋街らしい名前である


点景

テプコ浅草館(東京電力展示室)【東京考察#108】

TEPCO Asakusa Exhibition hall (The Tokyo Electric Power exhibition room)

 


 合羽橋から浅草方面へ向けて「ぶらぶら」と歩いていたら,面白そうな展示室を見つけた.ここは東京電力が公開している展示室で,かつては大賑わいの繁華街であった大正・昭和時代の浅草に実際に存在していた施設を,実物大の模型で再現し解説している面白い展示室である.なんと入場は無料であり,ちょっとしたタイムスリップを味わうことができる.お台場やサンシャインにも昔の街並みを再現したテーマパークがあるけれど,本場浅草で懐かしい街並みを体験できるのはうれしい.ちょっとした穴場のスポットである.


映画館の入口(電氣館と呼ばれていたらしい)


水族館の入口(かつては水族館があったらしい)


電氣館(映画)のパンフレット


懐かしい裸電球の街灯


古い街並み


懐かしの写真も展示されている

竹下通りから裏原宿,そして表参道【東京考察#107】

Takesita-Dori to Ura-Harajuku , And Omote-Sando

 


 竹下通りは全国各地から若者が集まってくる商業エリアである.かつては歩行者天国のタケノコ族などを生み出した若者の街であるが,今となっては年齢層が下がり,渋谷よりもさらに若い中学~高校生をターゲットにした感のある地域で,いろんな雑貨を求める人々でごった返している.その竹下通りを突き抜けると,最近流行になった「裏原宿」と呼ばれる地域となり,ここは裏路地にこじんまりとショップを出している店が次々と集まって,いつの間にか街全体がヒューマンスケールの迷宮ショッピングゾーンとなっているようなところ(下北沢や自由が丘に似ている)である.表参道交差点までの点景をどうぞ・・・.


★ 竹下通り ★


クレープ店は相変わらず人気

 
今話題の「サイクリングタクシー」
乗り込むのに狭そうである


竹下通り


クレープ飲食禁止!! 衣服商品につくのだろう!
この他に,「しゃがみ込み禁止」というのもあった!


声をかけられたらまず注意!
でも,「原宿でスカウトされた」という芸能人は多い!


竹下通りの喧噪


★ 裏原宿 ★


裏原宿も人でいっぱい!


竹下通りに比べると普通っぽい街並み


落書きがすごい自動販売機


同潤會アパートも近くにあります


★ 表参道 ★


明治神宮(原宿駅)から続くケヤキ並木


これ,工事現場を囲む仮囲い板
さすがは表参道.ライトアップまでされる.


明治通りと交差する表参道交差点には
石灯籠が建っている.
もちろん明治神宮へ続く参道である.


★ おまけ ★


原宿駅前! この集団は一体!!??

 

合羽橋道具街【東京考察#106】

Kappa-Bashi cooking tool town(Aasakusa Kappabashi)


 ここは問屋街の中でも,もっとも面白いところだと思う.合羽橋道具街は食器具・調理器具・サンプル品・調理衣装など,調理に関するものなら,ありとあらゆるものが揃う問屋街である.小売りも行っており,こだわった調理器具を買いたい場合はここに足を運ぶことをお奨めする.もちろんプロ用の調理器具も揃っているので,お店をやっている人にとっても満足するものである.なお,日曜日は店を閉めているところが多いので,土曜日に行かれることをお奨めする.
地名の由来は,近くに合羽屋があったので橋の名前に付けられた,合羽屋喜八が隅田川に住む河童に助けられて新堀を開いたという伝承もある.


皿がずらりと並ぶ

 
片手鍋もずらり


提灯もずら~り


看板.すべて商品です.


衣装もあります


釜もあります


調理台


椅子,椅子,椅子・・・


ここもすべて商品です.飲食店ではありません.

 
カレーライスがなんと4,500円! もちろんサンプルの値段です.

取り壊し決定後,冬の同潤会青山アパート【東京考察#105】

DOJUNKAI Aoyama Apartment in the winter after the demolition decision

 

 同潤會青山アパートはNo.5のページでも紹介しているとおり,日本で最初に建てられた鉄筋コンクリートアパートである.平成14年末,この青山アパートも取り壊されることが決定し,安藤忠雄氏設計による再開発ビルに生まれ変わることとなった.入居者は続々と退去しており,いまなおギャラリーなどをオープンさせている店は,数少なくなった.平成15(2003)年1月の同潤會青山アパートの様子をお送りする.


ギャラリーなどの入居者はすでに移転を始めている


すでに中は空っぽ!


まだ階段の電球がついているところもあった


玄関扉.まだオープンしているギャラリーもある.
ガラス部分の装飾がなんともいい.


すでに退去が進んでいる部分は,居住者以外立ち入り禁止となっている.


窓枠の改造の痕は歴史を物語っている
でも,後は解体を待つのみなのである


閉店セールをやっているショップ.


空っぽになったアパート
どこかもの悲しい


行き交う人々の賑やかさとは対照的に,
あとはただ取り壊されるのを待つアパートメントである.
どのくらいの人々が,このアパートの存在を意識しているのだろうか.


背面.

 このアパートをまだご覧になっていない方,まもなくギャラリーが閉店し建物の中にも入れなくなります.是非一度,急いで足をお運びください.

夜の隅田川橋梁群【東京考察#104】

The bridge of Sumida river at night(view from a water-bus)

水上バス

 


  東京考察No.6では昼の隅田川橋梁群を紹介した.ここでは,夜バージョンでお送りします.では,浅草から河口まで橋の旅をどうぞ.



東武鉄道の橋梁


吾妻橋


駒形橋


厩橋


蔵前橋


JR総武線の橋梁


両国橋


首都高6・7号の両国ジャンクション


新大橋


清洲橋


永代橋


中央大橋


勝鬨橋 (真ん中がハの字に開く橋だった)

東京湾へ

おまけ・・・

レインボーブリッジ

新宿アルタ前【東京考察#103】

The Shinjuku ALTA (The Shinjuku station east gate)

 

 新宿アルタ前といえば,大ビジョンを観ながら待ち合わせを行う場所として定着しているが,つまりは新宿駅東口なのである.新宿アルタはファッションなどを扱うショッピングビルで1980年にオープンした.新宿アルタの他に,「池袋サンシャインシティアルタ」「札幌アルタ」「新潟アルタ」が存在する.そして,新宿アルタの最上階には「スタジオアルタ」があって,すっかりお馴染みの平日お昼のバラエティー「森田一義アワー・笑っていいとも」が生放送で行われている.新宿アルタの存在は,この「笑っていいとも」によって有名になったものであり,さらに特筆できることは,街頭におけるオオロラビジョンの先駆けとなった大画面を壁に掲げていることである.いまでは,渋谷や銀座や池袋など,どの繁華街でも観ることができるようになったが,ALTAに大画面ができた当時は,珍しいものであった.

 
アルタのオオロラビジョン


つまりは新宿駅東口


ミニライブができるステージもある
こんなに利用価値の高い駅前広場は他にない.


昔から変わらない風景として,
ずらっと並ぶ映画宣伝の大看板がある.
(現在はなくなっている)

 

千代田区生活環境条例(路上禁煙)【東京考察#102】

The Chiyoda-ku living environment regulations(No smoking on the street)


アスファルトにスプレーで書かれたマーク

 


  2002年10月から千代田区の一部地域(駅前など)において,路上禁煙などを行う生活環境条例「安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例」が施行された.「路上禁煙地区」のみならず,ゴミなどのポイ捨てを禁止した「環境美化・浄化推進モデル地区」,「違法駐車防止重点地区」が区域ごとに指定されており,路上禁煙地区では歩きタバコだけでなく、道路上で喫煙する行為全てが禁止されることとなった.区職員の巡回者に見つかると2000円(当面)の過料がとられる.
シンガポールに行ったとき,とても街並みががきれいだったが,ゴミ捨てや喫煙についてまでも罰金を課していると聞いたとき,そこまでして造られた綺麗さ・モラルだったのか,とシンガポール国民が自らの意志で綺麗にしようとしているのではないことに,何か人工的なしらじらしさを感じたことがあったが,まさしく日本も同じようなことをしないと街が綺麗にならないのかと感じる条例であった.

 
環境美化・浄化推進モデル(ゴミ捨て禁止)地区のマーク


例えば,境界線を境に民地側で喫煙した場合は,
条例違反とはならない.

新木場(木材流通基地)【東京考察#101】

Shin-Kiba (New Wood circulation base)


新木場駅の看板は「木製」

 


  「新木場」は14号埋立地だったところを昭和47年に江東区に編入した地域で,「木場」に代わって木材流通基地の整備が進んでいるところである.木場は2km程北北西にいったところに存在する地域で,江戸時代に日本橋・神田周辺にあった木材置場(貯木場)を集中的に移転させたのが始まりである.その後,最近まで東京港における木材の需要を引き受けていた.しかし,埋立地の造成により内陸地となってしまったこと,木材需要の増大による敷地の狭隘化,さらに木場周辺も含めた江東区は地盤が低く木造家屋が密集していることから抜本的な防災対策の観点から,木材流通拠点を新木場に移転することとなり,現在の新木場ができあがっている.

新木場駅を降り立つと,材木の香りが鼻をつく.木材のショールームなどもあって,木に関するものはあらゆるものを手に入れることができる.お台場とは違って,殺伐とした東京港湾を味わうことができるのも新木場である.付近には東京ヘリポート,キャンプ場や都内唯一のゴルフ場を併設する若洲,ゴミで埋め立てられた夢の島などが存在する.

 
貯木場


材木が積まれている

 
木材関係の会社が集積されている

 
WOOD & DIY ショップ もくもく」(駅前)では
中古の樽やログハウスまで売っている.


丸太がゴロンと置かれている.


砂町南運河の向こうは,若洲である.
コンテナを積み込む船が見える

東京港の屋形船【東京考察#100】

The houseboat of Tokyo harbor


屋形船より大川端リバーシティー21を望む

 


 屋形船は江戸時代より庶民に親しまれていた江戸のレジャーである.両国界隈には屋形船を営む店が数多くあったというが,そんな江戸情緒を今でも味わうことができる.駒形橋や両国,芝浦付近から,提灯のぶら下がった屋形船が貸しきりで運航され,船内は畳敷きとなっており,揚げたての天ぷらや刺身,カラオケなどができるようになっている.そして,なんと言っても最高の夜景は,お台場のきらびやかな近未来の灯であり,江戸情緒に浸りながら最先端の灯りを堪能することができるのである.

 

堤防の階段を下りて船に乗り込む

 
ライトアップされた隅田川橋梁群をくぐって東京港を目指す
(左:永代橋 右:新大橋)


隅田川を航行する船(首都高6号線より)


屋形船 船内

 
調理場や水洗トイレも完備されている


カラオケもできる


笑顔が素敵な従業員と・・・・


お台場の夜景
実際に船から眺めると,デックス東京やフジテレビの明かりが宝石のように瞬いて,
巨大な船・タイタニック号のように見える.これはとても美しい.

柳橋【東京考察#99】

Yanagi-Bridge(The bridge of the Kanda-river lowest style)

 


 柳橋は神田川最下流にかかる橋である.隅田川との合流地点にかけられており,昭和4年に架設された37.9mの鋼橋である.橋の歴史は古く,渡し船による行き来が不便だということで1698(元禄11)年に架設されたのが始まりで,その後,1887(明治21)年に鋼鉄製となったが,関東大震災で落ちてしまい,復興局によって1929(昭和4)年に完成したのが現在の橋となっている.隅田川にかかる橋梁群と同じ時期に復興された橋であり,土木遺産として価値のあるものとなっている.
柳橋の由来については、江戸時代に付けられていた「矢の倉橋」が変化したもの,柳が並ぶ柳原堤の端にあるから,橋のたもとに柳が1本あったことからなどの説がある.このあたりは,江戸時代の繁華街だった両国が近くにあり,吉原への渡船場ともなっていて,花街も形成されていたという.戦前の昭和初期には,料亭や船宿などが建ち並び,現在も,屋形船の発着場としてかつての江戸情緒の賑わいを感じ取ることができる.


柳が立つ. 袂は屋形船のりばとなっている.


屋形船